連載小説
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第八章 純粋な微笑み 前編
 「ふんっ!」

 「せりゃ!」

 鋭い二つの刃が獲物を斬り裂き、生々しいものが地面に落ちていく。

 「しかし、こいつらどこまで生えてるんだ?」

 蔦をうねらせながら襲いかかる機会を窺う無数の触手達。

 「かなり広大に生息してるな。当分は抜け出せないぞ。この先にあると思うんだが・・・。」

 「わからないのか?」

 「現状の具合だとまだよくわからないな。」

 今俺達はアグノスの大森林を進んでいる。
 古地図を見たり、長く生きてる人間や魔物娘達の話を聞いてここに来たわけだが。
 聞いていたものより触手が大森林を侵食しているようだ。
 広く視界に入る触手に覆われてる状態で道を作ることすら困難な状況、火で焼きつくすにも他に被害が出そうでかといって一本一本斬っていくわけにもいかない。
 そこで俺は斬撃を飛ばして大雑把に広く刈り取って通路を作り、道すがら潜んでいたものをスパスィと斬り裂いていく。

 「で、私と旦那様で道を切り開いてる最中に二人は何をしてるんだ?」

 彼女の言葉で視線を下に向けると、斬り落とされてのたうちまわっている触手を捕まえて何か作業をしている。
 アルヒミアが切断されたものの尾部から刃を入れて先端まで裂き、皮を剥がす。
 その皮は巻かれてポシェットに中に入れられて、中身はルヴィニに渡され彼女は次の触手を裂きにかかる。
 ルヴィニはアルヒミアから渡された中身を搾汁機の様なものに入れ、力を加えて搾り出してとれた液体を瓶の中へと入れていく。

 「それはね、素材集め。」

 「触手の皮は鞣せば滑り止めに使われるし、細く裂いて編み直せば弓の弦や服の繊維になるの。」

 「それと体液のままだと。び、媚薬になるし乾燥させて粉末にして他の樹液に混ぜると強力な接着剤にもなるんだ。」

 話しながらも作業をこなす二人を見て感嘆の声がでる。

 「なるほど、用途が多いのか。勉強になるなっ・・・。とっ!」

 隙だらけの二人目がけて伸びてきた触手を斬り、安全を確保しつつ道作りに戻る。
 昔行った世界では昆虫が集めた体液を接着剤にしたり、その体液を煮詰めて素材にした事を思い出し懐かしみながら通路を作っていった。
 日は落ちて夜となり、更に生き物は寝ているであろう時間帯。
 俺達はまだ触手の群れの中にいる。

 「エル・・・。まだ抜けないの?」

 「うぅ・・・。エルさん、眠いよ。」

 「もう少しだから二人とも辛抱してくれ。」

 昼過ぎからこの中に入ってずっと神経が張った状態では肉体も精神も参ってしまうだろう。
 だが、こんな場所で休憩をしていては休まるものも休まらない。
 早く抜け出すために進む速度を上げていく。
 幸い明かりを得るために灯した松明の炎を触手が嫌がって積極的に襲ってくることはなくなった。
 その代わり足元への注意を払わなければ地表から忍び寄ってくる輩が現れる。
 油断できない奴らだ。
 その後、ようやく触手の森を抜けた俺達は大きな湖に辿り着いた。

 「ふぅ・・・。なんとか切り抜けたか。今日はここで野宿かな。」

 「旦那様そろそろ降ろしていいか?いくらアルヒミアでも荷物付きだと重いんだが・・・。」

 アルヒミアと二人分の荷物をもったスパスィが少し苦しそうにこちらを見る。

 「こっちもルヴィニと二人分の荷物を持ってるんだ。もう少し我慢してくれ。今周囲を調べるから。」

 「わかった。」

 目を閉じてゆっくりと風が、流れが八方へと広がっていく様子を想像して力を想像へと込めていく。
 身体の周りに風が少しづつ巻き起こり始め渦巻いていき、そして八方へと流れていった。

 「風が旦那様から流れて出していたようだったが、なんだったんだ?」

 「これは風の流れ方で物の位置、大きさなどを知る事の出来る特技さ。」

 「便利なものだな。それで何がわかった?」

 「とりあえず、触手の森からかなり離れたことと、動物が数百匹、魔物娘が単独行動してるのが五十名、集団行動しているのが七十八名、集落らしき場所が一つと広い場所が一つ・・・。周囲には危険なものはないぐらいだな。」

 「なるほど。で、ここで野宿するのか?」

 「ああ、流石に二人とも寝ている状態で何かに襲われたら負担が大きいからな。スパスィは最初に休んでくれ、俺が見張っておくから。」

 「いいのか?先に休んでも。」

 「構わない。日が昇り始めれば二人とも目を覚ますだろう。その後休まさせてもらうさ。」

 「わかった。」

 俺とスパスィはルヴィニとアルヒミアを降ろして、簡易天幕を張り彼女達を中へと寝かせると火を熾し野宿出来る環境を整えていく。

 「では旦那様。先に休まさせてもらうよ。」

 「うん、見張りは任せておけ。」

 全てを終えてスパスィも天幕の中で休息に入る。

 「さて、時間潰しに術具でも作るか。」

 彼女が天幕へ入ったのを見届けて、自分の頭陀袋に入れているあるものを取り出す。
 それは硝子で出来た玉で玉子ぐらいの大きさだ。

 「こいつは水の法術用にして・・・。ルーンを刻むか凡字を刻むか、神代文字でもいいな。」

 不二の鎚で買った彫刻用の小刀を取り出して 硝子玉に文字を刻んでいく。
 一文字一文字己の中の力を刻みこむように、媒体となるモノへの回路として文字を輪状に彫っていった。

 「次は水に浸して術具に水の力をいれてっと・・・。」

 湖の畔。
 浅いところにさきほど彫り込んだ硝子玉を置き、術具に力を満たす。
 呪術と違い手間がかかるが負担は法術の方が少ないから、使い分けが大事だよな。

 「今度は呪術用の術具でも作るかな・・・。」

 もう一個硝子玉を取り出して、今度は全体を埋めるように文字を彫っていく。


 ???の視点


 皆様、ここまで読んで頂きありがとうございます。
 さて、今エルフィールが言っていた呪術と法術。
 そして術具について簡単に説明します。

 呪術とは別の場所にあるものを転送して対象に放つものでして、また法術とは現地にあるものに干渉しまして対象に放つものになります。
 また術具とは呪術では転移機関、法術では干渉機関としての役割があります。

 という訳でございまして、彼の使う術、彼が教える術の一部にはこの法則が適用されて発動します。
 詳しく書くと長くなるので設定資料を設けたいと思います。
 新着には載りませんがそちらをご覧ください。
 以上朱色の羽でした。


 エルフィールの視点


 「流石に焚火の明かりだけだと彫りにくいな。」

 目頭を押さえながら途中まで彫った硝子玉を星明かりに翳し出来栄えを見ていく。

 「だが、彫り終えとかんとなぁ。」

 再び焚火を明りに術具を製作する作業に戻り、一文字一文字刻んでいくうちに自然と鼻歌が漏れ。
 口からも言葉が、歌が零れていった。

 星が歌うこの空で 口ずさんでる風乃唄 

 君は何を見ているの 同じ空 同じ星 

 見えているなら共に歌おう この風乃唄

 口ずさむ限り 君は独りじゃない

 隣では 同じ唄を歌っているから

 さあ 心のままに さあ 共に歌おう 全てに流れる風乃歌

 人が歌うこの唄を 鳥も一緒に口ずさむ 唄に壁はない

 人も 鳥も 木も 共に歌えるこの唄を

 口ずさめば繋がりあえる

 さあ 心のままに さあ 共に歌おう 世界を駆ける風乃歌

 「ふぅ・・・。これで呪術用が一個か。」

 作業が終わり小刀を置くと小鳥たちが飛び立つ音と動物達が茂みを掻き分け逃げていく音が響き渡る。
 どうやら俺の拙い歌を聴きに来ていたようだ。
 鳥や動物達が立ち去った後を目で追いながら視線を戻すと、天幕からスパスィ、ルヴィニ、アルヒミアが顔を覗かせいていた。

 「どうした?まだ寝てていいんだぞ?」

 太陽はまだ顔を見せ始めたばかりで起きる時間にはまだ早い。
 スパスィはともかくとして二人が起きているのに俺は驚いている。

 「いや、優しいものが聞こえてきてな。」

 「うん。聴いたことはないけれどどこか懐かしい。」

 「それで自然に目が醒めちゃったのよ。」

 どうやらこの三人は唄を聞いて起きたようだ。

 「そうか、悪いことしたな。」

 「気にしないで起こされたなんて思ってないから。」

 スパスィとアルヒミアも首を縦に振り、ルヴィニに賛同する。

 「しかし、起こしてしまったのは事実だからな。どうだろう少し早いが朝食にするか。」

 「寝直すのもなんだからな。そうするか。」

 「そうね。早起きするのもたまにはいいかもね。」

 「うん。」

 「どうだろう、そこの君達も食事にするが食べていかないか?」

 「!?」

 木の上からこちらを見ている複数の影に声をかけるが、俺に気付かれていたことを知ると木々を飛び移って森の奥へと消えていった。

 「いってしまったか。残念だ。」

 「エルさん、あれは?」

 「人型の気配ではあったが、人ではなく魔物娘のどれかの種だろうな。」

 「あれはたぶんエルフ・・・。」

 アルヒミアがぼそりと呟く。

 「エルフ・・・?情報を聞いた時に噂程度で知ったが嘘だと思っていたぞ。」

 「アタイもちょっと前に噂で聞いた程度だったわ。アグノスの大森林の奥にエルフの集落があるって。本当にあったのね。」

 あまりあって欲しくないという顔をするアルヒミア。
 そういえば、エルフとドワーフは犬猿の仲だったな。
 だが、エルフ達なら目的のものを知っているかもしれない。
 これだけ広大な森の中で一つの情報も無しに探すのは厳しいところがある。
 風で探すにも対象がどんなものか分らなければただの木と判断してしまうだろう。
 アルヒミアには悪いが彼らから情報を手に入れないと。

 「なるほどな。それで旦那様、朝食の後はどうするんだ?」

 「とりあえず仮眠をとらせてもらって、その後集落があるようだからそこを目指そうと思う。」

 「集落?となるとさっきの・・・。」

 「たぶんな。アルヒミアそう難しそうな顔をするなよ。」

 明らかに眉間にしわを寄せて難色を示す彼女の顔。

 「わかったわ・・・。」

 理解は出来ているが納得は出来ていないようだ。

 「まあ、先に朝食にしよう。じゃないと何も始まらない。」

 頭陀袋の中からパンと干し肉、香辛料と森で生っていた果物を取り出して簡単な朝食を作っていく。
 森に入る前に補充をしておきたかったが手ごろで補給できる町がなく、長期保存ができるものだけが手元にある。

 「果物が手に入っただけいいか。」

 身体を構成するものが不足すると、体調を崩しかねない。
 旅をする上で一番気を使わなければいけないことだ。

 「おまたせ、簡単だが味はいいはずだ。」

 パンを食べやすい大きさに切って、それに干し肉、果物を挟み。
 香辛料で味にちょっとした強調点をつけたものを三人の前に出す。

 「サンドイッチ、美味しそう。」

 「旦那様、そろそろ物が切れる頃か?」

 「補給できなかったからじょうがないわね。でも、美味しそうよ。」

 湖の水を煮沸して、綺麗な真水にしておいたものに粉末の茶と普通の蜂蜜をほんの少し入れて飲み物も出して少し豪華さに欠ける朝食の時間は過ぎていった。
 食事の後スパスィ達に外の事を任せて仮眠をとっていると、そこから水が跳ねる音が聞こえてきて目を覚ます。
 天幕から顔を出して覗いてみると、スパスィ、ルヴィニ、アルヒミアが水浴びをしていた。
 三人とも何も身につけずに水で遊んでいて、綺麗な線の身体が目に映ってくる。
 ああ、この身体達と交わったのかと行為を思い出し彼女達の姿を見ているとルヴィニが天幕から顔を覗かせている俺に気が付く。

 「あっ、エルさん。起きたんだ。」

 生まれたままの姿で近づいてくると、他の二人も同様にこっちの方へとやってきた。

 「いまさっきな。」

 「まだ寝ててもいいんだぞ?」

 「いや、これ位で丁度いいさ。それより水浴びをするのもいいが体調を崩すなよ。」

 「わかってるわ。ありがとう、エル。それと、一緒にどう?」

 「俺は遠慮しとくよ、天幕も片付けて出発の準備をしないといけないからな。三人とも程々にな。」

 「ああ、じゃあもう少し遊んでくる。」

 「折角エルのおちんぽまた見れると思ったのに・・・。残念。」

 「アルヒミア、残念がるところ。そこ?」

 「眼福よ眼福!」

 皆が畔へと戻っていった後、俺は片付けを始めていく。
 全てが終わるころ、彼女等も湖から上がり身支度を整えて出発できる状態へとなっていた。
 湖を離れて俺達は集落を目指して森の中を進んでいる。
 明らかに手入れをされた木々や地面を見ながら歩いていると、今朝方向けられていた視線と同じものを感じ足を止めた。

 「どうした?旦那様。」

 スパスィがこちらを向き一歩踏み出そうとしたので、腕を伸ばして制止させ皆をその場に立ち止まらせると。
 鋭い風の音と共に地面に数本の矢が刺さった。

 「誰だ!」

 彼女が声を上げると、視線がなくなり小鳥が囀る声と緩やかに吹く風だけが木々に響いていく。

 「なんだったんだ、一体。」

 「恐らく警告ね。これ以上近づくなっていう。」

 「警告?」

 「だと思うわ。そうでしょ?エル。」

 「だろうな。人間嫌い、ドワーフとは犬猿の仲だ。警告してくれてるだけまだ親切な方だろう。」

 「で、進むの?」

 「もちろん。」

 警告を無視して更に奥へと進んでいくとそこに四人の少女が立っていた。

 「そこまでだ。我等の警告を無視して進んできた者たちよ。お前達は完全に包囲した。」

 「みたいだな。」

 目の前にいる四人の他に少なくとも十人はいる気配があり、付近に潜んでいるようだ。

 「このまま立ち去るならよし、命まではとるつもりはない。だが、抵抗すれば矢の餌食となる。」

 弦を引く音が左右から聞こえてきており、こいつらの言葉の意味がよく分かる。

 「わかった。立ち去ろう。」

 「旦那様!」

 「エル!?」

 「エルさん?」

 返事に戸惑う三人、まあここまできてあっさり引き下がる返事をしたらこんな反応が来るだろう。

 「ものわかりがいいな。ならば早々に立ち去るがいい。」

 侵入者のあっけない反応に安堵しているようだが気は抜いてないらしい。
 まあ、立ち去ると言って森から出ていくまでそうそう気は抜けないだろうからな。

 「立ち去る前に一つ聞きたいんだが。」

 「・・・。いいだろう言ってみろ。」

 「この森林最古の樹に会いたい。どこにいる?無論、君達の集落を通るような真似はしない。」

 「最古の樹だと・・・。」

 その単語が出ると周辺を囲っていた奴等がざわめきだす。

 「会ってどうする気だ?」

 「交渉して一枝程分けてもらう。」

 そういうと俺達を貫くような殺気が辺りを囲っていた奴らと少女らから放たれた。
 スパスィはとっさに柄に手をかけて構え、アルヒミアとルヴィニはあまりの濃い殺気に鳥肌を立て身動きできないでいる。
 これほどの殺気、最古の樹というのは余程大切に守られてきたんだろうな。

 「・・・。」

 睨みつけるような視線がまだ俺を貫く。

 「この反応をみるに君らの守り樹といったところか。気持ちはわかるが枝をくれるかどうかは樹次第だ。ちょっと短慮すぎやしないか?」

 「ハラと交渉するだと?枝を貰うだと?古代エルフ語も話せぬ人間風情がふざけたことを。ハラは我等が守り樹、指一本触れさせはせん!戯言を吐かずに立ち去れ!」

 「−・・−・ −−・ −−・・−・・・ ・・−・・ ・・−− ・−−・ ・・−・・ −・・・− ・−・・ −・ ・− −・−・・・・ −・・・ ・−・。」

 この言葉で話すと、最古の樹の単語が出てきた時以上のざわめきが起こった。

 「ど、どうしてお前の様な人間風情がその言葉を・・・。」

 「おっ、通じたか。なに、昔馴染みから教えてもらっただけの事さ。」

 「旦那様、その言葉は・・・。」

 「古代エルフ語。まあ、俺が旅をしていた所のだがな。」

 まだ構えの解けていないスパスィの質問に答え、眼の前にいる少女たちに会う資格があるか尋ねる。

 「会う資格は持っていると思うがこれでも駄目か?」

 「・・・。」

 黙り込んだ少女は他の三人と話し合い始め、そして木の上にも視線を送った後に。

 「長老の御伺いを立ててから、お前らの処遇を決める。ついてこい。」

 彼女がそういうと、木の上から左右合わせて十人の男達が降りてきて俺達を取り囲んだ。

 「敵意と殺気が消えたのはいいが、これはないんじゃないか?スパスィ、もう構えは解いておけよ?」

 「わ、わかった。」

 「お前達は文句を言わずに黙って着いてくればいいんだ。」

 そして、俺達は半分拉致される形で少女たちの集落へと向かうのだった。
12/01/27 17:28更新 / 朱色の羽
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■作者メッセージ
第八章始まりました。
エルフィールの武器調達編って感じになっております。

途中で注釈いれましたが説明が不完全なので、談話形式の設定資料を入れようと思っております。
本文にも書きましたが新着ではでませんので時間が経って、作品検索をかけてみてください。

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