あそばないか?私達は大きいお友達とも楽しく遊んじゃうんだよ?
そんなこんなで、今晩はここに宿泊する事にする。隣の部屋がVIP使用中(馴レーション様)などと書いてあったが、突っ込んだら負けかなと思っている。ごゆっくり、とだけ言い残してエスティーは下がった。
荷物を降ろし、一息入れる。
そろそろ日が沈むのか、東の空は群青色に染まり始めていた。カーテンを閉め、ランプを点けて、明日の予定はどうしようかと思案する。忙しい忙しいと感じ、どこかで休日が欲しいと思っていても、いざ突然休日が与えられると予定が埋まらない。
予定が埋まらないから休日なのだが、職業病なのかポッカリと空いてしまった予定というのは、どうにも落ち着かないものだ。
その時、コツコツと誰かが扉のドアを叩いた。
こんな夜分に誰だろうと思っていると、再び誰かがドアを叩いた。
(開けてみれば分かるか・・・)
カチャリとドアを開けると、五匹のフェアリー達が転がり込んできた。
「「「「「お兄さん遊ぼ!」」」」」
声を揃えて、少女達は言った。手にはトランプやらチェスやら絵本やらを持っていて、自分の持って来た道具で遊ぼうとワイワイと主張している。
「ねぇ、大富豪やろうよぉ〜」
「駄目だよ、スピカは自分の都合の良いように勝手にルール作るじゃん」
「だって、ジョーカーはスペードの3で返せるんだよぉ〜?」
「ダメダメ、Jバックとか聞いた事ないもん!
それより、ボクとチェスやってくれるよね?ボク、チェス強いんだよ?
リーフェにだって勝てるんだ!」
「テイルにもマスターにも勝てないくせに、強いなんて言っちゃ駄目でしょ?」
「あ、あれは調子が悪かっただけだもん!」
「Jバックはあるもん・・・」
「へぇ〜、この前なんて、待った三回して勝てなくて泣きそうになってたのは誰?」
「んぐぅ・・・」
「それにチェスだったら、できるのは二人だけでしょ?
他のみんなの事も考えなきゃ。まったく・・・フェアは周りの事も考えなきゃ
やっぱり、ツイスターゲームだよね?」
「だから、ツイスターゲームは無理だって・・・体格差がありすぎるもん」
「あら、それなら魔法で身体の大きさを揃えれば良いでしょ?」
「リーフェは魔法できるの?
この前、アリスちゃんの家に入る時に間違って窓ガラス割ったじゃん
慌てて、マスターがアクリル板を嵌めてたけど・・・本当は、まだ直してないんでしょ?」
「そこは・・・失敗しないように・・・頑張るもん」
「八切り返しはローカルじゃないもん・・・」
「ね、だから、麻雀やろうよ!森の館のバフォメット様から借りて来たんだよ?」
「それでも良いけど・・・罰ゲームは無しだよぉ、シィル」
「なに言ってるのテリエラ?面白いじゃん、罰ゲーム
それに、正式な麻雀は点数分の血や精を抜くんだよ?」
「そんなの全然麻雀じゃないよぉ・・・
だったら、絵本の方が良い〜」
「一発は実はローカル役なんだよ・・・知ってた?」
俺の意見を全く聞かない内に盛り上がり、そして勝手にあちこちでいらない火花を散らし始めるフェアリー達を見て、どうしたものかと頭を掻く。商売相手の人間でも議論が熱くるとこんな感じにはなるが、フェアリー達の場合は感情で動いているので説得なんてできやしない。どうして落ち着かせたものかと考えていると、更に一匹のフェアリーが飛び込んできた。テイルだ。
「こら〜、ラプラさんが困ってるじゃない
こういう時は、お客さんの意見も聞かないと駄目でしょ」
腕を組みホバリングをしながら、テイルはグルリと五匹のフェアリーを見渡した。多分、お姉さん格なのだろう、ピタリと話を止めてテイルを見上げた。フェアリー達は、互いに顔を見合わせ、それから俺の方を見てそれぞれの玩具を掲げた。
「大富豪が良いよね?」
「いや、ボクとチェスでしょ?」
「ツイスターゲームしようよ!」
「もちろん、麻雀だよね?」
「絵本読んでぇ〜」
どれを選ぶか迷いテイルの方を見るとテ、イルはちょっとだけ苦笑を浮かべて、「もし、迷惑じゃなきゃね」とだけ付け加えた。なんとなく遊んで欲しそうな仕草をしていたし、テイルには助けてもらった礼もしたい。どうせ暇を持て余していたところだ。遊びに付き合うぐらい訳もない。
もう一度、場を見渡す。
大富豪はローカルルールが多すぎるて揉める気がするし、チェスは二人じゃないとできない。ツイスターゲームは、体格差がありすぎる・・・っていうか、ラミアでもないのにどうやって、ツイストするんだ?いずれにしろ、ツイスターゲームは本来の魔物的な意味で危ないから却下だ。以前、エキドナに固められてマジで落とされた。麻雀だけなら良いけど、罰ゲームってのがなぁ・・・
子供相手だから、エスカレートするだろうし・・・
「じゃあ、絵本にしよう」
答えると、テリエルと呼ばれたフェアリーは顔を綻ばせ、四匹のフェアリー達は自分の玩具が選ばれなかった事に残念そうな表情を浮かべた。俺がベッドに腰掛けると、それを取り囲むようにフェアリー達は取り囲んだ。
読んであげるから好きな所に座りな、と声を掛けるとフェアリー達は嬉しそうに顔を輝かせた。
「ボク、お兄さんのとなりぃ〜」
「じゃ、私は逆側」
「お兄さんの膝の上〜」
「あ、テリエラずるいよ
ねぇ、テリエラ、もう少し端によって」
「しょうがないなぁ、シィルは
はい、これで良いでしょ」
「うん、ありがと」
「お兄さんの背中あったかいよぉ」
「スピカ、そんな所でなにやってるのさ」
「お兄ちゃんに負ぶってもらってるのぉ」
他のフェアリー達が、わいわいと賑やかに座る場所を決めている中、テイルは小さく礼を言った。その後、近くに座れそうな場所を探したのだが、座れそうな場所を見つけられずに少し離れた場所に座った。
全員が落ち着いたタイミングを見計らい、絵本を読み始める
「妖精さんと愉快な仲間達」
・・・
心温まる物語だなぁ、と関心しながら本を閉じると小さな寝息が聞こえた。見ればフェアリー達は仲良く眠っていて、幸せそうな笑みを浮かべている。
「寝ちゃったか・・・」
無防備な寝顔を晒しているフェアリー達を見ていると、再び誰かが扉を叩いた。今日は随分と来客が多いみたいだ。
「どうぞ」
「失礼します。
やはり、ここでしたか・・・
フェアリー達が迷惑かけませんでしたか?」
エスティーは申し訳なさそうな表情をしたので、俺は首を振る。行儀良く絵本を聞いていたし、俺が一文を読む度にいちいち反応してくれるのは面白かった。
「すいません、よく言っておきます・・・
では、おやすみなさい」
器用に6匹のフェアリー達と玩具を抱えるとエスティーは下がっていった。
なんとなく、一抹の寂しさを覚えつつ布団を被って寝ることにした。
・・・
次の日
商人にとって怠惰は大罪だと言うが、休める時に休まないのも大罪だろう。そういう訳で惰眠を貪っていると、テイルが呼びに来た。曰く、朝食の準備が出来ているとの事だ。寝巻きから、いつもの服装に着替え、寝癖を直しながら食堂代わりの居間に下りると、まだ覚醒し切っていないパジャマ姿で寝癖のついたフェアリー達が迎えてくれた。
「おはよう」
「「「「「おはよぉ〜・・・」」」」」
声を掛けると、眠そうにフェアリー達は挨拶をしてくれた。エスティーの方だが、ハーピィトレーラーから新聞を受け取りながら談笑していた。一しきり笑った後、料金を払いオマケに何か渡し、ハーピィの方も“またですか?”なんて、少し驚いた表情を作った。わずかに俺の方を見て、俺と視線が合うと少し会釈をすると羽音を立てて飛び去ってしまった。
・・・なんだったんだ?
「おはようございます、眠れましたか?」
「おかげさまで」
「それは良かった、じゃあ、朝食にしますか」
本日の朝食は、トーストと卵とベーコン、そして、ホルスタウロスのミルクだ。中央にはジャムとハニービーの蜂蜜が入った壷が乗せられていて自由に使って良いと告げた。“ありえねー”とか考えていると、魔物と共存(正確には人が共存)しているので糖分は手に入りやすく、おまけに妖精の国では甘い物を大量に仕入れるので馬鹿みたいに安いと説明してくれた。とりあえず、感謝の祈りを捧げてから食べようとすると、全員が固まってこちらを見ていた。
祈りの内容が、食物を与えてくれた神に感謝する内容だったので、地雷でも踏んづけたか!?と背筋に戦慄が走った。
とも思ったのだが、ただ単に珍しかっただけらしい。
むしろ、逆に瞳をランランと輝かせて
「カッコイイ!」
「私もやるぅ!」
「ボクも!」
「教えて教えて!」
などと言い始めたので、一人一人に祈りの手順を教える羽目になった。
まぁ、長々とした文句は全て
「いただきます×6」
の一言に集約される事になったのは責めるまい。しかも、食事の時に毎回やっているみたいだし・・・
フェアリー達は、食事中の間に段々と目が覚めてきたようで、食事もにぎやかになってくる。
「ふぇ、おひぃひゃん、ひょうはひゃにあをう?」
「テリエラ。ちゃんと飲み込んでから話をしな」
「テリエラ。怒られてるぅ〜」
「こら、フェア。アナタも食べ物こぼしてるでしょ!」
「テイルは細かいよぉ〜」
「それを掃除するのは、私とマスターなんだもの」
「スピカ、卵食べないならうね〜」
「う〜ん?・・・あ・・・食べるのにぃ〜・・・リーフェは酷いよぉ〜」
「あ〜・・・ほら、俺の卵をやるからイジケルな・・・」
「わぁ〜、マスターありがと〜」
「ング、ねぇ、お兄ちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「う〜ん、どうしようね・・・」
道中一人で食事をしていた状態と比べると、フェアリー達と囲む食卓というのは随分とフリーダムだ。とても落ち着いて食事ができる状態ではないのだが、どこか心地良いパニックでついつい顔がほころんでしまう自分がいた。
今日は一体、何をしようかと思案する時間を稼ぐためにミルクに口をつける。
口の中に広がる優しい甘みを堪能していると
「!?」
強烈な甘みが広がった、何事かと思って慌てて口を離すとミルクの中に何かが浮いていた。注意深く観察すると、それはジャムだった。五匹のフェアリーとエスティーは何が起きたのかと思ってこちらを注視する。そのなかで、一匹のフェアリーだけが、先にジャムを付けたスプーンを手に笑っていた。
「お兄さん面白〜い」
「こら、シィル!お客さんに失礼だろ!」
「ふぇ〜ん、お兄さ〜ん助けてぇ〜」
どう反応して良いのか分からなくて苦笑をうかべつつも、なんだか心の内が温かくなるのを感じていた。
・・・
とりあえず、その日の午後は部屋の中にいても暇な上に不健康なので外に出る事にする。その事をエスティーに告げると
「すみません、本当は俺が案内すれば良いんですが、時間的な余裕が・・・」
と申し訳なさそうな表情を浮かべた。調度、隣でエスティーの手伝いをしながらその事を聞いていたテイルは
「じゃあ、私が代わりに案内してあげる」
と買って出てくれた。
もっとも、いざ出かけようとすると、他のフェアリー達も目ざとくテイルと俺を見つけてきて
「抜け駆けなんてズルイよ、テイル!」
「そうだ、ボクだって一緒に遊びたい!」
「“あらびき”なんてマスターに言いつけちゃうぞ!」
「お兄ちゃんは、テイルが良いの?
私達とは遊んでくれないの?」
「私も一緒に行く〜!!!」
などと騒ぎ始めたので一緒に行くことになった。
というか、“荒挽き”じゃなくて“逢引き”な。似ていても全然違うぞ、人をソーセージの材料にしないでくれ・・・
外に出ると豊かな自然に抱かれているためか、やはり清々しい気分になる。う〜ん、と身体を伸ばすと、リーフェも俺の真似をした。ピンと軽いデコピンをお見舞いしてやる。その時“ミュ!”なんて変な声を上げたので、全員で大爆笑した。
笑われたリーフェはプーッと子供みたいに頬を膨らませたのだが、ムギュとシィルが頬を潰したので再び笑われる羽目になっていた。
妖精の国というだけあって国には羽の生えた女の子が多い。彼女達は仲良く楽しげに遊びに興じていている。それは争い事とは無縁の風景で、反魔物派の人間がこの情景をみたら一体なんて言うだろうと思わず考えてしまう。
むしろ、恐ろしいのは魔物ではなく人の方かもしれない、と言い出しそうだ。
(ま、行商人の間では常識だけどな)
盗賊に襲われたら荷物や身包みを剥がされるのは可愛い方で、奴隷として売り捌かれたり殺される事も多い。逆に魔物に襲われた場合は食べられるが、命の保障はあるし、場合によっては御土産を持たせてくれる場合がある。
それは行商人の中では、魔王が代がわりして以来
「ヒトという魔物が一番恐ろしい」
という笑えない冗談がまかり通っている。
案外、自分のために何かするという相手の方が陰で恐ろしかったりするものだ。
フェアリー達と道を歩きながら、露店を眺める。
遊んでばっかりいるのかと思いきや、妖精の国というのは経済が発展しているようだ。露店を眺めていると、アマゾネスの集落にあった置物からジパング製の何に使うか分からない日用雑貨まで様々なものが売っていた。
見ているだけで本当に飽きない。
「へぇ・・・意外と経済基盤はしっかりしているのか・・・流通経路も多様、と」
「ねぇ、お兄さん」
「主要産業は・・・へぇ・・・サブカルチャーが主流なのか・・・」
「ねぇ、お兄さんってばぁ〜」
「いや、ハイカルチャーもか・・・妖精達の興味さえ向けばなんでもやるのか・・・」
「聞いてるのぉ?」
「“妖精でも分かる錬金術・初級編”・・・(パラパラ)・・・駄目だこりゃ。全然分からん、エンタルピーってなんだ?
実利を伴わない純粋な興味の追求ってのは、こんなに高度になるものなのか・・・」
「お・に・い・ちゃ・ん!!!」
「うわぁ!」
耳元で叫ばれて耳がカーンとなるのを堪えながら振り向くとフェアが不機嫌に肩の上に乗っていた。フェアリー達は随分と退屈していたらしい。更に目をやると勝手にどっかに行ってしまいそうなフェアリーをテイルが一生懸命まとめていた。
「あぁ・・・ごめん
一冊だけ本を買っていくから。もうちょっとだけ待ってて」
あと五分だけだからね、とテリエラに釘を刺されつつ平積みにされている本を一冊取って店員に渡すと、店番をしていたケサランパサランはニコニコ顔で対応してくれた。
「あははー♪毎度ありー♪」
ついでに、“人間は珍しいから、おまけ〜”と店員は白いフワフワの部分を少し千切って小さな瓶に入れてくれた。幸せになれるクスリらしい。
「これ、大丈夫なの?」
「あははー♪なにがー?」
「いや、中毒性とかないの?」
「多分、大丈夫ー。あははー♪」
「多分、大丈夫って・・・あは、あははは・・・」
「あははー♪」
明らかにニュアンスの違う笑みだったのだが、セサランパサランはあまり拘っていないようだった。
・・・
一通りの露店を回り終えると、フェアリー達は何か食べたいと言ってきた。俺も適度に小腹がすいているので、自然と何か食べようかという話になる。さて、何を食べようかと思案する。
「みんな、何食べたい?」
「ケーキ食べよう!」
「ビスケットが良い!」
「クッキーでしょ」
「甘いパイが食べたいな」
「もちろん、お・に・い・さ・ん」
一瞬、思考が停止したが。シィルがテイルにコツンとやられていた。それから、みんなで笑い始めたので冗談だったらしい。この辺りの冗談は魔物独特なんだろうな、多分。ジョークという事にしておこう。触れない方が身のためだ。
「みんな意見がバラバラだから、ラプラさんの好きな所で決めて欲しいな」
「そうだね」
このまま食べたい物論争をさせると、いつまで経ってもフェアリー達は決まらないだろう。テイルの提案にありがたく乗らせてもらう事にする。フェアリー達は甘い物が好きみたいだし、メニューの多そうな所にすれば問題ないだろう。
「じゃあ・・・そこの喫茶店にしようか」
「「「「「「賛成!!」」」」」」
・・・
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「「お帰りなさ〜い!」」
喫茶店に入るなり、妖精たちが出迎えてくれた。
「あ、お兄ちゃん、こっちこっち!早く早く!ここに座って!
へへ、お兄ちゃんが来てくれて嬉しいな、今日は何にする?」
普通の喫茶店(事実、表の看板に何も書いてなかった・・・)だと思って入ったのだが、そこはなぜか“客”を“お兄ちゃん”呼ばわりする喫茶店だった。店員フェアリー達に引っ張られるようにして席に着かされメニューを渡される。
「テイル・・・妖精の国の喫茶店、全部こんな感じなの?」
「そうだよ?」
テイルに耳打ちすると、何か変?と首を傾げられた。
なんというか、斬新というか・・・新機軸というか・・・随分と客層を絞った店だ。普通に考えたら、こんな店思いついてもやらないよな・・・しかも儲かってる不思議、客も男しかいないし・・・
「私、フワフワショートケーキ!」
「じゃあ、ボク、大人のチョコチップクッキー」
「はい!はい!私、サックリビスケット!」
「真っ赤なアップルパイ!」
あ〜・・・勝手に注文しちゃった
まぁ、良いか・・・そこまで高くないし・・・待たせちゃったもんな
良いの?と視線でテイルは問い掛けて来たが俺は笑って応じる。
「好きなもので良いよ?付き合ってくれた御褒美に御馳走してあげる」
「良いの?・・・じゃあ、天使のドーナッツ」
「それで、良いの?
・・・こっちの森のバスケットとかの方が良いんじゃない?」
「ううん、良いの。ドーナッツが好きなんだ」
本当に何を選んでも構わないのだが、遠慮してテイルは一番安いメニューを選んだ。他の物も勧めてみたが、フルフルと頑なに首を横に振った。6人のフェアリーのまとめ役という自覚があるのだろう。一番こっちの気を使ってくれている。
これ以上、無理に勧めてもテイルを困らせるだけなのでポンポンと頭を撫でてやる。しかし、あまり子供に我慢させるのはよくない。甘えて良いと言われた時ぐらいは遠慮せずに素直に甘えるべきだ。
「俺は、森の果実の詰め合わせで
・・・スピカは?」
ノンビリ屋さんのスピカはまだメニューを決めて悩んでいた。他のフェアリー達は既に決めているので、“早く決めて〜”オーラが全開だ。それに気がついたのかスピカは意を決した様に顔を上げて告げた。
「森の妖精達の遊び場 〜雪景色〜」
・・・
「「「「「「ごちそうさまぁ〜」」」」」」
「また来てね、お兄ちゃん!」
「あぁ・・・うん」
苦笑いを浮かべて応じる。財布が随分と軽くなり、浮いた宿代は見事に消えた。なるほど、“フェアリーの相手込み”というのは良く言ったものだ。しかし、フェアリー達が楽しげに先ほどの時間を語り合っている所に水を差す程、俺も野暮な人間ではない。素敵な笑顔、プライスレスとでもしておこう。
「・・・っと、そろそろ帰ろうか」
声を掛けるとフェアリー達は「えぇ、もう?」とか「まだ、大丈夫だよぉ」などと可愛らしいシュプレヒコールを上げた。まだ太陽は西の方に少し傾いただけだが、結構遠くまで来てしまったので早めに戻った方が良さそうだろう。
「ほら、マスターだって遅く帰ってきたら心配するだろ?」
「むぅ〜仕方ないなぁ〜・・・」
「あ、そうだ、しりとりしながら帰ろうよ!」
「そうだね、じゃあ、俺から・・・しりとり」
「リャナンシー!」
「い、い、い・・・」
妖精の国を鮮やかに染めるオレンジ色の太陽に照らされながら、俺達は楽しみながら帰路に就いた。
荷物を降ろし、一息入れる。
そろそろ日が沈むのか、東の空は群青色に染まり始めていた。カーテンを閉め、ランプを点けて、明日の予定はどうしようかと思案する。忙しい忙しいと感じ、どこかで休日が欲しいと思っていても、いざ突然休日が与えられると予定が埋まらない。
予定が埋まらないから休日なのだが、職業病なのかポッカリと空いてしまった予定というのは、どうにも落ち着かないものだ。
その時、コツコツと誰かが扉のドアを叩いた。
こんな夜分に誰だろうと思っていると、再び誰かがドアを叩いた。
(開けてみれば分かるか・・・)
カチャリとドアを開けると、五匹のフェアリー達が転がり込んできた。
「「「「「お兄さん遊ぼ!」」」」」
声を揃えて、少女達は言った。手にはトランプやらチェスやら絵本やらを持っていて、自分の持って来た道具で遊ぼうとワイワイと主張している。
「ねぇ、大富豪やろうよぉ〜」
「駄目だよ、スピカは自分の都合の良いように勝手にルール作るじゃん」
「だって、ジョーカーはスペードの3で返せるんだよぉ〜?」
「ダメダメ、Jバックとか聞いた事ないもん!
それより、ボクとチェスやってくれるよね?ボク、チェス強いんだよ?
リーフェにだって勝てるんだ!」
「テイルにもマスターにも勝てないくせに、強いなんて言っちゃ駄目でしょ?」
「あ、あれは調子が悪かっただけだもん!」
「Jバックはあるもん・・・」
「へぇ〜、この前なんて、待った三回して勝てなくて泣きそうになってたのは誰?」
「んぐぅ・・・」
「それにチェスだったら、できるのは二人だけでしょ?
他のみんなの事も考えなきゃ。まったく・・・フェアは周りの事も考えなきゃ
やっぱり、ツイスターゲームだよね?」
「だから、ツイスターゲームは無理だって・・・体格差がありすぎるもん」
「あら、それなら魔法で身体の大きさを揃えれば良いでしょ?」
「リーフェは魔法できるの?
この前、アリスちゃんの家に入る時に間違って窓ガラス割ったじゃん
慌てて、マスターがアクリル板を嵌めてたけど・・・本当は、まだ直してないんでしょ?」
「そこは・・・失敗しないように・・・頑張るもん」
「八切り返しはローカルじゃないもん・・・」
「ね、だから、麻雀やろうよ!森の館のバフォメット様から借りて来たんだよ?」
「それでも良いけど・・・罰ゲームは無しだよぉ、シィル」
「なに言ってるのテリエラ?面白いじゃん、罰ゲーム
それに、正式な麻雀は点数分の血や精を抜くんだよ?」
「そんなの全然麻雀じゃないよぉ・・・
だったら、絵本の方が良い〜」
「一発は実はローカル役なんだよ・・・知ってた?」
俺の意見を全く聞かない内に盛り上がり、そして勝手にあちこちでいらない火花を散らし始めるフェアリー達を見て、どうしたものかと頭を掻く。商売相手の人間でも議論が熱くるとこんな感じにはなるが、フェアリー達の場合は感情で動いているので説得なんてできやしない。どうして落ち着かせたものかと考えていると、更に一匹のフェアリーが飛び込んできた。テイルだ。
「こら〜、ラプラさんが困ってるじゃない
こういう時は、お客さんの意見も聞かないと駄目でしょ」
腕を組みホバリングをしながら、テイルはグルリと五匹のフェアリーを見渡した。多分、お姉さん格なのだろう、ピタリと話を止めてテイルを見上げた。フェアリー達は、互いに顔を見合わせ、それから俺の方を見てそれぞれの玩具を掲げた。
「大富豪が良いよね?」
「いや、ボクとチェスでしょ?」
「ツイスターゲームしようよ!」
「もちろん、麻雀だよね?」
「絵本読んでぇ〜」
どれを選ぶか迷いテイルの方を見るとテ、イルはちょっとだけ苦笑を浮かべて、「もし、迷惑じゃなきゃね」とだけ付け加えた。なんとなく遊んで欲しそうな仕草をしていたし、テイルには助けてもらった礼もしたい。どうせ暇を持て余していたところだ。遊びに付き合うぐらい訳もない。
もう一度、場を見渡す。
大富豪はローカルルールが多すぎるて揉める気がするし、チェスは二人じゃないとできない。ツイスターゲームは、体格差がありすぎる・・・っていうか、ラミアでもないのにどうやって、ツイストするんだ?いずれにしろ、ツイスターゲームは本来の魔物的な意味で危ないから却下だ。以前、エキドナに固められてマジで落とされた。麻雀だけなら良いけど、罰ゲームってのがなぁ・・・
子供相手だから、エスカレートするだろうし・・・
「じゃあ、絵本にしよう」
答えると、テリエルと呼ばれたフェアリーは顔を綻ばせ、四匹のフェアリー達は自分の玩具が選ばれなかった事に残念そうな表情を浮かべた。俺がベッドに腰掛けると、それを取り囲むようにフェアリー達は取り囲んだ。
読んであげるから好きな所に座りな、と声を掛けるとフェアリー達は嬉しそうに顔を輝かせた。
「ボク、お兄さんのとなりぃ〜」
「じゃ、私は逆側」
「お兄さんの膝の上〜」
「あ、テリエラずるいよ
ねぇ、テリエラ、もう少し端によって」
「しょうがないなぁ、シィルは
はい、これで良いでしょ」
「うん、ありがと」
「お兄さんの背中あったかいよぉ」
「スピカ、そんな所でなにやってるのさ」
「お兄ちゃんに負ぶってもらってるのぉ」
他のフェアリー達が、わいわいと賑やかに座る場所を決めている中、テイルは小さく礼を言った。その後、近くに座れそうな場所を探したのだが、座れそうな場所を見つけられずに少し離れた場所に座った。
全員が落ち着いたタイミングを見計らい、絵本を読み始める
「妖精さんと愉快な仲間達」
・・・
心温まる物語だなぁ、と関心しながら本を閉じると小さな寝息が聞こえた。見ればフェアリー達は仲良く眠っていて、幸せそうな笑みを浮かべている。
「寝ちゃったか・・・」
無防備な寝顔を晒しているフェアリー達を見ていると、再び誰かが扉を叩いた。今日は随分と来客が多いみたいだ。
「どうぞ」
「失礼します。
やはり、ここでしたか・・・
フェアリー達が迷惑かけませんでしたか?」
エスティーは申し訳なさそうな表情をしたので、俺は首を振る。行儀良く絵本を聞いていたし、俺が一文を読む度にいちいち反応してくれるのは面白かった。
「すいません、よく言っておきます・・・
では、おやすみなさい」
器用に6匹のフェアリー達と玩具を抱えるとエスティーは下がっていった。
なんとなく、一抹の寂しさを覚えつつ布団を被って寝ることにした。
・・・
次の日
商人にとって怠惰は大罪だと言うが、休める時に休まないのも大罪だろう。そういう訳で惰眠を貪っていると、テイルが呼びに来た。曰く、朝食の準備が出来ているとの事だ。寝巻きから、いつもの服装に着替え、寝癖を直しながら食堂代わりの居間に下りると、まだ覚醒し切っていないパジャマ姿で寝癖のついたフェアリー達が迎えてくれた。
「おはよう」
「「「「「おはよぉ〜・・・」」」」」
声を掛けると、眠そうにフェアリー達は挨拶をしてくれた。エスティーの方だが、ハーピィトレーラーから新聞を受け取りながら談笑していた。一しきり笑った後、料金を払いオマケに何か渡し、ハーピィの方も“またですか?”なんて、少し驚いた表情を作った。わずかに俺の方を見て、俺と視線が合うと少し会釈をすると羽音を立てて飛び去ってしまった。
・・・なんだったんだ?
「おはようございます、眠れましたか?」
「おかげさまで」
「それは良かった、じゃあ、朝食にしますか」
本日の朝食は、トーストと卵とベーコン、そして、ホルスタウロスのミルクだ。中央にはジャムとハニービーの蜂蜜が入った壷が乗せられていて自由に使って良いと告げた。“ありえねー”とか考えていると、魔物と共存(正確には人が共存)しているので糖分は手に入りやすく、おまけに妖精の国では甘い物を大量に仕入れるので馬鹿みたいに安いと説明してくれた。とりあえず、感謝の祈りを捧げてから食べようとすると、全員が固まってこちらを見ていた。
祈りの内容が、食物を与えてくれた神に感謝する内容だったので、地雷でも踏んづけたか!?と背筋に戦慄が走った。
とも思ったのだが、ただ単に珍しかっただけらしい。
むしろ、逆に瞳をランランと輝かせて
「カッコイイ!」
「私もやるぅ!」
「ボクも!」
「教えて教えて!」
などと言い始めたので、一人一人に祈りの手順を教える羽目になった。
まぁ、長々とした文句は全て
「いただきます×6」
の一言に集約される事になったのは責めるまい。しかも、食事の時に毎回やっているみたいだし・・・
フェアリー達は、食事中の間に段々と目が覚めてきたようで、食事もにぎやかになってくる。
「ふぇ、おひぃひゃん、ひょうはひゃにあをう?」
「テリエラ。ちゃんと飲み込んでから話をしな」
「テリエラ。怒られてるぅ〜」
「こら、フェア。アナタも食べ物こぼしてるでしょ!」
「テイルは細かいよぉ〜」
「それを掃除するのは、私とマスターなんだもの」
「スピカ、卵食べないならうね〜」
「う〜ん?・・・あ・・・食べるのにぃ〜・・・リーフェは酷いよぉ〜」
「あ〜・・・ほら、俺の卵をやるからイジケルな・・・」
「わぁ〜、マスターありがと〜」
「ング、ねぇ、お兄ちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「う〜ん、どうしようね・・・」
道中一人で食事をしていた状態と比べると、フェアリー達と囲む食卓というのは随分とフリーダムだ。とても落ち着いて食事ができる状態ではないのだが、どこか心地良いパニックでついつい顔がほころんでしまう自分がいた。
今日は一体、何をしようかと思案する時間を稼ぐためにミルクに口をつける。
口の中に広がる優しい甘みを堪能していると
「!?」
強烈な甘みが広がった、何事かと思って慌てて口を離すとミルクの中に何かが浮いていた。注意深く観察すると、それはジャムだった。五匹のフェアリーとエスティーは何が起きたのかと思ってこちらを注視する。そのなかで、一匹のフェアリーだけが、先にジャムを付けたスプーンを手に笑っていた。
「お兄さん面白〜い」
「こら、シィル!お客さんに失礼だろ!」
「ふぇ〜ん、お兄さ〜ん助けてぇ〜」
どう反応して良いのか分からなくて苦笑をうかべつつも、なんだか心の内が温かくなるのを感じていた。
・・・
とりあえず、その日の午後は部屋の中にいても暇な上に不健康なので外に出る事にする。その事をエスティーに告げると
「すみません、本当は俺が案内すれば良いんですが、時間的な余裕が・・・」
と申し訳なさそうな表情を浮かべた。調度、隣でエスティーの手伝いをしながらその事を聞いていたテイルは
「じゃあ、私が代わりに案内してあげる」
と買って出てくれた。
もっとも、いざ出かけようとすると、他のフェアリー達も目ざとくテイルと俺を見つけてきて
「抜け駆けなんてズルイよ、テイル!」
「そうだ、ボクだって一緒に遊びたい!」
「“あらびき”なんてマスターに言いつけちゃうぞ!」
「お兄ちゃんは、テイルが良いの?
私達とは遊んでくれないの?」
「私も一緒に行く〜!!!」
などと騒ぎ始めたので一緒に行くことになった。
というか、“荒挽き”じゃなくて“逢引き”な。似ていても全然違うぞ、人をソーセージの材料にしないでくれ・・・
外に出ると豊かな自然に抱かれているためか、やはり清々しい気分になる。う〜ん、と身体を伸ばすと、リーフェも俺の真似をした。ピンと軽いデコピンをお見舞いしてやる。その時“ミュ!”なんて変な声を上げたので、全員で大爆笑した。
笑われたリーフェはプーッと子供みたいに頬を膨らませたのだが、ムギュとシィルが頬を潰したので再び笑われる羽目になっていた。
妖精の国というだけあって国には羽の生えた女の子が多い。彼女達は仲良く楽しげに遊びに興じていている。それは争い事とは無縁の風景で、反魔物派の人間がこの情景をみたら一体なんて言うだろうと思わず考えてしまう。
むしろ、恐ろしいのは魔物ではなく人の方かもしれない、と言い出しそうだ。
(ま、行商人の間では常識だけどな)
盗賊に襲われたら荷物や身包みを剥がされるのは可愛い方で、奴隷として売り捌かれたり殺される事も多い。逆に魔物に襲われた場合は食べられるが、命の保障はあるし、場合によっては御土産を持たせてくれる場合がある。
それは行商人の中では、魔王が代がわりして以来
「ヒトという魔物が一番恐ろしい」
という笑えない冗談がまかり通っている。
案外、自分のために何かするという相手の方が陰で恐ろしかったりするものだ。
フェアリー達と道を歩きながら、露店を眺める。
遊んでばっかりいるのかと思いきや、妖精の国というのは経済が発展しているようだ。露店を眺めていると、アマゾネスの集落にあった置物からジパング製の何に使うか分からない日用雑貨まで様々なものが売っていた。
見ているだけで本当に飽きない。
「へぇ・・・意外と経済基盤はしっかりしているのか・・・流通経路も多様、と」
「ねぇ、お兄さん」
「主要産業は・・・へぇ・・・サブカルチャーが主流なのか・・・」
「ねぇ、お兄さんってばぁ〜」
「いや、ハイカルチャーもか・・・妖精達の興味さえ向けばなんでもやるのか・・・」
「聞いてるのぉ?」
「“妖精でも分かる錬金術・初級編”・・・(パラパラ)・・・駄目だこりゃ。全然分からん、エンタルピーってなんだ?
実利を伴わない純粋な興味の追求ってのは、こんなに高度になるものなのか・・・」
「お・に・い・ちゃ・ん!!!」
「うわぁ!」
耳元で叫ばれて耳がカーンとなるのを堪えながら振り向くとフェアが不機嫌に肩の上に乗っていた。フェアリー達は随分と退屈していたらしい。更に目をやると勝手にどっかに行ってしまいそうなフェアリーをテイルが一生懸命まとめていた。
「あぁ・・・ごめん
一冊だけ本を買っていくから。もうちょっとだけ待ってて」
あと五分だけだからね、とテリエラに釘を刺されつつ平積みにされている本を一冊取って店員に渡すと、店番をしていたケサランパサランはニコニコ顔で対応してくれた。
「あははー♪毎度ありー♪」
ついでに、“人間は珍しいから、おまけ〜”と店員は白いフワフワの部分を少し千切って小さな瓶に入れてくれた。幸せになれるクスリらしい。
「これ、大丈夫なの?」
「あははー♪なにがー?」
「いや、中毒性とかないの?」
「多分、大丈夫ー。あははー♪」
「多分、大丈夫って・・・あは、あははは・・・」
「あははー♪」
明らかにニュアンスの違う笑みだったのだが、セサランパサランはあまり拘っていないようだった。
・・・
一通りの露店を回り終えると、フェアリー達は何か食べたいと言ってきた。俺も適度に小腹がすいているので、自然と何か食べようかという話になる。さて、何を食べようかと思案する。
「みんな、何食べたい?」
「ケーキ食べよう!」
「ビスケットが良い!」
「クッキーでしょ」
「甘いパイが食べたいな」
「もちろん、お・に・い・さ・ん」
一瞬、思考が停止したが。シィルがテイルにコツンとやられていた。それから、みんなで笑い始めたので冗談だったらしい。この辺りの冗談は魔物独特なんだろうな、多分。ジョークという事にしておこう。触れない方が身のためだ。
「みんな意見がバラバラだから、ラプラさんの好きな所で決めて欲しいな」
「そうだね」
このまま食べたい物論争をさせると、いつまで経ってもフェアリー達は決まらないだろう。テイルの提案にありがたく乗らせてもらう事にする。フェアリー達は甘い物が好きみたいだし、メニューの多そうな所にすれば問題ないだろう。
「じゃあ・・・そこの喫茶店にしようか」
「「「「「「賛成!!」」」」」」
・・・
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「「お帰りなさ〜い!」」
喫茶店に入るなり、妖精たちが出迎えてくれた。
「あ、お兄ちゃん、こっちこっち!早く早く!ここに座って!
へへ、お兄ちゃんが来てくれて嬉しいな、今日は何にする?」
普通の喫茶店(事実、表の看板に何も書いてなかった・・・)だと思って入ったのだが、そこはなぜか“客”を“お兄ちゃん”呼ばわりする喫茶店だった。店員フェアリー達に引っ張られるようにして席に着かされメニューを渡される。
「テイル・・・妖精の国の喫茶店、全部こんな感じなの?」
「そうだよ?」
テイルに耳打ちすると、何か変?と首を傾げられた。
なんというか、斬新というか・・・新機軸というか・・・随分と客層を絞った店だ。普通に考えたら、こんな店思いついてもやらないよな・・・しかも儲かってる不思議、客も男しかいないし・・・
「私、フワフワショートケーキ!」
「じゃあ、ボク、大人のチョコチップクッキー」
「はい!はい!私、サックリビスケット!」
「真っ赤なアップルパイ!」
あ〜・・・勝手に注文しちゃった
まぁ、良いか・・・そこまで高くないし・・・待たせちゃったもんな
良いの?と視線でテイルは問い掛けて来たが俺は笑って応じる。
「好きなもので良いよ?付き合ってくれた御褒美に御馳走してあげる」
「良いの?・・・じゃあ、天使のドーナッツ」
「それで、良いの?
・・・こっちの森のバスケットとかの方が良いんじゃない?」
「ううん、良いの。ドーナッツが好きなんだ」
本当に何を選んでも構わないのだが、遠慮してテイルは一番安いメニューを選んだ。他の物も勧めてみたが、フルフルと頑なに首を横に振った。6人のフェアリーのまとめ役という自覚があるのだろう。一番こっちの気を使ってくれている。
これ以上、無理に勧めてもテイルを困らせるだけなのでポンポンと頭を撫でてやる。しかし、あまり子供に我慢させるのはよくない。甘えて良いと言われた時ぐらいは遠慮せずに素直に甘えるべきだ。
「俺は、森の果実の詰め合わせで
・・・スピカは?」
ノンビリ屋さんのスピカはまだメニューを決めて悩んでいた。他のフェアリー達は既に決めているので、“早く決めて〜”オーラが全開だ。それに気がついたのかスピカは意を決した様に顔を上げて告げた。
「森の妖精達の遊び場 〜雪景色〜」
・・・
「「「「「「ごちそうさまぁ〜」」」」」」
「また来てね、お兄ちゃん!」
「あぁ・・・うん」
苦笑いを浮かべて応じる。財布が随分と軽くなり、浮いた宿代は見事に消えた。なるほど、“フェアリーの相手込み”というのは良く言ったものだ。しかし、フェアリー達が楽しげに先ほどの時間を語り合っている所に水を差す程、俺も野暮な人間ではない。素敵な笑顔、プライスレスとでもしておこう。
「・・・っと、そろそろ帰ろうか」
声を掛けるとフェアリー達は「えぇ、もう?」とか「まだ、大丈夫だよぉ」などと可愛らしいシュプレヒコールを上げた。まだ太陽は西の方に少し傾いただけだが、結構遠くまで来てしまったので早めに戻った方が良さそうだろう。
「ほら、マスターだって遅く帰ってきたら心配するだろ?」
「むぅ〜仕方ないなぁ〜・・・」
「あ、そうだ、しりとりしながら帰ろうよ!」
「そうだね、じゃあ、俺から・・・しりとり」
「リャナンシー!」
「い、い、い・・・」
妖精の国を鮮やかに染めるオレンジ色の太陽に照らされながら、俺達は楽しみながら帰路に就いた。
10/05/31 22:16更新 / 佐藤 敏夫
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