Extra:双子
「いやぁ…きつかった。」
「もーーーーう無理!」
腹ごなしに小石川邸の縁側をゆっくり歩く啓介と恵。
大量の鯛焼きを食べ切るまで解放されず、大盛りの天ぷらそばと鯛焼き、更に恵はカレーパンと中華まんとソフトクリームまでひしめき合う胃袋。
啓介は中学の頃に合宿で体づくりとして行われた地獄の食トレ――合宿期間中、毎日ひとり1升の米を食べさせられた――を思い出すほどであった。
その時、ふたり同時に嫌な殺気を感じる。
恵が咄嗟に啓介の陰に隠れ、飛び込んで来た黒い影を啓介が左肘で跳ね飛ばす。
「へぶっ!」
黒い影は中庭を舞ってツツジの木に叩きつけられ、間抜けな断末魔を上げた。
「人をバリケード扱いすんなよ。」
「近くにいた、あんたが悪い。」
そう軽口をぶつけながら下手人を揃って睨み付ける。
最上級の黒檀や最高級の黒真珠すら薄汚れて見えるほど美しい黒髪、その眼は恵や加那と同じく赤珊瑚のような妖艶な紅色、その整った顔立ちは敵意の矛先にされている恵に酷似している。
「ようナツ久しぶり、髪染めた?」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!うっっっっざい!」
立ち上がって地団駄を踏むのは小石川夏海、恵の双子の姉であり、当然ながら彼女もまた啓介の幼馴染みである。
昔からセミロングの恵と対照的なセミショート、恵と比べるとやや華奢な体格で顔付きも僅かに幼く、唇の下の艶ぼくろの代わりに左目の側に泣きぼくろ。
髪型以外は瓜二つと言われるが、啓介に掛かればふたりを見分けるのに0.5秒も要しない。
「なんであんたが鯛焼き食べんのさ!
おかげであたしの取り分減ったじゃん!」
激昂のあまり、髪に掛けていた魔法が解けて本来の美しい銀髪が顕になる。
躾のなっていない小型犬の如く、ふたりに対して吠え散らかす夏海。
政令指定都市にも指定されている瑞穂県最大の都市の瑞穂市に住む夏海、高速道路で一時間も掛からず姉妹の再会は果たせるのだが、生憎姉妹は水と油。
こうして顔を合わせるのは正月以来、言葉を交わすのに至っては1年以上ものブランクがある。
「ちょっとうちと啓介んちへ挨拶に。」
「そういう事だ、ナツ…いや、夏海義姉さん♪」
そう言いながら薬指を強調するように左手の甲を向ける。
「政略結婚、それとも同じ職場の妥協の結果?
まあお似合いだこと、どーせ書面だけの仮面夫婦にしかならないのに。」
幸せそうなふたりにひねくれ全開の夏海は思い切り悪態をつく、それに激怒して殴り掛からんとする啓介を恵が右手で制した。
「ま、酒の勢いでヤったのがきっかけなのは認める、でも啓介に対する愛はそんなヤワなものじゃない。
もし父ちゃん母ちゃんが反対するなら全面戦争の覚悟はあった、私だけの勇者様に手出しはさせない。」
そばにいる啓介が思わず顔をしかめるほどにびりびりとした空気。
思わず顔を背けると、家の前に止まっているコンパクトSUVに目が止まった。
「煽り運転仕掛けるやつには分からんさ。」
やや斜めに停められたコンパクトSUV、ボディのカラー、それなりの値段のするエアロパーツ、少し下げられた車高、そしてナンバー…今朝しつこく煽り運転を仕掛けてきたそれであった。
「恵の車だからやっ…」
「あれ俺の車、左ハンドルだからメグがいるのは助手席。」
言い訳をしようとしても先回りして逃げ道を塞がれる、その辺りは
「この前偶然あの車から恵が降りたの見て、めちゃくちゃ嫉妬した。
…ごめん。」
思いのほか素直に謝った夏海。
啓介は端から夏海の蛮行を警察に突き出すつもりは無かった。
近いうち義姉になる幼馴染みに対する同情や憐れみではなく、ドライブレコーダーの画像を出そうものならとんでもないスピード違反で自分も免許取り消しになりかねないと判断していた。
「今度SNSや動画での働きぶり、コメントはしないけど見守らせてもらう。
だからと言って許すつもりはないし、夏海の事は嫌いなのは変わらない。」
「わかった、そっちも頑張って。
…あたしもあんた達のこと嫌いだけど。」
静かにふたりとひとりは別れた。
そんな2人の娘の雪解けの兆しを、少し離れた茶の間の窓から『魔王』は目を細くして眺めていた。
―――――――――――――――――――――――――――
『おいっすー!
大地アルトでーす!』
夕方、自宅に戻ったふたりはノートPCで動画サイトを開いていた。
可愛らしい中性的な外観のポニーテールのCGモデルが様々な表情を見せる、所謂バーチャル配信チャンネルである。
『今日はちょっと懐ゲーを実況プレイしてみま〜す!』
幼い頃、姉妹で順番を巡って何度も喧嘩をした思い出のゲーム。
姉が心底楽しんでいるのを、声だけでも感じ取っていた。
「ナツのやつ、インフルエンサーとバーチャル配信で俺たちの給料と同じぐらい稼いでいるんだってさ。」
スマートフォン片手に風呂上がりでほこほこしながら、啓介がソファーに座った。
「今度さ、三人でご飯行かない?」
「分かった、その時には俺たちも結こ…』
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!』
肝心なことを話そうとした時、プレイヤーキャラが穴に落っこちてミスとなってしまった。
啓介は少し大袈裟に、画面にしかめっ面を見せつけて不満をぶつけていた。
「もーーーーう無理!」
腹ごなしに小石川邸の縁側をゆっくり歩く啓介と恵。
大量の鯛焼きを食べ切るまで解放されず、大盛りの天ぷらそばと鯛焼き、更に恵はカレーパンと中華まんとソフトクリームまでひしめき合う胃袋。
啓介は中学の頃に合宿で体づくりとして行われた地獄の食トレ――合宿期間中、毎日ひとり1升の米を食べさせられた――を思い出すほどであった。
その時、ふたり同時に嫌な殺気を感じる。
恵が咄嗟に啓介の陰に隠れ、飛び込んで来た黒い影を啓介が左肘で跳ね飛ばす。
「へぶっ!」
黒い影は中庭を舞ってツツジの木に叩きつけられ、間抜けな断末魔を上げた。
「人をバリケード扱いすんなよ。」
「近くにいた、あんたが悪い。」
そう軽口をぶつけながら下手人を揃って睨み付ける。
最上級の黒檀や最高級の黒真珠すら薄汚れて見えるほど美しい黒髪、その眼は恵や加那と同じく赤珊瑚のような妖艶な紅色、その整った顔立ちは敵意の矛先にされている恵に酷似している。
「ようナツ久しぶり、髪染めた?」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!うっっっっざい!」
立ち上がって地団駄を踏むのは小石川夏海、恵の双子の姉であり、当然ながら彼女もまた啓介の幼馴染みである。
昔からセミロングの恵と対照的なセミショート、恵と比べるとやや華奢な体格で顔付きも僅かに幼く、唇の下の艶ぼくろの代わりに左目の側に泣きぼくろ。
髪型以外は瓜二つと言われるが、啓介に掛かればふたりを見分けるのに0.5秒も要しない。
「なんであんたが鯛焼き食べんのさ!
おかげであたしの取り分減ったじゃん!」
激昂のあまり、髪に掛けていた魔法が解けて本来の美しい銀髪が顕になる。
躾のなっていない小型犬の如く、ふたりに対して吠え散らかす夏海。
政令指定都市にも指定されている瑞穂県最大の都市の瑞穂市に住む夏海、高速道路で一時間も掛からず姉妹の再会は果たせるのだが、生憎姉妹は水と油。
こうして顔を合わせるのは正月以来、言葉を交わすのに至っては1年以上ものブランクがある。
「ちょっとうちと啓介んちへ挨拶に。」
「そういう事だ、ナツ…いや、夏海義姉さん♪」
そう言いながら薬指を強調するように左手の甲を向ける。
「政略結婚、それとも同じ職場の妥協の結果?
まあお似合いだこと、どーせ書面だけの仮面夫婦にしかならないのに。」
幸せそうなふたりにひねくれ全開の夏海は思い切り悪態をつく、それに激怒して殴り掛からんとする啓介を恵が右手で制した。
「ま、酒の勢いでヤったのがきっかけなのは認める、でも啓介に対する愛はそんなヤワなものじゃない。
もし父ちゃん母ちゃんが反対するなら全面戦争の覚悟はあった、私だけの勇者様に手出しはさせない。」
そばにいる啓介が思わず顔をしかめるほどにびりびりとした空気。
思わず顔を背けると、家の前に止まっているコンパクトSUVに目が止まった。
「煽り運転仕掛けるやつには分からんさ。」
やや斜めに停められたコンパクトSUV、ボディのカラー、それなりの値段のするエアロパーツ、少し下げられた車高、そしてナンバー…今朝しつこく煽り運転を仕掛けてきたそれであった。
「恵の車だからやっ…」
「あれ俺の車、左ハンドルだからメグがいるのは助手席。」
言い訳をしようとしても先回りして逃げ道を塞がれる、その辺りは
「この前偶然あの車から恵が降りたの見て、めちゃくちゃ嫉妬した。
…ごめん。」
思いのほか素直に謝った夏海。
啓介は端から夏海の蛮行を警察に突き出すつもりは無かった。
近いうち義姉になる幼馴染みに対する同情や憐れみではなく、ドライブレコーダーの画像を出そうものならとんでもないスピード違反で自分も免許取り消しになりかねないと判断していた。
「今度SNSや動画での働きぶり、コメントはしないけど見守らせてもらう。
だからと言って許すつもりはないし、夏海の事は嫌いなのは変わらない。」
「わかった、そっちも頑張って。
…あたしもあんた達のこと嫌いだけど。」
静かにふたりとひとりは別れた。
そんな2人の娘の雪解けの兆しを、少し離れた茶の間の窓から『魔王』は目を細くして眺めていた。
―――――――――――――――――――――――――――
『おいっすー!
大地アルトでーす!』
夕方、自宅に戻ったふたりはノートPCで動画サイトを開いていた。
可愛らしい中性的な外観のポニーテールのCGモデルが様々な表情を見せる、所謂バーチャル配信チャンネルである。
『今日はちょっと懐ゲーを実況プレイしてみま〜す!』
幼い頃、姉妹で順番を巡って何度も喧嘩をした思い出のゲーム。
姉が心底楽しんでいるのを、声だけでも感じ取っていた。
「ナツのやつ、インフルエンサーとバーチャル配信で俺たちの給料と同じぐらい稼いでいるんだってさ。」
スマートフォン片手に風呂上がりでほこほこしながら、啓介がソファーに座った。
「今度さ、三人でご飯行かない?」
「分かった、その時には俺たちも結こ…』
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!』
肝心なことを話そうとした時、プレイヤーキャラが穴に落っこちてミスとなってしまった。
啓介は少し大袈裟に、画面にしかめっ面を見せつけて不満をぶつけていた。
24/12/18 21:31更新 / 山本大輔
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