連載小説
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ラキの散歩
 昨夜の救出作戦の後、部隊は城で感謝のしるしに夕食を招待された。初めての豪華なディナーに隊員たちは驚きながらも頂いた。寝室も用意されたが、任務中は気を引き締めるため、艦で寝泊まりすると丁寧に断った。

 この時、彼らは妙な複数の視線を感じていた。狩人の視線のような・・・。


<戦艦クリプト 個室>

 ベットから起き上がる一人の青年が居た。清々しい朝を迎え、機嫌良く伸びをする。

「く〜っ!目覚ましの無い、いい朝だ!」

 いつものバンダナを鉢巻きのように付けて、小型冷蔵庫から小さい牛乳パックを一本取り出した。牛乳を一気に飲み始める。

「んぐ、んぐ、ぷはあああ!!朝一番の牛乳はうまい!あとはパンでも・・・」
『本当に市民的な生活しているね』
『おぬし、まだ寝ておったのか?』
『あ、こら!レシィ』
「え? え゛ほっ!え゛ほっ!」

 通信からエスタ以外の聞き慣れない声が入り、驚きむせるラキ。

「何だよエスタ。もう彼女ができたのか?抜け目ないなぁ」
『ワシは兄上の妹じゃ!』
『話をややこしくするなあああ!!』

 向こう側でエスタの叫び声が響く。呆れて何も言えないラキ。

『全く・・・ラキ。今、艦内にいる隊員は君だけだよ』
「はあ!?」
『隊長の指示により、街で情報収集しながら自由行動だって』
「おいてけぼりかよ!?」

 慌てて着替え準備し始めるラキ。通信はいつの間にか切れていたが、お構いなしに部屋を出て物資貯蔵室に向かう。サイドパックとバックポーチに入る分だけの何かを入れて戦艦から降り立った。

「未開の世界、どんなところなのか。探索開始だぜ!」


<都市アイビス 北エリア>

 街に入ると最初に見えてきたのは活気溢れる市場だった。
 沢山の住人が行き交う中、彼はバックポーチから赤い物を取り出す。

「あむ!シャリ、シャリ、ゴクン!やっぱ、リンゴは丸ごと食べる方がうまい!」

 彼はリンゴを食べながら市場を見回り歩いた。多種多様な種族を見て楽しむ。

(これは胸でけえ!乳牛の人?こっちは宝箱から女の子が出てる。引っ込んだ?あ、出てきた、って何だそのなげえ棒は!?その箱からどうやって出した!?)

 驚きの連続に喉がつまりそうになる。

(ん?水たまりにしては青色が濃いな?ん、ええ!?青年Aが踏んづけた途端、水たまりの形が変わった!?女性の形になって青年Aを連れてった。ホラー映画よりこえ〜)

 その様子を見ながら後ろ向きに歩いていると誰かとぶつかる。

「て、失礼、!?」
「ちゃんと前を・・・ってお前は」

 それは初めてこの街に来たときに出会った、街の防衛隊の副隊長でミノタウロスのベネラだった。

「その服装、例のドラグーン隊の者か」
「そうだよ、ドラグーン隊の遊撃隊員。ラキだ」
「ラキね。私はベネラ。よろ・・・」
「?・・・どうした?」

 挨拶の途中で言葉が止まった彼女。彼が疑問に思っていると彼女は息が荒くなり興奮し始める。その際、彼女の視線がある物に向いていることに彼は気付いた。彼の持っているリンゴである。

(リ、リンゴが欲しいのか?待てよ。確かミノタウロスって牛だから・・・牛は赤色に興奮して突っ込んで行くから・・・も、もしかして)
「あんた、なんて物を持ってるの。はぁ、はぁ、はぁ」
「い、いや、これは、俺の朝飯で・・・」
「ふん!」
「おわっ!?」

 両手で抱きつかれそうになり、彼は慌てて右に避けた。

「そんなに欲しいならあげるよ!」

 リンゴを投げ渡すと彼女は左手で受け止め、その握力でリンゴを粉砕する。
 それを見て後ずさるラキ。

「え゛!?」
「私が欲しいのは・・・」
「やな予感」
「お前だああああああああ!」
「でええええええええええ!」

 叫び声と同時に走り出すベネラ。無論、彼も走り出す。

「待てええええ!犯らせろおおおお!」
「やるって何をおおおお!?」

 ラキは市場から外れた居住区に逃げ入る。必死に逃げるも彼女の追跡はしつこく、体力的にもあちらの方が上だった。このままでは追いつかれるのも時間の問題である。

「くぅ、こうなったら・・・」

 彼は腰から拳程度の大きさの円柱物を取り出し、付いていたピンを人指し指で取る。走る速度を保ちながら彼女に向かってそれを投げた。

「そりゃ!」
「!?」
バシュウウ!!
「ぐわあああ!?」

 彼女の目の前でそれは強烈な閃光を放ちながら小爆発した。ラキの投げた物はスタングレネードといわれる閃光爆弾だった。まともに食らった彼女は目と耳が麻痺してしまう。

「あああああ!?見えない!何処だ!?あいつは!?」
「今の内に!」

 こっそり忍び足で彼女の様子を窺いながら立ち去る。そんな彼女の横から若い青年が何も知らず歩いて来てしまう。

「あっ!?」
「?」

 ラキが声を掛ける暇も無く、青年は運悪く彼女の手に掴まれてしまった。

「え?」
「見つけた!?さあ、たっぷり犯らせてもらうぞ!」
(すまぬ!青年Bよ!君の犠牲は無駄にはしない!)

 彼の悲鳴を聞かないよう耳を抑えながら、ラキは早足で立ち去った。

「ええ!?ちょっと!何を、あ、あああああああああ!?」
「あは♪」


 とんだ災難から脱出に成功し、ラキは市場近くに戻って来る。

「はぁ・・・カロリーサプリ5錠分の疲労をしたみたいだ」

 少しよろめきながら市場に入ろうとすると、急に彼の左横から紙袋を持った少女がぶつかって来た。

「おおと!?」
「きゃ!?」

 彼女は紙袋を落とし、中に入っていた沢山のリンゴが転がり出る。彼は素早く転がったリンゴを拾い集めた。

「ごめんよ、お嬢ちゃん」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
「あやまんなくていいって。俺の不注意だ。ほれ」
「あ、ありがとうございます」

 彼は全てを掻き集めて紙袋に入れる。彼女が紙袋を抱えると前が見えない体制になっていた。それを見て彼女がぶつかった理由をラキは納得する。

「その格好じゃあ、今度は怖いおっさんに当たるぞ。ほい、貸してみな」
「え?でも・・・」
「心配するな。家まで持って行ってやるよ」

 彼女の紙袋を片手で持つラキ。少女は申し訳なさそうな顔になる。
その時、彼は彼女の人間じゃない特徴に気付いた。

 黒い長髪の頭にリボンの付いた角。腰の後ろに赤い悪魔のような羽と尻尾。それでも侍女のようなエプロンドレスが似合う可愛いらしい少女だった。

「そういや名乗って無いな。俺はラキ。そのまま呼んでくれてもいいぜ」
「じゃあ、ラキお兄ちゃんって呼ぶね♪」
「お・・・お兄ちゃんは・・・勘弁してくれ」
「私はユリ・マツシマ。ユリって呼んでね、お兄ちゃん♪」
「あ、ああ・・・よろしく、ユリ」
「えへへ♪」

 彼女に連れられてやって来たのはなんとコウノ城だった。どうやら彼女は城へ住み込みで働いているらしい。城の中に入り、案内された調理場に辿り着く。

「お兄ちゃん、この籠に全部入れてくれる?」
「お、おう」

 指定された大きな籠にリンゴを入れる。彼女は棚から包丁を取り出し、籠のリンゴを取り出し、次々と皮を剥いて行く。それは尋常じゃない速さだった。

(はやっ!?もうすぐで無くなるぞ!)

 全て剥き終わると適当な大きさに切り、熱した鍋に入れてバターで炒め始める。

「あ、お兄ちゃんはそこの椅子に座って待っていて」
「あ、ああ」
(なんか料理でも作るのか?)

 しばらくして彼女の調理を待っていると、ラキの後ろの方から誰かに声を掛けられる。

「む?ドラグーン隊の者か?」
「はいぃ?」

 ラキが振り向くと調理場の入口に領主の夫であるキュランが立っていた。よく見ると彼の顔は少しやつれている。

「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、これはいつものことでね」
「また吸われたんですか?」
「そう、上も下も根こそぎ・・・」
「へ?」
(上も下もってどういうこと?)
「まずいな。じゃ、じゃあ、ラキ君。ゆっくりしていってくれ」
「あ、はい・・・」

 不思議に思うラキをよそに彼はよろめきながら立ち去って行った。

(血、大丈夫か?あの人)

 彼と話している間に彼女はすでにパイ生地で先程のリンゴを包み始める。ユリが作っている料理はアップルパイらしい。大きめの6個を作り、それを鉄のトレーに乗せて温めたオーブンに入れて蓋をした。彼女はもう一つの椅子を用意してラキの隣に座る。

「お兄ちゃん、お話ししよ♪」
「あ、ああ」
(やべ、ちょっとドキッとした。でもロリコンじゃねえぞ!)
「そうだな・・・お互いのことについて話そうか」
「うん!じゃあ私のことも教えるね♪」

 彼女はこの城のメイドとして働きにジパングという国から来たらしい。母親がジパング人でサキュバス化した後、この街出身の父親と結婚。その間にできた子どもがユリである。しかも、アリスという突然変異種で成長しない特徴を持つ。

「へえ〜じゃあ、今何歳?」
「17歳だよ、黒髪はお母さん譲り♪」
「親は何処に?」
「ジパングでラブラブしてる」
「ラブラブって・・・」

 呆れる彼に少女が尋ねる。

「ラキお兄ちゃんの家族は?」
「ん〜覚えていない」
「え?」
「というか、いたのかどうかすら解らないんだな。俺、小さい頃、何してたのか記憶が無いからなぁ」
「それじゃあ、お兄ちゃんはどうやって育ったの?」
「確か〜軍人に育てられたのは覚えているな。気が付けば、戦場にいて必死に生き延びようとしてた。まあ、今、生きてるから問題ないし」
「お兄ちゃん、こっちに頭寄せて」
「んぅ?」

 疑問に思いながらも彼女の方へ身を屈めながら頭を寄せる。すると、ユリは小さな手で彼の頭を撫で始めた。

「???」
「いっぱい辛い経験したんだね。ユリが慰めてあげる」
「いや、別にこれといった辛い事は・・・」
「くんくん・・・あっ!」
「どうした?ぶっ!」

 突然、彼女が椅子から降りるため、右に身体を回して腰の左羽がラキにビンタした。

「いて〜羽いて〜」
「あ、ごめんねお兄ちゃん」

 彼女はオーブンの蓋を開けて中のトレーを取り出す。焼き上がる匂いで出来上がったアップルパイに気付いたのだ。取り出されたアップルパイは香ばしい香りを漂わせる。

「出来た〜」
「おお、すげええ」

 絶妙な焼き上がりによりパイ自体が輝いているように見える。彼女は全部のアップルパイをコマ付きワゴンに乗せた。

「何処かに運ぶのか?」
「うん、お城のお世話になっている人に」
「俺も手伝うぜ」
「ありがとう。お兄ちゃん♪」

 彼女に連れられ、ラキはワゴンを押し運んで各場所にアップルパイを届ける。その中には領主も含まれていた。ラキは領主に「いい所に目を付けているな」と意味ありげなことを言われる。

 最後に残ったアップルパイは彼女自身で持ち、ある部屋に辿り着く。可愛らしい女の子が住んでいる部屋で此処はユリの自室だった。大きな窓にはバルコニーがあり、そこにはテーブルとイスが置いてある。お茶を頂きながら外を眺めることができる贅沢だ。

「メイドさんなのに豪華だな」
「みんな平等で部屋にあるよ」
(こんだけ贅沢させていいのか?)

 アップルパイと紅茶をテーブルに置き、二人は椅子に座った。そこから見える光景は都市アイビスの全体が見える。

「すげええ、街が一望できるな」
「私のお気に入りの1つだよ♪」
「ふぅん。それで、このパイはここで食べるのか?」
「一緒に食べよ、お兄ちゃん♪」
「あ、ああ・・・」
(それを言われると神経のどっかがかゆい!)

 少しずつ食べながら二人は話し始める。ラキは今までの出来事を話し、この世界についても尋ねる。この大陸以外にも小さな大陸は存在しているようで、先程、話していたユリの故郷ジパングがそれらしい。文化もラキの故郷である中黄大陸の昔の文化と似ていることが分かった。

「サムライがいるだなんて・・・」
「カタナやニンジャ、ゲイシャもあるよ」
(歴史の江戸時代、そのまんまじゃねえか。ていうかニンジャは存在知れたら駄目だろう!)
「お兄ちゃんとこにもあるの?」
「もう昔の文化だな・・・今は文化やどうこう言っている場合じゃないけど・・・」
「あ、戦争、しているの?」
「あ、それは・・・」

 少し躊躇いながらも彼は元の世界の状況を教える。それを聞いた彼女は悲しそうな表情をした。

「そっか。お兄ちゃんとこも戦争してるの」
「でも、挫けるつもりは無いぜ!なんせ、昨日はあの戦艦と同じくらいのデカ物を倒したからな!」
「本当?凄〜い!」
「ああ、俺らは絶対に戦争に勝つ!異形者を倒し、人類を生き残らせるために!」
「頑張って!お兄ちゃん!」
「おうよ!」

 明るくなった少女を見て安心するラキ。その時、耳鳴りのような音に二人は気付き、辺りを見回す。

「あれ?何この音?」
「む、これは!?」

 ラキが外の方へ目を向けると3台のチェイサーが上昇していた。搭乗者は真ん中がイーグルで左右はジェミニ。突然、こちらから見て右側に居たラートが下へと降下していった。

「あれは?」
「俺の仲間だ。ちょうどいいや、そろそろ戻るとするか」
「え、お兄ちゃんの仲間?」
「レート!後ろを向け!」
『へ?ラキ、何してるの!?』
「俺も帰るから乗せてくれ」
『全く・・・ブレードといい、ラキといい、足ぐらい自分で用意しろ!』
「悪いイーグル」

 レートは呆れながらこちらに接近する。彼が近づく前に一口パイを放り込むラキ。

「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
「もぐもぐ、んぐ!心配するな。暫くこの街で滞在してるから、また美味しい物頼むぜ」
「うん、用意して待ってるね!」

 レートの後ろに乗り、別れる際に手を振るラキ。ユリもそれに応えて手を振った。

「ラキ、やっぱり・・・」
「レート、それ以上言ったら叩き落とすぞ」
「ブレード、ニールさんとあの人達何かあったの?」
「・・・知らん」
「相変わらずお前たちは・・・帰還するぞ」

 イーグルの指示で3台のチェイサーが加速する。

(ある意味で危険な場所だけど・・・飽きないな・・・・・・・・・辛い経験・・・俺にもあったのかなぁ?)
11/07/17 08:22更新 / 『エックス』
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