連載小説
[TOP][目次]
No.01 遭遇
 太陽が照らす森林地帯と草原に囲まれた町。そこは少し大きな街道を中心に居住区や市場がいくつも存在している。街道の奥にはこの町を統治するかのように巨大な館が立っていた。



 その館内のバルコニーにある小さなカフェテリアで人影らしき者がくつろいでいる。


 色気を漂わせる黒衣を身に纏い、背中には白い悪魔のような翼、腰には先がハートの白い尻尾、純白に輝く長髪に悪魔の黒角を生やした女性。その美貌は、男性なら間違いなく惚れてしまうほどの美女で、透き通るような白い肌は雪の如く輝いている。ちなみに顔の両脇には髪の一束を“黒色の髪飾り”で束ねている。


 彼女はゆったりしながら町が見える風景を眺め続けた。ふとここで彼女がテーブルに置かれたものへ右手を伸ばす。喉が渇いたのであろう、彼女は手にしたものに口をつけて中の飲み物を飲んだ。

「ずずぅぅぅ・・・ふぅ〜」

 彼女が手にしたものは湯呑で、中に入っていたのは緑茶である。美味しそうに味わった後、湯呑を置いて再度景色を眺めた。


 そんな気楽な彼女の元へ、鎧を着た女性が歩いて来る。薄緑色の長髪をした騎士のような女性。彼女はデュラハンと言われる首が取れる魔物である。やって来た騎士はくつろぐ女性に話し掛けた。


「またこんなところで・・・何をしていらっしゃるのですか?」
「天気がよろしいのでお茶を・・・」
「はぁ・・・普通はお茶ではなく紅茶ですよ。しかも緑茶を飲んでいらっしゃるとは・・・」
「あら、これはただの緑茶ではないですよ? 玉露といって、ジパングでしか手に入らない貴重なお茶です」
「そんなお茶を何処で・・・あっ、まさか・・・」
「紺(こん)さんに頼んで分けてもらいました♪」

 彼女の発言に頭を抱えてしまうデュラハン。それを見て心配になる純白の女性。

「セシウ、大丈夫ですか?」
「誰のせいで頭を悩ませていると思ってるのですか・・・」
「私のせい?」
「もう少し自覚を持ってください、レンジェ様」

 レンジェと呼ばれた純白の女性。


 彼女は“リリム”と言われる“魔王の娘”の一人。全ての魔物を凌駕するほどの魔力を持つサキュバスの王女である。


 セシウと呼ばれたデュラハンの女性は、魔王の娘であるレンジェの護衛にあたる側近の一人である。少し気まぐれなリリムの行動に振り回されるが多く、特にレンジェのある趣味にはいつも頭を悩ませている。


「はぁ・・・ジパングかぶれは程々にしてください」
「そんなにかぶれてないでござるよ〜」
「・・・」
「冗談です♪」
「お戯れを・・・」

 レンジェは幼い頃、東洋の地“ジパング”へ旅行することが多かった。本来は魔物に友好的であるジパングへある交渉のため、他のリリムの付添いで訪れていただけなのだ。その際、ジパングの文化に触れあうことが多くなり、それがもとで彼女はジパング文化の虜となった。

 今ではこういう風にお茶を飲むだけでなく、食事も洋風より海鮮などもある和風が多い。また、読み物もジパングでの巻物を読み、おまけに向こうで剣術を学ぶこともあった。挙句の果てには・・・。

「そういえば・・・・・・」
「ええ。今しがた完成しましたので、それを知らせに参りました」
「やっとできましたのね。心待ちにしていました♪」
「よくもまぁ・・・茶を嗜むための場所をお造りになろうと・・・」

 これも彼女の強い要望で、屋敷の庭に湯沸しも可能な炉付きの和風な家屋が造られた。設計や建造を担当したのは、ジパング出身の大工“アオオニ”である。これもレンジェが知り合ったジパングの魔物だ。ちなみにこの屋敷にはレンジェと知り合ったジパングの魔物が数人働いている。

「それでは、見に行きましょうか」
「御意」



 屋敷の正門とは反対にある庭の右端付近。そこには竹と言われるジパング特有の植物で囲まれた小さな木造の家屋がポツンとあった。レンジェとセシウがその中へ入ると、すでに先客が待っていた。

「レンジェ殿、お待ちしておりました」
「あら、紺さん。もういらっしゃったのですね」
「出来上がったら早速お茶を堪能するのではと思いまして・・・湯も沸いたところです。どうぞお座りください」


 少し青味のかかった着物を着た女性。彼女の腰の後ろには5つの金色の尾があり、同じ金色の長髪にはキツネのような耳があった。彼女はジパングの魔物で“稲荷”通称“紺”(こん)と呼ばれている。彼女はジパングの料理が得意で、屋敷の料理長としても腕は一流だ。


「どうぞ、出来立ての抹茶です」

 紺は正座をしている二人に抹茶の入った茶碗を差し出す。ほんわかと飲むレンジェに対し、セシウは四苦八苦しながら飲んでいた。彼女は抹茶の苦さも苦手だが、それ以上に辛かったのは正座している足のしびれだった。耐え切れず正座を解くセシウ。

「い、痛い・・・」
「もう、セシウ。いつもの我慢強さはどうしたの?」
「ふふ、別に構いませんよ。いくらセシウ殿でも、正座はキツイものです」
「め、面目あり、ません・・・いたたた・・・」

 そんな痛がる彼女を置いて、レンジェはしゃべり続けた。

「いい出来の茶室だわ。お礼の品は?」
「勿論、渡しました。ほろ酔い気分が味わえる上質なブドウ酒を」
「アオオニはお酒に弱いらしいけど、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、旦那さまと添い遂げるときにお飲みになるでしょう」
「それでいいのでしょうか・・・抹茶、美味しかったわ。そろそろ失礼します」
「また、お飲みになる際はお呼び出し下さい」

 レンジェが出て行こうとする際、セシウも追いかけようとする。だが、彼女は足のしびれで動けなかった。

「レンジェ様! お待、いたたた!」
「あらあら、駄目ですよ。いきなり動いちゃ・・・」
「紺? 何を・・・」
「しびれの解消方法ですけど?」
「待て! 足に触れ・・・っ〜〜〜!?」



 屋敷の自室に戻ったレンジェは、軽い身支度をして屋敷から飛んで外出をする。


 彼女の下にある町は親魔物領である“シャインローズ”


 ここは本来別のリリムが統治していた町だが、そのリリムが妹のためにとレンジェに引き渡したのだ。また、秘書のヴァンパイアを残し、今ではレンジェの補佐として活躍している。

 町の文化もレンジェの影響か、ジパングから流れてくる品物だけでなく、ジパング出身の人間や魔物まで住んでいた。このように異文化交流が進んでいる町へと変貌してきている。





 町から少し離れた湖付近。


 そこには小さな小屋があり、ある人影が1つあった。それは小柄な少女の姿をし、白い小袖に紅色の緋袴とジパングの巫女のような装束。そして、後ろ髪を白い鉢巻で束ねて、左手には鞘に納められた刀が握られている。


 不意に彼女は右手で刀を鞘から抜き、片手で剣を振り回した。どの動きにも無駄がなく、まるで演武を見せているかのように剣を振りかざす。

「・・・・・・ふぅ〜」

 ある程度振った後、少女は息を整えて剣を収めた。その時、彼女の頭上から女性の声が響いてくる。

「夢乃(ゆめの)〜!」
「!」

 空からやって来たのはリリムのレンジェである。巫女の少女が彼女を見た瞬間、身体から人外ともいえる悪魔のような紫色の羽、角、尻尾が出現した。目の前に降りたリリムに対し、彼女は丁寧にお辞儀をする。

「これは姫様、ご機嫌麗しゅうございます」
「そこまで畏まらなくてもいいですよ?」
「いえいえ、そういう訳にはいきませぬ。あなた様は某の姫君。無礼があってはなりません」
「ふふふ、それでも可愛らしさは変わらないですね」
「よ、容姿など・・・関係ありませぬ!」


 この少女の名は“安佐伊 夢乃”(あさい ゆめの)ジパング出身の元人間。

 数年前、レンジェがジパングへ訪れ、初めて出会った時、夢乃は瀕死の状態だった。医者に見せる余裕もなかったため、やむを得ずレンジェが少女に魔力を分け与えて命を助けた。その際、リリムの魔力によって少女は魔物化し、サキュバスへと変貌する。以来、少女はレンジェを慕い、付き従うようになった。


「そ、それより・・・どういったご所望で参られたのですか?」
「あなたと一緒に稽古でもしようかと思いましてね♪」
「また、屋敷を放り出して来られたのですね・・・セシウ殿に叱られますよ?」
「大丈夫、しばらくは立てないはずです♪」
「?」

 少女が疑問に思っていると、レンジェは左手に黒くて長い物体を生み出す。それは少女の持つ刀のような形を作り、右手で剣を抜いた。その刀身にはサキュバスがよく使うルーン文字が刻まれ、それはピンク色に輝いている。

 この刀剣はリリムの魔力で創り上げられた魔力武器であり、彼女自身“魔刀:斬悦”(ざんえつ)と称していた。

 剣の切っ先を夢乃に向けて宣言する。

「お手合わせ願います」
「喜んで」

 二人は互いに剣を手に取って、自身の剣術をぶつけ合った。











 日が暮れ始めた頃、二人は小屋の中でお茶を飲んで休憩していた。手合せ以外にも剣技の研究などで時間を潰し、気が付けば夕方を迎えていたのだ。

「さて、そろそろ帰りましょうか」
「きっと、セシウ殿が必死になって探しているでござろう」
「ふふふ、そうですね。あまりいじめると可愛そうな顔をしちゃうかも・・・」
「某も今日の修行は終わったので、屋敷まで送り届けます」
「頼りにしていますよ♪」

 少し顔赤らめる夢乃を見て微笑むレンジェ。

 彼女たちが小屋から出て飛び立とうとしたその時・・・。


ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
「「!?」」


 突如、地震と思ってしまうほどの空気の振動に二人は驚いてしまう。それはまるで巨大な爆発が起こったかのような、大気を揺るがすほどの凄まじい振動であった。異常過ぎるその出来事に彼女たちは周りを見回し、手元に剣を取って辺りを警戒する。

「なっ、何事!?」
「今のは・・・まるで何かが訪れたような音のようね・・・」
「訪れた音? まさか・・・」
「反魔物派か、教会かは分からないけど・・・これほどの振動は只事じゃないわ・・・夢乃!」
「はっ!」
「先に町へ戻って兵たちに警戒するよう伝えてください」
「姫様は?」
「震源らしき場所へ向かいます」
「お一人で向かわれるのですか!? せめて・・・むぐっ」

 彼女の発言に異論を申し立てようとするが、指先一つのやさしい動きで少女の口は塞がれてしまった。

「ご心配ありません。私は魔王の娘です。相手が勇者でも立ち向かえるほどの実力はありますよ」
「ですが・・・」
「ほら、夢乃。時間がありませんよ?」
「はぁ・・・あなたには敵いませぬ・・・すぐに護衛の兵士を連れて参ります!」

 少女は紫の翼を拡げて空高く飛び上がっていった。街へ向かって行った少女を見届け、レンジェも翼を拡げて空へと舞い上がる。

(それにしても・・・こんなに大気を揺らす力なんて・・・何がやって来たというの?)





 レンジェは町と湖の間にある森林地帯の上空へやって来ていた。彼女は探知魔法で振動の中心と思われる場所へ導かれるように進んでいく。どうやら大地自体に変化はないらしく、月明かりで照らされた森林しか見えなかった。

(感じる・・・)

 だが、彼女は気付いていた。木々によって覆い隠された闇の中に、未だかつて感じたことのない気配が存在していることに・・・。

(これは・・・何だろう・・・何かと似ているけど・・・何に似ているの?)

 得体の知れない何かに警戒しながら、レンジェはその場で降りて慎重に歩き進んだ。極力足音を消し、気配のもとへとゆっくり近づいて行く。

(・・・・・・!)

 彼女は素早く木に隠れて、そこから顔を少し出す。彼女が様子見をするその先には、大木に背中をもたれさせる人影があった。しかし、この辺り一帯はかなり暗く、その人影が何なのか確認できない。

(・・・?)

 様子見をするレンジェの耳に微かな音が入る。それは人がする荒い息の声。どうやらその人影は疲れているか、怪我をしている可能性があるようだ。

(危険かもしれないけど・・・放っておく訳にはいかない)

 彼女は意を決して、人影のもとへゆっくりと近付く。これだけ近付いても人影の顔すらまともに見えなかった。目の前まで来たら魔法で辺り照らそうと考えた直後、彼女の足元付近に何かが飛び出して来た。

バシュ! バシュ、バシュ、バシュ・・・
「!?」

 それはまるで彼女を円で囲むように、黒い棒が次々と地面から飛び出してくる。

(罠!?)

 完全に黒い棒で閉じ込められた後、さらに足元に青い光が何かを描き始めた。

(これは、五芒星の魔法陣!?)

 魔法陣が出来上がると、さらに光が輝きを増してくる。その光で人影の正体がはっきりと見えた。

(男?)
「どうやら一匹だけのようだな・・・」
「!」
「悪いがこちらも余裕がないんでね・・・これで決めさせてもらう!」
「しまっ・・・」
「浄化結界!」
キィィィィィィィィ・・・

 その言葉が響くと同時に、足元の魔法陣からレンジェを包み込むほどの光の円柱が出来上がる。

バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 次第に彼女の姿が青い光によって、包み込むかのように消されていった。
12/10/20 18:19更新 / 『エックス』
戻る 次へ

■作者メッセージ
次回:認識

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33