潮風が漂う街中、一人の男性と三人の女性が歩いていた。黒服を着た傷だらけの男は左手をズボンのポケットに入れて、目だけ動かして街を見回る。右隣に居る黒鎧の女性は彼に合わせて並び歩き、褐色肌の女性と鱗と尻尾がある女性は男性の後ろへ着いて行く。

「・・・海か・・・」
「そちらにもあったのだろう？」
「・・・行ったが、戦闘や訓練以外で訪れたことはない」

　ブレードの素っ気ない答えに、ニールは何も言い返せなかった。後方の二人は嫉妬じみた視線を前方に浴びせ続けている。

「「・・・」」
「・・・」
「お前たち、その視線を止めろ。みっともない」
「「う〜」」

　ニールは後方を向いて、彼女たちに注意した。しばらく歩いていると、４人の目の前に数隻の巨大な船が停泊する港が見えてくる。

「・・・大した船だな」
「この港町を統治する海賊たちの船だからな。海上戦で彼らに敵う輩はそういないだろう」
「・・・海賊が仕切る街か・・・」

　エスタ達が謎の遺跡へ調査しに行っている頃、ブレード達はある街へやって来た。そこは都市アイビスから東へと向かった先、大陸の端にある海に接した港町である。彼らが訪れた理由は情報収集だが、それ以外の理由もあった。その理由はイーグルからまたも言い渡された“休養”である。

「・・・どれだけ俺を休ませるつもりだ」
「いいじゃないか。今回は私がまとめて、この街を案内しよう」
「くっ、悔しいがここはニィに任せるしか・・・」
「リーダーぶりやがって・・・」
「・・・あと二人はどうした？」

　ブレードが何気に尋ねると、４人全員が立ち止まり、ニールは自分たちの周りを見渡した。ここで彼女はある人物たちがいないことに気付く。

「あの二人！　何処に！？」
「ああ、あの青年とアリスの少女なら、買い出しに行くと言って・・・」
「アタイらの知らない間に抜けてったぞ」
「・・・」

　リオとケイの言葉に、ニールは開いた口が塞がらなかった。微動だにせず眺めていたブレードが一言呟く。

「・・・もっと早く言え」



　街からちょっと離れた場所。穏やかに波が打ちつける岬へ、黒い服で青い鉢巻バンダナを付けた青年と、黒い長髪で悪魔のような翼と尻尾を持つ少女が立っていた。

「んふふふふ・・・海、海だ、海だぁぁぁぁぁ！」
「お、お兄ちゃん？」
「異世界に流れ着いて二週間。まさか、ここで趣味を堪能できる機会が来ようとは・・・」

　ブレードと同じ理由で港町にやって来たラキは、手にした釣竿をワンタッチで伸ばす。彼の左側には、アリスのユリが不思議そうに見つめていた。二人は買い物をし終えて、荷物を『キャリアーフェザー』のミミックの少女に手渡し、その後、街から出ていたのだ。

「この釣竿は一般のとは違う！　竿自体の材質に強化プラスチックDXを使い、糸もエスタ特製のハイパワースケイルラインで最大五百キロまで耐えられる！」
「あの、おに・・・」
「しかも！　遠隔操作でルアーが動く仕組みになってるので、より食いつきやすいときた！　どうです、これ！？」

　青年が釣竿に付いているスイッチを押すと、左手に持っている小魚に扮した疑似餌の尻尾が左右に動き出す。

ピコピコピコピコ・・・
「か、かわいい・・・」
「これなら絶対大物が釣れること間違いなし！　いざ、マグロ並みの獲物を！」
「あっ、ちょっと、お兄ちゃん！？」

　ラキは両手で釣竿を持ち、竿を後ろへ引き倒し構える。力を溜めた後、彼は一気に前方へと振り下ろした。

「そぉりゃあああああ！」
シュルルルルルルルル・・・ポチャン

　遠く離れた位置に沈むのを確認し、彼はスイッチを操作して魚をおびき寄せる。少女の方は何かに焦り、青年へ話し掛けた。

「お兄ちゃん！」
「ん？　どうした、ユリ」
「あのね、実は・・・」
ピィィン！
「おっ！　フィィィィィシュ！」

　少女が話している途中で釣竿に引きが入り、ラキは興奮してリールを巻き始める。

「来た、来た、来たぞ！　この手応え！　カツオか！？　ハマチか！？　それとも・・・マグロ！？」
「まずいよ！　お兄ちゃん！」
「心配するな！　どんな大物だろうと、必ず釣り上げて見せる！」
「そうじゃなくて・・・」
「よし、近いな！　一気に・・・」

　ラキは全身に力を入れて踏ん張り、釣竿を引き上げた。

「どぉぉりゃあああああああ！！」
ザパァァァァァァァァァァァァァァァン！！



「・・・デカいな」

　一方、ブレード達はある一隻の船の前で立ち尽くしていた。それはドラグーン隊の戦艦よりも小さかったが、それでも普通の船より一際大きく、他の船より目立っている。そして、掲げている旗には、ドクロの周りに8本の足のような三角が均等に描かれていた。

「確かに普通の船より・・・」
「大きい・・・」
「すげえ・・・」

　船は帰還したばかりらしく、船員が港の作業員と一緒に、積み上げた貨物を船から下ろしている。船員のほとんどが魔物で、手が翼の女性が足で俵のような積荷を掴んで飛び、クモの女性は糸を巧みに使って積荷を下ろしていた。中でも下半身がタコのような触手の女性は数多く、船の側面に張り付いて、リレー手渡しで荷物を下ろしていく。

「珍しいものだ。スキュラがこんなに沢山、船員でいるとは・・・」
「・・・スキュラ？」
「下半身がタコのような魔物だ。束縛する力はラミア属といい勝負になるぐらい強い」
「・・・そうか」

　4人が感心して見ていると、作業を指揮しているスキュラの一人が彼らへ近づいてきた。その女性は腰に6本の剣を携え、立派な赤い上着を着用し、頭にはいかにも船長らしい黒い二角帽を被っている。彼女は4人の内、ニールと対面してしゃべり始めた。

「やあ、あんた確か・・・都市アイビスの隊長さんじゃないか？」
「そうだが、何故、私のことを知っている？」
「以前、その街へ観光しに行ったことがあってね。その時、噂を聞いたのと、ちらっと姿を拝見させてもらったのさ・・・」
「そういうことか・・・」
「あ、失礼、挨拶もせずに・・・私はアンニー。クラーケ海賊団の船長であり、この街の責任者でもある。とは言っても、街は母に任せっきりだけどね」
「都市アイビスの防衛隊隊長のニールだ、よろしく」

　互いに握手し終え、アンニーはニールの右隣に居たブレードへ話し掛ける。

「へえ、いい目をしてるじゃない。あんたは？」
「・・・強襲部隊隊員のブレードだ」
「見ない服装だね・・・ジパング人でもこんな服装の奴は見たことないな」
「・・・ジパング？」

　聞き慣れない言葉に、ニールが説明をする。

「この港町から東の海へ向かった先に、ジパングと言われる大陸がある。そこには独特の文化やこちらでは見ない人間、魔物が住んでいると聞く」
「・・・なるほど」
「言われてみれば、髪と肌の色はジパングと似ているな」
「・・・だが、俺はこちらの世界の人間ではない」

　様子を見ていたアンニーは、ブレードのことをジロジロとまるで品定めするような視線を浴びせた。不快に思ったブレードは目を細めながら質問する。

「・・・何だ？」
「あんた、こいつの夫かい？」
「！」
「「！？」」
「・・・」

　アンニーはニールを指差しして、ブレードに尋ねた。ニールは顔を赤らめ、ブレードはため息を吐く。

「・・・違うと言ったらどうする？」
「それなら私の夫にならないか？」
「「「！？」」」
「・・・断る」
「いいじゃないか。屈強そうな身体だし、船長の私にぴったりだ。それに海賊と言えど、それなりに儲かってるから不自由もさせないよ」
「・・・何かに飢えたりもしていない」

　拒否するブレードに詰め寄るアンニー。そこへ後ろに居たリオとケイが、彼女の前に立ち塞がった。

「師匠に手を出すことは許さん」
「アタイの夫だ。気安く触るな」
「おっと、後ろのはてっきり部下か付添いかと思ったが、思った以上にライバルがいるな。いいね、それだけ価値の高い男は、海賊として奪いがいがある」
「貴様〜！」
「てめえ〜！」

　怒りが爆発しそうになる二人。それを止めにニールが彼女たちの間を割って入る。

「お前たち、落ち着け！　それとアンニー殿、彼女たちを挑発しないでいただきたい」
「そういうあんたも、私の言葉に動揺しただろう？」
「えっ！　いや、その・・・と、突然、あんなことを言われたら驚くに決まっているだろう！？」
「それとも、この男よりいい奴でもいるのかい？」
「ふ、ふざけるな！」

　彼女の言った一言がニールまでも激情させてしまう。ニールの素早い抜刀切りがアンニーを襲うが、彼女は触手をバネのように扱って後方へ飛び避ける。リオとケイもつられて剣を抜いた。アンニーも両手に2本と足の触手に4本の剣を持って構える。

「少しふざけ過ぎたようだな？」
「師匠には指一本触れさせん！」
「このアタイを怒らせたなぁ！」
「いいね、目の前のお宝を素通りすることは海賊として反する。是が非でもいただこうか？」
「「「行くぞ！」」」

　愛用の剣を手に略奪者へと挑む3人。それを迎え撃つかのように6本の剣で受け流して攻撃する女海賊船長。どちらも一歩も譲らず、剣での弾き合いが続いた。この争いに気付いた船員や作業員が集まって観戦し始める。

「おお、すげえ・・・」
「やれやれぇぇ！！」
「船長！　頑張って〜！」
「嬢ちゃんたちも頑張れ〜！」
「・・・」

　一人だけ静かに眺めるブレード。自身が争いの原因と自覚しているも、巻き込まれる理由が理解できずにいた。

（・・・何故、俺ばかり狙われる？　解せんな・・・）

　やり場のない怒りが込み上げた時、彼の右横から何者かが声を掛けてくる。

「あ、あの！　すみません！」
「・・・？」

　声を掛けてきたのは、金髪でショートカット、白肌の青年である。歳は恐らくラキより年下の15か16ぐらいの若さだと思われた。彼はブレードに対し、少々緊張で震えながら真っ直ぐ見つめる。

「・・・何か用か？」
「ぼ、僕と・・・僕と決闘してください！」
「・・・んぅ？」

　青年は後ろに隠していた2本の剣の内、一本をブレードに差し出した。突然の果し合いに溜まっていた怒りがかき消される。野次馬の一部が彼らの果し合いに気付き、そちらにも声を上げた。

「おお！　こっちもか！？」
「やれっ！　やっちまえ！」
「派手にやっちまいな！　坊主ども！」

　ブレードは剣を受け取らず、青年に尋ねる。

「・・・理由は何だ？」
「せ、船長は・・・船長は渡しません！」
「・・・そういうことか」

　彼は何かに納得して剣を受け取った。それに気付いたニール達やアンニーも争いを止めて近づいてくる。

「ブレード？」
「師匠？」
「あんた？」
「ジェークス？　あんた、こいつに決闘を申し込んだの！？」
「そうです。たった今、この人に・・・」
「何を賭けて？」
「そ、それは・・・」
「・・・あんただ」
「！？」

　ブレードの言葉に一番驚いたのはアンニーだった。しかし、彼女はすぐに冷静な態度でしゃべりだす。

「なるほど、私を賭けてか・・・面白い！　あんた達！　決闘準備だ！」
「「「「「おおおおおおおう！！」」」」」

　彼女の掛け声で、周りに居た船員達が声を上げる。

「これから、あんた達二人のための試合場を用意するよ。ついて来な！　私の船に招待するよ！」

　船長直々に招待されて、ブレード達は船へと向かう。そんな時、ブレードは手渡された剣を見つめていた。不思議に思ったニールが彼に話し掛ける。

「ブレード？」
「・・・何でもない」



＜同時刻　港町シークロウ付近　南の岬＞

「お兄ちゃん・・・だから止めようとしたのに・・・」
「・・・」

　ユリの話を聞き流すかのように、釣竿を持つラキ。彼は何かを小声で呟いていた。

「魚・・・魚・・・魚・・・」

　そして、二人の右側には、人外の姿が3つ存在していた。2つは下半身が魚の尻尾をした人魚のような女性。もう一人は水色の透明な身体で、クラゲのようなスカートを持つ少女。どれも魔物娘らしい。

「あの・・・この方は一体何を？」
「さあ？　私にも解らない」
「ぼけ〜」

　最初にラキが釣り上げたのは、マーメイドと言われる下半身が魚の魔物だった。その次に釣り上げたのが同じマーメイドで、さらにその次は、シー・スライムというクラゲのような少女である。

「この辺りは港も近いから、海の魔物さん達も泳いでることが多いって、言おうとしたのに・・・」
「魚・・・魚・・・魚・・・」
「お兄ちゃん？」
「うお・・・うお・・・うおおおおおおお！」
「えっ！？」
「「ひっ！？」」
「？」

　突然の叫び声にユリだけでなく、他の3人も驚き飛び上がる。見ると、彼の釣竿にまた引きがあった。

「来た！　今度こそ来たぞ！　この感覚、間違いない！　大物！」
「だから、お兄ちゃん！　それは・・・」
「一本釣りぃぃぃぃぃ！　どぉぉぉせいぃぃぃぃぃ！」
ザパァァァァァァァァァァァァァァァン！

　彼が力任せに釣り上げた獲物は、海から飛び上がり、青年の前に転がり落ちた。

「いひゃ〜い♪」

　釣り上げられたのは、全身濃い青色の肌を持ち、足などにヒレを持つ女性。釣り糸に繋がったルアーを咥えながらしゃべった。

「・・・・・・ユリ・・・これは？」
「えっと・・・ネレイスっていう、溺れた女性が魔物化した人だよ」
「・・・・・・・・・またかぁぁぁ！」



　船の中心に急遽建造された試合場。高さ10mはある4本の柱の上に、幅が3mの正方形の板が張り付けられた狭い場所。同じ高さで造られた観客席には多数の船員とアンニー含めたニール達も立ち乗っていた。その他の乗れない船員はマストなどに張り付いて眺めている。

「・・・よっと」
「よいしょ・・・」

　本日の注目の的であるブレードとその対戦相手は、試合場に掛けられたロープを使って登り上がった。お互いがその場で立ち上がり、対面し合う。

「僕はこの船の航海士ジェークスです」
「・・・特攻隊員のブレードだ」
「は、初めに言っておきます」
「・・・言ってみろ」
「船長は、船長は渡しません！」
「・・・」
「「「「ワアアアアアアアアアアアアアア！！」」」」

　ジェークスの発言に周りで見ていた船員たちが興奮して声を上げた。同じく見ていたアンニーも微笑みながら叫ぶ。

「よくぞ言った！　そうだ！　己の欲しい物があるなら力ずくで奪い取れ！　それがクラーケ海賊団だ！」
「「「「ワアアアアアアアアアアアアアア！！」」」」
「ジェークス！　お前が望んだ決闘だ！　後悔がない闘いを挑め！」
「はいっ！」
「「「「ワアアアアアアアアアアアアアア！！」」」」

　力強い青年の言葉でさらに興奮する観客たち。ニール達は不安な表情で彼らを見ていた。

「師匠なら、あんな小僧など・・・」
「待てよ！　あいつが勝ったら、あのタコ女が・・・」
「あっ！　で、でも・・・このままでは師匠が勝ってしまう」
「やっぱり止めときゃ、よかったんじゃ・・・」
「・・・」

　ブレードの姿をずっと見続けるニールは、つい先程の話したことを思い返す。

『何故、果し合いを受け取ったのだ？』
『・・・何故とは？』
『相手はどう見ても素人だ。しかも勝てばアンニーを娶ることになる』
『・・・面倒事は嫌いだからだ』
『？』
『・・・面倒になる前に終わらせる。だから剣を受け取った』

　試合場を造っている間、ブレードは人気の少ない船首付近で渡された剣を抜いていた。海賊がよく使う片刃の剣。おもむろに剣を収め、胸ポケットを弄っている。何をしていたのか、彼女には解らなかった。

（何か策を考えているのだろうか？・・・）
「決闘の開始はお互いに任せる。好きな時に始めろ！」

　アンニーの指示を聞いて、二人は剣を抜く。どちらも右手に剣を持ち、ジェークスが鞘を腰のベルトに装着した。ブレードは逆手に持っていた鞘を、いきなり客席の柱に向けて投げつける。投げ飛ばされた鞘は、3割が埋まるぐらい深々と突き刺さった。

「どういうつもりですか？」
「・・・収める必要はもう無いからだ」
「余裕という訳ですか」
「・・・それとは別だ」

　ジェークスは剣を構えるが、ブレードは構えず、そのままの体勢を維持する。

「僕を舐めているつもりですか？」
「・・・余裕は、先制をくれてやるぐらいだ。お前で始めろ」
「後悔しても知りませんよ？」

　彼の挑発じみた言葉に、青年は内心怒りを募らせながら斬り掛かった。

ヒュン！
「！？」
「・・・振りは速いな」

　青年の振り下ろしの斬撃をブレードは難なく右側へ避け、相手の後ろへ素早く移動する。一瞬の出来事にジェークスは驚くも、すぐに振り向き構えた。

「・・・まずは一回だな」
「何がです？」
「・・・致命的な隙」
「くっ！」

　隙だらけの自分を指摘され、腹を立てた青年は連続の突きを繰り出す。ブレードは右手に持った剣で相手の攻撃を受け流した。無駄なく受け流される青年の突き攻撃。ブレードは最低限の動きで流れるように防いだ。

「おお！　すげえ〜！」
「あいつ、素早いな！」
「ジェーク坊やもなかなかやるじゃないか！」

　試合場から一番近いマストにしがみ付いているスキュラの船員たちが驚きの声を上げる。観客席の方でも、船長含めた船員たちが目を丸くした。

「少し奥手な坊やと思っていたが、こんな剣技と度胸を持っていたとは・・・だけど、あっちの男も捨てがたいね」
「「・・・」」

　アンニーの発言で、リオとケイは彼女へ痛い視線を飛ばす。ニールは真剣な表情で二人の試合を見ていた。

（やはり・・・ブレードが上だ。手加減はしているようだが、下手をすれば・・・）

　連続突きが見切られていると判断したジェークスは、ワザと剣を自身の左側へ弾かせて、相手の腰目掛けて大振りの横薙ぎをする。

スッ
「！？」

　突然、ブレードの姿が消えて、青年の振った剣は空振りしてしまう。よく見ると、彼は床板へ張り付くようにしゃがんでいた。彼はそこから少し力を溜めて踏ん張り、青年の腹目掛けて頭突き突進をする。

「・・・ふん！」
「がはぁ！」

　腹を抱えてうずくまりそうになる青年を少し離れて見つめるブレード。彼は追い打ちをしようともせず、立ち尽くしたままで青年へ問いかけた。

「・・・まだ、やるか？」
「げほっ！　げほっ！　と、当然です！」

　ジェークスはむせりながら体勢を整えて、再度剣を構える。今度は素早く隙のない斬撃でブレードに襲い掛かった。彼は先程のように受け流さず、無駄なく避けていく。余裕や必死さが見えない無表情のブレードに対し、青年は彼を押し出そうと端へ追い込んだ。

（・・・そう来たか）

　床板の角に当たる端へと追いやられるブレード。彼の右片足が角を踏んだことを機に、ジェークスは右から逃がさぬよう早い横薙ぎをかました。

「師匠！」
「あんた！」
「ブレード！」

　観客席で見ていたニール達だけでなく、その場を見ていた誰もが避けられないと判断した。

ヒュン！
「なっ！？」

　次の瞬間、またもブレードの姿が消え、ジェークスの攻撃は空振りしてしまう。青年は慌てて下を確認するが、そこに姿は無かった。ある部分を除いて・・・。

「「「！？」」」

　ブレードは自ら下へと落ち、瞬時に左手だけで床板を掴んでぶら下がった。彼は剣を持っている右手も掴まり、一気に試合場へと上がる。

「！」
「・・・ふっ！」

　彼は登ると同時に、青年目掛けて左足を突き出した。いきなりの不意を突いたキックに対応しきれず、ジェークスは後方へ軽く飛ばされる。

「ぐぅ！」
「・・・いい追い込みだが、相手の反撃も想定しろ」

　青年はよろよろと立ち上がり、片手で剣を構えた。ブレードは構えず、そのままの体勢であることを宣言する。

「・・・今からする一撃で終わらせる」
「一撃？」
「・・・それに対応できなければ、お前の負けだ」
「！？」
「・・・行くぞ」

　彼はそう言うと、片手に持っている剣を自身の右側へ真横にして構えた。その態勢からは目に見える覇気が漂っている。ジェークスは腰がすくみそうになるが、自身を奮い立たせて体勢を維持した。

（こ、ここで・・・負ける訳にはいかない！）

　青年も両手で剣を持ち、頭上近くまで上げ構えた。静寂が訪れ、観客たちも息を飲む。まるで時間が止まったかのような時が流れていく。

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・・！」

　先に動いたのはブレード。向かって相手の左側へと向かいながら、すれ違いざまに横切りをしようとする。ジェークスはまだ動かず、相手の剣の動きを注視した。

ガキィィィィィィィン！！

　誰もがその光景に驚いた。ブレードは根元から折れた刃の剣を手にして、横振りした体勢で止まっていた。ジェークスは剣を振り下ろして止まっている。一瞬で起きた刹那の後、二人は互いに向き合った。

「・・・俺の負けだ」
「えっ！？」
「・・・剣が折れた以上、試合は終わったも同然だ」
「確かに・・・で、でも・・・」
「・・・賭けに勝ったのはそっちだ。敗者は立ち去る」

　不服も無しにそう言ったブレードは、折れた剣を捨てて試合場から飛び降りた。その際、試合場のロープを手にして素早く降りて立ち去る。それを見たニールとリオとケイは、観客席から飛び降りて、彼の後を追った。

「「「「ワアアアアアアアアアアア！！」」」」

　ジェークスの勝利に観戦していた船員たちが歓声を上げる。彼は未だに呆然と立ち尽くし、観客席に居たアンニーが跳躍して、彼の目の前までやって来た。

「せ、船長・・・」
「控えめなあんたが、こんなことをするとはねぇ・・・」

　八つ足の女船長を前にして、青年は赤面しながら剣を鞘に収める。彼は跪いて両手で剣を彼女に差し出した。驚いた女船長に対し、彼は大声で叫ぶ。

「船長！　この船に乗る前からずっと好きでした！」
「！」
「ですから・・・ぼ、僕と付き合って下さい！」
「「「「ワアアアアアアアアアアア！！」」」」

　青年の力の入った告白に、船員達はさらに歓声を上げた。告白されたアンニーは、剣を受け取り、触手の足で青年を引き寄せる。

「えっ？　わあっ！」
「やけに気合いの入ったプロポーズじゃないか」
「船長？」
「気に入った。あんたのその言葉、受け止めよう」
「！」

　彼女の了承の言葉で喜びの表情を浮かべる青年。そして、同じように微笑む女船長は周りの船員達に向かって叫んだ。

「お前たち！　今日はいい日だ！　今すぐ式を挙げるぞ！」
「「「「おおおおおおおおおおおおう！！」」」」
「え、えええ！　もう式を！？」
「付き合うのだろう？　ならもう夫婦になったも同然じゃないか」
「た、たた、確かにそうだけど、こんな日の出てる時に・・・んむぅ！？」

　戸惑うジェークスの口をアンニーは自身の口で塞いだ。周りのほとんどがそれを見て口笛を鳴らす。

「船長！　羨ましい！」
「あたしもジェークス坊やを狙ってたのに・・・悔しい！」
「おおい！　誰かシー・ビショップ様を呼んできて！」



　一方、勝負を終えて街道を歩くブレード。彼の後をニール達が早足で追いつく。リオがあることをブレードに尋ねた。

「師匠、何故あんな真似を？」
「・・・面倒だからだ」
「ワザと負けるように仕組んでまで？」
「えっ？　リオ？」
「リオも気付いていたようだな」
「・・・」

　ニールとリオは何かに納得する顔し、ケイは理解できずに首をかしげる。ニールが続けて話す。

「あの時、試合場が造られている際、手渡された剣に細工したのだろう？」
「えっ？　じゃあ、アイツと斬り合った時に折れたのは・・・」
「師匠の剣の刃には僅かな刃切れが入れられていた。試合中、一度も振っていない理由は剣を折らないため」
「そして、最後の刹那の際、刃切れの反対にある刃じゃない峰の部分を当てて折った。あの青年を勝たせるために・・・」
「・・・解ってるなら、説明は不要だな」

　歩き続けながら4人はさらに話し続けた。

「・・・それにしても、傍から見ても危ない存在である俺に決闘を申し込むとは・・・あの坊主、見た目以上に勇気がある」
「ああ、確かに・・・海賊の船員としては適任な人材だろうな」
「師匠の方が強いのに・・・」
「何か・・・悔しいぜ」
「あの青年のためにやったのだろう？」
「・・・違うな」

　否定の言葉とともにブレードは立ち止まり、彼女達も足を止める。彼は振り向いて彼女たちと対面でしゃべり続けた。

「・・・あの坊主は俺を利用するつもりだったのだろうが、逆にこちらで利用させて貰った」
「「「利用？」」」
「・・・あの女船長と付き合うきっかけに俺を選んだらしいが、敢えてそれに乗ったまで・・・後は奴に勝たせるだけでいい。厄介事を奴に押し付けるいい機会だった」

　皮肉ともいえる言葉を聞いて、ニール達は目を丸くする。すかさず、ケイがあることをブレードに聞いた。

「で、でも！　あの二人をくっつけさせただろう！」
「・・・確かに・・・最も望まれる奴と結ばれた方が幸せだろう。制限付きの人間と結ばれるよりは・・・そして、その覚悟も・・・」
「セイゲンツキ？　なんだソレ？」
「師匠、何を言って・・・」
「・・・・・・」
「・・・ふん」

　再び彼は歩き出し、リオとケイが慌てて付いて行く。少し、遅れて歩き出したニールは先程聞いた言葉について考えていた。

（制限付き・・・つまり、兵士であり、命が危うい存在・・・それと付き合う覚悟か・・・）
「・・・・・・それでも、私は・・・」



＜同時刻　港町シークロウ付近　南の岬＞

「・・・・・・」
プツッ
「いたっ！」
「あっ！　大丈夫ですか！？」
「あ、ご心配なさらず、平気です」

　釣竿を持ったままうなだれるラキの右横で、ユリは女性の唇に刺さったルアーの針を抜いていた。その女性は白い神官のような服を着用し、下半身が魚の尻尾をしたシー・ビショップと言われる魔物である。彼女が短く詠唱すると、唇の傷が消失した。

「これで大丈夫です。あの、それより・・・あの方は大丈夫でしょうか？」
「あ、え―と・・・お兄ちゃん？」
「・・・・・・」

　少女の声に青年は反応せず、二人の間に気まずい静寂が訪れる。それを近くで見ていた人外の女性たちは小声で話し始めた。誰もが人間ではない外見の持ち主たちである。先に釣り上げられたマーメイドやシー・スライム、ネレイスだけでない者たちも存在した。

「美味しそうな坊やなんだけど・・・あの子が邪魔ね・・・」
「お姉さま・・・横取りはダメですよ？」

　ラキを狙おうとする、赤い帽子を被った下半身が赤い魚の尻尾の女性。非常に好色なマーメイドの一種であるメロウと言われる魔物である。その隣で彼女を止めようとする、身体のあちこちにフジツボのような突起物を持つ少女は、カリュブディスと言われるミミックの一種である魔物らしい。ちなみにこの少女はメロウを助けようと腕を掴んだ際、一緒に釣り上げられた。

「あなた、クラーケ海賊団の人？」
「うん、久々にこの辺り泳いでいたら・・・」
「あたしも今晩の魚を探している最中、触手に絡まって・・・」

　下半身が八本の触手足を持つスキュラのご婦人方が6人。井戸端会議のように集まって話していた。彼女たちも同じくラキに釣られた魔物娘である。また、その他に釣られた魔物娘たちも集まって話し合っていた。

「・・・・・・」
「お兄ちゃん・・・」

　今日の釣り上げた獲物

・マーメイド　　　　×5
・メロウ　　　　　　×1
・ネレイス　　　　　×8
・スキュラ　　　　　×6
・カリュブディス　　×1
・シー・スライム　　×3
・シー・ビショップ　×1

　以上である。

（魚じゃないものを釣り上げてどうするよ！？）

　ユリは未だに落ち込んでいるラキを慰めようと近寄る。その瞬間、彼はいきなり顔を上げ、握り拳の両腕を拡げて叫んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおお！！」
「ひゃあ！？」
「せめて！　せめてイワシでも釣らしてくれえええええええええ！！」
ザパアアアアアアアアアアアアアアン！！

　ラキの願いは叶えられず、虚しい波打ちの音だけが響いた。



＜同日　夜　トトギス城　会議室＞

　蝋燭で灯された室内。長いテーブルの一番奥の端には厳めしいマントを羽織った長髪の男性が座っている。そして、テーブルの長い側面へ沿うように複数の騎士が座っていた。

　この長髪の男性こそ、トトギス王国を総べる国王フォートス・カスタールである。また、彼の真向かいの端にはコーモレント教皇と、その左右にオッドス卿とキビィキ卿が座っていた。教皇が右隣に居たキビィキ卿に話す。

「・・・・・・キビィキ卿、読み上げなさい」
「は、ははっ！」

　彼は椅子から立ち上がり、テーブルに乗っていた洋紙を手にして読み上げた。

「本日、教会本部から指令が下りました。速やかに魔物領である都市アイビスへ出兵し、浄化とともに制圧せよとのこと」

　彼の言った内容に、騎士たちが小声で話し合う。そんな中、国王は目を細めて近くに居た騎士に尋ねた。

「出兵の準備は？」
「はっ！　明日にでも出発できます！」
「そうか・・・」

　国王が小さくため息をつくと、オッドス卿がしゃべり始める。

「ようやく、忌まわしき輩を排除できる。ムゥフッ！　我が軍の数は3100。これならあの都市を叩き落すのも苦ではない。ムゥフッ！」
（偵察に行かせたジドが帰ってこないのが気になるが・・・訳の解らぬ輩を連れてくるなどほざきよって・・・もう知らぬ）

　彼がそう言うと、国王が彼にあることを聞いた。

「本当に我が民である兵を向かわせるのか？」
「陛下、これも我が教会、いや、ムゥフッ！　我が主神の望むべきことであります」
「斥候で向かったはずの騎士たちを犠牲にしてまでもか？」
「ムゥフッ！　彼らの死を無駄にしないためにも、やるべきことなのです！」
「んん・・・・・・」

　オッドス卿の力強い言葉に、国王は黙り込んでしまう。デコハゲの枢機卿は続けて話した。

「ムゥフッ！　では、明日の朝、日が昇り次第出発する。各騎士団長は夜明け前に兵を揃えよ！」
「「「「はっ！」」」」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

　騎士たちの掛け声の中、国王と教皇は無言で座り続ける。オッドス卿は隣の教皇にあることを聞いた。

「コーモレント教皇、例の勇者は？」
「小僧なら、訓練所を壊した後、眠りよった」
「ムゥフッ！　念のため、彼を連れてもよろしいでしょうか？」
「好きにするがよい」



　国王含めた騎士たちとの会談後。一つの蝋燭だけで照らされた小さな室内にて、コーモレント教皇は椅子に座り、窓の向こうの満月が浮かぶ夜空を眺めていた。

「何とまぁ・・・早まった指令を送って来たものだ・・・のぉ？」

　まるで誰かへ語り掛けるかのように呟く教皇。

「まだ、猶予はあるのか？・・・・・・そうか・・・」

　彼以外誰もいない一室で、風によってギシギシと鳴る窓だけが響いた。