読切小説
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彼方からの竜王
 昔から多く語り継がれる冒険譚のひとつに「迷宮探索」がある。要は財宝や名声などの為に魔物達の巣くう迷宮に乗り込んで行く話だ。
 迷宮では財宝を守る為の危険な罠、待ち構える強大な魔物達、まるで謎を解く侵入者を待ち続けているかのような巧妙な仕掛け、そしてそれらを乗り越え奥へと進んでゆく冒険者達。俺の故郷では魔物に対して敵対的である「教団」の影響が強いこともあってそういった話には事欠かなかった。
 俺は小さい頃からそんな迷宮探索の話を読んだり聞いたりする度に心躍らせ、いつかは自分もそんな話の主人公のような冒険者になることを夢見ていた。

 しかし、成長した俺は冒険者と胸を張って名乗れるように方々を旅し実力を付けていったが、どうにも新しい迷宮についての話やそこに隠されていた財宝の話、またそこで出会った魔物の話などをいくら集めても自分が求めている話とは大きく違っていた。
 故郷を出る前の昔の俺は全く知らなかった事だが、前の魔王が代替わりしてから魔物達がほぼ全ていわゆる「魔物娘」となり、彼女達はかつて殺しあってすらいた人間たちに情欲、あるいは愛情すら持つようになり時には自分を人間側に合わせるような形で積極的にアプローチしてくるようにすらなってからどうやら魔物と人間の関係は様変わりしていたらしい。
 俺がかき集めた新しい迷宮の話は、小さい頃聞いたような血湧き肉踊る死と隣あわせな話はなく、なんとも淫靡で享楽的な話ばかりだった。

 例えば、とある砂漠で発見された迷宮ではマミー達に貴重な水を分けて貰った代わりに全員が根こそぎ別のものを搾り取られたとか。

 また、別の森の奥で発見された迷宮では命からがら逃げてきた一人を除いた冒険者達はきのこ人間と化して今でもマタンゴ達と交わり続けているとか。

 そして遥か東の地では、強力な妖狐が支配していた迷宮が肥大化しもはや一つの大きな魔物達の国と化し入り込んだ人間共々快楽の饗宴に巻き込み続けているとか。

 殆どの話が大体こんな具合である。いつしか迷宮はさながら夜の街と化していたのかもしれない。確かに魔物娘達は魅力的だし、聞けば命の危険は無いと言うしそんな所に飛び込んでみたい気持ちもある。
 「教団」の連中やその影響を受けた人々は、魔物達は危険で邪悪な存在であり、彼女たちとの戦いは死と隣り合わせの世界で、それを倒してくる事こそ正義だと教え込む為に幼少の俺にあんな話をしていたのかとすら思えてきて空しい気分にすらなってきた。
 現に連中の影響が強くない所へ行ってみれば、魔物娘たちが邪悪どころか人と肩を並べたりあまつさえ手まで繋いで歩いているのを見かけるなんてしょっちゅうだ。俺だって一緒に仕事をした事すらある。
 ある意味では平和な世界になりつつあるのかもしれないが、何か心に満たされない何かを感じつつも時は流れていった……

 所がそんなある日、俺はある噂を耳にした。

 「ある高山に、『旧時代』の魔物達がひしめく危険な迷宮が現れたらしい」

 なんでも最初に発見した冒険者達の話によると、そこはかつて俺が聞かされていたような強大な魔物達と危険な罠、そして大量の財宝がありまるで前魔王の時代に来てしまったようであったらしい。
 そして奥へ進んでいくたびに激しくなる敵の猛攻に耐え切れず全員が死を覚悟したその時、全員の意識が薄れ気がつくとそれまで発見した財宝はすっかり失って迷宮の外に放り出された格好でいたという。

 この話を聞いた俺は直ちに実際に行ってきたという冒険者を探し出しては話を聞きとにかく情報を集め、同時に来るべき冒険に備えさらなる研鑽を積んだ。
 別に旧時代の魔物を滅ぼしたいとかそういった考えはさらさらなかった。俺が昔夢見ていた死と隣り合わせの迷宮探索ができるかもしれない、ただそれだけの思いが俺を動かし続けていた。
 集めた情報を元に迷宮に赴く前夜、麓の酒場で「本当に一人で行くのか?」と周囲の人に何度も聞かれたが俺は協力者を募る気は全くなかった。
 確かに一人は危険だ。しかし迷宮に単身乗り込んで財宝を持ち帰るかつて聞いたの英雄譚の主人公になりたい、いやそんな風に振舞いたいという子供のような気持ちがすっかり俺を支配していた。

 翌日の朝早くから出発し、そして道のりは決して簡単では無かったものの迷宮は案外あっさりと見つけることができた。
 切り立った高山の中腹にある洞穴は明らかに何者かの手が加えられておりさながら小さな神殿の入り口のようであった。これがその迷宮に間違いないだろう。

 迷宮の入り口付近には看板があり、こう書いてあった。

*** Welcome to Grounds of the Dragonic Overlord ***
     竜王の試練場へようこそ!

 何やら小馬鹿にされた気分すらしたが、入り口から漂う雰囲気は今までに感じた事が無いものであった。
 血の臭いやぶつかる金属音、そういった直接的なものは全くなかったがこの向こうには間違いなく自分のずっと探してきた世界がある、そう確信し俺は迷宮へ足を踏み入れた。


 迷宮の中は薄暗いものの通路には火の灯った燭台がいくつも壁にかかっており、まるで誰かが侵入するのを心待ちにしていたかのような空気すら感じた。
 火の灯った燭台があるという事は少なくともそれを灯したか維持している何者かがいるだろうという、そんな期待しつつ通路の突き当たりにあった絵に描いたような両開きの扉を開いた。

 扉の向こうの小部屋には三体の人間型の何かが待ち構えており、こちらの姿を見るなりそれぞれが手に持っていた棍棒のようなものを構え、有無を言わさずこちらに飛び掛ってきた。
 とっさに身を翻して突撃をかわし、同時に剣を構え直すと共に俺はこれまでにない胸の高鳴りを感じていた。これだ。これを探していたんだ。
 今までやってきた仕事柄、実際に命のやり取りをした事が全く無いわけではなかったがこれはそれとは全く違う。俺が昔聞いてきて夢にまで見てきた迷宮探索の話の場面と同じじゃないか!
 魔物達のテリトリーに侵入し命を賭して切り結ぶ愉しみ。相手を殺す事に快楽を覚えるような性癖は無いはずだが何故か興奮が全く収まらない。やるかやられるか、まさに死と栄光の隣り合わせのあの冒険譚の世界にやってきたのだ。

 人間型の生き物達の動きはさほど早くなく、相手の攻撃を見切り確実に一体ずつ自分でも呆気ないくらい鮮やかに仕留めていく事に成功した。
 旧時代の魔物は直接見たことは無かったのでそれがいかなる者であったかはわからないが、切り捨てた相手の死体でも確認してみようとしてみると、不思議なことになんと死体はまるで蒸発するかのように跡形もなく消えてしまった!
 そして死体があったであろう場所に何か光る物が落ちていたので拾い上げてみればそれはいつの時代のものともしれぬ金貨であった。
 何気なく後ろを振り向けばかつて自分が入った部屋の扉は消えうせており、代わりに反対側にはこれみよがしな扉が見える。

 俺は確信した。ここは自分では決して計り知れない何かが支配している世界だ。そしてそれは間違いなく俺が追い求めてきた世界に違い無い。
 例えもしここで命を落とすような結果になったとしても悔いは残るまい、むしろ本望かもしれない。

 それからと言うもの、俺はとにかく夢中で迷宮の奥へ奥へと進んでいった。
骸骨剣士、小悪魔、巨大なゲル状の生物、一つ目の巨人……名も知らぬ様々な旧時代の魔物達が俺の前に現れ、そしていずれも乗り越えてきた。
 また、あちこちで見つけることのできた宝箱には毒針や爆弾などの危険な罠が仕掛けられていたものの、滅多に見られない魔法の品々が入っているものもあり、罠を慎重に探り、解除し、そして財宝を検める。そんな一連の作業にも満足感を覚えた。
 いつどこで何が飛び出してきてもおかしくない、こんな危険と財宝に満ちたこの迷宮は俺にとって最高の場所だ。

 ここには外で見慣れた魔物娘の姿はなく、旧時代の魔物達が現れては襲いかかってきたが、ただ一度だけ突如天井から"現在の"インプが落っこちてきた事があった。
 俺は思わ反射的に剣を構えたが、彼女は俺を見るなり「ごめんなさい何でもないんです見逃してくださいっ!」と凄い勢いで頭を下げながら一目散にどこかへ逃げて行ってしまった。一体あれは何だったんだろう?

 いくつもの戦いや罠を乗り越え、ついに迷宮の最深部といった雰囲気の扉の前まで辿り着いた。あっさり言ってしまったがここに来るまでは何度か死を覚悟する窮地に立たされ、もしも俺が作家だったら、ここまでの道のりだけで一冊本が書けたんじゃないかって思うほどであった。
 そこまでの体験があったにも関わらず、今ではそれがまるで一瞬の出来事であったかの様にすら思えてくる。それほどまでに俺はすっかりこの場所に心奪われていたらしい。

 所でなぜ迷宮の最深部かと思ったかと言うと、扉にこんな文字が彫り付けてあったからだ。

 偉大なる竜王ラディアの部屋 *来訪者は必ずノックをする事*

 入り口の看板の文句といい、やっぱりどこか小馬鹿にされている気がしないでもないがここが「竜王の試練場」と銘打っているからには、この中に主がいるのであろう事は想像に難くない。
 別に書いてある言葉を守る義理は無かったが、俺は二度ノックをした後に扉を開いた。

「人の身でよくぞここまで辿り着いた。私はお前のような者を待ちわびていたぞ……」

 中に入るなり頭上から声が聞こえてくる。見上げてみると真っ赤な鱗に覆われた旧時代のドラゴンがこちらを見下ろしていた。その台詞回しもまるで旧時代が舞台の冒険譚のようであった。
 考えてみれば声をかけられる事すら久しぶりな気がしてきた。なにせ今までの魔物と来たらあの落ちてきたインプ以外こちらを見つけるなり雄叫びを上げて襲い掛かってくるものばかりだったからだ。俺は旧時代の魔物がひしめいていた時代に生きていた訳では無いから全部がそうなのかは知らないが、かつてはどんな魔物もそういうものだったのかもしれない。

「お前はたった一人で何を求めてここまで来た? 財宝か? 名声か? 確かにどちらも私を倒せば得られるだろう」
「俺は……こんな場所をずっと探していたんだ。俺の知らない時代の死と隣り合わせの迷宮を」

 もちろん財宝も名誉も全く興味が無いわけではないが、俺の答えに偽りはない。例えこのドラゴンを倒して何一つ財宝が得られなくても、またここでドラゴンに倒されても俺は何一つ後悔しないだろう。

「ふふふ……そうか……それは面白い、ならば始めようではないか。お前がずっと探してきた迷宮の終わりはここにあるぞ!」
 ドラゴンの表情を読み取る事はできなかったが笑っているかのように感じた。俺はその言葉に剣を構える事で答えた。

 戦いは互角とは言えなかった。流石はドラゴン、鋭い爪、激しく振り回される太い尾、そして火炎の息の見事な使い分けで俺は徐々に追い詰められていった。
 何度か隙をついて斬撃を当てる事に成功はしたが、硬い鱗に阻まれ刃がまるで通らない。
 決定打を与える事ができずほぼ一方的に傷も疲労も増してゆき、ついに俺はドラゴンの尾に弾き飛ばされて壁に叩き付けられた。

「どうした、そんなものでは私もお前も納得が行くまい? それともこれで終わってしまうのか?」
 ドラゴンは勝ち誇ったようにそう言い、よろめきながらも立ち上がろうとする俺に向かってブレスを吹きかけようと息を大きく吸い込む。俺はその隙を見逃さず渾身の力を込めて剣を喉元に向かって投げつけた。
 剣はドラゴンの喉の鱗の隙間にうまく突き刺さり、初めてドラゴンが血を流しわなないた。

「ははははは!やるではないか!そうだ、そうこなくてはならない。それでこそ…………だ!」
 なぜこのドラゴンは傷つけられたと言うのに嬉しそうに笑っているのだろう? しかし俺の体力はその理由を考えるどころか意識を保つだけでもはや限界だ。
 大きく首を振ったドラゴンから剣が抜け地面に落下した金属音が聞こえた。
 ドラゴンがこちらを見据えながら徐々に顔を近づけていくのもわかる。
 案外呆気ない最期になりそうだ。だが不思議と悔いはなかった。
 俺は覚悟を決め目を閉じた。



 気がつくと俺は見た事もない部屋でベットに寝かされていた。
 部屋の内装は質素ながらも寝かされてるベットといい部屋を照らす燭台といい調度品には嫌味でない程度のささやかな高級感を感じさせる。
 鎧は脱がされて剣も手元に無くいつの間にか服も簡易だか清潔な湯浴み着のようなものに着替えさせられている。
 どういう訳か俺は生きているようだがここは一体どこだろう?

「おお、気がついたか。流石にあの程度では大丈夫だろうと思っていたが心配したぞ」

 部屋の扉が開き、赤い鱗に覆われた茶髪のドラゴン娘が入ってきた。
 宝石のついた金細工の装飾品以外はシンプルな薄手のローブしか纏っていない彼女は、何故か俺の剣を持っておりしきりに俺と見比べている。

「それにしても良い物ではないか。華美な装飾も銘も無いが中々の業物だな。そして何よりしっかりと手入れされ使い込まれている。まさに戦士の剣と言った所だな」
「……返せ」
「なに、心配はいらないぞ。お前は私の物だとしてもお前の物は私の物だと主張するような矮小な精神は持ち合わせてはおらん」

 彼女は剣を鞘に納め俺に歩み寄る。状況がうまく掴めないがとりあえず俺に危害を加えたり物を奪うつもりは感じられない。

 ……ん? 待てよ? 何やらとんでも無い事を言われなかったか?

「ふふふ、私は本当に長い間待ちわびていたぞ……お前のような男が現れるのを」

 薄着で妖しい笑みを浮かべながら近寄る彼女に危うく見とれる所だったが、どうにか理性を働かせて俺は質問した。

「ま、待て! そもそもお前は一体何者で、そしてここはどこで、なぜ俺はここにいるんだ!?」
「決まっているだろう、私は偉大なる竜王ラディア。そしてここは私の迷宮で、そしてお前は私の物になったからここにいるのだ。何を悩む必要がある?」
「自分で偉大なるって……というか何で俺がお前のものになってるんだ!?」

 理解を超えた事態に何か危険な物を感じ、思わず彼女の手にあった俺の剣をひったくろうとするも逆に伸ばした腕を掴まれてしまった。

「随分元気が出たようで嬉しいぞ。やはり私の見込んだ通りだな」

 いつの間にか剣を置いた反対側の手で俺の顎に触れ、顔を近づけて囁いてくる。これは色んな意味でまずい気がする。なんとか冷静にならなくては……

「い、一体俺をどうするつもりだ? 何を考えている?」
「さっきも言っただろう、お前は私のものになった。今からそれを改めて互いに認識しようと思っていた所だ」
「まさかとは思うが、俺を嬲り殺しにでもするつもりなのか……?」

 彼女の態度からは正直そうとは思えなかった。しかしあの危険な死と隣あわせの迷宮の主という事からついそんな質問が出てしまう。

「お前を本当に殺すつもりならわざわざこんな事はするまい。
……そして何より、今の私はもはやお前でなくても人間を無闇に傷つける気にすらなれぬ」

 返答には予想外な補足がついていた。あんな時代とは逆行したかのような死と隣り合わせの迷宮の主を名乗っておいて傷つける気になれぬなんて言い出すとは。

「傷つける気になれないなんて言うなら、なぜこんな迷宮に住んでいるんだ」
「私は時代が変わってもこんな場所を忘れられず求め続けた。ある意味ではお前もそうであろう?」

 彼女はじっと俺の目を見据えてながら問いかける。その瞳は何か昔の思い出を追いかけ続けるかのようにまっすぐで、もしかしたら彼女から見た俺の目もこんな風に映っていたのかもしれない。

「魔王が変わってから、私達の姿もお前たちに対する考え方も大きく変わった。」
「時として不倶戴天の敵とすら思えていたお前たちがどういう訳かこの上なく愛おしくなり、つがいたくすらなった。殺すどころか傷つける気にすらとてもなれない」
「だが……過去を捨て切れなかったのだ。
 蓄えた財宝を狙う侵入者どもを様々な手で退け、また障害を乗り越えた者に我が財宝の最後の砦として対峙する迷宮の主として君臨し続けたかつての日々を」
「わかるだろう? 私はお前が待ち望んでいた存在であり、そしてお前は私が待ち望んでいた存在なのだ」

 そうかもしれない。こっちは自分が生まれる前の話ではあるが俺もまた過去を追い求め続けてきた。
 かつて自分が憧れた冒険譚の舞台のよう迷宮、その話の最後では登場するのは彼女のような強大な迷宮の主。俺は確かに彼女のような存在も求めていた。

「ここを築き上げるのも中々に苦労をした。私の部下とてもはや過去のような殺生は好まぬ。
 そこで私は研究をかさね今までの知識や本人そのものを参考にかつての彼女達の幻影とも言える存在を作り上げた」
「あの旧時代の魔物達か?」
「よく再現できていただろう? なにせ私の配下から"本物"の意見を十分に取り入れたからな。
 彼女たちはこの迷宮のどこかで自分の幻影の動きをチェックし、また重傷者や死者が出たりしないよう見張っている」
「……なるほど、俺が見た"今の"インプ娘はさながらここの従業員、って訳か」
「ああ、そんな所だな。彼女からこちらに向かってくるお前の活躍を聞いて私は楽しみにしていたぞ。
 もちろん、最後のドラゴンだけはまがい物ではなく私そのものだがな。つまりここはお前と私が求めていた理想郷と言える」

 強大な力を持つ魔物なら一時的に現魔王の力にも抗えるという話を耳にした事がある。ならば確かに最後のあのドラゴンは彼女だったのであろう……などと考えていると、いつの間にか彼女は纏っていたローブを脱ぎ捨てていた。まだ身に着けたままの豪奢な耳飾りや首飾りにひけを取らぬ裸体が俺の目に飛び込んでくる。

「おい、一体何を――」

 俺の抗議は口に飛び込んできた柔らかいもので未然に阻止された。
 それは息が苦しくなる程長く俺の口を占拠した後、名残惜しそうに糸を引きながら去っていった。

「やっとお前のような過去の幻影を乗り越え、私の下に辿り着くような冒険者と出会えたのだ。もはや我慢などできぬ」
「な、お、何を言っているんだ!?」
「いわば私もお前も今の世の流れに逆らってまで過去の幻影を追い求めていた存在、今や共に目的を果たした同志だ」
「って、何小難しい言葉並べながらどこ触ってるんだ!」
「ふむ、ではこうしよう。ドラゴンが財宝を愛でる――何がおかしい?」
「だからどうして俺がお前の……」

 彼女は俺の話などお構いなしに俺の着ていたものをはだけさせ、俺の首筋に手を這わせながら俺に体をくっつけてくる。おかげでさっき口の中に入ってきたものよりもっと柔らかいものが直に俺の胸板に当たるのがはっきりとわかる。あまつさえ反対側の手で露にさせられた俺の股間をまさぐってるときた。
 これが時の流れに逆らってまであんな迷宮を作り出した自称竜王のやることなのか?理性と誘惑の板ばさみになって悶える俺に彼女は淫靡なまなざしを向けてくる。

「何を戸惑う? 冒険者なら冒険者らしく目の前にある財宝を手に入れればよかろう」
「お、お前は俺を一体どうするつもりなんだ……?」
「まだわからぬか?お前は私の物と言ったが同時に私はお前の物になろう。長らく時代の流れから逆らっていたが、お前のような男とつがえるならば本望だ」
「つ、つが…、っておい!その手は……」
「なんだ、こっちはずいぶんと正直じゃないか?」
「うあっ、そこは……」
「私がこんな事を言う日が来るとは我ながら驚きだ。……さて、味も見ておこう」

 そう言うや否や一気に俺の一物を咥えこんできた。
 今まであまりに唐突な展開に頭も着いてきてなかったが、ここまできてやって判断が追いついてきてしまった。頭に飛び込んできた情報は目の前に現れた裸の美女が自分はお前の物になる、つがいたいなどと言いながら自分のモノを咥え込んでいる。こんな状況で理性を働かせられる男など存在すまい。
 彼女は亀頭の先を舌で転がし、やさしく吸い上げてくる。ただ自分の劣情を満たすための動きではない。目の前の男を満足させようと奉仕する動きだ。

 我慢の限界だった。俺は思わず彼女の角と頭を掴んで無理やり引き寄せ口内に放った。
 突然頭を掴まれ流れ込む液体に目を丸くし言葉にならない声を漏らした彼女だったが、やがて喉を鳴らしながら一物に残るものまで吸い上げ、そして俺が手を離すとゆっくりと一物から離れ淫蕩に舌なめずりをしながら顔を上げた。

「す、すまん。思わず無理矢理……」
「なに、気に病む必要なぞない。これからつがおうと言うのに何の問題がある?……それに思っていたより悪くなかったぞ」
「だがその……本当に俺でいいのか? お前に負けたんだぞ?」
「それが何だと言うのだ? お前は私の下まで辿り着く程十分に強かった。何よりお前も私も同じものを求めていた。これが運命でなければ何だと言うのだ。
……それとも、私では不満か?」
「まさか。お前ほど強くて魅力的な女とこんな事した事なんてない。俺と釣り合うかわからない位さ」
「なら釣り合うかどうかは私が決めてやる。そしてお前は十分それに値する。
それより、そろそろお前ではなくラディアと呼んではもらえぬか?」
「わかったよラディア。俺はルエルだ。こんな所で今さら名乗るのも気恥ずかしいな」
「こんな格好で恥ずかしいも何もあるまい。それより、もう準備はできているようだな」

 先ほど放ったばかりだったが、美女を目の前にしてまたそそり立つ俺の一物をラディアは愛おしそうに眺め、ゆっくりとさすってくる。

「そろそろ我慢できなくなってきたであろう? 存分につがおうではないか。ただ……」
「ただ?」
「何を以って決めるかは何とも言えぬが、今度は私に勝ってもらいたいものだな」
「……望むところだ」

 俺はラディアの唇を素早く奪った。今度はこちらから舌を絡め、息が苦しくなるまで吸い上げる。

「ぷはっ……やはりそうこなくてはな。所でいいのか? 私がちょっと前まで何をしていたか知っているだろう」
「気にするものか。それにお前は全部飲んじまったみたいだしな」
「ラディアと呼べと言っただろう」
「すまない。では今度は俺の番だな、ラディア」

 ラディアを押し倒し、じっくりとその体を堪能する事にした。
しなやかだが鍛え上げられた確かな芯を感じる手足や腹部も十分に官能的だったがやはり 真っ先に俺の目に飛び込み興味を奪ったのは多くの男を惹きつけてやまない二つの双丘だ。この魅力に抗えはすまい。
 柔らかいそれを揉みしだき、時に吸い上げる。

「んっ……そんなに気に入ったか?」
「ああ。とはいえ本命はやはりこっちだがな」

 今度はラディアの太ももから足の付け根まで、指でゆっくりとなぞり上げてゆく。ラディアがぴくりとわずかに跳ねる度に伝わる振動が俺をさらに沸き立たせる。
 やがて既に十分濡れそぼった秘裂に辿り着くが、ふと悪戯心からそのまま指を進め押し倒され折れ曲がった尾の付け根を掴んでみる。

「ひゃっ!? な、何を……」
「おっ、今のは可愛いかったぞ。そこがいいのか?」
「ち、違う! 私はいつでもお前を受け入れられるようにしているというのに何故焦らすのだ!」
「そんな事よりそろそろお前ではなくルエルと呼んでくれないか?」
「うぐ、む…………ルエル……もういいだろう、私はこれ以上我慢できそうにない」

 わざと彼女の言葉を真似て返してやると、最初の態度からは考えられないくらい顔を赤らながら俺に懇願してきた。仕返しに思い切って強気にやり返してみたがまさかこんな反応が返ってくるとは。正直これ以上我慢できないのはこっちの方だ。

 俺は無言でラディアを抱きしめ、すでに暴発寸前の自身で貫いた。

「〜〜っ!!」
「うくっ、ラディアっ、俺はっ!」

 互いに言葉にならない歓喜の声が漏れる。
 触れ合う胸と胸、反射的に動く翼と尾、そして最も深く繋がった部分、その全てから電流がこちらに流れ込んでくるようだ。これが人外の魅力とでもいうのだろうか。
 願わくば永久にこうしていたい。ただ繋がったまま時を止めてしまいたい。
 だが、抗い難きたぎる欲望と快楽に俺の腰は突き動かされる。

「くっ、俺はっ、俺はっ……!」
「ああ、いい! いいぞ! ルエル! もっと、もっとだ!」

 俺がただ欲望に押し流され腰を打ち付ける度にラディアは歓喜の声を上げる。
 自分の理想のために押さえ込んでいた本能が解き放たれ、彼女の中で今まで対立していた理想と本能がついに和解し一つとなり、快楽の渦に飛び込んでいく。
 彼女もルエルと同様にすっかり本能に思考を奪われていた。

「も……限界だ、ラディア……っ!」
「遠慮などするな、ルエル、それでこそ……それでこそ私のつがいだっ!!」

 いつか聞いた気がする返事を最後まで聞き届ける前に俺は果てた。
 確かにこういう事は久しぶりだから溜まっていたかもしれないが俺は自分でもびっくりする位の量を放ったと思う。

「はあっ……私も気を失うかと思ったぞ……」

 すっかり上気した顔のラディアが満足げな顔で見つめてくる。

「む? どうした?」

 正直自分でも何をしているかよくわからない。

「んっ、あっ」

 俺の体は何かにすっかり操られているかのようだ。

「……なるほど、んっ、今度は勝ちたいのだ…あっ、な?」

 目の前のドラゴン……そうだ、ドラゴンを倒したい、屈服させてみたい。
強大で、高慢で、そして淫靡な竜王。俺は今度こそ勝ちたい。

「それでこそこの私のつがいに相応しい! ああっ、ルエル!お前を選んだ私は間違っていなかった!」

 邪悪な赤竜が放つブレスのように熱い空間にドラゴンの鱗も貫けそうなそそり立つ刀身が乱れ舞う。
本能のままに血沸き、肉踊る悦楽の戦いが始まった。





 気がつくと、俺が居たのは麓の宿屋の一室のベットの上だった。それになんだかずいぶんと体が重い気がする。
 身に着けているのはいつも着ていた鎧下として使える着慣れた服。ベットの脇には俺の愛用している鞄、その傍らには使い込まれた俺の剣。
 鞄の中を確認してみるがこれと言って無くなっているものはない――あの迷宮で見つけたいくばくかの財宝を除いては。

 あの冒険は夢だったのか?それともあの迷宮の存在自体が夢だったのか?
 考えてみれば、すっかり人間に対して友好的な隣人となりつつある魔物たちが、人間に憎まれていたかつての時代をわざわざほじくり返すような真似をするのは確かにおかしい。

 それはそれでちょっと残念だが、まぁ長い夢を見ていたとするならばたまにはあんな夢も悪くないかもしれない。凶暴で専横なる赤竜が支配する迷宮。その本性は過去の幻影を追い求め自らの理想の男を探す美しくも淫靡な竜王。
 夢の最後では思考が溶ける程愛し合った彼女の姿は、今でもはっきり瞳に映るようで……

「おお、目が覚めたか。前よりも長く眠っていたからちょっと心配したぞ」

 その姿はおろか声まで鮮明に想起できる。俺は気づかなかったがどうやら昔から心の底であんな女性を夢想していたのかもしれない。

「おい、聞こえているのかルエル? 具合でも悪いのか?」

 !? これは現実か!?

「ラディア、なのか?」
「私こそ偉大なる竜王ラディア。他に誰だと言うのだ?」
「そ、そうだよな……ははは」
「……運ぶ時には十分注意を払ったつもりだったが、何処かで頭でもぶつけたか……?」

 彼女の呟きから察するに俺は彼女に迷宮からここまで運ばれたのか?
 ……だめだ、どうにも思い出せない。

「思い出せぬか? まぁあれほど激しかったし仕方がないな。」

 その一言で俺は状況を把握した。やはりそういう事だったか。

「まぁよい、そろそろ昼飯の時間だ。腹が減っては何もできぬ」

 迷宮に入ったのが恐らく昨日の昼頃だとすると……そんな事を考えるより早く俺の腹が鳴った。

「それ見た事か。こんな所で空腹で倒れるなんて間抜けな真似は許さんぞ」
「なぁ、その前に聞きたいがどうして俺もお前もここに?」
「決まっているだろう、新婚旅行とやらに出ようと思ってな。ひとまずここまで降りてきたという訳だ。」

 ……一体どういうふうに俺をここの宿屋まで運び、そして他の人に説明したのだろう。なんだか食堂まで向かうのが少し怖くなってきた。

「なに、心配はいらない。金ならお前が見つけてきた分も含め私もいくつか金目の物は持ってきてある」
「突っ込みたい所はそこじゃないがとりあえず、いくらお前の本拠地だからってあそこを突然空けっ放しにしてもいいのか?」
「部下にはあそこの真の目的も、今回の説明も全部済んでいるし問題はあるまい。
……それに、私以外にもお前のような男を欲している奴はいるからな」

 ラディアと同じような事を考えている……となると、今は入り口の看板に何と書いてあることやら。

「って、そうじゃない。新婚旅行だって!?」
「つがいとなったら行くものなのだろう? 何がおかしな点があったか?」
「いや、おかしいというかなんというか……」
「何にせよ旅というのも悪くはなかろう。新たな場所には新しい財宝がある。新しい発見もある。お前だって戦士ならもっと強くなりたいだろう? いい機会ではないか」
「それはそうだが、ちょっと唐突で頭が……」
「なに、栄養を取って一休みすればすぐすっきりするだろう。それに……」
「……それに?」
「新婚旅行ではお前を鍛え上げてやる。二重の意味でな」

 艶かしい声で言われるとやっぱりそれも悪くはないなと思ってしまう。
 同じものを追いかけていたもの同士つがいになって結ばれる。結構な事じゃないか。


 そういえば、あの時俺は結局気を失ってしまったようだが気になることがあった。

「なあ、所で"二回戦"の勝敗はどうなったんだ?」
「…………引き分け、という事にしておいてやる。
そ、そんな事より早く食いに行かぬと冷めてしまうぞ!」

 ラディアはすぐそっぽを向いてしまったが、一瞬その顔が彼女の鱗みたいに赤くなったのを見逃さなかった。

 やはり手ごわい迷宮にはとびきりの財宝があるものなんだな。
14/07/14 19:36更新 / ちくわ

■作者メッセージ
どうみても趣味丸出しです。本当にありがとうございました。

赴くままにやってみたけどもし何かまずい部分があったらごめんなさい。

書いた後から結構見つかるしょうもないミスをこっそり直したり。

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