復元された鋼鉄の化石
<戦艦クリプト 研究開発室>
ラキとユリがカプセルに入れられ、それを端末で操作し始めるエスタ。隣で見守っていたレシィのもとへ、レックスが近寄って行く。ある程度作業が終わったところで、エスタは背伸びしながらレックスに話し掛けた。
「レックス、今日も街へ行ったら?」
「よろしいのですか?」
「おぬしもコカトリスのオナゴと一緒に楽しんだらどうじゃ?」
「ですが、私は機械なので・・・」
「レックス」
突如、エスタは口にした言葉を力強くして、椅子を回して彼を見つめた。
「これは命令。街で自由に行動してきて」
「・・・・・・かしこまりました」
彼は無表情で了承し、部屋から退室する。その後ろ姿を見ていたレシィが少年に尋ねた。
「ああまでして、言う必要があるのか?」
「一様、僕の指示に従うようプログラムされているからね。でも・・・」
「でも?」
「最近、妙な行動が目立つ・・・無断で君を招いたり、何も言わず、未調査の卵を調理するなど・・・」
「確かに・・・でも、それは・・・」
「僕の作ったプログラムで行動していない。あれは自分自身で行動している」
「?」
中央広場から北東に位置する少し大きめの建物。『キャリアーフェザー』という看板が書かれた運送会社。そこは様々な物を城や街の店舗、民家へ配達している。会社内ではあらゆる荷物が複数並べられて、数人の人間や魔物が仕分けと配達の準備をしていた。
「え、え―と・・・これはこっちで、あとこれは・・・」
「ワッコ!それ南部地区のだから、こっちに頂戴!」
「あ、は、はい!どうぞ!」
ブラックハーピーの一人に指示されて、彼女は手にしていた小包を手渡す。コカトリスと言われる飛行できないが足の速い種族のワッコ。彼女はここの配達員の一人で、主に都市の北部地区の居住区を担当している。そんな彼女に、宝箱から上半身を出しているツインテールの少女が呼び掛けた。
「ワッコ!今日運ぶ荷物が届いたよ!」
「あ、す、すみません!シトス部長!」
「向こうの仕入れが遅くなったせいで、今ようやくこっちの箱に届いたの。今から出すわ」
彼女はそう言って箱の中から次々と小包を取り出して、目の前の床に置いて行く。この少女はミミックと言われる魔物で、箱の中は魔力で作られた別の空間が存在し、箱から箱へとあらゆるものを移動させることができる。
「これで全部よ。結構あるけど・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
ワッコはそう言って、40個以上ある小包を白い袋に入れた。それから、奥の事務机で座っている男性に声を掛けに行く。彼はここの社長で、ジパングと言われる東の大陸出身の人間であり、先程のミミックのシトスの伴侶でもある。
「は、箱木社長!わ、私のリストを・・・」
「ん?ちょっと待ってね・・・え―と、これだ。はい」
「では、い、行ってきます!」
リストを受け取ったワッコは背中に袋を担いで外へと向かった。それを見ていた社長は不安そうな顔をして、羽ペンの先をインクに浸す。そんな彼を見ていたシトスが箱の中に入り、彼の後ろにあった箱から飛び出して抱きついた。
「旬吉〜何見とれているのよ〜?」
「いや、ワッコの様子が変だったから・・・」
「へ?そうだっけ?」
「少し、お腹が重そうな感じだったな」
「そういえば・・・あの子、未婚だったよね?」
小走りで移動していたワッコは、突然止まってお腹を押さえる。彼女は自身の異変に気付いており、それが何なのか把握していた。
「今日の、は、配達が終わるまで・・・我慢しないと・・・」
<都市アイビス 北エリア>
他人に悟られぬよう、笑顔で配達し続けるコカトリスの少女。しかし、未だに残っている沢山の荷物の過重と、お腹の異物感で足取りがおぼつかなくなる。
(ちょっと・・・きついかも・・・)
「あっ」
おぼつかない足で小石にけつまずき、少女はバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。その時、彼女の左側から男性の腕が伸びてきて、彼女の身体を抱え止めた。
「えっ?」
「大丈夫ですか?ワッコ様」
「あ・・・」
彼女を支え止めたのは、ドラグーン隊の人型兵器レックスだった。彼は少女の身体を支えながら体勢を戻す。
「ご気分がすぐれないようですね?」
「だ、大丈夫です・・・ちょっと、疲れて・・・」
少女は何ともない振る舞いをするが、彼は無言で彼女が持っていた袋を片手で持ち上げる。驚いた少女は彼の顔を見つめた。
「!」
「私がこの袋を運びましょう」
「え、ええ?で、で、でも・・・」
「大丈夫です。これでも人間よりは早く移動もできます。それと、足の速いワッコ様を視界から見失ったとしても、レーダーで探知できますので、ご心配なさらず」
「レックスさん・・・あ、ありがとうございます」
鋼鉄のロボットの気遣いで涙目になってしまうコカトリスの少女。彼女の案内とともにレックスは配達の手伝いをすることにした。
<都市アイビス 南エリア 孤児院>
孤児院の庭にあるカフェテラスで、ドラグーンの隊長イーグルとエンジェルのウィリエルがゆったりと紅茶を飲んでいた。ジェミニは孤児院の子ども達と一緒に屋内の掃除している。
「そうですか・・・コーモレント教皇と会ったのですね」
「得体の知れない威圧感があったが、敵意はまるで無いように見えた」
「あの国の教会の中で最高位の存在です。彼とはよく話していました。国の方針や教会の方々の紹介など・・・あと、彼の勇者も・・・」
「勇者・・・ブレードが倒した奴のことだな。不死身とも言われているらしいが・・・」
「凄いですね。そのブレードさんというお方は・・・」
イーグルは紅茶を啜った後、カップを置いて一息した。
「できれば、あの勢力とはもう関わりたくないのだが・・・」
「私も・・・もう・・・」
ガシャァァァァァン!
その時、孤児院内で何かが割れる音が響き、続いて騒ぎ声が聞こえてくる。イーグルは無表情でため息を吐くと、椅子から立ち上がった。
「あいつらめ・・・お仕置きが必要だな」
「え?」
「双子が騒いでるので止めに向かう。少し待ってくれ」
彼は怒りのオーラを漂わせて、孤児院へと入って行く。
「うおおお!箒刀を喰らえ!」
「せいいい!なんのチリトリシールド!」
「戦場でもないところで何してる?」
「「ひぃ!?」」
その日、孤児院内で鈍い音が二回響いた。
<都市アイビス 北エリア 民家内>
居住区のある民家に、ワッコを抱きかかえたレックスが入り込む。全ての配達を終えた時、彼女の身体が倒れかけたので、レックスが彼女の自宅まで運び込んだのだ。彼は少女に指示された部屋へと運ぶ。そこはどうやら彼女の寝室らしい。
「そ、そこの、ベットへ・・・」
「分かりました」
レックスは少女に衝撃を与えないよう、ゆっくりとベットに寝かせた。
「あ、あの・・・レックスさん」
「はい?」
「そ、そんなに、じ、時間が掛からないと、思いますが・・・部屋の向こうで、ま、待っていてもらえないでしょうか?」
「では、あちらで待機しておきます。メンテナンスモードに入りますので、30分後にまたお会いしましょう」
「え?め、メンテナンス、モード?」
ワッコにとって聞いたことのない単語を言うと、彼は部屋の外へと出て行ってしまう。辺りが静かになった時点で、少女はお腹に力を入れた。
「ん・・・!」
実は少女のお腹には命の宿っていない卵が出来上がっていたのだ。コカトリスである彼女は、鳥のように卵を産むことが出来るのだが、番となる相手がいないとただの異物を抱えているようなもの。そのため、重りを持ったような身体で仕事し、いつもの足の早さが出せなかった。
(こ、これだけは・・・と、とても恥ずかしくて、誰にも・・・くぅ!)
コトン
少し重めの音がすると、彼女の股辺りで丸い物が現れる。無事に産卵を終えたようだ。不意に辺りを見回すコカトリスの少女。
「だ、だ、誰も・・・み、見ていないですよね?」
チラッ、チラッ、チラッ
(ほ、本当に、み、見ていないですよね?)
不穏な視線を感じているのか、ワッコは辺りを見回しながら卵を抱いて立ち上がる。
「そ、そういえば、レックスさん。も、物音を立てずに、待っているのかしら?」
妙に静かすぎることに警戒して部屋から出てみると、テーブルの椅子に座ったままのレックスが居た。彼は微動だにせず、そのままの体勢で目の輝きを失っていた。その様子を見て、ワッコが慌てて声を掛ける。
「え!?れ、れ、レックスさん!?」
「・・・・・・」
「レックスさん!レックスさん!!」
「・・・・・・」
「あ・・・そ、そっか。い、異世界のゴーレムって、言ってたんだっけ?」
少女は彼の言っていたことを思い出す。
(30分後にまたお会いしましょう)
「本当に、う、動くのかな?」
一方、孤児院内では・・・。
「あの・・・それくらいになされては?」
「自覚が足りない二人だ。これくらいはしておく必要がある。全く、余所の物を壊して・・・」
正座をさせているジェミニたちに説教するイーグル。それを見ていたウィリエルが止めようとするが、彼はもっともらしい理由を言って説教を続けた。
ブゥン、ピピピ
「!」
突然、レックスの身体から電子音が鳴り響き、その音にワッコが飛び上がる。彼の目に光が灯り、身体が動き始めた。
「れ、レックスさん?」
「メインシステム作動オールグリーン。おはようございます、ワッコ様」
「お、おはようございます・・・」
ぎくしゃくしながら挨拶するコカトリスの少女。
「あ、あ、あの・・・レックスさん」
「何か?」
「様付けは、し、しなくても、いいです・・・」
「申し訳ございません。では、ワッコさんでよろしいですか?」
「あ、は、は、はい・・・」
少し顔を赤らめた彼女は彼の向かい側の椅子に座った。そこで彼はテーブルに置かれたバスケットの中の卵に注目する。
「今回も無精卵ですね」
「え、ええ・・・前もしたので・・・わ、解りますよね?」
「ええ、生体の反応もありませんので、命が宿っていないことが解ります」
「そ、そこまで、わ、解っちゃうなんて・・・」
「あ、失礼しました」
「あ、いえ、そ、そういうことじゃなくて・・・ただ、凄いなって・・・」
レックスの機能に感心してしまうワッコ。彼女は少し暗い表情で卵を見つめた。レックスは気になって少女に問いかけた。
「やはり、相手がいないと受精卵はできないのでしょうか?」
「そ、そうです。いつか、あ、赤ちゃん・・・欲しいです」
「お相手を探せば入手できるのでは?」
「その、あ、相手探しが、不得意です・・・」
彼の質問に困った顔をするワッコ。レックスは励ましの言葉を掛ける。
「頑張って探してください。私も卵が孵る瞬間を見てみたいです」
「レックスさんも、こ、子どもが欲しいのですか?」
「いえ、私は命の誕生というものに興味があります」
機械らしからぬ発言に少女は首をかしげてしまう。
「あ、あの・・・レックスさんを作った方は、ど、どんなお人ですか?」
「完成させたのはドクターですが、創造主は不明です」
「え?ええ!?ど、ど、どういうことですか?」
「私はプロトタイプ、言わば試作段階の状態で発見されて、それをドクターによって起動できる状態まで作られました。そこからさらに改造し続けて、今の状態に至ります」
「じゃ、じゃあ、あ、あなたを一から作った人の、記憶は・・・」
「残念ながら・・・残されたメモリーデータにも、その情報は全くありませんでした」
レックスの意外な出生を知ったワッコは目をぱちくりさせた。彼は自身の右腕を上げて手の平を見つめる。
「私が何のために創られたのか。誰のために動くのか。どう行動すればいいのか。それらがはっきりせずに目覚めました」
「な、何も、解らずに?」
「まるで生まれたばかりの人間の赤ん坊のように・・・」
ワッコはこの時、無表情だった彼の顔がまるで人間のような暗い表情に見えてしまう。彼女はレックスにあることを話した。
「で、でも、それでいいと思います!」
「ワッコさん?」
「に、人間でも、鳥の雛みたいに、真っ白で解らないときは、は、初めて見た親を見まねして、生きていきます!」
「鳥の・・・雛?・・・刷り込みという本能のことでしょうか?」
「そ、そうです!刷り込みです!」
少女の答えに彼は微笑みを浮かべた。それを見た彼女も笑顔になる。
(と、とても、ゴーレムとは、お、思えないです・・・人間みたい・・・)
<戦艦クリプト 研究開発室>
モニターでラキとユリがチェイサーに乗っている姿を見つめる少年と少女。エスタは端末を片手で操作すると、モニターに映っている二人の周りに雪が降り始めた。
「僕からのサービス・・・とはいっても、ラキにとってはよくないかも・・・」
「兄上、それって例の襲撃の日?」
「うん・・・」
「見た様子だと・・・大丈夫そうじゃが?」
「そうみたいだね」
少年の右隣で眺めるレシィは、ここであることを尋ねる。
「兄上」
「ん、どうしたの?」
「レックスについて何じゃが・・・どうしてもさっきの言葉が気になって・・・」
「そうだね。面倒くさかったから、ほったらかしにしてたけど・・・」
エスタは目を閉じて語り始めた。
「最初に出会ったとき、あれが手足のパーツを外された状態だった。その他の似た個体は全く無く、保存状態が良かったのもあれだけらしい」
「あやつだけだったのか?」
「そう・・・調査の結果、唯一解ったのは戦闘目的の構造になっていたこと。それ以外の情報や詳細はあれのメモリーにも無かった。恐らく消されたんじゃないかな?」
「記憶を消去されてたんじゃな?」
「多分ね。あと・・・」
少年はモニターを眺めて呟く。
「僕が出会う以前に、学習機能をすでに使用していた」
無機質な建物内。内部はまるで隔離された室内となっており、多数の端末やステンレス製の机、光る画面を映し出すモニターだらけであった。そんな中、一人の白衣の少年と背の高い白衣の大人の男性があるものを見ていた。
「ドクター、やはりやめた方がよろしいのでは?」
「今のところ、武装も付けられていませんが、我々に危害を加える可能性が・・・」
「いいじゃない。元々調査しろって、上から命令されたんだし・・・僕としても動くとこが見たい」
ドクターと呼ばれた少年エスタは、好奇心旺盛な表情で目の前にあるものを見つめる。それはまるで人間の骨の標本のような形をし、鋼鉄で出来た身体をしていた。それは傍から見れば、金属で出来た骸骨のロボットのようなもの。そして、それは直立で立っていて、周りにはそれを支える電子機器の囲いがある。
「見た感じ、皮膚みたいなのを被せれば人間に化けられるかも・・・」
「それこそ、危険ですよ!」
「人間そっくりのロボットは批判されます!」
「言ってみただけじゃん・・・全く、気にし過ぎだよ?」
世界大戦後、現在よりさらに若き頃のエスタは、都市復興のために研究を進めていた。その研究内容とは、大戦中に作られたとされる技術を分析し、戦闘目的以外の技術を取り入れることである。
(しっかしまぁ・・・ここまで傷ついていないものは初めてだな)
今回、彼に与えられた任務はある研究所跡で見つかった人型機械の分析である。謎めいたそれは人型のロボットのようだった。輸送されてきたそれは最初、手足のパーツがバラバラであったが、少年はいとも簡単に組み立ててしまう。
「ほんじゃ、起動させますか」
「えっ!?ちょ、ちょっと、ドクター!」
「早すぎますって!」
二人の男性の声を聞かず、少年はメガネを左手で整えて、右横に置いていた端末を操作し始めた。それとともに、人型機械を支える装置が電子音を鳴り響かせる。
「ここを、こうして・・・これで、あと外部電源を繋いで・・・」
「そんな、もうここまで・・・」
「どうやったら、こんなに早く操作できるのだ?」
彼らが驚いている間に、エスタはすでに起動準備を済ませてしまい、あとは人型機械が自ら動き出すのを待っていた。
ブゥン、ピピィ
「おっ」
「「う、動いた!?」」
驚く二人を余所に、少年は冷静に人型機械の頭部を見つめる。それの目の部分のライトが赤く灯り、首の部分と眼球の部分が動き出した。人型機械は真っ暗な視界から一瞬白く光った後、鮮明な視界を目にする。
「・・・・・・ここは?」
「僕の研究室だよ。ちょっと汚いけど・・・」
「研究室・・・」
人型の歯の剥き出した口から、人の声によく似た音声が出てくる。それすら少年は驚かずに人型機械と対話する。
「君は何者だい?」
「私は・・・何者なんでしょうか?」
「・・・・・・そうくるか」
予想外の答えに少年は頭を悩ませてしまう。そんな彼を見て、人型機械は首を少し横へ傾けた。その仕草に少年は目を丸くする。
「それ・・・人間らしいね?」
「ですが、私は機械です」
「そうだったね・・・さて・・・」
「?」
エスタはもう一度メガネを左手で整えてしゃべり続けた。
「名前はある?」
「メモリーデータ内を検索しましたが、名称や形式番号ともにありません」
「全く無いのか・・・」
少年は腕を組んで少し考え込むと、何かを閃いて彼に話し掛ける。
「じゃあ、僕が名前を付けてあげよう・・・・・・そうだな・・・“レックス”なんて、どう?」
「レックス・・・それが、私の名前?」
「そうだよ。無いと不便だし・・・ちなみに僕の名はエスタ。ドクターエスタとも言われてる」
「では、ドクターとお呼びしてもよろしいですか?」
「聞き慣れた呼び名だけど、いいよ・・・よろしく、レックス」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ドクター」
少年が右手を差し出すと、人型機械も右手を差し出して握手した。
ラキとユリがカプセルに入れられ、それを端末で操作し始めるエスタ。隣で見守っていたレシィのもとへ、レックスが近寄って行く。ある程度作業が終わったところで、エスタは背伸びしながらレックスに話し掛けた。
「レックス、今日も街へ行ったら?」
「よろしいのですか?」
「おぬしもコカトリスのオナゴと一緒に楽しんだらどうじゃ?」
「ですが、私は機械なので・・・」
「レックス」
突如、エスタは口にした言葉を力強くして、椅子を回して彼を見つめた。
「これは命令。街で自由に行動してきて」
「・・・・・・かしこまりました」
彼は無表情で了承し、部屋から退室する。その後ろ姿を見ていたレシィが少年に尋ねた。
「ああまでして、言う必要があるのか?」
「一様、僕の指示に従うようプログラムされているからね。でも・・・」
「でも?」
「最近、妙な行動が目立つ・・・無断で君を招いたり、何も言わず、未調査の卵を調理するなど・・・」
「確かに・・・でも、それは・・・」
「僕の作ったプログラムで行動していない。あれは自分自身で行動している」
「?」
中央広場から北東に位置する少し大きめの建物。『キャリアーフェザー』という看板が書かれた運送会社。そこは様々な物を城や街の店舗、民家へ配達している。会社内ではあらゆる荷物が複数並べられて、数人の人間や魔物が仕分けと配達の準備をしていた。
「え、え―と・・・これはこっちで、あとこれは・・・」
「ワッコ!それ南部地区のだから、こっちに頂戴!」
「あ、は、はい!どうぞ!」
ブラックハーピーの一人に指示されて、彼女は手にしていた小包を手渡す。コカトリスと言われる飛行できないが足の速い種族のワッコ。彼女はここの配達員の一人で、主に都市の北部地区の居住区を担当している。そんな彼女に、宝箱から上半身を出しているツインテールの少女が呼び掛けた。
「ワッコ!今日運ぶ荷物が届いたよ!」
「あ、す、すみません!シトス部長!」
「向こうの仕入れが遅くなったせいで、今ようやくこっちの箱に届いたの。今から出すわ」
彼女はそう言って箱の中から次々と小包を取り出して、目の前の床に置いて行く。この少女はミミックと言われる魔物で、箱の中は魔力で作られた別の空間が存在し、箱から箱へとあらゆるものを移動させることができる。
「これで全部よ。結構あるけど・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
ワッコはそう言って、40個以上ある小包を白い袋に入れた。それから、奥の事務机で座っている男性に声を掛けに行く。彼はここの社長で、ジパングと言われる東の大陸出身の人間であり、先程のミミックのシトスの伴侶でもある。
「は、箱木社長!わ、私のリストを・・・」
「ん?ちょっと待ってね・・・え―と、これだ。はい」
「では、い、行ってきます!」
リストを受け取ったワッコは背中に袋を担いで外へと向かった。それを見ていた社長は不安そうな顔をして、羽ペンの先をインクに浸す。そんな彼を見ていたシトスが箱の中に入り、彼の後ろにあった箱から飛び出して抱きついた。
「旬吉〜何見とれているのよ〜?」
「いや、ワッコの様子が変だったから・・・」
「へ?そうだっけ?」
「少し、お腹が重そうな感じだったな」
「そういえば・・・あの子、未婚だったよね?」
小走りで移動していたワッコは、突然止まってお腹を押さえる。彼女は自身の異変に気付いており、それが何なのか把握していた。
「今日の、は、配達が終わるまで・・・我慢しないと・・・」
<都市アイビス 北エリア>
他人に悟られぬよう、笑顔で配達し続けるコカトリスの少女。しかし、未だに残っている沢山の荷物の過重と、お腹の異物感で足取りがおぼつかなくなる。
(ちょっと・・・きついかも・・・)
「あっ」
おぼつかない足で小石にけつまずき、少女はバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。その時、彼女の左側から男性の腕が伸びてきて、彼女の身体を抱え止めた。
「えっ?」
「大丈夫ですか?ワッコ様」
「あ・・・」
彼女を支え止めたのは、ドラグーン隊の人型兵器レックスだった。彼は少女の身体を支えながら体勢を戻す。
「ご気分がすぐれないようですね?」
「だ、大丈夫です・・・ちょっと、疲れて・・・」
少女は何ともない振る舞いをするが、彼は無言で彼女が持っていた袋を片手で持ち上げる。驚いた少女は彼の顔を見つめた。
「!」
「私がこの袋を運びましょう」
「え、ええ?で、で、でも・・・」
「大丈夫です。これでも人間よりは早く移動もできます。それと、足の速いワッコ様を視界から見失ったとしても、レーダーで探知できますので、ご心配なさらず」
「レックスさん・・・あ、ありがとうございます」
鋼鉄のロボットの気遣いで涙目になってしまうコカトリスの少女。彼女の案内とともにレックスは配達の手伝いをすることにした。
<都市アイビス 南エリア 孤児院>
孤児院の庭にあるカフェテラスで、ドラグーンの隊長イーグルとエンジェルのウィリエルがゆったりと紅茶を飲んでいた。ジェミニは孤児院の子ども達と一緒に屋内の掃除している。
「そうですか・・・コーモレント教皇と会ったのですね」
「得体の知れない威圧感があったが、敵意はまるで無いように見えた」
「あの国の教会の中で最高位の存在です。彼とはよく話していました。国の方針や教会の方々の紹介など・・・あと、彼の勇者も・・・」
「勇者・・・ブレードが倒した奴のことだな。不死身とも言われているらしいが・・・」
「凄いですね。そのブレードさんというお方は・・・」
イーグルは紅茶を啜った後、カップを置いて一息した。
「できれば、あの勢力とはもう関わりたくないのだが・・・」
「私も・・・もう・・・」
ガシャァァァァァン!
その時、孤児院内で何かが割れる音が響き、続いて騒ぎ声が聞こえてくる。イーグルは無表情でため息を吐くと、椅子から立ち上がった。
「あいつらめ・・・お仕置きが必要だな」
「え?」
「双子が騒いでるので止めに向かう。少し待ってくれ」
彼は怒りのオーラを漂わせて、孤児院へと入って行く。
「うおおお!箒刀を喰らえ!」
「せいいい!なんのチリトリシールド!」
「戦場でもないところで何してる?」
「「ひぃ!?」」
その日、孤児院内で鈍い音が二回響いた。
<都市アイビス 北エリア 民家内>
居住区のある民家に、ワッコを抱きかかえたレックスが入り込む。全ての配達を終えた時、彼女の身体が倒れかけたので、レックスが彼女の自宅まで運び込んだのだ。彼は少女に指示された部屋へと運ぶ。そこはどうやら彼女の寝室らしい。
「そ、そこの、ベットへ・・・」
「分かりました」
レックスは少女に衝撃を与えないよう、ゆっくりとベットに寝かせた。
「あ、あの・・・レックスさん」
「はい?」
「そ、そんなに、じ、時間が掛からないと、思いますが・・・部屋の向こうで、ま、待っていてもらえないでしょうか?」
「では、あちらで待機しておきます。メンテナンスモードに入りますので、30分後にまたお会いしましょう」
「え?め、メンテナンス、モード?」
ワッコにとって聞いたことのない単語を言うと、彼は部屋の外へと出て行ってしまう。辺りが静かになった時点で、少女はお腹に力を入れた。
「ん・・・!」
実は少女のお腹には命の宿っていない卵が出来上がっていたのだ。コカトリスである彼女は、鳥のように卵を産むことが出来るのだが、番となる相手がいないとただの異物を抱えているようなもの。そのため、重りを持ったような身体で仕事し、いつもの足の早さが出せなかった。
(こ、これだけは・・・と、とても恥ずかしくて、誰にも・・・くぅ!)
コトン
少し重めの音がすると、彼女の股辺りで丸い物が現れる。無事に産卵を終えたようだ。不意に辺りを見回すコカトリスの少女。
「だ、だ、誰も・・・み、見ていないですよね?」
チラッ、チラッ、チラッ
(ほ、本当に、み、見ていないですよね?)
不穏な視線を感じているのか、ワッコは辺りを見回しながら卵を抱いて立ち上がる。
「そ、そういえば、レックスさん。も、物音を立てずに、待っているのかしら?」
妙に静かすぎることに警戒して部屋から出てみると、テーブルの椅子に座ったままのレックスが居た。彼は微動だにせず、そのままの体勢で目の輝きを失っていた。その様子を見て、ワッコが慌てて声を掛ける。
「え!?れ、れ、レックスさん!?」
「・・・・・・」
「レックスさん!レックスさん!!」
「・・・・・・」
「あ・・・そ、そっか。い、異世界のゴーレムって、言ってたんだっけ?」
少女は彼の言っていたことを思い出す。
(30分後にまたお会いしましょう)
「本当に、う、動くのかな?」
一方、孤児院内では・・・。
「あの・・・それくらいになされては?」
「自覚が足りない二人だ。これくらいはしておく必要がある。全く、余所の物を壊して・・・」
正座をさせているジェミニたちに説教するイーグル。それを見ていたウィリエルが止めようとするが、彼はもっともらしい理由を言って説教を続けた。
ブゥン、ピピピ
「!」
突然、レックスの身体から電子音が鳴り響き、その音にワッコが飛び上がる。彼の目に光が灯り、身体が動き始めた。
「れ、レックスさん?」
「メインシステム作動オールグリーン。おはようございます、ワッコ様」
「お、おはようございます・・・」
ぎくしゃくしながら挨拶するコカトリスの少女。
「あ、あ、あの・・・レックスさん」
「何か?」
「様付けは、し、しなくても、いいです・・・」
「申し訳ございません。では、ワッコさんでよろしいですか?」
「あ、は、は、はい・・・」
少し顔を赤らめた彼女は彼の向かい側の椅子に座った。そこで彼はテーブルに置かれたバスケットの中の卵に注目する。
「今回も無精卵ですね」
「え、ええ・・・前もしたので・・・わ、解りますよね?」
「ええ、生体の反応もありませんので、命が宿っていないことが解ります」
「そ、そこまで、わ、解っちゃうなんて・・・」
「あ、失礼しました」
「あ、いえ、そ、そういうことじゃなくて・・・ただ、凄いなって・・・」
レックスの機能に感心してしまうワッコ。彼女は少し暗い表情で卵を見つめた。レックスは気になって少女に問いかけた。
「やはり、相手がいないと受精卵はできないのでしょうか?」
「そ、そうです。いつか、あ、赤ちゃん・・・欲しいです」
「お相手を探せば入手できるのでは?」
「その、あ、相手探しが、不得意です・・・」
彼の質問に困った顔をするワッコ。レックスは励ましの言葉を掛ける。
「頑張って探してください。私も卵が孵る瞬間を見てみたいです」
「レックスさんも、こ、子どもが欲しいのですか?」
「いえ、私は命の誕生というものに興味があります」
機械らしからぬ発言に少女は首をかしげてしまう。
「あ、あの・・・レックスさんを作った方は、ど、どんなお人ですか?」
「完成させたのはドクターですが、創造主は不明です」
「え?ええ!?ど、ど、どういうことですか?」
「私はプロトタイプ、言わば試作段階の状態で発見されて、それをドクターによって起動できる状態まで作られました。そこからさらに改造し続けて、今の状態に至ります」
「じゃ、じゃあ、あ、あなたを一から作った人の、記憶は・・・」
「残念ながら・・・残されたメモリーデータにも、その情報は全くありませんでした」
レックスの意外な出生を知ったワッコは目をぱちくりさせた。彼は自身の右腕を上げて手の平を見つめる。
「私が何のために創られたのか。誰のために動くのか。どう行動すればいいのか。それらがはっきりせずに目覚めました」
「な、何も、解らずに?」
「まるで生まれたばかりの人間の赤ん坊のように・・・」
ワッコはこの時、無表情だった彼の顔がまるで人間のような暗い表情に見えてしまう。彼女はレックスにあることを話した。
「で、でも、それでいいと思います!」
「ワッコさん?」
「に、人間でも、鳥の雛みたいに、真っ白で解らないときは、は、初めて見た親を見まねして、生きていきます!」
「鳥の・・・雛?・・・刷り込みという本能のことでしょうか?」
「そ、そうです!刷り込みです!」
少女の答えに彼は微笑みを浮かべた。それを見た彼女も笑顔になる。
(と、とても、ゴーレムとは、お、思えないです・・・人間みたい・・・)
<戦艦クリプト 研究開発室>
モニターでラキとユリがチェイサーに乗っている姿を見つめる少年と少女。エスタは端末を片手で操作すると、モニターに映っている二人の周りに雪が降り始めた。
「僕からのサービス・・・とはいっても、ラキにとってはよくないかも・・・」
「兄上、それって例の襲撃の日?」
「うん・・・」
「見た様子だと・・・大丈夫そうじゃが?」
「そうみたいだね」
少年の右隣で眺めるレシィは、ここであることを尋ねる。
「兄上」
「ん、どうしたの?」
「レックスについて何じゃが・・・どうしてもさっきの言葉が気になって・・・」
「そうだね。面倒くさかったから、ほったらかしにしてたけど・・・」
エスタは目を閉じて語り始めた。
「最初に出会ったとき、あれが手足のパーツを外された状態だった。その他の似た個体は全く無く、保存状態が良かったのもあれだけらしい」
「あやつだけだったのか?」
「そう・・・調査の結果、唯一解ったのは戦闘目的の構造になっていたこと。それ以外の情報や詳細はあれのメモリーにも無かった。恐らく消されたんじゃないかな?」
「記憶を消去されてたんじゃな?」
「多分ね。あと・・・」
少年はモニターを眺めて呟く。
「僕が出会う以前に、学習機能をすでに使用していた」
無機質な建物内。内部はまるで隔離された室内となっており、多数の端末やステンレス製の机、光る画面を映し出すモニターだらけであった。そんな中、一人の白衣の少年と背の高い白衣の大人の男性があるものを見ていた。
「ドクター、やはりやめた方がよろしいのでは?」
「今のところ、武装も付けられていませんが、我々に危害を加える可能性が・・・」
「いいじゃない。元々調査しろって、上から命令されたんだし・・・僕としても動くとこが見たい」
ドクターと呼ばれた少年エスタは、好奇心旺盛な表情で目の前にあるものを見つめる。それはまるで人間の骨の標本のような形をし、鋼鉄で出来た身体をしていた。それは傍から見れば、金属で出来た骸骨のロボットのようなもの。そして、それは直立で立っていて、周りにはそれを支える電子機器の囲いがある。
「見た感じ、皮膚みたいなのを被せれば人間に化けられるかも・・・」
「それこそ、危険ですよ!」
「人間そっくりのロボットは批判されます!」
「言ってみただけじゃん・・・全く、気にし過ぎだよ?」
世界大戦後、現在よりさらに若き頃のエスタは、都市復興のために研究を進めていた。その研究内容とは、大戦中に作られたとされる技術を分析し、戦闘目的以外の技術を取り入れることである。
(しっかしまぁ・・・ここまで傷ついていないものは初めてだな)
今回、彼に与えられた任務はある研究所跡で見つかった人型機械の分析である。謎めいたそれは人型のロボットのようだった。輸送されてきたそれは最初、手足のパーツがバラバラであったが、少年はいとも簡単に組み立ててしまう。
「ほんじゃ、起動させますか」
「えっ!?ちょ、ちょっと、ドクター!」
「早すぎますって!」
二人の男性の声を聞かず、少年はメガネを左手で整えて、右横に置いていた端末を操作し始めた。それとともに、人型機械を支える装置が電子音を鳴り響かせる。
「ここを、こうして・・・これで、あと外部電源を繋いで・・・」
「そんな、もうここまで・・・」
「どうやったら、こんなに早く操作できるのだ?」
彼らが驚いている間に、エスタはすでに起動準備を済ませてしまい、あとは人型機械が自ら動き出すのを待っていた。
ブゥン、ピピィ
「おっ」
「「う、動いた!?」」
驚く二人を余所に、少年は冷静に人型機械の頭部を見つめる。それの目の部分のライトが赤く灯り、首の部分と眼球の部分が動き出した。人型機械は真っ暗な視界から一瞬白く光った後、鮮明な視界を目にする。
「・・・・・・ここは?」
「僕の研究室だよ。ちょっと汚いけど・・・」
「研究室・・・」
人型の歯の剥き出した口から、人の声によく似た音声が出てくる。それすら少年は驚かずに人型機械と対話する。
「君は何者だい?」
「私は・・・何者なんでしょうか?」
「・・・・・・そうくるか」
予想外の答えに少年は頭を悩ませてしまう。そんな彼を見て、人型機械は首を少し横へ傾けた。その仕草に少年は目を丸くする。
「それ・・・人間らしいね?」
「ですが、私は機械です」
「そうだったね・・・さて・・・」
「?」
エスタはもう一度メガネを左手で整えてしゃべり続けた。
「名前はある?」
「メモリーデータ内を検索しましたが、名称や形式番号ともにありません」
「全く無いのか・・・」
少年は腕を組んで少し考え込むと、何かを閃いて彼に話し掛ける。
「じゃあ、僕が名前を付けてあげよう・・・・・・そうだな・・・“レックス”なんて、どう?」
「レックス・・・それが、私の名前?」
「そうだよ。無いと不便だし・・・ちなみに僕の名はエスタ。ドクターエスタとも言われてる」
「では、ドクターとお呼びしてもよろしいですか?」
「聞き慣れた呼び名だけど、いいよ・・・よろしく、レックス」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ドクター」
少年が右手を差し出すと、人型機械も右手を差し出して握手した。
11/12/03 13:16更新 / 『エックス』
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