キマイラ属と『救世主』に関する考察
「姉上、今時間あるかい?」
私がいつものように図書室で魔物に関する資料を読んでると赤毛で青い目をしたリリムが話しかけてきました。彼女は妹のジーン。言うまでもなくカラードです。
「大丈夫ですよ。場所を移した方がいいですか?」
私が聞くとジーンは頷きました。
「その方がいいだろうね。あまり聞いても気持ちよくない話だろうし」
「では私の部屋に行きましょう。本を借りるので少し待っていて下さい」
私は読んでた本を借りた後、ジーンを連れて部屋に向かった。
「話というのは例の『救世主』とやらのことだ」
ジーンは部屋に入ってからいきなり切り出した。
「それはやっぱり魔物の特徴を掛け合わせた魔物を産めるからですか?個人的な見解としてはジーンが開発してるキマイラ属の存在意義を脅かす可能性は低いと思いますよ。『救世主』の場合手間や予算はかかりませんが、魔物の長所をうまく掛け合わせるのに数世代かかる上に混ざるかどうかは運次第です。確実性でいうとキマイラ属の方が圧倒的に勝っています」
私の言葉にジーンは首を振りました。
「それも気にならないことはないが研究を続けられるなら大した問題ではない。予算も減らされたわけではないからな。姉上がフラン姉上に掛け合ってくれたおかげだよ。本当にありがとう」
ジーンはそう言って頭を下げました。突然そんなことされたら照れるんですが。
「気にしなくていいです。私が何も言わなくてもフランお姉様はいきなり研究費を打ち切ったりはしなかったでしょうしね。私はただ貴重な研究対象がなくならないように釘を指しただけですよ。万が一この世界では予算が足りなくてキマイラ属は生み出せませんでしてとかいうことになったらこっちが困ります」
「そうか」
ジーンは優しげな微笑みを浮かべた。めったに見ることがないこら何だか新鮮ですね。
「そこまで敵視してないと言うならいったい『救世主』の何が気になるんですか?」
この空気をどうにかするために質問しました。
「別に大したことではない。ただ『救世主』とキマイラ属が交わるとどうなるかと思ってな」
…ほう。なかなか興味深そうな話題ですね。
「そうですね。新しく図鑑に載ったマンティコアで考えてみましょう。分かりやすく『救世主』の精子で魔物の特徴が混ざることをキメラ化、そのキメラ化によって生まれた魔物をキメラ魔物とします。キメラ化は『救世主』の血筋に交わった魔物と同じ種族や型の魔物がいることによって起こります。マンティコアはキマイラ属魔獣型なので図鑑の中では唯一の魔獣型のバフォメットと交わった場合だけキメラ魔物が産まれます」
私は一旦言葉を切って空中にMを書きました。
「しかしそれはあくまでマンティコアのX染色体にMという遺伝子だけが含まれていると考えると仮定した場合です。知っての通りキマイラ属は魔物を合成して作られた魔物です。X染色体に合成に使われた魔物の遺伝子が含まれているということも十分考えられます」
「ちょっと待ってくれ。それならなぜ確実に同じ特徴が現れるんだ?遺伝子が混ざったキメラ魔物はどの特徴が出るかはランダムで決まると聞いたんだが」
さすがジーン。なかなか鋭い指摘をしてきますね。
「その場合はマンティコアの卵にどの魔物の遺伝子をどの部位に分化させるかを決める誘導体があると考えられます。キメラ魔物の場合その誘導体がないから好き勝手に分化してるんでしょう。あくまで仮説ですが」
「なるほど。しかしキマイラ属に複数の遺伝子が含まれているとするとどのような特徴が出るかつかめないな」
ジーンは頭を押さえながら呟いた。
「それ以前の問題があります。ご存知の通りキマイラ属には旧魔王軍が兵器として開発したものが女性化した旧世代と、種の保存という建前で私とジーンが共同開発した新世代が存在します。再現率が高すぎてどちらかは区別がつきませんが遺伝的に同じとは言い切れません。旧世代は単一の遺伝子だけど新世代は複数の遺伝子を持つとも考えられますし、逆もまたしかりです」
私は言葉を切って空中に図を書きました。
「新世代が複数の遺伝子を持つと考えた場合を考えてみましょう。マンティコアを例にあげて考えてみましょう。胴体や尻尾は全ての個体で共通なので特に問題ありません。しかし羽はコウモリの羽ならいいということで適当に組み合わせてます。正直どの魔物の遺伝子が入ってるのかわかったものではありません」
「そうだな。私も正直私の細胞を使った白い羽のプリンセスモデルくらいしかわからない。後はワイバーンかドラゴンを使った個体がかろうじてわかるくらいか」
ジーンは神妙な顔をして頷いた。
「旧世代の場合はもっとわかりません。お母様の魔物の女性化はかなり適当です。そのことはクノイチを見ればわかります。クノイチはお母様が忍びの集落に住む人間の女性を魔物と見なしてまとめてクノイチとして魔物化したことで生まれた魔物です。その時に非戦闘員や現役を退いた者がいても区別していたとは思えません。マンティコアの場合も旧魔王軍で『マンティコア』として開発された魔物を掛け合わせた魔物の区別なくマンティコアという種に作り替えた可能性もなくはないです」
「…もしそうだとすると再現にどんな魔物を使ったかはあてにできないだろうな」
ジーンは目を閉じながら言いました。
「ならないでしょうね。私たちは今存在する旧世代を元にして新世代を開発しました。ある種として開発された魔物が全てまとめて同じ性質を持つ魔物に作り替えられたと仮定すると、旧世代と同じ性質を持つから旧魔王軍が同じ配合で作ったとか期待する方がおかしいでしょうね」
「…とりあえずこの話は保留にするか」
しばらく沈黙してからジーンが口を開きました。
「そうですね。キメラ魔物に本来現れるはずがない魔物の特徴が現れたことで夫婦間の危機に陥ったとかいう事態があったらその時考えましょう」
「かなりリアルな話だな。…それにしても『救世主』というのは色々とややこしいものなんだな」
ジーンはしみじみとした口調で言いました。
「だからこそ面白いんですよ。研究するものがなくなることは我々学者にとっては絶望ですからね」
「そうだな。私も再現するためのものという以外の視点で旧世代を見ることができるようになったのは収穫だったよ」
ジーンは狂ったような笑いを浮かべながら言いました。
「それはよかったです。お互いがんばりましょう」
私はなぜか口角を吊り上げながら答えました。
終わり
私がいつものように図書室で魔物に関する資料を読んでると赤毛で青い目をしたリリムが話しかけてきました。彼女は妹のジーン。言うまでもなくカラードです。
「大丈夫ですよ。場所を移した方がいいですか?」
私が聞くとジーンは頷きました。
「その方がいいだろうね。あまり聞いても気持ちよくない話だろうし」
「では私の部屋に行きましょう。本を借りるので少し待っていて下さい」
私は読んでた本を借りた後、ジーンを連れて部屋に向かった。
「話というのは例の『救世主』とやらのことだ」
ジーンは部屋に入ってからいきなり切り出した。
「それはやっぱり魔物の特徴を掛け合わせた魔物を産めるからですか?個人的な見解としてはジーンが開発してるキマイラ属の存在意義を脅かす可能性は低いと思いますよ。『救世主』の場合手間や予算はかかりませんが、魔物の長所をうまく掛け合わせるのに数世代かかる上に混ざるかどうかは運次第です。確実性でいうとキマイラ属の方が圧倒的に勝っています」
私の言葉にジーンは首を振りました。
「それも気にならないことはないが研究を続けられるなら大した問題ではない。予算も減らされたわけではないからな。姉上がフラン姉上に掛け合ってくれたおかげだよ。本当にありがとう」
ジーンはそう言って頭を下げました。突然そんなことされたら照れるんですが。
「気にしなくていいです。私が何も言わなくてもフランお姉様はいきなり研究費を打ち切ったりはしなかったでしょうしね。私はただ貴重な研究対象がなくならないように釘を指しただけですよ。万が一この世界では予算が足りなくてキマイラ属は生み出せませんでしてとかいうことになったらこっちが困ります」
「そうか」
ジーンは優しげな微笑みを浮かべた。めったに見ることがないこら何だか新鮮ですね。
「そこまで敵視してないと言うならいったい『救世主』の何が気になるんですか?」
この空気をどうにかするために質問しました。
「別に大したことではない。ただ『救世主』とキマイラ属が交わるとどうなるかと思ってな」
…ほう。なかなか興味深そうな話題ですね。
「そうですね。新しく図鑑に載ったマンティコアで考えてみましょう。分かりやすく『救世主』の精子で魔物の特徴が混ざることをキメラ化、そのキメラ化によって生まれた魔物をキメラ魔物とします。キメラ化は『救世主』の血筋に交わった魔物と同じ種族や型の魔物がいることによって起こります。マンティコアはキマイラ属魔獣型なので図鑑の中では唯一の魔獣型のバフォメットと交わった場合だけキメラ魔物が産まれます」
私は一旦言葉を切って空中にMを書きました。
「しかしそれはあくまでマンティコアのX染色体にMという遺伝子だけが含まれていると考えると仮定した場合です。知っての通りキマイラ属は魔物を合成して作られた魔物です。X染色体に合成に使われた魔物の遺伝子が含まれているということも十分考えられます」
「ちょっと待ってくれ。それならなぜ確実に同じ特徴が現れるんだ?遺伝子が混ざったキメラ魔物はどの特徴が出るかはランダムで決まると聞いたんだが」
さすがジーン。なかなか鋭い指摘をしてきますね。
「その場合はマンティコアの卵にどの魔物の遺伝子をどの部位に分化させるかを決める誘導体があると考えられます。キメラ魔物の場合その誘導体がないから好き勝手に分化してるんでしょう。あくまで仮説ですが」
「なるほど。しかしキマイラ属に複数の遺伝子が含まれているとするとどのような特徴が出るかつかめないな」
ジーンは頭を押さえながら呟いた。
「それ以前の問題があります。ご存知の通りキマイラ属には旧魔王軍が兵器として開発したものが女性化した旧世代と、種の保存という建前で私とジーンが共同開発した新世代が存在します。再現率が高すぎてどちらかは区別がつきませんが遺伝的に同じとは言い切れません。旧世代は単一の遺伝子だけど新世代は複数の遺伝子を持つとも考えられますし、逆もまたしかりです」
私は言葉を切って空中に図を書きました。
「新世代が複数の遺伝子を持つと考えた場合を考えてみましょう。マンティコアを例にあげて考えてみましょう。胴体や尻尾は全ての個体で共通なので特に問題ありません。しかし羽はコウモリの羽ならいいということで適当に組み合わせてます。正直どの魔物の遺伝子が入ってるのかわかったものではありません」
「そうだな。私も正直私の細胞を使った白い羽のプリンセスモデルくらいしかわからない。後はワイバーンかドラゴンを使った個体がかろうじてわかるくらいか」
ジーンは神妙な顔をして頷いた。
「旧世代の場合はもっとわかりません。お母様の魔物の女性化はかなり適当です。そのことはクノイチを見ればわかります。クノイチはお母様が忍びの集落に住む人間の女性を魔物と見なしてまとめてクノイチとして魔物化したことで生まれた魔物です。その時に非戦闘員や現役を退いた者がいても区別していたとは思えません。マンティコアの場合も旧魔王軍で『マンティコア』として開発された魔物を掛け合わせた魔物の区別なくマンティコアという種に作り替えた可能性もなくはないです」
「…もしそうだとすると再現にどんな魔物を使ったかはあてにできないだろうな」
ジーンは目を閉じながら言いました。
「ならないでしょうね。私たちは今存在する旧世代を元にして新世代を開発しました。ある種として開発された魔物が全てまとめて同じ性質を持つ魔物に作り替えられたと仮定すると、旧世代と同じ性質を持つから旧魔王軍が同じ配合で作ったとか期待する方がおかしいでしょうね」
「…とりあえずこの話は保留にするか」
しばらく沈黙してからジーンが口を開きました。
「そうですね。キメラ魔物に本来現れるはずがない魔物の特徴が現れたことで夫婦間の危機に陥ったとかいう事態があったらその時考えましょう」
「かなりリアルな話だな。…それにしても『救世主』というのは色々とややこしいものなんだな」
ジーンはしみじみとした口調で言いました。
「だからこそ面白いんですよ。研究するものがなくなることは我々学者にとっては絶望ですからね」
「そうだな。私も再現するためのものという以外の視点で旧世代を見ることができるようになったのは収穫だったよ」
ジーンは狂ったような笑いを浮かべながら言いました。
「それはよかったです。お互いがんばりましょう」
私はなぜか口角を吊り上げながら答えました。
終わり
13/06/20 22:06更新 / グリンデルバルド