爆竜の胎動
気がつくと私の体は地面に向かって落ちていた。私いつも通り体勢を立て直して地面に柔らかく着地した。墜落して乗り手にケガをさせるわけにはいかない。それが体が小さくて力も弱い私の矜持だ。
「相変わらず見事な着地」
同期で親友のワイバーンのメリッサが駆け寄って来た。
「…ありがとう。負けなければ着地する必要はないんだけどね」
メリッサはイヤミじゃなくて本気で誉めてくるから対応に困る。こんなキラキラした目で見られると正直複雑な気分だ。
「誰にでも得手不得手がある。私は空中格闘では強いけどユンほどうまくは飛べない」
「そうかもしれないけど軍としてはあまり使えないんじゃない?少なくとも戦闘部隊に回されることはなさそうよ」
訓練に空中格闘なんてものがあるのは飛ぶのがうまいだけじゃ戦闘部隊はつとまらないからだと思う。教団は人間しかいないから当然陸上で戦うことが多くなる。だから竜騎士だけじゃなくてワイバーンも攻撃できる方がいいんだろう。
「それにうちのヘルマの腕は同期の中じゃ平均か少し下レベルだわ。他の同期を差し置いて戦闘部隊に回す理由がない」
私の竜騎士のヘルマ=フィッケルは騎士としてはかなり平凡だ。ダーツや投げナイフはかなりすごいし、乗り手としても申し分ない。だけど肝心の武器の腕は残念ながら微妙としか言い様がない。
「…あまり気にやまないで。軍は戦闘部隊だけで成り立っているわけではないから」
メリッサは少し言いにくそうに言った。
「…そうね。偵察部隊とかからお呼びがかかるのを祈ってるわ」
この時の私はまさかあんな部隊から誘いが来るなんて夢にも思っていなかった。
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今日はいよいよ配属される部隊が決まる日だ。
「なあユン。おれたちを取ってくれる部隊ってあるのかな?」
私の相棒の竜騎士のヘルマが聞いてきた。
「大丈夫よ。あなたはともかく私はいい成績を納めてきたから」
私の言葉にヘルマは顔をしかめた。
「へえへえ。そりゃ悪うござんしたね」
ヘルマはいかにも拗ねてる感じで言った。少しは緊張がほぐれたみたい。
しばらく待ってると私たちの配属先が言い渡される時が近づいてきた。ちなみにメリッサはエース部隊への配属が決まっている。
「ユン及びヘルマ=フィッケル。貴官らを……」
読み上げる採用担当の士官の声がいったん止まった。何かあるのかしら?
「魔王軍特殊部隊第2空分隊に配属する」
読み上げられた部隊の名前に私の頭は真っ白になった。
「「は、慎んでお受けします」」
私はなんとか返事をして辞令を受け取った。そして茫然としながら席に戻った。
「…ユン」
席に戻ったヘルマが私に話かけてきた。
「特殊部隊第2空分隊って『黒烏』のことか?」
…ヘルマの言葉に思わずずっこけそうになった。
「『黒烏』は第1。第2は『爆竜』よ」
私の言葉にヘルマは真っ青になった。
「ば、『爆竜』?!なんでそんなやばい部隊に行くことになったんだよ?」
「…心当たりはなくもないわ。いつ見てたのかは知らないけど」
私の言葉にヘルマは驚いたような顔をした。
「な、何だよその理由って?」
「多分落ち方がうまかったからよ」
ヘルマはわけがわからないと言う顔をする。
「『爆竜』隊の作戦は主に急降下爆撃。落とされても冷静に対応できる私なら今更急降下しても問題ないと思ったんでしょう」
「なるほど…ってちょっと待て!」
ヘルマがすごい剣幕で詰め寄ってきた。
「何?」
「何じゃねえよ!お前はよくてもおれはよく全くよくねえんだけど」
ヘルマは半ばキレながら言ってきた。
「何?もしかして怖いの?」
「こ、怖くなんかない!」
ヘルマはムキになって顔を赤くした。なんかかわいいと思う。
「ま、あんたが怖がってても遠慮なく突っ込むから。せいぜい振り落とされないように必死でしがみつくことね」
「…けっ。言ってろ!」
ヘルマは強がりながらそう返した。これなら大丈夫そうね。
「…ユン。『爆竜』配属おめでとう」
しばらくヘルマをからかって遊んでいるとメリッサが寄ってきた。
「メリッサもエース部隊配属おめでとう。親友として鼻が高いわ」
私の言葉にメリッサは複雑そうな顔をした。
「うれしいけどユンと離れるのはさびしい。配属されるのが『黒烏』なら最高だったのに」
「…『黒烏』って隠密部隊じゃない。メリッサじゃ無理だと思うけど」
というかワイバーンっていう時点でほぼ無理のような気がする。気付かれずに空を飛べるワイバーンなんて普通いないもの。
「…いじわる」
メリッサは頬をふくらませてにらみつけてきた。
「そんなにすねないでよ。別に会えなくなるわけじゃないんだから」
私がメリッサの頭を撫でるとメリッサは少しは機嫌を直したみたい。
「…わかった。とりあえずユンの乗り手の人」
メリッサはヘルマをじと目で見た。
「ユンの足を引っ張るようなら魔王城の塔の屋根から突き落とすから」
メリッサがそう言うとヘルマは怯えたような目でこっちを見てきた。
「それはいいかも。少しは急降下に対する恐怖もなくなるかもね」
「いや、少しはフォローしろよ!」
ヘルマが涙目で見てくる。やっぱりかわいい。
「大丈夫よメリッサ。ヘルマは背中に乗るんだから。足を引っ張るなんて物理的に不可能だわ」
「…はっ」
「そういう意味じゃねえよ!そっちのワイバーンも盲点だったとでも言いたげな顔するな。天然かあんた」
ヘルマのツッコミが空しく響く中続々と同期の配属先が発表されていった。
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それから時間が過ぎて『爆竜』に配属される日がやって来た。
「ようこそ我が部隊に。私がこの隊の隊長のスツーカだ」
隊舎について一旦ヘルマと別れた私を黒いドラゴンが出迎えてくれた。この人があのスツーカ隊長なのか。
「新入隊員のユンです。お噂はかねがね」
私の言葉にスツーカ隊長は苦笑いを浮かべた。
「ほう?一体どのような噂が広がっているのやら」
「えーと、『空飛ぶ破壊神』とか、教団の2大財政切迫理由の1つだとか聞いてます」
ちなみにもう1つの財政切迫理由は『滅国商人』フランベルジュだ。戦争中の教団に悪どい取り引きを持ちかけて儲けているらしい。噂によると『カラード』らしいけど本当かしら?
「…まあそう言われるようなことをしてきたのは否定しないが」
やっぱり噂は本当みたいね。他のドラゴンとは明らかにオーラが違うわ。
「すごいですね。早く隊長の雄姿を拝見したいものです」
私がそう言ったとたん隊舎にサイレンが鳴り響いた。出撃の合図だ。
「…もしかしてフラグ建てちゃいました?」
「そのようだな。よかったではないか。私の雄姿とやらをすぐに見ることができて」
スツーカ隊長はそう言ってニヤリと笑った。
「いや、いくら何でも任官初日に訓練もなしに出撃とか早すぎにも程があるんですが」
「問題あるまい。あそこまで見事に落ちられるのだからな」
…やっぱり見てたのね。全く気付かなかったわ。
「…まあ出るからには全力を尽くします」
「それでいい。では準備をしたら出撃だ」
準備って例の37oカノン砲かしら。
「は!」
私は敬礼をしてからヘルマを探しに行った。
「ユン!」
部屋を出るとヘルマが息を切らしながらやって来た。
「落ちつきなさいよヘルマ。焦ってもどうにもならないわ」
「配属されてすぐ出撃だぞ!落ち着いていられるわけねーだろ」
ヘルマはそう言って身を乗り出してきた。そんなに顔が近いと照れるんだけど。
「…きっとほとんどは隊長たちが何とかするわよ。新兵の仕事なんて微々たるものだわ」
私がそう言うとヘルマは一瞬固まってから溜め息を吐いた。
「…そうだな。あの人たちがいたら出番なんてほとんどないだろうさ」
よかった。どうやら落ち着いたみたいね。
「あんたルーデル隊長に会ったんでしょ?どんな人だった?」
「…話してる間ずっと体操してたな。サイレンが鳴ったら牛乳飲んで出撃準備してたぞ」
噂通りね。この分だと武勇伝の方も本当なんでしょう。
「それじゃウソ臭い伝説が増えるのを拝ませてもらいましょ」
「…そうだな」
私たちはそんな他愛もないことを言い合いながら準備を整えることにした。
「全員そろったな。それでは作戦を発表する」
カノン砲を翼に取り付けたスツーカ隊長が黒板を指差した。
「作戦はシンプルだ。私たちが要塞を破壊する。その後お前たちはこの催淫剤入りの爆弾を私たちが開けた穴に投下しろ。後は地上部隊が勝手に伴侶探しを始めるだろう」
私たちの前に爆弾が配られた。思ってたより大きくて重そうだった。
「なおこの爆弾の効力範囲は上空1500フィートだ。巻き込まれる位置で投下するかは各々の判断に任せる」
それを聞いた先輩方の目が輝き出した。明らかに犯る気マンマンね。
「それでは出撃だ。我らの魂の爆発を教団のやつらの目に焼き付けてやれ!」
「「アイアイマム!」」
私たちはそう答えてから出撃した。
「ねえ新入りちゃん。配属初日に出撃になっちゃったけど大丈夫?」
先輩のワイバーンが声をかけてきた。どうやら心配してくれてるみたい。
「正直不安です。でもなるようにしかなりませんから」
「あはは。肝がすわってるね。さすが隊長のお眼鏡にかなっただけのことはあるね」
先輩は笑いながら肩を組んできた。
「で、新人ちゃんは爆弾をどこで投下するの?乗り手くんと激しいプレイをする気はあるかい?」
「な、なにを言ってるんですか。わ、私にはそんなつもり…」
先輩は真っ赤な顔になった私の背中を強く叩いた。
「照れんな照れんな。恥ずかしいんなら催淫剤のせいにしちゃえばいいんだよ。初出撃だから突っ込み過ぎたことにしとけば問題ないって」
そう言う先輩の言葉が私には悪魔のささやきに聞こえた。
「そ、そうですよね。巻き込まれても仕方ないですよね」
「仕方ない仕方ない。じゃ、お互いがんばろうね」
先輩とそんな話をした後ヘルマと合流して出撃することになった。
「あれが例の要塞…」
私たちは上空から攻撃目標の要塞を見下ろした。要塞はかなり強固で、多くの大砲が備えつけられている。
「想像以上にすげえな。こんなの破壊できるのか?」
私の背中でヘルマが不安そうにつぶやいた。
「破壊するって言っても門だけだわ。それにやるのはあの隊長たちよ?心配するだけムダよ」
「…そうだな」
ヘルマは苦笑いしながらうなずいた。
「あ、隊長たちが動き出したわね」
先頭にいたスツーカ隊長が前に飛び出した。
「地上部隊も動き出してるな。門が破壊されたらすぐに突入するつもりなのか?」
ヘルマが言う通り地上部隊が隊長の後ろからついて来ている。
「あ、要塞から何か出てくるみたいだぞ」
門が開いて出てきたのは前に大砲がついた車のようなものだ。たしか戦車とかいうものだった気がする。
「やべえ。このままじゃ地上部隊が」
ヘルマがそう言った瞬間隊長のカノン砲から光の矢が放たれた。戦車の分厚い装甲が一瞬で砕け散った。
「は?」
呆けている間に隊長は出撃してくる戦車を片っ端から粉砕している。一騎当千とはこういうことを言うのかもしれない。
「教団もバカだよねー。戦車なんて出しても隊長に壊されるだけなのに」
前にいた先輩が私の所に飛んできた。
「そうですね。でもあれ操縦してる人生きてるんですか?」
「大丈夫。操縦席は外れてるから。ほら、地上部隊もちゃんと戦車に乗ってる人とセックスしてるでしょ」
先輩が言う通り地上部隊が戦車に乗っていた人を奪い合っている。見た所戦車に乗っていた人にケガはないみたい。
「…あんな撃っただけで大きくバランスを崩しそうな代物でなんであそこまで正確に狙いをつけられるんですか」
と言うか私なら間違いなく撃った瞬間落ちてるだろう。いくらドラゴンと言ってもあそこまで使いこなせるのはどう考えてもおかしい。
「…新人ちゃん。世の中には考えるだけムダなこともあるのよ」
先輩はしみじみと言った。もう色々諦めてるのかもしれない。
「あっ、相手が隊長を攻撃し始めたぞ」
敵は戦車を出すのをやめて大砲で隊長を狙い始めた。
「隊長も迎撃してるけど…。さすがにあの数じゃ厳しいみたいね」
すると銃爆撃している隊長をめがけて砲弾が放たれた。
「危な」
その砲弾を隊長はひらりとかわして撃ってきた大砲を破壊した。
「…なんであんなの翼につけてて避けられるんですか」
ただでさえ隊長は飛ぶ速度が遅い。あんな重い物をつけてたら当然もっと遅くなるのはもちろん、まともに飛べるかどうかも怪しい。それなのにどうやって避けたのよ。
「これがドラゴンか…」
「いや、隊長が規格外なだけだから。…多分」
さすがに隊長みたいなのがそうゴロゴロいるわけがないと思いたい。あまり期待はできないけど。
「あ、攻撃目標付近についたわね」
隊長は道を阻む物を全て破壊しながら門の上空辺りにたどり着いた。すると隊長の姿が突然急降下し始めた。しかもほぼ直角に近い角度で。
「…あの人たち命惜しくないのか?」
同感だ。落ちるのには慣れてるけどさすがに自分からあんな角度で急降下する気にはならない。
「あ、隊長がブレスを吹くわよ」
隊長が空気を大きく吸い込んだ。そして一旦口の中で溜める。
「あ、カノン砲も構えてますね。まさか一緒に撃つつもりなんですか?」
「いや、まさか撃つわけが」
あった。隊長はブレスを撃つと同時にカノン砲を撃ち込んだ。門は轟音を上げて崩れ落ちた。それと同時に地上部隊が中に突入した。
「それじゃ仕上げといきますか。新人ちゃんもがんばるのよ」
先輩がそう言うのと同時に隊のみんなが一斉に急降下した。
「それじゃ行くわよ。ヘルマは私が言ったタイミングで爆弾を落としてくれる?腰のベルトを緩めたら勝手に落ちるから」
「了解」
ヘルマの言葉と同時に私は急降下を始めた。訓練で落とされる時とは違った風を切って降りる感覚が気持ちいい。なんだかクセになってしまいそうね。
「お、おい。もっとスピード緩めろよ」
後ろでヘルマが騒ぎ出した。
「まだ急降下したばかりじゃない。落ちるわけじゃないんだから我慢しなさい」
「そんなこと…言われても」
ヘルマは後ろで情けない声を上げた。
「こんなことで音を上げるなら『爆竜』にはいられないわね。後で転属届けを出してあげてもいいわよ。乗り手が急降下するとピーピー泣きわめくからやめさせて下さいってね」
私がそう言うとヘルマはにらみつけてきた。
「ふざけんな。誰が泣きわめいてるって?」
ふふふ。強がっちゃってかーわいい。ヘタレのくせに意地だけはあるからやっぱりいじりがいがあるわ。
「それでこそ私の相棒だわ。じゃ、スピード上げていくわね」
「え、ちょ待っ」
ヘルマに構わずスピードを上げる。私の体はどんどん落ちていき、あっという間に1000フィートに到達する。
「…今よ。落として」
誘惑に負けた私はそこで投下の指示を出した。だってたまには違うプレイもしたいもの。
「了解」
ヘルマはベルトを緩めた。私は体を少し傾けて穴に落ちるように調節した。そして爆弾を落としたことで少し崩れたバランスを立て直して、爆弾が爆発するのを待った。
「うおっ?!」
下で大きな音が響き、煙が上に立ち上ってきた。そして計算通り私たちも煙に巻き込まれた。
「ゴホッゴホッ。何だよこの煙。体が熱くなったんだが」
「…催淫剤よ」
私はそう言い放っていつも通り柔らかく地面に着地した。
「ふふ。あそこが硬くなってるわよ。私が騎乗位で鎮めてあげるわ」
「え、あ」
ヘルマは赤い顔で目を潤ませてる。なんだかイケない気分になってきたわ。『爆竜』にいたらもっとヘルマのあんな姿やこんな姿が見れるのかしら。
「私たちの戦いはこれからよ!」
「なんか打ち切られた?!」
そんなヘルマの叫びはあちこちで上がる矯声の中に消えて行った。
おわり
「相変わらず見事な着地」
同期で親友のワイバーンのメリッサが駆け寄って来た。
「…ありがとう。負けなければ着地する必要はないんだけどね」
メリッサはイヤミじゃなくて本気で誉めてくるから対応に困る。こんなキラキラした目で見られると正直複雑な気分だ。
「誰にでも得手不得手がある。私は空中格闘では強いけどユンほどうまくは飛べない」
「そうかもしれないけど軍としてはあまり使えないんじゃない?少なくとも戦闘部隊に回されることはなさそうよ」
訓練に空中格闘なんてものがあるのは飛ぶのがうまいだけじゃ戦闘部隊はつとまらないからだと思う。教団は人間しかいないから当然陸上で戦うことが多くなる。だから竜騎士だけじゃなくてワイバーンも攻撃できる方がいいんだろう。
「それにうちのヘルマの腕は同期の中じゃ平均か少し下レベルだわ。他の同期を差し置いて戦闘部隊に回す理由がない」
私の竜騎士のヘルマ=フィッケルは騎士としてはかなり平凡だ。ダーツや投げナイフはかなりすごいし、乗り手としても申し分ない。だけど肝心の武器の腕は残念ながら微妙としか言い様がない。
「…あまり気にやまないで。軍は戦闘部隊だけで成り立っているわけではないから」
メリッサは少し言いにくそうに言った。
「…そうね。偵察部隊とかからお呼びがかかるのを祈ってるわ」
この時の私はまさかあんな部隊から誘いが来るなんて夢にも思っていなかった。
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今日はいよいよ配属される部隊が決まる日だ。
「なあユン。おれたちを取ってくれる部隊ってあるのかな?」
私の相棒の竜騎士のヘルマが聞いてきた。
「大丈夫よ。あなたはともかく私はいい成績を納めてきたから」
私の言葉にヘルマは顔をしかめた。
「へえへえ。そりゃ悪うござんしたね」
ヘルマはいかにも拗ねてる感じで言った。少しは緊張がほぐれたみたい。
しばらく待ってると私たちの配属先が言い渡される時が近づいてきた。ちなみにメリッサはエース部隊への配属が決まっている。
「ユン及びヘルマ=フィッケル。貴官らを……」
読み上げる採用担当の士官の声がいったん止まった。何かあるのかしら?
「魔王軍特殊部隊第2空分隊に配属する」
読み上げられた部隊の名前に私の頭は真っ白になった。
「「は、慎んでお受けします」」
私はなんとか返事をして辞令を受け取った。そして茫然としながら席に戻った。
「…ユン」
席に戻ったヘルマが私に話かけてきた。
「特殊部隊第2空分隊って『黒烏』のことか?」
…ヘルマの言葉に思わずずっこけそうになった。
「『黒烏』は第1。第2は『爆竜』よ」
私の言葉にヘルマは真っ青になった。
「ば、『爆竜』?!なんでそんなやばい部隊に行くことになったんだよ?」
「…心当たりはなくもないわ。いつ見てたのかは知らないけど」
私の言葉にヘルマは驚いたような顔をした。
「な、何だよその理由って?」
「多分落ち方がうまかったからよ」
ヘルマはわけがわからないと言う顔をする。
「『爆竜』隊の作戦は主に急降下爆撃。落とされても冷静に対応できる私なら今更急降下しても問題ないと思ったんでしょう」
「なるほど…ってちょっと待て!」
ヘルマがすごい剣幕で詰め寄ってきた。
「何?」
「何じゃねえよ!お前はよくてもおれはよく全くよくねえんだけど」
ヘルマは半ばキレながら言ってきた。
「何?もしかして怖いの?」
「こ、怖くなんかない!」
ヘルマはムキになって顔を赤くした。なんかかわいいと思う。
「ま、あんたが怖がってても遠慮なく突っ込むから。せいぜい振り落とされないように必死でしがみつくことね」
「…けっ。言ってろ!」
ヘルマは強がりながらそう返した。これなら大丈夫そうね。
「…ユン。『爆竜』配属おめでとう」
しばらくヘルマをからかって遊んでいるとメリッサが寄ってきた。
「メリッサもエース部隊配属おめでとう。親友として鼻が高いわ」
私の言葉にメリッサは複雑そうな顔をした。
「うれしいけどユンと離れるのはさびしい。配属されるのが『黒烏』なら最高だったのに」
「…『黒烏』って隠密部隊じゃない。メリッサじゃ無理だと思うけど」
というかワイバーンっていう時点でほぼ無理のような気がする。気付かれずに空を飛べるワイバーンなんて普通いないもの。
「…いじわる」
メリッサは頬をふくらませてにらみつけてきた。
「そんなにすねないでよ。別に会えなくなるわけじゃないんだから」
私がメリッサの頭を撫でるとメリッサは少しは機嫌を直したみたい。
「…わかった。とりあえずユンの乗り手の人」
メリッサはヘルマをじと目で見た。
「ユンの足を引っ張るようなら魔王城の塔の屋根から突き落とすから」
メリッサがそう言うとヘルマは怯えたような目でこっちを見てきた。
「それはいいかも。少しは急降下に対する恐怖もなくなるかもね」
「いや、少しはフォローしろよ!」
ヘルマが涙目で見てくる。やっぱりかわいい。
「大丈夫よメリッサ。ヘルマは背中に乗るんだから。足を引っ張るなんて物理的に不可能だわ」
「…はっ」
「そういう意味じゃねえよ!そっちのワイバーンも盲点だったとでも言いたげな顔するな。天然かあんた」
ヘルマのツッコミが空しく響く中続々と同期の配属先が発表されていった。
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それから時間が過ぎて『爆竜』に配属される日がやって来た。
「ようこそ我が部隊に。私がこの隊の隊長のスツーカだ」
隊舎について一旦ヘルマと別れた私を黒いドラゴンが出迎えてくれた。この人があのスツーカ隊長なのか。
「新入隊員のユンです。お噂はかねがね」
私の言葉にスツーカ隊長は苦笑いを浮かべた。
「ほう?一体どのような噂が広がっているのやら」
「えーと、『空飛ぶ破壊神』とか、教団の2大財政切迫理由の1つだとか聞いてます」
ちなみにもう1つの財政切迫理由は『滅国商人』フランベルジュだ。戦争中の教団に悪どい取り引きを持ちかけて儲けているらしい。噂によると『カラード』らしいけど本当かしら?
「…まあそう言われるようなことをしてきたのは否定しないが」
やっぱり噂は本当みたいね。他のドラゴンとは明らかにオーラが違うわ。
「すごいですね。早く隊長の雄姿を拝見したいものです」
私がそう言ったとたん隊舎にサイレンが鳴り響いた。出撃の合図だ。
「…もしかしてフラグ建てちゃいました?」
「そのようだな。よかったではないか。私の雄姿とやらをすぐに見ることができて」
スツーカ隊長はそう言ってニヤリと笑った。
「いや、いくら何でも任官初日に訓練もなしに出撃とか早すぎにも程があるんですが」
「問題あるまい。あそこまで見事に落ちられるのだからな」
…やっぱり見てたのね。全く気付かなかったわ。
「…まあ出るからには全力を尽くします」
「それでいい。では準備をしたら出撃だ」
準備って例の37oカノン砲かしら。
「は!」
私は敬礼をしてからヘルマを探しに行った。
「ユン!」
部屋を出るとヘルマが息を切らしながらやって来た。
「落ちつきなさいよヘルマ。焦ってもどうにもならないわ」
「配属されてすぐ出撃だぞ!落ち着いていられるわけねーだろ」
ヘルマはそう言って身を乗り出してきた。そんなに顔が近いと照れるんだけど。
「…きっとほとんどは隊長たちが何とかするわよ。新兵の仕事なんて微々たるものだわ」
私がそう言うとヘルマは一瞬固まってから溜め息を吐いた。
「…そうだな。あの人たちがいたら出番なんてほとんどないだろうさ」
よかった。どうやら落ち着いたみたいね。
「あんたルーデル隊長に会ったんでしょ?どんな人だった?」
「…話してる間ずっと体操してたな。サイレンが鳴ったら牛乳飲んで出撃準備してたぞ」
噂通りね。この分だと武勇伝の方も本当なんでしょう。
「それじゃウソ臭い伝説が増えるのを拝ませてもらいましょ」
「…そうだな」
私たちはそんな他愛もないことを言い合いながら準備を整えることにした。
「全員そろったな。それでは作戦を発表する」
カノン砲を翼に取り付けたスツーカ隊長が黒板を指差した。
「作戦はシンプルだ。私たちが要塞を破壊する。その後お前たちはこの催淫剤入りの爆弾を私たちが開けた穴に投下しろ。後は地上部隊が勝手に伴侶探しを始めるだろう」
私たちの前に爆弾が配られた。思ってたより大きくて重そうだった。
「なおこの爆弾の効力範囲は上空1500フィートだ。巻き込まれる位置で投下するかは各々の判断に任せる」
それを聞いた先輩方の目が輝き出した。明らかに犯る気マンマンね。
「それでは出撃だ。我らの魂の爆発を教団のやつらの目に焼き付けてやれ!」
「「アイアイマム!」」
私たちはそう答えてから出撃した。
「ねえ新入りちゃん。配属初日に出撃になっちゃったけど大丈夫?」
先輩のワイバーンが声をかけてきた。どうやら心配してくれてるみたい。
「正直不安です。でもなるようにしかなりませんから」
「あはは。肝がすわってるね。さすが隊長のお眼鏡にかなっただけのことはあるね」
先輩は笑いながら肩を組んできた。
「で、新人ちゃんは爆弾をどこで投下するの?乗り手くんと激しいプレイをする気はあるかい?」
「な、なにを言ってるんですか。わ、私にはそんなつもり…」
先輩は真っ赤な顔になった私の背中を強く叩いた。
「照れんな照れんな。恥ずかしいんなら催淫剤のせいにしちゃえばいいんだよ。初出撃だから突っ込み過ぎたことにしとけば問題ないって」
そう言う先輩の言葉が私には悪魔のささやきに聞こえた。
「そ、そうですよね。巻き込まれても仕方ないですよね」
「仕方ない仕方ない。じゃ、お互いがんばろうね」
先輩とそんな話をした後ヘルマと合流して出撃することになった。
「あれが例の要塞…」
私たちは上空から攻撃目標の要塞を見下ろした。要塞はかなり強固で、多くの大砲が備えつけられている。
「想像以上にすげえな。こんなの破壊できるのか?」
私の背中でヘルマが不安そうにつぶやいた。
「破壊するって言っても門だけだわ。それにやるのはあの隊長たちよ?心配するだけムダよ」
「…そうだな」
ヘルマは苦笑いしながらうなずいた。
「あ、隊長たちが動き出したわね」
先頭にいたスツーカ隊長が前に飛び出した。
「地上部隊も動き出してるな。門が破壊されたらすぐに突入するつもりなのか?」
ヘルマが言う通り地上部隊が隊長の後ろからついて来ている。
「あ、要塞から何か出てくるみたいだぞ」
門が開いて出てきたのは前に大砲がついた車のようなものだ。たしか戦車とかいうものだった気がする。
「やべえ。このままじゃ地上部隊が」
ヘルマがそう言った瞬間隊長のカノン砲から光の矢が放たれた。戦車の分厚い装甲が一瞬で砕け散った。
「は?」
呆けている間に隊長は出撃してくる戦車を片っ端から粉砕している。一騎当千とはこういうことを言うのかもしれない。
「教団もバカだよねー。戦車なんて出しても隊長に壊されるだけなのに」
前にいた先輩が私の所に飛んできた。
「そうですね。でもあれ操縦してる人生きてるんですか?」
「大丈夫。操縦席は外れてるから。ほら、地上部隊もちゃんと戦車に乗ってる人とセックスしてるでしょ」
先輩が言う通り地上部隊が戦車に乗っていた人を奪い合っている。見た所戦車に乗っていた人にケガはないみたい。
「…あんな撃っただけで大きくバランスを崩しそうな代物でなんであそこまで正確に狙いをつけられるんですか」
と言うか私なら間違いなく撃った瞬間落ちてるだろう。いくらドラゴンと言ってもあそこまで使いこなせるのはどう考えてもおかしい。
「…新人ちゃん。世の中には考えるだけムダなこともあるのよ」
先輩はしみじみと言った。もう色々諦めてるのかもしれない。
「あっ、相手が隊長を攻撃し始めたぞ」
敵は戦車を出すのをやめて大砲で隊長を狙い始めた。
「隊長も迎撃してるけど…。さすがにあの数じゃ厳しいみたいね」
すると銃爆撃している隊長をめがけて砲弾が放たれた。
「危な」
その砲弾を隊長はひらりとかわして撃ってきた大砲を破壊した。
「…なんであんなの翼につけてて避けられるんですか」
ただでさえ隊長は飛ぶ速度が遅い。あんな重い物をつけてたら当然もっと遅くなるのはもちろん、まともに飛べるかどうかも怪しい。それなのにどうやって避けたのよ。
「これがドラゴンか…」
「いや、隊長が規格外なだけだから。…多分」
さすがに隊長みたいなのがそうゴロゴロいるわけがないと思いたい。あまり期待はできないけど。
「あ、攻撃目標付近についたわね」
隊長は道を阻む物を全て破壊しながら門の上空辺りにたどり着いた。すると隊長の姿が突然急降下し始めた。しかもほぼ直角に近い角度で。
「…あの人たち命惜しくないのか?」
同感だ。落ちるのには慣れてるけどさすがに自分からあんな角度で急降下する気にはならない。
「あ、隊長がブレスを吹くわよ」
隊長が空気を大きく吸い込んだ。そして一旦口の中で溜める。
「あ、カノン砲も構えてますね。まさか一緒に撃つつもりなんですか?」
「いや、まさか撃つわけが」
あった。隊長はブレスを撃つと同時にカノン砲を撃ち込んだ。門は轟音を上げて崩れ落ちた。それと同時に地上部隊が中に突入した。
「それじゃ仕上げといきますか。新人ちゃんもがんばるのよ」
先輩がそう言うのと同時に隊のみんなが一斉に急降下した。
「それじゃ行くわよ。ヘルマは私が言ったタイミングで爆弾を落としてくれる?腰のベルトを緩めたら勝手に落ちるから」
「了解」
ヘルマの言葉と同時に私は急降下を始めた。訓練で落とされる時とは違った風を切って降りる感覚が気持ちいい。なんだかクセになってしまいそうね。
「お、おい。もっとスピード緩めろよ」
後ろでヘルマが騒ぎ出した。
「まだ急降下したばかりじゃない。落ちるわけじゃないんだから我慢しなさい」
「そんなこと…言われても」
ヘルマは後ろで情けない声を上げた。
「こんなことで音を上げるなら『爆竜』にはいられないわね。後で転属届けを出してあげてもいいわよ。乗り手が急降下するとピーピー泣きわめくからやめさせて下さいってね」
私がそう言うとヘルマはにらみつけてきた。
「ふざけんな。誰が泣きわめいてるって?」
ふふふ。強がっちゃってかーわいい。ヘタレのくせに意地だけはあるからやっぱりいじりがいがあるわ。
「それでこそ私の相棒だわ。じゃ、スピード上げていくわね」
「え、ちょ待っ」
ヘルマに構わずスピードを上げる。私の体はどんどん落ちていき、あっという間に1000フィートに到達する。
「…今よ。落として」
誘惑に負けた私はそこで投下の指示を出した。だってたまには違うプレイもしたいもの。
「了解」
ヘルマはベルトを緩めた。私は体を少し傾けて穴に落ちるように調節した。そして爆弾を落としたことで少し崩れたバランスを立て直して、爆弾が爆発するのを待った。
「うおっ?!」
下で大きな音が響き、煙が上に立ち上ってきた。そして計算通り私たちも煙に巻き込まれた。
「ゴホッゴホッ。何だよこの煙。体が熱くなったんだが」
「…催淫剤よ」
私はそう言い放っていつも通り柔らかく地面に着地した。
「ふふ。あそこが硬くなってるわよ。私が騎乗位で鎮めてあげるわ」
「え、あ」
ヘルマは赤い顔で目を潤ませてる。なんだかイケない気分になってきたわ。『爆竜』にいたらもっとヘルマのあんな姿やこんな姿が見れるのかしら。
「私たちの戦いはこれからよ!」
「なんか打ち切られた?!」
そんなヘルマの叫びはあちこちで上がる矯声の中に消えて行った。
おわり
12/10/21 22:50更新 / グリンデルバルド