帰還
ルビアに散々殴られた上、帰りに大量の買い物をしてその荷物持ち。尊敬しろと言うつもりは毛頭ないが世帯主であるのだから、少しは労わって欲しいと思う今日この頃である。小一時間程度の外出であったが、疲労感としては数日分だ。ルビアには睨まれたが早く我が家に帰りたい。
流石に俺の両手が塞がっているので、ルビアに開けてくれるように頼む。最近分かった事がいくつかある。一つはルビアの要求水準は高いが、決して不可能な水準では無い事。全力を尽くせばなんとか実現可能なレベルだ。もう一つは正当な理由さえあれば、手を貸すこと自体には労を惜しまないという点だ。今だって、両手が塞がっていたので頼んだのだが舌打ちこそされたが別に文句は言われなかった。
「・・・」
「やめて、そこは弱いのぉ！！！ そんな、胸とか触んないで！ っはぁ、感じちゃうからぁ！ 変なのに目覚めちゃうからぁ!!! んくぅ・・・ やだぁ！ 助けて圭太ぁ！！！」
「うふふ、良い声で鳴くのね・・・ トトちゃん可愛いわよ。 でも、安心して。 優しく内側から溶かすように食べてあげるから、ね？」
「やだぁ! 糸に縛られて・・・ こんな、お股に擦れて・・・」
「え、こうかしら?」
「ひゃぁぁぁああああ!!!! ダメェ!!!!! イク、イッちゃうからぁ!!!」
開きかけた扉を叩きつけるように閉めた。元から歪んでいた扉が更に変形した気がする。あまりに勢いが良かったので扉の枠と扉が圧着されたのではないかと思うほどだ。しかし、ルビアの行動を責める気にはなれなかった。扉を乱暴に閉めるのは褒められたことではないが、今回だけはグッジョブと褒め称えよう。
「い、いまのは?」
「知らん」
っていうかトト襲われていなかったか？
「記憶にございません」
「・・・おい、見捨てる気かよ・・・」
「正義というのには古来より様々な視点があってだな、その中でも比較的最近提唱された概念として“功利主義”という考え方がある。この功利主義という考え方というのは至ってシンプルでね、苦痛に対する快楽の割合が最大になる手段こそ正義だという事だ。さて、現実問題に目を向けてみよう。オレ達は今部屋の外にいて中にはトトと発情蜘蛛がいる。オレ達が部屋に侵入した場合、被害者は3人に増える可能性がある。被害の度合いは分からないが、分かりやすくするために、とりあえず一人頭の受ける被害を−1、利益を＋1と考えよう。そうすると三人が被害を受けるから−3だな。中の蜘蛛女は快楽を得るだろうから＋1だ。合計で効用は-2だ。それに対して、オレたちが入らずにトトだけに被害が及んだ場合には、被害者はトトだけだから−1、利益を受けるのは蜘蛛女だけだから＋1となる。合計で効用はプラスマイナス０になる。さて、最後にトトの救出に成功した場合の効用を考えよう。オレたちは被害を受けなかったので効用は0、トトは救出されたために受ける利益は＋1。あの淫乱蜘蛛は獲物を奪われて−1だ。効用は同じく０。しかし、最初の救出に失敗した時のリスクを加味すれば、功利主義の観点から突入か待機かのどちらが正しい選択かは比べるべくもないだろう」
「うるせぇ、落ち着け！！！」
思わずルビアの頭を引っ叩いた。
自称悪魔が正義についての講釈を垂れたり、元女神がパニック状態になったり、ルビアを引っ叩いたのに珍しく反撃が無かったりと突っ込みたい所は数多あったが、いちいち突っ込んでいる余裕はなかった。それよりも芦高がトトと俺の部屋でギシアン状態になっている意味が分からない。トトはデビルバグ状態に戻っているし、芦高の下半身は蜘蛛のようになっていたのも意味不明だ。
「分かっている、オレだって。功利主義では道徳や信頼などの関係が一切排除されるため、人情に欠ける判断をする場合もあるということぐらいな。一昔前の具体的な例を挙げるとすれば、大衆の娯楽のためにキリスト信者をトラの前に放ったのが良い例だ。確かに当時としては興奮する、すなわち大衆にとっては益になる娯楽ではあっただろうが、人間の命という代償を払っている以上は道徳的に許される行為ではないと考えるのは、現代における大多数の人間がもつ感情だろう、そのためにカントの正義という概念には道徳的観念というものが・・・痛いなぁ！！！ てめぇ、何様のつもりだ！？ お前は人の頭をぼこぼこ殴ってんじゃねぇぞ、コラ！」
「そういう事じゃねぇ！ 俺が訊きたいのは、なんで隣に越してきた人間が下半身が人じゃない姿で、俺の部屋とトトとギシアン状態になってるかって事だ！」
「うっせぇ、カス！ オレが知ると思っているのか、ボケなすび！ ちったぁ、ねぇ頭を使って考えてみろってんだ！ いちいち教えて教えて言って甘えてんじゃねぇぞ、このゆとりの糞餓鬼ぃ！！！」
「はぁ！？ なに八つ当たりしてんだこの野郎！ 確かに俺はゆとりの甘えた糞餓鬼かもしれねぇが、だからって言ってまともな人間が人間以外同士が自分の部屋でくんずほぐれつやってたら、一番近しい自称元女神の悪魔に説明求めるに決まってんだろうがぁ！！！」
「オレだって分かる事と分からねぇ事があるに決まってんだろうが、このアンポンタン！！！あんまりホザいてると、乳牛の如く搾りとって、ミイラみたいに干からびさせて殺すぞテメェ！！！」
しばらく二人混乱したまま訳の分からない罵声を浴びせあった。
ご近所さんはいないのか、あるいは気を利かせているのか、一人も窓から顔を出してこちらの様子を窺うような事はしなかった。せいぜい学生の様な通行人が一度だけこちらを見て、足早に走り去って行ったぐらいだ。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら二人は扉の前に座り込む。ルビアの方は頭に上った血がだいぶ降りてきたのか、息を整えると推測を交えながら説明し始めた。
「あれは・・・女郎蜘蛛だ。おそらく足高蜘蛛の形質をかなり強く受け継いだ個体だな。お前も聞いたことぐらいあるだろ？足高蜘蛛。二、三匹いれば家のゴキブリを全て駆逐する蜘蛛だ。トトは大好物なゴキブリだからな・・・扉を開けた所を襲われたんだろ」
「それじゃ・・・トトを助けに」
「安心しろ、魔物同士互いに食ったりしねぇよ。せいぜい本能が疼いて襲っているだけで、襲われたって言っても命までは奪われる事は絶対にない。むしろ、もともとの狙いはお前だろ。完全に理性を失っているトトと興奮しきった芦高の餌食になりたいのなら止めはしないけどな。中が落ち着くまで待っていた方が得策だ」
「・・・」
「お前がトトを心配になるのは分かるが、落ち着け。感情的に動いても誰の得にもならない時がある。大体、お前は隣の住人とこれからどうやって過ごしていくつもりなんだ？気まずくて仕方ないだろうが」
確かに気まずい。あの中に入って止めたとして、あの二人とはこれからどんな顔を向ければ良いのか想像できない。どうせトトはトトで楽しんでいるから大して問題ない、らしい。
「っていうか、あの発情系淫乱百合蜘蛛とあんまり関りたくない」
「それが本音だろ」
「うっせぇ！いきなり押し倒してきたから暴れて逃げようとすればするほどニヤニヤしながら糸を巻いて、首筋に牙立てて毒を流し込んで身動きできないようにする奴とどうやってお友達になれってんだよ！しかも罠まで張ってやがんだぞ？卑怯じゃねぇか！」
ルビアにも弱点があるんだ、などと当たり前な事を想像してしまった。意外と可愛いところがあるではないか。
というか、ルビアが糸に掛かってもがいている姿を想像して不覚にも萌えた。なにそのギャップ。実はツンデレドジッ娘なのか、ルビアって。いや、御免なさい。そんな竜もビビりそうな程に黒いオーラを纏いながら、射殺すような視線で睨み付けないでください。
「ベースとなった素体の影響だ。オレだって女神とか悪魔って呼ばれてた時代には別に気にならなかったに決まってるだろ」
「それはそうと、中から聞こえる声で・・・下腹部に生理現象が・・・」
「・・・」
ルビアの頬がひきつった。蔑むような視線でこちらを見ている。次の瞬間には扉が大きな音を立てて開き、二人の魔物がとびかかってきた。
「ねぇ、圭太ぁ！！！ もう、だめなのぉ・・・ 我慢できないょお！！！ 圭太のミルク、頂戴ぃ！！！」
「男の人がいないと、やっぱり物足りないのぉ！！！ お願い、ちょっとで良いから、食べさせてぇ♪」
目を異様にギラギラさせて理性を失ったトトと芦高だ。
魔物に襲われても生命の危機はない、とルビアは言っていたが流石に生命の危機を覚える。例えるのなら、乾季にピラニアがいる川に入ってご覧と言われている感覚だ。雨季のピラニアは被捕食者だから大丈夫とか関係ない。死ぬ。間違いなく餌になる。
走馬灯のように俺の人生が脳裏によぎる。無邪気だった小学校時代。少し突っ張ってみた中学時代。甘酸っぱい高校時代。研究に打ち込んだ大学時代。振り返ってみれば俺の人生はそれほど悪くなかったのではないかと思う。
最後の最後では結局ドロップアウトしてしまったけれど、ドロップアウトしたお蔭でルビアとかトトに会えたんだよなと思えば、あながち意味がない事ではなかったかもしれない。まぁ、心残りがないかと言われれば、もう一度頑張る事ができない事だけが残念だけどな。こんな事になるなら、もうちょっと早く頑張るべきだったな。
「盛ってんじゃねぇぞ、糞虫どもがぁ！！！」
っと、ルビアが死を覚悟した俺ごと部屋の中に殴り飛ばしたのはまた別の話ではある。
・・・
腰の骨が砕けてしまったのではないかと思うほど強烈な打撃だったが、なんとか無事らしい。ルビアが魔力で相手を保護した上から殴り飛ばしたからだとは言っても、三人を10メートルほど殴り飛ばして壁に叩きつける腕力(片腕)で殴られて傷一つないのは別の要素が関係している気がする。そろそろ俺のタフネスが人間の限界を超えていそうだ。今なら高速で走っている車に撥ねられても大怪我ぐらいで済みそうだし、そろそろプロレスのやられ役のバイトが舞い込んでくるのではないかと思っている。
「で、お前ら何やってたわけ？」
イライラとした口調でルビアは訊ねた。
もちろん芦高とトトは正座だ。
「えっと・・・お、襲われてました・・・」
「襲っちゃいました♪」
トトと芦高は顔を見合わせた後、トトは罰の悪そうにボソボソと芦高は楽しげに答えた。
「へぇ・・・ それにしちゃあ、随分楽しそうだったよな？ お前ら」
「あ、そう思う？ 次はルビアちゃんも混ぜてあげるか・・・ぶはぁ！！」
芦高の顎をルビアが蹴り上げた。これ以上ないほどに綺麗なクリーンヒットで、そのまま芦高は後ろに倒れた。しかも、なぜか芦高は芦高で満面の笑みだ。初見は随分と真面目そうな人に見えたのだが、意外と変態なのかもしれない。いや、欲望に忠実なのか・・・
「分かってるわよ、次は圭太君も混ぜて４Ｐの乱交にしましょ・・・あぁん♪ もっと踏み躙って、いたぶってぇ♪」
ぐりぐりと頭を踏んでいたが、芦高には全く通用しないらしく流石のルビアも軽く引いていた。気持ち悪そうな視線を向けると、足を退けてトトと向き合った。芦高には物足りなさそうな視線を向けられていたのだが、無視して意図して逃げているようにも見える。証拠に表情が僅かばかり強張っているし。
「で・・・ お前は、なんで無防備に襲われているわけ？」
「いや、その・・・ 欲求不満、だったから、かな？ あは、あははは・・・」
「・・・」
要は、芦高は俺を襲いに来たものの俺が外出中だったらしく、代わりに留守番をしていたトトがいた。する事もないので話し合っている内に意気投合し、そのまま現在に至るらしい。
捕食ごっことか新しすぎるでしょ。
お陰で部屋は強盗が入った後なのではないかと思うほど激しく散らかっていた。ルビアはトトと芦高に部屋の片づけを命ずるとガックリとソファに座った。なんだか妙に疲れたのだろう。
口は悪く素行も乱暴だが、同時に一番気を使っているのもルビアだったりする。口には出さないが、ちょっと位そのことを感謝しても構わないだろう。たまには労ってやらないといけないだろう。
「溜息なんかついちゃって、私がルビアちゃんに特別なマッサージをしてあげましょうか？」
「死ね！ 変態蜘蛛がぁ！！！」
まぁ、掃除の手間は増えたけどな。
流石に俺の両手が塞がっているので、ルビアに開けてくれるように頼む。最近分かった事がいくつかある。一つはルビアの要求水準は高いが、決して不可能な水準では無い事。全力を尽くせばなんとか実現可能なレベルだ。もう一つは正当な理由さえあれば、手を貸すこと自体には労を惜しまないという点だ。今だって、両手が塞がっていたので頼んだのだが舌打ちこそされたが別に文句は言われなかった。
「・・・」
「やめて、そこは弱いのぉ！！！ そんな、胸とか触んないで！ っはぁ、感じちゃうからぁ！ 変なのに目覚めちゃうからぁ!!! んくぅ・・・ やだぁ！ 助けて圭太ぁ！！！」
「うふふ、良い声で鳴くのね・・・ トトちゃん可愛いわよ。 でも、安心して。 優しく内側から溶かすように食べてあげるから、ね？」
「やだぁ! 糸に縛られて・・・ こんな、お股に擦れて・・・」
「え、こうかしら?」
「ひゃぁぁぁああああ!!!! ダメェ!!!!! イク、イッちゃうからぁ!!!」
開きかけた扉を叩きつけるように閉めた。元から歪んでいた扉が更に変形した気がする。あまりに勢いが良かったので扉の枠と扉が圧着されたのではないかと思うほどだ。しかし、ルビアの行動を責める気にはなれなかった。扉を乱暴に閉めるのは褒められたことではないが、今回だけはグッジョブと褒め称えよう。
「い、いまのは?」
「知らん」
っていうかトト襲われていなかったか？
「記憶にございません」
「・・・おい、見捨てる気かよ・・・」
「正義というのには古来より様々な視点があってだな、その中でも比較的最近提唱された概念として“功利主義”という考え方がある。この功利主義という考え方というのは至ってシンプルでね、苦痛に対する快楽の割合が最大になる手段こそ正義だという事だ。さて、現実問題に目を向けてみよう。オレ達は今部屋の外にいて中にはトトと発情蜘蛛がいる。オレ達が部屋に侵入した場合、被害者は3人に増える可能性がある。被害の度合いは分からないが、分かりやすくするために、とりあえず一人頭の受ける被害を−1、利益を＋1と考えよう。そうすると三人が被害を受けるから−3だな。中の蜘蛛女は快楽を得るだろうから＋1だ。合計で効用は-2だ。それに対して、オレたちが入らずにトトだけに被害が及んだ場合には、被害者はトトだけだから−1、利益を受けるのは蜘蛛女だけだから＋1となる。合計で効用はプラスマイナス０になる。さて、最後にトトの救出に成功した場合の効用を考えよう。オレたちは被害を受けなかったので効用は0、トトは救出されたために受ける利益は＋1。あの淫乱蜘蛛は獲物を奪われて−1だ。効用は同じく０。しかし、最初の救出に失敗した時のリスクを加味すれば、功利主義の観点から突入か待機かのどちらが正しい選択かは比べるべくもないだろう」
「うるせぇ、落ち着け！！！」
思わずルビアの頭を引っ叩いた。
自称悪魔が正義についての講釈を垂れたり、元女神がパニック状態になったり、ルビアを引っ叩いたのに珍しく反撃が無かったりと突っ込みたい所は数多あったが、いちいち突っ込んでいる余裕はなかった。それよりも芦高がトトと俺の部屋でギシアン状態になっている意味が分からない。トトはデビルバグ状態に戻っているし、芦高の下半身は蜘蛛のようになっていたのも意味不明だ。
「分かっている、オレだって。功利主義では道徳や信頼などの関係が一切排除されるため、人情に欠ける判断をする場合もあるということぐらいな。一昔前の具体的な例を挙げるとすれば、大衆の娯楽のためにキリスト信者をトラの前に放ったのが良い例だ。確かに当時としては興奮する、すなわち大衆にとっては益になる娯楽ではあっただろうが、人間の命という代償を払っている以上は道徳的に許される行為ではないと考えるのは、現代における大多数の人間がもつ感情だろう、そのためにカントの正義という概念には道徳的観念というものが・・・痛いなぁ！！！ てめぇ、何様のつもりだ！？ お前は人の頭をぼこぼこ殴ってんじゃねぇぞ、コラ！」
「そういう事じゃねぇ！ 俺が訊きたいのは、なんで隣に越してきた人間が下半身が人じゃない姿で、俺の部屋とトトとギシアン状態になってるかって事だ！」
「うっせぇ、カス！ オレが知ると思っているのか、ボケなすび！ ちったぁ、ねぇ頭を使って考えてみろってんだ！ いちいち教えて教えて言って甘えてんじゃねぇぞ、このゆとりの糞餓鬼ぃ！！！」
「はぁ！？ なに八つ当たりしてんだこの野郎！ 確かに俺はゆとりの甘えた糞餓鬼かもしれねぇが、だからって言ってまともな人間が人間以外同士が自分の部屋でくんずほぐれつやってたら、一番近しい自称元女神の悪魔に説明求めるに決まってんだろうがぁ！！！」
「オレだって分かる事と分からねぇ事があるに決まってんだろうが、このアンポンタン！！！あんまりホザいてると、乳牛の如く搾りとって、ミイラみたいに干からびさせて殺すぞテメェ！！！」
しばらく二人混乱したまま訳の分からない罵声を浴びせあった。
ご近所さんはいないのか、あるいは気を利かせているのか、一人も窓から顔を出してこちらの様子を窺うような事はしなかった。せいぜい学生の様な通行人が一度だけこちらを見て、足早に走り去って行ったぐらいだ。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら二人は扉の前に座り込む。ルビアの方は頭に上った血がだいぶ降りてきたのか、息を整えると推測を交えながら説明し始めた。
「あれは・・・女郎蜘蛛だ。おそらく足高蜘蛛の形質をかなり強く受け継いだ個体だな。お前も聞いたことぐらいあるだろ？足高蜘蛛。二、三匹いれば家のゴキブリを全て駆逐する蜘蛛だ。トトは大好物なゴキブリだからな・・・扉を開けた所を襲われたんだろ」
「それじゃ・・・トトを助けに」
「安心しろ、魔物同士互いに食ったりしねぇよ。せいぜい本能が疼いて襲っているだけで、襲われたって言っても命までは奪われる事は絶対にない。むしろ、もともとの狙いはお前だろ。完全に理性を失っているトトと興奮しきった芦高の餌食になりたいのなら止めはしないけどな。中が落ち着くまで待っていた方が得策だ」
「・・・」
「お前がトトを心配になるのは分かるが、落ち着け。感情的に動いても誰の得にもならない時がある。大体、お前は隣の住人とこれからどうやって過ごしていくつもりなんだ？気まずくて仕方ないだろうが」
確かに気まずい。あの中に入って止めたとして、あの二人とはこれからどんな顔を向ければ良いのか想像できない。どうせトトはトトで楽しんでいるから大して問題ない、らしい。
「っていうか、あの発情系淫乱百合蜘蛛とあんまり関りたくない」
「それが本音だろ」
「うっせぇ！いきなり押し倒してきたから暴れて逃げようとすればするほどニヤニヤしながら糸を巻いて、首筋に牙立てて毒を流し込んで身動きできないようにする奴とどうやってお友達になれってんだよ！しかも罠まで張ってやがんだぞ？卑怯じゃねぇか！」
ルビアにも弱点があるんだ、などと当たり前な事を想像してしまった。意外と可愛いところがあるではないか。
というか、ルビアが糸に掛かってもがいている姿を想像して不覚にも萌えた。なにそのギャップ。実はツンデレドジッ娘なのか、ルビアって。いや、御免なさい。そんな竜もビビりそうな程に黒いオーラを纏いながら、射殺すような視線で睨み付けないでください。
「ベースとなった素体の影響だ。オレだって女神とか悪魔って呼ばれてた時代には別に気にならなかったに決まってるだろ」
「それはそうと、中から聞こえる声で・・・下腹部に生理現象が・・・」
「・・・」
ルビアの頬がひきつった。蔑むような視線でこちらを見ている。次の瞬間には扉が大きな音を立てて開き、二人の魔物がとびかかってきた。
「ねぇ、圭太ぁ！！！ もう、だめなのぉ・・・ 我慢できないょお！！！ 圭太のミルク、頂戴ぃ！！！」
「男の人がいないと、やっぱり物足りないのぉ！！！ お願い、ちょっとで良いから、食べさせてぇ♪」
目を異様にギラギラさせて理性を失ったトトと芦高だ。
魔物に襲われても生命の危機はない、とルビアは言っていたが流石に生命の危機を覚える。例えるのなら、乾季にピラニアがいる川に入ってご覧と言われている感覚だ。雨季のピラニアは被捕食者だから大丈夫とか関係ない。死ぬ。間違いなく餌になる。
走馬灯のように俺の人生が脳裏によぎる。無邪気だった小学校時代。少し突っ張ってみた中学時代。甘酸っぱい高校時代。研究に打ち込んだ大学時代。振り返ってみれば俺の人生はそれほど悪くなかったのではないかと思う。
最後の最後では結局ドロップアウトしてしまったけれど、ドロップアウトしたお蔭でルビアとかトトに会えたんだよなと思えば、あながち意味がない事ではなかったかもしれない。まぁ、心残りがないかと言われれば、もう一度頑張る事ができない事だけが残念だけどな。こんな事になるなら、もうちょっと早く頑張るべきだったな。
「盛ってんじゃねぇぞ、糞虫どもがぁ！！！」
っと、ルビアが死を覚悟した俺ごと部屋の中に殴り飛ばしたのはまた別の話ではある。
・・・
腰の骨が砕けてしまったのではないかと思うほど強烈な打撃だったが、なんとか無事らしい。ルビアが魔力で相手を保護した上から殴り飛ばしたからだとは言っても、三人を10メートルほど殴り飛ばして壁に叩きつける腕力(片腕)で殴られて傷一つないのは別の要素が関係している気がする。そろそろ俺のタフネスが人間の限界を超えていそうだ。今なら高速で走っている車に撥ねられても大怪我ぐらいで済みそうだし、そろそろプロレスのやられ役のバイトが舞い込んでくるのではないかと思っている。
「で、お前ら何やってたわけ？」
イライラとした口調でルビアは訊ねた。
もちろん芦高とトトは正座だ。
「えっと・・・お、襲われてました・・・」
「襲っちゃいました♪」
トトと芦高は顔を見合わせた後、トトは罰の悪そうにボソボソと芦高は楽しげに答えた。
「へぇ・・・ それにしちゃあ、随分楽しそうだったよな？ お前ら」
「あ、そう思う？ 次はルビアちゃんも混ぜてあげるか・・・ぶはぁ！！」
芦高の顎をルビアが蹴り上げた。これ以上ないほどに綺麗なクリーンヒットで、そのまま芦高は後ろに倒れた。しかも、なぜか芦高は芦高で満面の笑みだ。初見は随分と真面目そうな人に見えたのだが、意外と変態なのかもしれない。いや、欲望に忠実なのか・・・
「分かってるわよ、次は圭太君も混ぜて４Ｐの乱交にしましょ・・・あぁん♪ もっと踏み躙って、いたぶってぇ♪」
ぐりぐりと頭を踏んでいたが、芦高には全く通用しないらしく流石のルビアも軽く引いていた。気持ち悪そうな視線を向けると、足を退けてトトと向き合った。芦高には物足りなさそうな視線を向けられていたのだが、無視して意図して逃げているようにも見える。証拠に表情が僅かばかり強張っているし。
「で・・・ お前は、なんで無防備に襲われているわけ？」
「いや、その・・・ 欲求不満、だったから、かな？ あは、あははは・・・」
「・・・」
要は、芦高は俺を襲いに来たものの俺が外出中だったらしく、代わりに留守番をしていたトトがいた。する事もないので話し合っている内に意気投合し、そのまま現在に至るらしい。
捕食ごっことか新しすぎるでしょ。
お陰で部屋は強盗が入った後なのではないかと思うほど激しく散らかっていた。ルビアはトトと芦高に部屋の片づけを命ずるとガックリとソファに座った。なんだか妙に疲れたのだろう。
口は悪く素行も乱暴だが、同時に一番気を使っているのもルビアだったりする。口には出さないが、ちょっと位そのことを感謝しても構わないだろう。たまには労ってやらないといけないだろう。
「溜息なんかついちゃって、私がルビアちゃんに特別なマッサージをしてあげましょうか？」
「死ね！ 変態蜘蛛がぁ！！！」
まぁ、掃除の手間は増えたけどな。
11/01/05 00:11更新 / 佐藤 敏夫
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