＜戦艦クリプト　研究開発室＞

　端末のついたデスクにうつ伏せで寝るエスタ。そんな彼に何者かが近づく。

「ドクター、間もなく午前6時です。お目覚めを」
「・・・・・・ん、もう朝か・・・早いね」
「今までの記録及び戦闘データの整理。私の整備などで就寝されたのは今日の1時です」
「明らかに寝不足だね・・・でも、興味深い物ばかりで寝るのも惜しかったから・・・」
「あまり、無茶をされないように」

　右横を見るとトーストとコーヒーが載せてあるトレーが置いてあった。右手でコーヒーを取り、香りを嗅いで少しずつ飲み始める。

「いい香りだね」

　カップを置き、端末を起動させた。昨日までやっていたデータが表示され、再び作業し始める。

（異世界に漂流してから二回も異形者と出くわすなんて・・・この世界に恐らく手掛かりがあるはず・・・数が激減したのも、この世界が不安定になった時だから、もしかしたら・・・）

　不意にイーグルから通信が入り、回線を繋ぐ。

『おはよう、ドクター』
「おはよう、隊長。何用？」
『今日の予定を決めたので知らせに』
「そういや昨日は決めてなかったね。まあ、戦闘して、豪華なごちそうして貰ったら・・・」
『はは、確かにな・・・実は今日は各自、自由行動をさせようと思ってな』
「へぇ・・・」

　彼は隊長の提案に耳を傾ける。

『皆も初めてのことだけでなく戦闘も連続。幸い、戦場とは言えない場所だ。気休め感覚で行動して貰う。もちろん、情報収集は出来る限りすること』
「ふぅん。じゃあ、自分は今までのデータを整理したいし、艦で待機しておくよ。他の隊員は？」
『起きたらそのことを伝えて欲しい。ブレードはすでに訓練室で朝錬をしている最中だ』
「相変わらずだね。分かった、伝えておくよ。イーグルは？」
『準備が整い次第、コウノ城に向かう。』
「人妻に会いに行くの？」
『人を浮気野郎と一緒にするな』
「冗談だよ」

　通信を切り、今度はブレードにコンタクトを取る。

「朝のラジオ体操でもしてる？ブレード」
『・・・ただのストレッチ・・・何の用だ？』
「さっき、隊長からの指示で今日は自由に行動していいって」
『・・・ふん、なら好きにさせて貰う』
「ちなみに出来る限り情報収集して来い、とも言ってたからサボらないでね」
『・・・了解』

　向こうは何か不満らしく、すぐに通信が切れた。気にせず作業し始めるエスタ。データ整理しながらレックスに話し掛けた。

「レックス、昨日の潜入どうだった？」
「初の対人戦闘でしたが、充実な装備なため、特に問題はありませんでした」
「まあ、確かに腕の装備もそれほど使わなくて済んだし・・・とっさの判断で相手に疑われない行動もよかったよ」
「恐縮です」
「ふふ、次も期待しているよ。今の内に艦内の見回りも頼む」
「了解」

　レックスを艦内見回りに向かわせ、データ整理に集中するエスタ。記録の閲覧・整理をしている際、ある物に目が入る。

　それは昨日、遭遇したクラスGと思われる異形者のデータ。ダンゴムシのような巨大な身体が特徴の生命体。ただ、それだけしか分からない謎の出現である。

（奴は何処から出現した？あの駐屯地には反応は無かったはずだが・・・それにこの形状のタイプは初遭遇。戦艦の武装で撃退できたからよかったけど・・・）

　戦闘映像記録を繰り返し見てみる。砲弾に耐え、口から肉塊弾を放ち、丸まっての高速移動、そして、異形者共通の弱点でもある謎のエネルギー。それを見てエスタはただ、頭を悩ませるだけだった。

（なんとか異形者の生体解剖が出来ないだろうか・・・）

　気を取り直し、データ整理を再開した。数分後、研究室のドアが開き、誰かが入って来る。彼には見なくとも誰が入って来たのか、予想は付いていた。

「レックス、おかえり。早かったね」
「ドクター、お客様です」
「兄上、おはようなのじゃ！」
「へぅ！？」

　予想外の声を聞き、同じく予想外の声を上げるエスタ。彼が声のあった方向へ振り向くとレックスの後ろに少女の姿が見えた。昨日、会ったばかりのレシィである。

「レ、レックス？どういうこと？」
「格納デッキでGPの確認中に出現しました。恐らく、昨日、使用された転移方法かと」
「転移魔法陣を帰る際に仕掛けといたのじゃ！」
「そ、そうなんだ・・・ってそうじゃなくて！」

　それは彼の聞きたかったことの1つでもあるが、それ以上に信じがたい事があった。彼とレックスしか入れないこの部屋に隊員どころか、全くの部外者である異世界の住人が入って来たのである。

　無論、その疑問はレックスに向けられる。

「レックス！なんでゲストを入れたの！？特別なことが無い限り、入室させないと言ったはずだよ！しかも異世界の住人だし！」
「ですが、どうしても面会したいと言われましたので条件付きでお連れしました」
「条件！？」
「艦内の物には一切触れない。ドクターの作業を妨害しない。これらを破れば即刻退去してもらうと告げました」
「絶対守るから安心するのじゃ！」
「安心しろって・・・」

　それは本来考えられないこと。従者であるロボットが独断で行動したことだった。
　頭に手を当て悩み始める。

（どうして、独断でこんなことを・・・やはり、あの部分が解析できてないから？ただでさえ戦闘や転移で問題は多いのに・・・）

　一度、溜息をつき、二人に向いた。

「分かった。でも、レシィ、条件通りにしてね。ここは他の艦内より特に注意して欲しい物が多いから」
「もちろんじゃ」
「それとレックス、今後はこんなことが無いように。それとセキュリティーで侵入者は捕捉のみに変更。艦内で死体は見たくないから」
「了解」

　レックスに艦内警備の設定変更を伝え終えた時、端末からジェミニの起床の確認が報告される。通信映像を映すと彼らは何故かお互い睨み合っていた。

「何してるの？」
『『！？』』

　エスタの声に二人が驚く。

『『エスタ！？』』
「全く、何してんだか・・・隊長からの今日の指示、情報収集しながら自由行動だってさ」
『それって・・・』
『街を探索出来る！？』
「まあ、問題だけは起こさないように」
『レート！早速、準備だ！』
『了解、ラート！遊び♪遊び♪』
「だから遊びじゃないって・・・あ、切ったな」

　エスタの声を最後まで聞かずに、双子は通信を切ってしまう。少し、不機嫌になるエスタ。そんな彼にレシィは近づき、声を掛ける。

「今日はおぬしら何をするつもりじゃ？」
「隊長の指示により街での自由行動。情報収集の活動も含めて」
「お主は？」
「僕は今までの記録の整理だよ。だから出て行かない」
「こやつは行かんのか？」
「えっ？」

　レシィが指摘した人物に、エスタは目を丸くする。

「いや、レックスは僕の助手でもあるから・・・」
「ワシにも助手はおるが、別に常時付き添いということは無いぞ」
「いや、それとこれとは・・・」

　エスタは異論を言う途中、あることを思い浮かべて沈黙した。

（まてよ・・・レックスの感情プログラムは確か未知の箇所がいくつかあったはず・・・もしかするとさっきの行動もそれによって引き起こされたものだとしたら・・・）

　彼はレックスにある指示を出した。

「レックス、君も街を散策してきていいよ」
「ドクター？」
「艦と自分については心配ないよ。それと君自身も貴重な体験になるし、興味深いデータも取れそうだから」
「・・・了解、それでは街に向かい、情報収集を行います」
「気楽に歩き回ってもいいよ」
「気楽に・・・ですか？」

　少々、戸惑いながらも研究室を後にするレックス。そんな彼を見送ったエスタは作業に戻る。二人きりになる研究室。レシィは隣で彼を見続けていた。

「・・・♪」
「・・・」

　微妙に居づらい空気に作業が遅くなるエスタ。

「兄上♪何をしとるんじゃ？」
「この世界に来てからの記録と戦闘データの解析と整理をしているの」
「そういえば、兄上はマガイモノについて調べとったな。向こうではイギョウシャと・・・」
「別に言い方はそちらの世界に合わせてもいいよ。こっちで言う“リッパー”はソードマンと言われているんだし・・・」
「“リッパー”？ああ、あの刃物腕を持つ輩か」

　エスタが端末の画面に刃物腕の異形者の画像を映し出す。

「これは人類が初めて遭遇した異形者の一種。切り裂く存在“リッパー”硬質な外骨格の身体を持ち、腕は鋭利な刃物になっている人型タイプ。当時の武器では対抗しきれなかったけど、徐々に駆逐できるようになったよ」
「そちらの世界ではどんな武器が主流なんじゃ？」

　レシィに質問されて、彼はさらに画像を替えて映す。黒色の様々な形の武器がいくつも表示される。

「銃。またはガン、銃器。実体弾を距離が離れた目標に当てる精密加工された武器だよ。本来は狩猟に使われた道具を戦闘用に改造された物。種類も数え切れないほどある」
「ほほう、魔法も使わず遠くの相手に当てられるのか。便利じゃの」

「それでもデメリットはあり、弾が無ければただの鉄屑。その上、精密過ぎて故障しやすいなどもある。それらを解消するため、現在では光学兵器と言われる武器が開発された」
「光学兵器？」

　今度は白色の武器が多数表示される。

「簡単に言うと実体のない光などのエネルギーを攻撃できるようにした物。今、自分たちが多用している武器がそれだよ」
「確かに妙な武器じゃの」
「消費率と耐久性は増したけど、まだ、色々と問題があるみたい」

　出した映像を全て消し、作業に戻るエスタ。その際、レシィはあることを尋ねる。

「兄上、昨日の巨大ダンゴムシの名はあるのか？」
「新種だからね、まだ決めてないよ」
「ワシが名付けてもよいぞ！」
「へぇ、どんな名前？」
「むっふぅん！“マンマル”じゃ！」
「・・・却下」
「なぬ！？　それじゃあ・・・」

　その他も候補を挙げるも彼の納得できる名は出てこない。名付けに数十分掛かかった。

「・・・・・・もっとまともな名はないの？」
「はぁ、はぁ・・・“ギガクロウラー”」
「じゃあ、それ採用で」

　ようやく決まったところで端末にラキが起床した知らせが入る。時刻はすでに午前8時を過ぎていた。通信映像を見ると牛乳を一気飲みするラキが現れる。

「おお、こやつは・・・」
「相変わらず・・・本当に市民的な生活しているね」
「おぬし、まだ寝ておったのか？」
「あ、こら！レシィ」

　通信を入れるとレシィが横から入り、彼女の声も向こうに届く。向こうではラキがむせていた。

『何だよエスタ。もう彼女ができたのか？抜け目ないなぁ』
「ワシは兄上の妹じゃ！」
「話をややこしくするなあああ！！」

　レシィの言葉でエスタが声を上げる。すぐさま、ラキに指令を言い渡した。

「全く・・・ラキ。今、艦内にいる隊員は君だけだよ」
『はあ！？』
「隊長の指示により、街で情報収集しながら自由行動だって」
『おいてけぼりかよ！？』

　指示を聞いて慌てて支度するラキ。エスタはそれを見て通信を切り、作業に戻る。

「そういや、兄上らの部隊なんじゃが・・・」
「どうしたの？」
「妙に若い男ばかりで構成された少数部隊じゃな。何か訳でもあるのかのぉ？」
「僕たちの部隊の正式名称は『連合軍実験強襲部隊』つまり、試験的に構成された戦闘部隊だよ」
「あの者たちに何か特別なものがあるのじゃな？」
「流石に鋭いね。そう、ただ集められた隊員じゃないよ」
「どんな訳ありじゃ？」
「・・・・・・ここからは機密事項だから、あまり話せないよ」
「兄上、少しだけ教えてなのじゃ♪」

　少し考え込んで端末を操作し、プロフィールらしき記録を表示する。

「イーグル。階級は少佐で狙撃隊員。『C．R』による狙撃がメイン。ある狙撃隊の隊長でもあったが、何故か降格して一般兵に。指揮能力は一般より高いね」
「見たところ器はあるようじゃが・・・」

「ブレード。階級は中尉で特攻隊員。主に近接武器を多用。15歳で軍に入隊して戦火を挙げたのは2000年の異形者との初遭遇時。たった1人で200体もの敵を殲滅したらしいよ」
「やはり、あやつはただ者ではなかったか」

「ラキ。階級は少尉で遊撃隊員。主に『L．B．H』を使用。戦闘力は平凡だね。過去に10回の戦闘を経験。負傷率1％、生還率100％」
「平凡能力にしてはおかしな確率じゃな」

「ジェミニ・ラート、レート。階級はどちらも伍長で遊撃隊員。この二人も『L．B．H』を多用。主にスカイチェイサーで補給や援護をしている。連携での攻撃も得意だね」
「双子だからなのか？」
「ん〜そうとも言えるね」

「レックス。僕が開発した戦闘用ロボット。リキッドメタルスキンや腕に多種多様の兵器が搭載されている。特攻隊員としては申し分のない戦闘力はある」
「しかし、あやつの行動に妙な動きが見られるのぉ」
「僕もそう思う」
「兄上が創ったのじゃろ？」
「大半はね・・・」
「？？？」

　？マークが頭に浮かび上がるレシィ。

「兄上に関してのはないのか？」
「僕自身は言わないよ」
「言って欲しいのじゃ〜！」
「我が儘だね・・・」

　呆れながら自分のプロフィールを言い始めた。

「エスタ。技術研究者。医療、機械技術、兵器技術など幅広く活躍する若年研究員だよ」
「兄上は何歳じゃ？」
「12」
「♪」
「なんで喜ぶの？ちなみにレシィは？」
「レディに年を聞くのは失礼じゃぞ♪」
「どう見ても年寄り言葉の幼女なんだけど・・・」

　作業を再開しようとすると彼女が操作に興味を持ち始める。

「兄上、これはどう扱うのじゃ？」
「素人にはお勧めしない」
「ワシだってやればできるのじゃ！ぷんぷん」
「・・・・・・それなら試してあげるよ」

　彼は予備の小型端末を持ってきて、彼女に使い方を教えた。獣のような手をしているにも関わらず、意外と器用に操作する彼女にエスタは驚く。

「ここをこうするのじゃな？」
「そうそう、意外に上手いね」
「以外は余計じゃ。ワシは天才じゃからのぉ」
（ネコのような手なのにキーボードとマウスが操作できるなんて・・・ありえな・・・いや、ここはそんな常識通用しないか）
「どうしたのじゃ？兄上」
「世界が違うだけでこんなに常識が違うことに、ちょっとカルチャーショックを受けていたところ」
「かうぱーなんじゃ？」
「液は一言も一滴も出てない」

　エスタが突っ込みを入れていると、画面に新たな表示が映し出される。彼が確認すると隊員達が帰還のため、戦艦に接近しているとの報告だった。

「こりゃいけない」
「どうしたのじゃ？」
「みんな帰って来るみたいだね。ありゃ、レックスも」
「それじゃあ、ワシも・・・」
「それは持って行かないでね」
「ぬう、鋭いのじゃ」
「お互いにね」

　レシィは残念そうに端末を返し、魔法陣を展開させる。

「また、此処に来て良いかのぉ？」
「ん―ちょっと待ってね」
「？？？」

　彼が端末を操作すると彼女の姿が画面に表示される。それを見てレシィは目を丸くした。

『対象ボディスキャン完了。生体認証レシィ・エメラドール登録』
「ほえ？」
「この部屋に入る際、鍵を君自身にしたからいつでも大丈夫だよ。ドアの前に立つだけで入れるし」
「・・・」
「あれ、レシィ？」
「兄上〜♪」
「わあ！？」

　レシィは喜びながら彼に抱きついた。突然のことに動けなくなるエスタ。

「兄上、ワシも情報を探すから明日も絶対来るぞ♪」
「わ、分かったから、ちょっと離れて、くすぐったい・・・」

　満足するほど頬ずりした彼女は、魔法陣を展開させてその中へと入って行った。光と共に彼女の姿が消える。消えた後、エスタは頬ずりされた頬を摩った。

「ふう・・・少し甘やかしすぎたかな・・・でもいいや・・・責任は自分で取らないと・・・」