外出
「ねぇ、ルビア? どーして、このエロ本はロリ系ばっかりなの?」
「うっせぇ、馬鹿。 未来が詰まってるからに決まってるんだろうが!!! 」
ベッドの上で寝転がって雑誌を読んでいたが、数冊残されたエロ本の内容について訊ねられるとトトに向けて投げつけられた。ヒョイ、とトトは首を傾げるだけで避ける。雑誌を寝転がった状態で野球ボール並みの速度で投げるルビアもルビアだが、それを難なく躱すトトもトトだ。代わりに雑誌は本棚の角に当たって無残に折れ曲がった。
「あー・・・ もったいない、折角買ってきたのにぃ・・・」
「うぜぇなぁ・・・ その雑誌全部埋めたから良いんだよ。 どうせ大した商品ついてねぇからな」
「え? うそ? これ、昨日発売じゃん。 半日で全部のナンプレを解いたの?」
「ったりめぇだろ? んなもん、解き方が決まってんだから頭の体操ぐれぇにしかなんねぇよ」
「流石、元神様・・・ やることが違うねぇ・・・」
「テメェの場合は頭が3億年前から進歩してねぇんじゃねぇのか?」
ルビアの激しい毒舌をトトはどこ吹く風と受け流す。本棚にぶつかったところを指でなぞり、グシャグシャになった雑誌を拾い上げて手でしわを伸ばしている。物を大切にするとか、まじ、トトちゃん良い子。何かの拍子にトトちゃんが元の姿に戻っても潰さないで、虫かごに入れて保護してあげよう・・・
それに比べて、この蝿の王様と来たら・・・
ドコから取り出したのか今度は人の携帯ゲーム機を弄り回している。
少しはトトを見習えというのだ。
「トト、なんかメシでも食うか?」
「ううん、お構いなくー♪ ありがとねー♪」
「旨いもん」
「お前、少しは遠慮しろよ」
「じゃあ、インスタントかレトルトが良い。 お前の手料理は不味いから」
謙虚なトトに対して、ルビアは全く持って自重する気がない。マジでブチ殺してやりたいが、口喧嘩は勿論のことながら、腕っ節の喧嘩で勝てるわけも無く我慢するしかない。
仕方なしに重い腰をあげて冷蔵庫に向かう。
「・・・なにこれ?」
「どしたの?」
冷蔵庫の扉を開けて絶句しているとヒョッコリとトトが覗き込んできた。一応、食品を入れておくという理由から冷蔵庫だけは唯一といって良いほどルビアが来る前から整理されていたが、今は整理されているどころの話ではない。
空だった。
新品同様と申し上げても問題ないくらい。見事な空。唯一物が入っていたという証として冷たい空気が奥から流れ出ていた。
「空だね。 なんにも入ってない」
「そうだね・・・ なんにも入っていない」
「うーん。 お腹空いてるなら、コレ食べる?」
「気持ちは嬉しいけど、雑誌はスナックみたいに破いて食べるものじゃないからね」
「あ、そっか。 人間は食べられないんだっけ? えへへ・・・ 失敗失敗♪」
ピリピリと雑誌を一口大に千切り口に運び、舌の上に乗せて味わうように転がす。目を閉じて味わった後、白い喉仏が動いて嚥下した。潤いのある唇から溜め息のような長い息が漏れる。
僅かに放心したような恍惚の表情を浮かべて、口の中に残る僅かな余韻を楽しんでいる。
ナンプレ雑誌をここまで気持ち良く間違った使い方をするのは、多分初めてじゃなかろうか・・・
それは良いや。
問題は、冷蔵庫に食べ物が入っていない理由である。
「そりゃ、オレが食ったからに決まってるだろ? オメーが寝てる間に自分でやって食ったんだよ」
「ちょ、お前。 アレ、一週間分の食料だぞ? それをたったの数日でって・・・」
「ガタガタうるせぇ、金玉の小さい糞ガキだなてめぇは? はぁ? 食料自給率低いかもしれねぇけど、日本じゃ児童虐待でもされねぇ限り飢えで死ぬ奴なんかいねぇよ。 ホームレスだって太る飽食の時代だぞ? 冷蔵庫を空にされたぐれぇで、ピーピー騒いでるんじゃねぇよ」
「そうじゃねぇよ!!! また買い出しに行かなきゃなんねぇだろうが!!!」
「行けば良いだろうがボケぇ!!!」
「なんでテメェに指図されにゃ、ならんのじゃ!!! 俺はテメェを養うつもりはねぇからなぁ!?」
「あぁ? 何言ってくれやがるんですか、童貞キモオタニートは? ハナからテメェに期待なんざしてねぇよ、糞ハゲ。 自分の生活費ぐらい自分で用意するわぁ、カスが!!!」
・・・
「圭太ぁ ご飯買いに行こ♪」
「やだよ・・・ 金はやるから買ってきてくれ」
「えー・・・ 圭太ぁ・・・ 一緒に行こうよ。 私、一緒に買い物できるの楽しみだったんだよぉ?」
コテン、と首を傾げて顔を覗き込む。純粋な好意で言ってくれているだけあって思わず目を背けてしまう。
外は恐い。
ゴミ捨て場までは注意すれば誰にも会わずにゴミを捨てにいけるが、コンビニとなれば話は別だ。どんなに会わないように注意しても絶対に人に会う。
他人の視線や人のヒソヒソ声。全ての人間から嘲笑されているような感覚に世界のどこにも自分の居場所がないという感覚に襲われてしまう。それならば、自分の部屋に引きこもっていた方が良い。事実、誰かの目に留まれば人を不快にさせるぐらいだけだから、自分の部屋に閉じこもって誰にも会わないようにした方が良いに決まっている。
「うわぁ、まじ自意識過剰・・・ ねぇわぁ・・・」
「ちょっと、ルビア。 そういう言い方ないでしょ?」
「おい、トト。 馬鹿言ってんじゃねぇよ。 事実なんだから仕方ねぇだろ? 考えてもみろよ、こんな引きこもりが世間から注目されてると思うのか? 大した特徴もねぇ奴が、有名になれる訳ねぇだろうが。 気のせいに決まってるだろ? ニート如きで有名になれるとか思ってたら相当イカした頭してるぜ? 有名人になってたらテレビに出たほうが良い。 ウダウダやってる暇あったら、サッサと準備しねぇか。 それともぶん殴られたいか? このスカタン」
ルビアが指を屈伸させると、バキバキと音が鳴った。1分で用意しねぇとブチ殺す。言外にそう言われているようで慌てて用意したのは言うまでもない。
・・・
近くのデパートまで買い物に行く。本当はコンビニで済ませたかったがトトがちょっとだけ駄々をこねた。当初は、魔物がこの世に存在するとなると面倒くさいという事を理由に断るつもりだったが、ルビアはあっという間に擬態(中学生)を終え、次いでトトもルビアの魔力を注ぎ込まれて普通の女の子(大学生)となった。こうなれば、最早断る理由はなくなってしまった。仕方ないし、トトの笑顔のためなら少しぐらい頑張ってみようかと思ったのだが・・・
(絶対、アイツら俺の事笑っているよ・・・)
裏道を歩いていると、やはり視線が痛い。こちらを見て笑っている。社会のゴミ。人間のクズ。今すぐ奇声を上げながら道路に飛び出し脳味噌をぶちまけて死んでしまいたい、気分になる。
でもそれが事実なのだ。
何の取り柄もない俺が息をして平々凡々な生活をして良いはずがない。社会の最底辺がここに居るなんて違法だ。世間様に申し訳が立たない。
「あ、あのね? ゴキブリは元々飛ぶのが苦手で、虫の世界ではかなり弱い位置に存在するの。 被食者って立場だね。 だから、どちらかと言うと菌類とか細菌類の分解者の位置づけされる場合が多いんだよ。 埃とか髪の毛とかでも十分食料として生活できるからね。 あ、でも分解者っていうのは重要なポジションなんだよ? 自然がサイクルするためには分解者が存在しないと、すぐに破綻しちゃうからね。 ところで、自然界では最弱の部類に入るゴキブリがどうやって家と家の間を移動するか知ってる? ねぇ、答えはね・・・ 鞄の中に入って移動するんだよ。 人ごみの中に紛れて鞄と鞄を移動するんだよね。 だから満員電車の中ではもしかしたらゴキブリが移動してるかもしれないって事・・・ ねぇ、聞いてる?」
トトは少しでも気持ちを紛らわそうと、社会のゴミのためなんかに気を使って一生懸命話しかけてくれる。それでも俺はクズだから「あー」とか「うー」とか返すのが精一杯だ。帰りたい。手は握ればヌルヌルするし、シャツを絞れば冷や汗が滝のように流れそうだ。
全力で走って部屋まで帰り、毛布を頭から被って眠りたい。それが許されないのなら、今すぐ死にたい。
「うっさい・・・」
神速のボディブローが突き刺さる。膝をつきそうになった所を胸倉掴んで頭突き。悶える俺をそのまま自動販売機に叩きつける。
「お前、さっきからうぜぇよ。 一人でブツブツ喋ってさぁ・・・ どんだけ自意識過剰なの? 世の中ってのは、一人の人間に執着してる訳ねぇだろうが。 一目見ただけの奴が、五分経ったら覚えてるはずねぇだろ。 社会の底辺を自覚してるんだったら、余計に覚えている理由なんざねぇ。 胸張って前見て歩け、そうすりゃ少しはマシになる。 できなきゃ・・・殺してやる」
鳩尾に一発。リアルな痛み。ねっとりとした汗が額に浮き出る。けれど、崩れ落ちそうになるのを辛うじて耐えた。ここで崩れればルビアの追撃が襲ってくるのを俺は知っている。
倒れれば、多分、つま先を使った蹴りが情け容赦なく腹部を襲ってくるだろう。湧き上がるすっぱいものを飲み込み、片目を閉じて痛みに耐える。自分の足で立つことができず、自販機にもたれたまま痛みが峠を越えるのを待つ。
ルビアは小さく舌打ちし、背を向けた。
「いくぞ、トト」
「え・・・でも・・・」
トトは心配そうな表情を浮かべる。先を行くルビアに一瞥をくれ、そっと手を貸してくれた。
・・・
「ほら、圭太、見て♪ 似合うかな?」
ワンピースを着合わせて、トトは笑顔を見せた。
パジャマで寝癖のまま過ごす日さえあった俺がファッションを全く知るはずもないのだが、トトは楽しそうに服を合わせて見せてくる。トトの方もそれ程詳しくはないらしく、時折パジャマや男性物まで着合わせてやってきた。常識的に考えてもトンチンカンな組み合わせをしてやってくるトトは楽しそうだし、見ていても退屈しない。
女の買い物が長いという愚痴を聞かされることもあるが、トトに限っては無かった。
「自動卵のから割り機だって、普通に手で割れば良いのに・・・ 圭太も、そう思うでしょ? 絶対洗うのが大変だよ」
「そうだね」
クルクルと興味の対象が変わり、手を引っ張って連れて行く。ぼんやりと退屈な待ち時間というのは存在せず、トトに手に掛かればありふれたデパートもアトラクションに早変わりする。
あまりにトトが楽しげに話をするので、時折他人の視線を忘れてしまうこともあった。
デパート内にあるゲームセンターで、トトがゲーム音痴っぷりを披露して大笑いしたところにルビアがやってきた。
「オレが買い物してくるから、テメェらは一時間ぐらい適当に時間を潰してろ」
道中ずっと不機嫌なままだったので、ルビアの提案には喜んで乗った。ついつい遊びすぎたと反省したが、両手にもった巨大なビニール袋を俺とトトに押し付けたっきり特に何も言わなかった。
掃除のために大量の物品を処分したし、同じ屋根の下で暮らす仲間が増えたのでそのために生活用品が必要だった。必要最低量にしても結構な量だ。
「帰るぞ」
ルビアは呟いた。
「・・・んだよ? 文句でもあんのかよ」
「いや・・・」
「はっ。 どうせ最初から遊んでると思ったしな。 期待してねぇよ。 だいたい、トトが大人しくしてる方が不気味だろうが。 ボケナス」
手ぶらになったルビアは、肩凝ったとでも言いたげにグキグキと首を回した。不機嫌なのはいつもだが、それ以上は質問を受け付けない、とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。
怒られないならそれで良いか、そう思って大人しく帰路に就くことにした。
・・・
部屋に戻れば既に時刻は昼過ぎで、なんとなく精神を磨耗して昼飯を作る気力は起きなかった。たまたまルビアが気まぐれで入れたという弁当があったので昼にはソレを食べる事にする。三つあったのだが、全部一人で食べるつもりだったらしい。ルビアの方は足りない、とでも言うようについでに買ってきたカップラーメンにお湯を入れて食べていた。
午後には部屋の埃などの後片付けをするだけで丸一日潰れてしまい、風呂に入ったらすぐに全員床についた。ルビアは当たり前の様にベッド、トトは床に寝ると言い張ったが結局ソファ、残った俺は台所の床に寝袋にくるまって寝る事にする。
二人が寝ているリビングの床ではないのは、ルビアに襲おうと思ったら、ぶち殺す。と脅されたからだ。
最初は「底冷えがして寝ることができないのでは?」という不安があったが、昼間の疲れが一気に出てあっという間に眠りに落ちてしまった。
・・・
「ルビア」
「んだよ・・・」
ベッドの上で横になっているルビアに声を掛けると面倒臭そうに応えた。部屋では見られる心配もないので、元の姿に戻っている。髑髏の模様がある羽が少しだけ動いていた。いつも不機嫌のように見えるが、ここの部屋に居る時はなんとなくリラックスしているようだ。
「本当は圭太のこと・・・心配してるんだよね」
一見すれば罵詈雑言も暴力も感情に任せてしているように見えるが、よく聞けば必ず理由を言っている。デパートで待っている時に遊び呆けていたのに怒らなかったのは、圭太がずっと引きこもっていたからだろう。
最初は外に出るのを嫌がっていた圭太が、公共の場所にいる事ができる。それは大きな進歩だと思ったから、目を瞑ってくれたのだと思う。
「・・・は、バッカじゃないの? なんでオレが心配しなくちゃねんねぇんだよ」
鼻で笑った。
生活のために必要なものを圭太が持っているから。手元に資本がない以上、この世界で生活するためには資本ができるまでは誰かに依存しなくてはいけない。ルビアと圭太の関係はそれだけだと言った。
その言葉は、どこまで本気なのだろう。
ルビアの事だから少なくとも半分位は本気だと思う。しかし、残りの半分はどうなのか。私には三億年の歴史があるけれど、ルビアには私の知らない複雑な過去を背負っている。神様と崇められたり、悪魔と罵られたりと手の平を返されるように翻弄されていたから。友達のはずの私にも滅多な事では本心は教えてくれない。
悪魔は建前で本心は神様
長い付き合いで学んだ事はそれ。もっと素直になって、楽しいとか嬉しいとか色々な感情を出せば良いのにと思う。
「正直じゃないよね、ルビアは」
呟くと、ルビアは五月蝿そうに毛布で顔まで覆った。
話はこれで終わりらしい。強引なところは少しも変わらなくて、少しだけ笑ってしまう。
おやすみ。 ルビア。 また明日ね。
「うっせぇ、馬鹿。 未来が詰まってるからに決まってるんだろうが!!! 」
ベッドの上で寝転がって雑誌を読んでいたが、数冊残されたエロ本の内容について訊ねられるとトトに向けて投げつけられた。ヒョイ、とトトは首を傾げるだけで避ける。雑誌を寝転がった状態で野球ボール並みの速度で投げるルビアもルビアだが、それを難なく躱すトトもトトだ。代わりに雑誌は本棚の角に当たって無残に折れ曲がった。
「あー・・・ もったいない、折角買ってきたのにぃ・・・」
「うぜぇなぁ・・・ その雑誌全部埋めたから良いんだよ。 どうせ大した商品ついてねぇからな」
「え? うそ? これ、昨日発売じゃん。 半日で全部のナンプレを解いたの?」
「ったりめぇだろ? んなもん、解き方が決まってんだから頭の体操ぐれぇにしかなんねぇよ」
「流石、元神様・・・ やることが違うねぇ・・・」
「テメェの場合は頭が3億年前から進歩してねぇんじゃねぇのか?」
ルビアの激しい毒舌をトトはどこ吹く風と受け流す。本棚にぶつかったところを指でなぞり、グシャグシャになった雑誌を拾い上げて手でしわを伸ばしている。物を大切にするとか、まじ、トトちゃん良い子。何かの拍子にトトちゃんが元の姿に戻っても潰さないで、虫かごに入れて保護してあげよう・・・
それに比べて、この蝿の王様と来たら・・・
ドコから取り出したのか今度は人の携帯ゲーム機を弄り回している。
少しはトトを見習えというのだ。
「トト、なんかメシでも食うか?」
「ううん、お構いなくー♪ ありがとねー♪」
「旨いもん」
「お前、少しは遠慮しろよ」
「じゃあ、インスタントかレトルトが良い。 お前の手料理は不味いから」
謙虚なトトに対して、ルビアは全く持って自重する気がない。マジでブチ殺してやりたいが、口喧嘩は勿論のことながら、腕っ節の喧嘩で勝てるわけも無く我慢するしかない。
仕方なしに重い腰をあげて冷蔵庫に向かう。
「・・・なにこれ?」
「どしたの?」
冷蔵庫の扉を開けて絶句しているとヒョッコリとトトが覗き込んできた。一応、食品を入れておくという理由から冷蔵庫だけは唯一といって良いほどルビアが来る前から整理されていたが、今は整理されているどころの話ではない。
空だった。
新品同様と申し上げても問題ないくらい。見事な空。唯一物が入っていたという証として冷たい空気が奥から流れ出ていた。
「空だね。 なんにも入ってない」
「そうだね・・・ なんにも入っていない」
「うーん。 お腹空いてるなら、コレ食べる?」
「気持ちは嬉しいけど、雑誌はスナックみたいに破いて食べるものじゃないからね」
「あ、そっか。 人間は食べられないんだっけ? えへへ・・・ 失敗失敗♪」
ピリピリと雑誌を一口大に千切り口に運び、舌の上に乗せて味わうように転がす。目を閉じて味わった後、白い喉仏が動いて嚥下した。潤いのある唇から溜め息のような長い息が漏れる。
僅かに放心したような恍惚の表情を浮かべて、口の中に残る僅かな余韻を楽しんでいる。
ナンプレ雑誌をここまで気持ち良く間違った使い方をするのは、多分初めてじゃなかろうか・・・
それは良いや。
問題は、冷蔵庫に食べ物が入っていない理由である。
「そりゃ、オレが食ったからに決まってるだろ? オメーが寝てる間に自分でやって食ったんだよ」
「ちょ、お前。 アレ、一週間分の食料だぞ? それをたったの数日でって・・・」
「ガタガタうるせぇ、金玉の小さい糞ガキだなてめぇは? はぁ? 食料自給率低いかもしれねぇけど、日本じゃ児童虐待でもされねぇ限り飢えで死ぬ奴なんかいねぇよ。 ホームレスだって太る飽食の時代だぞ? 冷蔵庫を空にされたぐれぇで、ピーピー騒いでるんじゃねぇよ」
「そうじゃねぇよ!!! また買い出しに行かなきゃなんねぇだろうが!!!」
「行けば良いだろうがボケぇ!!!」
「なんでテメェに指図されにゃ、ならんのじゃ!!! 俺はテメェを養うつもりはねぇからなぁ!?」
「あぁ? 何言ってくれやがるんですか、童貞キモオタニートは? ハナからテメェに期待なんざしてねぇよ、糞ハゲ。 自分の生活費ぐらい自分で用意するわぁ、カスが!!!」
・・・
「圭太ぁ ご飯買いに行こ♪」
「やだよ・・・ 金はやるから買ってきてくれ」
「えー・・・ 圭太ぁ・・・ 一緒に行こうよ。 私、一緒に買い物できるの楽しみだったんだよぉ?」
コテン、と首を傾げて顔を覗き込む。純粋な好意で言ってくれているだけあって思わず目を背けてしまう。
外は恐い。
ゴミ捨て場までは注意すれば誰にも会わずにゴミを捨てにいけるが、コンビニとなれば話は別だ。どんなに会わないように注意しても絶対に人に会う。
他人の視線や人のヒソヒソ声。全ての人間から嘲笑されているような感覚に世界のどこにも自分の居場所がないという感覚に襲われてしまう。それならば、自分の部屋に引きこもっていた方が良い。事実、誰かの目に留まれば人を不快にさせるぐらいだけだから、自分の部屋に閉じこもって誰にも会わないようにした方が良いに決まっている。
「うわぁ、まじ自意識過剰・・・ ねぇわぁ・・・」
「ちょっと、ルビア。 そういう言い方ないでしょ?」
「おい、トト。 馬鹿言ってんじゃねぇよ。 事実なんだから仕方ねぇだろ? 考えてもみろよ、こんな引きこもりが世間から注目されてると思うのか? 大した特徴もねぇ奴が、有名になれる訳ねぇだろうが。 気のせいに決まってるだろ? ニート如きで有名になれるとか思ってたら相当イカした頭してるぜ? 有名人になってたらテレビに出たほうが良い。 ウダウダやってる暇あったら、サッサと準備しねぇか。 それともぶん殴られたいか? このスカタン」
ルビアが指を屈伸させると、バキバキと音が鳴った。1分で用意しねぇとブチ殺す。言外にそう言われているようで慌てて用意したのは言うまでもない。
・・・
近くのデパートまで買い物に行く。本当はコンビニで済ませたかったがトトがちょっとだけ駄々をこねた。当初は、魔物がこの世に存在するとなると面倒くさいという事を理由に断るつもりだったが、ルビアはあっという間に擬態(中学生)を終え、次いでトトもルビアの魔力を注ぎ込まれて普通の女の子(大学生)となった。こうなれば、最早断る理由はなくなってしまった。仕方ないし、トトの笑顔のためなら少しぐらい頑張ってみようかと思ったのだが・・・
(絶対、アイツら俺の事笑っているよ・・・)
裏道を歩いていると、やはり視線が痛い。こちらを見て笑っている。社会のゴミ。人間のクズ。今すぐ奇声を上げながら道路に飛び出し脳味噌をぶちまけて死んでしまいたい、気分になる。
でもそれが事実なのだ。
何の取り柄もない俺が息をして平々凡々な生活をして良いはずがない。社会の最底辺がここに居るなんて違法だ。世間様に申し訳が立たない。
「あ、あのね? ゴキブリは元々飛ぶのが苦手で、虫の世界ではかなり弱い位置に存在するの。 被食者って立場だね。 だから、どちらかと言うと菌類とか細菌類の分解者の位置づけされる場合が多いんだよ。 埃とか髪の毛とかでも十分食料として生活できるからね。 あ、でも分解者っていうのは重要なポジションなんだよ? 自然がサイクルするためには分解者が存在しないと、すぐに破綻しちゃうからね。 ところで、自然界では最弱の部類に入るゴキブリがどうやって家と家の間を移動するか知ってる? ねぇ、答えはね・・・ 鞄の中に入って移動するんだよ。 人ごみの中に紛れて鞄と鞄を移動するんだよね。 だから満員電車の中ではもしかしたらゴキブリが移動してるかもしれないって事・・・ ねぇ、聞いてる?」
トトは少しでも気持ちを紛らわそうと、社会のゴミのためなんかに気を使って一生懸命話しかけてくれる。それでも俺はクズだから「あー」とか「うー」とか返すのが精一杯だ。帰りたい。手は握ればヌルヌルするし、シャツを絞れば冷や汗が滝のように流れそうだ。
全力で走って部屋まで帰り、毛布を頭から被って眠りたい。それが許されないのなら、今すぐ死にたい。
「うっさい・・・」
神速のボディブローが突き刺さる。膝をつきそうになった所を胸倉掴んで頭突き。悶える俺をそのまま自動販売機に叩きつける。
「お前、さっきからうぜぇよ。 一人でブツブツ喋ってさぁ・・・ どんだけ自意識過剰なの? 世の中ってのは、一人の人間に執着してる訳ねぇだろうが。 一目見ただけの奴が、五分経ったら覚えてるはずねぇだろ。 社会の底辺を自覚してるんだったら、余計に覚えている理由なんざねぇ。 胸張って前見て歩け、そうすりゃ少しはマシになる。 できなきゃ・・・殺してやる」
鳩尾に一発。リアルな痛み。ねっとりとした汗が額に浮き出る。けれど、崩れ落ちそうになるのを辛うじて耐えた。ここで崩れればルビアの追撃が襲ってくるのを俺は知っている。
倒れれば、多分、つま先を使った蹴りが情け容赦なく腹部を襲ってくるだろう。湧き上がるすっぱいものを飲み込み、片目を閉じて痛みに耐える。自分の足で立つことができず、自販機にもたれたまま痛みが峠を越えるのを待つ。
ルビアは小さく舌打ちし、背を向けた。
「いくぞ、トト」
「え・・・でも・・・」
トトは心配そうな表情を浮かべる。先を行くルビアに一瞥をくれ、そっと手を貸してくれた。
・・・
「ほら、圭太、見て♪ 似合うかな?」
ワンピースを着合わせて、トトは笑顔を見せた。
パジャマで寝癖のまま過ごす日さえあった俺がファッションを全く知るはずもないのだが、トトは楽しそうに服を合わせて見せてくる。トトの方もそれ程詳しくはないらしく、時折パジャマや男性物まで着合わせてやってきた。常識的に考えてもトンチンカンな組み合わせをしてやってくるトトは楽しそうだし、見ていても退屈しない。
女の買い物が長いという愚痴を聞かされることもあるが、トトに限っては無かった。
「自動卵のから割り機だって、普通に手で割れば良いのに・・・ 圭太も、そう思うでしょ? 絶対洗うのが大変だよ」
「そうだね」
クルクルと興味の対象が変わり、手を引っ張って連れて行く。ぼんやりと退屈な待ち時間というのは存在せず、トトに手に掛かればありふれたデパートもアトラクションに早変わりする。
あまりにトトが楽しげに話をするので、時折他人の視線を忘れてしまうこともあった。
デパート内にあるゲームセンターで、トトがゲーム音痴っぷりを披露して大笑いしたところにルビアがやってきた。
「オレが買い物してくるから、テメェらは一時間ぐらい適当に時間を潰してろ」
道中ずっと不機嫌なままだったので、ルビアの提案には喜んで乗った。ついつい遊びすぎたと反省したが、両手にもった巨大なビニール袋を俺とトトに押し付けたっきり特に何も言わなかった。
掃除のために大量の物品を処分したし、同じ屋根の下で暮らす仲間が増えたのでそのために生活用品が必要だった。必要最低量にしても結構な量だ。
「帰るぞ」
ルビアは呟いた。
「・・・んだよ? 文句でもあんのかよ」
「いや・・・」
「はっ。 どうせ最初から遊んでると思ったしな。 期待してねぇよ。 だいたい、トトが大人しくしてる方が不気味だろうが。 ボケナス」
手ぶらになったルビアは、肩凝ったとでも言いたげにグキグキと首を回した。不機嫌なのはいつもだが、それ以上は質問を受け付けない、とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。
怒られないならそれで良いか、そう思って大人しく帰路に就くことにした。
・・・
部屋に戻れば既に時刻は昼過ぎで、なんとなく精神を磨耗して昼飯を作る気力は起きなかった。たまたまルビアが気まぐれで入れたという弁当があったので昼にはソレを食べる事にする。三つあったのだが、全部一人で食べるつもりだったらしい。ルビアの方は足りない、とでも言うようについでに買ってきたカップラーメンにお湯を入れて食べていた。
午後には部屋の埃などの後片付けをするだけで丸一日潰れてしまい、風呂に入ったらすぐに全員床についた。ルビアは当たり前の様にベッド、トトは床に寝ると言い張ったが結局ソファ、残った俺は台所の床に寝袋にくるまって寝る事にする。
二人が寝ているリビングの床ではないのは、ルビアに襲おうと思ったら、ぶち殺す。と脅されたからだ。
最初は「底冷えがして寝ることができないのでは?」という不安があったが、昼間の疲れが一気に出てあっという間に眠りに落ちてしまった。
・・・
「ルビア」
「んだよ・・・」
ベッドの上で横になっているルビアに声を掛けると面倒臭そうに応えた。部屋では見られる心配もないので、元の姿に戻っている。髑髏の模様がある羽が少しだけ動いていた。いつも不機嫌のように見えるが、ここの部屋に居る時はなんとなくリラックスしているようだ。
「本当は圭太のこと・・・心配してるんだよね」
一見すれば罵詈雑言も暴力も感情に任せてしているように見えるが、よく聞けば必ず理由を言っている。デパートで待っている時に遊び呆けていたのに怒らなかったのは、圭太がずっと引きこもっていたからだろう。
最初は外に出るのを嫌がっていた圭太が、公共の場所にいる事ができる。それは大きな進歩だと思ったから、目を瞑ってくれたのだと思う。
「・・・は、バッカじゃないの? なんでオレが心配しなくちゃねんねぇんだよ」
鼻で笑った。
生活のために必要なものを圭太が持っているから。手元に資本がない以上、この世界で生活するためには資本ができるまでは誰かに依存しなくてはいけない。ルビアと圭太の関係はそれだけだと言った。
その言葉は、どこまで本気なのだろう。
ルビアの事だから少なくとも半分位は本気だと思う。しかし、残りの半分はどうなのか。私には三億年の歴史があるけれど、ルビアには私の知らない複雑な過去を背負っている。神様と崇められたり、悪魔と罵られたりと手の平を返されるように翻弄されていたから。友達のはずの私にも滅多な事では本心は教えてくれない。
悪魔は建前で本心は神様
長い付き合いで学んだ事はそれ。もっと素直になって、楽しいとか嬉しいとか色々な感情を出せば良いのにと思う。
「正直じゃないよね、ルビアは」
呟くと、ルビアは五月蝿そうに毛布で顔まで覆った。
話はこれで終わりらしい。強引なところは少しも変わらなくて、少しだけ笑ってしまう。
おやすみ。 ルビア。 また明日ね。
10/11/19 01:25更新 / 佐藤 敏夫
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