連載小説
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明朝
 鳥が僅かに鳴き始めたのを聞き、ベッドから起き上がる。
 日が昇るか昇らないかの時刻。体温の残る布団の誘惑を振り払い、手探りで自分の着替えを探す。寝巻きを脱いで普段着へと着替える。
 服を脱ぐと健康そうな血色の良い肌と、まだ薄暗い中でも一際目立つ白い羽が露になった。

エンジェルの証

 即ち、彼女は天使である。
 服で羽を痛めないように注意しながら袖を通し、背中に開けた穴から器用に羽を外に出す。うーん、と全身を伸ばしてからカーテンを開け、膝を着いて半分だけ顔を出した太陽に向かって祈りを捧げた。

「大いなる我らが神よ。 一時の安らぎを与えて頂いたことに感謝致します。 どうか我ら迷える子羊達に、今日も慈悲とご加護をお示し下さいませ」

 暫しの間、頭を垂れて祈り、小さな声で聖歌を捧げると太陽に向かって一礼してから立ち上がる。振り返ってみると相変わらず同僚達は眠っていた。
 信じている神が違い、また私自身が勝手に祈っているだけなので付き合わせる気は毛頭無いけれど、この辺りは正直な所どうも釈然としない。せめて起こす役割位は当番制で良いのではないかと思う。同僚達は私が宗教上の理由で朝早く起きて朝日に向かって祈っていることを知ると、「じゃあ、祈り終わったら起こして下さいね」などと言うので、二人に押し切られる形で“起こし役”になっている。

「起きて下さい。 朝ですよ」
「うぅー…… あと五分」
「昨日も言ってましたよ。 駄目です、早く起きて下さい」
「おにぃー……」
「えぇ、何とでも仰って下さい。 子供達のためなら心を鬼にしますよ」

 軽く布団越しに揺さぶると布団の中でスヤスヤと寝息を立てて寝ていた女性は恨めしそうな声で呟いた。正直な所、いつものことなのであまり気にしていない。彼女には悪気はないのだ。どうも彼女は朝に弱いらしく、寝ぼけてそんなことを言ってしまうそうだ。
 目の前でもぞもぞ毛布の饅頭が蠢いていたが、やがて意を決したかのようにひょっこりと首だけ出して毛布に包まったまま起き上がった。

「おはようございます。 ディアナ」
「ん……おは、よう…… リーヤ」
「ほら、着替えです。 子供達が起きる前に一仕事しないといけないんですから、早く着替えて下さいな」
「………うん。 分かった……」

 ボーっとしているけれど、なんとか着替えを受け取り毛布に包まったままモゾモゾと着替え始めた。ここまで来れば彼女はもう大丈夫だろう。やっと頭の方まで血液が回り始めたのが、少しずつ手足の動きが滑らかになっていく。
 さて、ここまでは順調だ。
 もう一方のベッドに寝ている同僚を見る。
 こちらは酷い。ベッドの周囲には昨日の服と思しき服が下着も含めて、そのままの形で散乱し、乱れまくったシーツの真ん中には大きな毛布の塊が一つある。そして、中心からは怪獣の赤ちゃんでも眠っているのかと思ってしまうようなイビキがするのだ。

「起きて下さい。 シェフル、朝ですよ」
「……ふしゅ!!! うがー……」
「せめて通じる言語で話をしてください。 良いから起きて下さい」
「うー…… あと二時間……」
「なにを馬鹿なことを言っているんですか。 いつまで寝るつもりですか」
「一時間、いや、30分……」
「どっちも駄目です。 両方ともディアナより長いじゃないですか!」
「……ディアナは……何分?」
「五分だけ、って言いながらちゃんと起きてくれましたよ。 少しはディアナを見習って下さい」
「……じゃあ、あと五分」
「なんでそこを見習うんですか!」

 暫く問答を繰り返したが相変わらず起きてくれる気配がない。揺さぶってみても身体を動かして抵抗する。ここまで言っても起きる気が無いなら、ここは一つ実力行使に出るしかないだろう。
 毛布の端をギュッと掴んで力任せに引っ張って剥ぎ取る。勢いよく毛布が舞うと中から一人の少女が飛び出してきた。彼女はゴロンとベッドの転がると、そのままの勢いでドスンと床へ転げ落ちた。

「っつぅ…… 乱暴しやがって…… お前、それでも天使かよ……」
「貴女が堕落しているのが悪いのです」
「けっ……」

 顔面をぶつけたのか鼻を擦りながら抗議してくる。ちょっとやりすぎた気がしないでもないけれど、それでもここは毅然とした態度をシェフルに見せ付けなければ彼女は永劫に堕落したままだ。
 のろのろと立ち上がる彼女に衣服を渡すと、ぶつぶつと文句を言いながら受け取って着替え始めた。
 彼女が寝巻きを脱ぐと私とそっくりな翼が現れる。ただ、違う唯一私の翼と違うことと言えば、その色である。私の羽が空に浮かぶフワフワの綿雲の様な真っ白な羽とするならば、彼女の羽は全ての生き物に安らぎをもたらす闇夜の黒だ。その羽は、神が与えた役目を忘れ快楽に耽溺した者に与えられる、云わば堕天した天使の翼である。

「なぁに、人の身体ジロジロ見てんだ、リーヤ。 しばき倒すぞ」
「シェフルが二度寝しないか監視しているんです。 貴女だって目を離すとすぐサボるじゃないですか」
「ばーか。 あんだけ、乱暴に叩き起こされれば、そう簡単に寝れる訳ねぇだろ」
「もう…… 分かりました。 私は一階で洗濯をしていますから。 シェフルは着替え終わったら布団を全部持って来て下さいね?」
「えぇ!? ふざけんなよ、一人で運べるわけねぇだろ!」
「何も一回も運べなんて言っていませんよ? 三回か四回に分ければすぐです。 それでは、頼みましたよ? くれぐれも、前回の様に窓から放り出したりしないように」
「…ちぇ、分かってるってーの!」

 ぶーぶーと文句を垂れているシェフルを部屋に残して階段を下りる。彼女が「やりたくねー」なんて言っているのが聞えるが、なんだかんだ言ってもやってくれるだろう。乱暴な物の言い方をするため、周囲には粗野で野蛮な印象を与えてしまうのだが、あれはあれで勤勉で律儀なのだ。天界から飛びだして堕天する時にでさえ、その人徳から多くの天使達が彼女の堕天には反対したし、神様でさえ考えを改める様に言っていた。
 窓を開けて朝の新鮮な空気を屋内に招いていると、美味しそうな朝餉の香りが鼻をくすぐった。
 台所を覗いてみると、ディアナが前掛けをしながら竈に火を入れて昨日仕込んだパンを焼きながら、特製のスープの下ごしらえに取り掛かっている所だった。

「美味しそうですね」
「ありがとう。 リーヤに言ってもらえると、自信がもてます」
「ううん。 ディアナのご飯はいつも美味しいもの」

 素直に感想を述べるとリーヤはクスリと嬉しそうに笑った。とっても素敵な笑みで見ているこちらまで幸せになる笑みだ。

「でも、ごめんね…… ディアナにはもっと自由に食材を選ばせてあげたいんだけど…… 孤児院の運営費もカツカツで……」
「ううん、良いよ。 気にしないで、それより見て」
「わっ…… すごい。 どうしたの、こんなに?」

 ディアナが台所の隣にある食料庫の扉を開けると沢山の食材が詰め込まれていた。聞けば、今日の朝ディアナの知り合いがワイバーンに乗って孤児院に食料を御好意で寄贈してくれたらしい。
 元はそれなりに大きな教会のシスターとして働いていたため、彼女にお世話になった子供達が一人前になってから寄付してくれたり、彼女の教会の繋がりの人が気を使って食料を援助してくれているようだ。

「ほら、見て。 魔界豚まである。 美味しいし、栄養価も高いのよ。 悪くならないうちに頂きましょう」
「魔界産って…… 食べて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。 発情しないような魔力抜きをすれば、子供や老人だって美味しく安全に食べられます」

 ニコニコと笑いながら魔界豚をまな板の上において食べやすいように一口大に切っていく。教えによると贅沢はよろしくない……のだが、ディアナの「せめて子供達にだけでも、美味しい物を食べさせてあげたい」という熱弁により、孤児院の経営の問題から毎日は無理でも二日に一回は肉を出すようにしている。そして、これは子供達の数少ないささやかな楽しみになった。身寄りのない不幸な子供達のささやかな贅沢だ。神様も目を瞑って下さるに違いない。
 魔界の食材も料理担当のディアナが、大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。
 ディアナが美味しそうな肉を鍋に入れようとした所で不意に一つ気になった。

「リーヤ。 魔力抜き、した?」

 今の今まで鮮やかに進んでいたディアナの手がピタリと止まった。頬を引きつらせたまま小刻みに震え、おまけにタラタラと汗を流し始める。
 私は無言で彼女に歩み寄り、その左手を掴んで調理場に戻させた。
 子供達に魔力抜きをしていない魔界豚を食べさせようとするのは、魔物しかいない。っという事は、調理法を知っていながら魔力抜きをしていない魔界豚を食べさせようとしたリーヤは魔物である。そう、彼女は魔物だ。

「しなきゃ……だめ?」
「だ め で す!」
「はぅ!」

 堕落の神に仕える敬虔なるシスター、ダークプリーストに神罰(デコピン)を下すのでした。
12/10/24 02:46更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
日誌
・朝のいつものやり取りは本当に疲れた。
 それにしても、まさか魔界豚に気を取られている内にさり気なく普通の豚肉を追加で入れるとは……
 子供達にお肉を食べさせたいのは分かるけれど、どうしてこっそり追加しようとするのか。
 やっぱり、私が厳しく制限を付けたせいだろうか。
 週で使えるお肉の量を検討してみようか…… あ、でもそうすると経費が経営が……

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