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第九章 純粋な微笑み 中編
 私達は何をしていたんだろうか。
 森に侵入してきた者を見張る役割を忘れて歌に聞き惚れていたなど末代までの恥だ。
 木々の上を飛び移りながら仲間との合流地点へと向かっていく。

 「それにしても懐かしさがある歌だったな・・・。」

 「ああ・・・。」

 「お前達、何を言っている。早く戻るぞ。」

 『りょ、了解。』

 確かに、あの歌はどこか懐かしい感じがしたな。
 集落手前の合流地点へ行くと、すでに男達が待っていた。

 「早かったな。もうこちらへ来ているのか?」

 「いや、勘付かれたから撤退してきた。奴らはまだ湖にいる。そちらはどうだった?」

 「南側の触手群に大雑把だが道が出来ていたよ。どうやら刈り取りながら進んできたらしい。俄かに信じられないがな。」

 「それだけあいつらに実力があるということだろう。だが所詮は人間だ。まずは村に戻り後発の隊を出して監視を続行し、我々は休息をとる。消耗したものの補給を忘れるなよ。」

 『おう!』

 後の予定を確認して、集落へと戻っていく。
 その途中、前任の隊長だった男が話しかけてきた。

 「隊長になって少し経つがどうだ?調子は。」

 「皆よくしてくれているから特に困ったことはない。」

 「そうか、何かあったら言ってくれっ・・・。痛い!痛い!」

 前任の隊長、ガタは隣にきた女性にわれわれの特徴ともいえる耳を引っ張られて目尻に涙を浮かべ彼女の方へ振り向かされる。

 「アタシという婚約者がいながら堂々と妬けることしてくれてるじゃないのさ。」

 「違う!リガス。誤解だ!誤解!」

 「少しは灸がいるのさ!」

 二人の痴話喧嘩を見ながら隊の全員が笑いながら集落へと戻っていった。



 そして時間は進み、私達はさきほどの侵入者達を集落へと連れて歩いている。
 こいつが下等で野蛮な人間ならば強制的に追い払うなりできたが、古代エルフ語を解していた。
 これはエルフの民しか知らない言葉。
 話せるのならば何所かしらのエルフの民と交流を持っている証となる。
 そんな人物を例えドワーフと一緒にいても無下に扱うわけにはいかない。

 「一枝を杖に・・・。呆れた奴だ。」

 「だが、古木でないと思ったような力は出せない。素材の質とは重要なことなんだよ。」

 「なるほどな。それで、そこのドワーフは我等の男性陣をキョロキョロ見てどうしたというのだ?」

 「あら、気づかれた?ごめんさい。只、女性化してないんだなと思ってみてたのよ。」

 「目敏いな。さすがドワーフといったところか。」

 「褒めてるの?」

 「さあ、どっちだろうな。その理由はおいそれと話してやるわけにはいかん。」

 話してやる義理もないので答えずに村へと進んでいく。
 しばらく歩き入口である門へとたどり着いた。

 「御苦労。」

 「御帰りなさいませ!ミラ様!そやつらは・・・?」

 「森へ侵入してきた人間とドワーフを含む魔物娘達だ。」

 「なぜこんな下等な奴らを集落へ?」

 理解できないといった表情で後ろの連中を見ながら門番の男が聞いてくる。

 「こいつ、この人間が古代エルフ語を解せたからだ。長老へお伺いを立てて処遇を決める。」

 「古代エルフ語を・・・。そうでしたか失礼をしました。」

 「いや、気にすることはない。通るぞ?」

 「どうぞ。」

 門番に許可を得て、中へと入り集落の奥へと進むと住人の視線が場にそぐわない彼らへと集まりだす。

 「旦那様、視線が痛いんだが・・・。」

 「あう、見られてる。」

 「いい見せもの状態ね。」

 「人間やドワーフ、他の魔物娘は基本避けているからな。」

 「だろうな。」

 「さて、長老をお呼びしてくる。ガタとリガスは見張っていて残りは解散だ帰って休んでいてくれ。」

 『了解。』

 私はそのまま長老のいる家へと向かい、中へと入っていった。

 「失礼します。お爺様、古代エルフ語を解す人間がハラと交渉したいと大森林に侵入してきました。我々の一存では決められないので処遇をどうされるか決めていただきたく連れて参りましたが如何しますか。」

 「ふむ、古代エルフ語をな・・・。直接会ってみよう。」

 安楽椅子に座っていた身体を起こし、外へと進んでいく。
 手を貸そうとするが拒まれ、長老は彼等を待たせている場所へと歩きだした。
 ゆっくりと家を出て、その足で彼らの元へと向かう。

 「この人間が古代エルフ語をのう・・・。」

 長老と彼等が対面すると、人間の男が突然片膝を着き腕を交えて肩に添えて喋り出し。
 他の魔物娘も同じ様な動作をしだす。

 「−−・−− −・ ・・・ −−・−・ −・−・・ ・・−・・ −・・−・ −−。−・− ・−・・・・ ・・−・・ −・・−・ −−・−・− ・−− ・・− − ・・−− ・−・ ・・−− −・・−・ ・・−・・ −・−・。『あたらしき ともよ。わがとも しゃうむのなのもとに』」

 そして交えていた両手を解き、今度は地面に着け。

 「−−・−− ・・・ −・ ・−・ −・−・・ −−−・−・・ ・−・ ・−−− − −−−・− −−・・−・・ −・ ・−。『あたらな きずなを むすびたい。』」

 そう話すと、長老も同じ様に片膝を着き両腕を交えて肩に添え喋り出し。

 「−−− ・− −・ −・・・ −−・−・ −・−・・ −・・−・ ・・−− −−。『れいただしきものよ。』」

 男がしたように両手を解き、大地に触れて。

 「−−−・ ・−・ −・ ・・・ ・−−− ・・−・・ −・・−・ ・・−・・ −−・−・ ・−・−− − ・−・・ −・−−− −− ・・−−。『そなたらを ともとしてむかえよう。』」

 会話が終わると辺りの者からどよめきが漏れてくる。
 それはそうだろ。
 我が種族が人間やドワーフを友として認めることなど集落の歴史の中でなかったことなのだから。

 「儂の名の元にこの方達を友とする。皆のものよいな。」

 誰もなんの反応も出てこない。
 だが長老の決定は絶対だ。
 こいつ、いやこの方達は今から友となる。

 「さて、自己紹介じゃが。プロゴノス・デスモス、このエルフの里を治める長老をしておる。そしてこっちが孫娘の・・・。」

 「ミラ・デスモスだ。」

 「俺はエルフィール。彼女達は仲間のリザードマンのスパスィ。」

 「よろしく。」

 「サイクロプスのルヴィニ。」

 「よ、よろしく。」

 「そしてドワーフのアルヒミアだ。」

 「なんでアタイだけ最後なの?まあ、いいわ。よろしくね。」

 長老とエルフィールが握手を交わして、私も皆と握手をしていく。

 「御主はハラに会いに行くんじゃったな。今日はじきに日も沈む、うちに泊まって明日向かうとよかろう。ミラ、ガタ、リガスそれに皆の衆も解散してよいぞ。」

 『はい。』

 二人とも自分の家に帰っていき、エルフィール達を見に来ていたエルフ達も帰って行った。

 「家に戻ろうかの。ミラ、戻らんようじゃが御主はどうするんじゃ?」

 「私はご一緒してお爺様の家にいきます。友と認めた人を信用してないわけじゃないですが・・・。一応ということで。」

 「一応とは何じゃ一応とは、素直に気になるからついてくるといえばよかろうに。」

 からかうように長老は帰路につき、私達もその後をついていき長老の家へと向かう。
 別に気になっていたわけではない。
 一応だ、一応・・・。
 そう心の中で呟いた。

 「世界中を旅して知識をのう。そりゃご苦労なことじゃ。」

 長老の家に着いた後、夕餉の時間となり食事を取りながら彼等と談話し。
 ここまで来た軌跡と外の世界の話に私と長老は耳を傾ける。

 「旅は好きですので苦労は感じません。ところで最古の樹なんですが・・・。」

 「そうじゃったそうじゃった。しかし、あやつになんのようじゃ?」

 「はい、一枝程分けて欲しいと思いまして。」

 「ふむ、何をするかは聞かんがあやつは気むずかしいからのう・・・。ミラ、御主一緒にいってやってくれんか?」

 何の前触れも無しに私に指名がきた。

 「私がですか?」

 「そうじゃ、エルフと一緒に行けば多少なり話はしやすくなるじゃろう。」

 確かに交渉ならば人間一人で行くよりも森の民であるエルフが同行すれば成功する確率は上がるだろう。
 

 「わかりました。御命令ならば・・・。」

 「ありがとう。ミラ。」

 「気にするなお爺様の御命令だからな。」

 ハラに行く彼に同行するという命を受け、注意の一つでもしてやろうかと思っていると。

 「大変です!森に火の手が!東側から燃え広がっております!」

 「なんじゃと!」

 「なに!」

 私は急いで物見やぐらへと向かい、上に昇ると東の方角をみる。
 すると、遠くに朧気ながら紅蓮が夜の闇を照らしているのが分かった。

 「どうなっている?」

 「わかりません!今ガタとリガスが伐採隊を組まれているようですが・・・。」

 「そうか、引き続き監視を!集落が危なくなるところまで来たら躊躇なく避難指示を出せ!任せたぞ!」

 「了解!」

 指示を与えると、伐採隊が組まれている方へと急ぐ。

 「ガタ!どうなっている?間に合うか?」

 「ミラか!分からないがやれるだけのことはしないといかんだろう!指揮はお前が取るか?」

 「・・・。」

 どちらが指揮をとるのが最良か・・・。
 そう考えているとエルフィールが集落の外へと駆けていくのが目に留まる。
 何をする気だ、彼は・・・。

 「すまん、伐採隊はガタが集落の方はリガスが総指揮をとってくれ。私は気になることがあるのでそちらへまわる。」

 「わかった。気を付けていけよ。」

 「ああ、そちらもな。」

 ガタとリガスに全て任せてエルフィール後を追う。
 火事の方へ向かうのではなく、別の方向へ。

 外へ出て、木の上に飛び移ると枝のしなりを利用して反動をつけて速度を上げ後を追っていく。
 しばらく進んだところでようやく追いつけた。
 どれだけ足が速いんだ・・・。

 「エルフィール!」

 「ミラか。どうした?」

 話しかけるがエルフィールの速度は落ちず、距離を離されないようについていきながら会話をする。

 「それはこちらの台詞だ!どこへ行く!」

 「近くの水源だ。長老に聞いた。」

 「そこへ行ってどうする気だ!まさか水でも運ぶつもりか!」

 「そのまさかだ。」

 「なんだと!?そんな事が・・・。」

 「俺ならできる。だが説明している時間がない。」

 確かに、伐採隊の仕事が間に合えばいいが下手をすると隊に危険が生じてしまう。

 「わかった!信じよう!私に手伝えることはあるか!」

 「ある。すまんが一緒に来てくれ。」

 そして私とエルフィールは彼等が野営していた湖までやってきた。

 「まずは呼吸を整えてくれ。」

 結構距離を全力で走り、息の乱れた私に対し。
 エルフィールは平然としている。
 なんなんだこの人間は・・・。
 少しづつ息が整ってくると、手の平に卵ぐらいの大きさの硝子玉を手渡された。

 「湖の中、腰が浸かる辺りまで行くぞ。」

 「了解、しかしこの時間の水は冷たいな。ところで、これは?」

 「温めてくれる陽がないからな冷たいのは仕方がない。それは術具、法術というものを使ってもらう。」

 「法術・・・。」

 聞いたことのないものだ。
 私のその法術が使えるのだろうか。

 「取り扱う手順は説明するし、手助けもする。だが、発動するかは感性と秘めたる力の強さにかかっている。頼んだぞ。」

 「責任重大だな。」

 話をしているうちに丁度いい深さの所まで到達する。

 「よし、ここら辺でいいだろう。火事は・・・。」

 エルフィールがそういうと私の身体を一迅の風が駆け抜けていく。

 「まずいな、燃える速度が予想よりも速い。近くで作業しているエルフ達の所まで少ししか距離がない。それに・・・。」

 「なに!?なぜわかる!」

 伐採隊のすぐ側まで火が来ていると聞き、彼の言葉を遮り理由を聞くが。

 「説明してる時間はないって。まずはその硝子玉を握り締めてくれ。」

 「わ、わかった。」

 答えてはくれない・・・。

 「次は自分の中に力の塊がある所を想い絵描く。」

 そこから法術の使用法から発動までの手順をゆっくりと説明してくれた。

 「最後に詠唱だ。今まで練ったものを外へと出す為に扉を開ける作業と思ってくれ。」

 「ああ、それで何と唱えればいい?」

 「俺が発動させるから、その詠唱を後からなぞればいい。いくぞ!」

 「いつでもいいぞ!」

 エルフィールの口から何か優しいものが聞こえだす。
 そう、あの明け方と同じものが・・・。

 流よ目覚め 水よ昇りたまえ

 空を覆い 頬濡らす 一筋の雫よ

 彼に続いて唱えると、手の平に乗っている硝子玉の周りで変化が起きていく。

 零れた涙が 癒す 全ての命へ

 降り注ぐは 安らぎ 母の温もり

 先ほど教えられた想像を具現化するように水が吸い込まれて集まり、空へと登って行き始めた。
 隣の彼の手でも同じような現象が起こっている。

 流すは愛しき 音と声

 還るのは 母の元 祖の元へ

 天に舞い上がった水はうねりながら燃え上がっている森の方へと進んでいく。

 きっと 包んでくれる

 きっと 微笑んでくれる

 ここからではどうなっているかは見えない。
 何が起こっているかすら。
 今わかるのは湖の水が天に昇り、火事の真上に向かっていったということ。

 愛をもって きっと・・・。

 そして詠唱が終わると器に入った水をひっくり返したかのような水飛沫の音が微かに耳届くだけ。
 だが届いたのは本の一瞬で、音が去った次に訪れたのは凄まじいほどの虚脱感。

 「おっと、ミラ。大丈夫か?」

 力が抜け崩れ落ちる身体をエルフィールに抱き留められ、湖の中に沈むということは避けられた。

 「すまない、力が抜けてしまってな。それよりも火は?」

 「大丈夫、ちゃんと消えてるよ。」

 「そうか、良かった。」

 安堵していると彼は私の脚に手を持っていき抱きかかえにくる。

 「な、何をするんだ。」

 「普段使ってない力を使ったから虚脱感が来てるんだよ。連れて帰るから大人しくしてくれ。」

 「待ってくれ!休めば治るからこのままいくな!集落のものに見られたら恥ずかしいだろう!」

 現に顔が紅くなっているのが自分でもわかり。
 なんとか降ろしてもらおうともがくが身体に力が入らずそれは叶わなかった。
 なぜ、このような目に合うんだ私は・・・。

 「歩くこともままならないだろう。休むにしても自分が一番落ち着くところの方がいいに決まってる。恥ずかしいのぐらい我慢しろ。さあ、いくぞ。」

 「ちょっと待って!待ってぇ!」

 休めば大丈夫という案も聞いてもらえずに、エルフィールに抱きかかえられ帰路につく。
 途中、彼の身体の温もりと匂いが私の中にある何かを疼かせるのを感じた。
 なんなんだこの人間は・・・。
 集落に帰り着くと住人の皆と長老が迎えてくれ。
 無論、エルフィールに抱えられた状態を晒してしまうことになった。

 「おぉ!どうしたんじゃミラ!」

 「すいません、ちょっと力が抜けてしまいまして。」

 「ふむ、あれだけの火を鎮火させたんじゃ。気も抜けるじゃろうて、誰か。ミラを自宅まで運んであげなさい。」

 「はっ。では、私が・・・。」

 リガスがこちらへとやってきて肩を貸してくれて私はそのまま自宅へと戻っていく。

 「友よ!ありがとう!」

 後ろから長老が何か叫んでいるが今は休憩が先決だ。
 それにこれ以上あの場には居たくない。

 「で、ミラ。貴女何があったの?」

 「何がだ?」

 「何がだ?じゃないわ。あのエルフィールとかいう人間と集落を飛び出していって、それからあの豪雨の様な音が鳴って火が消えたのよ。何かあると思う方が自然よ。」

 「そうか。だが、私はあれをしたことに協力したに過ぎないんだ。そしてたらこの様だよ。」

 「そうだったの。それでもう一つ。ミラは彼の事どう思ってるの?」

 「どう思ってるって、大森林を救ってくれた人間だろう。」

 「それだけ?」

 それだけって、何を言ってるんだリガスは・・・。
 彼は、エルフィールは大森林を救ってくれた。
 ただそれだけのこと。

 「それだけだ。」

 「ふぅん・・・。」

 何か言いたげだが、聞こうとする前に私の家に到着してしまい。
 この話はそこで終わってしまった。
 
 その夜、体が軽く火照り目が覚めてしまう。
 水を飲んでもそれは治まらずベッドの上で横になり睡魔が来てくれるのをジッと待つ。
 眠れない中で考えていたのはエルフィールの事、彼の歌っていた唄や火事を消すために使っていた力。
 そして抱きかかえられた時の匂い。
 リガスがあのような事を言うから妙に意識してしまう。
 結局寝る事が出来たのは日が昇り始める少し前からだった。
12/01/27 17:36更新 / 朱色の羽
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■作者メッセージ
今回も中編となりました。

アグノスの大森林で起きた大火災。
火元はわからぬまま鎮火となりましたが、真相は十一章で明らかになり。
そして何か葛藤しているミラ嬢。
彼女の気持ちが明らかになるのは次章となっております。

感想、御意見、誤字脱字報告等ありましたら感想やメールでお願いたします。

スパスィ・アルヒミア・ルヴィニ「今回出番が少ない!作者!」

朱色「じ、次回!次回はいいことあるから!」

三人「本当でしょうね?」

朱色「は、はい!」

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