読切小説
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魔界の食材による魔物化の異変に関する考察
「ねえヴァイオレットちゃん。ちょっといいかな?」
私が図書館で調べ物をしているとカトリーヌお姉さまが話しかけてきました。
「いいですよ。ちょうど一段落ついた所ですし」
「ありがとね。実は」
私は何か言おうとしたカトリーヌお姉さまを制しました。
「ここじゃ目立ちます。私の研究室で話しましょう」
私の言葉にカトリーヌお姉さまは苦笑しました。
「ごめんごめん。普段そういうの意識してないから気付かなかったよ」
「まあ継承放棄色を見てリリムだと気付かれることはまずないでしょうからね。城内ではバリバリの個体識別記号ですけど」
継承放棄色はお母さまの特徴である白い髪と赤い目の色を片方もしくは両方変えることで、魔王を継ぐ気がないことを示すためのものです。メリルお姉さまや自分がやりたいことが決まってないリリム以外は皆この継承放棄色をしています。え、デルエラお姉さま?リリムがレスカティエを落としたって教団に宣伝するためですよ。継承放棄色で周りを黙らせることができるのなんてライラお姉さまかセーラくらいですからね。ちなみに私の継承放棄色は赤い髪に青色の目で、カトリーヌお姉さまは緑の髪に茶色の目です。

図書館を出てしばらく歩くと私の研究室に着きました。
「それで話とは?また農作物の品種改良ですか?」
カトリーヌお姉さまの専門分野は農業です。私の専門分野は魔物を含めた生物全般なので当然植物についての知識もあります。だから時々品種改良や新たに魔界になった土地に植える作物について相談に乗ったりしてます。最近明緑魔界が増えてるので人間界の作品について相談を受けることが多いですね。
「いや、実は最近魔界の作物が変なんだよね」
カトリーヌお姉さまが珍しく真剣な顔で言いました。
「変?不作でもあったんですか?」
「そういうことじゃなくてさ…。なんていうか食べた時の魔物化が変なんだよね」
カトリーヌお姉さまは説明しずらそうに言った。
「…つまり本来変化しないはずの魔物に変わったと言うことですか?」
「そうそれ!」
そうそれじゃないですよ。本当におバカなんですから。

「それでどんな魔界の作物に影響が出てるんですか?」
「今の所虜の果実と夫婦の果実、それとねぶりの果実だよ。ホルスタウロスミルクは大丈夫みたいだし、最近養殖し始めたアンデッドハイイロナゲキタケにも問題ないみたいだよ」
…問題ないみたいってことはアレを食べた人間がいるってことですか。多少不気味さは薄れてるとはいえ食べたくなるような物ではないでしょうに。
「全て人間をサキュバスに変える食材のようですね。…その作物の産地はどこかわかりますか?」
「産地?えーと確かバラバラだったと思うけど…」
カトリーヌお姉さまは私がなんでそんな質問をするのかわからないと言う顔で答えました。

「…作物が育つ土地に問題があるわけではないようですね。となると作物ではなく食べた人に問題があると考えた方がいいかもしれません。カトリーヌお姉さま、どのような人が問題の作物を食べたかわかりますか?」
「えーと、一応ルキ姉に聞いてみたけどさっぱり意味がわからなかったんだよね」
まあそうでしょうね。カトリーヌお姉さまにルキお姉さまが言うことがわかるわけがないでしょう。…カトリーヌお姉さまがおバカなだけではなくてルキお姉さまの言い回しが難解なのもありますが。
「それでなんと言っていたんですか?」
「確か…『皆神の戯れ言に踊らされた賢き愚者により創造されし神の設定の破壊者の番たる背信の徒なり』って言ってたけど…。それってどういう意味?」
…なんとなくわかってきたような気がします。
「…その作物を食べた人たちはどんな魔物になったんですか?」
「…確かデビルバグとラージマウスだったかな」
…やっぱりそうですか。本当に教授はいい研究対象を作ってくれたものです。
「ぶー。1人だけわかったような顔してないでちゃんと説明してよ」
カトリーヌお姉さまは不機嫌そうな顔をしています。さて、どう説明しましょうか。

「結論から言うと、異常な魔物化をしたのは『救世主』と交わったからだと考えられます」
「『救世主』?うーん。どこかで聞いたような気がするんだけど」
カトリーヌお姉さまは思い出せないのか頭をひねりました。
「魔物が男性を産めるようになる精子を持った生物兵器のことですよ」
「…うん。思い出したよ。それで何で『救世主』と交わるとサキュバスじゃない魔物になるの?」
本当に思い出したんでしょうか。まあいいですけど。
「以前『救世主』と交わると魔物の特徴が混ざり合った魔物が産まれると言う話をしたのを覚えてますか」
「それってワーシープウールが取れるホルスタウロスとか、マンドラゴラの根っこを持つアルラウネとかのこと?」
それは覚えてましたか。まあ私たち継承放棄色持ちの『カラード』は専門分野にはとことんこだわりますからね。『魔王色』のメリルお姉さまや『色無し』の妹たちとは一味違うわけです。
「あれは簡単に言うと『救世主』の魔物の魔力が弱い精子と、魔物の魔力が弱まった魔力が弱まった卵子が合わさった結果両方の特徴を持った魔物が産まれると言うものです。つまり『救世主』の精子には親である魔物の魔力が含まれているということです。ここまではいいですか?」
カトリーヌお姉さまが頷いたのでわかっているということにしておきましょう。

「次に『救世主』と交わって異常な魔物化をした人が食べた物について考えてみましょう。カトリーヌお姉さま、症状が出た虜の果実、夫婦の果実、ねぶりの果実と症状が出なかったホルスタウロスミルクとアンデッドハイイロナゲキタケの違いは何かわかりますか?」
「…わかった!果実がつくかどうかでしょ?」
…誰もそんななぞなぞ出してないんですが。
「…正解は両者の魔物化の仕組みの違いです」
「魔物化の仕組み?」
カトリーヌお姉さまは全くわからないという顔をしました。
「後者は人間を魔物に作り替える物ですが、前者は違うんですよ」
「え?虜の果実とかって人間をサキュバスに作り替えるんじゃないの?」
私の言葉にカトリーヌお姉さまは首を傾まげました。
「…虜の果実などは本来魔物の魔力を高める物です。当然人間には魔物の魔力はありません。だからサキュバスに変わるわけです。しかし『救世主』と交わった人間は体内に微弱な魔力を取り込んでます。その微弱な魔力が虜の果実などによって強められたせいで人間の体に影響を及ぼしたというわけです」

「へーさすが生物専門。よくそんなことわかるね」
カトリーヌお姉さまは感心したような顔をして言いました。
「まだ単なる仮説ですけどね。というよりなんで自分が作ってる作物の性質も知らないんですか?…って思う人は多いでしょうね」
「私は育てるの専門だからそんなこと言われても困るんだけど。作物の特質はヴァイオレットちゃん、作物の販売はフラン姉に任せきりだからね」
まあカトリーヌお姉さまは精霊使いでもないのに作物が育つ環境を完璧に管理してますからね。他のことを気にしてる暇なんてないんでしょう。そもそも『カラード』は完全分業体制ですから関係ない分野に手を出すことは少ないんですけどね。

「それにしても『救世主』って魔物に対抗するために生み出されたんでしょ?何で人間とセックスしてるの?」
カトリーヌお姉さまが珍しくまともな質問をしてきました。
「おそらく何らかの形で『救世主』と交流があったんでしょう。それでいつしか愛し合うようになりました。しかし『救世主』はいずれ軍の道具として魔物と交わらないといけません。そうなるくらいならいっそ」
「何もかも捨てて教団から脱走して親魔物領に亡命しちゃおうってことか。形は違っても愛の力はすごいってことだね」
カトリーヌお姉さまが珍しく鋭いことを言いました。

「そうですね。愛がなければそもそも私たちは誕生してないわけですから。残念ながら私は生命をこの身に宿したことはありませんけどね」
「私も自分の子供を育てたことはないんだよね」
カトリーヌお姉さまはしみじみと言いました。
「というか『カラード』で相手がいる方が珍しいんじゃない?物語でも結婚してるのは『色無し』ばっかりだし」
「人間にとっては『色無し』=リリムですからね。人間が『カラード』と関わることは少ないでしょうし、会ってもまずわからないでしょうしね」
私がそう言うとカトリーヌお姉さまは覚えがあるのか苦笑を浮かべました。
「確かに出会いは少ないよね。誰か私と睦びの野菜を作ってくれる人はいればいいんだけど。一体どんな実がつくんだろう」
「私も妊娠の経過を見せてくれるような人がいればいいんですけどね。…そんなことばかり言ってるからダメなような気がします」
私の言葉にカトリーヌお姉さまは頷きました。
「あーそれ同感。そうでなくても私たちクセがありすぎるもん。育つ前ならどうにかなるかもしれないけどもう形を矯正することもできないし」
「分化が終わった細胞は誘導しようがないですからね。魔王の娘というステータスを求めるなら細胞分裂途中の『色無し』に走るのは道理でしょう」
カトリーヌお姉さまは何となく話がわかったのか頷きました。
「まあ私たちも一応リリムだからね。いつかは相手を見つけないとね」
「ええ。いつか」
そのいつかはいつになるんでしょうね。とりあえず今後の研究のためにも少しはお母さまの理想に貢献するとした方がいいかもしれませんね。私はカトリーヌお姉さまと話しながらそんなことを考えていました。

おわり
12/09/10 12:22更新 / グリンデルバルド

■作者メッセージ
何とかネタバレ完全解禁の前に書き上げました。正直虜の果実などの解釈がこれでいいのか不安です。
また勝手に独自設定を作ってしまいました。とりあえず名有りのリリムはほぼ『カラード』だと考えて構いません。色々考えているのでいずれ出せればいいと思います。

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