主神交代劇
「はむ。ついに勇者と魔王の最終決戦でふね」
私は用意していたお菓子を食べながら言った。
「少し前まではこんな特等席で勇者と魔王の戦いが見れるなんて夢にも思ってませんでした。ダメ元で主神選挙に立候補しておいてよかったです」
そう。私が下界の様子が見える大画面水晶板『ディーヴァ』で人間と魔物の頂上決戦を見れるのは主神選挙で勝って主神になったからです。ぶっちゃけた話この主神選挙は人気投票みたいな物だからまだ神としての経験が浅い私でも主神になれたというわけです。中には不正をしただの、面白半分で票を入れる人が多かっただけだろうとか言ってくるお局神様もいますけど負け犬の遠吠えにしか聞こえません。ようは勝てばいいんですよ勝てば。
「んくんく。あ、始まるみたいですね」
私がジュースを飲んでいると勇者が剣を構えて、魔王が手を前にかざしました。
「普通なら勇者を応援する所でしょうけどたまには魔王が勝つという波乱があっても面白いですよね。んー。でも魔王が勝つと次の勇者を選ぶのがめんどくさいですし」
そんなことを考えてるうちに勇者の気と魔王の魔力が高ぶってきました。
「ま、面白ければどうでもいいですけどね」
そんなことを話していると勇者が魔王にすさまじいスピードで斬りかかりました。魔王はそれを左手で受け止め、右手から炎呪文を放ちました。勇者はそれを紙一重でよけました。
「はむ。まずは小手調べですか。これからどうなるんでしょうね」
そこからはすさまじい魔法と剣の応酬でした。まさに頂上決戦にふさわしい試合です。まあそれはいいんですけどねえ。
「なんか魔王の胸の揺れ方がむかつきます…」
魔王はものすごく巨乳です。それに形もいいですしまさに完璧という感じです。
「……」ペタペタ
…今私の胸が絶壁だと思った人、失礼ですが死にたいですか?まだ神になりたてですから成長の余地はありますし、貧乳はステータスだってあるロリコン神も言ってました。それに胸なんてしょせんムダな脂肪の塊です。全然うらやましくなんかありませんもん!
「…牛乳飲む量増やしましょうか」
心が折れそうになりながら私は観戦に戻りました。すると魔王が身体強化を使いました。そしてものすごい速さで勇者を押し倒して寝技をかけました。
「あー。サキュバスだから寝技が得意ってわけですか。…なんか気に入りません」
特に押し付けられた胸が変形してるあたりが。魔王は当ててんのよとでも言いたいんでしょうか。ふん。どうせ押し付けてても気付かれませんよーだ。くすん。
「おー。勇者も抵抗してますね。さすがと言った所でしょうか」
まあ顔を真っ赤にしてますけどね。やっぱり男は巨乳の方がいいんでしょうかね。
「お、技から脱出したみたいですね。ここからどうなるんでしょうか」
そう思ってると抜け出して剣を振り上げた勇者の足がもつれました。そしてその拍子に勇者と魔王の唇が重なりました。
「うわ、ベタな展開ですね。現実でこんなことあるとは思ってませんでした」
2人はしばらく固まった後互いに顔を赤くして顔を逸らしました。というか魔王。あなたさっきまで寝技でかなり密着してたじゃないですか。なんで今更キスなんかでうろたえてるんですか。そう思っていると魔王と勇者は見つめあって抱き合ってディープキスをし出しました。
「…まさか魔王と勇者が恋に堕ちるとは思ってませんでした。何の茶番ですかこれ」
私が呆然としている間にも勇者が魔王をお姫様抱っこして寝室に向かいました。
「第二ラウンドはベッドってことですか。超展開すぎてついていけません」
それにしてもこの場合どうすればいいんでしょうか。魔王と勇者が手を組んだとか勇者1人じゃ対応しきれないでしょう。
「ま、とりあえず賭けの結果を報告に行きましょうか。私にお金が全部流れると知った皆さんの顔が今から楽しみです」
大穴で魔王に賭けた人はいても引き分けに賭けた人はいません。そうなると賭けの管理をしている私が総取りするというわけです。
「大金をかけてくれた人も多いですからかなりの収入が期待できますね。どれだけになるのか楽しみです」
私は主神専用の視聴覚室を出て、賭博でスッた哀れな神々の所に向かいました。
「いやー。ずいぶん儲かりましたね。一体何に使いましょうか」
これも調子に乗って勇者に大金賭けたバカな神がいたからですけどね。いくら本命だとは言っても調子に乗りすぎでしょう。
「とりあえず勇者と魔王のベッドシーンでも見させてもらいましょうか。私の仕事を増やしてくれたんだから当然ですよね」
私は『ディーヴァ』で魔王城の寝室の様子を見ることにしました。
「…は?」
私は映し出された光景に目を疑いました。
「魔王から大量の魔力が放出されてますね。魔王1人じゃこれだけの魔力は出せないから勇者と交わることで製造しているということでしょうか」
でも一体何のために魔王はそんなに魔力を放出してるんでしょう?ハッスルしすぎて魔力を制御できなくなったわけでも
「ひゃんっ」
私は急に感じた快感に思わず喘ぎ声をあげてしまいました。
「はあっ、はあっ」
何なんですかこの疼きは?まるで体を内側から犯されているような…。
「…まさか」
私は意識を集中して世界に繋がってみました。すると勇者と魔王の魔力が世界を覆っているのがわかりました。
「これは魔王が放出してる魔力と同じ物ですね。こんな莫大な魔力で覆って一体何をするつもりなんでしょう?」
私は体中に走る快感を気合いで我慢しながらディーヴァを操作しました。すると大勢の魔物たちが息を荒げているのを発見しました。
「はんっ、これは魔王の仕業でしょうか?魔物を苦しめるようなことをするとは思えないんですけど」
まさか勇者と恋に落ちたからって人間側に寝返ったなんてことはありえないでしょうし。一体何が起こってるんでしょう?
「んっ」
そう考えていると突然強い快楽が襲って来ました。それと同時に魔物たちの姿も徐々に人間の女性のような姿に変化していきました。それでも魔物としての特徴は残ってますけどね。
「…これは擬人化?美女に変化して油断させようという魂胆でしょうか?」
私は体が疼くのを我慢して魔物たちを解析しました。すると人を食料として食べる本能が男を性的に食べる本能に変わっていることがわかりました。
「はんっ。ど、どうやら魔王は勇者を好きになったから他の魔物にも人間を好きになる幸せを知ってもらいたいと考えたみたいですね。デビルバグとかおおなめくじまでこんなにかわいくなるとかすごい魔改造ですね」
でも魔物が人間の上位という設定は変わってないみたいですね。だから魔物から人間が生まれることはないということですね。
「でも魔物の数が増えて魔王の魔力が増えれば人間も生まれるようになるみたいですね。でもそれで納得する人間は少ないでしょう。教義を変えるように言っても頭が固い歴代主神の老害共が納得するわけないでしょうし、システムを見直すべきって言っても聞く耳持たないでしょう」
え?何で私が魔王の計画に協力するようなことを言ってるのかですって?愛を貫くために主神のシステムにまでケンカを売ろうとする根性が気に入ったからですよ。私はいつだって勝つか負けるかわからない勝負に挑む人の味方ですからね。なぜなら私は
「あ、今は主神でした」
これじゃ全然締まりませんね。やっぱり主神という地位は性に合わないみたいです。
「まあそれは後にしておいてっと…」
私は震える手をゆっくりと動かしました。
「とりあえず性欲処理して頭を冷やしましょうか」
私は自分の控えめな胸に手を
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私はオナニーして疼く体を鎮めてから主神評議会を召集しました。主神評議会って言うのは歴代の主神と今の主神が集まって天界や人間界の重要な事を決める会議です。正直めんどくさいですけどね。…何かそんなことより何で自慰の所がカットされてるんだっていう声が聞こえてくるような気がしますね。そんなの自分のオナニーシーンを描写するのが恥ずかしかったからですよ。べ、別に控えめな胸とかいう表現にむかついたわけじゃないですからね。私はそこまで器小さくないですからね。と私はない胸を張っ
「…」ニコッ
…ふう。とにかく会議室に入りましょうか。
私が会議室に入るとそこにはいつも通り「SOUND ONLY」と書かれた黒い石版が浮かんでいました。本人たちはそうした方がミステリアスだからやっているだけであって断じてパクリじゃないと言ってますけどどう見てもパクリだと思います。まあある種人類補完計画と言えなくもないですけどね。
『我らを招集するとは珍しいな今代の主神よ。何かあったのか?』
石版の1つからムダに尊大な声が聞こえてきました。
「はい。実はかなり困ったことになりましてね」
私は魔王が世界を改変させて魔物を女性化したことだけを伝えました。勇者が魔王と恋に落ちたことと、交わって力を増していることは伝えていません。何で伝えないのかって?心配しなくてもすぐにわかりますよ。
『何と…。まさか魔王が中途半端とは言え世界を改変できるほど強い力を持っていたとは』
私の言葉に歴代の主神達はざわめき出しました。まあ誰も予想してなかった事態だから仕方ないでしょうけどね。
「申し訳ありません。全て私が未熟だったせいです」
私は顔をうつむけました。そうしないと口元が笑っているのに気付かれますからね。自分たちの顔は見せたくないくせに一方的に盗撮する歴代主神の変態共にバレるわけにはいかないでしょう?
『起きてしまったことは仕方ない。それよりどう対処するのかが問題だろう』
偉そうな口調の元主神がそう言いました。他の元主神がザワザワしている中冷静ですね。
「一応考えはあります。ただ非常に申し上げにくいんですが…」
私はものすごく言いにくそうな素振りを見せてみました。
『構わん。言ってみろ』
偉そうな元主神が不思議そうに聞いてきました。
「…歴代主神のどなたかが主神に復帰して魔王を討伐していただけると助かるのですが」
私は単刀直入に言いました。本当は「普通の女神に戻ります」とかやりたかったんですけどこの空気でやるのはちょっとあれですからね。
『なんだと?!責任を放り出して逃げるつもりか!』
これまでただ騒いでただけの元主神が怒鳴ってきました。
「じゃあ聞きますけど人気投票で選ばれたまだ若輩者の私がこんな緊急事態に対応できると本気で思ってるんですか?それなのに主神の地位にしがみついて権威を保とうとする方がよっぽど無責任でしょう」
『ぐっ。し、しかし』
それでもその元主神は食い下がりました。
『見苦しいぞ!貴様は自分に倒す役目が回ってくるのが嫌なだけだろう』
偉そうな元主神の言葉にこれまで騒いでいた元主神が黙り込みました。これ以上言っても自分が不利になるってだけだと気付いたんでしょう。
「心配しなくても大丈夫です。誰に行ってもらうのかはすでに決まっていますから」
私の言葉に歴代主神たちが黙り込みました。
『ほう?それで誰に行かせるのだ?』
偉そうな元主神が冷静な口調で言いました。
「…『魔物創生の主神』様にお願いしたいのですが」
『……。え、わし?』
使命された『魔物創生の主神』が間の抜けた声を上げました。
「はい。魔物を使って人間の数を調整するというシステムを作ったのはあなたです。ならあなたがシステムを保つために動くのが筋というものでしょう」
今代の主神なのに元主神を引きずり出そうとしている私が言っても説得力ないでしょうけどね。
「それに魔王は魔物を変化させたことで力を消耗しています。今が魔王を討つ最大のチャンスです。伝説として語り継がれているあなたなら倒すのはたやすいでしょう?」
『し、しかし』
『魔物創生の主神』はそれでも渋っています。思ったより情けないですね。
「もし魔王を倒して戻ってきたら何でもします。ですからどうか行っていただけませんか」
『わかった。すぐに行こう!』
『魔物創生の主神』は周りが引くほど勢いよく即答しました。
『…そうか。では主神の継承が終わったらさっさと逝ってこい』
偉そうな元主神がものすごく冷たい声で言いました。どうでもいいですけど今明らかに違う「いく」だったような気がするのは私だけでしょうか?
『了解じゃ。さあ、早く主神の力をわしによこすのじゃ』
…なんか主神に復帰してもらっていいのか不安になってきました。でも彼になってもらうしかありません。まあ今考えても仕方ありません。何かあったらその時に考えましょう。
「それでは主神権限を譲渡したいんですけど…。『魔物創生の主神』の所に行けばいいんでしょうか?」
『その必要はない。その石版に触れて力を流し込めばそれで継承できる』
へー。ずいぶん便利な石版ですね。私もこれから使うようになるんでしょうか。
「わかりました。それじゃやりますよ。はあっ!」
私は『魔物創生の主神』の石版に主神としての力を流し込みました。すると自分の中の世界とのつながりがだんだん薄れていくのを感じました。
『どうやら無事に継承できたようじゃな。それではサクッと魔王を倒してくるぞい!』
その言葉と共に『魔物創生の主神』の石版が消えました。
『なかなか見事な引き際だった。短いとはいえ主神の座についていた記念として何か欲しい物はないか?』
偉そうな元主神がそんなことを聞いてきました。
「じゃあ視聴覚室にある『ディーヴァ』を貰っていっていいですか?」
『ああ。いいだろう。また新しい物を用意すればいい話だからな』
さすが偉そうな元主神。太っ腹ですね。
「後できればでいいんですけど、私の弟を天界元老院の議員に推薦したいんですが」
『弟?…ああ、彼のことか。若いのに優秀だという話はよく聞いている。わかった。話を通しておこう』
へー。弟ってそんなに有名だったんですね。まあ外面だけはいいですから当然でしょう。外面だけは、ね。
「そうしていただけると助かります。今日は忙しいのに集まってくれてありがとうございました」
『気にするな。今度は同じ歴代主神の一員として会おう』
偉そうな元主神の声が石版から響きました。
「はい。それでは主神評議会を終わります。解散!」
私が宣言すると会議室にある石版が一瞬で消えうせました。
「…本当にあの神で大丈夫なんですかお母様?あの主神魔王を倒して帰ってきたらどうするかわかりませんよ?」
会議室を出て部屋に戻ると私のエンジェルのフリエルが声をかけてきました。
「仕方ないでしょう。他にシステムをどうにかできる神なんかいないんですから」
「…?どういうことですか?」
フリエルはわからないのか首を傾げました。
「魔物で人間の数を調整するシステムは当然『魔物創生の主神』が作ったものです。だからシステムをどうにかするためには『魔物創生の主神』を矢面に立たせる必要があるわけです。他の神が主神になった場合『魔物創生の主神』や他の元主神から圧力がかかるでしょうが、自分が作ったシステムをどうしようが文句を言う神はいませんからね」
「なるほど。でも『魔物創生の主神』はシステムを変えようとするのでしょうか?」
フリエルは納得がいかないという顔をした。
「するしかないでしょう。システムが正常に作用するには主神とほぼ同様の力を持つ魔王と勇者を倒さないといけませんし、例え倒せたとしてもそんな勇者がいたら魔物が滅んでしまうでしょう。それに勇者が1人とは限りません。強大な力を持つ勇者と魔王を倒すのに多くの勇者を生み出す可能性も考えられます。これじゃ人間の数を調整する以前に魔物が滅ぶ可能性があるのは誰だってわかるでしょう。よっぽど個人的で自分勝手な理由でシステムを維持しているわけじゃない限りシステムを破棄するしかないでしょう」
まあ個人的で自分勝手な理由な可能性はありますけどね。私がシステムを壊そうとしてるのはシステムを戻すことにはリスクが高いのにリターンがないからという個人的な理由ですからね。
「…最後にどうしてもわからないことがあるんですけど」
フリエルはものすごく納得がいかないという顔をしています。
「なんですか?」
「お母様は魔王と勇者が勝つことを前提に話してますけど、いくらなんでも主神が魔王と勇者に負けるものなんでしょうか?」
フリエルが最もなことを聞いてきました。
「まあ少なくとも互角には戦えると思いますよ。魔王は勇者と交わることで強大な力を得ていますし、勇者もインキュバスになってますから交わることで強大な力を得ています。見たところ主神としての力と同等くらいの力は得ていました。それに現主神は長い間主神としての力を使っていないというものすごいブランクがあります。それに対して魔王と勇者は新しい力を得たばかりで加減できませんが、そもそも愛する者たちを引き裂こうとする現主神に手加減する必要もないですしね」
まあ多少は城は壊れるかもしれませんけど自分たちや他の魔物の幸せに比べたら惜しくはないでしょう。
「しかも現主神はそのことを知りません。彼は世界を変えることで膨大な魔力を使って激しく消耗した魔王を倒すだけの楽な仕事だと油断しています。更に魔王を討伐するはずの勇者が裏切っているとは思ってもいないでしょう。いくら現主神とは言っても動揺しないはずがありません。そこに必ず隙が生じるでしょう」
まあそれを狙って意図的に伝えてなかったんですけどね。別に私はえこひいきをしたつもりはありませんよ?『魔物創生の主神』と戦うんだからこのくらいのハンデはあってしかるべきでしょう。
「そして何よりも重大なのは私が魔王を倒したら何でもすると宣言したことです。これは依頼ではなく、『魔王を倒すことができたら何でもする』という賭けを挑んだということです」
私の言葉にフリエルはハッとした顔をしました。
「なるほど。賭けである以上お母様が負けることはありませんね」
「その通り。なぜなら私は」
私は主神の時には言えないセリフを宣言しようとしました。
「『賭けの女神だから』と姉さんは言う」
「賭けの女神だから!…ハッ」
割り込まれたから振り返ってみると予想通り私の弟がいました。いつの間に入ってきたんでしょう?
「人の決めゼリフに割り込まないで下さい。お姉ちゃんそんな子に育てた覚えありませんよ!」
私がそういうと弟は顔をしかめました。
「別に育ててもらった覚えはありません」
あいかわらずつれませんね。まあいつものことですから全然傷ついてなんかいませんよーだ。
「そんなことより私を勝手に天界元老院の議員にするなんて一体何を企んでるんですか?!」
弟が珍しく声を荒げました。
「別に何も企んでませんよ?ただ若いのに優秀だって有名な弟を推薦してだけです」
私がそう言うと弟は私をにらめつけてきました。そ、そんな風ににらんだって怖くなんかありませんよ。
「姉さんわかってて言ってるでしょう。私は口は回りますが体力がないので議員の激務なんかこなせませんよ?」
でしょうね。弟は口と頭は動きますけど体力はあまりありません。力も神の中ではかなり下ですが舌先三寸でそれなりの地位に上りつめてます。
「わかってますよ。だからその口のうまさを見込んで頼みがあるということです」
私の言葉に弟は真剣な顔になりました。
「…へえ。私に何をしろと?」
「簡単なことです。…魔物をどうするかという議論が白熱してきたらシステム自体に疑問を唱えればいいだけです」
私がそう言うと弟はあごに手を当てました。
「なるほど。魔物に対処するという話だとただそれぞれの意見をぶつけ合うばかりで議論は進まないでしょう。しかしシステムの問題点をつきつければもっと議論は建設的な方向に向かうでしょうし、何より主神を議論の場に引きずり出すことができます。システムを作った『魔物創生の主神』からするとシステムを撤回する方向に向かうのはまずいですからね。…もしかして姉さんもそれを見込んで主神を彼に譲ったんですか?」
さすが弟。相変わらず鋭いですね。
「はい。私が主神のままでそういう議論をしても上から圧力が来るだけですけど、主神の地位に引き摺り下ろしてシステムを維持することに対する説明をしなければならないようにしたということです」
私の言葉に弟は考え込みました。
「…魔物が変化した今システムを維持することについての問題点はいくらでもあげられます。会議の場をシステムを維持することに反対するような空気にすることはたやすいことです。でも人間と魔物がどうなろうと我々神にはそこまで関係のないことでしょう。どうして姉さんはそこまで魔王と勇者に肩入れするんですか?」
弟は真剣な目で私を見てきました。
「決まってるじゃないですか。システムを維持することに固執するだけの過去の遺物より、大博打を打って愛する者と未来を切り開こうとする若者たちについた方が面白いからです」
そう言い切った私を弟は呆れたような目で見てきました。ふんだ。どうせ理解してもらえるなんて思ってないから平気だもん。
「姉さんの言いたいことはわかりました。しかしそのようなことに私が協力する理由がありません。残念ですがこの話はお断りします」
薄情な弟ですね。まあ予想はしてましたけど。
「…話さないとあのことバラしますよ」
私がそう言うと弟はビクッと反応しました。
「あのことってなんなんですかー?」
…また突然入って来ましたね。確かこの娘は弟のエンジェルのディベトエルでしたっけ?
「弟が断るまで話せません。ただ私が知ってる弟の黒歴史は108などゆうに超えているとだけ言っておきましょう」
私がそう言うと弟は冷や汗をダラダラ垂らしました。
「…言う気はないようですね。では」
「しょ、しょうがないですね。姉さんがそこまで言うならやってあげます!」
弟は焦って言いました。
「やって“あげます”?」
私はあげますという所をわざと強調しました。
「や、やらせて下さい。お願いします」
弟は懇願するように言いました。いやー。いつも言い負かされてるから気分がいいですねー。
「ま、そこまで言うならやらせてあげてもいいです」
「ぐぬぬ…」
弟はものすごく悔しそうにしています。
「わー。父様が言い負かされてるところなんて初めて見ましたー」
ディベトエルが感心したように言いました。
「弟は自分のペースに持ち込んで理詰めで言い負かすのが得意ですからね。脅迫や話が通じない相手には弱いんですよ」
「なるほどー」
ディベトエルは感心したように言ってます。少しは弟のフォローをしなくていいんでしょうか?
「まあともかく頼みましたよ。我が弟口先の神よ」
私は真剣な顔をして言い放ちました。
「……」
弟は神妙な顔をしてこっちを見ています。
「……」
…何なんですかこの空気。かなり沈黙してますね。
「何か締まりませんねー」
ディベトエルがあえて誰も言わなかったことを言いました。
「…まあお母様も弟様も何というか、その」
…フリエル。そこで気を遣われる方が辛いんですけど。
「…どうせ私たち兄弟は微妙ですよ。一体何なんですか賭けの女神って。運命の女神がいるからあまり意味ないじゃないですか」
「私だって口と頭は大したことないんですよ。大体加護があった所で口がうまくなるだけで他は変わらないないんです。どれだけ微妙なんですか私」
はあー。私たち姉弟って先代主神とか若手有望株とか肩書きはすごいですけど実際はそこまですごくないんですよね。
「まあここは強気なポーカーフェイスで押し通すしかないでしょう。手札がブタでも相手が降りてくれればこっちの勝ちですから」
「…そうですね。見掛け倒しでもバレなければいい話です」
フフフ。見てなさい『魔物創生の主神』。名前のかっこよさの差が戦力の差じゃないことを思い知らせてやります。後勇者と魔王。勇者に揉まれたせいでただでさえ大きい胸がもっと大きくなっても天罰を与えるようなことは多分しないと思います。でももし殺されたりしたら友達の貧乳の女神に頼んでその自慢の巨乳をえぐれ乳にしてあげます。それが嫌なら生き残って私の計画のためのカードになって下さい。さて、それでは魔王と勇者の命と言うチップを賭けた大博打がどうなったのか見てみることにしますかね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後は皆さんが知っての通りです。『魔物創生の主神』は魔王と勇者にこっぴどくやられて無様に天界に逃げ帰り、本性を暴かれたせいで権威を完全に失墜しました。でもまだ勝負はついてません。多くの神々を離脱させたものの主神の力は相変わらずあのエロジジイが持ってますし、主神を倒す前に他のモテない神に力が受け継がれたらこちらからシステムを変えるのは難しくなります。こっちもスパイに取り入らせて主神の力を受け継がせるようにしたり、モテない神に好意を抱く女神を探し出して告白させたりすることで足場を崩してはいますけどまだまだどうなるかわかりません。魔王と勇者の方も主神の天使にやる気がないですし、こちら側の神の天使も送り込んでいますから反魔物派が勝つことはまずないとは思いますけど、何かイレギュラーがあることも考えられますから警戒は怠らない方がいいでしょう。ギャンブルでも何でも油断していたら大逆転されることがありますからね。魔王がシステムを変えるのも時間がかかるでしょうからその間に何が起こるかわかりません。統率が取れた大軍が少数の烏合の衆に負けることはほぼあり得ませんが慢心しているとひっくり返されることがあるのは私が一番よく知っています。
どちらにしろ今私ができるのは勇者と魔王を見守ることだけです。システムを破壊することは過酷な挑戦です。成功する保証などどこにもありません。まあ勝っても負けても私が見届けてあげますよ。それが夢をつかもうとする者に対する賭けの女神の礼儀ですからね。
おわり
私は用意していたお菓子を食べながら言った。
「少し前まではこんな特等席で勇者と魔王の戦いが見れるなんて夢にも思ってませんでした。ダメ元で主神選挙に立候補しておいてよかったです」
そう。私が下界の様子が見える大画面水晶板『ディーヴァ』で人間と魔物の頂上決戦を見れるのは主神選挙で勝って主神になったからです。ぶっちゃけた話この主神選挙は人気投票みたいな物だからまだ神としての経験が浅い私でも主神になれたというわけです。中には不正をしただの、面白半分で票を入れる人が多かっただけだろうとか言ってくるお局神様もいますけど負け犬の遠吠えにしか聞こえません。ようは勝てばいいんですよ勝てば。
「んくんく。あ、始まるみたいですね」
私がジュースを飲んでいると勇者が剣を構えて、魔王が手を前にかざしました。
「普通なら勇者を応援する所でしょうけどたまには魔王が勝つという波乱があっても面白いですよね。んー。でも魔王が勝つと次の勇者を選ぶのがめんどくさいですし」
そんなことを考えてるうちに勇者の気と魔王の魔力が高ぶってきました。
「ま、面白ければどうでもいいですけどね」
そんなことを話していると勇者が魔王にすさまじいスピードで斬りかかりました。魔王はそれを左手で受け止め、右手から炎呪文を放ちました。勇者はそれを紙一重でよけました。
「はむ。まずは小手調べですか。これからどうなるんでしょうね」
そこからはすさまじい魔法と剣の応酬でした。まさに頂上決戦にふさわしい試合です。まあそれはいいんですけどねえ。
「なんか魔王の胸の揺れ方がむかつきます…」
魔王はものすごく巨乳です。それに形もいいですしまさに完璧という感じです。
「……」ペタペタ
…今私の胸が絶壁だと思った人、失礼ですが死にたいですか?まだ神になりたてですから成長の余地はありますし、貧乳はステータスだってあるロリコン神も言ってました。それに胸なんてしょせんムダな脂肪の塊です。全然うらやましくなんかありませんもん!
「…牛乳飲む量増やしましょうか」
心が折れそうになりながら私は観戦に戻りました。すると魔王が身体強化を使いました。そしてものすごい速さで勇者を押し倒して寝技をかけました。
「あー。サキュバスだから寝技が得意ってわけですか。…なんか気に入りません」
特に押し付けられた胸が変形してるあたりが。魔王は当ててんのよとでも言いたいんでしょうか。ふん。どうせ押し付けてても気付かれませんよーだ。くすん。
「おー。勇者も抵抗してますね。さすがと言った所でしょうか」
まあ顔を真っ赤にしてますけどね。やっぱり男は巨乳の方がいいんでしょうかね。
「お、技から脱出したみたいですね。ここからどうなるんでしょうか」
そう思ってると抜け出して剣を振り上げた勇者の足がもつれました。そしてその拍子に勇者と魔王の唇が重なりました。
「うわ、ベタな展開ですね。現実でこんなことあるとは思ってませんでした」
2人はしばらく固まった後互いに顔を赤くして顔を逸らしました。というか魔王。あなたさっきまで寝技でかなり密着してたじゃないですか。なんで今更キスなんかでうろたえてるんですか。そう思っていると魔王と勇者は見つめあって抱き合ってディープキスをし出しました。
「…まさか魔王と勇者が恋に堕ちるとは思ってませんでした。何の茶番ですかこれ」
私が呆然としている間にも勇者が魔王をお姫様抱っこして寝室に向かいました。
「第二ラウンドはベッドってことですか。超展開すぎてついていけません」
それにしてもこの場合どうすればいいんでしょうか。魔王と勇者が手を組んだとか勇者1人じゃ対応しきれないでしょう。
「ま、とりあえず賭けの結果を報告に行きましょうか。私にお金が全部流れると知った皆さんの顔が今から楽しみです」
大穴で魔王に賭けた人はいても引き分けに賭けた人はいません。そうなると賭けの管理をしている私が総取りするというわけです。
「大金をかけてくれた人も多いですからかなりの収入が期待できますね。どれだけになるのか楽しみです」
私は主神専用の視聴覚室を出て、賭博でスッた哀れな神々の所に向かいました。
「いやー。ずいぶん儲かりましたね。一体何に使いましょうか」
これも調子に乗って勇者に大金賭けたバカな神がいたからですけどね。いくら本命だとは言っても調子に乗りすぎでしょう。
「とりあえず勇者と魔王のベッドシーンでも見させてもらいましょうか。私の仕事を増やしてくれたんだから当然ですよね」
私は『ディーヴァ』で魔王城の寝室の様子を見ることにしました。
「…は?」
私は映し出された光景に目を疑いました。
「魔王から大量の魔力が放出されてますね。魔王1人じゃこれだけの魔力は出せないから勇者と交わることで製造しているということでしょうか」
でも一体何のために魔王はそんなに魔力を放出してるんでしょう?ハッスルしすぎて魔力を制御できなくなったわけでも
「ひゃんっ」
私は急に感じた快感に思わず喘ぎ声をあげてしまいました。
「はあっ、はあっ」
何なんですかこの疼きは?まるで体を内側から犯されているような…。
「…まさか」
私は意識を集中して世界に繋がってみました。すると勇者と魔王の魔力が世界を覆っているのがわかりました。
「これは魔王が放出してる魔力と同じ物ですね。こんな莫大な魔力で覆って一体何をするつもりなんでしょう?」
私は体中に走る快感を気合いで我慢しながらディーヴァを操作しました。すると大勢の魔物たちが息を荒げているのを発見しました。
「はんっ、これは魔王の仕業でしょうか?魔物を苦しめるようなことをするとは思えないんですけど」
まさか勇者と恋に落ちたからって人間側に寝返ったなんてことはありえないでしょうし。一体何が起こってるんでしょう?
「んっ」
そう考えていると突然強い快楽が襲って来ました。それと同時に魔物たちの姿も徐々に人間の女性のような姿に変化していきました。それでも魔物としての特徴は残ってますけどね。
「…これは擬人化?美女に変化して油断させようという魂胆でしょうか?」
私は体が疼くのを我慢して魔物たちを解析しました。すると人を食料として食べる本能が男を性的に食べる本能に変わっていることがわかりました。
「はんっ。ど、どうやら魔王は勇者を好きになったから他の魔物にも人間を好きになる幸せを知ってもらいたいと考えたみたいですね。デビルバグとかおおなめくじまでこんなにかわいくなるとかすごい魔改造ですね」
でも魔物が人間の上位という設定は変わってないみたいですね。だから魔物から人間が生まれることはないということですね。
「でも魔物の数が増えて魔王の魔力が増えれば人間も生まれるようになるみたいですね。でもそれで納得する人間は少ないでしょう。教義を変えるように言っても頭が固い歴代主神の老害共が納得するわけないでしょうし、システムを見直すべきって言っても聞く耳持たないでしょう」
え?何で私が魔王の計画に協力するようなことを言ってるのかですって?愛を貫くために主神のシステムにまでケンカを売ろうとする根性が気に入ったからですよ。私はいつだって勝つか負けるかわからない勝負に挑む人の味方ですからね。なぜなら私は
「あ、今は主神でした」
これじゃ全然締まりませんね。やっぱり主神という地位は性に合わないみたいです。
「まあそれは後にしておいてっと…」
私は震える手をゆっくりと動かしました。
「とりあえず性欲処理して頭を冷やしましょうか」
私は自分の控えめな胸に手を
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私はオナニーして疼く体を鎮めてから主神評議会を召集しました。主神評議会って言うのは歴代の主神と今の主神が集まって天界や人間界の重要な事を決める会議です。正直めんどくさいですけどね。…何かそんなことより何で自慰の所がカットされてるんだっていう声が聞こえてくるような気がしますね。そんなの自分のオナニーシーンを描写するのが恥ずかしかったからですよ。べ、別に控えめな胸とかいう表現にむかついたわけじゃないですからね。私はそこまで器小さくないですからね。と私はない胸を張っ
「…」ニコッ
…ふう。とにかく会議室に入りましょうか。
私が会議室に入るとそこにはいつも通り「SOUND ONLY」と書かれた黒い石版が浮かんでいました。本人たちはそうした方がミステリアスだからやっているだけであって断じてパクリじゃないと言ってますけどどう見てもパクリだと思います。まあある種人類補完計画と言えなくもないですけどね。
『我らを招集するとは珍しいな今代の主神よ。何かあったのか?』
石版の1つからムダに尊大な声が聞こえてきました。
「はい。実はかなり困ったことになりましてね」
私は魔王が世界を改変させて魔物を女性化したことだけを伝えました。勇者が魔王と恋に落ちたことと、交わって力を増していることは伝えていません。何で伝えないのかって?心配しなくてもすぐにわかりますよ。
『何と…。まさか魔王が中途半端とは言え世界を改変できるほど強い力を持っていたとは』
私の言葉に歴代の主神達はざわめき出しました。まあ誰も予想してなかった事態だから仕方ないでしょうけどね。
「申し訳ありません。全て私が未熟だったせいです」
私は顔をうつむけました。そうしないと口元が笑っているのに気付かれますからね。自分たちの顔は見せたくないくせに一方的に盗撮する歴代主神の変態共にバレるわけにはいかないでしょう?
『起きてしまったことは仕方ない。それよりどう対処するのかが問題だろう』
偉そうな口調の元主神がそう言いました。他の元主神がザワザワしている中冷静ですね。
「一応考えはあります。ただ非常に申し上げにくいんですが…」
私はものすごく言いにくそうな素振りを見せてみました。
『構わん。言ってみろ』
偉そうな元主神が不思議そうに聞いてきました。
「…歴代主神のどなたかが主神に復帰して魔王を討伐していただけると助かるのですが」
私は単刀直入に言いました。本当は「普通の女神に戻ります」とかやりたかったんですけどこの空気でやるのはちょっとあれですからね。
『なんだと?!責任を放り出して逃げるつもりか!』
これまでただ騒いでただけの元主神が怒鳴ってきました。
「じゃあ聞きますけど人気投票で選ばれたまだ若輩者の私がこんな緊急事態に対応できると本気で思ってるんですか?それなのに主神の地位にしがみついて権威を保とうとする方がよっぽど無責任でしょう」
『ぐっ。し、しかし』
それでもその元主神は食い下がりました。
『見苦しいぞ!貴様は自分に倒す役目が回ってくるのが嫌なだけだろう』
偉そうな元主神の言葉にこれまで騒いでいた元主神が黙り込みました。これ以上言っても自分が不利になるってだけだと気付いたんでしょう。
「心配しなくても大丈夫です。誰に行ってもらうのかはすでに決まっていますから」
私の言葉に歴代主神たちが黙り込みました。
『ほう?それで誰に行かせるのだ?』
偉そうな元主神が冷静な口調で言いました。
「…『魔物創生の主神』様にお願いしたいのですが」
『……。え、わし?』
使命された『魔物創生の主神』が間の抜けた声を上げました。
「はい。魔物を使って人間の数を調整するというシステムを作ったのはあなたです。ならあなたがシステムを保つために動くのが筋というものでしょう」
今代の主神なのに元主神を引きずり出そうとしている私が言っても説得力ないでしょうけどね。
「それに魔王は魔物を変化させたことで力を消耗しています。今が魔王を討つ最大のチャンスです。伝説として語り継がれているあなたなら倒すのはたやすいでしょう?」
『し、しかし』
『魔物創生の主神』はそれでも渋っています。思ったより情けないですね。
「もし魔王を倒して戻ってきたら何でもします。ですからどうか行っていただけませんか」
『わかった。すぐに行こう!』
『魔物創生の主神』は周りが引くほど勢いよく即答しました。
『…そうか。では主神の継承が終わったらさっさと逝ってこい』
偉そうな元主神がものすごく冷たい声で言いました。どうでもいいですけど今明らかに違う「いく」だったような気がするのは私だけでしょうか?
『了解じゃ。さあ、早く主神の力をわしによこすのじゃ』
…なんか主神に復帰してもらっていいのか不安になってきました。でも彼になってもらうしかありません。まあ今考えても仕方ありません。何かあったらその時に考えましょう。
「それでは主神権限を譲渡したいんですけど…。『魔物創生の主神』の所に行けばいいんでしょうか?」
『その必要はない。その石版に触れて力を流し込めばそれで継承できる』
へー。ずいぶん便利な石版ですね。私もこれから使うようになるんでしょうか。
「わかりました。それじゃやりますよ。はあっ!」
私は『魔物創生の主神』の石版に主神としての力を流し込みました。すると自分の中の世界とのつながりがだんだん薄れていくのを感じました。
『どうやら無事に継承できたようじゃな。それではサクッと魔王を倒してくるぞい!』
その言葉と共に『魔物創生の主神』の石版が消えました。
『なかなか見事な引き際だった。短いとはいえ主神の座についていた記念として何か欲しい物はないか?』
偉そうな元主神がそんなことを聞いてきました。
「じゃあ視聴覚室にある『ディーヴァ』を貰っていっていいですか?」
『ああ。いいだろう。また新しい物を用意すればいい話だからな』
さすが偉そうな元主神。太っ腹ですね。
「後できればでいいんですけど、私の弟を天界元老院の議員に推薦したいんですが」
『弟?…ああ、彼のことか。若いのに優秀だという話はよく聞いている。わかった。話を通しておこう』
へー。弟ってそんなに有名だったんですね。まあ外面だけはいいですから当然でしょう。外面だけは、ね。
「そうしていただけると助かります。今日は忙しいのに集まってくれてありがとうございました」
『気にするな。今度は同じ歴代主神の一員として会おう』
偉そうな元主神の声が石版から響きました。
「はい。それでは主神評議会を終わります。解散!」
私が宣言すると会議室にある石版が一瞬で消えうせました。
「…本当にあの神で大丈夫なんですかお母様?あの主神魔王を倒して帰ってきたらどうするかわかりませんよ?」
会議室を出て部屋に戻ると私のエンジェルのフリエルが声をかけてきました。
「仕方ないでしょう。他にシステムをどうにかできる神なんかいないんですから」
「…?どういうことですか?」
フリエルはわからないのか首を傾げました。
「魔物で人間の数を調整するシステムは当然『魔物創生の主神』が作ったものです。だからシステムをどうにかするためには『魔物創生の主神』を矢面に立たせる必要があるわけです。他の神が主神になった場合『魔物創生の主神』や他の元主神から圧力がかかるでしょうが、自分が作ったシステムをどうしようが文句を言う神はいませんからね」
「なるほど。でも『魔物創生の主神』はシステムを変えようとするのでしょうか?」
フリエルは納得がいかないという顔をした。
「するしかないでしょう。システムが正常に作用するには主神とほぼ同様の力を持つ魔王と勇者を倒さないといけませんし、例え倒せたとしてもそんな勇者がいたら魔物が滅んでしまうでしょう。それに勇者が1人とは限りません。強大な力を持つ勇者と魔王を倒すのに多くの勇者を生み出す可能性も考えられます。これじゃ人間の数を調整する以前に魔物が滅ぶ可能性があるのは誰だってわかるでしょう。よっぽど個人的で自分勝手な理由でシステムを維持しているわけじゃない限りシステムを破棄するしかないでしょう」
まあ個人的で自分勝手な理由な可能性はありますけどね。私がシステムを壊そうとしてるのはシステムを戻すことにはリスクが高いのにリターンがないからという個人的な理由ですからね。
「…最後にどうしてもわからないことがあるんですけど」
フリエルはものすごく納得がいかないという顔をしています。
「なんですか?」
「お母様は魔王と勇者が勝つことを前提に話してますけど、いくらなんでも主神が魔王と勇者に負けるものなんでしょうか?」
フリエルが最もなことを聞いてきました。
「まあ少なくとも互角には戦えると思いますよ。魔王は勇者と交わることで強大な力を得ていますし、勇者もインキュバスになってますから交わることで強大な力を得ています。見たところ主神としての力と同等くらいの力は得ていました。それに現主神は長い間主神としての力を使っていないというものすごいブランクがあります。それに対して魔王と勇者は新しい力を得たばかりで加減できませんが、そもそも愛する者たちを引き裂こうとする現主神に手加減する必要もないですしね」
まあ多少は城は壊れるかもしれませんけど自分たちや他の魔物の幸せに比べたら惜しくはないでしょう。
「しかも現主神はそのことを知りません。彼は世界を変えることで膨大な魔力を使って激しく消耗した魔王を倒すだけの楽な仕事だと油断しています。更に魔王を討伐するはずの勇者が裏切っているとは思ってもいないでしょう。いくら現主神とは言っても動揺しないはずがありません。そこに必ず隙が生じるでしょう」
まあそれを狙って意図的に伝えてなかったんですけどね。別に私はえこひいきをしたつもりはありませんよ?『魔物創生の主神』と戦うんだからこのくらいのハンデはあってしかるべきでしょう。
「そして何よりも重大なのは私が魔王を倒したら何でもすると宣言したことです。これは依頼ではなく、『魔王を倒すことができたら何でもする』という賭けを挑んだということです」
私の言葉にフリエルはハッとした顔をしました。
「なるほど。賭けである以上お母様が負けることはありませんね」
「その通り。なぜなら私は」
私は主神の時には言えないセリフを宣言しようとしました。
「『賭けの女神だから』と姉さんは言う」
「賭けの女神だから!…ハッ」
割り込まれたから振り返ってみると予想通り私の弟がいました。いつの間に入ってきたんでしょう?
「人の決めゼリフに割り込まないで下さい。お姉ちゃんそんな子に育てた覚えありませんよ!」
私がそういうと弟は顔をしかめました。
「別に育ててもらった覚えはありません」
あいかわらずつれませんね。まあいつものことですから全然傷ついてなんかいませんよーだ。
「そんなことより私を勝手に天界元老院の議員にするなんて一体何を企んでるんですか?!」
弟が珍しく声を荒げました。
「別に何も企んでませんよ?ただ若いのに優秀だって有名な弟を推薦してだけです」
私がそう言うと弟は私をにらめつけてきました。そ、そんな風ににらんだって怖くなんかありませんよ。
「姉さんわかってて言ってるでしょう。私は口は回りますが体力がないので議員の激務なんかこなせませんよ?」
でしょうね。弟は口と頭は動きますけど体力はあまりありません。力も神の中ではかなり下ですが舌先三寸でそれなりの地位に上りつめてます。
「わかってますよ。だからその口のうまさを見込んで頼みがあるということです」
私の言葉に弟は真剣な顔になりました。
「…へえ。私に何をしろと?」
「簡単なことです。…魔物をどうするかという議論が白熱してきたらシステム自体に疑問を唱えればいいだけです」
私がそう言うと弟はあごに手を当てました。
「なるほど。魔物に対処するという話だとただそれぞれの意見をぶつけ合うばかりで議論は進まないでしょう。しかしシステムの問題点をつきつければもっと議論は建設的な方向に向かうでしょうし、何より主神を議論の場に引きずり出すことができます。システムを作った『魔物創生の主神』からするとシステムを撤回する方向に向かうのはまずいですからね。…もしかして姉さんもそれを見込んで主神を彼に譲ったんですか?」
さすが弟。相変わらず鋭いですね。
「はい。私が主神のままでそういう議論をしても上から圧力が来るだけですけど、主神の地位に引き摺り下ろしてシステムを維持することに対する説明をしなければならないようにしたということです」
私の言葉に弟は考え込みました。
「…魔物が変化した今システムを維持することについての問題点はいくらでもあげられます。会議の場をシステムを維持することに反対するような空気にすることはたやすいことです。でも人間と魔物がどうなろうと我々神にはそこまで関係のないことでしょう。どうして姉さんはそこまで魔王と勇者に肩入れするんですか?」
弟は真剣な目で私を見てきました。
「決まってるじゃないですか。システムを維持することに固執するだけの過去の遺物より、大博打を打って愛する者と未来を切り開こうとする若者たちについた方が面白いからです」
そう言い切った私を弟は呆れたような目で見てきました。ふんだ。どうせ理解してもらえるなんて思ってないから平気だもん。
「姉さんの言いたいことはわかりました。しかしそのようなことに私が協力する理由がありません。残念ですがこの話はお断りします」
薄情な弟ですね。まあ予想はしてましたけど。
「…話さないとあのことバラしますよ」
私がそう言うと弟はビクッと反応しました。
「あのことってなんなんですかー?」
…また突然入って来ましたね。確かこの娘は弟のエンジェルのディベトエルでしたっけ?
「弟が断るまで話せません。ただ私が知ってる弟の黒歴史は108などゆうに超えているとだけ言っておきましょう」
私がそう言うと弟は冷や汗をダラダラ垂らしました。
「…言う気はないようですね。では」
「しょ、しょうがないですね。姉さんがそこまで言うならやってあげます!」
弟は焦って言いました。
「やって“あげます”?」
私はあげますという所をわざと強調しました。
「や、やらせて下さい。お願いします」
弟は懇願するように言いました。いやー。いつも言い負かされてるから気分がいいですねー。
「ま、そこまで言うならやらせてあげてもいいです」
「ぐぬぬ…」
弟はものすごく悔しそうにしています。
「わー。父様が言い負かされてるところなんて初めて見ましたー」
ディベトエルが感心したように言いました。
「弟は自分のペースに持ち込んで理詰めで言い負かすのが得意ですからね。脅迫や話が通じない相手には弱いんですよ」
「なるほどー」
ディベトエルは感心したように言ってます。少しは弟のフォローをしなくていいんでしょうか?
「まあともかく頼みましたよ。我が弟口先の神よ」
私は真剣な顔をして言い放ちました。
「……」
弟は神妙な顔をしてこっちを見ています。
「……」
…何なんですかこの空気。かなり沈黙してますね。
「何か締まりませんねー」
ディベトエルがあえて誰も言わなかったことを言いました。
「…まあお母様も弟様も何というか、その」
…フリエル。そこで気を遣われる方が辛いんですけど。
「…どうせ私たち兄弟は微妙ですよ。一体何なんですか賭けの女神って。運命の女神がいるからあまり意味ないじゃないですか」
「私だって口と頭は大したことないんですよ。大体加護があった所で口がうまくなるだけで他は変わらないないんです。どれだけ微妙なんですか私」
はあー。私たち姉弟って先代主神とか若手有望株とか肩書きはすごいですけど実際はそこまですごくないんですよね。
「まあここは強気なポーカーフェイスで押し通すしかないでしょう。手札がブタでも相手が降りてくれればこっちの勝ちですから」
「…そうですね。見掛け倒しでもバレなければいい話です」
フフフ。見てなさい『魔物創生の主神』。名前のかっこよさの差が戦力の差じゃないことを思い知らせてやります。後勇者と魔王。勇者に揉まれたせいでただでさえ大きい胸がもっと大きくなっても天罰を与えるようなことは多分しないと思います。でももし殺されたりしたら友達の貧乳の女神に頼んでその自慢の巨乳をえぐれ乳にしてあげます。それが嫌なら生き残って私の計画のためのカードになって下さい。さて、それでは魔王と勇者の命と言うチップを賭けた大博打がどうなったのか見てみることにしますかね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後は皆さんが知っての通りです。『魔物創生の主神』は魔王と勇者にこっぴどくやられて無様に天界に逃げ帰り、本性を暴かれたせいで権威を完全に失墜しました。でもまだ勝負はついてません。多くの神々を離脱させたものの主神の力は相変わらずあのエロジジイが持ってますし、主神を倒す前に他のモテない神に力が受け継がれたらこちらからシステムを変えるのは難しくなります。こっちもスパイに取り入らせて主神の力を受け継がせるようにしたり、モテない神に好意を抱く女神を探し出して告白させたりすることで足場を崩してはいますけどまだまだどうなるかわかりません。魔王と勇者の方も主神の天使にやる気がないですし、こちら側の神の天使も送り込んでいますから反魔物派が勝つことはまずないとは思いますけど、何かイレギュラーがあることも考えられますから警戒は怠らない方がいいでしょう。ギャンブルでも何でも油断していたら大逆転されることがありますからね。魔王がシステムを変えるのも時間がかかるでしょうからその間に何が起こるかわかりません。統率が取れた大軍が少数の烏合の衆に負けることはほぼあり得ませんが慢心しているとひっくり返されることがあるのは私が一番よく知っています。
どちらにしろ今私ができるのは勇者と魔王を見守ることだけです。システムを破壊することは過酷な挑戦です。成功する保証などどこにもありません。まあ勝っても負けても私が見届けてあげますよ。それが夢をつかもうとする者に対する賭けの女神の礼儀ですからね。
おわり
11/10/18 08:50更新 / グリンデルバルド