連載小説
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After Stories・A few…later
-A few minutes later-

「やっぱり…お付き合いする話、取り消しできませんか?」
凪の頼み事に場が凍り付いた。

「私なんかが溝呂木さんの彼女になるなんて、凄くおこがましいと思うんです。」
決死の願いを聞いた諌、大きく安堵のため息をつき、車のスタートスイッチを押した。

「それに…ここにいるのはドッペルゲンガー、隣に気色の悪い化け物がいて嫌じゃないですか!?」

「事実と異なる事を言わないでください。
わたしの隣にいるのは優しくてめちゃくちゃ仕事ができていつも落ち着いてて頼り甲斐があって凄く可愛くて声が綺麗でいい匂いがして目が綺麗で幸せそうに食事してる姿が最高でいつも全力でいつも隣にいたくて…とにかく、何もかもすべてが最高で大好きで自慢の恋人、それが厳然たる事実です。」
何年も何年も胸に秘めてきた凪への愛情、人魔総じて如月支社トップクラスの肺活量を遺憾無く発揮して一気にぶちまけた。

「でも…でも溝呂木さんなら私なんかより…」
「仕方ない、実力行使します。」
右足でブレーキペダルを強く踏み付け、運転席から助手席へと思い切り身を乗り出した。

自ら仕掛けた時と同じふるりとした唇への圧力、つい先程まで海辺に立っていたため服から漂う海の匂い、耳に入るのは早鐘のように鳴り響く心臓の鼓動。
驚き、達成感、安心感。
数秒後には心臓が落ち着き、とごとごとご…という水平対向エンジンの囁きを聞き取れるほどになっていた。

「わたしは…いや、オレはどれだけ自分自身を侮辱されても気にならないです。
でも、オレが好きなコトやモノ、愛する人を悪く言うやつには容赦しないつもりです…たとえ本人であっても。」
諌が不届き者から守ってくれた時に見せた眼、戦闘状態にあるとすぐわかる敵意剥き出しの眼。
普段横目で見たことはあるが、直接向けられたのは初めてだった。
否が応でも口角が緩む。

「さて…と、行きますか。
ナビお願いします、湊さん…いや、凪さん。」
「はい、諌さん♪」
シフトレバーをマニュアルモードへ移し、電動パーキングブレーキを解除し、アクセルペダルを踏みつけた。
ターボエンジンが自信たっぷりに応え、SUVが動き始めた。




-A few hours later-

如月市の隣の東星町にあるバー『クオーツ』。
クローズとなった店の中、諌の手には氷だけのグラスがあった。

「凪は寝てる…色々あって疲れたんだろうね。」
店の奥から下半身が蛇の姿をしたバーテンダーが出てきた。
この店のオーナーの湊敦子、凪の姉で種族はエキドナ。

「申し訳ないです、こちらまで御相伴に預かって。」
深々と頭を下げた諌。

「いいっていいって、義弟にはこのぐらいご馳走しないと。
そうか、君だったのか…凪がずっと気になってた『カレ』って。」
感慨深そうに諌の顔を覗き込む敦子。

「君が入社した時から、あの子は君の事が好きだったんだよ?
ずっと君のこと自慢してた…まさか先を越すとは思わなかったけど。」
「嬉しいけど、正直たまげました。
正直オレの片想いだとばかりずっと思ってましたよ。」
諌は澤井フーズに入社して3日目、工場の研修の最中に労災事故に遭っていた。
棚から落ちてきた番重(筆者注:ばんじゅう、食品を入れる薄いコンテナ)を受け止めようと額に直撃、幸い小さなタンコブで事は済み、1時間足らずで病院から戻ってきた。
社長や人事部の報告の後、教育係であった2年目の湊凪主任に顛末を伝え、皆に会社に迷惑を掛けたことを詫びて頭を深々と下げた。

『今後、絶対に自分を犠牲にしないでください!
会社への迷惑、私の迷惑…それ以前にあなた自身が不幸になるんです!』
目に涙を浮かべ、歯を食いしばって大きな声で叱り、諌の両手をぎゅっと握ってきた。

「あの時の凪さんの手、暖かくて柔らかくて…微かに震えていました。
数日前まで赤の他人だったオレを、怒鳴ることへの恐怖に必死に耐えてまで叱ってくれた、こんなに優しい人がこの世にいるんだ、そう思えたんです。」
「ふーん…で、惚れたと。」
悪戯っぽい返しにさも当たり前のように頷いた諌。
凪の飲み残しのモスコミュールを掠め取り、一気に飲み干した。
苦手な生姜の風味、知ってるモスコミュールよりずっと弱いアルコールの匂い。

間接的ながらこの日3度目のキスの後、グラスの氷が何か言いたげにからりと音を立てた。


-A few days later-

昼前の如月支社の喫煙室、千樹瞬が加熱式の煙草を燻らせていた。

「お、セン君じゃんおつ〜。」
パイロゥの火野レイカがいそいそと喫煙室に入ってきた。
煙草を咥え、指先から出た火を先端に移し、ニコチンとタールを含んだ紫煙を燻らす。

「そういえば、湊課長補に彼氏出来たって知ってます?」
「イサミンでしょ?
首筋にめっちゃ赤い跡付いてた、ありゃゆうべ相当…ナギちゃんも魔物、隅に置けないね。」
瞬は口から少し焦げ臭い水蒸気を吐き、生まれたてほやほやのカップルの様子を思い浮かべてにやりと笑顔を浮かべた。

「レイカさん。」
「ん、何さ?」
「俺ら付き合いません?」
「…午後半有給申請ね。」
「振休残ってるんで。」
レイカは煙草の火を消し、円柱状の灰皿の蓋に設けられた穴にシケモクを放り込んだ。

「はいよ、腰やるからうち来る前にサポーターかコルセット用意しな。」
レイカは瞬に万札と瓶入りのドリンク剤を渡した。
ラベルを見て、慌てて隠すようにポケットに瓶を押し込んだ。

レイカが喫煙室から出てくる時、瞬の携帯から少し調子外れな着信音が響いているのが耳に入ってきた。









その日、千樹瞬はクレームの対応で深夜まで残業する羽目になった。
24/05/17 00:07更新 / 山本大輔
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■作者メッセージ
ご一読、ありがとうございました。

これにて物語は一旦締めとします。
タイトルや本文の「A few ○○ later」は海底が舞台の四角いズボンが主人公の某洋モノギャグアニメのタイムカードが元ネタです。
学生時代、アイツのモチーフである海綿動物を研究していました。
なんやかんやで独身時代観まくった挙句、コンプリートボックス全巻買いました。
唯一円盤持ってるアニメです。


さて、次は負けヒロインかポンコツヒロインを書いてみたいなぁ…と何となく思っています。
…どっちにしよう。

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