連載小説
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幻の故都
<都市アイビス コウノ城 個室>

 夜明け前の時刻、ベットから寝間着を着た少女が起き上がる。頭の角に絡まった黒い髪の毛を手で払い落とし、腰に付いた羽をパタパタと動かす。

「よいしょっ」

 少女はベットから降りて、洋服ダンスから取り出したエプロンドレスを着始めた。スカートのお尻辺りから、可愛らしいハート型の先を持つ尻尾が飛び出す。

「朝食の準備♪準備♪」

 少女の名はユリ・マツシマ。アリスと言われるサキュバスの突然変異種である。彼女はこのコウノ城のメイドの一人で、朝早く城の住人全員の朝食を作りに厨房へと向かう。そこには、すでにやってきた人間の女性や魔物たちが朝食作りをしていた。

「急がなくっちゃ!」

 ユリも張り切って動き出し、フライパンを手にして目玉焼きやベーコンなど焼いて行く。出来上がった料理を用意された皿に盛りつけ、スタンバイしていたメイドの女性が運んで行った。



 朝の朝食作りを終えた少女は、自身の朝食を厨房で食べ終えて、掃除道具を片手に廊下や窓を磨き始める。普段から綺麗になっている廊下を汚れないよう、丁寧に磨いていった。その最中に、廊下の向こうから城の当主でもある領主のレギーナ・カーミライトが歩いてきて、少女に話し掛ける。

「ごきげんよう、ユリ」
「あっ、レギーナ様、おはようございます」
「いつもすまないな。ユリもよく働いてくれて感謝するぞ」
「あ、ありがとうございます!」

 一礼をして感謝するユリを見て、微笑む領主は少女にあることを勧めた。

「ユリ、聞けばお前はドラグーン隊の一人と仲が良いらしいな?」
「えっ?は、はい、そうですけど・・・」
「今日の仕事は此処までにして、彼のもとへ行ってみたらどうだ?」
「よ、よろしいのですか?まだ、この後の・・・」
「気にせず行くがよい。よければ、あの船で一晩泊まってもよいぞ?」
「ええっ!?何もそこまで・・・」

 領主は狼狽えてしまう少女の頭に手を置いて撫でる。

「心配せずとも、メイドの一人や二人抜けても、この城が埃だらけになりはせん」
「は、はい・・・」
「では、行くがよい」
「わ、分かりました」

 少女は一礼して、掃除道具を持ってその場から立ち去った。残された吸血鬼の領主は生暖かい目で彼女を見送る。

「異質な存在同士が遭遇することは滅多にない。機会を逃すでないぞ・・・さて、我が夫ともう一度添い遂げるとしよう」



<戦艦クリプト 個室>

 ある一室のベットの上に、不機嫌な青年が座っていた。ドラグーン隊の遊撃隊員ラキである。彼はむすっとした顔で、昨夜に言い渡された指示を思い返した。

『今回はイレギュラーが発生し、お前たちに無理をさせ過ぎた。明日は休養を取らせる』
『休養!?イーグル、マジで!?』
『・・・いらぬ休養だ』
『ただし、戦艦から出ないのと、訓練はするな。自己鍛錬だけにしろ』
『はっ?』
『・・・本気で言っているのか?』
『破った場合は三日間謹慎だ。いいな?』

 イーグルの言ったこの言葉により、ラキとブレードは半ば謹慎と変わらぬ一日を過ごす羽目となる。

(なぁぁにが休養だ!これじゃあ、前の謹慎と同じだろ!ったく・・・)
コンコン

 突然、扉をノックする音に気付き、彼は不機嫌な声を出した。

「入ってます!」
「お兄ちゃん?」
「ぶほっ!?」

 予想外の声の主に驚いて、青年は素っ頓狂な声を出してしまう。

「ゆ、ゆゆゆゆ、ユリィィィィ!?」
「入ってもいい?」
「ああ、鍵は開いてるから!」

 ステンレス製の開き戸が開き、その隙間から黒髪の少女が覗き込む。彼女は恐る恐る入って、青年の前まで歩いて行く。

「何で来たの?」
「レギーナ様が“お兄ちゃんへ会いに行ったら?”って言われたの」
(あの吸血鬼め・・・餃子食わしたろうか!)

 怒りを抑える青年を余所に、悪魔の少女は部屋のあちこちを見渡していた。

「ん?・・・どうした?」
「ちょっと散らかってるね」
「ああ、大抵は飯食って、寝て、時間に余裕があったら洗濯するぐらいの部屋だからな」
「じゃあ、私が掃除してあげる!」
「えっ?ちょ、ユリ・・・何も君がやらなくても・・・」
「まかせて、料理だけでなく、掃除や洗濯も得意だから!」



<同時刻 戦艦クリプト 甲板>

 戦艦の主砲の頂上にて、ブレードは逆立ちして腕立て伏せをしていた。その下の甲板ではリオとケイも同じく普通の腕立て伏せをしている。

「・・・70、71、72」
「師匠も不憫だな・・・」
「休め・・・つったって、ほぼ監禁じゃねえか」
「それにしても・・・」

 逆立ちして腕立てをする彼を見て、リオは感心してしまう。この甲板付近は高さもあるため、横風が強く吹いていた。それすらものともせず、姿勢を崩さないブレード。

「すげえぜ」
「どれほど鍛えているのだろうか・・・」
「・・・99、100、101、102」



<数分後 戦艦クリプト 個室>

 少し、散らかっていた部屋がユリの掃除によってピカピカになり、洗濯物は彼の着用していた下着以外の服まで洗われた。洗い終わり、乾燥されきった黒い隊員服に着替えたラキは少し、輝いているように見える。

「綺麗になったね、お兄ちゃん♪」
「すげぇ・・・ここまで磨かれてしまうなんて・・・」

 呆然となってしまうラキを見ていた少女は、ここであることに気付いた。

「あっ、お兄ちゃん、ごめん。頭のバンダナが・・・」
「!」

 彼女は青年の頭に鉢巻のように巻かれた青いバンダナへ手を伸ばす。それに気付いた彼は素早く頭を逸らして回避した。

「えっ?」
「あっ、すまない、ユリ。これはいつも帰ったら俺自身で洗ってあるから大丈夫だ」
「でも・・・」
「心配するな、これだけはしっかり洗うようにしてるから!」

 親指を立てて笑うラキ。少女は疑問に思いながら首を傾げてしまう。

(大事なものなの?)
「はは・・・あっ!」
「?」

 目線を横に逸らしたラキはあるものに目が入った。それはラキのベット付近の棚に置いてあった大人向けの本の束である。それに釣られて少女もその本に目を向けた。

「あれって・・・お兄ちゃんの本だよね?」
「そうだけど・・・読んだ?」
「ううん、見てないけど・・・可愛らしい女の子が写ってるね」
「はは・・・あれは別のところに仕舞っておくよ」

 彼はそれを持って洋服棚を開けて、上の棚の箱に仕舞いこむ。ふと、ここでラキはある一冊に目が釘付けとなった。

『妹達と大家族計画! Q禁』

 これはプライベートで訪れた場所にて入手した萌えな大人の本だった。自身の欲求のために手に入れた本なのに、彼はタイトルが非常に気になってしまう。

(け、決して、ユリと重ねたんじゃない!・・・家族か・・・本当にいたっけ?)
「お兄ちゃん?」
「ん?何でもないよ」

 雑誌を仕舞い、少女と対面した青年は頭を掻き始める。

「さて、どうしようか・・・」
「ご飯にする?」
「朝飯は食ったしな・・・おまけに艦から出れないし・・・」
『なら、僕の研究の手伝いをしてくれる?』
「「!」」

 突然のスピーカーからの声に驚き、辺りを見回す。特にラキは顔を青ざめながら無線機に手を伸ばした。

「遠慮させてもらう!」
『いいじゃないか、どうせ出れなくて暇でしょ?なら、ちょうどいい装置があるんだけど・・・』
「ふざけるな、エスタ!前に入れられたカプセルが爆発して死ぬかと思ったんだぞ!また、やれってか!?」
『今回は安全性が非常に高いよ?もう、実験もしたし。イーグルから許可も得てるよ』
「やばっ!逃げないと!」

 ラキは慌てて走り出し、個室の扉を開けて飛び出す。すると、飛び出した彼の目の前にレックスが立っていて、飛び出してきた彼を捕まえた。

ガシッ
「げっ」
「申し訳ありません、ラキ」
『対人用スタンアーム展開』
バチィ!
「びばらっ!」

 彼を捕まえていたレックスの両腕から電撃が放たれ、ラキは抱き掴まれながら白目を剥いてしまう。心配したユリが駆け寄って来る。

「お兄ちゃん!」
「ご心配なさらずに、気絶させただけです。それと、ユリ様」
「は、はい」
「あなた様も招待するよう、レシィ様から言われましたので、よろしければ・・・」
「レシィ様が!?・・・分かりました」

 右肩にラキを担いだレックスの後ろへと、ユリは不安な表情で付いて行った。



<戦艦クリプト 研究開発室>

 二人は室内に入ると、レックスは奥に複数設置された斜めで寝そべれるカプセルへ、気絶したラキを寝かせた。彼が入れられ、カプセルの蓋であるガラスが閉まると、彼の頭に複数の装置が取りついてヘルメットのようになる。

「待っておったぞ」
「あ、レシィ様。これは一体・・・」
「ちょいと趣味で作ったもので、人の持つ精神を意識体として仮想空間へ送ることができる装置だよ」

 仁王立ちするレシィの隣で、端末を操作していたエスタが説明した。レックスはユリの隣で立ち尽くす。

「じゃあ、お兄ちゃんはその仮想空間っていう場所へ行ってるの?」
「そういうこと」
「おぬしも追ってみるか?」
「えっ?出来るのですか?」
「おぬしの決めた相手じゃ。一緒に楽しんでくるがよい♪」

 レシィが素早く詠唱すると、少女はいきなり深い眠りに誘われてしまう。耐え切れず眠ると、隣に居たレックスが彼女を抱え、ラキの入っている場所の右隣にあるカプセルへ寝かせた。

「よし、こっから面白くなるかも・・・」
「ワシも楽しみじゃ♪」



 視界が徐々に鮮明になり、ラキは目を覚ます。視界に映ったのは、見たことのないだだっ広い天井。いつも見ている部屋の感覚と違うことに気付いて、青年は上半身を起こした。

「!?」

 そこはまるでセレブが泊まりそうな高級なベッドルーム。巨大な窓はカーテンによって遮られていた。

「う・・・ん・・・」
「へっ?・・・ユリ!?」
「あれ?お兄ちゃん?」

 少女の声にも気付き、彼は自分たちがダブルベットで寝かされていたことを知る。ありえない状況に立たされ、混乱し始めるラキ。

「どうなってんだ!?」
『ようやく動いたようだね』
「あっ!エスタ!何処に居る!?そして、ここは何処だ!?俺たちに何をした!?」
『一気に質問しないでよ・・・面倒くさくなる』

 すると、彼らの目の前にあったテレビが光り、画面に研究開発室で座るエスタとレシィの姿が映る。

『君たちは今、自身の精神が意識体となって仮想空間に存在してる。分かりやすく言えば、ゲームの世界にやって来たようなものかな?』
「じゃあ、俺とユリの本体は・・・」
『あれじゃ♪』

 レシィの指差した方向に映像がズームアップされ、カプセルに入った二人の姿が映った。

「今回は爆発しねえだろうな?」
『しつこいなぁ、ちゃんと安全性は保障するって・・・』
「前にそう言って、俺が黒焦げになったじゃねえか・・・」
『全く、信用してよね・・・それより、外を見てみたら?』
「外?」

 エスタに指示されて、ラキは窓に向かい、カーテンを右側へと乱暴に開ける。視界が一瞬眩しくなり、次に映った光景に青年は驚愕した。

「・・・・・・」
「わぁ―すご―い!」

 すぐ隣にやって来たユリが窓の外の光景に声を上げる。そこに映っていたもの、それは・・・。

『どう?凄いでしょ?昔の地図だけでなく、場所を隅々まで細かく再現したんだよ。今時のマップデータは事細かに調査、記録しているからね』
「よく、こんな記録が残ってたな」
『君自身の記憶も使ってるから、よりリアルに再現できた。君のおかげでもあるよ』
「だからって、何もこの街を再現しなくてもいいだろう?」
「お兄ちゃんの知ってる街なの?」
「ああ、この街の防衛のために働いてたからな」

 しんみりとしながら答えるラキ。ユリは子どものようにはしゃいで外を眺めていた。

「“神戸シティ”か・・・せめて秋葉原シティにしてくれよ」
『あれは最近できたばかりの都市だから難しいよ。それに改装されていく部分も多いからね』
「なんでこんな場所に送り込んだんだよ?」
『ここでユリと一日過ごしたらどうじゃ?』
「お兄ちゃん、凄いね。色々見回ってみたいです♪」
『ホテルの前にチェイサーを用意しておいたよ。それと人はいないから好き放題しても問題無し!』
「そっちが覗き見しなかったらな!」
「「ギクッ!」」

 ラキの発言にドッキリしてしまう少年と少女。

『ま、まあ、こっちは簡単なマップで表示して位置の特定だけするから・・・』
『ゆ、ゆっくり楽しむのじゃ!』
ブツン!
「逃げたな・・・」

 慌てて画面を切った二人に対し、少し不満気になるラキ。そんな彼の左腕に少女が抱きついた。

「お兄ちゃん!行こう!」
「あ、ああ・・・」



 彼らの居た部屋はどうやら高層ビルの最上階だったらしく、エレベーターを使って下まで降りることとなる。外へ出ると、エスタの言う通り、玄関前にスカイチェイサーが一台停まっていた。彼は高層ビルの看板を見ながら乗り込む。

(中黄ポートピアホテル・・・ものすげぇ高級な日国の経営ホテルじゃねえか)
「お兄ちゃん?」
「何でもない、それじゃあ食べ物探しついでに行くか」
「うん!」

 二人はチェイサーに乗って、その場から飛び去った。街の至る所に高層ビルが立ち並び、空から見ると巨大な都市の全貌が見える。

「凄く大きい街・・・」
「人口が約7億人居たと言われる巨大都市の一つだ。大抵、肌が黄色い中黄人が多かったな。それに意外と他の人種から人気が高かったらしいぜ」
「他の人種?肌の色と住む大陸が違う人達?」
「ああ、特に白西人が多かったな。娯楽が多かったせいかも・・・」

 二人はしゃべりながらある場所へと降り立った。そこはアイスクリーム屋さんで店員の姿はなく、材料は置かれている。ラキはお構いなしに店内へ入った。置いてあったアイスクリーム用のコーンを手に取って、棚から取り出したアイスクリームディッシャーでアイスを掬い取る。

「?」
「ほれ、チョコレートアイスだ。食べてみ」

 チョコレート色のアイスを手渡されたユリはゆっくりと口に咥えた。その瞬間、彼女の羽と尻尾が震えだす。

「おいしい!」

 喜んで食べる少女を見て、ラキはバニラアイスを作って食べ始める。

「やりたい放題っても、そんなに思いつかねえな・・・」

 彼は何気に空を見上げて、雲の流れる青空を眺める。



「崩壊した都市・・・じゃと・・・」

 画面を見て二人の様子を伺うエスタから、レシィは信じがたい事実を耳にした。

「記念すべき2000年1月1日午前7時辺りで、この都市を含めた3つの都市が異形者によって襲撃された。当時、防衛任務に当たっていた連合軍が居たにも関わらず、多くの犠牲者を出すことに・・・」
「それじゃあ、あやつは・・・」
「ラキはこの都市の防衛部隊の一人だった。彼のチームも全滅。彼だけが生き残って・・・」
「それであやつの記憶を読み込んだのじゃな?」
「そういうこと、イーグルでもよかったんだけど、怒られそうだから止めた」

 全体図を表示して画面を見つめる少年。隣に居た少女は彼に寄り添った。

「兄上もあの街に?」
「いや、僕はもう一つの都市で籠城してた。彼らが居なかったら、僕も・・・」

 言葉を続けない少年を察して、少女が抱きつく腕に力を入れる。



 ラキとユリは仮想の都市を彷徨いながら遊びまわる。近くのゲームセンターにて、ユリがぬいぐるみを取るクレーンゲームに没頭。

「あっ、落ちちゃった!」
「安心しろ、まだコインはたっぷりあるからな!」

 近くの両替機を『L.B.H』で壊して金銭を大量入手。その他にもシューティングゲームで遊び・・・。

「きゃ―!きゃ―!」
「大丈夫だ!このゾンビは本当に出てきたりしないから!」

 ドライビングゲームで対戦したり・・・。

「早いです〜!」
「アクセル踏み過ぎ!コースアウトしちゃうよぉぉ!」
ボカ―ン!

 ダンスして楽しむ音楽ゲームでラキが熱中。

「フィィィィィバァァァァァ!!」
「お兄ちゃん、素敵―!」

 そうこうしている内に、日が暮れ始め、二人は都市の上空を飛び回る。

「遅くなったな・・・」
「ちょっと冷えるかも・・・」
「そうだな・・・そこらの洋服店で上着を貰おうか」
「うん!」

 彼らは近くに降りた先で、大き目の洋服店を見つけて入り込む。冬用の上着を着込み、再び空へと飛び立った。すると、上空から白い何かが降ってくる。

「これは・・・」
「わあ・・・雪だ〜」

 ラキはチェイサーの速度を遅くして、落ちていく雪を見つめ続けた。

(雪・・・懐かしいものだ・・・・・・あんなことが無ければゆったりできたのに・・・)



 雪の降る景色を眺めるラキ。彼は青いバンダナは付け、紺色の特殊部隊のスーツを身に纏い、ジープの運転席の後ろで座っていた。左隣に居た同じ服装の男が話し掛けてくる。

「ラキ、何、外を見てんだ?」
「初詣行きたかったなって」

 その言葉を聞いた運転席の男がラキにしゃべりかけた。

「何言ってやがる?今日俺たちは勤務中だぞ!しかも、緊急の応援が入って・・・」
「少し黙れ、バルド!ラキ、お前も集中しろ!今から戦闘なんだぞ!」

 助手席の男が二人に注意を呼び掛けていると、全員の無線から声が響いてくる。

『こちら西防衛隊所属ボクサー第8部隊。支援要請があった地点に到着した・・・な、なんだあれは!?・・・く、来るぞ!う、撃て!撃てぇぇぇ!』

 無線から隊員の掛け声とともに乾いた銃声音が鳴り響いた。それを聞いたラキ達に緊張が走る。

『こちらボクサー第8部隊、敵と交戦中!数が多い!至急応援を!』

 応援要請がされたことに気付いた助手席の男が無線に手を伸ばした。

「こちら東防衛部隊ドーベル第3部隊だ。至急そちらに向かう」
『急いでくれ!どんどん数が増えてくる!敵は、ぎゃあ!』
「ボクサー第8部隊?どうした!?応答しろ!おい、応答しろ!」
『ザザァァァァァァァ・・・』

 通じなくなった通信を助手席の男は仕方なく切る。辺りに緊張が走り始めると、またも無線から連絡が入った。

『こちら西防衛部隊コリー第5部隊!敵が手強すぎる!至急応援を・・・』

 助手席の男が再度無線に手を伸ばして話し掛ける。

「こちらドーベル第3部隊だ。その声はヌワンドだな?」
『おお、ヒュンケか!?ありがたい!急いでくれ!奴ら撃っても、撃っても、倒れない!』
「落ち着け!敵は一体何だ?どういう奴らだ!?」
『あいつら人間じゃない!しかも奴らは、がぁ!』
「ヌワンド!?どうした!ヌワンド!」
『ぐぅ!あ、うあぁぁぁぁ!!ザシュッ!』

 無線の叫び声の後、何か肉を切り裂くような音が響き、ヒュンケ以外の者たちが不安になってしまう。

「て、敵は一体・・・」
「銃が効かないのか?」
(嫌な予感だな・・・初詣どころじゃなさそう・・・)
「・・・」

 すると、ヒュンケはもう一度無線に手を伸ばして、ある所へ連絡し始める。

「こちらヒュンケだ。名越、ケビン、応答しろ」
『こちらケビン・・・』
『名越です、隊長。どうかされましたか?』
「今何処だ?」
『ケビンとまだ、出撃準備中ですが・・・』
「今すぐ、重火器の武装を用意しろ。敵は恐らく普通の武装では通用しない」
『ええ!?』
『本気ですか?・・・』
「本気だ」

 彼の言葉に、無線側の二人は黙り込んでしまう。しかし、数秒もしない内に、彼らから返事がくる。

『分かりました!戦闘用バギーがありますので、それに乗って向かいます!』
「他にもアサルトライフルなどの武器も頼むぞ」
『他の部隊にある程度持っていかれましたが、探します・・・』
『ケビン、そっちの棚を見てく』

 二人の声が途切れ、ジープの速度が上がる。

「もうすぐコリー第5部隊の途切れた地点です」
「各自武装を点検しろ!」

 隊長の指示で、全員が両手に持っていたサブマシンガンを準備した。MP5 Mk.2と言われる9mmパラベラム弾を装填した標準的なマシンガンである。ラキも準備が終わり、安全装置を外したまま動きを止めた。

「着いたぞ!総員降りろ!」

 隊長の掛け声で素早くジープから降りると、そこには生き残った二人の兵士がサブマシンガンを連射していた。彼らは道路の向こうに居る影に向かって撃っている。

「なっ・・・何だ、あれは?」
「「っ!?」」
(人?・・・いや、形が違う!?)

 ラキの目に映ったのは、硬質な身体にサメのような頭部、虫のような二本爪の足。そして、両腕が剣のような刃と化し、片方の刃腕で兵士を刺して貪っていた。それはこちらに向けて、黄色に輝く目を向けて叫ぶ。

「GAAAAAAAAA!!」
「に、人間を喰ってやがる!?」
「化け物!?」
「撃て!攻撃開始!」

 ヒュンケの指示で4人は素早く射撃した。兵士を貪っていた怪物に4人の銃弾が当たり、そのまま力なく倒れる。それを機に周りで隠れていた同じ怪物が姿を現し、ゆっくりと彼らに向かい始めた。

「まだ、こんなに!?」
「野郎、撃ち殺してやる!」
「ラキ、何してる?右を撃て!」
「分かってるよ!」

 4人は扇状に別れて弾幕を張る。しかし、歩いてくる怪物たちは銃弾をものともせず、彼らに向かった。先程倒したやつとは違い、銃弾を受けても弾いていく。

「銃弾が効いていない!?」
「そんな!?さっきの奴は効いてたぞ!」
「おい、そこの二人!下がれ!早く!」

 ヒュンケの声も虚しく、生き残っていた二人の兵士が飛びかかった怪物によって刺し殺されてしまう。

「ぎゃああ!!」
「ぐええ!」
「ちっ!こちら、ヒュンケだ!名越!ケビン!まだか!?」
『もうすぐ、そちらへ着きます!うぉわ!』
『飛ばすぞ!・・・』

 増援を期待する隊長は部下であるラキ達に声を掛けた。

「もうすぐで増援が来る!それまで持ち堪えろ!」
「そんな無茶な!」
「銃弾も効かない奴にどうやって!?」

 そんな中、ラキは胸元にあったスプレー缶のような破砕手榴弾を手にして、片手でピンを抜いて投げつけた。

「フラグ!」

一番近くに寄って来ていた2体の間に落ちると、爆発が起きてその2体が吹き飛ぶ。直撃した怪物は身体の半分を失い、動かなくなった。

「いいぞ、ラキ!」
「やるじゃねえか!」
(いや、銃効かないなら、これしかないでしょ!)

 それでもやって来る怪物の数は多く、もうすぐで彼らに辿り着きそうになる。その時、後方から高い音を鳴らしてやって来る一台の車が向かって来た。

『隊長、遅くなりました!』
『援護します!・・・』

 やって来たバギーは彼らの横を通り過ぎて立ち止まり、バギーの上部に付けられた砲台が回転して怪物に銃口を向ける。

「化け物が!これでも喰らえ!」
ズドドドドドド!!

 砲台に取り付けられた長身の重機関銃が火を吹いて弾丸を連続で発射した。まともに当たった怪物は大き目の風穴を複数作られて力尽きていく。増援の兵士によって怪物たちは次々と地面へ倒れていき、残らず全滅した。

「隊長!ご無事ですか!?」
「ああ、間に合ったな。それで、他の武装は?」
「アサルトライフルが3丁しかなく、他の部隊にほとんどの武装が・・・」

 バギーの運転席にいた隊員が、隊長へ長身のアサルトライフルを手渡す。その時、彼らのいる地面に地響きが起き始めた。

「何だ?」
「じ、地震!?」
「総員!辺りを警戒しろ!」
「何が来ても、このブローニングM2で!」
「何かが歩いてくる?」
(ちょ、嫌な予感が・・・)

 ラキも身構えて辺りを見渡していると、先程の怪物たちが走って来た道路の向こうにあるビルの影から、巨大な物体が出現した。それは灰色をした甲殻の身体で巨大なハサミと複数の足、ハサミの付け根近くの頭部は黄色に輝く巨大な一つ目、上に反り返った尻尾の先が砲台のような空洞内は炎がチラついている。その大きさは4mぐらいで、隣にあったトラックを超えていた。

(さ、サソリ!?)
「こ、このっ!」
ズドドドドドド!!

 巨大な異形に向けて重機関銃を連射する隊員。攻撃された異形は尻尾の先をバギーに向けて、尻尾内の空洞を赤く光らせた。それに気付いたヒュンケは彼らへ呼び叫ぶ。

「名越!ケビン!退け!はや・・・」
「BUMOOO!!」
ドォォン!!ドガァァァァン!!

 彼の指示は間に合わず、異形の尻尾から赤い砲弾のような物体が射出され、バギーに直撃した。攻撃されたバギーは左側のビルへと、炎を纏いながら吹き飛ばされる。4人は急いでジープに乗り込み、バックで離脱し始めた。

「急げ!早く!」
「分かってる!」

 隊員の二人は焦り、隊長とラキは前方の異形を警戒して見つめる。だが、異形はそれを逃さまいと、再び尻尾を赤く光らせた。

(やばっ!)
「総員、車からお」
「BUMOOO!!」
ドォォン!ドガァァァァン!!

 異形の砲撃が彼らの乗ったジープの右側の地面に当たり、車ごと左の街灯へと吹き飛ばされる。そこでラキは頭を打ちつけてしまい、意識を失ってしまった。



「お兄ちゃん?」
「はっ!ユリ?」

 ふと気が付くと、青年は夢のような過去から、現実の自分自身へと気が付くように戻った。後ろにしがみ付く少女に、彼は安心したかのようなため息を吐く。

「大丈夫?」
「ああ、心配ない。ちょっと、ぼうっとしてた・・・」

 ラキはチェイサーの速度を少し速めて、ホテルへと向かった。その最中、彼は後ろの少女に声を掛ける。

「なぁ、ユリ」
「なぁに?」
「いきなり家族がいなくなったらどうする?」
「ん〜とねぇ・・・」

 青年の質問に、少女は悩み始めた。しばらくして、何かを思いついたかのように答える。

「一人でも生きていけるよう頑張る!」
「頑張る、か・・・そうだな、それしかないよな」
「私は両親と離れて生活するのも慣れちゃったし♪」
「そういやそうだったな・・・」

 納得いく答えに相槌を打つラキ。彼は頭の中であることを思い浮かべる。

(どうしても両親の顔が思いつかないな・・・単に忘れてしまっただけなのか?あの頃の街は思い出せるのに・・・)
11/11/26 10:33更新 / 『エックス』
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