連載小説
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葛藤(微エロ、ほのぼの)
天高く馬肥ゆる秋、とは言ったものの未だに残暑がへばり付く水曜日。
新人の礼堂倫太郎はホワイトボードの出張者リストを見てため息をついた。

秋の食品業界は最大の掻き入れ時の年末に向け、各地で市場荷受や問屋主催の展示会が盛んに行われる。
特に全国の卸売市場の多くが休みとなる水曜日は盛んに開催され、営業は北へ南へてんてこ舞いである。

「よう礼堂、奢るから食堂行こうや。」
諌が倫太郎の肩を叩き、ホワイトボードの前から引き剥がした。

自販機で買った炭酸飲料の栓を開け、片手で器用にスナック菓子の包装を引き裂いて倫太郎に差し出した。

「…やっぱ心残りか?」
元々は営業志望で入社した倫太郎、大きく頷いた。
春に新卒で入社し、数ヶ月の研修を終えて命ぜられた配属先は総務部管理課、諌にとって初めてとなる後輩である。

「仕事には適性ってもんがある、必ずしも希望と一致するもんじゃない。
いや、むしろ一致しない方が普通かもな。」
諌も元々は営業にいたが、あまりにも武人肌すぎて一年で異動となった。
尤も、管理課で主力が離職した穴を埋める為、豊富な知識とタフさを買われたいう理由もあったのだが…。

倫太郎は諌にぽろぽろと思っている事を吐き出した。

「続けるよう無理強いするつもりは無いし、新天地に行くなら応援する。
ただ、俺は礼堂の存在がめちゃくちゃ心強く感じてる…って事だけは言わせてくれ。」
諌の言葉に偽りは無かった。
まだ一年目という事で経験不足は否めないが、自身の部下として後輩として自信を持って紹介できる存在になりつつある。
ある程度経験を積ませ、重要な業務の一部を引き継ぐつもりでいる。

「今日は水曜日だしさ、残業は30秒だけにしてさっさと帰ろうや。」
一気に炭酸飲料を飲み干した諌。
ぽん、と軽く倫太郎の肩を叩き、ゴミ箱に飲み干した缶を放り込んで食堂を後にした。

たったひとり残された倫太郎、再び大きなため息をついた。


「本当は違うんだよなぁ……。
湊課長…。」


――――――――――――――――――――――――――


「和倉部長、少しご相談よろしいでしょうか。」
諌が苦々しい顔で話しかけた相手は如月支社総務部のトップ、和倉順一郎部長代理。

言いたいことを察した順一郎は、諌を商談室に連れ出した。

「礼堂君の事か?」
頷く諌。
倫太郎の上司となって数ヶ月、自分は何をすべきなのか、これで良いのかまったく分からないでいた。

「少なくても私が見てる範囲、良い意味で君は上司らしくない…兄貴分という感じがするかな。
君ぐらいの頃の私よりずっとしっかりしている。」
社会人1年目の新人の上司として諌に太鼓判を押した、その思いに少しの揺らぎもない。

しかし、その諌が思い悩んでいるのも事実。
特に、パワハラをしてしまう事を極端なまでに恐れている。

「かつての直属の上司、愛しの課長補佐様が明日帰ってきたら聞けばいい。」
諌にとって理想の上司はいつも泰然自若として頼れる順一郎、そして優しくも仕事の実力は素晴らしい凪、その2人である。




時を同じくして凪、国内有数の食品問屋主催の展示会のブースに立っていた。

「へぇー!
あのいつも眉間に皺寄ってた彼と付き合ってるの!」
問屋の担当者のアカオニが目を丸くさせて驚いていた。
一方の凪はえへへ…とはにかみながら頷くばかりである。

「湊ちゃんもか弱いんだからさ、DVとかモラハラとか…怖い彼に何かされないようにね!」
当の怖い彼、か弱い凪からベッドの上で気持ち良くいじめられ、あへあへひいひいよがり啼かされているとは知る由も無かった。


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翌日、食器洗いと弁当作りを終えた諌は順一郎に言われた通り、上司として部下の諌へのしどうはどうだったかを凪に投げかけてみた。

「諌さんの指導についてですか?」
んー、と腕組みをして記憶を掘り返す凪。
風呂上がりで顔はほんのり上気している。

「ちょっと厳しい事を言いすぎたかな?と思ったことは何度かありました。」
予想外の凪の回答、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、フリーズしてしまった。

「諌さんは責任感が強すぎるんです、私含めて色んな人にもっと甘えてください。
やんっ…この甘えんぼさんめ、お仕置きだぞ♡」
Tシャツの裾をから頭を潜り込ませてきた諌、凪は逃がさんとばかりに頭を優しく抱き締める。
二の腕のもっちりとした弾力、決して大きくはないが確実に柔らかな胸、風呂上がりでしっとりと吸い付く柔肌、フェロモンに僅かに汗の混じった甘ったるい匂い。
お仕置きという名のご褒美、諌はただただしがみついて甘え蕩けるだけ。
精々出来る反抗は、桜色の乳首を咥えて吸って舌先で転がすぐらい。
凪の嗜虐心の火に快感という燃料を追加する結果になった。

この後、諌は2日ぶりに凪に搾り取られ、貪り尽くされる快楽と幸せをこれでもかと堪能したのは言うまでもない。


――――――――――――――――――――――――――


翌日の夕方、帰り際に倫太郎に呼び留められた凪。

「湊課長、好きです!」
「ほぇえ!?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかった凪。
突然想定外の告白、心臓が早鐘のように響く。

ちょうど響き渡る夕方6時の時報、1分ちょっとのメロディーが心を落ち着かせる時間をくれた。

「ごめん、礼堂君の願いには応えられない。
礼堂くんの上司の溝呂木諌さんとお付き合いしてる…って、知ってるはずだよね?」
大きく頷いた倫太郎、予想以上に予想通りの回答。
これで良かった。

「黙って聞いてりゃ…何やってんだか。」
だいぶ厚く掛かってきた夜の帷をめくるかのように、諌が現れた。
半ば呆れたような溜め息。
一番知られたくなかった、どうしてこの一世一代の特攻がバレたのか…必死に頭を回す。


「ったく…そんなでかい声で告ったら駐車場中丸聞こえだ、他にいなくて良かったよ。」
倫太郎に迫る諌、殴られるのか投げ倒されるか…直属の上司の恋人に告白した、そんな裏切りは許されるわけがない。
どの面な恐怖に耐えられず目を閉じた。
ぱちん、と軽い衝撃に続いて薄っぺらい痛みが一瞬額を素通り。

「勿体無い事すんなよ…。
お前、折角のモテ期到来も分かってないのか?」

「経理課の神代、外食課の鳥羽、電算課の旭川、庶務課の九堂、直販課の久野…みんなお前を狙ってるんだぞ。」
デュラハン、ウィル・オ・ウィスプ、ワイト、ファラオ、そして凪と同じドッペルゲンガー…いつの間にやら5人の魔物による争奪戦が水面下で進んでいた。

「あと、私の妹でリッチの日和も礼堂君に一目惚れしてるらしいよ。」
妹が狙う相手から突然の告白、凪が驚いたのも当然である。
ひとりの人間と複数人の魔物のハーレムも一般化した今日、魔物の重婚は法で解禁こそされているが、凄まじく面倒で長ったらしい行政の手続きが必要である。

「さて…今日暇なんだろ、ちょっと来いよ。」
確かに今日は凪にフラれ、やけ酒の後に枕を濡らしつつ不貞寝をするぐらいしか考えていなかった。
しかし、どこに連れて行かれるのか…思わず問うてしまった。

「食いながら作戦会議おっぱじめるぞ。
とりあえず、3人分の席と肉の盛り合わせは予約した。」
チャットアプリでさっさと予約を済ませ、焼肉屋に向けて出撃した。

その後、3人はこれでもかと霜降り肉や牛タン、特製ホルモンに舌鼓を打ち、全員揃って翌朝は胃もたれてで迎えることとなった。


――――――――――――――――――――――――――


月曜日、昼休みの電話当番が回ってきて休み時間が繰り下げとなったため、正午を回ってもデスクにいた凪。
細々した仕事を片付けながら、時計の長針が真下に垂れるのを今か今かと待ち望む。
いつもは諌が作る弁当、今日は思い切って自分から申し出て作ってみた。

「諌さん、気に入ってくれるかな…?」
自らが作る料理のこだわりは強いが、凪の作った料理はどんなに口に合わなくても必ずどこかは褒めてくれる。
あまり得意ではなかった料理が諌のおかげで好きになり始めている。

遠くから救急車のサイレンが聞こえ、どんどん近付き通り過ぎる――と思いきや、けたたましいサイレンを響かせながら駐車場に入ってエントランス前に停車した。

「ナギちゃん、救急隊の人が来るから玄関のオートロック解除して!」
諌や倫太郎と同じ管理課のパイロゥ、千樹レイカが事務所に飛び込んできた。
耳を覚ますと、食堂のある方向で凄まじい騒ぎが起きている。

「何かあったんですか?」





イサミンが倒れた。
25/09/20 13:53更新 / 山本大輔
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■作者メッセージ
次回予告
諌が倒れ、救急搬送された。
周りに渦巻く不穏な噂、初めて垣間見る諌の過去…。
次回『ようこそ絶望』、お楽しみに。

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ご一読、ありがとうございます。
若手の頃、好きだった人妻の先輩に告白して当然ながらフラれた経験が元になっています。
夫婦で退勤する時に呼び止め、土下座で告白しました。
相当カオスだったんでしょうね、旦那さんがその場でツボってしまい謝りながらゲラゲラとその場でのたうち回っていました。

さて、次回から弩シリアスパートに突入します。
今回はとりあえずウォーミングアップ、小休憩を挟みつつ色々ふたりに酷い目に遭ってもらうよていです。
結末はほぼ固まってるので、そこにどう誘導するか…って所ですね。

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