とある天使の堕天記録
「くっ。こんなことをしてただではすみませんよ！」
ベントルージェ北の森に女の人の声が響いた。強気なのはいいけどもっと状況を考えた方がいいよ。
「ただですまなかったらどうなるの？顔に潮でもふきかけるかい？」
ボクの前にいるお姉さんは全裸で、エロい姿勢で拘束されている。念のため力を封印する魔術具もつけてある。そんな状態で何をできるのか教えてもらいたいね。
「しっ？！は、破廉恥なことを言わないで下さい！」
ずいぶんウブだね。ま、教団の騎士だから仕方ないかもね。
とりあえず今の状況を説明するよ。今全裸で縛り上げられてる女の人はリリー＝ブリンクス。前来たナルシストと同じ教会の四天王の第３位で、四天王の紅一点なんだってさ。今回は１人だけなのは誰がついていくのかかなりもめたかららしいよ。女性騎士たちからお姉様として慕われてるって記録にはあったよ。え？なんでナルシストはボコボコにしたのにこの人は全裸にして縛り上げたのかって？女の人にそんなひどいことできるわけないじゃん。ねえ？
「こんなひどいことしておいてよくそんなことが言えますね！」
だよねー。ま、どうでもいいけどさ。
「こんな所で音を上げてもらっちゃ困るよ。まだまだ本番はこれからなんだからさ」
ボクの言葉を聞いたリリーはビクッと体を震わせた。
「ま、まさか私のことを犯すつもりなのですか？」
そんな真っ赤な顔でにらまれても全く怖くないんだけど。
「かなり魅力的な提案だけどボクってインキュバスなんだよねー。勝手に眷属増やしたらジュリアに怒られちゃうんだよ」
インキュバスが人間の女性と交わると、その女性はインキュバスに変えた魔物に変わっちゃうらしい。さすがにそんな簡単にヴァンパイアを増やしちゃまずいよね。
「だからちゃんと代わりを呼んできたよ」
ボクがそう言うと空から黒い翼の少女が降りてきた。
「ダークエンジェルのフリグエルです。あなたを堕落神の使徒にして差し上げます」
フリグエルの言葉にリリーは激しく首を振った。
「い、いやです。私は主神に忠誠を誓ったんです。汚らわしい堕落神の教えなど広めたくありません」
予想通りの反応だね。今まで何度もこんなやりとりをしてるからよくわかるよ。
「まあ主神の教え自体はそこまで間違ってないとは思うよ。魔物を殺せっていう主張とその理由以外はね」
「魔物を殺す理由のどこがおかしいと言うんですか？！」
リリーは声を荒げた。どうせならあえぎ声にしてもらいたいよ。
「だって快楽に溺れるのがいけないって言うんなら、裁かれるべきなのは誘惑を与える方じゃなくて誘惑に溺れる方じゃないの？その理論でいくと甘い物の誘惑に負けるからってケーキ屋に放火するのを認めることになるよ。それに教団は魔物がいる場所にいる人はみんな殺してるじゃん。ケーキ屋があるからってその辺りを全て破壊するってどう考えてもおかしいよ」
ボクの言葉にリリーは固まった。
「で、では魔物からは魔物しか生まれないからこのままでは人間の数が減るというのはどうなのです？！」
必死だね。よっぽど自分が主神に疑いを持ってることを認めたくないんだね。
「よく考えてみなよ。魔物には女性しかいないんだよ。自分たちも人間がいないと繁殖できないのに人間を滅ぼそうとすると思う？魔王もそこらへんはちゃんと考えてるよ。それに魔物しか生まれないのがいけないっていうんなら人間も生まれるようにすればいいだけじゃん。それとも全知全能の主神にその程度のことができないとでも言うの？」
「…つまりそうしないのには何か理由があると？」
リリーは真剣な顔でそう聞いてきた。それが気になる時点で主神を疑ってることに気付いてるのかなー。
「それは口で説明するより見た方が早いよ」
ボクが懐から筒状の物を取り出すとリリーは不思議そうな顔をした。
「何ですかそれ？」
「人の記憶を映像化する神具だよ。何個でも複製できるっていう優れ物なんだよね」
「誰の記憶なんですか？」
リリーが目を輝かせながら聞いてきた。
「…ゾフュエルの記憶だよ」
ボクの言葉にリリーは目を見開いてきた。
「ゾフュエルって『始まりの堕天使』のゾフュエルですか？！魔物の世代交代が起こってすぐに主神に危害を加えて追放されたあの？」
少し驚きすぎじゃない？ま、気持ちはわかるけどね。
「ここはゾフュエルが降り立った地なんだよ。その時にこの記録が広まったらしいよ。その記録のせいでこの辺りの教団信者は全員信仰を捨てちゃったんだってさ」
リリーはそれを聞くと愕然としたような顔をした。
「全員が主神の信仰を捨てた？一体どんな記録なのです？」
「それはこれからのお楽しみだよ。大丈夫。終わったころには主神の教えなんか捨てたくなるからね」
リリーが睨むのを横目で見ながらボクは記録を起動した。
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
『私がまだあの童貞クソジジイを主神として敬っていたころ、地上はあるシステムで成り立っていました』
神具からゾフュエルの姿が浮かび上がり話し出した。
「童貞クソジジイって…」
リリーは怒りを通り越して呆れている。どう考えても教育上よくないよね。
『そのシステムとは食物連鎖の人間の上位に魔物をおき、その魔物を魔王の制御装置として魔王を生み出しました。そうすることで人間の数を調整します。そして魔物の数が増えてきたら人間に勇者を生み出して魔王を倒させる。そうやって互いに殺し合うことを繰り返して数を調整してきたわけです』
ゾフュエルの言葉にリリーの顔が青ざめた。あまりにもショックを受けたからなのか目が虚ろになっている。
「顔色悪いよ。主神が自分たちを選んでくれなかったとしって失望でもしてるの？」
ボクがいったん映像を止めて。
「しゅ、主神は悪くありません。ただ私たちが傲慢で思い上がっていただけです。それが主神のお考えなら従うだけです」
思ったよりいい人みたいだね。声は震えてるけど心は折れてないみたいだから続けても問題ないかな。
「どうやら第一関門はギリギリでクリアしたみたいだね」
「第一関門？！」
リリーは呆然とした顔でボクを見てきた。
「うん。まだまだ序の口だよ。それじゃ再生するよ」
ボクが再生するとゼフュエルはまた口を開いた。
『しかしサキュバスが魔王になった時に魔物を人間を喰らって生きる存在ではなく、人間と交わり愛を育む存在へと作り変えてしまったのです。慌てたチンカスは自ら魔王を倒しに魔界に向かいました。しかし魔王には人間最強の勇者が味方につきました。交わることで全知全能の不能野郎以上の力を得た魔王と勇者はゴミクズをフルボッコして魔界からたたき出しました。哀れなゲスはボロ雑巾のようになりながら無様に天界に逃げ帰ったんです』
いつも思うんだけど呼び方統一してほしいよ。まあ気持ちはわかるけどさ。
『あの老害はシステムを元に戻そうと勇者を増やし、教団に積極的に働きかけて討伐隊を出させました。しかし堕落神やポセイドンのように汚物と決別する神もいました。また、チリ以下と一緒にいながら諫言する神もいて決して一枚岩と呼べる状態ではありませんでした。しかしほとんどの神は間抜けについていたので駄神の地位は磐石のように見えました』
そこでゾフュエルは言葉を切った。
『しかしある日の会議である神が言った言葉から事態は急変したのです。今からそれをお見せいたしましょう』
そう言うとゾフュエルの前に会議室のような部屋が現れた。そこでは多くの神々の怒号や野次が飛び交っている。
『この会議もいつも通り感情をぶつけ合う不毛な会議になると思われました。しかしここでいつもとは違うことが起こったのです』
その時ある神の手が上がった。
『少しよろしいでしょうか？』
その神の声は静かだけどよく響き渡った。
『その神は若いながらもその智謀は神々の間でもよく知られていました』
ゾフュエルがそう説明する間に映像の神々の騒ぎがやんだ。
『何じゃ？』
議長席に座った老いぼれが不思議そうに言った。言うまでもなく主神とか呼ばれてるジジイだよ。
『では僭越ながら申し上げます。主神様はなぜ勇者と魔王というすでに破綻したシステムにこだわるのですか？』
…このシーンを見ると映像なのになぜか空気が死んだのが伝わってくるんだよねー。
『ど、どこが破綻しているというのかね？』
そういうジジイは冷や汗をダラダラ流している。
『失礼ながら主神様にお聞きします。あなたには複数の勇者と教団の騎士たちが集まれば勝てる程度の力しかないのですか？』
その言葉にジジイは顔を赤くした。
『何をいう。人間ごときが束になった所でわしに適うわけないじゃろうが！』
それを聞いた若い神は薄ら笑いを浮かべた。
『それだったら主神様と互角の力を持つ魔王に勝てるわけないでしょう。ムダとわかってるのになぜ討伐隊を送るのですか？』
ジジイはさらに冷や汗を流した。
『あ、あれは油断してただけじゃ。それに万が一でも勝てる可能性があればやるべきじゃろう』
ジジイは苦しい言い訳を始めた。
『では仮に勝てたとして、今度は人間の力が大きくなりすぎるんじゃないですか？主神でも勝てなかった魔王を倒した勇者がいるんですから。それに複数の勇者の全員が魔王を倒しに行くとは限りません。勇者が多くなるとパワーバランスが崩れますし、魔王が決まる前に魔物が滅んでしまうことも十分考えられます。まあ魔物の夫の人間は魔物が元に戻ると死ぬかもしれないけど、今の教団の勢力から考えると微々たるものじゃないですか』
そこまで言って若い神は肩をすくめた。
『全治全能の主神様なら当然お気づきのはずでしょう。それなら人間と魔物を統合してさらなる上位種を生み出せばいいでしょう。もし新たに生み出すのに時間がかかりすぎるというなら伝染病を広げたり災害を起こしたり、世界制服を狙う独裁者などを生み出せばいいだけの話です。戻した所で正常に機能しないおそれがある不確実なシステムにそこまで固執する理由は何なのですか？』
若い神の質問に会議室は騒然となった。
『その神の言う通りだ。システムにこだわる必要はないだろう』
『主神には深いお考えがあるのだ。主神がシステムを残すべきと考えるなら従うべきだろう』
そんな議論が会議場では続いていた。
『そして腐れ外道は自らの破滅を招く一言を言い放ったのです』
『いやじゃ…』
議長席に座るジジイのつぶやきはなぜか会議室全体に響き渡った。
『いやじゃいやじゃ！主神であるわしが童貞なのに何で人間たちばかりいい思いをするのじゃ！そんなの認められるか！』
童貞ジジイの魂の声が会議室に響き渡った。それを聞いたリリーは今聞いたことが信じられないのか口をポカンと開いた。
『…この瞬間エロジジイの権威は地に落ちました』
一時的なショックから立ち直ったほとんどの神は童貞ジジイに冷たい視線を向けたよ。
『じょ、冗談じゃよ。単なる言葉の綾じゃ』
童貞ジジイはさすがに場の空気を感じ取ったのか必死に言い訳した。でもあの若い神はそこまで甘くなかった。
『なるほど。あなたは人間が増えた結果を恐れて人間が増えるのを調整していたわけではなく、人間が増える過程を見たくないから調整をしていたわけですか。教団に禁欲的なのがいいと説いていたのも自分が味わえない快楽を味わう人間を少しでも減らすためですね。そう考えると以前のシステムに戻すのに拘るのは当然です。人間の交わりを減らすために作った魔物が人間と交わるようになるなんて本末転倒ですからね。当然統合して魔物の変わりに上位種を作るなんて論外でしょう』
若い神は淡々とこう言い放った。
『で、では災害や伝染病ではダメな理由はわかるか？』
ショックから立ち直った神がそう聞いた。
『災害や伝染病は広がる地域は選べても誰が死ぬかは運次第です。まあ伝染病なら感染する対象はある程度選べますが、確実なものとは言えません。それに比べて魔物に襲われたらお年寄りといった弱者や、女性や子供と言った未来を担うべき者がまず犠牲になります。さらにそれを討伐するのに軍隊が出されると、まず若い新兵から犠牲になるでしょう。こうして若い世代から葬ることで人間の生命の営みが減ると考えたのです』
若い神の言葉に童貞ジジイは一切反論できなかった。
『では世界制服を企む人間を作るというのは？戦争でも若者たちは犠牲になるだろう』
若い神に他の神が質問した。
『よく考えて見て下さい。勝って領土を奪った兵が占領地域ですることと言えばなんでしょうか？』
その言葉に他の神は考え込んだ。
『それは略奪に…、強姦？！』
それを聞いてその場にいた神々も気付いたみたいだね。
『そういうことです。それに比べて本来の魔物は人間を食料としてしか見ていません。たとえ交わったとしても獣姦属性がないと性的に興奮することはありませんからね。それを現在の魔王は魔物を美女に変えてしまい、本能的に人間と交わるようにしてしまった。主神様の当初の思惑とはかけ離れた存在になってしまったわけです』
若い神はそう言って童貞ジジイを見下げ果てた目で見た。
『別にそういう嫉妬心が悪いとは言いません。しかしそんなくだらない理由で自分に都合がいいようにシステムを作り、魔物や人間を欺き利用して、目的を邪魔するものは切り捨てる。そのような私利私欲で権力をふりかざす腐った者など主神にふさわしくないどころか、もはや神ですらない。あなたのような俗物の下についたのは私の最大の汚点です』
若い神はそう言って会議室の扉に向かって歩き出し、出る直前に神々に振り向いた。
『あなた方もそこの万年童貞神と同類だと見られたくないなら見限った方がいいですよ』
若い神の言葉にほとんどの神々は童貞ジジイに敵対を表明したり、付き合ってられないから傍観することにすると言って部屋を出た。その際に出て行く神に何か耳打ちする神がいた。多分情報を流すことを約束したんだろうね。他にも童貞ジジイを暗殺しようとする神と、取り入って次の主神の座を狙おうという神が密談を交わしていた。他の神々も自分もモテないからという理由で残るだけで、童貞ジジイに忠誠を誓う神なんて誰もいないみたいだね。
会議室の映像が消えて、今度は部屋が現れた。わかると思うけどゾフュエルの部屋だよ。
『私はあまりのショックに呆然としていました。気がついたらどうやって帰ったのかわかりませんけど自分の部屋にいました。…その時です』
突然目の前に童貞ジジイが現れた。ちょっとしたホラーだねこれ。
『顔面兵器は完全に立場を失ったショックからか自暴自棄になったみたいでした。そして性欲に狂った変態は私に襲い掛かってきました』
童貞ジジイが飛び掛るのを見てリリーは身震いした。信仰なんか完全に消えたみたいだね。
『知っての通り私たちエンジェルは本来『主神の教え』に忠実です。今思うと私たちが人間と交わるのを防ぐためでしょう。しかしあの塵芥は天界で自分が手を出すことを全く考えてなかったんです』
それを聞いたリリーは思い切り蔑んだ目で童貞ジジイを見た。完全に狙い通りだね。
『全力全開！ホーリーライトブレイカー！！』
童貞ジジイに向かって太い閃光が放たれた。さらに吹き飛んでも追い討ちをかけるように光弾を投げまくった。
『私はあの性欲の権化を『主神の教え』に従って、『主神の名の下』に裁きました。その結果不埒者に重傷を負わせた私は天界を追放されて堕天することになりました。後に聞いた話によると万年発情ジジイを攻撃したら堕天できるという話を聞いて攻撃する天使が後を絶たなかったそうです。今では視界に入っただけでも攻撃するのでなるべく会わないようにしてるそうです。かなりいい気味です』
ゾフュエルは嘲笑を浮かべた。
『あ、忘れる所でした。この記録は確かに教団にとって脅威です。見た者は間違いなく信仰を捨てるでしょうからね。しかしこの記録は同時に両刃の剣でもあります。自分のしたことに罪悪感を感じて心が壊れる者や、殺人鬼だと開き直ることも多いんです。それに教会がなくなって勝手に動かれるよりは、裏で操って好きなように都合がいいこともあります。だから使う時は状況と相手をよく見てくださいね。私が言いたいことは以上です』
そう言ってゾフュエルは姿を消した。
「で、この記録を見て主神のことをどう思った？」
ボクはリリーに分かりきったことを聞いてみた。
「権力を自分のためにしか使えない小物。全知全能の力も持ち主があれでは宝の持ち腐れですね。今まであんなのを主神として信仰していたと思うと吐き気がします」
いつも通りの感想だね。まあ他に感想があったら聞きたいけどさ。
「それではリリー様、よろしいですね」
「もちろんです」
こうしてまた女性信者が堕落神の元に堕ちた。
童貞ジジイ、あんたは今もボクたちを見てるんだろうね。いくらあんたでもそんなに味方の神が少ないと何もできないんじゃない？せいぜい天界で指をくわえて見てるんだね。世界があんたの望みとは真逆に変わるのをさ。
おわり
ベントルージェ北の森に女の人の声が響いた。強気なのはいいけどもっと状況を考えた方がいいよ。
「ただですまなかったらどうなるの？顔に潮でもふきかけるかい？」
ボクの前にいるお姉さんは全裸で、エロい姿勢で拘束されている。念のため力を封印する魔術具もつけてある。そんな状態で何をできるのか教えてもらいたいね。
「しっ？！は、破廉恥なことを言わないで下さい！」
ずいぶんウブだね。ま、教団の騎士だから仕方ないかもね。
とりあえず今の状況を説明するよ。今全裸で縛り上げられてる女の人はリリー＝ブリンクス。前来たナルシストと同じ教会の四天王の第３位で、四天王の紅一点なんだってさ。今回は１人だけなのは誰がついていくのかかなりもめたかららしいよ。女性騎士たちからお姉様として慕われてるって記録にはあったよ。え？なんでナルシストはボコボコにしたのにこの人は全裸にして縛り上げたのかって？女の人にそんなひどいことできるわけないじゃん。ねえ？
「こんなひどいことしておいてよくそんなことが言えますね！」
だよねー。ま、どうでもいいけどさ。
「こんな所で音を上げてもらっちゃ困るよ。まだまだ本番はこれからなんだからさ」
ボクの言葉を聞いたリリーはビクッと体を震わせた。
「ま、まさか私のことを犯すつもりなのですか？」
そんな真っ赤な顔でにらまれても全く怖くないんだけど。
「かなり魅力的な提案だけどボクってインキュバスなんだよねー。勝手に眷属増やしたらジュリアに怒られちゃうんだよ」
インキュバスが人間の女性と交わると、その女性はインキュバスに変えた魔物に変わっちゃうらしい。さすがにそんな簡単にヴァンパイアを増やしちゃまずいよね。
「だからちゃんと代わりを呼んできたよ」
ボクがそう言うと空から黒い翼の少女が降りてきた。
「ダークエンジェルのフリグエルです。あなたを堕落神の使徒にして差し上げます」
フリグエルの言葉にリリーは激しく首を振った。
「い、いやです。私は主神に忠誠を誓ったんです。汚らわしい堕落神の教えなど広めたくありません」
予想通りの反応だね。今まで何度もこんなやりとりをしてるからよくわかるよ。
「まあ主神の教え自体はそこまで間違ってないとは思うよ。魔物を殺せっていう主張とその理由以外はね」
「魔物を殺す理由のどこがおかしいと言うんですか？！」
リリーは声を荒げた。どうせならあえぎ声にしてもらいたいよ。
「だって快楽に溺れるのがいけないって言うんなら、裁かれるべきなのは誘惑を与える方じゃなくて誘惑に溺れる方じゃないの？その理論でいくと甘い物の誘惑に負けるからってケーキ屋に放火するのを認めることになるよ。それに教団は魔物がいる場所にいる人はみんな殺してるじゃん。ケーキ屋があるからってその辺りを全て破壊するってどう考えてもおかしいよ」
ボクの言葉にリリーは固まった。
「で、では魔物からは魔物しか生まれないからこのままでは人間の数が減るというのはどうなのです？！」
必死だね。よっぽど自分が主神に疑いを持ってることを認めたくないんだね。
「よく考えてみなよ。魔物には女性しかいないんだよ。自分たちも人間がいないと繁殖できないのに人間を滅ぼそうとすると思う？魔王もそこらへんはちゃんと考えてるよ。それに魔物しか生まれないのがいけないっていうんなら人間も生まれるようにすればいいだけじゃん。それとも全知全能の主神にその程度のことができないとでも言うの？」
「…つまりそうしないのには何か理由があると？」
リリーは真剣な顔でそう聞いてきた。それが気になる時点で主神を疑ってることに気付いてるのかなー。
「それは口で説明するより見た方が早いよ」
ボクが懐から筒状の物を取り出すとリリーは不思議そうな顔をした。
「何ですかそれ？」
「人の記憶を映像化する神具だよ。何個でも複製できるっていう優れ物なんだよね」
「誰の記憶なんですか？」
リリーが目を輝かせながら聞いてきた。
「…ゾフュエルの記憶だよ」
ボクの言葉にリリーは目を見開いてきた。
「ゾフュエルって『始まりの堕天使』のゾフュエルですか？！魔物の世代交代が起こってすぐに主神に危害を加えて追放されたあの？」
少し驚きすぎじゃない？ま、気持ちはわかるけどね。
「ここはゾフュエルが降り立った地なんだよ。その時にこの記録が広まったらしいよ。その記録のせいでこの辺りの教団信者は全員信仰を捨てちゃったんだってさ」
リリーはそれを聞くと愕然としたような顔をした。
「全員が主神の信仰を捨てた？一体どんな記録なのです？」
「それはこれからのお楽しみだよ。大丈夫。終わったころには主神の教えなんか捨てたくなるからね」
リリーが睨むのを横目で見ながらボクは記録を起動した。
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
『私がまだあの童貞クソジジイを主神として敬っていたころ、地上はあるシステムで成り立っていました』
神具からゾフュエルの姿が浮かび上がり話し出した。
「童貞クソジジイって…」
リリーは怒りを通り越して呆れている。どう考えても教育上よくないよね。
『そのシステムとは食物連鎖の人間の上位に魔物をおき、その魔物を魔王の制御装置として魔王を生み出しました。そうすることで人間の数を調整します。そして魔物の数が増えてきたら人間に勇者を生み出して魔王を倒させる。そうやって互いに殺し合うことを繰り返して数を調整してきたわけです』
ゾフュエルの言葉にリリーの顔が青ざめた。あまりにもショックを受けたからなのか目が虚ろになっている。
「顔色悪いよ。主神が自分たちを選んでくれなかったとしって失望でもしてるの？」
ボクがいったん映像を止めて。
「しゅ、主神は悪くありません。ただ私たちが傲慢で思い上がっていただけです。それが主神のお考えなら従うだけです」
思ったよりいい人みたいだね。声は震えてるけど心は折れてないみたいだから続けても問題ないかな。
「どうやら第一関門はギリギリでクリアしたみたいだね」
「第一関門？！」
リリーは呆然とした顔でボクを見てきた。
「うん。まだまだ序の口だよ。それじゃ再生するよ」
ボクが再生するとゼフュエルはまた口を開いた。
『しかしサキュバスが魔王になった時に魔物を人間を喰らって生きる存在ではなく、人間と交わり愛を育む存在へと作り変えてしまったのです。慌てたチンカスは自ら魔王を倒しに魔界に向かいました。しかし魔王には人間最強の勇者が味方につきました。交わることで全知全能の不能野郎以上の力を得た魔王と勇者はゴミクズをフルボッコして魔界からたたき出しました。哀れなゲスはボロ雑巾のようになりながら無様に天界に逃げ帰ったんです』
いつも思うんだけど呼び方統一してほしいよ。まあ気持ちはわかるけどさ。
『あの老害はシステムを元に戻そうと勇者を増やし、教団に積極的に働きかけて討伐隊を出させました。しかし堕落神やポセイドンのように汚物と決別する神もいました。また、チリ以下と一緒にいながら諫言する神もいて決して一枚岩と呼べる状態ではありませんでした。しかしほとんどの神は間抜けについていたので駄神の地位は磐石のように見えました』
そこでゾフュエルは言葉を切った。
『しかしある日の会議である神が言った言葉から事態は急変したのです。今からそれをお見せいたしましょう』
そう言うとゾフュエルの前に会議室のような部屋が現れた。そこでは多くの神々の怒号や野次が飛び交っている。
『この会議もいつも通り感情をぶつけ合う不毛な会議になると思われました。しかしここでいつもとは違うことが起こったのです』
その時ある神の手が上がった。
『少しよろしいでしょうか？』
その神の声は静かだけどよく響き渡った。
『その神は若いながらもその智謀は神々の間でもよく知られていました』
ゾフュエルがそう説明する間に映像の神々の騒ぎがやんだ。
『何じゃ？』
議長席に座った老いぼれが不思議そうに言った。言うまでもなく主神とか呼ばれてるジジイだよ。
『では僭越ながら申し上げます。主神様はなぜ勇者と魔王というすでに破綻したシステムにこだわるのですか？』
…このシーンを見ると映像なのになぜか空気が死んだのが伝わってくるんだよねー。
『ど、どこが破綻しているというのかね？』
そういうジジイは冷や汗をダラダラ流している。
『失礼ながら主神様にお聞きします。あなたには複数の勇者と教団の騎士たちが集まれば勝てる程度の力しかないのですか？』
その言葉にジジイは顔を赤くした。
『何をいう。人間ごときが束になった所でわしに適うわけないじゃろうが！』
それを聞いた若い神は薄ら笑いを浮かべた。
『それだったら主神様と互角の力を持つ魔王に勝てるわけないでしょう。ムダとわかってるのになぜ討伐隊を送るのですか？』
ジジイはさらに冷や汗を流した。
『あ、あれは油断してただけじゃ。それに万が一でも勝てる可能性があればやるべきじゃろう』
ジジイは苦しい言い訳を始めた。
『では仮に勝てたとして、今度は人間の力が大きくなりすぎるんじゃないですか？主神でも勝てなかった魔王を倒した勇者がいるんですから。それに複数の勇者の全員が魔王を倒しに行くとは限りません。勇者が多くなるとパワーバランスが崩れますし、魔王が決まる前に魔物が滅んでしまうことも十分考えられます。まあ魔物の夫の人間は魔物が元に戻ると死ぬかもしれないけど、今の教団の勢力から考えると微々たるものじゃないですか』
そこまで言って若い神は肩をすくめた。
『全治全能の主神様なら当然お気づきのはずでしょう。それなら人間と魔物を統合してさらなる上位種を生み出せばいいでしょう。もし新たに生み出すのに時間がかかりすぎるというなら伝染病を広げたり災害を起こしたり、世界制服を狙う独裁者などを生み出せばいいだけの話です。戻した所で正常に機能しないおそれがある不確実なシステムにそこまで固執する理由は何なのですか？』
若い神の質問に会議室は騒然となった。
『その神の言う通りだ。システムにこだわる必要はないだろう』
『主神には深いお考えがあるのだ。主神がシステムを残すべきと考えるなら従うべきだろう』
そんな議論が会議場では続いていた。
『そして腐れ外道は自らの破滅を招く一言を言い放ったのです』
『いやじゃ…』
議長席に座るジジイのつぶやきはなぜか会議室全体に響き渡った。
『いやじゃいやじゃ！主神であるわしが童貞なのに何で人間たちばかりいい思いをするのじゃ！そんなの認められるか！』
童貞ジジイの魂の声が会議室に響き渡った。それを聞いたリリーは今聞いたことが信じられないのか口をポカンと開いた。
『…この瞬間エロジジイの権威は地に落ちました』
一時的なショックから立ち直ったほとんどの神は童貞ジジイに冷たい視線を向けたよ。
『じょ、冗談じゃよ。単なる言葉の綾じゃ』
童貞ジジイはさすがに場の空気を感じ取ったのか必死に言い訳した。でもあの若い神はそこまで甘くなかった。
『なるほど。あなたは人間が増えた結果を恐れて人間が増えるのを調整していたわけではなく、人間が増える過程を見たくないから調整をしていたわけですか。教団に禁欲的なのがいいと説いていたのも自分が味わえない快楽を味わう人間を少しでも減らすためですね。そう考えると以前のシステムに戻すのに拘るのは当然です。人間の交わりを減らすために作った魔物が人間と交わるようになるなんて本末転倒ですからね。当然統合して魔物の変わりに上位種を作るなんて論外でしょう』
若い神は淡々とこう言い放った。
『で、では災害や伝染病ではダメな理由はわかるか？』
ショックから立ち直った神がそう聞いた。
『災害や伝染病は広がる地域は選べても誰が死ぬかは運次第です。まあ伝染病なら感染する対象はある程度選べますが、確実なものとは言えません。それに比べて魔物に襲われたらお年寄りといった弱者や、女性や子供と言った未来を担うべき者がまず犠牲になります。さらにそれを討伐するのに軍隊が出されると、まず若い新兵から犠牲になるでしょう。こうして若い世代から葬ることで人間の生命の営みが減ると考えたのです』
若い神の言葉に童貞ジジイは一切反論できなかった。
『では世界制服を企む人間を作るというのは？戦争でも若者たちは犠牲になるだろう』
若い神に他の神が質問した。
『よく考えて見て下さい。勝って領土を奪った兵が占領地域ですることと言えばなんでしょうか？』
その言葉に他の神は考え込んだ。
『それは略奪に…、強姦？！』
それを聞いてその場にいた神々も気付いたみたいだね。
『そういうことです。それに比べて本来の魔物は人間を食料としてしか見ていません。たとえ交わったとしても獣姦属性がないと性的に興奮することはありませんからね。それを現在の魔王は魔物を美女に変えてしまい、本能的に人間と交わるようにしてしまった。主神様の当初の思惑とはかけ離れた存在になってしまったわけです』
若い神はそう言って童貞ジジイを見下げ果てた目で見た。
『別にそういう嫉妬心が悪いとは言いません。しかしそんなくだらない理由で自分に都合がいいようにシステムを作り、魔物や人間を欺き利用して、目的を邪魔するものは切り捨てる。そのような私利私欲で権力をふりかざす腐った者など主神にふさわしくないどころか、もはや神ですらない。あなたのような俗物の下についたのは私の最大の汚点です』
若い神はそう言って会議室の扉に向かって歩き出し、出る直前に神々に振り向いた。
『あなた方もそこの万年童貞神と同類だと見られたくないなら見限った方がいいですよ』
若い神の言葉にほとんどの神々は童貞ジジイに敵対を表明したり、付き合ってられないから傍観することにすると言って部屋を出た。その際に出て行く神に何か耳打ちする神がいた。多分情報を流すことを約束したんだろうね。他にも童貞ジジイを暗殺しようとする神と、取り入って次の主神の座を狙おうという神が密談を交わしていた。他の神々も自分もモテないからという理由で残るだけで、童貞ジジイに忠誠を誓う神なんて誰もいないみたいだね。
会議室の映像が消えて、今度は部屋が現れた。わかると思うけどゾフュエルの部屋だよ。
『私はあまりのショックに呆然としていました。気がついたらどうやって帰ったのかわかりませんけど自分の部屋にいました。…その時です』
突然目の前に童貞ジジイが現れた。ちょっとしたホラーだねこれ。
『顔面兵器は完全に立場を失ったショックからか自暴自棄になったみたいでした。そして性欲に狂った変態は私に襲い掛かってきました』
童貞ジジイが飛び掛るのを見てリリーは身震いした。信仰なんか完全に消えたみたいだね。
『知っての通り私たちエンジェルは本来『主神の教え』に忠実です。今思うと私たちが人間と交わるのを防ぐためでしょう。しかしあの塵芥は天界で自分が手を出すことを全く考えてなかったんです』
それを聞いたリリーは思い切り蔑んだ目で童貞ジジイを見た。完全に狙い通りだね。
『全力全開！ホーリーライトブレイカー！！』
童貞ジジイに向かって太い閃光が放たれた。さらに吹き飛んでも追い討ちをかけるように光弾を投げまくった。
『私はあの性欲の権化を『主神の教え』に従って、『主神の名の下』に裁きました。その結果不埒者に重傷を負わせた私は天界を追放されて堕天することになりました。後に聞いた話によると万年発情ジジイを攻撃したら堕天できるという話を聞いて攻撃する天使が後を絶たなかったそうです。今では視界に入っただけでも攻撃するのでなるべく会わないようにしてるそうです。かなりいい気味です』
ゾフュエルは嘲笑を浮かべた。
『あ、忘れる所でした。この記録は確かに教団にとって脅威です。見た者は間違いなく信仰を捨てるでしょうからね。しかしこの記録は同時に両刃の剣でもあります。自分のしたことに罪悪感を感じて心が壊れる者や、殺人鬼だと開き直ることも多いんです。それに教会がなくなって勝手に動かれるよりは、裏で操って好きなように都合がいいこともあります。だから使う時は状況と相手をよく見てくださいね。私が言いたいことは以上です』
そう言ってゾフュエルは姿を消した。
「で、この記録を見て主神のことをどう思った？」
ボクはリリーに分かりきったことを聞いてみた。
「権力を自分のためにしか使えない小物。全知全能の力も持ち主があれでは宝の持ち腐れですね。今まであんなのを主神として信仰していたと思うと吐き気がします」
いつも通りの感想だね。まあ他に感想があったら聞きたいけどさ。
「それではリリー様、よろしいですね」
「もちろんです」
こうしてまた女性信者が堕落神の元に堕ちた。
童貞ジジイ、あんたは今もボクたちを見てるんだろうね。いくらあんたでもそんなに味方の神が少ないと何もできないんじゃない？せいぜい天界で指をくわえて見てるんだね。世界があんたの望みとは真逆に変わるのをさ。
おわり
11/05/16 23:37更新 / グリンデルバルド