結婚式
いつもと変わらず二人で起き、いつもと変わらず仲良く顔を洗い、いつもと変わらない朝食をとる。今までと何一つ変わらない緩やかな休日の朝だ。
それも今日で終わり。そう思うと僅かに名残惜しい気もする。それはイルも同じようで、いつもよりもちょっとだけ朝食の時間は長くて、いつもより口数は少なかった。
「すこし早いけど、行こうか」
「うん」
食器を片づけて支度をすると少し時間があまってしまった。イルも俺も畏まったのは苦手だ。だから、いっそ散歩に行く位の気軽さでイルを誘う。
外に出ると吸い込まれそうな青空だった。絶好の日向ぼっこ日和だろう。のんびりと歩いても十分に間に合うし、どこか寄りたいところはあるかいと問うとイルはニコニコと笑いながら首を振った。
一緒に歩いているのが一番良いそうだ。
イルもなかなか難しい注文をするじゃないか。小さく苦笑してから二人で特にあてもなく歩き始める。診療所から教会に行くには、あぜ道から人の多い大通りを通らなくてはならない。
今は少しだけ二人で歩くのが少しだけ恥ずかしい。師弟関係の時は二人で大通りを歩いても何も恥ずかしい事はなかったのに。
「出会ったのも、こんな日だったよね」
「そうだね。暖かい日だった」
「連日、尾行してたよね」
「気が付いてたの!?」
「まぁね。 可愛い花が隠れきれてなかったよ?」
「うぅ・・・ 気が付いてたなら、もっと早く声掛けてよぉ・・・ 五日ぐらいずっと声掛けられなくて、ずっとくっついて歩いてたんだよ?」
「声掛けたら、怖がって逃げちゃったじゃない」
「それは、知らない人に声を掛けられるのは怖いじゃん・・・」
「あはは、それじゃダメじゃん」
「それはいきなり声を掛けるからだよ」
「本当かなぁ? イルの事だから、逃げ帰っちゃったんじゃないの?」
「信じてないの? むぅ、ディアンなんかもう知らない!」
「あら、そいつは困ったな」
あぜ道を歩いていると、とりとめのない会話が続く。笑ったり喜んだり笑ったり。時々怒ったりもするけれど、それでも手を放す事は絶対にない。放さない理由?それは手が冷たいからだ。
「ディアンのば〜か」
「なんだよ・・・」
「そういう時は嘘でも良いから、僕の事が好きだからって言うんだよ?」
「おいおい、誰も俺の手が冷たいって言ってないだろ? イルの手が冷たいから温めてあげているんだ」
「・・・うっさい//」
「痛っ。 なんでぶつんだよ。 あだ・・・今のはちょっと痛かったぞ?」
「大丈夫、怪我したら僕が治療してあげるから」
じゃれつくのは二人っきりの時まで。大通りに入ると流石に人目が気になるし迷惑になる。
「おめでとう! 兄弟!」
大通りに入ると乱暴に肩を叩かれた。随分と上機嫌だ。朝から酒が入っているなんて不真面目極まりないじゃないか。グレン、両替の仕事はどうしたんだ?
「おいおい、イルちゃんの結婚式なのに祝わずにはいられるかってんだ。今日ぐらいは大目に見ろよな?」
「お前はいつもそうだろ? お前が真面目に働いているの見たことないよ」
「祝ってくれるのは嬉しいけど、あんまり飲みすぎて僕たちの仕事を増やさないでね?」
「ったく二人とも・・・ 折角一人身の俺が涙を呑んで祝福してるっていうのに・・・ へぇへぇ、お二方には夜のお仕事があるでしょうから、仕事を増やすような事はしないようにしますよ」
「ちょ、ま・・・グレン! おまえ!」
「夜のお仕事か・・・ もちろん、頑張るよ///」
「イル、お前もそこで小さく気合いを入れるな!」
よよよ、と大げさに泣いたフリをしながら爆弾を投下する。いつもの冗談だ。
しばらく世間話をした後に、またあとで、と手を振って別れる。
女好きではあるものの悪い奴ではないし、口説きまくるものの意外にも恋愛関係は真面目だったりするので、さほど心配する必要はないだろう。もし結婚したとしたら二股を掛けはしないだろうけれど、相手はあまりの女好きには年中頭を抱えてそうだ。
しばらく歩いていると酒場の看板娘アレサに出会った。こちらに気が付くと料理の下ごしらえの手を休めて奥からやって出てきた。
「お仕事良いの? 忙しくない?」
「平気よ。 だってあなた達のための会食だもの」
イルが訊ねるとアレサはニヤリと笑って答えた。俺とイルは顔を見合わせる。結婚式終わったら食べに来るんでしょ、と。予約していたのだから知っていて当たり前なのだが、それにしても随分と手際が良い。
当然でしょ? と胸を張る。
「どう考えたってそろそろ結婚すると思うじゃない。サバトに出張検診行くって聞いたとき“あ、襲うのか イルちゃん頑張ってね”って思ったわよ」
「・・・。」
「えへへ・・・まぁ、ね♪」
「上手くいって良かったわね。お幸せに」
どうやらイルに襲われると予想していなかったのは俺だけらしい。そういえば、イルに襲わせるために転移陣をメンテナンス中にしたとかクロムが言ってたしなぁ・・・
そのあたりからリークしていても不思議ではない。
「ふふ。お祝いの席だからね。腕によりをかけたフルコースをサービスしてあげるから楽しみにしててね?」
「うん、分かった♪」
「じゃ、また後でね? 二人の晴れ着姿見せてもらいに行くからさ」
「あぁ」
「あ・・・そうだ。 一つだけ言っておかないと」
「ん?」
「二階の防音魔術掛けた部屋は今晩空いているから」
とりあえず黙殺した。
・・・
町中の人間に祝福されながら歩き、やっと結婚式場にたどり着いた。
「ディアンさんとイルさんですね どうぞ、こちらへ」
教会に着くとスタッフの方が案内してくれた。ここでイルとは一旦お別れ。次に会う時は晴れ着姿だ。実はお互いの結婚式用の衣装はまだ確認していない。当日のお楽しみね、と約束したのだ。
紙袋に入った袋を受け取り、着替え室に向かう。
途中会場からのざわめきが聞こえた。結婚式の場所や神父の指名などは俺とイルでやったのだが、さらに細かい部分、人数や進行などは知らされていない。クロムがやってくれると申し出てくれたのだ。
だから、実は誰が来るのかは分からない。
ただ、満員御礼なのは分かった。
沢山のヒトが祝福してくれているようだ。
自然、笑みがこぼれる。
着替え室に入って、スーツに袖を通す。初めて着るというのに全く違和感がない。それどころか、まるで体の一部となっているようだ。今まで着たことないほど最高のスーツだ。準備は万端。後は入場の時間を待つだけだ。
椅子に腰を降ろす。今、イルは何をしているだろうか。
窓辺に置いてあった観賞用植物に視線を移す。移したところで無意識の間に常にイルを求めていた事に気がついて苦笑した。
「準備ができましたので、入場してください」
入ってきたスタッフが告げた。
永遠のように長く、一瞬のように短い時間だった気がする。まるで白昼夢を見ていたようだ。礼を言って入り口に向かう。
重厚な樫の木の向こうは結婚式場だ。沢山の人が迎えてくれるだろう。どうぞ、と言われて金属製の取手に手を伸ばすとやっぱり緊張する。どんな困難でも二人でなら乗り越えられる自信はある。
薬師として働くのなら命を救うために必死になれば良い。
だけど、結婚とは運命を共にする事だ。
助け出すか、共に歩むか。似ているようで全く違うようだ。
微かに甘い香りがした。
なんだろう。そう思ってあたりを見渡したが匂いの元は分からない。いや、匂いの元はスーツだ。イルの花の香りがする。まるで緊張しないで、と言ってくれているようだ。
こんな所まで気を使ってくれているのか。
深呼吸して、胸いっぱいに空気を吸い込む。
もう大丈夫。バンと両手で扉を開く。眩しい陽光の中に居たせいで、一瞬だけ中が見えない。やっと目が慣れてくると教会の中は満員だ。性別も種族も思想も関係なく、全てが一緒くたになっている。
心地良い祝福を受けながら歩く。
今回は、イルの希望で司祭様は二人だ。
魔物と人から一人ずつ。二つの種族が共存できるように願いを込めてだ。忙しい間を縫って進行を進んで買って出てくれたヴィンセント神父とダークプリーストのストナ副司祭には感謝せねばなるまい。
「ははは、そんなこと少しも気にする必要はありませんよ。 ディアンさん」
「私達も人と魔物の共存の手伝いをさせて頂けるのですから、これほど嬉しいことはありませんわ」
軽く頭を下げると二人とも微笑んで首を振った。
「さ、ディアンさん。 新婦の入場ですよ」
振り返ると扉が開いた。
イルの父親の代わりにアレサに手を引かれている。思わず息を飲んだ。
薄緑色をベースにした様々な花をあしらった華やかなウェディングドレス。歩くたびに花が左右に揺れ香りを振りまく。会場を優しい香りが包み込んだ。まるで森の精霊のようだ。
「イルの事、よろしくね? ディアン」
アレサは笑った。
無言で恥ずかしがって顔さえこちらに向けなかったが、俺が腕を出すとイルは腕を絡めて甘えるように僅かに体重を預けた。
「愛は寛容にして慈悲あり」
「愛はねたまず 愛は誇らず」
二人で司祭様達の前に立つと、二人は歌うように書の一説を読み上げた。
あぁ、これからは恋人じゃないんだな。
祈祷と式辞を頂きながらそんな事を考えた。これからはパートナーだ。イルは小刻みに震えている。そっと絡めていた腕を解き、指を絡めて手を握る。
「すこやかなときも」
「そうでないときも」
「この人を愛し 敬い」
「なぐさめ 助け」
「命の限り」
「かたく節操を守り」
「「ともに生きることを誓いますか」」
二人の司祭が川の流れのように流暢に言葉を紡ぐ。
「誓います」
「誓います」
躊躇う必要なんて無い。
これ以上ないほどの最高のパートナーだから。
ヴィンセント神父とストナ副司祭は微笑んだ。
イルに向き合う。大きな瞳からは今にも雫が垂れそうだ。まだ早いよ。小さな箱を取り出してイルの左の薬指に通す。決して豪華ではない、小さなダイヤモンドが埋め込まれているだけのシンプルなリングだ。イルも俺の薬指にリングを通してくれた。万感を込めて優しくイルの頬にキスをする。
「「この二人が夫婦である事を宣言いたします」」
高らかな宣言にイルの瞳から大粒の涙が零れた。首筋に抱きついて。大声を上げて泣く。何度も何度も感謝の言葉を口にした。
司祭様達から祝祷を頂いて、参列者の方へ向くと全員が拍手を送ってくれた。パイプオルガンの奏でる音の中二人で歩き始める。
きっとこれから様々な困難が待ち受けているだろう。けれど、イルと一緒なら乗り越えられる。新たな誓いを胸に歩き出した。
・・・
教会の扉をくぐると一斉に祝福の言葉と共にライスシャワーが降り注いだ。イルはくすぐったそうに笑う。軽いイルをお姫様抱っこする。
全てのファフの住人に感謝を込めて、ありがとう。
「これからもよろしくね!」
それも今日で終わり。そう思うと僅かに名残惜しい気もする。それはイルも同じようで、いつもよりもちょっとだけ朝食の時間は長くて、いつもより口数は少なかった。
「すこし早いけど、行こうか」
「うん」
食器を片づけて支度をすると少し時間があまってしまった。イルも俺も畏まったのは苦手だ。だから、いっそ散歩に行く位の気軽さでイルを誘う。
外に出ると吸い込まれそうな青空だった。絶好の日向ぼっこ日和だろう。のんびりと歩いても十分に間に合うし、どこか寄りたいところはあるかいと問うとイルはニコニコと笑いながら首を振った。
一緒に歩いているのが一番良いそうだ。
イルもなかなか難しい注文をするじゃないか。小さく苦笑してから二人で特にあてもなく歩き始める。診療所から教会に行くには、あぜ道から人の多い大通りを通らなくてはならない。
今は少しだけ二人で歩くのが少しだけ恥ずかしい。師弟関係の時は二人で大通りを歩いても何も恥ずかしい事はなかったのに。
「出会ったのも、こんな日だったよね」
「そうだね。暖かい日だった」
「連日、尾行してたよね」
「気が付いてたの!?」
「まぁね。 可愛い花が隠れきれてなかったよ?」
「うぅ・・・ 気が付いてたなら、もっと早く声掛けてよぉ・・・ 五日ぐらいずっと声掛けられなくて、ずっとくっついて歩いてたんだよ?」
「声掛けたら、怖がって逃げちゃったじゃない」
「それは、知らない人に声を掛けられるのは怖いじゃん・・・」
「あはは、それじゃダメじゃん」
「それはいきなり声を掛けるからだよ」
「本当かなぁ? イルの事だから、逃げ帰っちゃったんじゃないの?」
「信じてないの? むぅ、ディアンなんかもう知らない!」
「あら、そいつは困ったな」
あぜ道を歩いていると、とりとめのない会話が続く。笑ったり喜んだり笑ったり。時々怒ったりもするけれど、それでも手を放す事は絶対にない。放さない理由?それは手が冷たいからだ。
「ディアンのば〜か」
「なんだよ・・・」
「そういう時は嘘でも良いから、僕の事が好きだからって言うんだよ?」
「おいおい、誰も俺の手が冷たいって言ってないだろ? イルの手が冷たいから温めてあげているんだ」
「・・・うっさい//」
「痛っ。 なんでぶつんだよ。 あだ・・・今のはちょっと痛かったぞ?」
「大丈夫、怪我したら僕が治療してあげるから」
じゃれつくのは二人っきりの時まで。大通りに入ると流石に人目が気になるし迷惑になる。
「おめでとう! 兄弟!」
大通りに入ると乱暴に肩を叩かれた。随分と上機嫌だ。朝から酒が入っているなんて不真面目極まりないじゃないか。グレン、両替の仕事はどうしたんだ?
「おいおい、イルちゃんの結婚式なのに祝わずにはいられるかってんだ。今日ぐらいは大目に見ろよな?」
「お前はいつもそうだろ? お前が真面目に働いているの見たことないよ」
「祝ってくれるのは嬉しいけど、あんまり飲みすぎて僕たちの仕事を増やさないでね?」
「ったく二人とも・・・ 折角一人身の俺が涙を呑んで祝福してるっていうのに・・・ へぇへぇ、お二方には夜のお仕事があるでしょうから、仕事を増やすような事はしないようにしますよ」
「ちょ、ま・・・グレン! おまえ!」
「夜のお仕事か・・・ もちろん、頑張るよ///」
「イル、お前もそこで小さく気合いを入れるな!」
よよよ、と大げさに泣いたフリをしながら爆弾を投下する。いつもの冗談だ。
しばらく世間話をした後に、またあとで、と手を振って別れる。
女好きではあるものの悪い奴ではないし、口説きまくるものの意外にも恋愛関係は真面目だったりするので、さほど心配する必要はないだろう。もし結婚したとしたら二股を掛けはしないだろうけれど、相手はあまりの女好きには年中頭を抱えてそうだ。
しばらく歩いていると酒場の看板娘アレサに出会った。こちらに気が付くと料理の下ごしらえの手を休めて奥からやって出てきた。
「お仕事良いの? 忙しくない?」
「平気よ。 だってあなた達のための会食だもの」
イルが訊ねるとアレサはニヤリと笑って答えた。俺とイルは顔を見合わせる。結婚式終わったら食べに来るんでしょ、と。予約していたのだから知っていて当たり前なのだが、それにしても随分と手際が良い。
当然でしょ? と胸を張る。
「どう考えたってそろそろ結婚すると思うじゃない。サバトに出張検診行くって聞いたとき“あ、襲うのか イルちゃん頑張ってね”って思ったわよ」
「・・・。」
「えへへ・・・まぁ、ね♪」
「上手くいって良かったわね。お幸せに」
どうやらイルに襲われると予想していなかったのは俺だけらしい。そういえば、イルに襲わせるために転移陣をメンテナンス中にしたとかクロムが言ってたしなぁ・・・
そのあたりからリークしていても不思議ではない。
「ふふ。お祝いの席だからね。腕によりをかけたフルコースをサービスしてあげるから楽しみにしててね?」
「うん、分かった♪」
「じゃ、また後でね? 二人の晴れ着姿見せてもらいに行くからさ」
「あぁ」
「あ・・・そうだ。 一つだけ言っておかないと」
「ん?」
「二階の防音魔術掛けた部屋は今晩空いているから」
とりあえず黙殺した。
・・・
町中の人間に祝福されながら歩き、やっと結婚式場にたどり着いた。
「ディアンさんとイルさんですね どうぞ、こちらへ」
教会に着くとスタッフの方が案内してくれた。ここでイルとは一旦お別れ。次に会う時は晴れ着姿だ。実はお互いの結婚式用の衣装はまだ確認していない。当日のお楽しみね、と約束したのだ。
紙袋に入った袋を受け取り、着替え室に向かう。
途中会場からのざわめきが聞こえた。結婚式の場所や神父の指名などは俺とイルでやったのだが、さらに細かい部分、人数や進行などは知らされていない。クロムがやってくれると申し出てくれたのだ。
だから、実は誰が来るのかは分からない。
ただ、満員御礼なのは分かった。
沢山のヒトが祝福してくれているようだ。
自然、笑みがこぼれる。
着替え室に入って、スーツに袖を通す。初めて着るというのに全く違和感がない。それどころか、まるで体の一部となっているようだ。今まで着たことないほど最高のスーツだ。準備は万端。後は入場の時間を待つだけだ。
椅子に腰を降ろす。今、イルは何をしているだろうか。
窓辺に置いてあった観賞用植物に視線を移す。移したところで無意識の間に常にイルを求めていた事に気がついて苦笑した。
「準備ができましたので、入場してください」
入ってきたスタッフが告げた。
永遠のように長く、一瞬のように短い時間だった気がする。まるで白昼夢を見ていたようだ。礼を言って入り口に向かう。
重厚な樫の木の向こうは結婚式場だ。沢山の人が迎えてくれるだろう。どうぞ、と言われて金属製の取手に手を伸ばすとやっぱり緊張する。どんな困難でも二人でなら乗り越えられる自信はある。
薬師として働くのなら命を救うために必死になれば良い。
だけど、結婚とは運命を共にする事だ。
助け出すか、共に歩むか。似ているようで全く違うようだ。
微かに甘い香りがした。
なんだろう。そう思ってあたりを見渡したが匂いの元は分からない。いや、匂いの元はスーツだ。イルの花の香りがする。まるで緊張しないで、と言ってくれているようだ。
こんな所まで気を使ってくれているのか。
深呼吸して、胸いっぱいに空気を吸い込む。
もう大丈夫。バンと両手で扉を開く。眩しい陽光の中に居たせいで、一瞬だけ中が見えない。やっと目が慣れてくると教会の中は満員だ。性別も種族も思想も関係なく、全てが一緒くたになっている。
心地良い祝福を受けながら歩く。
今回は、イルの希望で司祭様は二人だ。
魔物と人から一人ずつ。二つの種族が共存できるように願いを込めてだ。忙しい間を縫って進行を進んで買って出てくれたヴィンセント神父とダークプリーストのストナ副司祭には感謝せねばなるまい。
「ははは、そんなこと少しも気にする必要はありませんよ。 ディアンさん」
「私達も人と魔物の共存の手伝いをさせて頂けるのですから、これほど嬉しいことはありませんわ」
軽く頭を下げると二人とも微笑んで首を振った。
「さ、ディアンさん。 新婦の入場ですよ」
振り返ると扉が開いた。
イルの父親の代わりにアレサに手を引かれている。思わず息を飲んだ。
薄緑色をベースにした様々な花をあしらった華やかなウェディングドレス。歩くたびに花が左右に揺れ香りを振りまく。会場を優しい香りが包み込んだ。まるで森の精霊のようだ。
「イルの事、よろしくね? ディアン」
アレサは笑った。
無言で恥ずかしがって顔さえこちらに向けなかったが、俺が腕を出すとイルは腕を絡めて甘えるように僅かに体重を預けた。
「愛は寛容にして慈悲あり」
「愛はねたまず 愛は誇らず」
二人で司祭様達の前に立つと、二人は歌うように書の一説を読み上げた。
あぁ、これからは恋人じゃないんだな。
祈祷と式辞を頂きながらそんな事を考えた。これからはパートナーだ。イルは小刻みに震えている。そっと絡めていた腕を解き、指を絡めて手を握る。
「すこやかなときも」
「そうでないときも」
「この人を愛し 敬い」
「なぐさめ 助け」
「命の限り」
「かたく節操を守り」
「「ともに生きることを誓いますか」」
二人の司祭が川の流れのように流暢に言葉を紡ぐ。
「誓います」
「誓います」
躊躇う必要なんて無い。
これ以上ないほどの最高のパートナーだから。
ヴィンセント神父とストナ副司祭は微笑んだ。
イルに向き合う。大きな瞳からは今にも雫が垂れそうだ。まだ早いよ。小さな箱を取り出してイルの左の薬指に通す。決して豪華ではない、小さなダイヤモンドが埋め込まれているだけのシンプルなリングだ。イルも俺の薬指にリングを通してくれた。万感を込めて優しくイルの頬にキスをする。
「「この二人が夫婦である事を宣言いたします」」
高らかな宣言にイルの瞳から大粒の涙が零れた。首筋に抱きついて。大声を上げて泣く。何度も何度も感謝の言葉を口にした。
司祭様達から祝祷を頂いて、参列者の方へ向くと全員が拍手を送ってくれた。パイプオルガンの奏でる音の中二人で歩き始める。
きっとこれから様々な困難が待ち受けているだろう。けれど、イルと一緒なら乗り越えられる。新たな誓いを胸に歩き出した。
・・・
教会の扉をくぐると一斉に祝福の言葉と共にライスシャワーが降り注いだ。イルはくすぐったそうに笑う。軽いイルをお姫様抱っこする。
全てのファフの住人に感謝を込めて、ありがとう。
「これからもよろしくね!」
11/01/10 23:49更新 / 佐藤 敏夫
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