C2H5OH
12月21日、土曜日の昼近く、遅く起きた湊凪はひとりアニメを見ながらトーストを頬張っていた。
傍らにホットミルクとマーガリン、リンゴジャム。
そのリンゴジャムを作った凪の恋人、溝呂木諌はここにはいない。
深夜に家を出て、車で2時間ほどの港から出た船に乗って寒ブリを狙いに出掛けている。
凪のスマートフォンから軽快な着信音。
「あっ、諌さんだ。
でも、船が上がるのはもうちょっと後のはず…。」
船上、特に沖合では携帯の電波が通じにくい事が多々ある。
電話が掛かってくるということは即ち、陸に近付いたか戻ったか…ということになる。
『今から帰るんですけど…ちょっと面倒なことが。』
電話口の諌の口調から、嫌な予感が更に強まった。
「特に怪我とかトラブルじゃないんですけど……いやぁ……」
その諌はSUVのリアゲートを開けてトランクに腰掛け、スマートフォンを持ってない方の手で先に帰る同行者に手を振っていた。
「釣りすぎました、確実に持て余します。」
丸々と肥えてこれでもかと脂の乗った寒ブリが、持ち込んだ80リットル入りの大型クーラーボックスや、急遽釣船から買った超大型の発泡スチロールの箱にのたうち回ること合計11本。
船上で締めと血抜き、内臓の処理は済ませているとはいえ、相当な重さになっている。
ばつの悪そうな笑顔を浮かべながら、諌はぽりぽりと後頭部を掻いた。
―――――――――――――――――――――――――――
「よく釣ったもんだねぇ…」
12月24日の昼過ぎ、バー『クオーツ』オーナーのエキドナ、敦子は腕組みをして少し呆れた様子でため息をつく。
朝早くにドッペルゲンガーの妹が置いていった大きな発泡スチロール箱の中には、真空パックされた特大のブリの刺身の柵が大量の氷の中に埋もれている。
諌が釣ってからまる三日、凍らないぎりぎりの低温で熟成されたその身は、透き通っていながら蠱惑的な輝きを放っていた。
昼食にカマの部分を塩焼きにしたが、グリルの火で燃えてもなお醤油を悉く弾いてしまうほどの脂の乗りであった。
夕方に諌が全て準備する、と言って柳刃包丁や大きなまな板も置いていった。
「…しゃぶしゃぶ用にポン酢でも買っておくか。」
敦子は苦い笑顔で発泡スチロール箱の蓋を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――
『メリークリスマース!』
クオーツの店内、ぽんぽんとクラッカーが次々弾けて硝煙の臭いが立ち込める。
クリスマスイブの夜、湊家の娘――県内の方々に散らばって大学に進学したり、働いていたりしている――たちが長女の敦子の号令で一堂に集まり、クリスマスパーティーを開くのが毎年の慣わしになっている。
「はいお待ちどうさま、寒ブリの握りでござい!」
諌が寿司桶にこれでもかと盛られたブリの握り寿司をテーブルに置いた。
少し前は近くのスーパーから買ったオードブルやファストフードチェーンのフライドチキンなどが定番だったが、今年はブリのフルコースとなった。
ブリの刺身に叩き、ブリしゃぶ、ブリの握り寿司に巻き寿司、ブリ大根…釣ったばかりか料理まで諌が全てこなしている。
「まさか凪姉さんが彼氏持ち一番乗りとは…ぶっちゃけ想像してなかった。」
リッチの三女、日和(ひより)がジントニックを傾けながらしみじみと呟いた。
「へぇ、魔物って恋愛にめちゃくちゃアクティブなイメージあるのに、意外。」
おろしニンニク入りの酢味噌を巻いたブリの刺身を口に入れ、一瞬置いてスコッチのハイボールを煽る。
最初に駆け付けた酢の酸味とニンニクの風味にピートの香りとアルコール、炭酸の援軍で暴力的なブリの脂を迎撃し、口飽きすることなく次に次にと口に運ぶ。
「うちは独り立ちするまで異性とキス以上はいっていけない、って母に言われてるんです。
母も祖母にそんな事言われてたらしくて…逆に許嫁になってしまうのは良いらしいんですけど。」
レッドキャップの六女、來羽が腹身を何枚も箸で掴んで豪快にポン酢に浸し、口に運ぶ。
湊家は魔物のでは珍しく男女交際に厳格な一家、凪たちの母もご多分に漏れずその厳しいしきたりを例外なく敷いている。
「ねーねー、2人がどうして付き合ったのか教えてよー!」
参加メンバーでは最年少で唯一飲酒できない年齢の十女、猫又の友香(ゆか)の一言で店内は一瞬にして法廷になった…しかし、検事も弁護人はいない。
証人代わりの敦子と判事の妹たち、その中で2人の被告人は経緯を話した。
実は両片思いだったこと、凪が反魔物の暴漢に絡まれた事、たまたま近くの港で釣りをしていた諌が身を呈して護ったこと、そして2人の縁が繋がった事…
一通り尋問を終えた凪、身体の火照りと喉の渇きを抑えようと手元のオレンジジュースを一気にぐっと
「凪、飲んじゃだめ!
それ私のスクリュードライバー!」
制止する敦子、手遅れであった。
オレンジジュースにウォッカを混ぜたカクテルのスクリュードライバー、飲みやすさと度数の強さからレディキラーの代表格に列せられる。
ブリの脂をすっと流すため、敦子は普通の倍のウォッカを入れたスクリュードライバーを飲んでいた。
そして、凪はウォッカを普通の半分に減らしたスクリュードライバーも飲みきれないほどアルコールに弱い。
がっくりと項垂れる凪。
「水と炭酸を抜いたコーラ!」
急性アルコール中毒を恐れ、水分と糖分を補給させようと諌が声を荒らげる。
空気が急にぴり付くが、凪はすっと身体を起こした。
そして、諌に飛び掛かった。
「凪さん、無理しないでくださ…」
「お兄ちゃん、だいすきー!」
耳まで真っ赤に染め、とろんと濁った目で諌に抱き付きながら、頬擦りをしてきた。
その様はまるで
「凪姉さん…」
「酔っ払って…」
「幼児退行してる。」
兄に甘える幼い妹のそれであった。
凪の匂いにアルコールの匂いが混じった匂い。
種族が種族だけに決して大きくはないが、確かに柔らかいふたつの感触。
灰色のカーディガンを通じて感じる温かい体温。
普段より甘く丸い声。
緊急事態ながら、諌はそんな凪が愛おしくなって思わず優しく頭を撫でていた。
「ずるい…じゃなくて、諌くん迷惑してるから離れなさい!」
一瞬嫉妬に我を失いかけた敦子であったが、すぐ正気に戻って凪を引き剥がそうとした。
「やーあ!
お兄ちゃんを取らないで!」
必死に諌から凪を引き剥がそうとする敦子、必死に諌を離すまいとしがみ付く凪。
ふたりの魔物が全力で引っ張り合う力が諌に一気に襲ってきた。
「いだだだだだ、放してください!
ギブギブギブ、肋骨があああああああああ!」
敦子は思わず手を離すと、すかさず凪が諌を掻っ攫う。
「んふ〜お兄ちゃ〜ん♪
あむっ<♥>」
「うっ…凪…さん…そこ…は…!」
凪が諌の首筋にかぷり、かぷり、と何度も甘噛みを仕掛ける。
柔らかい唇、ぬるりとした舌、そこに歯の当たる甘い痛みがアクセントになり、諌の理性に蕩けそうな多幸感と快楽の波状攻撃が加えられる。
普段なら我慢しきれず事に及ぶ状況だが、ここは曲がりなりにも公共の場、身内とはいえ周りに人もいる。
一度崩された理性をその場で緊急補修しながら必死に耐える。
「お兄ちゃん、わたしと……」
諌に馬乗りになり、理性に最後の一撃を加えようとした凪だったが、次の瞬間、再びがっくりと項垂れた。
するりと身を引っこ抜き、凪の意識を確認する。
すぅ…すぅ…と穏やかで幸せそうな寝息を立てて眠っていた。
―――――――――――――――――――――――――――
早朝、時間に目が覚めた。
普段より1時間近く早い起床、年に数回利用する店の2階の姉の寝室。
「…起きた?」
起きて早々、敦子の低い声が頭に響く。
「まったく…少し気を付けなさい。
昨日は暴走して諌くんに迷惑掛けたんだから、ちゃんと謝りなさいよ?」
文字通り蛇に睨まれた蛙のような状態、下手に反抗したら敦子の下半身の蛇体で締め上げられかねない。
台所から漂う、否が応でも空腹を誘う心地よい出汁の香り。
恐る恐る
「あの…諌さん…昨日は酔っ払ってご迷惑を…」
凪が来た事に気付いた諌、クッキングヒーターの火を止めて凪に一気に詰め寄る。
「昨晩は素晴らしい体験をさせていただきました。
最高のクリスマスプレゼント、幸せでした、本当にご馳走様でした。」
凪の足下に蹲い、三つ指をついて平伏し、額を床に擦り付ける…土下座、感謝の土下座。
突然の事態に慌てる凪と呆れる敦子のそばでたっぷり30秒、そのあとすぐに立ち上がり、冷蔵庫から密閉容器を取り出した。
その中で一晩仕込まれたブリの漬けを白飯の上に乗せ、鰹と昆布、干し椎茸で取った塩味の出汁を掛けたお茶漬けで3人はいそいそと朝食を済ませた。
―――――――――――――――――――――――――――
観音開きのリアドアを開け、持ってきた荷物を後部座席に置いてから諌が乗り込んだ。
魔法で蛇の下半身を二本の脚に変えた敦子が運転席に、慣れた様子で凪が助手席に座った。
「何から何まですいません、義姉さん。」
シフトレバーがニュートラルになってることを確認してからエンジンを掛ける。
「…諌くんと私がタメってさっき知ったんだよね、それに私早生まれだからまだ誕生日来てないし。」
うまくエンジンが掛からない、アクセルペダルを思いっ切り踏み込んでキーを回し、エンジンの中の余計な燃料を吐き出す。
改めてエンジンを掛ける、やっとエンジンが掛かった。
「まあ、遅刻しないように気を付けて…お兄ちゃん♪」
凪が頬を膨らませて抗議の眼差しをぶつけてくる、諌はばつが悪そうな笑顔を浮かべながらシートベルトを締めた。
シフトをローに入れ、アクセルを踏む。
日の出直前の住宅街にロータリーエンジンの一番鶏が元気に木霊した。
傍らにホットミルクとマーガリン、リンゴジャム。
そのリンゴジャムを作った凪の恋人、溝呂木諌はここにはいない。
深夜に家を出て、車で2時間ほどの港から出た船に乗って寒ブリを狙いに出掛けている。
凪のスマートフォンから軽快な着信音。
「あっ、諌さんだ。
でも、船が上がるのはもうちょっと後のはず…。」
船上、特に沖合では携帯の電波が通じにくい事が多々ある。
電話が掛かってくるということは即ち、陸に近付いたか戻ったか…ということになる。
『今から帰るんですけど…ちょっと面倒なことが。』
電話口の諌の口調から、嫌な予感が更に強まった。
「特に怪我とかトラブルじゃないんですけど……いやぁ……」
その諌はSUVのリアゲートを開けてトランクに腰掛け、スマートフォンを持ってない方の手で先に帰る同行者に手を振っていた。
「釣りすぎました、確実に持て余します。」
丸々と肥えてこれでもかと脂の乗った寒ブリが、持ち込んだ80リットル入りの大型クーラーボックスや、急遽釣船から買った超大型の発泡スチロールの箱にのたうち回ること合計11本。
船上で締めと血抜き、内臓の処理は済ませているとはいえ、相当な重さになっている。
ばつの悪そうな笑顔を浮かべながら、諌はぽりぽりと後頭部を掻いた。
―――――――――――――――――――――――――――
「よく釣ったもんだねぇ…」
12月24日の昼過ぎ、バー『クオーツ』オーナーのエキドナ、敦子は腕組みをして少し呆れた様子でため息をつく。
朝早くにドッペルゲンガーの妹が置いていった大きな発泡スチロール箱の中には、真空パックされた特大のブリの刺身の柵が大量の氷の中に埋もれている。
諌が釣ってからまる三日、凍らないぎりぎりの低温で熟成されたその身は、透き通っていながら蠱惑的な輝きを放っていた。
昼食にカマの部分を塩焼きにしたが、グリルの火で燃えてもなお醤油を悉く弾いてしまうほどの脂の乗りであった。
夕方に諌が全て準備する、と言って柳刃包丁や大きなまな板も置いていった。
「…しゃぶしゃぶ用にポン酢でも買っておくか。」
敦子は苦い笑顔で発泡スチロール箱の蓋を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――
『メリークリスマース!』
クオーツの店内、ぽんぽんとクラッカーが次々弾けて硝煙の臭いが立ち込める。
クリスマスイブの夜、湊家の娘――県内の方々に散らばって大学に進学したり、働いていたりしている――たちが長女の敦子の号令で一堂に集まり、クリスマスパーティーを開くのが毎年の慣わしになっている。
「はいお待ちどうさま、寒ブリの握りでござい!」
諌が寿司桶にこれでもかと盛られたブリの握り寿司をテーブルに置いた。
少し前は近くのスーパーから買ったオードブルやファストフードチェーンのフライドチキンなどが定番だったが、今年はブリのフルコースとなった。
ブリの刺身に叩き、ブリしゃぶ、ブリの握り寿司に巻き寿司、ブリ大根…釣ったばかりか料理まで諌が全てこなしている。
「まさか凪姉さんが彼氏持ち一番乗りとは…ぶっちゃけ想像してなかった。」
リッチの三女、日和(ひより)がジントニックを傾けながらしみじみと呟いた。
「へぇ、魔物って恋愛にめちゃくちゃアクティブなイメージあるのに、意外。」
おろしニンニク入りの酢味噌を巻いたブリの刺身を口に入れ、一瞬置いてスコッチのハイボールを煽る。
最初に駆け付けた酢の酸味とニンニクの風味にピートの香りとアルコール、炭酸の援軍で暴力的なブリの脂を迎撃し、口飽きすることなく次に次にと口に運ぶ。
「うちは独り立ちするまで異性とキス以上はいっていけない、って母に言われてるんです。
母も祖母にそんな事言われてたらしくて…逆に許嫁になってしまうのは良いらしいんですけど。」
レッドキャップの六女、來羽が腹身を何枚も箸で掴んで豪快にポン酢に浸し、口に運ぶ。
湊家は魔物のでは珍しく男女交際に厳格な一家、凪たちの母もご多分に漏れずその厳しいしきたりを例外なく敷いている。
「ねーねー、2人がどうして付き合ったのか教えてよー!」
参加メンバーでは最年少で唯一飲酒できない年齢の十女、猫又の友香(ゆか)の一言で店内は一瞬にして法廷になった…しかし、検事も弁護人はいない。
証人代わりの敦子と判事の妹たち、その中で2人の被告人は経緯を話した。
実は両片思いだったこと、凪が反魔物の暴漢に絡まれた事、たまたま近くの港で釣りをしていた諌が身を呈して護ったこと、そして2人の縁が繋がった事…
一通り尋問を終えた凪、身体の火照りと喉の渇きを抑えようと手元のオレンジジュースを一気にぐっと
「凪、飲んじゃだめ!
それ私のスクリュードライバー!」
制止する敦子、手遅れであった。
オレンジジュースにウォッカを混ぜたカクテルのスクリュードライバー、飲みやすさと度数の強さからレディキラーの代表格に列せられる。
ブリの脂をすっと流すため、敦子は普通の倍のウォッカを入れたスクリュードライバーを飲んでいた。
そして、凪はウォッカを普通の半分に減らしたスクリュードライバーも飲みきれないほどアルコールに弱い。
がっくりと項垂れる凪。
「水と炭酸を抜いたコーラ!」
急性アルコール中毒を恐れ、水分と糖分を補給させようと諌が声を荒らげる。
空気が急にぴり付くが、凪はすっと身体を起こした。
そして、諌に飛び掛かった。
「凪さん、無理しないでくださ…」
「お兄ちゃん、だいすきー!」
耳まで真っ赤に染め、とろんと濁った目で諌に抱き付きながら、頬擦りをしてきた。
その様はまるで
「凪姉さん…」
「酔っ払って…」
「幼児退行してる。」
兄に甘える幼い妹のそれであった。
凪の匂いにアルコールの匂いが混じった匂い。
種族が種族だけに決して大きくはないが、確かに柔らかいふたつの感触。
灰色のカーディガンを通じて感じる温かい体温。
普段より甘く丸い声。
緊急事態ながら、諌はそんな凪が愛おしくなって思わず優しく頭を撫でていた。
「ずるい…じゃなくて、諌くん迷惑してるから離れなさい!」
一瞬嫉妬に我を失いかけた敦子であったが、すぐ正気に戻って凪を引き剥がそうとした。
「やーあ!
お兄ちゃんを取らないで!」
必死に諌から凪を引き剥がそうとする敦子、必死に諌を離すまいとしがみ付く凪。
ふたりの魔物が全力で引っ張り合う力が諌に一気に襲ってきた。
「いだだだだだ、放してください!
ギブギブギブ、肋骨があああああああああ!」
敦子は思わず手を離すと、すかさず凪が諌を掻っ攫う。
「んふ〜お兄ちゃ〜ん♪
あむっ<♥>」
「うっ…凪…さん…そこ…は…!」
凪が諌の首筋にかぷり、かぷり、と何度も甘噛みを仕掛ける。
柔らかい唇、ぬるりとした舌、そこに歯の当たる甘い痛みがアクセントになり、諌の理性に蕩けそうな多幸感と快楽の波状攻撃が加えられる。
普段なら我慢しきれず事に及ぶ状況だが、ここは曲がりなりにも公共の場、身内とはいえ周りに人もいる。
一度崩された理性をその場で緊急補修しながら必死に耐える。
「お兄ちゃん、わたしと……」
諌に馬乗りになり、理性に最後の一撃を加えようとした凪だったが、次の瞬間、再びがっくりと項垂れた。
するりと身を引っこ抜き、凪の意識を確認する。
すぅ…すぅ…と穏やかで幸せそうな寝息を立てて眠っていた。
―――――――――――――――――――――――――――
早朝、時間に目が覚めた。
普段より1時間近く早い起床、年に数回利用する店の2階の姉の寝室。
「…起きた?」
起きて早々、敦子の低い声が頭に響く。
「まったく…少し気を付けなさい。
昨日は暴走して諌くんに迷惑掛けたんだから、ちゃんと謝りなさいよ?」
文字通り蛇に睨まれた蛙のような状態、下手に反抗したら敦子の下半身の蛇体で締め上げられかねない。
台所から漂う、否が応でも空腹を誘う心地よい出汁の香り。
恐る恐る
「あの…諌さん…昨日は酔っ払ってご迷惑を…」
凪が来た事に気付いた諌、クッキングヒーターの火を止めて凪に一気に詰め寄る。
「昨晩は素晴らしい体験をさせていただきました。
最高のクリスマスプレゼント、幸せでした、本当にご馳走様でした。」
凪の足下に蹲い、三つ指をついて平伏し、額を床に擦り付ける…土下座、感謝の土下座。
突然の事態に慌てる凪と呆れる敦子のそばでたっぷり30秒、そのあとすぐに立ち上がり、冷蔵庫から密閉容器を取り出した。
その中で一晩仕込まれたブリの漬けを白飯の上に乗せ、鰹と昆布、干し椎茸で取った塩味の出汁を掛けたお茶漬けで3人はいそいそと朝食を済ませた。
―――――――――――――――――――――――――――
観音開きのリアドアを開け、持ってきた荷物を後部座席に置いてから諌が乗り込んだ。
魔法で蛇の下半身を二本の脚に変えた敦子が運転席に、慣れた様子で凪が助手席に座った。
「何から何まですいません、義姉さん。」
シフトレバーがニュートラルになってることを確認してからエンジンを掛ける。
「…諌くんと私がタメってさっき知ったんだよね、それに私早生まれだからまだ誕生日来てないし。」
うまくエンジンが掛からない、アクセルペダルを思いっ切り踏み込んでキーを回し、エンジンの中の余計な燃料を吐き出す。
改めてエンジンを掛ける、やっとエンジンが掛かった。
「まあ、遅刻しないように気を付けて…お兄ちゃん♪」
凪が頬を膨らませて抗議の眼差しをぶつけてくる、諌はばつが悪そうな笑顔を浮かべながらシートベルトを締めた。
シフトをローに入れ、アクセルを踏む。
日の出直前の住宅街にロータリーエンジンの一番鶏が元気に木霊した。
24/12/24 12:33更新 / 山本大輔