隠された翼の傷
<都市アイビス 東側上空>
地上からかなり離れた高度で飛行する1つの飛行物体。耳鳴りのような飛行音を立てながら、同じ高度で飛行する群れを追跡する。飛行物体に乗る2人の男性の内、前にいる男の口が開いた。
「・・・居るだろうとは思っていた」
「ああ、リッパーもいるなら他の種がいてもおかしくはない」
ドラグーン隊の隊長イーグルとその部下である特攻隊員のブレードは、スカイチェイサーに乗って異形者の群れを追っていた。彼らが追跡する飛行型の異形者。
<クアトル>
体長2mもある蛇の身体に、コウモリのような翼を持つ飛行生命体。空中からの強襲を得意とし、口部から粘着性の物質を吐いて得物の動きを止める。捕縛した得物は蛇のように丸呑みはせず、顎で引き裂いて貪るのだ。
まだ、こちらの存在には気付いておらず、クアトルの群れは東に向かって飛び続ける。ここで2人の乗ったチェイサーが高度を保ちながら、速度を落として留まった。自分たちの左側をクアトルの群れがいる方向へ向ける。
「まずは先制を取る」
イーグルは背負っていた『C.R』を構える。スコープで相手を確認すると、『C.R』の銃身が左右に開いた。開いた銃身の間に青白い光が収束されていく。エネルギーチャージ中にスコープ越しで、多数の敵が重なる射線ポイントを探る。
「すぅ―ふぅ―」
イーグルは深呼吸で気持ちを落ち着かせると、十数体が重なる位置を発見した。すでにチャージは完了。無呼吸で狙いを定めた瞬間、引き金を引いてまばゆい光を放った。
バシュウウウウ!!
放たれた光は銃身よりも太いサイズのレーザーを放出。空を貫く青白い光線は、異形の群れへと一直線に向かう。
「KIIII!?」
異形たちは不意を突かれ、ある者は欠片も残さず蒸発し、またある者は翼や身体の一部を失って落下しながら溶けていく。生き残った異形たちは振り返って襲撃者を確認した。2人の存在を目視すると、異形たちは彼らに飛び向かう。
「来たぞ、距離を保って引き付けろ」
「・・・了解」
追いつかれないよう旋回しながら飛行するチェイサー。追いつこうと飛行速度を上げるもなかなか追いつけない異形たち。格好の獲物となった異形の姿をイーグルは見逃さなかった。
「悪いが獲物になるのはお前たちだ」
彼はスコープで狙い定めて青白い光線を発射する。射線に重なる複数の異形たちが一度で落とされた。続けて二発目を発射して撃ち落とすと、異形たちが散開して2人の両脇へと回り込む。
「ブレード!」
「・・・掴まってろ!」
ブレードは速度を落とさず、チェイサーを急降下させた。振り落とされないよう、左手と両足に力を入れてしがみつく。包囲を抜けるため、下へと向かう2人。再び距離を離して上昇し、異形たちを狙い撃つ。
「ブレード、後方の右側をカバーしろ」
「・・・了解」
イーグルの指示を受け、ブレードは左手で腰後ろにある『L.B.H』を抜き取り、右手に持ち替えてから後方へ向けて発砲した。2つの銃撃が次々と異形たちを撃ち落とす。
「下だ!」
「ちっ!」
イーグルの警告を聞き、ブレードは瞬時にチェイサーを左へ旋回させる。すると、下から1体のクアトルが突き上げるように現れた。間一髪で避け、危険を察知したイーグルが襲撃した異形を仕留める。
「!? 上だ!」
「くっ!」
今度は右に旋回すると、上空から丸い緑濁液が数個落ちてくる。上空に上がっていた数体の異形が、彼らに向けて粘着弾を吐いたのだ。それすら感知して回避する2人。
「・・・伏兵が多いな」
「だが、所詮は獣じみた行動だ」
余裕の表情で狙撃するイーグルとチェイサーを操縦するブレード。徐々に異形たちの数が減っていき、2人が優勢になっていく。
「残りは僅かだ。一気に殲滅する」
「・・・呆気ない奴らだ」
「まだ終わっていない。油断はするな」
「・・・ふん、了解」
一方、この空中戦を繰り広げる場所から遠く離れた地上に、その戦いを見つめる1つの人影あった。
「凄い・・・」
手渡された携帯双眼鏡を使って、戦いを見ているエンジェルのウィリエルだ。彼女は彼らの戦いが気になり、邪魔にならない場所で彼らを見守っていた。
「これが・・・異世界で起きている戦い・・・」
異世界の武器と敵との戦いにも驚いていたが、それよりも彼女の目を引くものがあった。
(相手を手玉に取っている・・・動きも無駄がない・・・)
迅速な行動を含め、敵への攻撃や対処などが素早い。ウィリエルは、その流れるような華麗な戦いをする彼から目が離せなくなる。
(私もまだ駄目ですね・・・彼が羨ましいと思うなんて・・・)
少し自己嫌悪になるも、正直な気持ちであることに変わりはなかった。エンジェルとしての役目が最早無いと思う彼女にとって、それほど異世界人であるイーグルの存在が大きくなりつつあった。ゆっくりと、双眼鏡から目を離して手を下ろす。
「いけないです・・・折角励ましてもらったのに・・・」
ここで戦闘中に見えていた光線の輝きが無くなったことに気付いて遠目で探すと、はるか上空で留まるチェイサーを見つける。周りには先程の異形たちの姿は無く、戦いが終わったのだと悟った。
少女が安心して胸を撫で下ろした時、彼らよりさらに上の空から細長く小さな物を見つける。不審に思い、双眼鏡で覗くと彼女に戦慄が走った。
長い身体を伸ばし、飛ぶための翼を折り畳み、牙が剥き出しの口を開け、2人の乗るチェイサー目掛けて落ちてくる異形の姿が2体。
だが、2人は真上のその存在に気付いていない。少女は思わず声を上げた。
「イーグルさん!!」
後方に居た最後の1体を撃ち落とすと、ブレードはチェイサーの速度を落として空中で留まった。イーグルは周囲を確認して、構えていた光学銃を下ろす。
「殲滅したようだ」
「・・・干物にすらならん」
「数は脅威だったが、対処しやすい相手だ。問題あるまい」
「・・・戻るか?」
「そうだな・・・ドクターにも報告しないといか・・・」
「KIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!」
「「!?」」
突然の異形の声に2人は慌てて上を見上げる。そこには2体のクアトルがこちらに向かって、真っ逆さまに落ちてくる姿があった。急いで武器を構えようとしたが、すでに距離が近すぎて間に合わない。一体が2人の間に割り込み、尻尾でイーグルを叩き飛ばした。
「ぐああっ!?」
「!?・・・イーグル!」
飛ばされたイーグルは地面へと落下していき、それを追ってもう一体のクアトルが向かう。
「KIAAAAA!!」
「っ!?」
チェイサーの後方へ乗った異形は、ブレードに噛みつこうと大口を開けて襲い掛かる。彼は咄嗟に、右手で持っていた『L.B.H』を振り上げるも、手ごと噛みつかれた。腕に激痛が走り、顔を歪ませる。
「・・・この、邪魔をするな!!」
激痛に耐えながら指を動かして、『L.B.H』の光学刃を展開させる。そのまま異形の下顎を切り落として首を跳ねた。手の怪我を気にせず、チェイサーを急いで操縦するブレード。
「・・・イーグル!」
叩き落とされて落下するイーグル。頭から落ちているため、下を向くと青い空が見えていた。そこへ、こちらに向かう一体の影。彼を叩き落した者とは違う、別のクアトルが口を開けて向かってくる。
「そんなに飢えてるなら、食わせてやる!!」
落下しながらも彼は落ち着き、『C.R』を構えて狙いを定めた。向かってくる異形の口目掛けて光線を発射する。しかし、異形はその光線をかすりながら避け、彼に突っ込んで行った。それでも、イーグルは諦めず、2撃目を発射する。異形は1撃目に避けた際、片翼が焼けてしまい、避けきれず身体を貫かれる。
(さて・・・どうしたものか)
正直、彼は焦っていた。地上との距離はかなりあるが、ブレードも襲われてこちらの救助には間に合わないと予想する。そして、自身の装備にはパラシュートもなく、使える道具は1つも無かった。
(もう少し粘りたかったが、まぁ、ここまで長く生き残ったんだ。悔いはもう・・・)
地面との衝突がもうすぐだと感じ取り、彼は静かに目を閉じた。何も見えないはずの視界に、またも見たことがある光景を目にする。スコープ越しに映る映像。はっきりは見えないが、この時の彼はあるものを撃たなければならなかったことを思い出す。
(・・・何を狙っていた?・・・いや、それどころでもない・・・何かが・・・)
彼が必死に思い出そうとすると、白い何かがスコープに映った。
(・・・・・・羽?・・・・・・)
「・・・・・・さ・・・」
(・・・?・・・)
「イーグルさん!!」
「!?」
天使の少女はイーグルが叩き落された時、自身の翼を拡げて飛び立っていた。助けたい思いで飛び立つも、あまりにも距離が離れすぎている。自身の飛行速度では到底間に合わない。
助けられない。その絶望感が彼女のある過去を思い出させた。お使い様としてやって来た国での、忘れられないあの光景。幼き魔物やその親子たちが無慈悲に処罰された光景。彼女は止めようとしたが、声を掛ける暇もなく、何もできずに終わる。自身が無力だと思い知らされた時だった。
(私は・・・また、助けられないの?・・・私は・・・無力なの?・・・)
『力が希望ではない』
(えっ!?)
『行動する意思こそ、皆が求めている希望だ』
「イーグルさん!?」
彼の言葉が脳裏に浮かび、彼の名を呼んだ瞬間、ウィリエルは自身の何かが湧き上がる感覚に気付く。
「お願い!」
少女は両手を前に伸ばして、手の平に白い光を輝かせた。それと同時に落下している彼の身体にも同じ輝きが現れる。
「・・・なっ!?」
ブレードは自身の目を疑った。イーグルを助けようと、必死に速度を上げるも追いつかない。あと2、3秒で地上に衝突すると思われた時、イーグルの身体に異変が訪れた。彼の身体がまばゆい光に包まれると同時に、地面にぶつからずに仰向けで浮かんだのである。
「・・・あれは」
ブレードは慌ててチェイサーの速度を落として遠くから様子を見ていると、光に包まれたイーグルに近づく白い影を見つける。
「・・・天使?」
よく見ると、その天使の少女の両手も輝き、まるで彼の身体を見えない力で支えているようだった。
(・・・魔法か?・・・いや、それより、あの天使はイーグルを助けたのか!?)
「イーグルさん!!」
「!?」
自身の名を呼ばれて目を開けるイーグル。そこにはついさっき見た少女の顔があった。その目には涙が一筋流れている。
「ウィリエル?」
「お怪我は、ありませんか?」
「ああ、問題ない」
妙な浮遊感覚を感じながら周りを見回すと、自身の身体が地面から浮いていた。
「これは一体・・・」
「私の力です」
「君の?・・・君が、助けてくれたのか?」
「はい、あなたが私に言ってくれた言葉、それが私の力を呼び覚ましてくれました」
「そうか・・・感謝する」
「いえ、感謝しなければならないのは私の方です」
「?」
少女の目に見えない力で彼は仰向けから直立の体勢へと、起き上げられて地面に着地する。
「あなたは以前、私にこう言いました。“力は希望ではない。行動する意志こそ希望”だと・・・」
「そうだったな・・・」
少し気恥ずかしそうに頭を掻くイーグル。
「その言葉が無ければ、あなたを助けることは出来ませんでした」
(結果的には自分自身で救ったよう・・・いや、そうでもないか・・・)
「もう、あの光景は見たくないのです・・・自身が何もできずに、目の前の命が散っていく光景を・・・」
「!?」
少女が恐れていることを聞いて、彼の身体は硬直してしまう。彼女が経験した思いが彼の過去の経験と似ているからだ。しかし、無垢な存在である彼女にとってはあまりにも辛すぎる体験である。少女の身体が若干震えていることに気付き、左腕だけで素早く少女を抱き寄せた。
「!」
「そんな経験を耐えれる奴などいない」
「・・・」
「我々の世界では、ほとんどの者が失う経験をしている。特に兵士たちは例外なく・・・」
「!?」
ウィリエルは彼の言葉の意味に驚いて目を合わせる。
「兵士になった大半が、親しい者や身内などを失ったことがある。精神が平静でいられるはずがない」
「私は・・・」
「前にも言ったはずだ。自身を責めるな」
「イーグル、さん・・・」
抱き寄せた天使の少女は静かに泣き始める。それを慰めるように強く抱くイーグル。彼はゆっくりと目を閉じた。
<場所不明 城内 個室>
暗く地味な室内に2人の枢機卿が椅子に座っていた。パイプをふかした枢機卿が微笑みながらしゃべりだす。
「ムゥフッ!いい様だな、シャグ。だが、これはこれで問題でもあるが・・・」
「た、確かに・・・あの無敵ともいえる勇者が謎の戦士に倒されたとなると・・・使える奴はほとんど残っておりません」
ハゲ頭のキィビキ卿は脂汗を掻きながら話を続けた。
「オッドス卿、本気でエンジェル奪還を止めないおつもりで?」
「当たり前だ。この国の信仰の維持。そして、ムゥフッ!信仰の象徴として掲げなければならない存在だ。何としても取り返さなければならん」
「ですが、どうするおつもりで?今、使える部隊はいないのでは?」
キィビキ卿が質問すると、オッドス卿はある1枚の紙を取り出して彼に渡した。
「これは?まさか・・・」
「傭兵の類ではあるが、そこらの傭兵よりは使える。金さえあれば動く奴だ」
「ただ、こいつは・・・腕は確かですが・・・」
「許されざる行為はしているが、手段を選んでいる暇はないだろう・・・」
手渡された書類を見て、顔をしかめさせるキィビキ卿。
「人体改造なぞ・・・神を冒涜する所業だ・・・」
地上からかなり離れた高度で飛行する1つの飛行物体。耳鳴りのような飛行音を立てながら、同じ高度で飛行する群れを追跡する。飛行物体に乗る2人の男性の内、前にいる男の口が開いた。
「・・・居るだろうとは思っていた」
「ああ、リッパーもいるなら他の種がいてもおかしくはない」
ドラグーン隊の隊長イーグルとその部下である特攻隊員のブレードは、スカイチェイサーに乗って異形者の群れを追っていた。彼らが追跡する飛行型の異形者。
<クアトル>
体長2mもある蛇の身体に、コウモリのような翼を持つ飛行生命体。空中からの強襲を得意とし、口部から粘着性の物質を吐いて得物の動きを止める。捕縛した得物は蛇のように丸呑みはせず、顎で引き裂いて貪るのだ。
まだ、こちらの存在には気付いておらず、クアトルの群れは東に向かって飛び続ける。ここで2人の乗ったチェイサーが高度を保ちながら、速度を落として留まった。自分たちの左側をクアトルの群れがいる方向へ向ける。
「まずは先制を取る」
イーグルは背負っていた『C.R』を構える。スコープで相手を確認すると、『C.R』の銃身が左右に開いた。開いた銃身の間に青白い光が収束されていく。エネルギーチャージ中にスコープ越しで、多数の敵が重なる射線ポイントを探る。
「すぅ―ふぅ―」
イーグルは深呼吸で気持ちを落ち着かせると、十数体が重なる位置を発見した。すでにチャージは完了。無呼吸で狙いを定めた瞬間、引き金を引いてまばゆい光を放った。
バシュウウウウ!!
放たれた光は銃身よりも太いサイズのレーザーを放出。空を貫く青白い光線は、異形の群れへと一直線に向かう。
「KIIII!?」
異形たちは不意を突かれ、ある者は欠片も残さず蒸発し、またある者は翼や身体の一部を失って落下しながら溶けていく。生き残った異形たちは振り返って襲撃者を確認した。2人の存在を目視すると、異形たちは彼らに飛び向かう。
「来たぞ、距離を保って引き付けろ」
「・・・了解」
追いつかれないよう旋回しながら飛行するチェイサー。追いつこうと飛行速度を上げるもなかなか追いつけない異形たち。格好の獲物となった異形の姿をイーグルは見逃さなかった。
「悪いが獲物になるのはお前たちだ」
彼はスコープで狙い定めて青白い光線を発射する。射線に重なる複数の異形たちが一度で落とされた。続けて二発目を発射して撃ち落とすと、異形たちが散開して2人の両脇へと回り込む。
「ブレード!」
「・・・掴まってろ!」
ブレードは速度を落とさず、チェイサーを急降下させた。振り落とされないよう、左手と両足に力を入れてしがみつく。包囲を抜けるため、下へと向かう2人。再び距離を離して上昇し、異形たちを狙い撃つ。
「ブレード、後方の右側をカバーしろ」
「・・・了解」
イーグルの指示を受け、ブレードは左手で腰後ろにある『L.B.H』を抜き取り、右手に持ち替えてから後方へ向けて発砲した。2つの銃撃が次々と異形たちを撃ち落とす。
「下だ!」
「ちっ!」
イーグルの警告を聞き、ブレードは瞬時にチェイサーを左へ旋回させる。すると、下から1体のクアトルが突き上げるように現れた。間一髪で避け、危険を察知したイーグルが襲撃した異形を仕留める。
「!? 上だ!」
「くっ!」
今度は右に旋回すると、上空から丸い緑濁液が数個落ちてくる。上空に上がっていた数体の異形が、彼らに向けて粘着弾を吐いたのだ。それすら感知して回避する2人。
「・・・伏兵が多いな」
「だが、所詮は獣じみた行動だ」
余裕の表情で狙撃するイーグルとチェイサーを操縦するブレード。徐々に異形たちの数が減っていき、2人が優勢になっていく。
「残りは僅かだ。一気に殲滅する」
「・・・呆気ない奴らだ」
「まだ終わっていない。油断はするな」
「・・・ふん、了解」
一方、この空中戦を繰り広げる場所から遠く離れた地上に、その戦いを見つめる1つの人影あった。
「凄い・・・」
手渡された携帯双眼鏡を使って、戦いを見ているエンジェルのウィリエルだ。彼女は彼らの戦いが気になり、邪魔にならない場所で彼らを見守っていた。
「これが・・・異世界で起きている戦い・・・」
異世界の武器と敵との戦いにも驚いていたが、それよりも彼女の目を引くものがあった。
(相手を手玉に取っている・・・動きも無駄がない・・・)
迅速な行動を含め、敵への攻撃や対処などが素早い。ウィリエルは、その流れるような華麗な戦いをする彼から目が離せなくなる。
(私もまだ駄目ですね・・・彼が羨ましいと思うなんて・・・)
少し自己嫌悪になるも、正直な気持ちであることに変わりはなかった。エンジェルとしての役目が最早無いと思う彼女にとって、それほど異世界人であるイーグルの存在が大きくなりつつあった。ゆっくりと、双眼鏡から目を離して手を下ろす。
「いけないです・・・折角励ましてもらったのに・・・」
ここで戦闘中に見えていた光線の輝きが無くなったことに気付いて遠目で探すと、はるか上空で留まるチェイサーを見つける。周りには先程の異形たちの姿は無く、戦いが終わったのだと悟った。
少女が安心して胸を撫で下ろした時、彼らよりさらに上の空から細長く小さな物を見つける。不審に思い、双眼鏡で覗くと彼女に戦慄が走った。
長い身体を伸ばし、飛ぶための翼を折り畳み、牙が剥き出しの口を開け、2人の乗るチェイサー目掛けて落ちてくる異形の姿が2体。
だが、2人は真上のその存在に気付いていない。少女は思わず声を上げた。
「イーグルさん!!」
後方に居た最後の1体を撃ち落とすと、ブレードはチェイサーの速度を落として空中で留まった。イーグルは周囲を確認して、構えていた光学銃を下ろす。
「殲滅したようだ」
「・・・干物にすらならん」
「数は脅威だったが、対処しやすい相手だ。問題あるまい」
「・・・戻るか?」
「そうだな・・・ドクターにも報告しないといか・・・」
「KIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!」
「「!?」」
突然の異形の声に2人は慌てて上を見上げる。そこには2体のクアトルがこちらに向かって、真っ逆さまに落ちてくる姿があった。急いで武器を構えようとしたが、すでに距離が近すぎて間に合わない。一体が2人の間に割り込み、尻尾でイーグルを叩き飛ばした。
「ぐああっ!?」
「!?・・・イーグル!」
飛ばされたイーグルは地面へと落下していき、それを追ってもう一体のクアトルが向かう。
「KIAAAAA!!」
「っ!?」
チェイサーの後方へ乗った異形は、ブレードに噛みつこうと大口を開けて襲い掛かる。彼は咄嗟に、右手で持っていた『L.B.H』を振り上げるも、手ごと噛みつかれた。腕に激痛が走り、顔を歪ませる。
「・・・この、邪魔をするな!!」
激痛に耐えながら指を動かして、『L.B.H』の光学刃を展開させる。そのまま異形の下顎を切り落として首を跳ねた。手の怪我を気にせず、チェイサーを急いで操縦するブレード。
「・・・イーグル!」
叩き落とされて落下するイーグル。頭から落ちているため、下を向くと青い空が見えていた。そこへ、こちらに向かう一体の影。彼を叩き落した者とは違う、別のクアトルが口を開けて向かってくる。
「そんなに飢えてるなら、食わせてやる!!」
落下しながらも彼は落ち着き、『C.R』を構えて狙いを定めた。向かってくる異形の口目掛けて光線を発射する。しかし、異形はその光線をかすりながら避け、彼に突っ込んで行った。それでも、イーグルは諦めず、2撃目を発射する。異形は1撃目に避けた際、片翼が焼けてしまい、避けきれず身体を貫かれる。
(さて・・・どうしたものか)
正直、彼は焦っていた。地上との距離はかなりあるが、ブレードも襲われてこちらの救助には間に合わないと予想する。そして、自身の装備にはパラシュートもなく、使える道具は1つも無かった。
(もう少し粘りたかったが、まぁ、ここまで長く生き残ったんだ。悔いはもう・・・)
地面との衝突がもうすぐだと感じ取り、彼は静かに目を閉じた。何も見えないはずの視界に、またも見たことがある光景を目にする。スコープ越しに映る映像。はっきりは見えないが、この時の彼はあるものを撃たなければならなかったことを思い出す。
(・・・何を狙っていた?・・・いや、それどころでもない・・・何かが・・・)
彼が必死に思い出そうとすると、白い何かがスコープに映った。
(・・・・・・羽?・・・・・・)
「・・・・・・さ・・・」
(・・・?・・・)
「イーグルさん!!」
「!?」
天使の少女はイーグルが叩き落された時、自身の翼を拡げて飛び立っていた。助けたい思いで飛び立つも、あまりにも距離が離れすぎている。自身の飛行速度では到底間に合わない。
助けられない。その絶望感が彼女のある過去を思い出させた。お使い様としてやって来た国での、忘れられないあの光景。幼き魔物やその親子たちが無慈悲に処罰された光景。彼女は止めようとしたが、声を掛ける暇もなく、何もできずに終わる。自身が無力だと思い知らされた時だった。
(私は・・・また、助けられないの?・・・私は・・・無力なの?・・・)
『力が希望ではない』
(えっ!?)
『行動する意思こそ、皆が求めている希望だ』
「イーグルさん!?」
彼の言葉が脳裏に浮かび、彼の名を呼んだ瞬間、ウィリエルは自身の何かが湧き上がる感覚に気付く。
「お願い!」
少女は両手を前に伸ばして、手の平に白い光を輝かせた。それと同時に落下している彼の身体にも同じ輝きが現れる。
「・・・なっ!?」
ブレードは自身の目を疑った。イーグルを助けようと、必死に速度を上げるも追いつかない。あと2、3秒で地上に衝突すると思われた時、イーグルの身体に異変が訪れた。彼の身体がまばゆい光に包まれると同時に、地面にぶつからずに仰向けで浮かんだのである。
「・・・あれは」
ブレードは慌ててチェイサーの速度を落として遠くから様子を見ていると、光に包まれたイーグルに近づく白い影を見つける。
「・・・天使?」
よく見ると、その天使の少女の両手も輝き、まるで彼の身体を見えない力で支えているようだった。
(・・・魔法か?・・・いや、それより、あの天使はイーグルを助けたのか!?)
「イーグルさん!!」
「!?」
自身の名を呼ばれて目を開けるイーグル。そこにはついさっき見た少女の顔があった。その目には涙が一筋流れている。
「ウィリエル?」
「お怪我は、ありませんか?」
「ああ、問題ない」
妙な浮遊感覚を感じながら周りを見回すと、自身の身体が地面から浮いていた。
「これは一体・・・」
「私の力です」
「君の?・・・君が、助けてくれたのか?」
「はい、あなたが私に言ってくれた言葉、それが私の力を呼び覚ましてくれました」
「そうか・・・感謝する」
「いえ、感謝しなければならないのは私の方です」
「?」
少女の目に見えない力で彼は仰向けから直立の体勢へと、起き上げられて地面に着地する。
「あなたは以前、私にこう言いました。“力は希望ではない。行動する意志こそ希望”だと・・・」
「そうだったな・・・」
少し気恥ずかしそうに頭を掻くイーグル。
「その言葉が無ければ、あなたを助けることは出来ませんでした」
(結果的には自分自身で救ったよう・・・いや、そうでもないか・・・)
「もう、あの光景は見たくないのです・・・自身が何もできずに、目の前の命が散っていく光景を・・・」
「!?」
少女が恐れていることを聞いて、彼の身体は硬直してしまう。彼女が経験した思いが彼の過去の経験と似ているからだ。しかし、無垢な存在である彼女にとってはあまりにも辛すぎる体験である。少女の身体が若干震えていることに気付き、左腕だけで素早く少女を抱き寄せた。
「!」
「そんな経験を耐えれる奴などいない」
「・・・」
「我々の世界では、ほとんどの者が失う経験をしている。特に兵士たちは例外なく・・・」
「!?」
ウィリエルは彼の言葉の意味に驚いて目を合わせる。
「兵士になった大半が、親しい者や身内などを失ったことがある。精神が平静でいられるはずがない」
「私は・・・」
「前にも言ったはずだ。自身を責めるな」
「イーグル、さん・・・」
抱き寄せた天使の少女は静かに泣き始める。それを慰めるように強く抱くイーグル。彼はゆっくりと目を閉じた。
<場所不明 城内 個室>
暗く地味な室内に2人の枢機卿が椅子に座っていた。パイプをふかした枢機卿が微笑みながらしゃべりだす。
「ムゥフッ!いい様だな、シャグ。だが、これはこれで問題でもあるが・・・」
「た、確かに・・・あの無敵ともいえる勇者が謎の戦士に倒されたとなると・・・使える奴はほとんど残っておりません」
ハゲ頭のキィビキ卿は脂汗を掻きながら話を続けた。
「オッドス卿、本気でエンジェル奪還を止めないおつもりで?」
「当たり前だ。この国の信仰の維持。そして、ムゥフッ!信仰の象徴として掲げなければならない存在だ。何としても取り返さなければならん」
「ですが、どうするおつもりで?今、使える部隊はいないのでは?」
キィビキ卿が質問すると、オッドス卿はある1枚の紙を取り出して彼に渡した。
「これは?まさか・・・」
「傭兵の類ではあるが、そこらの傭兵よりは使える。金さえあれば動く奴だ」
「ただ、こいつは・・・腕は確かですが・・・」
「許されざる行為はしているが、手段を選んでいる暇はないだろう・・・」
手渡された書類を見て、顔をしかめさせるキィビキ卿。
「人体改造なぞ・・・神を冒涜する所業だ・・・」
11/09/24 10:35更新 / 『エックス』
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