Q:どこ覗き込んでるんですか? A:二人で歩む未来
何の気なしに海沿いを歩いていると、丁度、岩場で海から上がろうとしている人を見かけた。
服を着ている所を見ると、もしかして、足を滑らせたのだろうか。水を吸って重くなった服を体に張り付かせながら、顔を真っ赤にさせながら一生懸命這い上がろうとしている。特に、少し上っては休み、少し上っては休み、というイジラシイ姿を見ているとなんとなく、応援したい気持ちと、もう少し眺めていたいという意地悪な気持ちにもなってくる。
「………まぁ、手助けした方が良いよな。 普通」
この辺りの岩は若干海から突き出ている部分が高く、また、角度も直角に近い。そのため海から陸に上がろうとすると、結構苦労する。海で遊んでいて小腹が空いた時に近くの商店に行こうと近道をしようとし、結局遠回りして砂浜から上がった方が早かったのでよく覚えている。
「大丈夫ですか?」
「え……」
歩み寄って声を掛けると、少し疲労の滲んだ声を漏らした。
「よろしければ、手を貸しますよ」
「……本当ですか? 助かります!」
手を差し出すと、やや間があってから彼女は「これは天恵」とでも言うように顔を輝かせた。
遠巻きでもなんとなく分かったけれど、近くで見ると随分と整った顔立ちをしていた。そして、纏っている雰囲気はなんとなく、お姉さんっぽい気がする。でも、キツメのお姉さんという感じではなく、なんとなくどこか抜けていて頼りない雰囲気をかもし出している。そのお陰で、見る人に親しみを与え、また安心できる包容力を感じさせた。
「じゃあ、上から引っ張りあげますので、しっかり手を握って下さいね?」
「はい、お願いします」
軽くしゃがんで、彼女の白魚の様な手を握る。そこで、やっと彼女に足の代わりに魚の尾びれが付いていることに気がついた。
彼女は人間ではなく、魔物だ。それもただの魔物ではなく、シービショップと呼ばれる海の司祭だった。この辺りでも魔物は珍しくは無いし、人と仲睦まじく暮らす魔物も多い。スキュラやメロウなどは多く見るけれど、シービショップは初めて見た。
「………」
「あの、どうしました?」
思わず見惚れていると、下から困惑した声が掛けられて我に返る。
「あ、なんでもないです。 こんな辺鄙な場所に住んでいるもんで、シービショップを見たのは初めてで見とれてしまいました……」
「あ、そうなんですか? 確かに、この辺りではあまりシービショップは居ませんね。 私も友人の結婚式の司祭に呼ばれてきたんですよ」
「え、本当ですか?」
「えぇ、夕方には式が始まってしまうみたいなので、その前に式場に入らないといけないんですよね」
「なるほど、じゃあ急がないといけませんね」
こちらが謝ると、彼女は気にしないでと笑った。
では、改めて彼女を引き上げようとして………岩の上に乗せられた豊満な肉の塊が潰されて布地から、今にも零れ落ちそうになってしまっているのを発見した。
「………」
「………」
先ほどとは別の意味で沈黙が二人の間に下りる。
それからシービショップは、こちらの顔を見て、こちらの先の視線を見て、もう一度こちらを見て、釘付けになってしまった視線の意味を理解したのか、ぷるぷると小刻みに震えながら耳まで真っ赤にした。
当の僕の方は、恥ずかしがる顔も可愛いな、などとどうでも良いことを考えてしまう。
「ど、どこ覗き込んでいるんですかっ………!!!」
「あ……」
シービショップはこちらの手を払って邪まな視線から両手で自分の胸を守った。
しかし、当然そんなことすればどうなるかなんて物は容易に想像がつく。支えを失った体は一瞬だけ宙に浮いた。慌てて手を伸ばして助けようとするけれど、間に合うはずもなく次の瞬間には彼女は重力に引かれて大いなる海へとその身を沈めた。
そして、代わりに盛大に水しぶきを浴びることとなった。
………
「それが出会い? 傑作じゃないか!!」
「そんな、笑わないで下さいよ!」
抗議をしてみるが、ピンクの人魚は尾びれで地面を叩きながら大笑いをやめない。恋話の大好きな彼女のことだから、私達の話なんて酒の肴ぐらいにしか思っていないのかもしれない。
くーっと度数の高いお酒を一気に煽るメロウを眺めながら嘆息を漏らす。
けれど、恋愛に疎い私には恋愛経験の豊富な彼女に何も言えない。文句を言う代わりに、カルーアミルクに口をつける。飲みやすい、とは聞いていたけれど、あんまり美味しいとは思わなかった。やっぱり、お酒は人を酔わせるだけなので、神様の言うとおりあんまり飲まない方が良いのかもしれない。まったく、どうして彼女はお酒なんか飲むのだろう。
「そりゃ、大人だからに決まってるだろ?」
「お酒を飲まない大人だって居ます」
「くく、そうじゃないって…… やっぱりアンタは子供だね」
喉を鳴らして笑う。
私はこうして自分で司祭をやりながら自立して生計を立てているではないか、私は子供じゃない。そう、抗議しようとすると背後でバーの入り口の鐘が鳴った。
「ほら、王子様のお出ましだ」
「お、王子様じゃないです! ただの、仕事上のパートナーです!」
マスターに代金を払い、会計を済ませてから彼に向かって手を振る。彼は私に気がついたのか、手を振り返してこちらに向かってきてくれた。
今までは海の中でしか結婚式を挙げられなかったけれど、今はこうして彼の手を借りながら各地で結婚式の司祭ができる。今はこうして色んな所で祝福を挙げられることが凄く楽しい。
「今日もお願いね?」
「あぁ」
そう言って頷くと彼はあの時と同じように手を差し伸べてくれた。私は彼の手を握り返す。
彼が何かに気がついたのか、私の顔を覗き込んできた。
「ど、どこ覗き込んでるんですかっ……?」
………
「ねぇ、マスター」
「うん?」
「ちょっと、賭けをしない?」
「今度はなんだい?」
「彼女が彼とくっつくかについて」
「おいおい、それのどこが賭けだい?」
「だよね」
二人残ったバーでクスクスと笑い声が続いていた。
服を着ている所を見ると、もしかして、足を滑らせたのだろうか。水を吸って重くなった服を体に張り付かせながら、顔を真っ赤にさせながら一生懸命這い上がろうとしている。特に、少し上っては休み、少し上っては休み、というイジラシイ姿を見ているとなんとなく、応援したい気持ちと、もう少し眺めていたいという意地悪な気持ちにもなってくる。
「………まぁ、手助けした方が良いよな。 普通」
この辺りの岩は若干海から突き出ている部分が高く、また、角度も直角に近い。そのため海から陸に上がろうとすると、結構苦労する。海で遊んでいて小腹が空いた時に近くの商店に行こうと近道をしようとし、結局遠回りして砂浜から上がった方が早かったのでよく覚えている。
「大丈夫ですか?」
「え……」
歩み寄って声を掛けると、少し疲労の滲んだ声を漏らした。
「よろしければ、手を貸しますよ」
「……本当ですか? 助かります!」
手を差し出すと、やや間があってから彼女は「これは天恵」とでも言うように顔を輝かせた。
遠巻きでもなんとなく分かったけれど、近くで見ると随分と整った顔立ちをしていた。そして、纏っている雰囲気はなんとなく、お姉さんっぽい気がする。でも、キツメのお姉さんという感じではなく、なんとなくどこか抜けていて頼りない雰囲気をかもし出している。そのお陰で、見る人に親しみを与え、また安心できる包容力を感じさせた。
「じゃあ、上から引っ張りあげますので、しっかり手を握って下さいね?」
「はい、お願いします」
軽くしゃがんで、彼女の白魚の様な手を握る。そこで、やっと彼女に足の代わりに魚の尾びれが付いていることに気がついた。
彼女は人間ではなく、魔物だ。それもただの魔物ではなく、シービショップと呼ばれる海の司祭だった。この辺りでも魔物は珍しくは無いし、人と仲睦まじく暮らす魔物も多い。スキュラやメロウなどは多く見るけれど、シービショップは初めて見た。
「………」
「あの、どうしました?」
思わず見惚れていると、下から困惑した声が掛けられて我に返る。
「あ、なんでもないです。 こんな辺鄙な場所に住んでいるもんで、シービショップを見たのは初めてで見とれてしまいました……」
「あ、そうなんですか? 確かに、この辺りではあまりシービショップは居ませんね。 私も友人の結婚式の司祭に呼ばれてきたんですよ」
「え、本当ですか?」
「えぇ、夕方には式が始まってしまうみたいなので、その前に式場に入らないといけないんですよね」
「なるほど、じゃあ急がないといけませんね」
こちらが謝ると、彼女は気にしないでと笑った。
では、改めて彼女を引き上げようとして………岩の上に乗せられた豊満な肉の塊が潰されて布地から、今にも零れ落ちそうになってしまっているのを発見した。
「………」
「………」
先ほどとは別の意味で沈黙が二人の間に下りる。
それからシービショップは、こちらの顔を見て、こちらの先の視線を見て、もう一度こちらを見て、釘付けになってしまった視線の意味を理解したのか、ぷるぷると小刻みに震えながら耳まで真っ赤にした。
当の僕の方は、恥ずかしがる顔も可愛いな、などとどうでも良いことを考えてしまう。
「ど、どこ覗き込んでいるんですかっ………!!!」
「あ……」
シービショップはこちらの手を払って邪まな視線から両手で自分の胸を守った。
しかし、当然そんなことすればどうなるかなんて物は容易に想像がつく。支えを失った体は一瞬だけ宙に浮いた。慌てて手を伸ばして助けようとするけれど、間に合うはずもなく次の瞬間には彼女は重力に引かれて大いなる海へとその身を沈めた。
そして、代わりに盛大に水しぶきを浴びることとなった。
………
「それが出会い? 傑作じゃないか!!」
「そんな、笑わないで下さいよ!」
抗議をしてみるが、ピンクの人魚は尾びれで地面を叩きながら大笑いをやめない。恋話の大好きな彼女のことだから、私達の話なんて酒の肴ぐらいにしか思っていないのかもしれない。
くーっと度数の高いお酒を一気に煽るメロウを眺めながら嘆息を漏らす。
けれど、恋愛に疎い私には恋愛経験の豊富な彼女に何も言えない。文句を言う代わりに、カルーアミルクに口をつける。飲みやすい、とは聞いていたけれど、あんまり美味しいとは思わなかった。やっぱり、お酒は人を酔わせるだけなので、神様の言うとおりあんまり飲まない方が良いのかもしれない。まったく、どうして彼女はお酒なんか飲むのだろう。
「そりゃ、大人だからに決まってるだろ?」
「お酒を飲まない大人だって居ます」
「くく、そうじゃないって…… やっぱりアンタは子供だね」
喉を鳴らして笑う。
私はこうして自分で司祭をやりながら自立して生計を立てているではないか、私は子供じゃない。そう、抗議しようとすると背後でバーの入り口の鐘が鳴った。
「ほら、王子様のお出ましだ」
「お、王子様じゃないです! ただの、仕事上のパートナーです!」
マスターに代金を払い、会計を済ませてから彼に向かって手を振る。彼は私に気がついたのか、手を振り返してこちらに向かってきてくれた。
今までは海の中でしか結婚式を挙げられなかったけれど、今はこうして彼の手を借りながら各地で結婚式の司祭ができる。今はこうして色んな所で祝福を挙げられることが凄く楽しい。
「今日もお願いね?」
「あぁ」
そう言って頷くと彼はあの時と同じように手を差し伸べてくれた。私は彼の手を握り返す。
彼が何かに気がついたのか、私の顔を覗き込んできた。
「ど、どこ覗き込んでるんですかっ……?」
………
「ねぇ、マスター」
「うん?」
「ちょっと、賭けをしない?」
「今度はなんだい?」
「彼女が彼とくっつくかについて」
「おいおい、それのどこが賭けだい?」
「だよね」
二人残ったバーでクスクスと笑い声が続いていた。
12/10/03 21:30更新 / 佐藤 敏夫
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