連載小説
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不確定要素
「なん……だと」
 チャーリーはショックを受けたような顔をしている。さすがのこいつも事の重大性に気付いたのか?
「そんなロリの申し子のような魔物を知らなかったとは、このチャーリー一生の不覚!」
 チャーリーの言葉にソルちゃんとルナちゃんはずっこけた。ノルレは呆れたように溜息を吐いた。
「ねえパパ。この隊大丈夫なの?」
「というよりこのお兄ちゃん本当に副長?」
 …子供にまで言われててどうするんだチャーリー。
「強いからなんじゃないのか?」
 鋭いな。さすがノルレだ。まあ他に理由なんて思いつかないだろうが。
「…アリスの特性を思い出してみろ」
「性行為した後の記憶は消える…あ」
 チャーリーは声を上げた。もしかして気付いたのか?
「昔の学者はヤってアリスかどうか確かめてたってことですね。なんてうらやま…けしからん!」
 …やっぱりこいつの思考回路はそこにしかつながらないようだ。まあわかりきっていたことだが。

「…今回の事件がなにかわかってるか?」
「当たり前じゃないですか。幼女連続強姦殺人事件…」
 そこまで言ってチャーリーは目を見開いた。今度こそわかったようだ。
「そういうことだ。犯人は一般的なアリスなら強姦しても記憶が残らないっていう図鑑上の知識を知っていた。だからただのアリスに口封じは必要がないって判断したんだ。まあどうせ普通のアリスを殺したらそんなことも知らなかったのかとか、何のへんてつもないアリスがそこまで怖いかとか言われるのがいやだったっていうくだらない理由なんだろうけどな」
 そこまで言ってノルレはいったん言葉を切って複雑な顔を浮かべた。
「そういう意味だとロゼは運がよかったのかもな。もし相手に図鑑に書かれたことをうのみにする程度の頭があって、書物で知識を得ただけのくせに自信過剰でムダにプライドが高くなかったらロゼは生きてなかっただろう」
 ノルレはそこまで言っておれを見た。
「これが犯人がロゼを殺さなかった理由だ。他に何か聞きたいことはあるか?」
 ノルレの目には試すような光が浮かんでいた。いいだろう。ちゃんと聞きだしてやろうじゃないか。

「つ、つまりロゼちゃんには襲われた時の記憶がないってわけですね」
「平凡なアリスならそうだな」
 その言葉を聞いてチャーリーはホッとしたような顔をした。
「よかった。それだったらロゼちゃんにトラウマが残ったりしないですよね。レイプされたことなんて忘れた方がいいでしょう」
 チャーリーが言っていることは衛兵隊副長としては失格だろう。目撃証人が犯人のことを忘れているのを望んでどうするんだ。
「ふーん。お兄ちゃん優しいんだね」
「少しは見直してあげてもいいよー」
 どうやらチャーリーに対する評価が上がったようだ。おれも個人的にはその考えには賛成だ。
「…ロゼの場合はどうなんだ?」
 おれの言葉にノルレは感心したような顔をした。どうやらおれの推測は間違ってなかったようだ。
「え?でもロゼちゃんの記憶は残らないって言ってましたよね?」
「違う。こいつは普通のアリスならそうだって言っただけだ。それにこいつはさっきから一般的なとか通常とかを強調している。つまりロゼには何か特別なことがあるって考えるのが妥当だろう」
 おれの言葉にノルレはニヤリと笑った。
「まだ確証はないけどな。少なくとも魔物を普通とか常識とかいう狭苦しい枠の中で考えるつもりはない」
 だろうな。ノルレは図鑑とは違う特徴や性質を持つ魔物や、魔物の図鑑には載ってない一面とかを研究している。こいつにとって図鑑はあくまで魔物の予備知識をつけたり研究の参考するためのもので、無条件に信頼する絶対的な基準ではないんだろう。
「…ロゼが覚えてるかもしれないという理由をおしえてくれ」
「…わかった。まああくまで仮説だから参考程度に聞いておくと役にたつ程度の気持ちで聞いてくれればいい」
 ノルレはそう言って目を閉じた。なんて説明していいのか考えているんだろう。

「単刀直入に言うとロゼには完全記憶能力があるんだ」
「完全記憶能力?」
 聞いたことがない言葉だ。なんとなく記憶力がいいってことはわかるが。
「一度見たり聞いたりしたことを絶対に忘れない能力のことだ。チェス好きの悪魔の話の3人の主人公の中の女の子が持ってる能力って言えばわかるか?異世界人にわかりやすく言うと某10万3000冊の魔道書を記憶した禁書目録とか、某探偵学園のQクラスの紅一点ってところだな」
 …ノルレは異世界人に知り合いでもいるのか?
「どうしてお前がそれを知ってるんだ?」
「ロゼが来たときに資料が風に飛ばされたことがあった。並べる順番がわからなくて困ってたらロゼがすぐに正しく並べなおしたんだよ。話を聞いてみると風に飛ばされた時に内容が見えたらしい。それから今まで何かを忘れたことがないって話を聞いて完全記憶能力があるってわかったんだ」
 どうやらノルレはロゼと親しいようだ。
「ロゼ姉が絵を描き始めたのもそれが理由らしいよー」
「ロゼ姉の記憶は一生残るけど人や物は変わっていくし、人の記憶も薄れていく」
「「だからその感動や、その人との思い出を形に残したいんだってさ」」
 どうやらロゼは絵を描いてるようだ。
「絵を描いてる?そういえば小さい女の子が風景画を売ってるって衛兵の間で話題になってました。頼んだら似顔絵も描いてもらえるとか」
「多分ロゼのことだな。そこまで有名だって知ったらロゼも喜ぶだろうさ」
 ノルレは優しい目をして言った。本当に仲がいいみたいだな。

「つまり完全記憶能力があるから忘れるわけがないって言いたいのか?」
 おれの言葉にノルレは眉間にしわを寄せた。
「それが分からないから困ってるんだ。今の所可能性はゼロじゃないとしか言いようがないからな」
 ずいぶん煮え切らない態度だな。
「何かひっかかることでもあるのか?」
 おれの言葉にノルレは頭をかいた。
「恥ずかしながらアリスの性交の記憶がなくなるメカニズムが全くわからないんだ。調べようとした魔物学者はいたらしいけどその時にはもう記憶が消えてたらしくて記録が残ってないんだよな。正直仮説はあるけどどれも憶測を出てない段階なんだよ」
 ノルレは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「仮説ってどんなものがあるんですか?」
「主に2つだ。1つは無意識に魔術を使って記憶が消される場合だ。この場合完全記憶能力があってもなくても記憶は消えるだろうな」
 だろうな。魔法で消されるのに本人の記憶力が関係あるとも思えん。
「もう1つは本能的に性交の記憶を不要とか忘れたいとか認識している場合。この場合だと完全記憶能力があれば覚えてると思うぞ」
「?なんで完全記憶能力があれば覚えてるんですか?」
 チャーリーの言葉にノルレは少し考えた。
「…完全記憶能力があるとどんなことでも記憶して、忘れることがないらしい。要するに不要だとか忘れたいとか判断しないで例外なく覚えてるから記憶が残ってる可能性があるってことだと思うぞ」
 ノルレの言葉にチャーリーはよくわからないという顔をする。 
「まあオレも記憶のことは専門外だからあまりわからないんだけどな。完全記憶能力だってロゼみたいな例があるか調べてて偶然行き着いただけだ」
 ノルレはそう言って苦笑いする。さすがのノルレも専門外の分野

「まあ確証はないんだから記憶の片隅にでも留めておけばいいんじゃないか?オレたちはもう帰っていいか?ロゼのことも心配だからな」
「そうですね。時間取らせてすいませんでした」
 チャーリーの言葉を聞くとノルレとソルちゃんとルナちゃんが立ち上がった。
「それじゃ行くぞソル、ルナ」
「「はーい」」
 ソルちゃんとルナちゃんが元気よく返事して部屋から出て行った。

「…ノルレ」
 おれはドアを開けようとしたノルレを呼び止めた。
「何だ?」
「…あんたはロゼに記憶が残ってて欲しいと思うか?」
 おれの言葉にノルレは複雑そうな顔をする。
「魔物学者としては残っててくれたら研究が進むっていうメリットがある。でも個人的には忘れて欲しいと思ってる。怖いことを覚えているのは辛いからな」
 どうやらおれとほぼ同じなようだ。立場と個人的な感情は必ずしも一致しないってことだろ。
「…難儀な仕事だな」
「お互いにな。まあその分やりがいはあるけど」
 ノルレはしみじみと言った。どうやら気が合ういたいだな。
「何してんのパパ」
「早くロゼ姉のところに行こうよ」
 ソルちゃんとルナちゃんの声が聞こえてきた。
「ああ。今行く」
 ノルレはそう言ってドアを開けた。
「じゃあな。ロゼのことで困ったらいつでも来い。相談くらいには乗ってやるからさ」
「できればそんなことがなければいいがな」
 おれの言葉にノルレは苦笑いした。
「オレもそう願うよ。あ、そうそう。ロゼと話す時の注意点を教えておこうか」
 ノルレはそう言っておれの方を向いた。
「きれいなバラにはトゲがある。それとネコを被ってる時の言葉はあまり真に受けない方がいい」
 おれがもっとくわしいことを聞こうとした時にはノルレは部屋を出ていた。
「…まあ調べればわかるか」
 おれはチャーリーの所に戻ってどう話を聞くか考えることにした。

          つづく
10/06/30 00:31更新 / グリンデルバルド
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■作者メッセージ
少し設定が適当すぎたかもしれません。これからはもっと早く更新したいです。

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