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魔物娘!マジカルダービー!!
「「魔物娘!マジカルダービー!!」」


今や絶賛大人気となったこのアプリ、スマホを開けばプレイしている男性は多い

良くあるゲーム内容とはいえ、見た目の可愛さ、シナリオの熱さ、育成の遣り甲斐、歴史上で史実にあったものを再現、ほんの少しのオマケと良いところを上げればキリがない

しかしながらR18禁ではないので学生も出来る安心設定、なんでも最近出没したという魔物娘たちとゲームと通じて知って欲しいという狙いもあるらしい


課金要素も勿論あるがそこは人それぞれ、ある程度無課金でも良いぐらいだ


男なんて所詮(エロ、収集、競争)これに限るのだ、それが3つも入ってるので流行らないわけが無い(かねて言うが18禁では無い

かくいういい歳したおっさんな僕もやってる訳ですが仕事←→家だけの毎日に潤いが出来、仕事も少し捗っていたそんなある日。。。



「斎藤くん、異動だ」

そう年下の上司に言われた



送迎会もそこそこに何十年もやっていた仕事を終える事になった・・・



新しい職場は元々居た都市から離れ、はるか昔に遠足で来た田舎町

渡された薄い企画書によると件のゲームが深く関わるらしいという

バスで向かうのだが待つ時間がたっぷりあるほど本数が少ない、時間もあるしのんびり行くか・・・

「あ〜、どれに乗ればいいんだ〜?」

ふと見ると小さな女の子が複数あるバス停の時刻表と行き先を見ているがバス停が同じでも行き先が違うバスがあるので困惑しているらしい

周りに人も居ないしここなら少し判るので助け船を出す


「ありがとうございます〜〜」

行き先は途中までだが同じバスだった、乗り換えの中継地点が下り場だったようだ

彼女もまた魔物娘でホブゴブリンのようである、なんでも旦那さんが仕事で手が離せないから代わりにおつかいをしたもののバスのメモを無くして途方に暮れていたらしい、そんな雑談をしていたら乗り換えのバス停に着いた


「ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!!」
深々と彼女の旦那さんがお礼を言う、遅くなっていた為バス停で待っていたようだ

温泉宿を経営しているという夫婦にバスが来るまでお礼を言われ、目的地のバスへ乗り込む

良い夫婦だなぁ、と思いつつ再び企画書に目を落とす


なんでも現実でマジカルダービーを再現するというプロジェクトチームに選ばれたという

と言うと聞こえは良いが要はダービーに出る選手の雑用係をしろというもの


野球部の補欠兼マネージャーもどきはやったことはあるが本当に雑用だしな・・・期待半分はあるものの残念も半分

仕事は仕事、やれるだけやってみよう

ここに僕が担当する魔物娘がいるのか・・・

一戸建ての家とは言わないがコテージにも似た建物を尋ねる


ドアをノックしようとした後ろから声を掛けられた

「アンタがわ・・私の付き人?」


振り向くと目もくらむような美少女、ゲームの様な、いやそれ以上の姿

確か「早くどいてくれる?早くシャワーを浴びたいんだけど」


あっ、ああすまんと退くとさっさと建物に入ってしまった


しばらく呆然としていた、流石に年頃の娘さんがいる家に了解も無く入る訳にはいかないので外でそのまま待つことに


ああ、確か彼女はワイバーンだ

ドラゴン族だが友好的で親しみやすいとアプリにも乗っていたがどちらかというとドラゴンの様なキツさが言葉ににじみ出ていた

ドラゴンほど力は無いものの旋回性や瞬間加速はドラゴンをも上回る

最終的な力はドラゴンのほ「いつまで外に突っ立てんのよ!早く入りなさいよ!」

あっ、ごめん
とまた情けない声を出しながら建物に入る

「トップも済ませたし今日の1時間後に大会予選が始まるからアンタも準備しなさい」

ああ・・・確かゲームでもパートナーが同行しなければ予選に参加出来なかあったな

しかも同じ建物にほぼ同棲するという設定もあるならここに僕も大会が終わるまで住む事になる

とはいえ彼女の荷物や私物がある


ゲームと同じなら・・・

あった、居住区を完全に分けられる屋根裏部屋が僕の寝床になる

荷物はここに置いて「ぼやっとしないでさっさと行くわよ!」


そんなにツンツンしなくてもいいんじゃ・・・と思いつつ、まぁ若い女性の付き人がこんなおっさんだとそうなるのも無理は無い、素直に従いレース場へ向かう


レースと言っても走るのでは無く、彼女たちは地面スレスレのコースを翼で飛ぶのだ

いわば翼のある魔物娘達が予選、準決勝、決勝と3回に分けて競い合うのだ


まずは予選で20人を15人までに絞り込む


そして参加種族は翼があるというだけで参加している、はた目からやる気があるのか無いのか判らない

ざっと見てワイバーン、ドラゴン、グリフォン、ハーピー、ブラックハーピー達だ


さっきから黙って前を歩いていたワイバーンが口を開く
「アンタ、名前は?」

そいうえば自己紹介も何もしていない、斎藤です、よろしくお願いしますと月並みにの言葉を出す


「サイトウね、こんなかったるい事に付き合わされてアンタも災難ね、私はフォル、テキトーにやってくるんでよろしく」


そう気だるそうにレース場へ向かう

レースにエントリー手配するのも付き人の役目だ、細かい書類や契約などを大会委員会に申請する

レースの数は違えどアプリさながらだ

エントリーが終わりいよいよレースが始まった


距離は予選で短距離、準決勝は中距離、決勝は長距離になっている

参加する魔物娘たちを見るにワイバーンなら上位には食い込める筈だ

そう思っていたが・・・・



早い、早すぎる

流石はワイバーン、1番に躍り出て低空飛行でゴールへ向かう



・・・が距離が三分の一当たりで速度が落ち始める

コースの半分では力のあるドラゴン達が追い抜いていく

後半になるとドラゴン以外の魔物娘達が後続に迫ってくる



結果は20人中12位、予選は突破だが・・・

息も絶え絶えな彼女にハンドタオルとドリンクを渡す
ハーピーやグリフォン達は予選敗退、残ったのはワイバーンや複数のドラゴン族のみ


おかしい

確か加速だけなら最高速が出るのが遅いドラゴンをも勝る筈だ

ましてや短距離でこれとは


「予選、通過したからいいでしょ!」


ツンっとした態度を崩さない彼女に違和感を感じつつレース場を後にする
やる気が無いわけじゃない、むしろ抑え込んでいる感じがある

違和感は晴れないままだった


次回の準決勝では中距離、15人を10人に絞るレースだ
それは一か月後になる、アプリなら1年だがそこは現実なのでそんなものかとも思う


しかし部屋が違うとはいえ若い女性と独身のおっさんが同じ家に住むのか・・・
ゲームなら容易だが現実となるとそうはいかない

ゲームなら1年をトレーニングし、強豪たちと戦うのだがそんなコマンドなんかは出るハズもなくその日を終える・・・


おっさんの朝は早い、日が上がる少し前から目が覚めてしまうのだ

とは言え付き人なので朝食を用意する必要がある、彼女の好みは判らないがごはんとみそ汁、漬物とサラダ、ベーコンエッグを用意する


台所と食堂は彼女が行き来する部屋とは分けられている為、直接接触することは無い

・・・出来た、独り暮らしで身に着けた料理スキル2ぐらいだがそこそこの出来栄え

朝食が出来た事をフォルに伝えようと部屋のドアをノックする

反応が無い・・・

先に食べる訳にもいかないので昨日のレースのレポートを書く
フォルにどれだけのやる気があるかは判らないが参加する以上出来る限りのことをするのだ


レポートを書き、起こしに行った朝7時から3時間経った


フォルが物凄く眠そうな顔で部屋から出てくる


ハンドタオルを渡し、少し冷めたが朝食を勧めてみるが・・・

「・・・朝とか食べないし、コーヒーだけで良いし」


赤い髪を揺らし、飲み物だけを飲み、彼女とレース場での朝のトレーニングに向かう


元々飛翔が速い種族だ、古い竜ならともかく若い竜なら経験値もあまりないだろうしトレーニングで能力は上がるだろう

邪魔にならない様、付き人としてレポートを取る


・・・早い、やはり早いのだ脚質として小柄なワイバーンなので逃げの脚質なのは合っているが

目に見えて途中から失速する、明らかなスタミナ不足だ


ある程度は訓練で付けれるだろうが、基本的な所が躓いている


レース場にある簡易的な食事を用意し、フォルと共に食べる

昼からもトレーニングを行うが多少早くはなるもののやはり失速が大きい



改善できれば優勝も狙えるはずだがさて・・・今のままでは準決勝も難しい

本気にならなければ、勝てない

そしてまずは僕が本気になるのだ



次の日の朝

朝食を用意する、スタミナ不足は朝食を食べない、夕食のみ食べる、野菜は食べないなどだ

とは言え生野菜のサラダを出してすんなり食べるかと言うと難しい、そこで


7時過ぎに古典的だがフライパンを叩いてフォルを起こす

「だあああ!!!いままだ朝じゃ・・朝よ!?ナンデ起こすの!!」

付き人として、レースのサポーターとして、勝ちを狙うために朝食をしっかり摂ってもらう!


真摯に説得すること5分

「・・・わかったわよ!食べればいいんでしょ食べれば!」

折れてくれた、良かった

ここで失敗していれば後の引き出しが無かったので助かった


「朝から結構な量ね・・・」


用意したのは肉のそぼろご飯、大きめのハンバーグとオレンジジュースだ
コーヒーもある

若い娘さんなんだし大丈夫!と後から考えればセクハラになるなぁと朝食を勧める

しかめっ面をしながらもモグモグと食べてくれた


成功だ!
突貫工事ではあったが料理スキルを上げた甲斐があった


胃を落ち着かせた後にレース場にてトレーニングをおこなう


・・・思った通り、失速はするものの速度がやや落ちにくくなっている
朝食は脳と身体の起爆剤なのだから摂っていなければ幾らワイバーンといえた体力の量が違う

昼はレース場の簡易食料で済ましたがここも持ち込みに変えた方が良いかもしれない


夜は朝よりもあっさりしたもののに切り替える
フォルにとっては夜にがっつりしたものを食べていたらしいので苦情を言うが

美容と健康の為にもなるし、若いうちから習慣付ければ後々の為にもなると説得し晩御飯を済ませる

フォルは渋々だったが判ってくれたようだ


それを3日、4日と過ごしていくとスタミナが改善していく

野菜を摂らずに穀物や肉ばかりではここまで行かなかっただろう


昼も簡易食料ではなく、味に飽きさせないためにも若者なら大好きであろう鶏のから揚げや春巻きなどを用意した


1週間後にはスタミナがかなりアップしたのが目に見える

フォルが訊ねてくる
「のう・・ねえアンタ、私に何を食べさせてるの?明らかに強くなっているのは判るけどヤバイものでも混ぜてるの?!」


赤いつり目がこちらをにらみつける


首を振る、そして解説


実ははじめから野菜中心の食事に切り替えていたのだ

「野菜?サラダなんて一度も出てないわよ?」

ますますフォルの瞳がきつくなるが本社の偉いさんの理不尽な怒りに比べれば可愛いものである

肉のそぼろに見えていたのは人参のそぼろ炒め
ハンバーグに見えていたのは野菜と大豆で出来たヘルシー豆腐ハンバーグ

唐揚げは流石に鶏だがビタミンが豊富だし春巻きの中身は殆ど野菜だ

コーヒーからオレンジジュースに変えた事も繊維質が取れるし、夜食を控えめにする事で身体に掛かる負担を抑える事が出来る

何より早めに身体を起こす事が・・・と
「あ、そ」とそこまで聞くとトレーニングにフォルは戻っていた


それから1週間近くがたったがスピードとスタミナが伸び悩んだ

少しずつだがフォルもやる気になってくれているし、物腰も前より柔らか・・・になった様な気もする

初期に比べれば改善はしているが・・・大会まであと残り1週間


これ以上伸ばせれる可能性を模索しながら夕食の材料を仕入れる

普通のやり方だけではまだ足りない、そう少し薄くなった頭を撫でながら悩んでいると路地か細い声が聞こえる


昔から他の人が気にも留めない細かい物が気が付く癖があった

道に落ちている欠けた瓶をゴミ箱に入れる、迷子の子供の両親を探す、部屋に迷い込んだ虫を殺さずに窓の外へ誘導する、落ちそうな展示物を直す

そんな癖が見つけたのは町の端っこで野菜を露店売りしている女性を見かける


声や姿がへにょへにょになりながら懸命に声を出しているものの慣れない事をして意気消沈しながら露店の物をなんとか売ろうとしている様だ

町から少し外れているし、何より気にも留める人が居ない

少し気になり露店の前に


そこに売っていたものは魔界の野菜だった


・・・これだ!
フォルは魔物娘だ、十二分に能力を生かすならこれほど最適なものは無い、規定禁止の欄にも魔界の物は含まれてはいない


少しヨレってはいるものの鮮度や質は抜群だ

魔力を高めるマカいもに余分な脂肪を剥ぎ取るまといの野菜、飛翔中に魔力拡散を防ぐとろけの野菜、それらをスパイスとして使えるマンドラゴラの根っこの欠片

これは宝の山を見つけてしまった

思わず声を大きく発した為、店主のトロールをびっくりさせてしまった事を謝りつつスイーツになるスライムゼリーを含めて全て購入する

フォルも若い娘さんなんだからスイーツもたまには必要だ


ひとつも売れていなかった様で何度もお礼を言われ、食材を担いでいると旦那らしき人が帰って来たようだ

普段は旦那さんが店番をしているがなんでもどうしても行かなければいけないおつかいに行ったらしい

不在の間に奥さんが店番をかって出たものの、野菜作り専門で店に立ったことの無い奥さんでは野菜が全く売れずにヘロヘロになっていたようだ


なんか前も似たようなことがあったなぁ・・・と思いつつ、今後も贔屓にさせてもらう事を伝え帰路に


魔界の野菜(とスイーツ)は効果抜群だった

スピードとスタミナが更に更に上がった


いける、これなら・・・

手の油とペンでやや汚れてきたレポートの更新するペンが震えた


準決勝まであと数日、フォルが訊ねてくる

「ねえ、なんでそんなにも必死になるわけ?仕事だから?」

少し飽きれた様にも見える顔でフォルが言う


少し前に結論は出ていたが言わなかった、それは


予選の時にフォルが手を抜いている様にその気が無い様に敢て振舞っていた

本当は誰よりもこのレースに勝ちたい、負けたくない気持ちがあるが気持ちと結果が追い付いていなかった

でしょう?と返す


「70点ね、だけど概ね正解なのは凄いわ。そう年甲斐もなく負けなく無いって思った訳。そこまで判られてたとはな」

やっぱりそうだったか・・・?


うん?
年甲斐?


「ここまで来たらもう吐いてしまうかの、わしはお主より年上じゃ。見た目がこんなんじゃが少なくともお主の倍は生きておるわ」

・・・!!1111

「まったく若い若いとか言いおって、若いおなご扱いされるのがこんなにおっくうなのだとは思いもせなんだわ」

年下だと思っていたのを謝り倒す、あと散々言ってきた言葉にも

「まあ良い、わしもそこまで浅慮でも狭量でも無い、むしろ感謝しかないわ」

「そしてここまで押し上げてくれた事に応えよう、きっと勝って見せる!」

そういったフォルの瞳は少し優しくなっていた



準決勝当日

エントリーの申請をしつつ、ストレッチをしているフォルと僕の前に同じ種族のワイバーンとその付き人と思われる若い男性が近づいて来た


「あれあれ?もしかしてフォルさん?若作りはやめたの?」

人懐っこいというか生意気と言うか、えらく失礼な言い方をするこの子は・・・

「・・・わしの姪じゃ」

やや苦虫を噛んだ顔をしている、若干苦手な相手らしい

「おっさんとおばさんコンビで優勝を狙うんだね、頑張ってね〜」

とケラケラ笑う

・・・・

「・・・・」

若い付き人が窘める

「こらシルフィー、すいません口から生まれたような子なので・・・気を悪くしないでください」

・・・

「すいませんこんな形にはなりましたがお互いベストを尽くして良いレースにしましょう」

とシルフィーがフォルにイケメンが僕に握手の為の手を差し出してくる




ほとんど同時にフォルと僕は相手の手をはじく


「良いレースですって!?青二才どもが、片腹痛いわ!」

ここは弱肉強食で強いか弱いかだけ、なれ合いなどクソの役にも立たん


「なんて人たちだ・・・」

「泣きっ面だすのはあんた達よ!見てなさい!」


大人としてではなく、勝ち負けを狙う♂♀として火が付いたのだった



いつしか二人とも本気になっていた、どこかにたかがアプリのゲームに沿って出来た薄い大会だと思っていたが

熱くなれたのだ

ここで負けられない・・・!



準決勝、中距離で予選のコースの2倍を飛ぶ

あの時はスタミナは足りなかった


「いける!いけるぞおお!!!」

フォルは上がった速度に大逃げでレースのトップに飛び出している


差しで後からトップスピードになるドラゴン達を後続に置き、ワイバーン二人のトップ争いになった


「おばさんがああああ、前をあけなさいいいいいいいい!!」

シルフィーもまた育成強化が強かったのだろう、かなりの速さだ


フォルも譲らない

「黙って後ろに着いとけぇぇぇえええええ!!」


二人の形相がモニターにアップになるがそれを笑うものは誰も居ない

それまでに壮絶なのだ


最終コーナー

仕掛けどころだ


ここでフォルの隠し技を出す


========

「のうお主よ、レースの飛翔中地面に脚が付いても規定には引っかからんかの?」

レース前夜にそんな事をフォルは訊ねてきた


規定では特に違反とは書いてはいない、しかし飛んでいる最中に脚を付けば却って速度を落とすハメになるのでは?


「言えば水泳選手が反転時に壁キックをする様なもんじゃ、カッカッカー」

少し得意げにフォルが言う


打ち解けてからフォルはよく喋り、笑うようになった

今までツンっとしていた態度は無くなり、夜は部屋で話をするようになった

僕の前の仕事の事、ワイバーンの生活の事、レースに参加するきっかけになった友人の事


「せっかく出たのじゃからわしはワイバーンとして村で活躍したと自慢したいしな!」

周りが若い魔物娘ばかりで気劣りしていた事、これまたしょぼくれた付き人が来たが本気になってくれた事、何より力が身に付いた事

「わしは今までなーんもしてこなんだが、お主のおかげで自信が付いた、だからーーー

========


「秘儀!ショットガンキック!」

ジャリ、という音が地面からする前にフォルの身体が加速しシルフィを突き放す


僕は叫んでいた、こんな声が出るとは思わなかったぐらい
歓声にかき消されても声を出していた


「させるうううかあああああああ!!!」

彼女もまた残っている末脚でフォルに喰らい付く



抜けた最後は、フォルの方だった





飛翔を止めれずゴール先のクッションに激突していた

すぐさまに駆け寄ると苦痛に蹲るフォルが片方の翼が少し破れて血だまりを作っていた・・・





ワイバーンのシルフィが最終で加速した時に翼の爪がフォルの翼膜に当たってしまったのだ

勿論故意では無く、明らかに不幸な事故だった

誰も彼女を責めるものは居なかった


それでも彼女は自分の咎と言い放ち、レース決勝を棄権した




「のうお主よ、この傷は何時治ると言ったのじゃ?」

ワイバーンの回復力は凄まじい、がそれは今回は話が違う

ドラゴンの装甲は並大抵では傷がつかないが同じドラゴンが傷を付けたなら話は別、ドラゴンの弱点はドラゴンなのだ


一か月・・・

決勝は一か月後とはいえ、傷で動かせない一か月でトレーニングも調整も無しで挑めばどうなる事かは自明の理


そして決勝は長距離、その長さは中距離の2倍の長さ


ワイバーンはおろかドラゴンですらはじめから飛ばせばバテる距離だ


「・・・早く治して、なんとかレースうぎっぎぎぎい!!いつつっつ・・・・」


涙目になるフォル


待っていても回復は遅い、食事療法や魔法も底上げはするものの特攻ですらない

何か・・・・

なにかないのか・・・・



・・・!

「なんじゃ、何か思いついたか!?」


安静にしてて下さい、必ず直ぐに戻ると言い、部屋を出た



その日の夜

「あ〜、お主よ、薄くて熱い緑茶を淹れてたもれ〜」

「・・・なんじゃ、そうじゃあ奴は出かけてるな」

「・・・遅いな」

「久々にコーヒーでも飲むかの」


コポポポ

「・・・不味い、わしはこんなものを飲んでいたのか」

「・・・静かじゃ」

「・・・つまらん、童かわしは」

「いつも独りじゃったのにな、わしは弱くなったの・・・寂しいとか」

「・・・ふっ、痛いのう、痛いから泣いておるんじゃ・・・・」

「早く帰ってこい、お主」




遅くなってしまった、もう深夜どころか早朝だ・・・

只今戻りました!!


「・・・・!っこんな顔見せられん、顔を拭いて・・・」


大丈夫でしたか?
遅くなってスイマセン!

「戯けが、お陰でゆっくり出来たわグスッ」



兎も角、すいません!
そしてこちらにお願いします!


「は〜い、お任せ〜」

「どんどん、いけいけー!」「木材はこっちでいいか?」「力仕事はまかせろー」「はらへったー」「後にしろ!仕事だ仕事!」


「な、なんじゃ?ホブゴブリンにゴブリンがいっぱい?」

以前、バス停で案内したホブゴブリンの旦那さんが温泉宿を経営しているのを思い出し、傷に好く効くからいつでも来てくださいと言われて思いついたのだ


「私もレースを見ていました!ぜひ手助けさせて下さい!恩返しでもありますから!!」
と温泉だけでなく簡易ではあるが湯船まで使ってくださいと出してくれたのだ

更に

「持ち運びなら私に任せて〜」

と力自慢のホブゴブリンと姉妹のゴブリン達がここまで湯船と大量の温泉を持ってきてくれたのだ

家の前の庭にあっという間に屋根付きの露店風呂が完成する


「次は俺たちの番ですね」「はーい」


運んでいる最中に魔界野菜の夫婦と出会い、話をすると
「ぜひ協力させてください!」となった


トロール特製の温泉専用の薬草をその場で栽培し、温泉に入れ込んだのだ

「かなり強力なのを・・入れたので、これで大丈夫」


「それではこれで失礼します!」
「レース期待してます〜」

「また野菜買ってくださいね!」
「薬草湯は、しばらく持つので、そのまま使ってね・・・」


嵐の様な喧騒があっという間に消えていった、いやー凄いな


「なんじゃ、お主いつのまに、フフっ・・・」

涙を流すフォル

痛みが増したのか?
おたおたする

「戯けが、嬉し泣きじゃ」


ほっと胸を撫で下ろす

「ではさっそく浸からせて貰うぞおおおおおおお!!」


えっええ?

「効く〜〜〜〜〜〜〜」

ガク


それから半月

一か月かかると言われていた翼膜は無事に完治!


少し鈍っていたものの直ぐにカンを取り戻しトレーニングに励む


しかし・・・・



スピード、スタミナ、旋回性、加速力はこれまでにない仕上がりを見せた

見せたのだが


長距離でトップスピードを出されたドラゴンに勝てない

これは訓練や努力ではなく種族の差だ

個々に優れている場所があっても圧倒的な力のドラゴンの前には屈服せざる得ないのは明らか



レース開催日

「お主よ、ここまで来たのだ」

「負けても上等、翼が捥げたとしても飛びきって見せようぞ」

「だからそんな顔をするでない」


・・・




「どうした?」

・・・卑怯と言われるかもしれません

「今更何を」

もし勝てるなら、やりますか?

「外道ではなかろうなやり方は?」

もちろん、ですが僕たちだから出来る裏技です

「早く教えるんじゃ、裏技を」

いいですか・・・・




「青い新緑が色めく晴天の最終レース決勝、中距離の2倍を長距離戦!」

「今スタートです!」


「最初に抜け出したのはやはり唯一残った赤いワイバーンだ!」

「前に前にどんどんワイバーンが加速していく!」

「大逃げをまたまた打ちます、2番手の蒼いドラゴンを大きく放していく」


「破滅的な逃げに場内はどよめきはとにかく逃げ!ワイバーンのとにかく逃げ!」



どよめく観客の中、冷静に見る数人だけが違和感を覚える




「・・・前より遅くないか?」

「どうした急に」

「いや、長距離とは言えこのペースは逃げの配分としては遅いぐらいだ」

「怪我でカンが鈍っているではないなら・・・いやまさか!?」




「2番手以下のドラゴン達は団子になっている、大きく赤いワイバーンが逃げる!もはやどれだけ離れているか判りません!」

「しかしレースは後半戦!速度は落ちないワイバーンの速度が落ちない!!」


・・・・よし



「しまった!やられた!!!早く仕掛けろ!」

蒼いドラゴンの付き人が叫ぶ


しかしもう遅い!




=======


逃げの戦法は同じですが全力は出さないでください

「はぁ、どういう事じゃ?全力を出さんかったら逃げにならんじゃろが」

2回大逃げをしている貴女は恐らく徹底的にマークされているでしょう

そしてこの長距離で逃げれば途中でバテてて、そのバテを期にドラゴン達が差し上がって来るでしょう

「つまり、わしに狸になれと」

そうです、あくまでもバレないように、そう全員ダマすのです

後半から本当の全力逃げです


=======





「大きく差をつける!しかしドラゴン達も追いかける!」

「蒼いドラゴンが伸びる、白いドラゴンも加速する!!」

「しかしワイバーンが最終コーナーに逃げる!逃げる・・・!」



いけ・・・行ってくれえええええ!!!!



「赤いワイバーンがーーー!!!逃げきったあああああああ!!!」

「蒼いドラゴンは2着!!3着は白いドラゴン!!」




ワアアアアアアアアアアアアアアアアア
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア



「赤いワイバーンがまさかの一着でゴールイン!前回の怪我もなんのその!優勝をもぎ取ったーーー!!!!」



ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア



大きく歓声が沸く中

加速を止めることが出来ずフォルは再びゴール先のクッションへ激突する


っ!!!


駆けつけた先に居たフォルは




両翼が砕けて倒れていた


「・・・嗚呼、お主よ、わしは、勝ったぞ・・・!!」





表彰式には1着不在で執り行われた


病院先に命の別状は無いものの砕けた翼が癒えても以前と同じように飛べる翼には戻らないと告げられた


傷が癒えたとはいえ限界を超えた飛び方をしたのだ、無理もない


その日の夜に気が付いたフォルは

「なんじゃ、そんな事か・・・それぐらいで良い歳した男が泣くんじゃ無いぞ」



とあっさりしたものだった

波乱万丈で終わったレースはもはや人間も魔物娘も巻き込む一大ブームになったのだった






その後、



半年後に第二回目のレースを開催されたものの本気になったドラゴン達に敵う訳も無かった

準決勝も決勝もドラゴンだらけになった為に第3回目からは種族別のレース開催となった


「唯一ドラゴンに勝った赤いワイバーン」という触れ込みが流行り、それをもとにドラマ化される事になった


プロデューサーが勧誘してきたワイバーンとその夫がそのまま主人公になった


そのワイバーンは

「げええ!お前は!」

「にしし!フォルさんお久びりー!!」

フォルに傷を付けて棄権したシルフィと当時付き人になっていたイケメンが起用されたのだ

漁港で働いていた二人を見かけたプロデューサー、まさに慧眼だった


勿論一部からは非難の声もあったはあったがシルフィの迫真に迫った名演技と付き人のかっこよさから逆に評判になり映画史上高評価を得る事になる

それから夫婦で映画俳優として活躍する一歩となる


まぁ見る度に

「お主はこんなにイケメンじゃなかったのう」
貴女はこんなにも物腰優しくかったですねえ


と掛け合うようになったのだ


後、ついでに僕はインキュバスになった、何があったかは・・・

まぁ、うん察して



魔界政府からの依頼にてワイバーントレーニングセンター学園の立ち上げ創始者として校長になる事になった

レースに出る若いワイバーンの為にもぜひ、という事で


といってもコーナーの草むしりとか地味な仕事ばっかりしてますが



若いワイバーンが言う

「ねえ校長先生!いつか私もドラゴンに勝てますか!?」


きっと勝てるさ、なぁフォル・・・


「いやいや、なんでわし亡くなってるみたいに言うんじゃ」

と学園の理事長になったフォル


「キャー伝説のレッドエースよー!」

「そのあだ名で呼ぶでない、むず痒くなるわ・・・」


いいじゃないですか、と笑う

「きっとな!」


勝てる!




レースに駆けるドラマはまだまだ続く
21/04/02 23:26更新 / ひいらぎさん@

■作者メッセージ
次回!蒼い瞳のワイバーン!お楽しみに!

(※ツヅキマセン

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