生活費
「隣に越してきました、芦高と言います」
突然チャイムが鳴り誰かが訪れてきた。誰が訪れてきたのかと疑問に思いつつ、開けるとスラリと足の長い女性がそこにいた。八頭身の美人。思わず一歩ひいてしまうような、モデル顔。
「これからよろしくお願いしますね」
「あぁ、えっと・・・ よろしくお願いします・・・」
「なんだか・・・随分とこのドア曲がってますね・・・」
「そ、そう、ですよね・・・あはは・・・」
「もしかして何か居たりするんですか？」
「まさか、なにも居ませんよ」
「そうですよね。 あ、これ良かったら召し上がってください」
「あ、ありがとうございます・・・」
っというか、ぎこちなくとはいえ、よく対応できたな俺。ついこの間までは人と目を見て話すなんて考えられなかったのに。ルビアのお陰だろうな・・・ 殴られたり蹴られたりするのと比べれば、人の目を見て話す方が20倍ぐらいましだ。
視線が痛いとか言っている暇も無いぐらいにボコボコだし・・・
こんな生活に慣れかけている自分が恐ろしい。
・・・
「ん〜 おいしそうな匂いがする〜」
「なんだそれ? あぁ、獅子屋の酒饅頭か」
「お茶淹れる？」
袋も開けないうちに中身を当てる。お菓子って言ったら結構限定されるけど、どんだけ嗅覚が良いんだよ。トト曰く蝿の嗅覚はすごいらしい。一説には50km離れた死体の臭いを嗅ぎ付けるとかなんとか。
小説をベースにしているらしいので多少盛っているとは思うが、それでも嗅覚が良い故にそんな説が立てられるのだろう。仮に5km先の匂いが分かったとして、蝿の感覚を人間の大きさまでスケールアップしたら、大体500km先ぐらいの匂いは余裕で感知できるって事だからな。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。 500ｋｍ先の死体の匂い成分が拡散するのにどんだけ時間が掛かると思ってんだ。 大体途中で風でも吹いたら場所も糞もねぇだろ。 それに、そんなに死体が欲しけりゃ、病院か葬儀屋、あるいは適当にボケた爺か婆の居る家を回った方が早いだろうが。 少しは頭使え、カス」
「え？ ルビアってネクロフィリアだっけ？」
「阿呆か・・・例えだ、たとえ。 あんな動かない肉の塊なんぞに欲情するもんか。 股間に突起がついてりゃ誰でも良いテメェとはちげぇんだよ」
「うわ、ひど・・・」
どっちかっていうと、ルビアはカニバリズム（食人習慣）だもんな・・・
「おい、望み通りに食い殺してやろうか？」
「か、勘弁してください・・・」
カチカチと鉤爪を鳴らし威嚇してくる。細いクセに力は俺の倍どころではなく、一旦攻撃を開始すれば正確に人間の弱点を打ち抜いてくる。しかも合気道からプロレス技まであらゆる格闘技をマスター。
曰く、魔界ではこれくらいないと生きていけないらしい。
「ったく、カニバリズムってのは、別に通り魔的に人を殺して喰うわけじゃねぇよ。 それをやってるのは、ただの殺人愛好の偏食家だ。 カニバリズムってのは大きく分けて二つに分類される。 尊敬を抱く師や親しい相手の魂を引き継ぐという意味合いの言わば族内食人。 軽蔑や憎悪の対象を征服するという意味合いを持つ族外食人。 食料が尽きた場合の食人もカニバリズムになるが、この場合は単なる緊急避難だ。 意味なんてねぇよ」
ぶちゃけ、そろそろルビアの長ゼリフも慣れてきた。聞き流して良いと思うんだよね。
口には出さなかったが、無意識に思っている事が顔に出たのか一発鳩尾に拳を頂いた。
「人の話は聞け」
「ルビアはベルゼブブだけどね〜 でも、暴力は駄目だよ？」
「うるせぇな・・・ 人の揚げ足ばっかとってんじゃねぇぞ？」
「あはは〜 怒らない怒らな〜い♪ とりあえずお茶淹れたから、お饅頭食べよ？」
そういってお茶にする事にした。
・・・
二人が言った通り中身は酒饅頭だった。柔らかな香りと口の中に広がる独特の甘み。渋いお茶と良くあっている。トトは美味しい美味しいと言いながら行儀良く食べている。そしてルビアは
「パクッ・・・もぐもぐ・・・ パクッ・・・ もぐもぐ」
まるで、スナック菓子でも放り込むような感覚で口に運び、咀嚼し嚥下する。味わっているはずもなく、それどころか、ちゃんと噛まずに茶で流し込んでいるようにさえ見える。そして、あれよあれよと言う間に酒饅頭はルビアの胃袋の中に納まっていった。
「ルビア・・・ もう少し味わって食べようよ・・・」
トトにさえそう突っ込まれる始末だ。
ルビアっていつでも腹ペコだよな。なんだっけ、暴食だっけ？ ベルゼブブの象徴する罪は。食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活している割にはスレンダーだし、太ってないよな。神様とか悪魔とかって太らない性質なの？
「てめぇと違って頭使って生きてるからな」
「なるほどね、それで胸とか尻の辺りもスリムな訳・・・」
意識が次の瞬間にはブラックアウトしたのは言うまでもない。
・・・
「あのね、ルビア・・・ 実はその事、気にしてるから・・・」
トトに起こされて最初に耳打ちされたのはその事だ。
曰く、体格の事はタブー。身長はほとんど中学生並みであるが、あれでも一応は成体らしい。胸や腰周りが男と区別がつかないのは悩みの種だったりする。
他に注意すべき言葉は
男の娘。貧乳。ツルペタ。ペッタン。幼女。無い乳。将来に期待する体格etc.
「うん。 ルビアがドラゴンと喧嘩した時あったんだけど。 まぁ、その前にも色々あったから、一概に悪口で怒ったとは言いがたいんだけどね。 その時は、ボコボコにしてたね。ドラゴンを真正面から殴りつけて地上に叩きつけて、おまけに関節キメて、挙句の果てに絞め落すなんて芸当は・・・ 多分、ルビア位しかできないと思う。 魔法すら使ってなかったし・・・」
ちなみにドラゴンは、ゲームの例に漏れず魔界の中でトップクラスの能力を持つ種族だ。しかし、一発一発の威力が致命傷でも当らなければ子犬の牙にも劣るって・・・ 非常識にも程があるだろ。
生きている事に感謝した。
あの蝿・・・ マジ悪魔や・・・
「・・・うっせぇよ。 社会のゴミが」
ジロリとに鋭い眼で睨みつけられて、思わず身をすくめる。聞こえてたのか・・・
チッ、と小さく舌打ちをすると立ち上がった。「殴られる」と思ったがそうではなく、そのまま自身の耳や羽を隠し、代わりに帽子やコートを出現させた。
「出掛ける」
短く告げると、身を翻して玄関に向かった。
・・・
「んだよ・・・ 来たのかよ。 家で大人しくしてろよ」
「まぁ・・・ ね・・・」
玄関を出るとルビアは面倒臭そうに振り向いて溜め息をついた。正直、ルビアと一緒に出掛けるなど自殺行為以外の何物でもない気がするのだが、トトに一緒に行くように勧められた。
「ルビアに可愛いところもあるから、よく見てみて」って、言われてもどう考えても罵詈雑言と暴力を容赦なく浴びせかける生意気なクソガキにしか見えない。ツンデレあるいはサドデレなら可愛い方で、俺の中ではボコツン（注・ボコに殴った後にツンツンとした態度を取ること）あるいはボコボコ（注・肉体的に暴力を振るった後に更に精神的な追い討ちを掛ける）というキャラになりつつある（注・どちらも造語）。
一体誰得ですか？ こんちくしょうめ。
トト曰く、本気で怒るなんて滅多にないとは言うが、毎日怒らせているような気がするのだが・・・ むしろ、アレがスキンシップであるならば、俺は盛大にスキンシップの意味を大いに履き違えていたようだ。
「あぁ、そうかい。 ったく、トトめ・・・ 余計な真似、を・・・！」
ルビアが転がっていた缶を蹴る。缶は鈍い音をして上下に真っ二つに裂けた。上半分は近くのコンクリートに突き刺さり、下半分はカラカラと転がった。それでも気分が収まらなかったのか残った部分を踏みつける。
ズドン、と音がしてルビアの足が地面と一体化した。
足首辺りまで埋まっているんですけど・・・ 歩道が良い感じに砕けています。逆の足に力を込めて一体化した足を引き抜くとパラパラとアスファルトが零れ落ち、地面がむき出しとなった。
ルビアが暴力？
あぁ、そんなもの振るうわけないじゃないですか
今までのは、単なるスキンシップですよ。
ス キ ン シ ッ プ
トト逃げてぇ！！！ 超逃げてぇ！！！
「・・・なにやってんだ？ お前」
呆れた表情でルビアは固まっていた。
お前に言われたかぁねぇよ！
なんだよ、この非常識な破壊は！！！
公共物に何てことしてくれやがるんですか、この馬鹿野郎！！！
警察にこんな所見られたらテロでもあったんじゃないかと疑われるだろうが！！！
っていうか、その時に疑われんの、どう考えても俺だろ！
コスプレ系暴力ロリ＆ゴキブリ系マメお姉さんの二人を家に上げているニートとか、どう考えても犯罪者臭しかしねぇよ！ 犯罪だよ！ 世間様のゴミだという自覚はあったけど、少なくとも世間様には迷惑掛けるつもりはなかったよ！
「うわぁ・・・ うぜぇ、一人乗り突っ込みしてるよ・・・ 引くわぁ・・・」
「黙れ！ 公共物に八つ当たりする奴に言われたかねぇ！！！」
「ってか、お前、なんで来たの？」
華麗にスルー
お見事です
・・・
「オレが出掛けちゃ悪いかよ」
突然出掛けると言ったので行き先を尋ねると、緑道を歩きながらルビアは応えた。ルビアの歩調は早く、隣を歩くためには少し骨が折れる。
「ったく、野暮用だよ。 野暮用。 うっせぇな。 帰れよ、引きこもり」
「んな事言って・・・ 金だってねぇんだろ？ 少しは必要だろ・・・」
「格好付けて、要らねぇ心配してんじゃねぇよ。 オレを誰だと思っていやがる。 豊穣の女神だぞ？」
「おい、だからって・・・」
「金なら、少しはある」
ポケットから丸まった千円札を２枚取り出した。どうやら拾ったらしい。はした金を一体どうするつもりだ。そんなもの半日もあれば使ってしまう。そんな金で一体何をするのか。
「増やして、オレ達の分の生活費としてお前に渡す」
「は？」
突拍子の無い宣言に俺は思わず耳を疑った。増やすってどうやって？一応言っておくけど売春とかは勘弁してくれな？援助交際とかで金作るなら、俺は受け取らんぞ。
内心考えていると、ルビアはクックと喉を鳴らして笑った。如何にも童貞の考えそうなところじゃないか、と言われているようで少しだけ腹が立つ。
「ケッ・・・ お前、オレの事心配してんの？ プッ・・・ オレ、元女神で今は悪魔だぞ？ 女神から悪魔に、挙句の果てに身売りかよ！！！ あはは！ マジ、受ける！！！」
「ちょ、てめ・・・ わざわざ口に出さなくても良いだろ・・・！」
「だって、馬鹿じゃん。 んなことする訳ねぇだろ！ ギャハハ！！」
「こいつ・・・」
「まぁ、足りねぇ脳みそで心配したんだろ。 くく・・・ 安心しな。 そういう事はしねぇよ」
口の端をあげて獰猛な笑みを浮かべながら、顔を覗き込む。スレンダーではあるが、ルビアは結構可愛い顔立ちだ。強気が好きというのなら、好みかもしれない。まぁ、暴力と罵詈雑言はひどいけどね。
しかし、どうやって増やすというのだ。金なんて、そう簡単に増えるものでもないだろうに。
「あるだろ、増やす方法が」
「は？ そんなのある訳ねぇだろ・・・」
「馬鹿、見ろよ。 アレ」
「・・・本気か？」
指差したのは、スクラッチと呼ばれる代物だ。
そう、日本で認められている数少ないギャンブル。宝くじ。賞金の期待値は約５０％を下回るという。即ち・・・２０００円を投入しても１０００円返ってくるか来ないかだ。もしかして、ルビア・・・
「ったりめぇだろ?」
「おい、やめろ・・・ そんな事したら」
「６枚頼む・・・ これと、これと・・・ これと、これと、これと、これな？」
「お嬢ちゃん、未成年は買えないんだよ？」
「コイツの代わりに買ってるだけだから、な？」
「ちょ･･･ 待って、おばちゃん ・・・いってぇ！！！」
俺の制止を振り切り、足を踏みつけて黙らせると適当に宝くじの山から六枚を引き抜いた。そして、その場で削りそのまま俺につき返した。当選２万円分６枚・・・
「とりあえず、五枚はオレとトトの生活費代わり。 残り一枚も一緒に換金してこい。 オレとトトの小遣いにするから」
「・・・ありえねぇ・・・」
呆然としている俺を無視して、そのまま足を自宅に向けた。
・・・
「息してるだけで、金が稼げるとか・・・ どう考えても卑怯だろ」
「うっせぇな。 代償はあんだよ。 バーロー」
「代償？」
「ったりめぇだろ? 世の中ってのは、なんの努力もなしに手に入るほど甘くはねぇんだよ」
「じゃあ、なんだよ。 その代償って奴はよ」
「教えねえよ、カス。 ちったぁ考えろ」
帰路に就きながら、毒を吐く。正直言って、オレは金を稼ぐ姿を見せるつもりはなかった。金が集まるのは体質だ。トトも余計なことしてくれやがったな。
まぁ、コイツなら大丈夫だろう。
チラリと横を見ると、腹に一発くれてやったので随分と呻いていた。まったく、本当に人間ってやわだよな。軽く殴っただけで、これだもんな。まぁ、今回はちっと強く殴っちまったからな。痛いかもしれん。
その内に治るだろ。
っはぁ、ったく、こいつ・・・自分の立場わきまえろよな。 オレ、元女神で、現悪魔だぜ？ 心配するほうが可笑しいだろ。 悪くはねぇけどさ。
「いつまで、そこで蹲ってるんだ。 はやく起きろ馬鹿。 見てるこっちが恥ずかしいんだよ」
「・・・っがぁ・・・ 鳩尾・・・ 入って・・・ 息、できねぇ・・・」
「・・・オレ、先帰るわ」
やっぱ駄目だこいつ
突然チャイムが鳴り誰かが訪れてきた。誰が訪れてきたのかと疑問に思いつつ、開けるとスラリと足の長い女性がそこにいた。八頭身の美人。思わず一歩ひいてしまうような、モデル顔。
「これからよろしくお願いしますね」
「あぁ、えっと・・・ よろしくお願いします・・・」
「なんだか・・・随分とこのドア曲がってますね・・・」
「そ、そう、ですよね・・・あはは・・・」
「もしかして何か居たりするんですか？」
「まさか、なにも居ませんよ」
「そうですよね。 あ、これ良かったら召し上がってください」
「あ、ありがとうございます・・・」
っというか、ぎこちなくとはいえ、よく対応できたな俺。ついこの間までは人と目を見て話すなんて考えられなかったのに。ルビアのお陰だろうな・・・ 殴られたり蹴られたりするのと比べれば、人の目を見て話す方が20倍ぐらいましだ。
視線が痛いとか言っている暇も無いぐらいにボコボコだし・・・
こんな生活に慣れかけている自分が恐ろしい。
・・・
「ん〜 おいしそうな匂いがする〜」
「なんだそれ? あぁ、獅子屋の酒饅頭か」
「お茶淹れる？」
袋も開けないうちに中身を当てる。お菓子って言ったら結構限定されるけど、どんだけ嗅覚が良いんだよ。トト曰く蝿の嗅覚はすごいらしい。一説には50km離れた死体の臭いを嗅ぎ付けるとかなんとか。
小説をベースにしているらしいので多少盛っているとは思うが、それでも嗅覚が良い故にそんな説が立てられるのだろう。仮に5km先の匂いが分かったとして、蝿の感覚を人間の大きさまでスケールアップしたら、大体500km先ぐらいの匂いは余裕で感知できるって事だからな。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。 500ｋｍ先の死体の匂い成分が拡散するのにどんだけ時間が掛かると思ってんだ。 大体途中で風でも吹いたら場所も糞もねぇだろ。 それに、そんなに死体が欲しけりゃ、病院か葬儀屋、あるいは適当にボケた爺か婆の居る家を回った方が早いだろうが。 少しは頭使え、カス」
「え？ ルビアってネクロフィリアだっけ？」
「阿呆か・・・例えだ、たとえ。 あんな動かない肉の塊なんぞに欲情するもんか。 股間に突起がついてりゃ誰でも良いテメェとはちげぇんだよ」
「うわ、ひど・・・」
どっちかっていうと、ルビアはカニバリズム（食人習慣）だもんな・・・
「おい、望み通りに食い殺してやろうか？」
「か、勘弁してください・・・」
カチカチと鉤爪を鳴らし威嚇してくる。細いクセに力は俺の倍どころではなく、一旦攻撃を開始すれば正確に人間の弱点を打ち抜いてくる。しかも合気道からプロレス技まであらゆる格闘技をマスター。
曰く、魔界ではこれくらいないと生きていけないらしい。
「ったく、カニバリズムってのは、別に通り魔的に人を殺して喰うわけじゃねぇよ。 それをやってるのは、ただの殺人愛好の偏食家だ。 カニバリズムってのは大きく分けて二つに分類される。 尊敬を抱く師や親しい相手の魂を引き継ぐという意味合いの言わば族内食人。 軽蔑や憎悪の対象を征服するという意味合いを持つ族外食人。 食料が尽きた場合の食人もカニバリズムになるが、この場合は単なる緊急避難だ。 意味なんてねぇよ」
ぶちゃけ、そろそろルビアの長ゼリフも慣れてきた。聞き流して良いと思うんだよね。
口には出さなかったが、無意識に思っている事が顔に出たのか一発鳩尾に拳を頂いた。
「人の話は聞け」
「ルビアはベルゼブブだけどね〜 でも、暴力は駄目だよ？」
「うるせぇな・・・ 人の揚げ足ばっかとってんじゃねぇぞ？」
「あはは〜 怒らない怒らな〜い♪ とりあえずお茶淹れたから、お饅頭食べよ？」
そういってお茶にする事にした。
・・・
二人が言った通り中身は酒饅頭だった。柔らかな香りと口の中に広がる独特の甘み。渋いお茶と良くあっている。トトは美味しい美味しいと言いながら行儀良く食べている。そしてルビアは
「パクッ・・・もぐもぐ・・・ パクッ・・・ もぐもぐ」
まるで、スナック菓子でも放り込むような感覚で口に運び、咀嚼し嚥下する。味わっているはずもなく、それどころか、ちゃんと噛まずに茶で流し込んでいるようにさえ見える。そして、あれよあれよと言う間に酒饅頭はルビアの胃袋の中に納まっていった。
「ルビア・・・ もう少し味わって食べようよ・・・」
トトにさえそう突っ込まれる始末だ。
ルビアっていつでも腹ペコだよな。なんだっけ、暴食だっけ？ ベルゼブブの象徴する罪は。食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活している割にはスレンダーだし、太ってないよな。神様とか悪魔とかって太らない性質なの？
「てめぇと違って頭使って生きてるからな」
「なるほどね、それで胸とか尻の辺りもスリムな訳・・・」
意識が次の瞬間にはブラックアウトしたのは言うまでもない。
・・・
「あのね、ルビア・・・ 実はその事、気にしてるから・・・」
トトに起こされて最初に耳打ちされたのはその事だ。
曰く、体格の事はタブー。身長はほとんど中学生並みであるが、あれでも一応は成体らしい。胸や腰周りが男と区別がつかないのは悩みの種だったりする。
他に注意すべき言葉は
男の娘。貧乳。ツルペタ。ペッタン。幼女。無い乳。将来に期待する体格etc.
「うん。 ルビアがドラゴンと喧嘩した時あったんだけど。 まぁ、その前にも色々あったから、一概に悪口で怒ったとは言いがたいんだけどね。 その時は、ボコボコにしてたね。ドラゴンを真正面から殴りつけて地上に叩きつけて、おまけに関節キメて、挙句の果てに絞め落すなんて芸当は・・・ 多分、ルビア位しかできないと思う。 魔法すら使ってなかったし・・・」
ちなみにドラゴンは、ゲームの例に漏れず魔界の中でトップクラスの能力を持つ種族だ。しかし、一発一発の威力が致命傷でも当らなければ子犬の牙にも劣るって・・・ 非常識にも程があるだろ。
生きている事に感謝した。
あの蝿・・・ マジ悪魔や・・・
「・・・うっせぇよ。 社会のゴミが」
ジロリとに鋭い眼で睨みつけられて、思わず身をすくめる。聞こえてたのか・・・
チッ、と小さく舌打ちをすると立ち上がった。「殴られる」と思ったがそうではなく、そのまま自身の耳や羽を隠し、代わりに帽子やコートを出現させた。
「出掛ける」
短く告げると、身を翻して玄関に向かった。
・・・
「んだよ・・・ 来たのかよ。 家で大人しくしてろよ」
「まぁ・・・ ね・・・」
玄関を出るとルビアは面倒臭そうに振り向いて溜め息をついた。正直、ルビアと一緒に出掛けるなど自殺行為以外の何物でもない気がするのだが、トトに一緒に行くように勧められた。
「ルビアに可愛いところもあるから、よく見てみて」って、言われてもどう考えても罵詈雑言と暴力を容赦なく浴びせかける生意気なクソガキにしか見えない。ツンデレあるいはサドデレなら可愛い方で、俺の中ではボコツン（注・ボコに殴った後にツンツンとした態度を取ること）あるいはボコボコ（注・肉体的に暴力を振るった後に更に精神的な追い討ちを掛ける）というキャラになりつつある（注・どちらも造語）。
一体誰得ですか？ こんちくしょうめ。
トト曰く、本気で怒るなんて滅多にないとは言うが、毎日怒らせているような気がするのだが・・・ むしろ、アレがスキンシップであるならば、俺は盛大にスキンシップの意味を大いに履き違えていたようだ。
「あぁ、そうかい。 ったく、トトめ・・・ 余計な真似、を・・・！」
ルビアが転がっていた缶を蹴る。缶は鈍い音をして上下に真っ二つに裂けた。上半分は近くのコンクリートに突き刺さり、下半分はカラカラと転がった。それでも気分が収まらなかったのか残った部分を踏みつける。
ズドン、と音がしてルビアの足が地面と一体化した。
足首辺りまで埋まっているんですけど・・・ 歩道が良い感じに砕けています。逆の足に力を込めて一体化した足を引き抜くとパラパラとアスファルトが零れ落ち、地面がむき出しとなった。
ルビアが暴力？
あぁ、そんなもの振るうわけないじゃないですか
今までのは、単なるスキンシップですよ。
ス キ ン シ ッ プ
トト逃げてぇ！！！ 超逃げてぇ！！！
「・・・なにやってんだ？ お前」
呆れた表情でルビアは固まっていた。
お前に言われたかぁねぇよ！
なんだよ、この非常識な破壊は！！！
公共物に何てことしてくれやがるんですか、この馬鹿野郎！！！
警察にこんな所見られたらテロでもあったんじゃないかと疑われるだろうが！！！
っていうか、その時に疑われんの、どう考えても俺だろ！
コスプレ系暴力ロリ＆ゴキブリ系マメお姉さんの二人を家に上げているニートとか、どう考えても犯罪者臭しかしねぇよ！ 犯罪だよ！ 世間様のゴミだという自覚はあったけど、少なくとも世間様には迷惑掛けるつもりはなかったよ！
「うわぁ・・・ うぜぇ、一人乗り突っ込みしてるよ・・・ 引くわぁ・・・」
「黙れ！ 公共物に八つ当たりする奴に言われたかねぇ！！！」
「ってか、お前、なんで来たの？」
華麗にスルー
お見事です
・・・
「オレが出掛けちゃ悪いかよ」
突然出掛けると言ったので行き先を尋ねると、緑道を歩きながらルビアは応えた。ルビアの歩調は早く、隣を歩くためには少し骨が折れる。
「ったく、野暮用だよ。 野暮用。 うっせぇな。 帰れよ、引きこもり」
「んな事言って・・・ 金だってねぇんだろ？ 少しは必要だろ・・・」
「格好付けて、要らねぇ心配してんじゃねぇよ。 オレを誰だと思っていやがる。 豊穣の女神だぞ？」
「おい、だからって・・・」
「金なら、少しはある」
ポケットから丸まった千円札を２枚取り出した。どうやら拾ったらしい。はした金を一体どうするつもりだ。そんなもの半日もあれば使ってしまう。そんな金で一体何をするのか。
「増やして、オレ達の分の生活費としてお前に渡す」
「は？」
突拍子の無い宣言に俺は思わず耳を疑った。増やすってどうやって？一応言っておくけど売春とかは勘弁してくれな？援助交際とかで金作るなら、俺は受け取らんぞ。
内心考えていると、ルビアはクックと喉を鳴らして笑った。如何にも童貞の考えそうなところじゃないか、と言われているようで少しだけ腹が立つ。
「ケッ・・・ お前、オレの事心配してんの？ プッ・・・ オレ、元女神で今は悪魔だぞ？ 女神から悪魔に、挙句の果てに身売りかよ！！！ あはは！ マジ、受ける！！！」
「ちょ、てめ・・・ わざわざ口に出さなくても良いだろ・・・！」
「だって、馬鹿じゃん。 んなことする訳ねぇだろ！ ギャハハ！！」
「こいつ・・・」
「まぁ、足りねぇ脳みそで心配したんだろ。 くく・・・ 安心しな。 そういう事はしねぇよ」
口の端をあげて獰猛な笑みを浮かべながら、顔を覗き込む。スレンダーではあるが、ルビアは結構可愛い顔立ちだ。強気が好きというのなら、好みかもしれない。まぁ、暴力と罵詈雑言はひどいけどね。
しかし、どうやって増やすというのだ。金なんて、そう簡単に増えるものでもないだろうに。
「あるだろ、増やす方法が」
「は？ そんなのある訳ねぇだろ・・・」
「馬鹿、見ろよ。 アレ」
「・・・本気か？」
指差したのは、スクラッチと呼ばれる代物だ。
そう、日本で認められている数少ないギャンブル。宝くじ。賞金の期待値は約５０％を下回るという。即ち・・・２０００円を投入しても１０００円返ってくるか来ないかだ。もしかして、ルビア・・・
「ったりめぇだろ?」
「おい、やめろ・・・ そんな事したら」
「６枚頼む・・・ これと、これと・・・ これと、これと、これと、これな？」
「お嬢ちゃん、未成年は買えないんだよ？」
「コイツの代わりに買ってるだけだから、な？」
「ちょ･･･ 待って、おばちゃん ・・・いってぇ！！！」
俺の制止を振り切り、足を踏みつけて黙らせると適当に宝くじの山から六枚を引き抜いた。そして、その場で削りそのまま俺につき返した。当選２万円分６枚・・・
「とりあえず、五枚はオレとトトの生活費代わり。 残り一枚も一緒に換金してこい。 オレとトトの小遣いにするから」
「・・・ありえねぇ・・・」
呆然としている俺を無視して、そのまま足を自宅に向けた。
・・・
「息してるだけで、金が稼げるとか・・・ どう考えても卑怯だろ」
「うっせぇな。 代償はあんだよ。 バーロー」
「代償？」
「ったりめぇだろ? 世の中ってのは、なんの努力もなしに手に入るほど甘くはねぇんだよ」
「じゃあ、なんだよ。 その代償って奴はよ」
「教えねえよ、カス。 ちったぁ考えろ」
帰路に就きながら、毒を吐く。正直言って、オレは金を稼ぐ姿を見せるつもりはなかった。金が集まるのは体質だ。トトも余計なことしてくれやがったな。
まぁ、コイツなら大丈夫だろう。
チラリと横を見ると、腹に一発くれてやったので随分と呻いていた。まったく、本当に人間ってやわだよな。軽く殴っただけで、これだもんな。まぁ、今回はちっと強く殴っちまったからな。痛いかもしれん。
その内に治るだろ。
っはぁ、ったく、こいつ・・・自分の立場わきまえろよな。 オレ、元女神で、現悪魔だぜ？ 心配するほうが可笑しいだろ。 悪くはねぇけどさ。
「いつまで、そこで蹲ってるんだ。 はやく起きろ馬鹿。 見てるこっちが恥ずかしいんだよ」
「・・・っがぁ・・・ 鳩尾・・・ 入って・・・ 息、できねぇ・・・」
「・・・オレ、先帰るわ」
やっぱ駄目だこいつ
10/12/10 21:56更新 / 佐藤 敏夫
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