連載小説
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夜の日常
「お兄ちゃんになってください!」

出会い頭に何を言っているのだろう、こいつは。
夕暮れ時、主を乗せた帰り道、いきなり頭を下げてくる羊娘に対して困惑する。
最高位の魔物には、変態しかいないのだろうか。

「…え?」

さすがの主も混乱している様子。それが普通だろうが。

サバトは基本、自身が頼れると判断した青年を兄と慕うはず。
だからこそ、子供である主を兄として見る等、予想だにしなかった。

「バ、バフォメットさまァ!?」
「ずるい! 私が先に目をつけていたのに!」
「またあの子か。相変わらずモテるな〜」
「ショタ×ロリ。…テンションUPだわコレ!」

周囲の人魔共々、困惑か羨ましがる者の二択。止めようと動くのが誰もいないのは哀しい。
あと最後の発言した奴は、きちんと吹き飛ばしたので安心してほしい。

「…えっと、バフォメットさんが、ボクのいもうとになるってこと?」
「そうじゃ!」
「いもうと。…なんだかいいね〜♪」

無邪気すぎる。主よ、物事を深く考えないのはいかがなものかと。
家族が増えるよ、やったね! 等とは言えない訳で。

「ふふふ、そうじゃろう? さァ、最愛の妹と呼んで抱きしめておくれ、お兄ちゃん♪」

騙されてはいけない。そいつは年上だとツッコミをいれたい。
人間ならば白骨どころか、塵となって消えているくらいだと言えたら、どれほどよいか。
いかん、このままでは主がロリ婆を妹に――。

「でもいいや。ボクには、フータっていうおにいちゃんがいるから」

ギューッという声を出しながら、主が背中に強く抱きついてくる。
…正直に言おう。今、猛烈に感動している。涙まで出そうになっている。
家族など自惚れだと思っていただけに、この一言は吾輩の心に大きく響いた。

「だから、ごめんね?」
「なん、じゃと…」

断られたショックで固まった羊娘の姿に、ようやく我に返る。
冷静さを取り戻そうと頭を振るものの、口元の笑みが直らない。困った。

「バフォメット様ァ! …は置いといてと。妹はダメでも、姉ならいけるかな?」
「やだ、あの子の満面の笑み。…濡れる」
「ば、馬鹿な、俺には妻がいるんだ。だから、ショタ属性なんて無いはず…!」
「獣×ショタ。…新ジャンル、だと?」

相次ぐ声に反応する気にもならない。それくらい、幸せに浸っている。
だが最後の奴には、先ほどと同じ末路を与えておいた。懲りぬ奴め。

「さっ、行こうフータ。ボク、おなかすいちゃったー」

それはいかん。早いところ、家へ帰らなければ。幸い、通るべき道には障害物も人もいない。
地面を蹴る仕草は、走る合図。強くしがみつく主に、揺れを感じさせぬ様に駆けた――。



「ただいまー! おかあさん、おなかすいたー!」
「おかえり。今日はお母さん特製のスープだよー」
「わーい! 手あらってくるー!」

我が家に到着。喜ぶ主の声を聞きながら、身体を休ませる。
窓から食欲をそそる香りが漂ってくる。それに反応し、腹の虫が鳴った。…恥ずかしい。

「フータ、今日も御苦労さま。はい、自信作のスープですよ〜」

吾輩専用の大皿に盛りつけられたスープを持って、母様が出てきた。
主に似た優しい笑顔は、先ほどの恥ずかしさを消し飛ばしてくれる。

「ちゃんと、いただきますって言うんですよ?」
「…ぶぶぶぶぶーぶ」
「よく言えました。よしよし♪」

撫でてくれるその手は、主とはまた違うぬくもり。思わず嬉しくなる。

「おかーさーん! ボクたちもー!」
「はいはい。それじゃあフータ、ゆっくり飲むんですよ」

後ろ姿を見送り、スープへと目を移す。
色とりどりの野菜、さまざまなダシから作られたであろう金色の液体。
食べるのに最適な温度に保たれたこの料理は、すぐに美味しいものと判断できる。

吾輩はただ、ゆっくりと口をつけ、音をたてぬようにすすった。

「…ぶひぃ〜」

美味しい。ただ、それだけしか思えない。
味も然ることながら、野菜の食感も相まって、最高のスープと言えよう。

「いただきまーす! …おいしい! おかあさんのスープ!」
「うふふ。おかわりもあるからね」

主達の笑い声が聞こえる。夕食時はいつも、幸せを感じる。

「ジィー」

ふと、視線を感じる。見ると茂みの中から、鼠娘が顔をのぞかせていた。
今まで敵意がなかった為、無視していたのだが、目的が漸く分った。

捕食者の目に、口から溢れる唾液。食事を狙っているのは明白。
惜しいが、仕方ない。前足で大皿を押し出し、鼠娘の方に差しだす。

「え…! い、いいのかい? ありがとう!」

頷く。すると満面の笑顔で皿を持ち、一気飲み。
もう少し味わえと言いたいところだが余程、空腹なのだろう。

「おいしかった〜。…はぁ、あの可愛い男の子を追ってたら道に迷って、大変だったよ」

やはり主狙いだったか。それにしても、この丘までは一本道。
迷う要素などどこにもないのだが。…方向音痴なのだろうか?

「フータ、おかわりいるー? …あれ?」
「おや」
「ネズミさん? …ちょっと待っててね」

家へ戻っていく主。少しして、二枚の皿を持ち、ゆっくりと出てきた。

「はい。どうぞ」
「え?」
「みんなでたべれば、おいしいよ?」

無邪気な笑み。紳士的な行動。
なるほど。これでは皆、惚れてしまうわけだ。

「い、いただきますッ!」
「ふたりとも、ゆっくりねー」
「あら。…お食事の続きはお外でしましょう♪」

こうして、母さまと主、鼠娘を交えた、外での夕食が始まった。
吾輩は改めて、主達の偉大さを感じつつ、スープを飲むのであった――。
13/02/25 00:32更新 / カンタクロス
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■作者メッセージ
物語はもうちょっとだけ続くんじゃ。…というわけで続きます。
気長にお待ちください。

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