連載小説
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門番の一日
 ファフから北に歩いてまともに歩いて二日ほどの所にバフォメットの治めるダンジョンがあり、森には魔物達がいる。しかも、普通の街なら人間と魔物が対立しているので魔物の数は必然的に減ってしまうのだが、ここでは共存しているため通常の森よりも数が多く、人間と長く接しているため統率の取れた狩りができるようになった。
 腕の良い冒険者の集団でさえ、なんのコネもなしに(貞操が)無事にファフにたどり着くのは難しい。その過程で反魔物派の人間や盗賊などの不届きな輩は“お帰り”してもらうので、ファフの治安は良好だ。
 リザードマンの門番というのは、反魔物派の国でも例外的に認められている場合があるので珍しくないのだが、その地域は戦闘が多く兵士をいたずらに減らさないという狙いがあったりする。
 まぁ、ファフの場合だとそんな事もない訳で、近くの森から魔物の入国手続きをしたり、外にでかける連中の出国手続きをしたりするのが私の主な仕事だ。

 治安が良いのは、大変結構

 鍛錬と休息の時間は十分に取れるし、待遇も不満を持っていない。むしろ、十分過ぎる賃金をもらっていると思っている。

 日課の鍛錬も終え、何人かの非番の門番と試合の真似事(全戦全勝だった)をして、やる事もなく雲を眺めていると、詰め所の常備薬の補充に薬師がやってきた。

「珍しいな、今日はイルと一緒じゃないのか?」
「昨日から、口も利いてくれなくてね・・・」
「喧嘩したのか」
「そうだよ・・・そう怒るなよ、手は出していない
 むしろ、殴られたのは俺の方だぜ?」

 逆だ、少しは手を出せ
 どうせ、こじれた理由なんてお前が手を出さなんだ

「まったく、お前は相手が患者だと凄腕だが、それ以外だと配慮が足りんな・・・
 ちゃんと謝っておけよ?」
「分かったよ・・・」

 どこか優しげな印象の青年に向けて尋ねると、困ったように苦笑いを浮かべた。親魔物派、反魔物派問わず様々なタイプの人と魔物を見てきたが、反魔物派から転じて親魔物派となり積極的に魔物と関わりつつも、魔物と一線を越えようとしないのも珍しい。魔物に手を貸した時点で“襲われても良い”という意思表示なのに、防御力(ただし、魔力の抵抗力などではない)が高すぎて、相変わらずイルはディアンという難攻不落の歯が立たず、夜には、指一本触れさせてもらっていないようだ・・・

 いったい、あの“お人よし”は何人の魔物を勘違いさせたのだろうか・・・
 もう少しぐらい魔物に対してガードを甘くしても良いという思いを拭いきれない。

 まぁ、その真面目さゆえに爛れた関係にはならないし、イルを安心して任せておけるというのも、また事実なのだ。多少は大目に見てやるべきなのだろう。

「今回は随分の人数と試合したなぁ・・・
 武術に精を出して強い相手を探すのも構わないけど、もう少し遊んだらどう?
 誘ってくれる相手もいると思うよ」
「うるさい、余計なお世話だ
 良いから黙って治せ」
 “お前に言われたくない”とも内心思ったが、この鈍感な男には言っても無駄だろう。

 それでも、イルに関して言えばディアンの方も少なからず気があるらしい。

 両想いなのにも関わらず関係が遅々として進まないのは、ディアンが元反魔物派の王国魔術師であり素直に魔物を受け入れる事は難しい(メアン談)というのと、イルも今までずっと半人前として扱われていたため自分に自信が持てないでいる(アレサ談)というのもあるのだろう。

 恋は障害があるほどよく燃える、というが彼らはそれが当てはまる。

 魔物と人という本来ならば相容れぬ存在である二人の種族が、互いに惹かれあい、戸惑いながらも自分の気持ちに気がついてゆく。けれど、恋する二人は自分の過去という枷に捕らわれて、距離を縮める事ができない。
 もちろん、その二人の道のりは決して楽なものではなく、すれ違いや諍いが後を絶たない。けれど、二人は種族と過去を乗り越えて真実の愛を手に入れるのだ。

・・・いかん、昨日の夜は恋愛小説を読みすぎてしまったようだ
若干寝不足かもしれない。

 ディアンは少し隣の世界に行っていた私をよそに、いつの間にか先ほどの試合の真似事で傷ついた兵士達の手当てを終えていた。相変わらず腕は良くて、ほとんど元通りになっている。
 そもそも、ディアンという男が治せない病気と怪我を見た事がない。雨の日に崖から落ちて、瀕死になり仮に助かっても一生歩けないと判断された人間さえも義足を用いて元通りの生活を送れるようにさえしている。
「よし、治療終わり」
「いくらだ?」
「俺が好きでやった事だし簡単な処置しかしてないから、金を取るような事でもないんだけど・・・」
「仕事をしておいて報酬を受け取らないなど、お前は専門職としての誇りはないのか
 それにケジメだ。金は払う」
 ディアンは困ったように笑みを浮かべ、銅貨を数枚要求した。私には応急処置程度の医療知識しかないので、処置代が妥当な値段なのか分からない。多分、善意の値段なのだろう。
 小金を受け取ると携帯用の治療道具を仕舞い、帰り支度をした。

「なんだ、もう帰るのか?」
「サバトの魔女達の健康診断の準備が必要でね、輸送するものをまとめておかないと
 転送用の魔方陣がメンテナンス中らしくて、荷物が運べないからさ」
「それなら引き止める訳にはいかんな」

 実は、冒険者には内密に北の塔への移動手段として魔方陣が設置されている。アレサが北の塔に品物を納品できるのもこれを利用しているからだ。ディアンもこれを利用してダンジョン内の魔物の往診に行くのだが、利用できないと徒歩になる。
 街の外の魔物にも顔なじみが多いので襲われる事は少ないと言っても、何かの拍子に発情した魔物に襲われないとは限らない。特に夜なんかは、体を持て余す魔物というのは多いのだ。相手が知り合いだろう見境なく襲い掛かってくる場合がある。
 連れがいれば襲われる可能性はなくなるが、ディアンは独り身なのだ。

 間違いなく襲われる

「対策考えておかないといけないな・・・リズエ、護衛やってくれない?」
「私はリザードマンだぞ?」
「・・・そうだったね」
「阿呆」

 騎士として認められるのは名誉だが、それ以前に女か魔物として扱え。

・・・

 お人よしな薬師を返した後は、ひどく退屈だった。
 ファフは元々交通の便が悪い。自然と旅人の数は少ないし、魔物の方も一部を除いて町の中に入ってこない(魔物的には、本能のままに押し倒すのが興奮するらしい)。人間か魔物の出入りがない限り仕事なんてこないので、鍛錬ぐらいしかやる事がないのだ。
 ディアン曰く“過度の鍛錬は体を壊すだけ”なので、提示された運動量以上の鍛錬はしない事にしている。

「・・・暇だ」

 門番なので昼寝をする訳にもいかず、外出することもできない。鍛錬以外で体を動かさずに時間を潰せる方法となるとできる事は限られる。料理でもしてみようかとも思ったのだが

「お願いですから、やめてください」
「いやいや、先輩の食べたい物があるんでしたら、自分が作ります」
「ツンデレが料理できるのは邪道だぁ!」
 と同僚に全力で止められた(最後の一人は試合を申し込んで、たっぷりと鍛錬してやった)

 鬼気迫る止め方だったので料理の練習は次の機会にして、読書をする事にする。
 リザードマンの里では読み書きは習ったものの、基本的に書を開くくらいなら鍛錬を行っていたので読書する機会というのはなかったし、興味もあまりなかった。ファフの門番を始める上で若干の語力に不安があったので、字を読む練習として読書をし始めたのだ。しかし、今や趣味の一つとなっている。
 書物は良い

 行った事のない辺境の地に思いを馳せ、唯一無二の友と旅をする
 読み終えた後は私も一緒に旅をした気になる。

 横柄極まりない悪代官から怪盗が財宝を盗み出し、疲弊した民に分け与える
 弱きを助け悪を挫く、という爽快感が心地良い。

 異世界を題材とした小説なんてものは、ただただ作者の想像力に脱帽するしかない。

 しかし、数ある小説の中で最も気に入っているのは恋愛小説だ。
 特に種族を超えた愛というのには憧れるし、人間同士での一途な恋というのも憧れる。複雑な三角関係は願い下げだが、私も小説の主人公のような素敵な恋がしてみたいものだ。私を打ち負かしてくれるような強い戦士が理想なのだが。

・・・

 不意に気配を感じ、本を閉じて顔を上げる。

「入国希望か?」
「あぁ」
「滞在か?」
「二日ほど」
「名前と身分証明書、あるいは代わりになるものは?」
「名はノエル、身分証はないが長からの手紙だ」

 尋ねると相手は短く答えた。
 獣の皮を剥いで作った服に、刺青が彫られた特徴的な褐色の肌。無駄のなく引き締められた肢体には惚れ惚れする。直立姿勢でも重心が全く動かない事から一流の剣士という事が容易に推測できる。

 「手合わせしたい」とリザードマンの本能がうずいたが、もちろん業務内容とは全く関係がないし、ましてや長からの使いを相手するなど失礼にも程がある。残念だ。
 棚から必要な書類を持ってきて、記入し始める。

「滞在の目的は?」
「文化交流と人間社会についての学習だ」
「武器は模造剣か?」
「あぁ」
「失礼」
「構わん」

 見せてもらうと、確かに刃は潰してある。本気で振れば骨の一本や二本は折れるだろうが、問題は無い。戦士として武器は誇りだし重りがないと気持ちが悪いというのは、よくある話だ。

「“人間社会での生活の心得”は受けたか?」
「もちろんだ」

 いくら人間と交流があると言っても、やはり魔物だけの集団の中で生活していると人間達の生活と食い違いがある。双方のより良い関係作りと魔物の滞在を潤滑に進めるために、魔物がファフに滞在する場合は、基本的に北の塔において数時間のセミナーが奨励されている。

 教える内容としては

 1.人間の基本的な生活習慣
 2.人間社会における魔物が町で遵守すべき規則
 3.人間生活を送るときのマナー

 などが主な内容で、人間が受けても役立つ情報が満載である。参加は無料で、ファフに初めてきた人間もこのセミナーに参加する事を勧められる内容だ。ファフを訪れる際には利用してみることをオススメする。
 北の塔の主であるクロム=ブルームが初心者でも手取り足取り丁寧に教えてくれる。
 また、「人間社会での生活の心得」の後には、不定期ではあるものの「“ウホッ、良い男”の見分け方」講座が開講される。メイン講師はアレサ=クレセントで、こちらは参加費が1000ゴールド必要になっている。

 こちらで教える内容としては

 1.良い男と悪い男の見分け方
 2.男を落とす10の法則
 3.自分の魅力を引き立てる10のテクニック

 となっている。その後は講師が変わり“捕まえた男を喜ばせる方法講座”をクロム=ブルームが手取り足取りナニ取り実践で教えてくれるらしい。こちらも大変好評でリピーターも多いと聞いている。一般的なダンジョンの収入は、戦闘不能冒険者達からの金品の強奪(戦闘不能の冒険者達からは、所持の半分を合法的に奪うことができる)なのであるが、北の塔では“講座”が立派な副収入となっているらしい。

 一通りの書類を記入し終えて、同僚に手渡す。渡された方は、詰め所の隅に設置してある小型転送用の魔方陣を使い町長の所へと転送した。他の国では入国審査の準備だけでほとんど数日潰れるという事もあるそうだが、身分証明さえ行えれば半日ほどで入国することが出来る。

「入国の許可が降りるまで少しまっていてくれ」
「了解した」

 もっとも、近くの村や里、ダンジョンではバフォメットの手によりネットワーク状に情報網が形成されているため、近隣住民では身分証明はかなり楽だ。小一時間もあればできるだろう。
 部下が私の代わりに淹れた紅茶を出しながら、適当にくつろいでもらう。

「門番の中では、もっともお前が強いのだな」
「さぁ、どうだろうな」
「騎士として年長者を立てるのは良いが、私の目は誤魔化されんぞ」
「やはり・・・分かるか?」
「見た瞬間に、な」

 私の事を見定めるように見ていた彼女は唐突に尋ねた。一応、門番には先輩もいるので(彼は専ら事務担当なのだが)先輩を立てる意味でも、ぼかしたのだがノエルには無駄だったようだ。
 しかし、それが分かるという事は当然ながら私の予測も当たっていた事になる。数多の戦士とは手合わせしてきたが、アマゾネスの剣士とは手合わせした経験はない。常々手合わせしたいと思っているのだが、生憎と機会がなかった。

「戦士としての血が騒ぐか?」

 紅茶に口をつけながら、ノエルはニヤリと笑みを浮かべた。
 アマゾネスの女性は生粋の戦士として育てられる。そして、腕が立てば当然のように純粋にその力を試してみたいという思いが芽生える。互いに同じ気持ちを抱いているのは分かった。
 剣に手を伸ばしかけたが、途中でその手を止める。

「残念だ、勤務中だからな」
「それは残念だ」

 断腸の思いで答えると、ノエルの方も心底残念そうな表情を浮かべた。

・・・

 小一時間程経過しただろうか
 同僚が入国審査の結果を手渡してくれた。
「入国許可が降りた」
 結果を告げると、ノエルは礼を言って立ち上がった。
 詰め所の木製の扉を開きノエルを通す。
 ノエルが歩く時は相変わらず軸がブレない。多くの剣士を見てきたが、地面に打ち込まれた杭を連想させるほどブレない者は見た事がない。さぞ、腕が立つのだろう。手合わせしたい。
 例えるのなら、大好物を目の前にお預けを食らったワーウルフみたいな気分だ。
 違うのは、もし我慢できなかった場合は個人的な問題ではなくファフとアマゾネスの里の問題になるという点が異なるのだが・・・

「最後に一つだけ聞きたい事がある」
 ノエルは門の前で急に立ち止まり、私の方に向いた。
 話していても聡明な印象を受けたので、何が疑問だったのだろう。私の方に何か落ち度があっただろうか。

「もし、アマゾネスがファフに来た目的が“男狩り”だとしたらどうするんだ?」
「解放区の狩猟許可期間なら問題ない
 事前に登録しておく必要があるが、いずれにしろ今は狩猟許可期間ではない」
「ふむ・・・私は“私的な要件”で“男狩り”に来たのだが、駄目かな?」
「駄目だな」

 一応、ファフにも魔物が人を襲って良い期間というのがある。“相手が未婚、またはパートナーである”とか“一度の狩りで襲えるのは一人”など様々な規則が設けられている。むしろ、“狩り”というよりも魔物の体育祭とでも言えば良いだろうか。魔物と人間のコミュニケーションのツールとなり、人間の方も積極的に参加している。
 狩られる側が積極的に参加するのは、最早“狩り”ではなくなってきている感が否めないのだが・・・

「どうしても、か」
「どうしても」

 答えると、満足気にノエルは続けた。

「もし、力ずくで“狩り”をしようとしたらどうなる?」
「それは・・・実力で説得するしかないな」

 はた、とノエルの言いたい事が分かった。もし、期間外に“狩り”を決行しようと言うのなら、門番はファフの治安を維持するために警告する必要がある。警告を無視して“狩り”を決行するというのなら、実力行使によって止める必要がある。
 その事は、アマゾネスの里でも知っている事だ。
 その場合は、あくまで“個人的な”問題であって、ファフとアマゾネスの里の関係が悪くなる事はない。

「では、“個人的に”どうしても“狩り”がしたいんでな・・・通させてもらうぞ?」
「どうしてもというのなら“不本意ではあるが”実力で説得させてもらうぞ?」

 互いに全く本心ではない言葉を口にしながら、私は細身の剣を小脇に構え。彼女は大型の剣を構えた。刃をわざと潰した模造剣ではあるが、試合用の得物としては十分だ。間合いはまだ広いのにも関わらず、今までと比べ物にならない“圧”がある。
 小さく、剣を握りなおす。
 ジリジリと互いに間合いを詰めていき、間合いに踏み込む紙一重で止まる。

「考え直すつもりは?」
「まったくないな」

 それが始めの合図だとでも言うように、私は地面を蹴った。
 ノエルの持つ剣は大型の剣だ。攻撃力は群を抜いて高い。正面からぶつかれば、無論こちらが押し負けるのは目に見えている。反面、その質量を振るためにはかなりの体力が必要となり、機敏な対応ができなくなる。
 大型の剣を持つ相手なら細かい攻撃を重ねて体力を落とし、弱ったところを襲撃するのが定石だ。
 私もスピードタイプの戦士だし、本気で勝つつもりならばその選択肢が正しいだろう。

 しかし、それでは面白くない。

 私は敢えて最初から勝負をつけに行くつもりだった。愚かかもしれないが、どうしてもアマゾネスの武術というものを体感してみたかったのだ。

 体勢を低くし、一気に間合いを詰める。
 鞘の中で剣が走らせ、鞘の戒めから解かれた剣が高速をもってノエルを襲う。

 待ちの静から、一転して攻めの動へ

 必殺の居合い抜き

 ガン!!

 腹部にめり込むはずだった、模造剣は強烈な衝撃で弾かれた。

「よい攻撃だ」
「な!?」

 驚くのも束の間、剣を弾き飛ばせられかけ体勢を崩している私に下から攻撃が襲い掛かる。わずかに剣を盾にして回避したが、次の瞬間には斬撃の雨が降り注ぐ。予想外の機敏さになんとか剣を防ぎながら間合いの外まで飛びのいた。

「今ので、決めるつもりだったのだがな」
「釣れないな、まだ始まったばかりだというのに」

 間合いの外に出ると、彼女は大剣を背負いながら不敵な笑みを浮かべた。
 強烈に弾かれたので、まだ手が痺れている。手を振って痺れをとり、真っ直ぐに相手を睨む。正眼に構えた所で、待っていたかのように今度はノエルが飛び出した。足元の地面が砕けそうな程の力強い踏み込み。
 しかし、ここで臆せば戦士の名折れ。
 私も前に出て迎え撃つ。
 力はもちろん、ウェイトが違いすぎる。正面からぶつかり合って勝てる要因はない。それはノエルも分かっているだろう。だからこそ、ノエルは力押しを選択したのだ。一見して勝ち目のない勝負を選んだ私に彼女はいささか驚いたようだ。

 勝てる勝負しかやらないのは卑怯だが、勝てない勝負を行うのも愚かだ。

 無論、私も正面からぶつかるつもりなどない。

 策はある。

 剣が触れ合う瞬間に刃をわずかに斜めにする。ぶつかった剣は大半の破壊力を伝える事ができずに、滑り台の要領で私の剣の上をすべった。わずかにサイドステップを踏んで制御を失った大剣を払いながら、そのまま剣を振る。

 とっさに顔を逸らして回避されたが、体勢はまだ悪い。間合いの内に入るのは困難だが、一旦間合いの内に入ってしまえば巨大な質量を持つそれは行動を縛る枷にしかならない。懐から離れなければ勝てる。またとない勝機と判断し、一気に畳み掛ける。

「クッ・・・!」

 小さく舌打ちをしながら、大剣を器用に使って私の剣をかわす。
 流石は一流の戦士
 圧倒的不利な状況においても、まだ粘りを見せる。もしこちらが僅かな隙を見せれば、それを反撃の糸口として貪欲に使い、この至近距離の優位性を容易に覆すという気概が見える。
 このハングリー精神は同僚達にも見習わせたい。

「ギアを上げるぞ?」

 私が呟くと、ノエルの目が驚愕の色に染まった。
 トカゲは変温動物だ。そして、リザードマンはトカゲの性質を強く引き継いでいる。100%ではないが、リザードマンも変温動物的な部分がある。トカゲの体が温まれば行動はより活発になるように、リザードマンも体が温まれば身体能力は飛躍的に上昇する。それは他の魔物や人間とは比較にならない。
 圧倒的な手数の差に段々とノエルも大剣では対応しきれなくなり、額には汗が滲んだ。

(頃合いか・・・)

 剣を振りかぶり、必殺の構えをとる。
 無論、その隙をノエルが逃す訳はない。

 劣勢を覆すために、あるいは一気に勝負を決めるために下から上に大剣を振るう。
 しかし、今の隙は私がわざと作ったものだ。

 前もって攻撃が予測できていれば、その攻撃を避けるのは造作もない。それが、窮地に追い込まれて繰り出した技なら尚更だ。がら空きになった腹部に目がけて一撃を放つ。

 もらった!!!

 突如、鎧の上からでも十分に分かる程の強烈な衝撃が腹部を叩き、体が吹き飛んだ。
 ゆうに五メートルは吹っ飛んだだろうか、とっさに受身をとって地面との衝撃を和らげたが、そのまま二転三転と世界が回る。五回目の青空を見たときに、ようやく私の身体は回転運動をやめた。
 立ち上がろうとしたが、全身に力が入らない。

「悪いな
 拳を使わないつもりだったのだが悠長な事を言わせてもらえる相手ではなかったのでね。
 私もアマゾネスの血を引く者として試合に負ける訳にはいかなかったのだよ・・・」

 なんとか首だけを動かしてノエルを見ると、正拳突きの構えのまま、肩で荒く息をしているノエルが目に入った。手にはあの大剣はなく、近くの地面に突き刺さっていた。
 避けられないと判断すると枷にしかならない剣から手を離し、拳による迎撃に転じたのだ。地に伏せる私と疲労困憊のまま、かろうじて立っている相手。この結果は、勝利に目の眩んだ私の油断と、最後まで勝負を見極めていた相手の差だ。

 それだけ認めると
 私の意識は闇に飲まれていった

・・・

「アマゾネスの戦士と試合するなんて、無謀にもほどがあるだろうに・・・」
「戦士として生まれた以上、強い戦士と戦うのは当たり前だ」
「どこの常識だよ、阿呆」
「うるさい・・・っ痛・・・!」

 カチンと来て、胸倉を掴むと腕に鈍痛が走った。曰く、着地の方向がマズかったらしく骨にヒビが入っているらしい。痛みに耐え、涙目になりながらもディアンの顔を見ると心底呆れたように、溜め息をついてやれやれと首を振った。
 もし、本調子だったら二、三発どついている所なんだが、反論できない。私が出来る事と言ったら睨み付ける事くらいな物だ。
 ディアンは、緑色の軟膏を取り出すと怪我をした所に塗り始めた。

「臭ッ!?
 それに染みるぞ!?
 嫌味か!?嫌味なら、陰湿な方法ではなく直接言え!」
「まさか、俺は相手が誰でも治療に手を抜くつもりはないし
 ましてや、ふざけた理由で怪我しても見捨てないつもりだよ?」
「じゃあ、この薬はなんだ!」

 同僚達が似たような怪我をした時は爽やかな香りのする薬を使っていて、患者の方は、みるみる内に治るので心地良いと言っていた。すぐに治るのが心地良いと感じるか、気色悪いと感じるかは感覚の違いもあるだろう。
 しかし、特殊な趣味でもない限り患部が妙に熱を持ち、ジクジクと痛むのは万人が不快な感覚だと思う。おまけに、バブルスライムの体液を薄めたような匂いの薬となれば、明らかに使っている薬が違う事くらい素人でも分かる。
 あまりの悪臭に同僚達も私がいる部屋に入ってこない。

「あの薬は治るのは早いけど、たまに痕が残るから
 痕が残りにくい薬を使っているんだよ」

 嫁入り前なんだから身体を大切にしないと、なんて言ってきた。
 余計なお世話だ。
 腕やら顔やらに薬を塗り終えると、ディアンは腰を上げた。

「さっき、ノエルとすれ違ったけどリズエの事を高く評価していたよ
 “試合は辛勝だが、戦士としては完敗した”だと
 帰りに、また顔を出すって」

 それだけ言い残すとディアンは立ち去った。
 妙に“また顔を出す”という言葉が耳に残る。

 何故だ?

 戦士としてもう一度手合わせしたいという思いからだろうか。薬をもらって傷みが引いたはずの鳩尾の辺りが静かに傷む。痛みがあるはずなのに、“また顔を出す”という言葉を反芻すると、自然と口元が緩んでしまう。
 イルは、どこも悪くないのに胸の奥が痛くなる病気があると言っていた。そして、特定の人に対して素直になれなくなってしまうのに常にその人の事を考えてしまう、と。

「まさか・・・な・・・」

 こんな所で障害の多い恋に落ちるとは思わなかった。
10/04/15 20:18更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
お久しぶりです。佐藤敏夫です。

初めて最初から最後まで通して主観を変えず、バトルも入れてみたりなんだりと、今回はチャレンジ精神がやたらと旺盛です。
でも、結果はお察し下さい

無理だよ!バトル物なんて書けないよ!

でも、その内エロにも挑戦してみよ・・・いや、なんでもありません。

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