連載小説
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間の抜けた掛け合い
 薬と言うのは、人体に影響がない程度に薄められた毒物だ。
 それゆえに、正確な調合をしなければ薬理効果どころか人命に直接に関わってしまう。片方に重りの乗った天秤に正確に薬草を乗せていく、神経をすり減らす精密作業で何度やっても緊張する。
 量り終えた薬草を休む間もなく今度は、薬研(やげん)に薬草を放り込み磨り潰していく。粒子が均一になり薬草が一様に混ざらないといけない調剤は結構な力仕事で、かなり骨が折れる。
 後は成型だけだ。一回分の使用量を小分けにして錠剤状に押し固める。そうすれば今日のノルマは達成だ。

「ディアン!」
「ん?」

 薬を作っていた手を止めて振り返る。両手に薬品を抱えているイルはニコリと微笑んだ。どうやら薬を作るための原材料の選定が終了したらしい。イルの薬草の扱い方について言えば、天性の才能を持っている。

「はい、お疲れ様。 ありがとう」
「もぅ・・・僕は子供じゃないんだよ?」

 作業台の準備してくれたので、感謝と労いを込めて無意識の内にイルの頭の上に手を置いてしまうとプクリと頬を膨らませた。悪かったよ、小さく謝ると今度は一転して子供のような無邪気な笑顔を作り、許してあげる、と答えた。
 実際に夫婦となってみると現実というのは案外あっけないものだ。今まで当たり前のように一緒に居たのだから。結婚といっても、一緒に居る期限がなくなっただけの話だ。

「そういうのが重要なんでしょ?」
「まぁね」

 ディアンが返すとイルは嬉しそうな表情を浮かべる。
 手に汗を握り数々の出会いとスリルに満ち溢れた冒険のような日々も悪くないと思うが、大切なのは連綿と続くのんびりとした平和な毎日だ。少しぐらい退屈な方が工夫して「ちょっぴり違う事」を探すという楽しみがある。
 目の前にある山ほどの金銀財宝も、歴史に残るほどの絶対的な地位も、笑顔には敵わないのだ。

「この薬草の下ごしらえだけしたら、昼食がてら一休みしよう」

 すぐにイルと一息入れたいところだが、折角選定してもらった薬草だ。もうちょっとだけ頑張って乾燥させてしまおう。その方が落ち着いてお茶を楽しむ事ができる。
 イルに声を掛けると、分かった待ってるよと頷き台所に向かった。
 やはり待っていてくれる人がいると嬉しいな、小さく胸の内で呟いてから机に向き直る。袖を捲って気合いを入れた。薬草を見つめるディアンの表情はどこか綻んでいた。

・・・

 僕の特製のお茶を楽しみ、ディアンと一緒にこんがりと美味しそうな狐色に焼きあがったクッキーを摘まむ。のんびりとした昼下がりの僕のささやかな楽しみだ。

「ディアンの弟子ってどんな人だったの?」
「そうだなぁ・・・ 写真あるけど見るかい?」
「え、あるの?」
「あぁ。 そこの棚にアルバムがあるはずだよ」

 ひょいとディアンは口の中に摘んだクッキーを放り込み、そのまま本棚に納められている一冊の本を指差した。言われた本を手に取ると予想外に重くて危うく取り落とすところだった。僕の姿を見て、ディアンは大切な本なんだから丁寧に扱ってくれよ? と苦笑を浮かべた。

「ありがとう」

 ディアンは受け取ると、机の上において良く見えるようにしながらページを繰り始める。 革張りの豪華なアルバムを開くと様々な風景の写真が収められていた。
 歴史を感じさせる威厳と荘厳さを兼ね備えた美しい宮殿や、どんな美術品も敵わないような自然が偶然に作り出した心洗われる綺麗な景色。そうかと思えば穏やかで何気ない日常を切り取った町の姿や、旅先で出された初めて見る人はちょっと引いてしまうような可笑しな食事風景もある。
 それらをディアンに解説を入れて貰いながら話を聞くと、まるで一緒に旅をしているような錯覚に陥ってしまう。
 ファフに来てからは、今度は風景写真から人物写真が増えてくる。泣きじゃくる可愛らしくて元気な赤ちゃんを抱いた満足気なリザードマンとその横で一番良い笑顔を浮かべている男性や、とある行事の主賓であるアカオニにグシャグシャと乱暴に頭を撫でられて祝福をもらう男の子の写真、おまけに片足をギプスで固定されて松葉杖を付いているのに満面の笑みでVサインを作るワーウルフと呆れ果てた少年のツーショットもある。

「これ、ディアン?」
「あぁ。 それで、こっちが俺の馬鹿弟子だよ」

 ページをめくっていた手を止めて一枚の写真を指差す。
 二人の青年がいる。一人は茶色い皮のコートと優しそうな表情がトレードマークの見慣れた好青年、もう一人は常にどこか悪戯を考えているような笑みを浮かべている憎めない雰囲気を湛えた青年だ。ディアンは町の人気者の悪ガキという典型例のような青年を指差して微笑み彼の名前を告げた。ミクニ・トール、それが彼の名前らしい。

「あの馬鹿・・・ 今も世界を見てくるんだー とか言いながら色んな所を見て回っているんじゃないのかな?」

 口先では「馬鹿弟子」と言っているが、誇らしげな表情に見える。何だかんだ言って自慢の弟子なのだ。ディアンは目を閉じ、天井を見る。遠くの地に居るトールの安全を祈っているのだろう。

「それにしても・・・ディアン、子供の写真多いね」
「あぁ、風邪とか、怪我をするのは子供だからね」

 子供は良く遊ぶ。その際にできる小さな擦り傷や切り傷は数えたらキリがないし、捻挫なんてしょっちゅうだ。けれど、それ自体はちっとも悪い事ではない。ディアンも子供達が遊んでいる最中にする怪我はよく遊んでいる証拠だと思っている。
 遊んでいる時に怪我をしたら嫌な顔一つせず、笑顔で手当てをしていた。

「子供は宝だからさ」
「ふふ、子供の写真ばっかりだから・・・ディアンがロリコンかと思っちゃった」
「おいおい。 勘弁してくれよ」

 ちょっぴりからかうと、ディアンは苦笑を浮かべて肩を竦めて見せた。その様子がおかしくて思わず僕も笑ってしまう。本当は退院祝いに写真を撮っているだけと分かっているのにイチイチ反応してくれるのだから、お人よしも良い所だ。

「でもさ、どの子が大切なの?」
「そんなの決められないよ」
「え、僕じゃないの?」
「イルは子供じゃないでしょ?」
「あはは。それもそうだね」

 ちょっぴり意地悪な質問もサラリと返されてしまった。
 ディアンにとってファフの子供達はどの子も大切な宝だし、ファフの住人もこれ以上ないほど大切な家族だ。誰か一人を決めるなんてできないに決まっている。

「でもね、僕はディアンが一番大切な子を知っているよ?」
「え?」

 にぃ、と笑って言うとディアンは不思議そうな顔をした。ディアンがファフの住人が誰の子供も甲乙付けられないほど大切にしているという事に嘘はない。そもそも、誰かと誰かを比べること自体できないはずだ。けれど、それでもディアンは一番大切にしている子は分かる。
 それは

「ディアンと僕の間に出来る子でしょ?」

 案の定、ディアンは顔を真っ赤にした。
 口を押さえて、必死になって笑いを堪えてそむける。それでもやっぱり堪え切れなかったらしくニヤケタ顔が覗いている。僕だって物凄く恥ずかしい。顔が発火するのではないかと思うくらいだ。
 穴があったら入りたい。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。笑いすぎて目から涙が出てきてしまう。

「はぁ・・・ はぁ・・・ イル、それでも俺は決められないよ・・・」

 肩で息をして、酸素が足りなくて死にそうな表情を浮かべているディアンは必死になって息を整えながら呟いた。今度は僕がディアンを見つめる番だ。すると、ディアンは一拍おいて、笑いを納めて真顔になった。

「イルとの子供、二人は欲しいから」

 大爆笑だった。
 それは確かに決められない。上手い切り返しだ。笑う以外の手段を僕は持たない。溢れた涙を拭っても、拭ってもとめどなく溢れてきた。息が続かなくなってしまった。
 でも逆に言えば、ディアンも僕との子供を欲しいと言質を取った事になる。
 ニヤリと笑いテーブルの向こうのディアンを見ると、しまったという表情を浮かべて顔を背けた。

「作っちゃう?」
「・・・いや、その。 えっとだなぁ・・・」
「僕はいつでも準備出来てるよ?」
「そうじゃなくて・・・ 心の準備って物がだなぁ・・・」

 スカートの裾を摘んで挑発すると、分かりやすいほどディアンは動揺してくれた。そんな姿を見せてくれるなんて可愛くて仕方ない。ディアンの事を悪戯するのは楽しいけど、あんまり悪戯しても可愛そうだ。今の所はこの辺で引き下がってあげよう。
 椅子に座りなおして背筋を正すと、ディアンは苦い顔と笑い顔を足し合わせた後に半分にした表情を浮かべて再びコチラをむいた。
 まったく、と小さな溜め息交じりに呟いて、アルバムを閉じた。
 ディアンが立ち上がったのを見て時計に視線を移すと、もうそろそろ午後の診療が始まる時間だった。

「イル」
「え?」

 慌てて空になった食器を洗うために台所に持って行こうと立ち上がると、ディアンが僕の名前を呼んだ。振り返るとディアンは机の上を黙々と拭いていた。

「今夜、覚悟してろよ?」

 たっぷりと溜めた後にディアンは言った。
 僕の頬が持ち上がるのが分かる。嬉しくて今にも踊りだしてしまいそうだ。

「うん! 楽しみにしてるから!」
11/03/03 23:59更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
さて・・・ 続けると言ったけれども、再度見切り発進
次回の内容? ・・・お察し下さい
多分時系列的には夜になるんじゃないかな?

なぜ、一気に書かなかったか? それは・・・中間が何も思いつかなかったかr(蹴

最近SSが短くなりつつあるのが悩みの種・・・orz

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