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第六章 紅玉と錬金の恋心 中編
 奥からルヴィニの大声が聞こえてきてしばらく経った。
 彼女の大声を聞くなんてここに弟子入りしてから初めてのことだわ。
 スパスィも相当驚いてたけど、本当に何があったのかしら。

 「さて、接着部分も乾いたし。握ってみて。」

 「わかった。」

 ゆっくりと柄に指一本一本の力を込めて何度か握り直してもらい、軽く振ってもらう。

 「握りの甘い部分があったら言うのよ?補強するから。」

 「ああ、だが今のところ大丈夫だ。掌に吸い付くように馴染むよ。」

 「それじゃ、これでいいわね。はい、自分の手で収めなさい。」

 彼女に鞘を渡して、刃を収めてもらっていると、今度はドタドタと駆けあがる音が聞こえてくる。
 ルヴィニが自分の部屋へと駆けあがっていったようね。

 「本当に何があったのかしら・・・。」

 二階の方を見ていると、今度は駆けおりてくる音が響く。

 「慌ただしいなルヴィニは・・・。」

 二人で奥の部屋を見ながらつぶやき、それからルヴィニが戻ってくるまでスパスィの旅話を聞いて時間を過ごす。




 「それで旦那様が来てくれなかったらどうなってたか・・・。」

 「暴走しそうになかったんだけどね、彼。」

 お茶を飲みながら話していると、奥の方からエルフィールとルヴィニが戻ってきた。

 「旦那様、終わったか?」

 「ああ一応ね。そうそうスパスィ。明日鉱石を採掘しに行くことになったから後で準備するぞ。」

 「えっ?どういうことだ?」

 「それは僕から話すよ。」

 エルフィールの後ろから出てきた彼女はどこか雰囲気が違う。
 なんというか自信に充ち溢れているような、そんな感じだ。

 「ルヴィニ、あなた何かあったの?」

 「うん、エルフィールさんの特注品。僕が作ることになったんだ。それで、必要な鉱石を自分で掘りに行きたいってことになったから明日行くことになったの。」

 「そ、そうなの・・・。」

 この子、自分の口調に変化が出てるのに気づいてるのかしら。
 それにしても、ルヴィニが変わったのって・・・。

 「なるほど、だから急いで登り降りしてドタバタしてたのか。」

 「あっ、うるさかった?」

 「気にすることはない、何が起きたかと思っただけさ。」

 「で、スパスィ。明日採掘に行くがいいかい?」

 「もちろんさ。旦那様。」

 採掘に出かける話で盛り上がっているとエルフィールが立てかけてあったスパスィの特注品に気付き手にとった。

 「これは・・・?」

 「それは私が特注した武器だよ。旦那様、見てみるかい?」

 「そうだな、じゃあ失礼して・・・。」

 鞘から刀身を抜き、横一文にしてアタイの作品を見る彼。
 今まで学んだ技術を全て注いだのだ。
 スパスィは、機能的、芸術的と言ってくれたがエルフィールは何といってくれるのだろう。
 アタイは彼の口から称賛の言葉がくるとばかり思っていた。
 だが、現実は違った。

 「これは・・・、駄目だな。」

 第一声は否定。
 自分の中で来るとは思わなかったものに何を言っているのか理解できずに立ち尽くす。

 「だ、旦那様。なぜ駄目なんだ?私の意匠も入ってるんだが・・・。」

 辛うじてスパスィが聞き返しているが彼女も自分が称賛したものを否定されて戸惑っている。
 当のアタイはなぜ否定されたかという疑問よりもなぜ否定したのかという怒りが先にきた。

 「ちょっと・・・、何も知らない素人が否定なんてしないで!少しぐらい強いからって武器や防具について語って欲しくないわ!」

 「ア、アルヒミア。落ち着いて。」

 「落ち着いてられないわよ!自分の作品を!自分自身を否定されたのよ!」

 「・・・、じゃ説明をしようか。アルヒミア、君は今回が武器の製作は初めてじゃないが刀の類を作ったのは初めてだね?」

 「そうよ、なんでわかるのよ。」

 一言もいってないのに何でわかるのよ。
 それにこの落ち着いた態度・・・。
 アタイの方が鍛冶については一日の長があるんだから、どういわれても反論できるわ。
 完全武装よ!

 「刃を見ればね。で、この武器は実戦用か?それとも観賞用か?」

 「スパスィ用に打ったんだから実戦用に決まってるじゃない。」

 「これの基本概念は?」

 「ショートソードの様な扱い易さと刀の様な鋭い切れ味!」

 「彼女の戦闘形式は?」

 「ショートだけを使用して、その長所を生かした手数と身体能力を生かした斬り込みと離脱の速度よ。」

 「50点、じゃあアルヒミア。剣と刀の違い、わかるかな?」

 「えっ?それは・・・。」

 「剣は突く、叩き斬る、叩きつける、そしてある程度の重量があること。刀は突く、引き斬る、刃が繊細、重量はあるけど刃渡りが狭いのが特徴。」

 ルヴィニに先を越されてしまった・・・。

 「ルヴィニ、ありがとう。今度はスパスィ、斬撃とは?」

 「斬撃・・・。縦斬り、横斬り、袈裟斬り、斬り結び、鍔競り・・・。後は刃と斬る対象がぶつかり合う・・・。」

 「そう、そんな感じだな。で、これだ。」

 そういってアタイの作品を指す。

 「これはショートの扱い易さと剣の太さ、そして刀の切れ味を謳ったものだが。ここでルヴィニとスパスィ、そして君の言葉を思い出してほしい。」

 「・・・。」

 二人の言葉を自分の言葉・・・。
 アタイは考えるが、何が重要なのかをわかっていない。

 「注目するのはショートだけを使用、手数、繊細、斬り結び、刃が斬る対象とぶつかり合うこと。」

 それを聞いてアタイの中の何かが駆けていく、忘れていたこと。
 忘れてはいけなかったこと。

 「・・・。アルヒミア、気付いたみたいだな。」

 「ええ、そこから出てくるのは刃毀れと刀身の耐久性・・・。これには柔軟性と耐久性が足りない・・・。」

 「そういうことだ。」

 迂闊だった。
 技術を会得して形成でき、打ちこめる事に満足していた自分。
 始まりに立ったに過ぎず自己満足でできたものを完成と決め付けて商品として売ろうとしていたアタイ自身に嫌悪感が出てくる。

 「旦那様どういうことなんだ?」

 「刀の刃は元来断ち斬るものなんだよ。その為刀身は片面にしかなく徹底して鋭さに特化していて剃りは深く繊細なんだ。」

 「だから堅いものを対象として斬った時に刃毀れが起きたり、刀身が衝撃に耐えきれずに折れる場合があるの。」

 「なるほど。」

 「それは斬り結んだり斬りつける回数が多いほど起こりやすいうえ、スパスィは防御も剣を交えて受け止めたり流したりする。」

 「つまり、私の様な形式でこれを使って戦うと・・・。」

 「刀身が折れる、刃が毀れる可能性が非常に高いということだな。」

 アタイは自分の自己満足で大切な友人に欠陥品を渡すところだった。
 それによって命を落としていたかもしれない。
 そう思うと自分が情けなくなり目尻が湿っぽくなってくる。

 「スパスィ、ごめんなさい。これ、作り直すわ。もうちょっと待ってくれる?」

 「・・・。ああ、満足いくまでやってくれ。」

 「ありがとう。・・・、エルフィール。感情的になって怒鳴ってごめんなさい。」

 「気にしなくていい。アルヒミア、武器防具を作るものは絶対に誰かの命を背負っている。慢心しては駄目だ。」

 「うん。」

 厳しい声。
 だけどその言葉は温かい。
 そっと頭の上に彼の手が乗り、撫でてくれる。

 「鍛冶をするものは全員、鍛冶の師が見守ってくれている。頑張れ。」

 その言葉にアタイの抑えていたものがあふれ出し、気が付くと大泣きをしてエルフィールのズボンにしがみついていた。





 「スパスィ、気づいていたんじゃないのか?」

 「何がだ?」

 「あの武器のこと。」

 「・・・。友人が満面の笑みで作ってくれたんだ。言えるわけがない。」

 「優しいな。だが自分の命がかかってるんだ。時には突き放すのも友人の務めだぞ。」

 「ああ・・・。」


 ルヴィニの視点


 「こうして採掘してると思いだすなぁ。」

 「どうしたの?」

 「いや、ちょっと昔の事をね。」

 「なによ、教えなさいよ。」

 「私も聞きたいな。」

 「僕も僕も。」

 僕らはいま、いつも採掘の為に掘り慣れた坑道にいる。
 なぜかアルヒミアも一緒に来ていて、彼女いわく。

 「アタイだけ仲間外れってのもつまらないじゃない。それにスパスィの特注を作り直すために鉱石がいるのよ。」

 だそうだ。
 本音はもっと別の所にありそうだけど・・・。

 「その時に宴会を開こうと思ってね。仲間と石炭と鉄板用の鉱石を山に掘りに行ったんだが・・・。」

 現在、エルフィールさんとアルヒミアが坑壁を掘っていき、僕が鉱石を選別、スパスィが余分なものを捨てに行くという分担で掘り進めていた。

 「その仲間が採掘がめんどくさくなったと言いだしてな・・・。」

 掘る速度を緩めずにエルフィールは話していく。

 「仕方なく発破採掘をすることになったんだが、馬鹿が威力を間違えてね・・・。おっ、ルヴィニ。質のいいのが出たぞ。」

 「あっ、ホントだ。」

 「ちょっとそれよりどうなったのよ。」

 「気になって捨てに行けないぞ?」

 「ああ、威力があまりにも強すぎて岩盤の上にあった大岩が落ちてきたんだよ。おっ、また発見。」

 また良質なものを見つけて彼、嬉しそうだ。
 その横顔を見るのも、いいな。

 「それは・・・。」

 「貴方の仲間相当馬鹿ね。」

 「災難だね。」

 「で、落ちてきただけならその程度の災難で済んだんだが・・・。」

 「どうなったの?」

 「ちょうど急斜面になっててな。大岩が俺たちめがけて転がってきたんだ。」

 『・・・。』

 「信じてないような目だな。だが嘘の様な本当の話しで、壊すなんて発想の余裕がなかったからそのまま麓まで追いかけられて生えてた巨木にぶつかって止まったんだったけ。おぉ、ここ多いな。」

 エルフィールは笑いながら掘っているが、僕達は大っぴらに笑うことができず。
 洒落になってない話に僕らは苦笑いを浮かべる事しかできなかった。





 「鋼の強度を上げるには色々な方法がある。」

 採掘を終えて、外にある休憩所で夜を明かしているとき。
 僕とアルヒミアは彼の講義を受けながら身体を休めていた。

 「鉱石や打ち込む量を変えるって事はわかるわ。」

 「後、ルーン文字を刻んだり魔力を付与したりする方法もあるね。」

 「確かにそれらが強度を上げる方法ではあるが、二人とも基本的なものを忘れている。」

 『基本的なもの?』

 なんだろか、見落しているもがあるとは思えないけど。
 何を忘れてるんだろうか。

 「金属の温度と焼き入れに使う水の温度だよ。」

 『あっ・・・。』

 本当に基本的なことだ。
 いつもはそこにおいてある水、紅く熱されただけと思っていた金属の塊。
 そうとしか見えてなくて二つの温度のことなんて気が回らなかった。
 新しいこと、斬新なことにばかり気がとらわれていて基本を見落としていたことに気がつかされる。
 やっぱり彼は凄いや・・・。
 また、頬が紅くなっていくのを感じていると台所方からいい匂いと共にスパスィが顔を覗かせた。

 「講義もいいが、ご飯が冷めてしまうぞ?」

 採掘作業でお腹の減った僕達は用意されたご飯の元へいくと、ふかふかに焼き上がったパンとよく冷えた冷製スープ。
 そしてパリパリに焼けた鳥のソテーが並べられている。

 「簡単なものしかできなかったが我慢してくれ。」

 お盆で顔を半隠しにするスパスィに、僕達は料理を見て感心することしかできなかった。

 「簡単?これが?」

 「確かに簡単だが手間はかかってるな。」

 「美味しそう・・・。」

 我先にと三人が席につき、食事を始める。
 美味しそうな料理を前にいただきますをする暇もなかった。

 「美味い。スパスィ、美味しいぞ。」

 「そりゃ、愛が入ってるからな。」

 二人の会話、自然な感じだ・・・。
 それを見て僕は胸が痛くなる。
 食事も終わり、男性と女性にわかれて寝ることになって部屋へと入っていく。
 その夜、皆が寝静まった後僕だけ眠れずにいた。
 興奮しているのだと思う。
 尽くしたいと思った人と一緒にいる。
 それにあのやりとりを見た後だったから。
 だから・・・。

 「せつないよ・・・。」

 ぼそりと自分の心の声がこぼれてしまった。

 「だったらぶつけに行きましょ?」

 突然返ってきた独り言に対する返事。
 声の方を見るとアルヒミアが僕の方を見ていた。

 「アルヒミア、なんで・・・?」

 「あら?変かしら。アタイだってちょっかいかけるって言ったでしょ?」

 そういうと彼女は起き上がり部屋を出ていこうとする。

 「ちょっとどうするの?」

 「どうするって、それはアタイ達の想いを知ってもらうために抱いてもらうのよ。」

 「ええぇぇ!?」

 「ルヴィニ、声が大きいわよ。スパスィが起きたらどうするの?」

 慌てて口を閉じ視線を向けると、何事もなかったかのように寝息を立てているスパスィの姿があった。
 それにホッとする僕達。

 「じゃあ、いくわよ。」

 「う、うん。」

 アルヒミアの後ろをついていきながらエルフィールの部屋へ向かっていった。
 
12/01/27 17:09更新 / 朱色の羽
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■作者メッセージ
えー、中編でございます。
後編として打ち込んでいたものが文字数を確認すると一万三千から四千字を越えて読者様が読みづらいと感じましたので3つにわけることとなりました。

後編は日を跨ぎ次第、更新いたします。

後、サブタイトルも少し変更しました。

さて、中編ですが色々とウンチクらしきものを垂れておりますが・・・。
調べが不十分だったり過去の記憶から掘り起こしてるので間違ってる可能性もあります。
おい、このセリフ違うぞ。矛盾してるぞ。等ありましたらメールや感想でご報告ください。

また感想、ご意見、誤字脱字の報告もありましたらメールや感想でお気軽にどうぞ。
では、後編でお会いしましょう。

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