連載小説
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雇用
 先立つ物が無ければ生活できない。
 ルビア達が自分たちの生活費を入れているから大した負担にならないとはいうものの、自分より見た目の年下な人間(正確には年上だし人間ですらないけど)が生活費を稼いでいるのを見るとやはり働かなくてはならないと思う。

「と、言っても。こんな時勢じゃあ、就職口なんてものはそうそう見つからないけどな・・・」

 ましてや、大学中退で引きこもっていた人間など企業としても取りたい人材ではないだろう。パラパラと求人広告をめくりながら溜息をつく。せいぜい雇ってくれるのは派遣かバイトだろうが、派遣もバイトも結果的に対して変わらない。変わるのは精々職場の環境と給与形態の差異ぐらいだろう。
 おそらくは、大学に入り直し勉強してから新卒として就職するのが一番良い。だが生憎とそんな財政的な余裕も無いのだ。一度ドロップアウトすると、そう簡単には元の路線に戻ることができないシステムなのだ。

「やれやれ、一体どうしたもんかね・・・」

 とりあえず、就職口が見つからない以上はバイトをして生活費を稼ぐしかあるまい。企業からの不合格通知を握り締めて静かに決意する。幸い年齢的にはやり直しが利くはずだ。なんとかなるだろう。愚痴っていても仕方ない。気分を入れ替えてファーストフード店に向かう。

 何はともあれまずは自立しないと

 そう思い、バイトを始めたのだ。
 昼から夕方はファーストフード店で働きつつ、夜は警備員をやっている。家には寝に帰るだけという生活だ。しばらくこの生活が続くとトトは心配して弁当を作ってくれるようになった。警備員の仕事には弁当は出るのだが、やはり誰かに作ってもらえる食事というのは嬉しい。ルビアも毎日不規則な生活を送る俺に対して「別に構わねぇよ」と言ってくれた。
 日中の部屋は二人が使っているし、家事全般は二人がやってくれた。

 その甲斐あって生活費はなんとか稼げるし、少しずつだが金も溜められる。半年も続ければバイトを続けながらなら、学費を賄うだけの貯金をつくることができるはずだ。
 もう一回やり直せるだろう。

・・・

「行ってくる」
「ルビアも?」
「あぁ。 お前は家の事頼んだ」
「うん」

 耳や蝿の部分を隠し、上着をハンガーから外して準備をしているとトトは僅かに困った様な表情を浮かべた。心配性だな、と小さな溜め息を漏らす。

「大丈夫だって言ってるだろ? ったく・・・ お前は・・・ オレを誰だと思ってるんだ? オレは天下のベルゼブブだぞ? 誰かに正体バラすなんてヘマなんかする訳ねぇだろ」
「・・・いや、そういう事じゃなくて」
「・・・んだよ」

 ならば、どうして止めるのだ。オレを信用しているのなら止める必要なんかないだろうに。まったく、一体何が問題だと言うのだ。

「別に圭太に言えば良いだけじゃない・・・ 悪い事じゃないんだし、こんな夜中にわざわざ隠れてコソコソやる必要ないと思うよ? それにルビアは・・・」
「良いんだ。 それ以上言うな」

 話を打ち切ると、トトは申し訳なさそうに頷いた。
 別にトトが悪いわけじゃないし誰かが悪いわけでもない。要はオレの心の問題で、オレの納得がいかないといだけだ。
 こういう価値観の違いになった時、トトはオレが絶対に譲らないことを知っている。俺も素直に言ってしまえば良いだけの話なのは分かっているけど、ぶっちゃけた話そういうのは苦手なのだ。
 外は寒いので、皮ジャンに袖を通して羽織る。背中に大きなドクロマークがあり、羽を隠している間のトレードマーク代わりになるので気に入っているのだが、よく分からない輩に絡まれるのが難点だ。


・・・

 警備員の仕事に入るためには四日間の座学研修がある。研修と言っても、警備に関する法律を習ったり、制服の採寸をしたり、敬礼の練習をしたりと簡単な研修だ。それだけ受けると、実際に警備員のアルバイトが始まる。
 二人一組となってもっとも仕事と言っても1時間半の立硝と30分の休憩を時間まで繰り返すだけだ。時給は良いし、空いた時間は勉強にも充てられるバイトとしてはかなり美味しい部類に入るのだろう。もっとも、最初の警備の時には先輩達に驚かされて階段から転げ落ちてしまったのだが・・・
 幸い全身打撲ぐらいで大した怪我も無かったので、そのまま「驚かさないで下さいよ」と言ったら今度はあっちが本気でビビッていた。

「お〜い、新入り」
「あ、お疲れ様です・・・ で、なんでしょう?」

 参考書から顔を上げて詰め所の入り口を見ると、見回りから帰って来た先輩は両手に缶ジュースを持ちながらやってきた。今の時間は先輩と二人だけ。気さくな人柄で誰からも好かれるような人だ。コトリと俺が座っている机の端に手に持っていた缶ジュースを置き、もう一本のプルタブを引いて蓋を開けた。

「明日のバイト代わってくれないかい?」
「良いですけど・・・ どうしたんですか? 急に」
「ちょっと・・・ 祖父がね」
「分かりました」

 先輩は僅かに困ったような表情を浮かべた。
 そういう理由なら仕方ない。「喜んで代わりますよ」と申し出ると、恩に着ると本当に助かったように感謝の意を述べた。

「じゃあ、後はやっておくからさ。 今日はもう上がって良いぜ?」
「え? でも・・・」
「良いって。 良いって」
「・・・そうですか」

 多少の躊躇いがあったものの、ここで問答するのも不毛だろう。参考書を仕舞い軽く身だしなみを整えて立ち上がる。

「お先に失礼します」
「おぅ、気をつけて帰れよー」

 先輩に言われてアルバイト先を後にする。
 外の空気は冷たく吐息はすぐに白くなった。まるで肌を針で刺されているような感覚に、思わず手を擦り合わせて暖める。
 見上げれば満天の星空だ。こぼれ落ちそうな程の星が空に輝いている。都会の中にこれほどの自然が残っていたのかと思わず見入ってしまうほどだ。
 霜の降りた家への帰路を歩き、気まぐれで立ち寄ろうと思ったコンビニの前で見慣れた姿を認めた。皮ジャンにキャスケットという完璧に犯罪者ないで立ち、中学生の未熟な体躯にも関わらず、日本刀のように成熟した雰囲気は間違いなく彼女のものだ。

「ルビア!」
「あぁ?」

 不機嫌そうに振り返る。片手にはコンビニ袋をもっている、チッと小さく舌打ちするとイライラとした様子で顔を背けた。

「こんなところで何してるんだよ・・・」
「買い物だよ」
「こんな夜中にか?」
「うっせぇな・・・ オレがいつどこで何しようがオレの勝手だろ?」
「待てよ、補導されるぞ?」
「はぁ? うぜぇ・・・お前、それ本気で言ってるの?」
「とにかく、お前・・・ 何でこんな所にいるんだよ」

 いくらなんでも、これは注意が必要だろう。そう思って口を開くのだが、やれやれと首を振り一向に耳を傾ける様子がない。手を掴んで引きとめようとして、振り払われた瞬間に後ろから声を掛けられた。

「おい、松原。 何しているんだ?」

 振り返る。
 そこに居たのは一人の青年だ。見た目は同い年で、スーツに身を包み如何にもエリート社員の風貌の男だ。いや、事実エリートなのだろう。大学を飛び級し、卒業論文も十分な評価を得た。その卒業論文のお陰で超一流企業に就職し、今は順風満帆の人生を送っている。学業優秀、おまけに運動神経も抜群。ボクシングは高校時代に全国大会の出場経験がある。俺みたいなドロップアウトした人間とは全く違う生き物だ。
 自然、体が強張るのを感じる。

「どうみても中学生だろ・・・ おいおい、松原。 半年前に大学を辞めるのは分かるけど落ちぶれ過ぎだろ。 中学生に援助交際申し込むところまで落ちぶれたか?」

 三国 悠斗
 それがコイツの名前だ。

「別に・・・ そういうんじゃねぇよ」
「そうか。 なら良いんだけど」

 夜遊びは程ほどにして適当に切り上げて帰れよ?それだけ言うとその場で背中を見せた。

「待てよ」

 小さくルビアは呟いた。
 三国はその場で緩やかに後ろを向いた。

「何?」

 首だけ傾げて訊ねる。
 ルビアは三国を睨みつけている。いや睨みつけるという表現が生ぬるい。もしも眼力が人を殺すというのなら、間違いなく人を殺している。そういう瞳。確かにルビアには何度か殺される目には遭っていたし、殺人的な眼力で睨まれるという事も幾度と無くあった。
 殺される目に合いながらも、それでもルビアの行動にはどこか愛嬌がある気がした。
 奇妙な話だが殺される目に遭いつつも、どこか信頼関係があり、そして労わられているという感覚があった。今まで向けられていたものが木刀だとすれば、三国に向けているのは真剣だ。
 ルビアの殺気が強すぎて空間が捻じ曲がり、時間感覚がブチ壊れたような気がする。

「行け」

 ルビアが呟くと、三国は肩を竦めて帰路に着いた。
 時間にすれば数分と満たない時間だったのだろうが、俺には悠久にさえ感じられた。喉がカラカラに渇き、背中には汗がびっしょりと滲んでいる。思わずその場にへたりこんでしまう。

「お前も。 帰るぞ」

 ルビアは視線を移すとゴミを見るような瞳で俺を見下した。

「おい、ちょっと待て。 三国と会ったことあるのか?」
「いや。 顔を合わせたのは今日が初めてだ」
「顔を合わせたのは今日が初めて? じゃあ、なんかあったのかよ」
「コンビニ出てきたら偶然出くわしただけだ」
「そんなのおかしいだろ・・・ なんで三国のこ・・・うわっぷ!」
「お前が持て」

 ガサッとコンビニの袋を放って寄越した。慌てて受け取ったものの中には2Lペットボトルの清涼飲料水2本と弁当が3つほど入っていた。べきり、と手の中で嫌な音がした。多分ハンバーグ弁当のソースが全体に行きわたり、味付けがなされた音だろう。ルビアは食事に関しては大して文句は言わない癖に、コンビニ弁当に関しては中身がシェイクされていると随分と不機嫌になる。
 これで帰って文句とか言わないよな?
 小さな不安があったが、その時は逆にルビアに文句を言ってやろう。はぁ、と溜め息を着いて立ち上がる。
 当然ながらバカみたいに尻餅を着いて呆けている奴を待ってくれているはずもなく、ルビアの後姿は既に小さくなっていた。

・・・

 家に帰るとトトは驚いた様子でルビアを見ていた。
 当然ながら俺が少し早く帰ってくるのは想定していなかったらしく、まだ食事の準備が出来ていなかった。トトはすぐにご飯の用意をすると言ってくれたが、とりあえずルビアが買ってきた弁当で空いた腹を満たすことにした。
 曰く、グチャグチャで喰いたくないとの事。
 ルビアの奴、勝手にお湯を沸かしてカップ麺をすすり始めた。


「っつーか、その弁当の賞味期限も近いし」
「おい!!」
11/01/20 01:40更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
NGしーん

「行け」

 ルビアが呟くと、三国は肩を竦めて帰路に着いた。
 振り返り一歩踏み出す。瞬間、側溝の蓋が落ちた。長期間の風雨に曝されて老朽化したコンクリートは人体を支えきれない強度になっていたらしい。真っ二つに割れたコンクリートに乗せた足はそのまま落下する。不幸にも下にはドブが流れていたようだ。
 ビチャリと音がして、次にグキリという鈍い音がした。
 多分、聞いちゃいけない音だと思う。
 案の定、三国はその場に蹲った・・・

「・・・バカ」

 小さくルビアは呆れた様に呟いた


・・・

今回は、描写を多めという実験的手法を取り入れつつ伏線を散布
分かりやすい伏線ですねー・・・ もうちょっと、分かりにくい伏線の使い方というのをしてみたいです

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