第三章 翡翠の剣 前編
鋼のぶつかりあう音が平原に鳴り響く。
私は男と刃を交えていた。
その男を知ったのは、とある町の広場。
子供達の会話を聞いた時だ。
祝福もうけていない、淫魔化もしていない男が教団の騎士の大軍を一人で撃退したという。
会話を聞き終わった後、身体の中の血が滾る様な感覚に襲われた。
これも私がリザードマンという種である証なのだろうと。
強者と戦いたい、その衝動が血を身体を熱くさせる。
男の姿を広場で宴の席で見詰め手合わせできる機会を窺っていく。
そして、機会は早々にやってきた。
男が宴の終わった早朝に町を立ち、平原で手合わせを申し込む事ができたからだ。
「やっと追いついたぞ!さあ!尋常に手合わせ願おうか!」
「はい?人違いでは・・・、手合わせする理由がないんだが・・・。」
「お前、教団の騎士団を壊滅させたそうだな。その強さが手合わせする最大の理由だ。さあ!」
鞘からショートソードを抜き、構える。
「目的はなんだ?強いからだけじゃないだろ。あの短時間で指名手配や賞金がかかるはずはないから・・・。名声か?」
「名声などどうでもいい。そうだな、私に勝ったら教えてやろう。」
「割とどうでもいいが、手合わせしないとずっとついてくるんだろ?」
「無論だ!」
男は溜息一つして、鞘から剣を抜く仕種をすると何もない空間からロングソードが出てきた。
どの様な仕掛けを使ったのかは解らないが、私と男は構え合い対峙する。
「いつでもどうぞ。」
「では・・・、いくぞ!」
剣を中段に構え、距離を詰めて斬り込んでいく。
使い慣れたショートソードの長所を生かし、男の隙が多い部分を狙っていくが最小限の動作で、その部分を防御され斬撃が届かない。
「よい、斬撃だ。では、こちらも!」
今度は防御するのではなく鍔迫り合い持ち込まれ、そのまま斬撃の打ち合いになる。
激しく鋼がぶつかり、幾重にも斬り結ばれた後互いに距離をとった。
「教団の騎士達を相手にするより、やり応えがあるな。」
「はぁ!はぁ!そうだろう!」
こちらは息が上がりそうなって距離をとったが、男の息は乱れていない。
この男、どれだけ体力あるんだ。
「息が乱れているな。これぐらいで手合わせは終わりにしないか?互いに力量もわかっただろう。」
「駄目だ!どちらかが地に倒れるまで決着はない!」
「そうか・・・。」
その言葉とともに男の辺りを取り巻く空気が変わった。
殺気の他に何か圧迫するものが放たれ身体にビリビリとくる。
手にもっていた剣はいつの間にか消え、半身になり腰から何かを抜く体勢になっていく。
「あれは・・・。」
何をしてくるのかと考えていると、次の瞬間に男は猛スピードで私に突っ込んできた。
距離は一気に縮まりロングソードが斬れる範囲まで近づいてくる。
私は剣の側面と腕を合わせて、相手が放ってくる刃の位置を予測し防御をして迎え撃つ。
鋼のぶつかる音とずしっとくる斬撃。
男の攻撃は予測した位置に来たが、誤算があった。
一つは放たれた斬撃が想像以上に重かったこと、一つは斬撃が二つ放たれていたこと、そして男は受け止められたにも拘わらず、二撃とも振り抜こうとしたことだ。
「ぐっ・・・。」
足に力を入れ踏んばるが、相手の力に押し負けて後方へと吹き飛ばされてしまう。
「きゃ・・・。」
背中から地面に叩きつけられ、軽く痛みが走る。
すぐに起き上がり剣を構えるが柄から違和感が・・・。
鈍い音とともに防御した部分が折れてしまったのだ。
私はそのこぼれ落ちていく鋼片を目で追ってしまう。
「これで納得か?」
砕けたものに気をとられ、前に視線を戻すとそこには刃が待っていた。
「ああ・・・。」
敗北を認め、返事をすると男はどこからか鞘を取り出してロングソードを収めていき。
そして私にその剣を渡してくれた。
「・・・。なぜ剣を?」
「折るつもりで攻撃したからな。替えを渡さないと後味悪いだろ?見たところ君も旅をしているみたいだから。剣がないと不便だと思ってね。」
「しかし、旦那様の剣が・・・。」
「まだあるから大丈夫だよ。旦那・・・、様?」
「そう、旦那様は私に勝った男。その強さ、その優しさ。私が求めていた男・・・。」
「まさか目的とは・・・。」
「気付いたか?私の目的は自分より強い男を夫に迎える事さ。」
旦那様から貰った剣を両手でギュッと抱きしめ側へと歩みよっていく。
「はははは・・・。自分を負かした相手の伴侶となる?悪い冗談だ・・・。」
ジリジリと後ずさりする旦那様に合わせて、私も歩を進め前へ出る。
「それがリザードマンという種さ。」
「種の特性としても顔見知り程度の男がいきなり夫になるって、おかしいだろう?」
「おかしいか?それに知らないのなら、今からゆっくりと知ればいい。それとも、あのシスターの事があるから伴侶になってくれないのかな?」
旦那様が少し動揺する。
唇を重ねる男女。
そっと離れる女。
立ち去る旦那様。
見守り手を振るシスター。
それを見ていた私。
胸が痛んだ。
まるで書物で読んだ人物に恋をして、それを奪われた感覚。
だから急いで後を追って旦那様に手合わせを申し込んだのだ。
見てもらうために。
知ってもらうために。
私という存在を・・・。
「彼女は・・・、関係ない。」
「だったら私を伴侶に!」
強く一歩踏み出し旦那様に近づく。
「勘弁してくれ、身を固めるつもりはないんだ。」
「そう・・・。」
予想通りの返事、それはわかっていた。私は・・・。
「分かった。それなら旦那様が伴侶にしてくれるまで、私はどこまでも着いていこう!」
高らかに宣言をすると、旦那様は溜息を一つ吐いた。
「なるほど。薄々そんな気はしてたよ。手合わせの件からね・・・。」
こめかみに指を当て、言葉を続ける。
「そうくるなら、どうだろうか。伴侶云々抜きにして一緒に旅をしないか?」
「旅を?」
「ああ、君も旅をしているのだろ?互いにその方が都合がいいはずだがどうだろうか?」
拒絶して逃げ回られるよりは確かに都合がいいし。
旦那様と一緒にいられる上、自分もアピールでき結ばれる可能性も高い。
「焦って結婚するよりは、お互いを知った方がいいな。旅の中で存分に私の魅力をわからせてあげよう。」
「御手柔らかに、スパスィ・ネフェリティス。」
「こちらもよろしく。エルフィール。」
私と旦那様はがっちりと握手を交わす。
「呼び方どうにかならないかな?」
「嫌なのか?」
「むず痒い・・・。」
「駄目・・・、か?」
「分かった好きに呼んでくれ。」
「理解のある旦那様で助かるよ。」
「はははは・・・。」
諦めた旦那様の乾いた笑いが平原に流れていった。
「旦那、そりゃないですぜ!」
「こっちのセリフだ。俺も慈善でものを売りに来たんじゃないんだ。」
いま私と旦那様は買い物中だ。
同じ中立領内の町だが前の町とは違いそれなりに商業が発展している。
「そうはおっしゃいますがね。教団の紋章入りの防具一式が五点とロングソード五十本なんてうちの倉庫の金がなくなっちまいますって!」
売りに出している数も凄いが旦那様が物を出す時も凄かった。
なんというか、手から肩の後ろからザァーっと出たのだ。
ザァーっと。
「では、防具一式五点は決定として、剣はどれぐらいまでなら買い取ってくれる?」
「へっ、へえ。あっしとしましてはこれをこれぐらいで・・・。」
店の親父が泣きそうな目で計算して、数を旦那様に提示している。
普通、教団の紋章入りの装備を売りにくる人間なんていないだろう。
しかも旦那様は親父の買い取り拒否理由を打開案付きで潰して売りつけてるし、剣だって店の仕入れの数倍の量持ってこられたら泣きそうにもなるって。
「ふむ〜、これ位が妥当か。スパスィの買ったショートソードの値からするとこんなもんか。」
間に合わせで買った私の剣を見ながら旦那様は自分なりの計算をしていく。
「よし、防具一式五点とロングソード三十本。どうだ?」
「ありがとうごぜぇます。それでこれが金額で・・・、御確認くださせぇ。」
「・・・。・・・。ん、確かに。じゃあ助かったよ親父。」
「あっしも良い取引が出来て涙が出そうですよ。」
半分涙目の親父に見送られながら店を後にする。
「良かったのか?旦那様、あんなに売って。」
「孤児院に金を置いてきたから文無しなんだ。旅するのも先立つものがないとなぁー。」
ずっしりと重くなっている巾着を手の中へ消しながら旦那様は言う。
「まあ、まだ残ってるなら武器には困らないだろうからいいが。」
「そうだな。じゃ、宿に行くか。」
泊まる為に宿に向かうと、何やら人だかりが出来ている。
近くまで行くと教団の騎士達が壁を作って宿の中で揉めていると住人達が騒いでいた。
「またか・・・。」
「ここも中立の町だから、基本教団の連中は積極的に関与してこないはずなんだが・・・。」
騎士達の壁の方へ近づくと彼らは何かを見てうろたえ始める。
「敗残の騎士達か、ちょっとどいてもらおうか?」
旦那様の一言で彼らは滝を割ったように道を開けていく。
開けた道を通って中へ入っていくと宿の主人と騎士の隊長らしき人物が言い争いをしていた。
「貴様!私達よりも平民や魔物が泊まる方が優先だというのか!」
「先にきた客なんだから当然だろうが!何度も言わせるな!」
「なんだと!私をホティンズィエリッター卿の長男と知っての暴言か!」
「こっちはてめぇみたいな貴族や教団の連中だけを相手に商売してるんじゃねぇんだよ!そんな脅し文句効くか!」
「己・・・、言わせておけば!教団に逆らう者がどうなるか思い知らせてやる!」
隊長らしき人物が剣に手をかけようとしたところで旦那様がその男の肩を叩く。
「誰だ!邪魔をする奴は!」
男は振り返り怒号を浴びせるが。
「貴様も神のなにおいてせいさいを・・・。」
相手が旦那様だとわかると途中から顔色が変わり、声も萎んでいった。
「制裁を、なんだって?聞こえなかったな、もう一度言ってくれないか?」
「せいさいをくれてやろぅ・・・。」
震える声、落ち着かない手足、泳ぐ目玉。
こいつ旦那様に何をされたんだ?
「誰に?」
「・・・。」
「だ・れ・に・かと聞いてるんだ。」
もう殺してしまいかねないような声に、こともあろうか隊長らしき男は失禁し床が濡れていく。
湯気を上げて拡がる染みと液体、隊長らしき男の姿に茫然とする騎士達、笑いをこらえる住人、それでも男に睨みを効かせる旦那様。
「う・・・、うわぁーん。」
最後には泣きだして宿屋の外へと走り去ってしまった。
それをポカーンと見つめていた騎士達も、ばつが悪そうな顔で退散する。
騒ぎの後、住人達は笑いながら帰っていく。
「みっともない奴だ。さて、主人。バケツとモップを貸してくれないか?」
「えっ?何するんだい?」
「掃除さ。俺がこうしたようなもんだからな。」
「旦那様、私はバケツに水を汲んでくるよ。」
「いやいや、あんたら恩人にそんな事させらないよ。見たところお客だろ?一部屋しか空いてないけどタダで泊まってくれ。」
「いや、当然のことしただけで無料は・・・。」
「いいっていいって、ほれ鍵だ。部屋に行ってな。」
主人は部屋の鍵を私にくれて掃除道具を取りに行ってしまいそこには私と旦那様だけが残っている。
「部屋は一部屋だけ空いてるとか言ってたな・・・。」
「いいじゃないか、私は夫と認めてるわけだし一緒の部屋でも構わないぞ?」
「俺が構うわ!」
渋る旦那様の背中を押して部屋へと向かう。
鍵を解除し扉を開けると、そこには大きな部屋が二つある。
手前はゆったりとくつろげるソファと大きなテーブルが、奥には魔物娘が五人は寝ても平気そうな大きなベッドがあった。
私は部屋に入り服以外の身に付けているものを全て外してベッドへと飛び乗る。
フカフカな敷布に身体を埋め旦那様の方向をむき。
「さあ!旦那様!」
と両手を開き、抱いてくれとアピールすると。
「大人のお楽しみ的な事を期待するなよ。」
軽くあしらわれて、ソファに座られた。
「旦那様〜っ。」
ベッドから降りて、胴着の裾を引っ張り誘ってみるが反応が薄い。
魅力ないんだろうか、私・・・。
この後も胸を背中に押し付けたり、前から抱きついてみたりしたが旦那様が私を抱いてくれる事はなかった。
夜になり寝る時間となる。
私は夜這いを仕掛けようと旦那様が寝るのを待ったが、なかなか寝てくれず私の方が先に眠ってしまう。
だったら朝の寝起きにと思い早く起きたら旦那様の姿はベッドにない。
胴着が部屋にあるので置いていかれた訳ではないと思い姿を探して宿の外へでた。
蒼に紅が混じり、幻想的な空の下。
その中を舞う様に動く一つの影。
「旦那様・・・。」
私は舞いに見惚れていた。
鋭く放たれる蹴り、流れるような手の動き、そして無駄のない体捌き。
長いようで短い時間は過ぎていき、旦那様がこちらに気付く。
「スパスィ、起きたのかい?」
「ああ・・・、旦那様は早いな。」
「俺もさっき起きたばかりさ。」
とても夜這いができなかったんで寝起きを襲おうと早起きしたんですとは言えない。
「そうだ、一緒に朝稽古しないか?」
「ええ、喜んで!」
部屋に剣を取りに戻り、朝日が顔を覗かせるまで旦那様と朝稽古をして過ごした。
「親魔物領の街?」
「ええ。一度そこに戻りたいんだが旦那様、良いだろうか?」
朝食をとりながら私達は次の目的地について話し合っている。
私が望んだのは親魔物領の街、キクノスに行くこと。
「良いも何も俺の目的は世界を旅することだから異論はないよ。」
「ありがとう。」
「今までが中立の町だったから行くのが楽しみだ。」
ウキウキとしながら旦那様は食事を済ませ、私もそれに続く。
「また来いよ。」
「世話になった。」
「またお願いします。」
主人を挨拶を交わし宿を出て町を後にした。
「きゅーっ。」
声とともに地面に倒れ込むオーク。
「しかし、見事に女性ばかりだな。」
また一人オークを手刀で気絶させながら旦那様は言う。
「それが我ら魔物娘だからな。」
私も柄の先でオークを殴り、気絶させ旦那様に答える。
町を出発して二日、キクノスまでもう少しという森の出口でオークに襲われていた。
「茂みに後三人いるな。どうする?」
「彼女らに決めさせればいいだろう。」
安心した所で奇襲をかけるつもりで潜んでいたんだろうが、ガサガサと音がすると三人の気配は消えてしまう。
「逃げたねぇ。」
「まあ、戦わないのが一番だ。」
完全に気配が消えたのを確認して納刀をし街を目指していく。
日が真上に昇ったころ、ようやくキクノスへと着いた。
門扉に設置されている通行所に顔を出す。
「務め御苦労。」
「スパスィ総隊長殿!おかえりなさいませ!」
「大丈夫か?」
「はい!どうぞお通りください!そちらの方は?」
「ああ、相棒だ。構わんよな?」
「そうでしたか。おめでとうございます!」
「いやいや、本決まりではないんだが・・・。通るぞ?」
「どうぞ!」
門扉が開けられ中へと入っていくと、久しぶりの街並みが出迎えてくれる。
「相変わらずだな、ここは・・・。」
しばらく離れていたが、何も変わっていない。
「良い街だな。」
「そうだろ?私の育った街だからな。」
「なら、なおさら良い街だな。ところで、さっき総隊長と呼ばれていたみたいだが・・・。」
「それか、私はこの街で憲兵隊の総隊長をしているんだよ。」
「ほうー、重要な役職のようだけど旅何かしてていいのか?」
「休暇で旅に出てるんだ。部下が優秀でね。しばらくいなくても問題はないさ。ただ・・・。」
「ただ?」
「戻った時に処理しないといけない書類が多くて泣きたくなるがね。」
「そりゃしょうがない。で、見事に夫になってたな。」
「後々なるから問題ないだろう。その準備のために戻ってきたわけだし。」
「えっ?」
「憲兵隊を退職してくるんだ。旅を続けるためにね。」
「いいのか?」
「ああ、私にとって職よりも旦那様と一緒にいる方が大事だからな。」
「そうか・・・。」
旦那様と会話をしながら、憲兵署に向けて歩いてった。
私は男と刃を交えていた。
その男を知ったのは、とある町の広場。
子供達の会話を聞いた時だ。
祝福もうけていない、淫魔化もしていない男が教団の騎士の大軍を一人で撃退したという。
会話を聞き終わった後、身体の中の血が滾る様な感覚に襲われた。
これも私がリザードマンという種である証なのだろうと。
強者と戦いたい、その衝動が血を身体を熱くさせる。
男の姿を広場で宴の席で見詰め手合わせできる機会を窺っていく。
そして、機会は早々にやってきた。
男が宴の終わった早朝に町を立ち、平原で手合わせを申し込む事ができたからだ。
「やっと追いついたぞ!さあ!尋常に手合わせ願おうか!」
「はい?人違いでは・・・、手合わせする理由がないんだが・・・。」
「お前、教団の騎士団を壊滅させたそうだな。その強さが手合わせする最大の理由だ。さあ!」
鞘からショートソードを抜き、構える。
「目的はなんだ?強いからだけじゃないだろ。あの短時間で指名手配や賞金がかかるはずはないから・・・。名声か?」
「名声などどうでもいい。そうだな、私に勝ったら教えてやろう。」
「割とどうでもいいが、手合わせしないとずっとついてくるんだろ?」
「無論だ!」
男は溜息一つして、鞘から剣を抜く仕種をすると何もない空間からロングソードが出てきた。
どの様な仕掛けを使ったのかは解らないが、私と男は構え合い対峙する。
「いつでもどうぞ。」
「では・・・、いくぞ!」
剣を中段に構え、距離を詰めて斬り込んでいく。
使い慣れたショートソードの長所を生かし、男の隙が多い部分を狙っていくが最小限の動作で、その部分を防御され斬撃が届かない。
「よい、斬撃だ。では、こちらも!」
今度は防御するのではなく鍔迫り合い持ち込まれ、そのまま斬撃の打ち合いになる。
激しく鋼がぶつかり、幾重にも斬り結ばれた後互いに距離をとった。
「教団の騎士達を相手にするより、やり応えがあるな。」
「はぁ!はぁ!そうだろう!」
こちらは息が上がりそうなって距離をとったが、男の息は乱れていない。
この男、どれだけ体力あるんだ。
「息が乱れているな。これぐらいで手合わせは終わりにしないか?互いに力量もわかっただろう。」
「駄目だ!どちらかが地に倒れるまで決着はない!」
「そうか・・・。」
その言葉とともに男の辺りを取り巻く空気が変わった。
殺気の他に何か圧迫するものが放たれ身体にビリビリとくる。
手にもっていた剣はいつの間にか消え、半身になり腰から何かを抜く体勢になっていく。
「あれは・・・。」
何をしてくるのかと考えていると、次の瞬間に男は猛スピードで私に突っ込んできた。
距離は一気に縮まりロングソードが斬れる範囲まで近づいてくる。
私は剣の側面と腕を合わせて、相手が放ってくる刃の位置を予測し防御をして迎え撃つ。
鋼のぶつかる音とずしっとくる斬撃。
男の攻撃は予測した位置に来たが、誤算があった。
一つは放たれた斬撃が想像以上に重かったこと、一つは斬撃が二つ放たれていたこと、そして男は受け止められたにも拘わらず、二撃とも振り抜こうとしたことだ。
「ぐっ・・・。」
足に力を入れ踏んばるが、相手の力に押し負けて後方へと吹き飛ばされてしまう。
「きゃ・・・。」
背中から地面に叩きつけられ、軽く痛みが走る。
すぐに起き上がり剣を構えるが柄から違和感が・・・。
鈍い音とともに防御した部分が折れてしまったのだ。
私はそのこぼれ落ちていく鋼片を目で追ってしまう。
「これで納得か?」
砕けたものに気をとられ、前に視線を戻すとそこには刃が待っていた。
「ああ・・・。」
敗北を認め、返事をすると男はどこからか鞘を取り出してロングソードを収めていき。
そして私にその剣を渡してくれた。
「・・・。なぜ剣を?」
「折るつもりで攻撃したからな。替えを渡さないと後味悪いだろ?見たところ君も旅をしているみたいだから。剣がないと不便だと思ってね。」
「しかし、旦那様の剣が・・・。」
「まだあるから大丈夫だよ。旦那・・・、様?」
「そう、旦那様は私に勝った男。その強さ、その優しさ。私が求めていた男・・・。」
「まさか目的とは・・・。」
「気付いたか?私の目的は自分より強い男を夫に迎える事さ。」
旦那様から貰った剣を両手でギュッと抱きしめ側へと歩みよっていく。
「はははは・・・。自分を負かした相手の伴侶となる?悪い冗談だ・・・。」
ジリジリと後ずさりする旦那様に合わせて、私も歩を進め前へ出る。
「それがリザードマンという種さ。」
「種の特性としても顔見知り程度の男がいきなり夫になるって、おかしいだろう?」
「おかしいか?それに知らないのなら、今からゆっくりと知ればいい。それとも、あのシスターの事があるから伴侶になってくれないのかな?」
旦那様が少し動揺する。
唇を重ねる男女。
そっと離れる女。
立ち去る旦那様。
見守り手を振るシスター。
それを見ていた私。
胸が痛んだ。
まるで書物で読んだ人物に恋をして、それを奪われた感覚。
だから急いで後を追って旦那様に手合わせを申し込んだのだ。
見てもらうために。
知ってもらうために。
私という存在を・・・。
「彼女は・・・、関係ない。」
「だったら私を伴侶に!」
強く一歩踏み出し旦那様に近づく。
「勘弁してくれ、身を固めるつもりはないんだ。」
「そう・・・。」
予想通りの返事、それはわかっていた。私は・・・。
「分かった。それなら旦那様が伴侶にしてくれるまで、私はどこまでも着いていこう!」
高らかに宣言をすると、旦那様は溜息を一つ吐いた。
「なるほど。薄々そんな気はしてたよ。手合わせの件からね・・・。」
こめかみに指を当て、言葉を続ける。
「そうくるなら、どうだろうか。伴侶云々抜きにして一緒に旅をしないか?」
「旅を?」
「ああ、君も旅をしているのだろ?互いにその方が都合がいいはずだがどうだろうか?」
拒絶して逃げ回られるよりは確かに都合がいいし。
旦那様と一緒にいられる上、自分もアピールでき結ばれる可能性も高い。
「焦って結婚するよりは、お互いを知った方がいいな。旅の中で存分に私の魅力をわからせてあげよう。」
「御手柔らかに、スパスィ・ネフェリティス。」
「こちらもよろしく。エルフィール。」
私と旦那様はがっちりと握手を交わす。
「呼び方どうにかならないかな?」
「嫌なのか?」
「むず痒い・・・。」
「駄目・・・、か?」
「分かった好きに呼んでくれ。」
「理解のある旦那様で助かるよ。」
「はははは・・・。」
諦めた旦那様の乾いた笑いが平原に流れていった。
「旦那、そりゃないですぜ!」
「こっちのセリフだ。俺も慈善でものを売りに来たんじゃないんだ。」
いま私と旦那様は買い物中だ。
同じ中立領内の町だが前の町とは違いそれなりに商業が発展している。
「そうはおっしゃいますがね。教団の紋章入りの防具一式が五点とロングソード五十本なんてうちの倉庫の金がなくなっちまいますって!」
売りに出している数も凄いが旦那様が物を出す時も凄かった。
なんというか、手から肩の後ろからザァーっと出たのだ。
ザァーっと。
「では、防具一式五点は決定として、剣はどれぐらいまでなら買い取ってくれる?」
「へっ、へえ。あっしとしましてはこれをこれぐらいで・・・。」
店の親父が泣きそうな目で計算して、数を旦那様に提示している。
普通、教団の紋章入りの装備を売りにくる人間なんていないだろう。
しかも旦那様は親父の買い取り拒否理由を打開案付きで潰して売りつけてるし、剣だって店の仕入れの数倍の量持ってこられたら泣きそうにもなるって。
「ふむ〜、これ位が妥当か。スパスィの買ったショートソードの値からするとこんなもんか。」
間に合わせで買った私の剣を見ながら旦那様は自分なりの計算をしていく。
「よし、防具一式五点とロングソード三十本。どうだ?」
「ありがとうごぜぇます。それでこれが金額で・・・、御確認くださせぇ。」
「・・・。・・・。ん、確かに。じゃあ助かったよ親父。」
「あっしも良い取引が出来て涙が出そうですよ。」
半分涙目の親父に見送られながら店を後にする。
「良かったのか?旦那様、あんなに売って。」
「孤児院に金を置いてきたから文無しなんだ。旅するのも先立つものがないとなぁー。」
ずっしりと重くなっている巾着を手の中へ消しながら旦那様は言う。
「まあ、まだ残ってるなら武器には困らないだろうからいいが。」
「そうだな。じゃ、宿に行くか。」
泊まる為に宿に向かうと、何やら人だかりが出来ている。
近くまで行くと教団の騎士達が壁を作って宿の中で揉めていると住人達が騒いでいた。
「またか・・・。」
「ここも中立の町だから、基本教団の連中は積極的に関与してこないはずなんだが・・・。」
騎士達の壁の方へ近づくと彼らは何かを見てうろたえ始める。
「敗残の騎士達か、ちょっとどいてもらおうか?」
旦那様の一言で彼らは滝を割ったように道を開けていく。
開けた道を通って中へ入っていくと宿の主人と騎士の隊長らしき人物が言い争いをしていた。
「貴様!私達よりも平民や魔物が泊まる方が優先だというのか!」
「先にきた客なんだから当然だろうが!何度も言わせるな!」
「なんだと!私をホティンズィエリッター卿の長男と知っての暴言か!」
「こっちはてめぇみたいな貴族や教団の連中だけを相手に商売してるんじゃねぇんだよ!そんな脅し文句効くか!」
「己・・・、言わせておけば!教団に逆らう者がどうなるか思い知らせてやる!」
隊長らしき人物が剣に手をかけようとしたところで旦那様がその男の肩を叩く。
「誰だ!邪魔をする奴は!」
男は振り返り怒号を浴びせるが。
「貴様も神のなにおいてせいさいを・・・。」
相手が旦那様だとわかると途中から顔色が変わり、声も萎んでいった。
「制裁を、なんだって?聞こえなかったな、もう一度言ってくれないか?」
「せいさいをくれてやろぅ・・・。」
震える声、落ち着かない手足、泳ぐ目玉。
こいつ旦那様に何をされたんだ?
「誰に?」
「・・・。」
「だ・れ・に・かと聞いてるんだ。」
もう殺してしまいかねないような声に、こともあろうか隊長らしき男は失禁し床が濡れていく。
湯気を上げて拡がる染みと液体、隊長らしき男の姿に茫然とする騎士達、笑いをこらえる住人、それでも男に睨みを効かせる旦那様。
「う・・・、うわぁーん。」
最後には泣きだして宿屋の外へと走り去ってしまった。
それをポカーンと見つめていた騎士達も、ばつが悪そうな顔で退散する。
騒ぎの後、住人達は笑いながら帰っていく。
「みっともない奴だ。さて、主人。バケツとモップを貸してくれないか?」
「えっ?何するんだい?」
「掃除さ。俺がこうしたようなもんだからな。」
「旦那様、私はバケツに水を汲んでくるよ。」
「いやいや、あんたら恩人にそんな事させらないよ。見たところお客だろ?一部屋しか空いてないけどタダで泊まってくれ。」
「いや、当然のことしただけで無料は・・・。」
「いいっていいって、ほれ鍵だ。部屋に行ってな。」
主人は部屋の鍵を私にくれて掃除道具を取りに行ってしまいそこには私と旦那様だけが残っている。
「部屋は一部屋だけ空いてるとか言ってたな・・・。」
「いいじゃないか、私は夫と認めてるわけだし一緒の部屋でも構わないぞ?」
「俺が構うわ!」
渋る旦那様の背中を押して部屋へと向かう。
鍵を解除し扉を開けると、そこには大きな部屋が二つある。
手前はゆったりとくつろげるソファと大きなテーブルが、奥には魔物娘が五人は寝ても平気そうな大きなベッドがあった。
私は部屋に入り服以外の身に付けているものを全て外してベッドへと飛び乗る。
フカフカな敷布に身体を埋め旦那様の方向をむき。
「さあ!旦那様!」
と両手を開き、抱いてくれとアピールすると。
「大人のお楽しみ的な事を期待するなよ。」
軽くあしらわれて、ソファに座られた。
「旦那様〜っ。」
ベッドから降りて、胴着の裾を引っ張り誘ってみるが反応が薄い。
魅力ないんだろうか、私・・・。
この後も胸を背中に押し付けたり、前から抱きついてみたりしたが旦那様が私を抱いてくれる事はなかった。
夜になり寝る時間となる。
私は夜這いを仕掛けようと旦那様が寝るのを待ったが、なかなか寝てくれず私の方が先に眠ってしまう。
だったら朝の寝起きにと思い早く起きたら旦那様の姿はベッドにない。
胴着が部屋にあるので置いていかれた訳ではないと思い姿を探して宿の外へでた。
蒼に紅が混じり、幻想的な空の下。
その中を舞う様に動く一つの影。
「旦那様・・・。」
私は舞いに見惚れていた。
鋭く放たれる蹴り、流れるような手の動き、そして無駄のない体捌き。
長いようで短い時間は過ぎていき、旦那様がこちらに気付く。
「スパスィ、起きたのかい?」
「ああ・・・、旦那様は早いな。」
「俺もさっき起きたばかりさ。」
とても夜這いができなかったんで寝起きを襲おうと早起きしたんですとは言えない。
「そうだ、一緒に朝稽古しないか?」
「ええ、喜んで!」
部屋に剣を取りに戻り、朝日が顔を覗かせるまで旦那様と朝稽古をして過ごした。
「親魔物領の街?」
「ええ。一度そこに戻りたいんだが旦那様、良いだろうか?」
朝食をとりながら私達は次の目的地について話し合っている。
私が望んだのは親魔物領の街、キクノスに行くこと。
「良いも何も俺の目的は世界を旅することだから異論はないよ。」
「ありがとう。」
「今までが中立の町だったから行くのが楽しみだ。」
ウキウキとしながら旦那様は食事を済ませ、私もそれに続く。
「また来いよ。」
「世話になった。」
「またお願いします。」
主人を挨拶を交わし宿を出て町を後にした。
「きゅーっ。」
声とともに地面に倒れ込むオーク。
「しかし、見事に女性ばかりだな。」
また一人オークを手刀で気絶させながら旦那様は言う。
「それが我ら魔物娘だからな。」
私も柄の先でオークを殴り、気絶させ旦那様に答える。
町を出発して二日、キクノスまでもう少しという森の出口でオークに襲われていた。
「茂みに後三人いるな。どうする?」
「彼女らに決めさせればいいだろう。」
安心した所で奇襲をかけるつもりで潜んでいたんだろうが、ガサガサと音がすると三人の気配は消えてしまう。
「逃げたねぇ。」
「まあ、戦わないのが一番だ。」
完全に気配が消えたのを確認して納刀をし街を目指していく。
日が真上に昇ったころ、ようやくキクノスへと着いた。
門扉に設置されている通行所に顔を出す。
「務め御苦労。」
「スパスィ総隊長殿!おかえりなさいませ!」
「大丈夫か?」
「はい!どうぞお通りください!そちらの方は?」
「ああ、相棒だ。構わんよな?」
「そうでしたか。おめでとうございます!」
「いやいや、本決まりではないんだが・・・。通るぞ?」
「どうぞ!」
門扉が開けられ中へと入っていくと、久しぶりの街並みが出迎えてくれる。
「相変わらずだな、ここは・・・。」
しばらく離れていたが、何も変わっていない。
「良い街だな。」
「そうだろ?私の育った街だからな。」
「なら、なおさら良い街だな。ところで、さっき総隊長と呼ばれていたみたいだが・・・。」
「それか、私はこの街で憲兵隊の総隊長をしているんだよ。」
「ほうー、重要な役職のようだけど旅何かしてていいのか?」
「休暇で旅に出てるんだ。部下が優秀でね。しばらくいなくても問題はないさ。ただ・・・。」
「ただ?」
「戻った時に処理しないといけない書類が多くて泣きたくなるがね。」
「そりゃしょうがない。で、見事に夫になってたな。」
「後々なるから問題ないだろう。その準備のために戻ってきたわけだし。」
「えっ?」
「憲兵隊を退職してくるんだ。旅を続けるためにね。」
「いいのか?」
「ああ、私にとって職よりも旦那様と一緒にいる方が大事だからな。」
「そうか・・・。」
旦那様と会話をしながら、憲兵署に向けて歩いてった。
12/01/27 16:51更新 / 朱色の羽
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