戦乙女の主と堕落に関する考察
「おかしいですわヴァイオレットお姉様!」
暇なので部屋で寝転がっていると黒いシスター服を着た金髪で青い目をしたリリムが入ってきました。
「一体何がおかしいというんですかシエル?」
「ヴァルキリーのことですわ!図鑑が更新すればわかると思ってたのに余計わからなくなるってどういうことですの?!」
シエルは興奮して顔を近づけて来ました。
「わかりました。話を聞きますから少し落ち着いて下さい」
私はメイドに紅茶を出すように指示を出し、シエルに座るように促しました。
「それでヴァルキリーのどこがおかしいんですか?天使や戦乙女に深く関わってる立場から答えて下さい」
シエルは見ての通り堕落神の使徒です。魔王軍では堕落神や他の神の眷属とのパイプ役を勤めています。
「まずほとんどのヴァルキリーが図鑑と食い違ってますわ。派遣したヴァルキリーのほとんどが勇者を会ってすぐに篭落しようとしてますの。その癖誘惑ばかりしてるヴァルキリーに限って全然ダークヴァルキリーになる気配がないですし。かと思えば貞淑そうに見えるヴァルキリーが次の日には落ちてたりしてて正直意味がわからないですわ。後堕落神様の声に鈍感なのか堕落しないヴァルキリーがやけに多いですわね」
シエルは一息でそう言うと紅茶を飲み干しました。
「ふむ。図鑑を見る限りだとほとんどのヴァルキリーが派遣された時にすでに魔物の魔力に侵されてるということになりますが、天界から来てそこまでの魔力を取り込むとは正直考えづらいです。すぐにダークヴァルキリーになる個体にしても勇者の欲望に応えようとする過程がすっ飛び過ぎですね。図鑑を見ると余計訳がわからなくなるのもおかしくないと思います」
「でしょう?!本当に図鑑の説明と食い違うヴァルキリーが多すぎますわ。2%くらいの例外について書いてどうするって言うんですの!」
…2%?何やら聞き覚えがあるような気がします。
「2%程?図鑑通りのヴァルキリーはそれだけしかいないんですか?」
「ええ。後は97%のビッチヴァルキリーと、1%の即堕ちヴァルキリーといったところですね」
97:2:1…。この割合が指し示すことといえば…。
「…なるほど。そういうことですか」
私は思わず呟きました。
「わかりましたの?!」
「ええ。どうやら私たちは図鑑の文章に惑わされていたようです」
私は本棚から図鑑を取り出しました。
「まずビッチヴァルキリーから説明します。シエルがビッチヴァルキリーと図鑑が食い違ってると感じたのはヴァルキリーは禁欲的だと書いてあるからですよね?」
「ええ。禁欲的なら勇者を誘惑なんかするはずないんじゃありませんの?」
シエルの言葉に私は頷きました。
「普通ならそうでしょう。しかしもしヴァルキリーが勇者と出会った時から神の声が勇者を誘惑するように言っていたとしたらどうでしょうか?」
「勇者と出会った時から?堕落していないのだとすると。…まさか?!」
シエルはハッとしたような顔をしました。どうやら気付いたようですね。
「そう、ビッチヴァルキリーの主は反主神派の神だったというわけです。彼女たちが堕落しているのを自覚することがないのも当然ですね。実際の神の声と堕落した後に頭に響いてくる声が同じなんですから。彼女たちにとっては神の命令だからしかたないというのは自分への言い訳ではなくてほとんど本心になってしまってるんでしょうね」
「では即堕ちと図鑑通りのヴァルキリーの違いはどうして出てくるんですの?」
シエルはそう言って首を傾げました。
「おそらく即落ちが主神派のヴァルキリーで、図鑑ヴァルキリーは中立派のヴァルキリーでしょうね」
「?主神派の神は魔物を滅ぼしたいのでしょう?なんで堕落しやすいヴァルキリーを送ってるんですの?」
シエルはわけがわからないという顔をしました。
「先ほども言いましたがヴァルキリーの堕落には自分の頭の中の声が神の声などではなくて自分の欲望だと気付くことが必要になってきます。ここまで言えばわかりますよね」
「…主神派の神は人間と魔物の性交が見たくないから魔物を滅ぼそうとしてますわ。そんな神が自分の使徒と勇者が交わるように言うはずがないですわよね。つまり勇者と交われとかいう声が聞こえたら確実に自分の欲望というわけですのね」
シエルは呆れたように言いました。
「…考えてみるとヴァルキリーって哀れですわね。主の命令に忠実でありながら、主の思惑を裏切り続けてるんですから」
シエルは物憂げな表情で言いました。
「そう重く捉えることもないですよ。ビッチヴァルキリーは勇者をたぶらかすだけで主の期待には応えてるでしょうし、普通のヴァルキリーはどう転んでも主としては損はないでしょう。即堕ちヴァルキリーは童貞の僻みから解き放たれて内心喜んでいるでしょう。それにヴァルキリーがちゃんと役目を果たしている世界もきっと存在する可能性が高いですしね」
「…?なぜ別の世界がある可能性が高いと思うんですの?」
シエルは訳がわからないという顔をしました。
「図鑑に載っているエンジェルのページには主神のエンジェルの特徴が書いてありますが、ヴァルキリーのページにはなぜか中立派の神のヴァルキリーの特徴が載っています。わざわざ他の神の眷属の特徴を書いたと考えるより、執筆者が主神の支配力が強い世界の住人だと考えた方が面白いでしょう」
私の言葉にシエルは目を閉じて考え込みました。
「…どうやってあの主神が支配力を保ったまま君臨できると言うんですの?」
「おそらく他の主神が存在している世界でしょうね。そもそも主神派以外の神が魔物の変化を問題視してないのは、今の主神が魔物を創ったのが童貞の僻みだと判明したからです。そうじゃなければ魔物に人間を殺させて人間の増長を食い止めるという名目のシステムに戻すことに賛成する神は断然多かったはずです」
「…世の中にはわたくしたちにはわからないことが多いんですのね」
シエルはそう言って溜め息を吐きました。
「だからこそ面白いんですよ。全てわかってしまうのは研究者にとっては絶望ですから」
私の顔を見るシエルの目はどことなく呆れているように見えました。
暇なので部屋で寝転がっていると黒いシスター服を着た金髪で青い目をしたリリムが入ってきました。
「一体何がおかしいというんですかシエル?」
「ヴァルキリーのことですわ!図鑑が更新すればわかると思ってたのに余計わからなくなるってどういうことですの?!」
シエルは興奮して顔を近づけて来ました。
「わかりました。話を聞きますから少し落ち着いて下さい」
私はメイドに紅茶を出すように指示を出し、シエルに座るように促しました。
「それでヴァルキリーのどこがおかしいんですか?天使や戦乙女に深く関わってる立場から答えて下さい」
シエルは見ての通り堕落神の使徒です。魔王軍では堕落神や他の神の眷属とのパイプ役を勤めています。
「まずほとんどのヴァルキリーが図鑑と食い違ってますわ。派遣したヴァルキリーのほとんどが勇者を会ってすぐに篭落しようとしてますの。その癖誘惑ばかりしてるヴァルキリーに限って全然ダークヴァルキリーになる気配がないですし。かと思えば貞淑そうに見えるヴァルキリーが次の日には落ちてたりしてて正直意味がわからないですわ。後堕落神様の声に鈍感なのか堕落しないヴァルキリーがやけに多いですわね」
シエルは一息でそう言うと紅茶を飲み干しました。
「ふむ。図鑑を見る限りだとほとんどのヴァルキリーが派遣された時にすでに魔物の魔力に侵されてるということになりますが、天界から来てそこまでの魔力を取り込むとは正直考えづらいです。すぐにダークヴァルキリーになる個体にしても勇者の欲望に応えようとする過程がすっ飛び過ぎですね。図鑑を見ると余計訳がわからなくなるのもおかしくないと思います」
「でしょう?!本当に図鑑の説明と食い違うヴァルキリーが多すぎますわ。2%くらいの例外について書いてどうするって言うんですの!」
…2%?何やら聞き覚えがあるような気がします。
「2%程?図鑑通りのヴァルキリーはそれだけしかいないんですか?」
「ええ。後は97%のビッチヴァルキリーと、1%の即堕ちヴァルキリーといったところですね」
97:2:1…。この割合が指し示すことといえば…。
「…なるほど。そういうことですか」
私は思わず呟きました。
「わかりましたの?!」
「ええ。どうやら私たちは図鑑の文章に惑わされていたようです」
私は本棚から図鑑を取り出しました。
「まずビッチヴァルキリーから説明します。シエルがビッチヴァルキリーと図鑑が食い違ってると感じたのはヴァルキリーは禁欲的だと書いてあるからですよね?」
「ええ。禁欲的なら勇者を誘惑なんかするはずないんじゃありませんの?」
シエルの言葉に私は頷きました。
「普通ならそうでしょう。しかしもしヴァルキリーが勇者と出会った時から神の声が勇者を誘惑するように言っていたとしたらどうでしょうか?」
「勇者と出会った時から?堕落していないのだとすると。…まさか?!」
シエルはハッとしたような顔をしました。どうやら気付いたようですね。
「そう、ビッチヴァルキリーの主は反主神派の神だったというわけです。彼女たちが堕落しているのを自覚することがないのも当然ですね。実際の神の声と堕落した後に頭に響いてくる声が同じなんですから。彼女たちにとっては神の命令だからしかたないというのは自分への言い訳ではなくてほとんど本心になってしまってるんでしょうね」
「では即堕ちと図鑑通りのヴァルキリーの違いはどうして出てくるんですの?」
シエルはそう言って首を傾げました。
「おそらく即落ちが主神派のヴァルキリーで、図鑑ヴァルキリーは中立派のヴァルキリーでしょうね」
「?主神派の神は魔物を滅ぼしたいのでしょう?なんで堕落しやすいヴァルキリーを送ってるんですの?」
シエルはわけがわからないという顔をしました。
「先ほども言いましたがヴァルキリーの堕落には自分の頭の中の声が神の声などではなくて自分の欲望だと気付くことが必要になってきます。ここまで言えばわかりますよね」
「…主神派の神は人間と魔物の性交が見たくないから魔物を滅ぼそうとしてますわ。そんな神が自分の使徒と勇者が交わるように言うはずがないですわよね。つまり勇者と交われとかいう声が聞こえたら確実に自分の欲望というわけですのね」
シエルは呆れたように言いました。
「…考えてみるとヴァルキリーって哀れですわね。主の命令に忠実でありながら、主の思惑を裏切り続けてるんですから」
シエルは物憂げな表情で言いました。
「そう重く捉えることもないですよ。ビッチヴァルキリーは勇者をたぶらかすだけで主の期待には応えてるでしょうし、普通のヴァルキリーはどう転んでも主としては損はないでしょう。即堕ちヴァルキリーは童貞の僻みから解き放たれて内心喜んでいるでしょう。それにヴァルキリーがちゃんと役目を果たしている世界もきっと存在する可能性が高いですしね」
「…?なぜ別の世界がある可能性が高いと思うんですの?」
シエルは訳がわからないという顔をしました。
「図鑑に載っているエンジェルのページには主神のエンジェルの特徴が書いてありますが、ヴァルキリーのページにはなぜか中立派の神のヴァルキリーの特徴が載っています。わざわざ他の神の眷属の特徴を書いたと考えるより、執筆者が主神の支配力が強い世界の住人だと考えた方が面白いでしょう」
私の言葉にシエルは目を閉じて考え込みました。
「…どうやってあの主神が支配力を保ったまま君臨できると言うんですの?」
「おそらく他の主神が存在している世界でしょうね。そもそも主神派以外の神が魔物の変化を問題視してないのは、今の主神が魔物を創ったのが童貞の僻みだと判明したからです。そうじゃなければ魔物に人間を殺させて人間の増長を食い止めるという名目のシステムに戻すことに賛成する神は断然多かったはずです」
「…世の中にはわたくしたちにはわからないことが多いんですのね」
シエルはそう言って溜め息を吐きました。
「だからこそ面白いんですよ。全てわかってしまうのは研究者にとっては絶望ですから」
私の顔を見るシエルの目はどことなく呆れているように見えました。
15/02/12 23:06更新 / グリンデルバルド