物乃怪複鳥草紙 −猫又乃巻−
水分を帯びた冷たい身に刃を通す。
首元から腹へ、腹から下半身へかけてと鋭い鋼が裂いていき臓物を取り出しやすいように切り口を開く。
「・・・。傷をつけずに慎重に・・・、っと。」
身と同じ程冷えた手を中に入れ軟らかく壊れやすいものを掴み、潰さないように引きずり出して足元に置いてある桶へと放して入れ。
「さて、これでいいな。次は・・・。」
別のものへ手をつけようとすると、戸を叩く音が仕事場に届いた。
「ん?開いてるから入ってくれ。こちらは手が離せないんだ。」
その言葉が届いたのか、外にいた訪問者が戸を開けて中へと入ってくる。
すると、空間にあふれていた血の匂いと生臭さを朝独特の空気が流れ込んできて軽く作業場が洗われていく。
「おはよう。今日の分だが、いいか?」
「ああ、適当に置いておいてくれ。昨日の分の空はそこにある。」
「あれか。」
「そう、それだ。さて、代金を払おうか。」
水で満たしてある別の桶に手を入れて血と肉片で汚れ、臭いがついている手を清め。
手拭いで水分を落すと奥の座敷へ銭の入った巾着を取りに戻る。
「鳥の字、すまないが明日からものをもってこれそうにない。」
「おっ?どうした?」
金属のぶつかり合う音を鳴らしながら仕事場に戻ってくると、仕入れができなくなるという言葉が耳に入った。
「嫁の一人が身籠ってな。重身で海にはいらせるわけにはいかんから、ものが獲れなくてこちらへ卸せないんだ。」
「海にということは蛸の方か、懐妊とはめでたいな。重身に無茶はさせれんだろう。気にすることはないさ、それならこちらも祝いでちいと色をつけてやるかね。」
「色々悪いな。」
「得意さまだろう、祝いぐらいださせろよ。」
申し訳なさそうな声質だがしっかりと銭は受け取り懐へ収めている。
ちゃっかりした男だ。
「さて、もう一人が見てるが側にいてやりたいからな。そろそろ帰らせてもらうぞ。」
「そうか、また海に入れるようになったら頼む。」
「わかった。」
手を左右に振り、仕入先の一人である紅鳥は帰っていき仕事場に再び静寂が訪れた。
「さて、新しいものもきたし。続きといくか。」
作業をしていた台の前に戻り、再び水で手を清め。
銭の金物の匂いを落し上がってしまった手の温度を下げて桶の中に残っているもの俎板に置き仕事の続きへと移る。
身を開き、下して下拵えを済ませ商品にするための加工をしていく。
そのまま干すものは別桶に移し、それ以外はつけ汁に浸すものや塩を刷り込むものとに分けて運び1匹づつ丁寧に汁が身に染み込むように、塩が身に行きわたる様にしていき。
日が昇り始めるころまでその作業は続いた。
「一段落ついたし、そろそろ干しにかかるかね。」
卸の商人から魚を買い、捌いて干し。
それを販売する。
生業を干物屋なんてものをしてるから色々と気にしなければ仕事ができない。
前日に仕込んだものの所へ足を運び、奥に置いていた樽の元へ向かう。
「天気もいいから具合よくいきそうだな。後は・・・、風かな。」
外から入る日差しで光の加減は確認できるが家に入る風だけではその日の風量まではわからないのだ。
樽を運びながら戸を開けて庭へと出ると暖かな光と穏やかな風が肌を掠め、干すには丁度いい状態となっていた。
「これはいい。」
竹で組まれ、簾が斜めに掛けられた干場へと歩いていき。
樽に詰まっている仕込まれた魚を取り出して並べていく。
「そういえば今日の分はいいが明日からのを考えるとどこから仕入れをしないと・・・。」
紅鳥が持ってきてくれる分が明日から無くなることを思うと、それに対して埋め合わせをしなければいけない。
数が減るという事はこちらの商品もへるということになるからだ。
そんなことを考えていると。
「にゃ!」
まるで察したかのように後ろから鳴き声が聞こえてくる。
「藍か、いつも干物の見張りありがとう。今日は家の留守番も頼みたいんだけどいいかな?」
「にゃ?」
「友人の仕入れが明日から無くなるんだ。だから漁港へ用事があってね。」
「にゃ!」
「じゃ、よろしく頼むよ。」
人語を理解したように鳴くこの猫。
名前は藍。
半月程前に川で溺れていた所を助けてから妙に顔を出すようになり、最後には家に居着いてしまったのだ。
撫でてやろうとすれば逃げ、だが付かず離れずで側にいてくれる変わった猫だが・・・。
干してる干物に近づくものを追い払ってくれたり、家を留守にする時に番をしてくれたりと頼もしく。
信頼関係が生まれていて、色々と任せることができる。
まさかきまぐれで助けた猫がここまで尽くしてくれるとは思ってもみなかったというのが本音だな。
昼食を藍ととった後、漁港へ出かけていき新たな魚を仕入れる交渉をして回っていく。
希望の額や量数、時間などの条件が合う相手が見つかった時には日は傾き始め自分の店を開けるような時間へとなっていた。
「まずいな、そろそろ店を開けないといかんのに。」
落ちていく紅い陽を見ながら家路へ急いでいると、前方から干物を片手にこちらへと向かって常連客がやってくる。
店は開いてないし、この村にうちの他に干物屋はないし、また盗んできたというような感じも見受けられない。
「おう大将、出掛けてたのかい?」
「ええ・・・。」
「そりゃご苦労なことだ。でも早く帰ってやらないと嫁さんが一人で店やってるぞ?」
「えっ?」
嫁?
聞きなれない単語が耳に入る。
独り身だというのにそんな女性がいること自体初耳だ。
「とぼけちゃって、あんな可愛い女の子を娶るなんて羨ましいねぇ。うちのかかあとは大違いだ。」
「は、はぁ・・・。」
「おっと、あまり話してちゃいけねぇな。じゃ急いで帰ってやりなよ。」
何が何だかよく分からずに相槌を打ってるうちに常連客と別れることになり、自分でも把握できない状態になっていることだけがわかった。
「と、とりあえず戻ってみないとな・・・。」
目で見て確認しないとと思い店が視界に入るところまで戻ってくると、そこには見ず知らずの女性が忙しなくお客の相手をし商売をしている姿がある。
視線を上に向けて看板を見るが、そこには確かに自分の店である干物屋『肴』の文字が。
「自分の店だよな・・・。」
何度見直しても変わることもなく、落ち着きを取り戻してきたところで店に戻っていく。
「あっ、鳥丸。おかえりなさい、なかなか帰ってこないからお店準備して開けておいたよ。」
「・・・。ああ、ごめんな。」
胸倉ぐらいの背丈しかに小柄な身長の女性というか女の子が笑顔を向けて説明をしてくれている。
その笑顔に見惚れていると。
「外で干してたものもちゃんと入れておいたから、干物の方は心配しないでね。じゃ、お店の方に集中しよ。」
「わかった。」
彼女の言う通り今は店の方、お客の方が大事だ。
待たせていては失礼に値するからな。
「鳥丸の言う通りにするから、お願いね。」
「ああ・・・。」
店に戻ってからはこの娘に手伝いをしてもらい、時間まで問題なく仕事ができた。
いや、それどころか嫁さんができたからめでたいやら可愛い子がいるから奮発しようなど、彼女のお陰でいつもより干物が捌けている。
招き猫なのか?
この娘は・・・。
そして商品がなくなるという事態になり、最後のお客が帰ると。
手伝ってくれた彼女を奥の座敷に招き茶の一杯を振舞いながら話を聞くことにした。
「ありがとう。」
「労いの一杯だから気にしないでくれ。実際助かったんだからね。で、君は一体・・・。」
「うふっ。わからない?」
全身を震わせると、頭、髪の中からは獣の耳が、短い着物の裾の中からは解放されるように尻尾が姿を現す。
「耳と、尻尾・・・?」
目の前にいる娘。
獣の耳と尻尾があり、ここの事情に詳しい。
まさかと思うがそのような条件が当てはまるのは、一人。
いや、一匹しかいないだろう。
「まさか・・・、藍なのか?」
「あたり。驚いた?」
飄々と笑うその顔は世の男なら容易に惚れてしまうほど魅力的で、こちらもまた見惚れて頬が紅くなっていた。
「そりゃ、まあな。自分の助けた猫が物乃怪だったら驚かない方がおかしいだろう。」
「だよね。」
「まあ、物乃怪だろうが藍であるということには変わりはないだろう。今日の手伝ってくれた礼をしないとな。」
薄く染まった頬に気取られないように、立ちあがろうとすると彼女に作務衣の袖を掴まれ左右の釣り合いが取れずに尻もちをついて畳へと倒れ込んでしまった。
「・・・っ。あぶないな、藍・・・。」
尻に痛みが走るが、それどころではない。
仰向けになった状態で藍を見つめる。
「お金なんて必要ない。他に、他に欲しいものがあるの・・・。」
そういうと身を乗り出して上に覆い被さってきて、藍と自分の唇と唇が合わさった。
温かく柔らかいものが触れてくる。
軽く啄むような口付けをされていると途中から潤った何かが閉じた唇の中へと侵入してきた。
それが舌だと気が付くまでそう時間は掛らなかっただろう。
「さ・・・、い?」
「んっ、とりまる・・・。」
水が滴ると音と共に別の生き物ように己の舌を巻きつけてくる藍。
逃げようとも、からみつこうともしない自分の舌を丹念に愛撫され。
頭が霞みがかったような状態になると、こちらも相手の舌に合わせて口内を舐めまわし貪り合いながら肉の感触を楽しみあっていた。
求めるように唾液を啜り合い、差し出すように己の唾液を舌に乗せて相手の口内へと送り続ける。
無我夢中で行為に没頭していると、鼻腔をくすぐる匂いが鼻へと染み込みその香りに浸っていく。
雌の匂いなのだろうか。
身体の芯まで染まりたく、きつく彼女を抱き締め香りを自分のものにしようとする。
それは藍も同じなのか同じ様にこちらへと腕を伸ばして離れまいと力を入れてきた。
永久にこの状態が続けばと思っていても、興奮だけは互いに増していく。
小振りの胸に固くなったものが胸板に押しつけられ、また怒張したものが相手の性器付近を擦りつけている。
気付いているが唇を離すつもりはなく、次の行為へ移りたいがきっかけがない。
接吻だけでも、と鈍い思考は考えるが彼女は違った。
片方の手をゆっくりと胸板へと添え、撫でまわすような軌道で腹部へ手が伸ばされていく。
くすぐったくも肌の過敏な所を心得た触り方で腹部から腰部へと滑らせていき。
最後にはもっとも触れて欲しい男根へとたどり着いた。
「あはぁ、硬い・・・。」
「・・・。」
先程まで接吻していた唇は唾液で潤い、光悦した顔はどの女の顔よりも美しい。
そんな表情をしながら藍は作務衣の隙間から中へと手を入れてくる。
冷たく小柄な手が熱く、硬くなったものを掴み、やさしく、そしていやらしく上下へと擦り始めていく。
「っ!?」
「はぁ、凄く大きい・・・。」
うっとりと男根の大きさを楽しみながら、強弱をつけて彼女は精を熟成させて始めた。
奥から汲み上げ、全てを吐き出させ、極上のものが自分へと与えられるように。
触れるか触れないかの握り具合や締め付けるような強い刺激、股から聞こえる粘液を掻き混ぜるような音も快楽の一部へと変わっていく。
「藍・・・。だ、射精したい・・・。」
懇願するように、悦欲を与えてくれる本人に頼むと。
「だ、め。」
意地悪をするように拒否をされる。
「さ・・・、い。」
藍は竿の根元を強く握り、射精を妨げて。
「いまは駄目・・・。ねっ。」
ここで出しては駄目という表情をするが、こちらはもう限界なのだ。
迸りそうになる度に力を込められ、先ほどから更に怒張して身体は色欲に染まっていく。
「射精するならここで射精してくれなきゃ。」
もう充分だろうと判断したのか彼女はもう片方の手で精を吐き出して欲しい場所をさすり。
「きて。」
擦るのをやめて握っていた男根を離し畳へ寝転がると。
帯を緩めて着物の裾をたくし上げ、自らの乳房と秘所をさらけ出してこちらを求めてきた。
欲してくる淫らな姿に喉を鳴らし、下半身を解放すると藍へと覆いかぶさり一気に中へと侵入させていく。
「にゃ!?い、いきなり。お、お、お、おくに・・・。」
艶めいた肉へ一気に埋めていく肉棒。
待ち焦がれ、限界にまで達していたものに止める術などない。
「さい!さい!さい!」
「まっ、まっへ!おし!おしひろ!おしひろげられりゅ!おしひろげられりゅの!」
子宮口を男根が小突く頃には理性の糸など切れており。
雌を求め精を植え付けるための雄へとなっていた。
乱暴に腰を振り、銜え込んだ淫肉からさらに快楽を得ようとする。
秘所からは愛液が漏れだし、肉棒で掻き混ぜられて泡を上げて潤滑を手助けしていくが速度が速いためかあまり役に立っていない。
「・・・!・・・!」
もう言葉などでない、絡みついてくる肉を引き剥がしこちらの肉で押し広げていくだけの繰り返し。
「あがぁ!?はげっ!はげっし!はげしすぎりゅ!かはぁ!?」
彼女も舌が回らなくなり呂律が怪しくなっているようだ。
だが、今はそんなことは関係ない。
「ふぅー!ふぅー!」
「あぐぅ!あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、っ!」
荒々しい息遣いと、自分の許容量を超えた快楽に染まっていく藍の声に座敷が埋もれていき。
「ひぃぐぅ!あぅ!あぅ!あぅ!あぅ!」
呼応し、強弱をつけながら搾り出そうとしていた秘肉は続けざまに送られてくる刺激に根を上げて痙攣を始め。
肉棒を締め上げてきた。
今までの比ともならない快楽に、止められて奥でくすぶっていた精が駆けあがってくる。
溜まっていたもの、止められていたもの、熟されていたもの、奥底にあったもの、その全てが絶頂の刺激に呼び起こされて男根から弾け飛んだ。
「あひぃぃぃぃぃ!あがぁ!?あ、つっ!あつぃいぃぃぃぃ!」
尽きることなく膣へと注ぎこまれる精液。
自慰をしてもこれ程まで出た記憶もなく、人だろうが物乃怪だろうと孕まないわけがないというほどの量が射精ていく。
「ううぅ!まだだ・・・。」
一滴残らず、膣内へと注ぎこむ為に軽く腰を動かし最後の最後まで藍の膣肉へ精を吐き出しいる。
溢れんばかりのものが射精たと思ったが痙攣し締め付けてくる秘肉とまだ出したりないのか膨張を続ける肉棒がきっちりと栓をしているため外に精が出てくることはない。
「あはぁぁぁぁ・・・。とり・・・、まる。」
「さい・・・。」
涙目で意識が朦朧としている藍と一言だけ交わすと、彼女の唇を奪い再び腰を動かし始めた。
「んんんんんぅ!んんんんぅ!」
激しくまぐわい合い、双方から汗が滴り流れ。
雄と雌はまた互いの箍が外れていく。
甘美な香りは脳に染み渡り、もはや相手なくしては生きていけないというほどに求め合う。
「んぅ!んちゅぅ!んんんぅ!」
「むちゅっ!ちゅぴゅっ!」
舌を這わせて肉を楽しみ、舐り合いながら唾液を啜る。
上下から耳に入る水が跳ねる音は興奮を誘い、肉棒も膣肉も肉の硬さとうねりを楽しむ。
「じゅぷ。ぴちゃぴちゃ、じゅるるるるっ。」
どちらの声とも音とも区別が付かない。
肉がぶつかる音が、飲み込まれる濁音が、啜り合う吸音が、更なる快楽を与え。
ただただ消えることのない滾りを、求めれば求めるほどにこの雌がこの雄が自分の為にいるのではないかと思う一体感を、何度でも精を受け、何度でも精を放てそうな悦に浸っていく。
「ちゅぴゃ。だめ!だめ!だめ!だめ!だめぇぇぇぇ!」
「さい!さい!さい!さい!さいぃぃぃぃ!」
再び込み上げてくる射精感が、痙攣している膣を更に震わせる締め付けが男根を膨らませ、膣肉を締め上げていき。
擦れる度に戻りかける理性を削り。
雄と雌は快楽に染まっていった。
「ああぁ・・・。あひぃぃぃぃぃぃ!」
「うぅ!」
奥から湧き出してくるものをまた藍の膣内へと放ち、彼女も絶頂を迎えると。
どちらともなく意識を失い、暗い闇へと落ちて行く。
意識が戻ったのは瞼に日の光が当たり、浅く起床時間を告げる伝達が身体をめぐったからだ。
薄目を開けて入ってくる光の色を窺うと紫色の空が見え、鳥の囀りが耳へと届いた。
それと同時に肌寒い感覚と温かい感触の両方が肌へと伝わってくる。
「はっ、くしゅ!」
肌寒かったのは昨晩布団もかぶらずに裸で寝てしまった為であると肌蹴た作務衣を見て確認でき。
暖かい感触は抱きついたまま寝息を立てている娘のものだというのもわかった。
「夢ではなかったか・・・。」
人語を理解でき、付かず離れずの距離をとられていた猫。
だが、信頼はでき信用を得るほどの事をしてくれ。
最後には自らの正体を明かしてまで助けてくれた。
そんなこの子を・・・、と考えていると。
「うぅ・・・、ん。」
彼女が目を覚ます。
「鳥丸・・・?」
「おはよう。」
瞼をこすりながらこちらへ顔を向けてくれる仕草はなんとも愛くるしく。
顔が紅く染まっていくのが自分でも分かる。
「鳥丸〜っ。」
半分眠りについているだろう藍は、顔を擦りながらまどろみを楽しんでいるようだ。
「なあ、藍・・・。」
「どうしたの?」
「本当の嫁に、ここに嫁いでくれないか?」
「えっ!?」
いきなりの事に驚いたのだろう。
身体を起こしてこちらをじっと見てくる。
「いいの?いきなり現れて、その上襲ったも同然でいま隣にいるんだよ?」
「いや、まあ襲われたんだけど気持ち良かったし・・・。それに・・・。」
「それに?」
「一目惚れしたんだよ。おまえに。」
「・・・。」
「働いてる姿に、正体を明かしてくれたときの仕草に、求めてくれる姿に惚れたんだ。」
「本当に?」
「本当だとも。」
起き上がっている藍を引き寄せて抱きしめ、本当だという事を教えてやった。
「どうだ?それに信頼は半月前から培ってきてるだろ?」
「そうだったね。うん・・・、不束者ですかこれからよろしくね。」
この日から干物屋『肴』に看板娘と嫁がきた。
きまぐれで助けた命は、予期せぬ形で返ってきて生涯を忘れ得ぬ事柄となったのだ。
人生の相棒が来たという形で。
「そういえば、なんでその時川で溺れてたんだ?」
「あれはね。人生の中で最大の賭けをしてたの。」
「賭け?」
「素敵な旦那様となる人に助けられるか、そのまま命を落としてしまうかっていうね。」
「・・・。」
首元から腹へ、腹から下半身へかけてと鋭い鋼が裂いていき臓物を取り出しやすいように切り口を開く。
「・・・。傷をつけずに慎重に・・・、っと。」
身と同じ程冷えた手を中に入れ軟らかく壊れやすいものを掴み、潰さないように引きずり出して足元に置いてある桶へと放して入れ。
「さて、これでいいな。次は・・・。」
別のものへ手をつけようとすると、戸を叩く音が仕事場に届いた。
「ん?開いてるから入ってくれ。こちらは手が離せないんだ。」
その言葉が届いたのか、外にいた訪問者が戸を開けて中へと入ってくる。
すると、空間にあふれていた血の匂いと生臭さを朝独特の空気が流れ込んできて軽く作業場が洗われていく。
「おはよう。今日の分だが、いいか?」
「ああ、適当に置いておいてくれ。昨日の分の空はそこにある。」
「あれか。」
「そう、それだ。さて、代金を払おうか。」
水で満たしてある別の桶に手を入れて血と肉片で汚れ、臭いがついている手を清め。
手拭いで水分を落すと奥の座敷へ銭の入った巾着を取りに戻る。
「鳥の字、すまないが明日からものをもってこれそうにない。」
「おっ?どうした?」
金属のぶつかり合う音を鳴らしながら仕事場に戻ってくると、仕入れができなくなるという言葉が耳に入った。
「嫁の一人が身籠ってな。重身で海にはいらせるわけにはいかんから、ものが獲れなくてこちらへ卸せないんだ。」
「海にということは蛸の方か、懐妊とはめでたいな。重身に無茶はさせれんだろう。気にすることはないさ、それならこちらも祝いでちいと色をつけてやるかね。」
「色々悪いな。」
「得意さまだろう、祝いぐらいださせろよ。」
申し訳なさそうな声質だがしっかりと銭は受け取り懐へ収めている。
ちゃっかりした男だ。
「さて、もう一人が見てるが側にいてやりたいからな。そろそろ帰らせてもらうぞ。」
「そうか、また海に入れるようになったら頼む。」
「わかった。」
手を左右に振り、仕入先の一人である紅鳥は帰っていき仕事場に再び静寂が訪れた。
「さて、新しいものもきたし。続きといくか。」
作業をしていた台の前に戻り、再び水で手を清め。
銭の金物の匂いを落し上がってしまった手の温度を下げて桶の中に残っているもの俎板に置き仕事の続きへと移る。
身を開き、下して下拵えを済ませ商品にするための加工をしていく。
そのまま干すものは別桶に移し、それ以外はつけ汁に浸すものや塩を刷り込むものとに分けて運び1匹づつ丁寧に汁が身に染み込むように、塩が身に行きわたる様にしていき。
日が昇り始めるころまでその作業は続いた。
「一段落ついたし、そろそろ干しにかかるかね。」
卸の商人から魚を買い、捌いて干し。
それを販売する。
生業を干物屋なんてものをしてるから色々と気にしなければ仕事ができない。
前日に仕込んだものの所へ足を運び、奥に置いていた樽の元へ向かう。
「天気もいいから具合よくいきそうだな。後は・・・、風かな。」
外から入る日差しで光の加減は確認できるが家に入る風だけではその日の風量まではわからないのだ。
樽を運びながら戸を開けて庭へと出ると暖かな光と穏やかな風が肌を掠め、干すには丁度いい状態となっていた。
「これはいい。」
竹で組まれ、簾が斜めに掛けられた干場へと歩いていき。
樽に詰まっている仕込まれた魚を取り出して並べていく。
「そういえば今日の分はいいが明日からのを考えるとどこから仕入れをしないと・・・。」
紅鳥が持ってきてくれる分が明日から無くなることを思うと、それに対して埋め合わせをしなければいけない。
数が減るという事はこちらの商品もへるということになるからだ。
そんなことを考えていると。
「にゃ!」
まるで察したかのように後ろから鳴き声が聞こえてくる。
「藍か、いつも干物の見張りありがとう。今日は家の留守番も頼みたいんだけどいいかな?」
「にゃ?」
「友人の仕入れが明日から無くなるんだ。だから漁港へ用事があってね。」
「にゃ!」
「じゃ、よろしく頼むよ。」
人語を理解したように鳴くこの猫。
名前は藍。
半月程前に川で溺れていた所を助けてから妙に顔を出すようになり、最後には家に居着いてしまったのだ。
撫でてやろうとすれば逃げ、だが付かず離れずで側にいてくれる変わった猫だが・・・。
干してる干物に近づくものを追い払ってくれたり、家を留守にする時に番をしてくれたりと頼もしく。
信頼関係が生まれていて、色々と任せることができる。
まさかきまぐれで助けた猫がここまで尽くしてくれるとは思ってもみなかったというのが本音だな。
昼食を藍ととった後、漁港へ出かけていき新たな魚を仕入れる交渉をして回っていく。
希望の額や量数、時間などの条件が合う相手が見つかった時には日は傾き始め自分の店を開けるような時間へとなっていた。
「まずいな、そろそろ店を開けないといかんのに。」
落ちていく紅い陽を見ながら家路へ急いでいると、前方から干物を片手にこちらへと向かって常連客がやってくる。
店は開いてないし、この村にうちの他に干物屋はないし、また盗んできたというような感じも見受けられない。
「おう大将、出掛けてたのかい?」
「ええ・・・。」
「そりゃご苦労なことだ。でも早く帰ってやらないと嫁さんが一人で店やってるぞ?」
「えっ?」
嫁?
聞きなれない単語が耳に入る。
独り身だというのにそんな女性がいること自体初耳だ。
「とぼけちゃって、あんな可愛い女の子を娶るなんて羨ましいねぇ。うちのかかあとは大違いだ。」
「は、はぁ・・・。」
「おっと、あまり話してちゃいけねぇな。じゃ急いで帰ってやりなよ。」
何が何だかよく分からずに相槌を打ってるうちに常連客と別れることになり、自分でも把握できない状態になっていることだけがわかった。
「と、とりあえず戻ってみないとな・・・。」
目で見て確認しないとと思い店が視界に入るところまで戻ってくると、そこには見ず知らずの女性が忙しなくお客の相手をし商売をしている姿がある。
視線を上に向けて看板を見るが、そこには確かに自分の店である干物屋『肴』の文字が。
「自分の店だよな・・・。」
何度見直しても変わることもなく、落ち着きを取り戻してきたところで店に戻っていく。
「あっ、鳥丸。おかえりなさい、なかなか帰ってこないからお店準備して開けておいたよ。」
「・・・。ああ、ごめんな。」
胸倉ぐらいの背丈しかに小柄な身長の女性というか女の子が笑顔を向けて説明をしてくれている。
その笑顔に見惚れていると。
「外で干してたものもちゃんと入れておいたから、干物の方は心配しないでね。じゃ、お店の方に集中しよ。」
「わかった。」
彼女の言う通り今は店の方、お客の方が大事だ。
待たせていては失礼に値するからな。
「鳥丸の言う通りにするから、お願いね。」
「ああ・・・。」
店に戻ってからはこの娘に手伝いをしてもらい、時間まで問題なく仕事ができた。
いや、それどころか嫁さんができたからめでたいやら可愛い子がいるから奮発しようなど、彼女のお陰でいつもより干物が捌けている。
招き猫なのか?
この娘は・・・。
そして商品がなくなるという事態になり、最後のお客が帰ると。
手伝ってくれた彼女を奥の座敷に招き茶の一杯を振舞いながら話を聞くことにした。
「ありがとう。」
「労いの一杯だから気にしないでくれ。実際助かったんだからね。で、君は一体・・・。」
「うふっ。わからない?」
全身を震わせると、頭、髪の中からは獣の耳が、短い着物の裾の中からは解放されるように尻尾が姿を現す。
「耳と、尻尾・・・?」
目の前にいる娘。
獣の耳と尻尾があり、ここの事情に詳しい。
まさかと思うがそのような条件が当てはまるのは、一人。
いや、一匹しかいないだろう。
「まさか・・・、藍なのか?」
「あたり。驚いた?」
飄々と笑うその顔は世の男なら容易に惚れてしまうほど魅力的で、こちらもまた見惚れて頬が紅くなっていた。
「そりゃ、まあな。自分の助けた猫が物乃怪だったら驚かない方がおかしいだろう。」
「だよね。」
「まあ、物乃怪だろうが藍であるということには変わりはないだろう。今日の手伝ってくれた礼をしないとな。」
薄く染まった頬に気取られないように、立ちあがろうとすると彼女に作務衣の袖を掴まれ左右の釣り合いが取れずに尻もちをついて畳へと倒れ込んでしまった。
「・・・っ。あぶないな、藍・・・。」
尻に痛みが走るが、それどころではない。
仰向けになった状態で藍を見つめる。
「お金なんて必要ない。他に、他に欲しいものがあるの・・・。」
そういうと身を乗り出して上に覆い被さってきて、藍と自分の唇と唇が合わさった。
温かく柔らかいものが触れてくる。
軽く啄むような口付けをされていると途中から潤った何かが閉じた唇の中へと侵入してきた。
それが舌だと気が付くまでそう時間は掛らなかっただろう。
「さ・・・、い?」
「んっ、とりまる・・・。」
水が滴ると音と共に別の生き物ように己の舌を巻きつけてくる藍。
逃げようとも、からみつこうともしない自分の舌を丹念に愛撫され。
頭が霞みがかったような状態になると、こちらも相手の舌に合わせて口内を舐めまわし貪り合いながら肉の感触を楽しみあっていた。
求めるように唾液を啜り合い、差し出すように己の唾液を舌に乗せて相手の口内へと送り続ける。
無我夢中で行為に没頭していると、鼻腔をくすぐる匂いが鼻へと染み込みその香りに浸っていく。
雌の匂いなのだろうか。
身体の芯まで染まりたく、きつく彼女を抱き締め香りを自分のものにしようとする。
それは藍も同じなのか同じ様にこちらへと腕を伸ばして離れまいと力を入れてきた。
永久にこの状態が続けばと思っていても、興奮だけは互いに増していく。
小振りの胸に固くなったものが胸板に押しつけられ、また怒張したものが相手の性器付近を擦りつけている。
気付いているが唇を離すつもりはなく、次の行為へ移りたいがきっかけがない。
接吻だけでも、と鈍い思考は考えるが彼女は違った。
片方の手をゆっくりと胸板へと添え、撫でまわすような軌道で腹部へ手が伸ばされていく。
くすぐったくも肌の過敏な所を心得た触り方で腹部から腰部へと滑らせていき。
最後にはもっとも触れて欲しい男根へとたどり着いた。
「あはぁ、硬い・・・。」
「・・・。」
先程まで接吻していた唇は唾液で潤い、光悦した顔はどの女の顔よりも美しい。
そんな表情をしながら藍は作務衣の隙間から中へと手を入れてくる。
冷たく小柄な手が熱く、硬くなったものを掴み、やさしく、そしていやらしく上下へと擦り始めていく。
「っ!?」
「はぁ、凄く大きい・・・。」
うっとりと男根の大きさを楽しみながら、強弱をつけて彼女は精を熟成させて始めた。
奥から汲み上げ、全てを吐き出させ、極上のものが自分へと与えられるように。
触れるか触れないかの握り具合や締め付けるような強い刺激、股から聞こえる粘液を掻き混ぜるような音も快楽の一部へと変わっていく。
「藍・・・。だ、射精したい・・・。」
懇願するように、悦欲を与えてくれる本人に頼むと。
「だ、め。」
意地悪をするように拒否をされる。
「さ・・・、い。」
藍は竿の根元を強く握り、射精を妨げて。
「いまは駄目・・・。ねっ。」
ここで出しては駄目という表情をするが、こちらはもう限界なのだ。
迸りそうになる度に力を込められ、先ほどから更に怒張して身体は色欲に染まっていく。
「射精するならここで射精してくれなきゃ。」
もう充分だろうと判断したのか彼女はもう片方の手で精を吐き出して欲しい場所をさすり。
「きて。」
擦るのをやめて握っていた男根を離し畳へ寝転がると。
帯を緩めて着物の裾をたくし上げ、自らの乳房と秘所をさらけ出してこちらを求めてきた。
欲してくる淫らな姿に喉を鳴らし、下半身を解放すると藍へと覆いかぶさり一気に中へと侵入させていく。
「にゃ!?い、いきなり。お、お、お、おくに・・・。」
艶めいた肉へ一気に埋めていく肉棒。
待ち焦がれ、限界にまで達していたものに止める術などない。
「さい!さい!さい!」
「まっ、まっへ!おし!おしひろ!おしひろげられりゅ!おしひろげられりゅの!」
子宮口を男根が小突く頃には理性の糸など切れており。
雌を求め精を植え付けるための雄へとなっていた。
乱暴に腰を振り、銜え込んだ淫肉からさらに快楽を得ようとする。
秘所からは愛液が漏れだし、肉棒で掻き混ぜられて泡を上げて潤滑を手助けしていくが速度が速いためかあまり役に立っていない。
「・・・!・・・!」
もう言葉などでない、絡みついてくる肉を引き剥がしこちらの肉で押し広げていくだけの繰り返し。
「あがぁ!?はげっ!はげっし!はげしすぎりゅ!かはぁ!?」
彼女も舌が回らなくなり呂律が怪しくなっているようだ。
だが、今はそんなことは関係ない。
「ふぅー!ふぅー!」
「あぐぅ!あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、っ!」
荒々しい息遣いと、自分の許容量を超えた快楽に染まっていく藍の声に座敷が埋もれていき。
「ひぃぐぅ!あぅ!あぅ!あぅ!あぅ!」
呼応し、強弱をつけながら搾り出そうとしていた秘肉は続けざまに送られてくる刺激に根を上げて痙攣を始め。
肉棒を締め上げてきた。
今までの比ともならない快楽に、止められて奥でくすぶっていた精が駆けあがってくる。
溜まっていたもの、止められていたもの、熟されていたもの、奥底にあったもの、その全てが絶頂の刺激に呼び起こされて男根から弾け飛んだ。
「あひぃぃぃぃぃ!あがぁ!?あ、つっ!あつぃいぃぃぃぃ!」
尽きることなく膣へと注ぎこまれる精液。
自慰をしてもこれ程まで出た記憶もなく、人だろうが物乃怪だろうと孕まないわけがないというほどの量が射精ていく。
「ううぅ!まだだ・・・。」
一滴残らず、膣内へと注ぎこむ為に軽く腰を動かし最後の最後まで藍の膣肉へ精を吐き出しいる。
溢れんばかりのものが射精たと思ったが痙攣し締め付けてくる秘肉とまだ出したりないのか膨張を続ける肉棒がきっちりと栓をしているため外に精が出てくることはない。
「あはぁぁぁぁ・・・。とり・・・、まる。」
「さい・・・。」
涙目で意識が朦朧としている藍と一言だけ交わすと、彼女の唇を奪い再び腰を動かし始めた。
「んんんんんぅ!んんんんぅ!」
激しくまぐわい合い、双方から汗が滴り流れ。
雄と雌はまた互いの箍が外れていく。
甘美な香りは脳に染み渡り、もはや相手なくしては生きていけないというほどに求め合う。
「んぅ!んちゅぅ!んんんぅ!」
「むちゅっ!ちゅぴゅっ!」
舌を這わせて肉を楽しみ、舐り合いながら唾液を啜る。
上下から耳に入る水が跳ねる音は興奮を誘い、肉棒も膣肉も肉の硬さとうねりを楽しむ。
「じゅぷ。ぴちゃぴちゃ、じゅるるるるっ。」
どちらの声とも音とも区別が付かない。
肉がぶつかる音が、飲み込まれる濁音が、啜り合う吸音が、更なる快楽を与え。
ただただ消えることのない滾りを、求めれば求めるほどにこの雌がこの雄が自分の為にいるのではないかと思う一体感を、何度でも精を受け、何度でも精を放てそうな悦に浸っていく。
「ちゅぴゃ。だめ!だめ!だめ!だめ!だめぇぇぇぇ!」
「さい!さい!さい!さい!さいぃぃぃぃ!」
再び込み上げてくる射精感が、痙攣している膣を更に震わせる締め付けが男根を膨らませ、膣肉を締め上げていき。
擦れる度に戻りかける理性を削り。
雄と雌は快楽に染まっていった。
「ああぁ・・・。あひぃぃぃぃぃぃ!」
「うぅ!」
奥から湧き出してくるものをまた藍の膣内へと放ち、彼女も絶頂を迎えると。
どちらともなく意識を失い、暗い闇へと落ちて行く。
意識が戻ったのは瞼に日の光が当たり、浅く起床時間を告げる伝達が身体をめぐったからだ。
薄目を開けて入ってくる光の色を窺うと紫色の空が見え、鳥の囀りが耳へと届いた。
それと同時に肌寒い感覚と温かい感触の両方が肌へと伝わってくる。
「はっ、くしゅ!」
肌寒かったのは昨晩布団もかぶらずに裸で寝てしまった為であると肌蹴た作務衣を見て確認でき。
暖かい感触は抱きついたまま寝息を立てている娘のものだというのもわかった。
「夢ではなかったか・・・。」
人語を理解でき、付かず離れずの距離をとられていた猫。
だが、信頼はでき信用を得るほどの事をしてくれ。
最後には自らの正体を明かしてまで助けてくれた。
そんなこの子を・・・、と考えていると。
「うぅ・・・、ん。」
彼女が目を覚ます。
「鳥丸・・・?」
「おはよう。」
瞼をこすりながらこちらへ顔を向けてくれる仕草はなんとも愛くるしく。
顔が紅く染まっていくのが自分でも分かる。
「鳥丸〜っ。」
半分眠りについているだろう藍は、顔を擦りながらまどろみを楽しんでいるようだ。
「なあ、藍・・・。」
「どうしたの?」
「本当の嫁に、ここに嫁いでくれないか?」
「えっ!?」
いきなりの事に驚いたのだろう。
身体を起こしてこちらをじっと見てくる。
「いいの?いきなり現れて、その上襲ったも同然でいま隣にいるんだよ?」
「いや、まあ襲われたんだけど気持ち良かったし・・・。それに・・・。」
「それに?」
「一目惚れしたんだよ。おまえに。」
「・・・。」
「働いてる姿に、正体を明かしてくれたときの仕草に、求めてくれる姿に惚れたんだ。」
「本当に?」
「本当だとも。」
起き上がっている藍を引き寄せて抱きしめ、本当だという事を教えてやった。
「どうだ?それに信頼は半月前から培ってきてるだろ?」
「そうだったね。うん・・・、不束者ですかこれからよろしくね。」
この日から干物屋『肴』に看板娘と嫁がきた。
きまぐれで助けた命は、予期せぬ形で返ってきて生涯を忘れ得ぬ事柄となったのだ。
人生の相棒が来たという形で。
「そういえば、なんでその時川で溺れてたんだ?」
「あれはね。人生の中で最大の賭けをしてたの。」
「賭け?」
「素敵な旦那様となる人に助けられるか、そのまま命を落としてしまうかっていうね。」
「・・・。」
12/01/08 00:12更新 / 朱色の羽