少年幼女のワンダーランド
最底辺、どん底、ドレッドフルと評しても過言ではない現状。
穴の開いた天井から差し込む日差しに溜め息を吐いて、ボロボロのソファでだれていた。
所どころ剥がれたタイルからは雑草が生え、日差しに艶やかな緑が映える。
しかし、武骨どころか崩落しかかっているコンクリートハウスには少しそぐわない。
「……やってらんねェ」
日陰に入っているとはいえ、初夏の少し蒸れた熱気が鬱陶しい。
家と違って冷蔵庫と麦茶もなく、家と違って扇風機やクーラーもなく、家と違って開く窓もない。
鉄筋がむき出しに、錆びかけた鉄パイプが無造作に積まれ、鼠色の壁と天井には大きな穴。
そんな灰色一面の瓦礫の廃墟。
「金ならあんのにねェ……」
そんな荒んだ部屋の隅に、場違いにも小奇麗で小さな金庫。
中には、数えたこともないが札束がギッシリと詰まっている。
一日に一万円も使うことがないため、恐らくは当分あの金庫が尽きることはないだろう。
「……ん?」
不意に、大きく崩れた壁の向こうの、高く突き出た街頭スクリーンに目が行く。
遠目にも分かる、スクリーンに映った白髪の少年と白い文字は見覚えがある。
目付きの悪い、ボサボサと雑草のように伸ばした、生意気そうな面。
スクリーンに刻まれた文字は、『超能力少年A』。
というか、俺だった。
「まーだ騒いでんのかよ……」
切り替わった画面には、赤い文字で『イカサマ師』。
誹謗中傷という、生々しい悪意が滲む画面に苛立ちが募る。
さすがにここまで音声は届かないが、流している内容は恐らく超能力の検証と批判だろう。
飽きずによくもまぁと言うよりも、一時は超能力者と囃し立てていた分だけその身勝手さに呆れる。
「くそ……」
朝っぱらから嫌なものを見た。
無視すればいいものを、どうにも俺はそんな戯言を聞き流せない性格らしい。
これも遺伝かと思えるが、自分で言うのもなんだがきっとあの両親よりはマシな筈だ。
『超能力者』から『ペテン師』へとブームが流れた途端に、実家からは勘当を食らった。
「手前勝手に金だけは貰っといて、叩かれた瞬間に捨てやがって……」
薄情極まりない両親を呪いながら、分かり易く毒々しい悪意から逃げるように家を出た。
ショックを受ける前に殺意が湧いた、あの日のことはそう簡単に忘れられない。
頭の中に流れかけた両親の一方的な罵倒をシャットダウンして立ち上がる。
そう言えば、朝起きてからまだ水も飲んでない。
「気分転換に、公園でも行くか……」
水道もない廃墟を抜けて、迷路のような路地へ入る。
塀を渡る野良猫に見下ろされ、不機嫌そうにみゃあと鳴かれる。
「へっ……」
何となく、鼻で笑ってそのまま雑草やゴミで足場の悪い路地を歩きながらフードを目深に被る。
悪い意味で有名人だが、適当に顔さえ隠せば存外バレない。
廃墟生活が始まった時はビクビクしていたが、意外と他人は他人を見ない。
路地を抜けて、人通りの多い大通りに紛れ込む。
何かのドラマのように歩みを止めて注目することなく、雑踏は流れ続ける。
「………………」
友人と語らいながら、或いは手をつないで歩む人々を一瞥して俯く。
そんな相手が今も先もいないことだけは、強がりたいが辛い。
まともに人と話すときは、適当な売店で飲食物を買う時だけだ。
こんな現状を愚痴る相手も、バカなことを言って笑いあう相手もいない。
「けっ…………」
心の底から羨ましい人通りが、少しだけ眩しい。
逃げるように大通りを抜けて、遠回りになるが人気のない小道へと曲がった。
そこで、小柄な誰かとぶつかった。
「っと」
「ひゃっ!?」
全くの死角からお互いにぶつかってしまい、相手方は尻餅をついてしまった。
少女特有のハイトーンな悲鳴に、反射的に様子を窺ってしまう。
「大丈夫ですか?」
フードを目深に被り直し、女の子に手を差し出す。
……まるで悪魔のような禍々しい角を生やす、あどけない少女に。
コスプレにしてはやけにリアルだと思っていたら、背中には熟れたリンゴのように赤い蝙蝠のような翼と、腰から伸びる蜥蜴のような尻尾の先はハートを象っていた。
小悪魔のような格好に似合わず、フリフリと少女趣味なエプロンドレス。
そんなアンバランスな姿をした少女は、目尻に涙を溜めながらお尻を押さえていた。
「いててて……」
まるで青空のようにクリアな碧眼を潤ませる少女。
幼さの残る、どころか自分よりも明らかに年下の彼女に慌てた。
小学生高学年か、中学生低学年ほどの彼女に再度声をかける。
「……大丈夫ですか?」
それで漸く、彼女はこちらの存在に気付いた。
薄っすらと涙を滲ませた瞳をこちらに向けて、彼女は可愛らしく小首を傾げた。
視線は合わせまいと、故意に俯く。
「………………」
「………………」
じーっと。
吸い込まれそうなほどに無垢な瞳に覗き込まれる。
視線を外すことも、瞬きすることもなく凝視する少女。
チクチクと刺さる視線に居心地の悪さを覚え、彼女から顔を逸らして立ち上がる。
ひょっとして……、バレたか?
「大丈夫そうですね、では……」
顔を見られないよう注意を払って、フードの縁を引っ張って立ち上がる。
実際、彼女はちょっと腰を打った程度だ。
イチャモンこそつけられるかもしれないが、追いかけるまでのことはしないだろうと見切りをつけて踵を返そうたした。
が、グッと何かにパーカーの裾を引っ張られてつんのめる。
「ま、待ってぇ……」
縋るような声に振り向くと、少女が瞳を涙に濡らして裾を摘まんでいた。
先ほどよりも明らかに泣きそうになっている少女にぎょっとする。
それこそ、子供のような見た目のせいか今にもおいおいと泣きそうだ。
「何だよ……」
それを振り払って泣かれることを懸念し、再び彼女の視線に合わせて屈む。
グスッとべそをかきながらも、しかし彼女はしっかりと服の裾を摘まんだままである。
どうも、別にバレたわけではないらしい。
なら、多少は踏み込んでもいいかもしれない。
「親御さんとはぐれたのか?」
さすがに泣いている女の子を捨て置けるほど、良心は捨てきれない。
年甲斐のない少女が一人、こんな街中で親と離れたら心細いのも分かる。
もしそうだったら自分にもその辛さが分かるからこそ、力になってあげたい。
そう思ったが、しかし彼女は首を振った。
「ちがう……」
「じゃあ、落し物か? それとも迷子か?」
重ねて問うも、彼女は首を振る。
そして彼女が零した言葉は、どちらかと言えば『迷子』に近かった。
「ここ、どこ……?」
◆ ◆ ◆
彼女の手前、公園で水を飲むことは躊躇われ、コンビニで水を買った。
少女にもオレンジジュースを買ってあげたが、未だに不安げに俯いている。
兎にも角にも、なにぶん目を引いてしまう外見の彼女だ。
未だ日は高く差し込んでいるため蒸し暑い廃墟に、彼女を招き入れた。
「ここに住んでる……?」
ずっと黙っていた少女が、ボロボロに崩れたコンクリートハウスを見上げて問う。
TVの世界のお嬢様のようなエプロンドレスを纏う彼女からすれば、これは家にも見えないだろう。
「汚くて悪ィが……、まぁ上がれや」
それだけ言って、日の差し込まない陰に置いたボロボロのソファに座る。
ペットボトルのキャップを開けて口に含むと、まだ冷たいミネラルが口内に広がる。
それにしても、だ。
目の前のそわそわと落ち着かない様子の少女に、俺は首を傾げた。
『ここ、どこ……?』
泣きそうな声で吐かれた言葉は、しっかりと耳に残っている。
まるで全く知らない世界に怯えるように、彼女は忙しなく周囲を見ては瞳を潤ませていた。
最初はやっぱり迷子なのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。
「えぇーっと……アンタ」
「は、ひゃいっ!」
オレンジジュースの入ったペットボトルをもの珍しそうに見ていた彼女は、唐突に呼ばれてビクッと身を竦める。
その様子にやや呆れながら続ける。
「アンタ、名前は何つーの?」
言葉こそ流暢なものの、その外見は完全に外国人である。
いや、あの角やら尻尾やらのコスプレから考えると同郷の可能性もなくもない。
しかし、震えた声で彼女が言った名前は、明らかに外人の名前だった。
「さ、サラクルーシュ……」
どこの国か、さっぱりと見当もつかない名前だった。
「オッケー、じゃあサラクルーシュ。お前、どこから来たんだ?」
「えと……、その……」
「…………分かんねェか、じゃあ母ちゃんとかは?」
「おねぃちゃんがいるけど……こっちにはたぶんいないかも……」
口ごもる彼女に、眉をしかめて穴の開いた天井を仰ぐ。
身元不明、未成年、外国人、保護者もおらず。
詳しいことは分からないが、これじゃ警察もアテにはなるまい。
「あのぅ……」
と、そこでサラクルーシュがおずおずと小さな手を上げた。
それに首を傾げて先を促すと、彼女はびくびくしながら尋ねる。
「これ、どうやって開けるの……?」
そう言って、オレンジジュースのペットボトルを差し出す少女。
外国にはペットボトルもないのだろうか?
そんな疑問を抱きながら受け取り、キャップを捻って彼女に渡した。
「ほれ」
「わっ……」
半ば押し付けるように渡したせいか、中身が零れそうになってサラクルーシュが慌てる。
チャプン、と水滴を跳ねながらも零すことなく、彼女はマジマジとオレンジ色の液体を覗き込む。
じーっと、ペットボトルの口からジュースを覗き続ける彼女にまどろっこしさを覚える。
「ただのオレンジジュースだっつの」
「オレンジ……みかん?」
「そうそう、みかん」
それだけ言って、俺も六甲山の美味しい水を呷る。
喉を通る冷たい流れに溜め息を漏らし、サラクルーシュに視線を移す。
俺を見て意を決したのか、彼女もおっかなびっくりペットボトルに口をつける。
恐る恐る傾けて、ほんの少しだけ口に含み、こくんと喉が上下する。
「……甘くておいしい!」
ここにきて、初めての明るい声。
無邪気にはしゃぐような声に少し呆気にとられ、その間に彼女もペットボトルを呷る。
勢いよくごくごくと飲み、ぷはぁっと大きく息を吐くサラクルーシュ。
どこかのお嬢様のように見えて、小悪魔のようでいて、普通に子供だった。
「……そりゃ良かったな」
何の変哲もない、むしろ安物のオレンジジュースなんだがな。
文句しか垂れない最近の小僧よりかは何とも素直な彼女にニヤリと笑い、俺は立ち上がった。
コクコクと喉を鳴らしてオレンジジュースを嚥下していたサラクルーシュがそんな俺を見て首を傾げる。
「んくっ……そう言えば……、おにぃちゃんのお名前は?」
「ん? 俺か?」
フードの裾を摘まみ、少しだけ悩む。
が、何となく彼女には別に本名を明かしても問題がなさそうなのは明らかだ。
むしろ久しぶりに……、そう思いフードを脱いだ。
「……秋庭璃空だ。好きに呼んでいいぞ」
「りく、りくりく? りっくん? ……りっちゃん!」
「………………」
「わたしも、サラでいいよ!」
「………へいへい」
……ゴリゴリ距離つめてきたなぁ、こいつ。
キラキラと眼を輝かせて微笑むサラに肩をすくめて、俺はペットボトルを手でくるくると弄ぶ。
「………………」
「んっく……んくっ!」
喉を鳴らして満面の笑みでオレンジジュースをラッパ飲みするサラ。
恐らく、彼女はいま自分がどういう状況に置かれてるかも把握できていない。
行くアテもなく、庇護者もおらず、俺とさして変わらない現状。
「ぷはぁ!」
……寝覚めが悪いもん拾ったな、くそ。
「おい、サラ」
「んぅ?」
空のペットボトルをベコベコと凹まして遊ぶサラを見ながら俺は頭を掻いた。
純粋無垢な笑みを口元に浮かべる彼女に、小さな溜め息を漏らす。
「…………嫌いな食いもんとか、ねェよな?」
「うん、わたしは何でも食べるよ!」
今日は、珍しく一万円札を丸々使い切った。
久しぶりに誰かと食う飯の味は、存外に美味かった。
◆ ◆ ◆
本日は晴天なり、やや風が強い模様。
あれから三日が経ったものの、サラは変わらず元気である。
斯くいう俺も、まぁ精神的に健康になったと言えなくもない。
やたらと俺と遊びたがるサラのおかげか、誰かを妬んだり呪うような気分になれない。
「りっちゃんりっちゃん! 遊ぼ遊ぼ!」
「へいへい……、んじゃ、今日は『達磨さんが転んだ』ってやつだ」
妹がいたらこんな感じか。
碌でもないと思っていた家族も、本当はこういうものなのだろう。
エネルギーだけはやけに有り余ってるくせに、遊びを知らないサラに丁寧に遊びを教える。
『鬼ごっこ』『隠れんぼ』『あっちむいてホイ』。
二人でやるにはどうも面白味に欠けると思っていたが、全力ではしゃぐ彼女に振り回されて、何となく俺もそんな幼稚な遊びを楽しんでいる。
「……ってなルールでな、分かったか?」
「うんっ! じゃあ、どっちが鬼になる?」
「そうさなァ……、じゃあサラがやってみるか?」
何せ、俺は性格が悪すぎる。
あまりに遊びにムキになりすぎて、サラ相手に既に三回は騙し討ちをしている。
となれば、イカサマのしようがない方が俺はいいだろう。
「分かった! 今日こそはりっちゃんに勝つもんね!」
「はン……。なら、今日は負けた方が罰ゲームでもすっか?」
「ばつげーむ?」
「あァ。負けた方は勝った方の言うことを一つだけ聞く、でどうだ?」
三戦三敗のサラのモチベーションを上げるために、そんなことを言ってみる。
ポクポクと、サラはそんな俺の言葉を咀嚼する。
そして、意味を理解したのかパッと花が咲いたような笑顔になる。
彼女に合わせて、俺もニヤッと笑って見せる。
「やるっ!」
「オーケー。じゃあ、俺が勝ったら肩でも揉んでもらうぜ」
「じゃあ、わたしが勝ったら一緒に寝てもらうっ!」
こういう時、お互いに面倒なことを言わない性分で助かる。
もっとも、こんな些細なことでも全力を出す辺り、俺はかなり大人げないのだろうが。
「じゃ、俺はここ。サラはあっちな」
妥当な距離を見繕い、サラに部屋の隅の壁際を指差す。
それに倣ってサラも壁際を指差して、素直に尻尾を振りながら小走りで向かう。
くるりと振り返って微笑む彼女に手を振ると、すぐに彼女は壁に寄りかかって顔を伏せる。
「もういいー?」
「あァ、いつでもこいや」
少しくぐもった声に応じて、彼女の方へこっそり歩けるよう構える。
インパクトでも与えるために走ろうかとも悩んだが、ずるいのでやめた。
「だーるーまーさーんーがぁー……」
忍び足で彼女に、なるべく雰囲気を楽しめるようゆっくりと近づく。
何ともスリリングな感覚に胸を躍らせているも、彼女の声のテンポは変わることがない。
間延びした調子で言いきり、彼女はくるりと振り返る。
「こーろーんーだ?」
ピタリ。
彼女の声に合わせて、歩こうと足を上げた状態で止まる。
そんな俺を見て、彼女はにんまりと口角を釣り上げて再度伏せる。
(……何か企んでるな、ありゃ)
彼女が再び声を出すのに合わせて、今度は二歩だけ進んで様子を見てみる。
そして、予感は的中した。
「だるまさんがー……、ころだっ!」
唐突に噛むほどに勢いよくいい、サラはしてやったりと振り返る。
が、腕を組んでニヤニヤと意地汚く笑う俺に、彼女は唇を尖らせた。
「りっちゃんめぇ〜……!」
「ンな子供騙しに引っ掛かっかよ」
挑発する俺に頬を膨らませて、彼女はべぇっと小さな舌を出す。
拗ねたように伏せる彼女に苦笑し、再び注意して忍び足で近づく。
「だぁーるまーさんっがぁーこぉろー……」
今度は妙にタイミングが難しく、変なリズムで区切るサラ。
投げ出そうとせずに更に小細工を練る辺りが、実に可愛げがある。
少しだけ欲を出し、彼女の策に免じて挑戦することにした。
足を踏み出そうと、ズッと足を引きずった、その瞬間だった。
「んだっ!」
ピタリ。
……危なかった。
足音に合わせて掛け声を切った彼女に、ニヤリと笑って見せる。
彼女はそんな俺を見てニッと歯を剥き出しに子供っぽく笑った。
「こどもだましにはひっかからないんじゃなかったっけ〜?」
「……俺もまだまだガキってこった」
実際、俺だってまだ14だ。
成人には程遠い。
俺の台詞に、彼女は何故か頬を淡く染めて嬉しげに微笑んだ。
「えへへ……りっちゃんもわたしとおなじかぁ〜♪」
「…………?」
照れた顔を隠すように彼女は再び伏せる。
何が嬉しかったのか、それが分からないが俺も忍び足で彼女に近づく。
「だーるーまーさーんがぁー……」
どこか嬉しげに弾んだ声を妨げるように、廃墟の中に風が吹く。
蒸し暑いコンクリートハウスに吹き込んだ風が、汗の滲んだ肌に涼しい。
カラン。
「ん?」
聞き覚えのない、耳に残る金属音が響いた。
何か空洞的な金属が、転がるようなそんな音が上から聞こえた。
不意に見上げて、あっと声が漏れた。
天井に大きく開いた穴から、錆びた長い鉄パイプが、今にも転がり落ちそうになっていた。
「こぉーろーんだっ!」
「サラッ!!」
無邪気に振り返るサラに、我を忘れて足が動いていた。
ぐらりと傾ぐ鉄パイプに舌打ちし、運動不足の体を懸命に動かす。
「ふぇ?」
鉄パイプの音に今更に気付いたサラが、今にも落ちてきそうな鉄パイプを見上げる。
間に合わない、そう直感したとき、無意識に彼女に手を伸ばしていた。
「……………ッ!」
奥歯を痛いほどに噛みしめて、彼女に念じた。
一心に、こっちへ、と。
ドッ、と。
胸に少し重たい衝撃。
同時にガランガランと、派手な音をたてて鉄パイプが剥き出しのコンクリートに落ちた。
そこにいたはずのサラは、俺の腕の中でぽかんと口を開けていた。
「…………っ」
「…………ふぇ?」
無意識のうちに、テレキネシスを発動してしまったらしい。
壁際にいたサラを引っ張り、何が起きたか分からない彼女は目を白黒させるばかりだ。
ただ、怪我をすることもなく無垢に自分を見上げるサラに、俺は安堵の息を漏らした。
「はァ……。サラ、大丈夫かよ?」
「え? う、うん……」
あァ……ったく。
か細く華奢なサラの体を放し、俺はガリガリと頭を掻いた。
未だにきょとんと惚けている彼女を一瞥し、大きく溜め息を零す。
そして、彼女に見えるように部屋の隅に転がったペットボトルを指差す。
「サラ……、あのペットボトル見ろ」
「えっと……、あれ?」
「そう、アレだ」
しっかりとペットボトルを注視する彼女を確認して、俺は念じた。
こっちへ来い、と。
瞬間に、ペットボトルはふわりと浮いたかと思うと、物理法則を無視した軌道でこちらへ飛んでくる。
それを掌で受け取り、サラに俺のテレキネシスを見せた。
「…………どうよ」
端的に、それだけ言ってサラをちらりと見る。
すると、驚いたことに彼女の反応は俺の予想とは全く違う反応だった。
「ほわぁ〜…………!」
「………………………」
感嘆の吐息に、呆れが先走った。
しかし、そう言えば彼女は俺のことを知らなかったのだと思い出した。
侮蔑と猜疑の反応に慣れ過ぎたせいか、サラの無邪気な反応にどうにも捻くれてしまっていたことを自覚させられる。
「すごぉい! りっちゃん魔法使いだったのぉ!?」
魔法使いて。
無邪気にはしゃぐ彼女に生温い視線を送り、悟られないよう曖昧に苦笑する。
「……まぁ、そんなところさ」
「すごいすごい! りっちゃんすごぉい!」
……いや、まぁ、確かにすごい自覚はあるけど。
こうもはしゃがれると……、照れる。
超能力少年だった当時は、こうやって喜んでくれる奴がいたってことを、思い出さされる。
そして、それが悪い気がしないのが、悔しい。
「べっつに……、そんな凄くねぇよ」
口をついて出てきた憎まれ口に、サラは尚もキャッキャとはしゃぐ。
そんな彼女にむくれて、俺はそっぽを向いた。
「えへへ……、助けてくれてありがと、りっちゃん♪」
追い打ちに、そんなことを言うサラに俺は赤い顔を隠すように背を向けた
そして、ふと思った。
この場合、達磨さんが転んだはどちらが勝ったのだろうか……?
◆ ◆ ◆
結論として、俺の負けということで落ち着いた。
サラはどうにも納得していない様子だったが、実際彼女の宣言以降も動いていたんだ。
理由はなんにせよ、負けは負けだ。
勝敗を決めんがために議論したせいか、既に日は傾いているどころか沈んでいる。
「よっ、と」
天井の錆びついたフックに蛍光灯代わりの懐中電灯をぶら下げる。
サラの要望で買ったどこかピンクっぽく真新しい懐中電灯が、薄暗いボロボロのコンクリートハウスを白い光が照らす。
「………………」
そんな俺をじーっと見上げるサラは、普段と何も変わらない。
あいつのことだから、俺のことを『超能力少年A』とも『ペテン師』とも見ていない。
恐らくは以前と大した差はなく、ただの『りっちゃん』なのだろう。
それがたまたま、彼女には魔法使いに見えただけの話だ。
「いや……俺もお前とさして変わんねェか……」
「………………?」
足台代わりに使う椅子から小首を傾げるサラを見下ろして、ぽつりと呟く。
懐中電灯の艶やかな光を放つ蝙蝠のような翼と、愛らしい尻尾。
女の子らしく可愛らしい蝶結びのついた鋼色の悪魔の角は、アンバランスに禍々しい。
正直に言えば半信半疑なのだが、サラはひょっとすると人間じゃないのかもしれない。
「ど、どうしたの、りっちゃん?」
「何でもねェよ」
俺の視線に頬を薄っすらと染めるサラに、椅子から飛び降りる。
さすがに三日も一緒に暮らしてみれば、あの角も尻尾も翼も飾りではないことが分かる。
でも、本当に彼女が悪魔だったとしても、俺には彼女が『サラクルーシュ』にしか見えない。
それがたまたま、悪魔に見えただけの話なのだから。
未だにまじまじと見る俺の視線に、居心地悪そうにもじもじとするサラの頭に、ポンと手を置いた。
「ふぇっ?」
さらさらとした柔らかい髪を、くしゃくしゃと乱すように撫でる。
唐突に頭を撫でられ、サラは何ゆえに撫でられているのか分からずに戸惑う。
しかし気持ちよさそうに目を細める彼女に、俺は頭を撫で続けた。
「ったく、可愛い奴だよテメェ……」
本人に言うには照れくさく、聞こえないようにボソッと呟く。
まともに人と付き合うことのなかった俺は、サラに心の中で感謝した。
「さって、もうとっとと寝るか? お前、暗いの苦手だろ?」
「え!? なんでりっちゃん知ってるの!?」
「いっつもソファでびくついてりゃ分かるわ。ったく……、普通に頼みゃ罰ゲーム抜きで一緒に寝るくらい構わねェっつーのに……」
「だ、だって恥ずかしいもん……」
お年頃だねェ……。
赤くなって俯く愛らしいサラに笑いが零れ、それに彼女はますます赤くなった。
「……りっちゃんは何ともないの?」
「別に? たかが添い寝だろ?」
これは、ちょっと嘘だ。
サラは幼くはあるものの、身内贔屓を除いてもかなり可愛い。
しかし、サラは俺から見て妹みたいなもんだ。
時たまにサラの無邪気さにドキリとさせられることはあるが、そういう目で見たことは無いつもりだ。
だがつもりは積り、サラを異性としてまるで意識していないと言えば嘘になる。
「もぅ……、ほらりっちゃん! こっち、こっちのソファ来て!」
「ハイハイ……」
俺の台詞に何故か拗ねたように頬を膨らませ、彼女はボンボンとボロボロのソファを叩く。
やれやれと肩をすくめて、ソファに転がるサラの隣に座る。
そんな俺を、やや怪訝そうにサラが見上げる。
「寝ないの……?」
「お前にソファ使わせてるからな、座って寝るのに慣れた」
なんなら膝枕でもするか?
首を巡らして碧い瞳で俺を見上げる彼女に、瞼を薄く持ち上げて尋ねる。
「添い寝じゃなくない……?」
「付き添って寝る、添い寝だろ」
ぶぅ……、と頬を膨らませるサラにそれだけ言って瞼を閉じる。
袖をくいくいと引っ張られるが、申し訳ないがシカトすることにする。
さすがに……、サラの言う通りの添い寝は照れる。
幾ら幼いとはいえど、俺とサラはそう歳に差があるわけではない。
まして思春期真っ盛りの俺には、そんな状況に一片の疚しさもなく彼女と添い寝できるほど悟ってない。
「りっちゃ〜ん……」
「……………………」
甘えるような声をあげながら、彼女はくいくいと袖を引っ張り続ける。
ここで乗ったら、末代まで照れくさい。
もはや半分は意地で、俺は寝たふりを続行していた。
「……えいっ!」
「うぉわっ!?」
不意打ちに、グイッとサラの引っ張る力が強くなった。
まさかサラが強硬手段に及ぶとまでは思わず、踏ん張りがきかずに俺もソファに倒れ込んでしまう。
すかさずに俺を起き上がらせまいと、サラは俺の頭を力一杯抱え込む。
「むぐゅ!?」
「へっへー、離さないも〜ん♪」
誰に似たのか意地の悪い笑い声で、サラはぎゅっと俺の頭を自身の胸に押し付ける。
柔らかい感触に、どこか甘い匂いに頭が沸騰した。
甘い、甘い匂いに、頭の中が犯されたのかもしれない。
俺はサラにそこまで意識していたつもりはなかったのに、自分でも分かり易いほどに心臓が跳ねた。
「ぎゅ〜っ!」
「んーっ! むーっ!?」
やばい、やばい、やばい!
何がやばいかも分からないが、腹の底から妙な衝動が競り上がってくるのがやばい。
頭の中を呑みこみそうなほどに激しい欲望。
語彙能力の乏しい俺は具体的に何がしたいのか分からないけど、サラに何かしたくて狂いそうだ。
好きで、好きで、後戻りできないかもしれないけど、無茶苦茶にしたい。
「む……ぅん!」
「きゃっ!?」
少し乱暴に彼女を放し、ソファにサラを横たわらせる。
驚いたように瞳孔を全開にして俺を見上げるサラに動悸が激しくなる。
もう、止まれなかった。
「んむ」
「んっ!?」
強引に唇を押し付けると、瞬間にサラの体が強張る。
そんな彼女のエプロンドレスの正面を引っ張り、強引にボタンを外して胸元を開かせる。
「んっ、んぅ、ぇる、るぢゅっ」
「んんっ!?」
サラの小さな口の中に自分の舌を差し込み、細っこい彼女の舌を絡め取る。
ディープキスと服を脱がされたことに吃驚し、彼女の目は更に丸くなる。
そんな彼女のまだ成長途中と思しき胸部に手を這わせる。
ささやかな胸部は思った以上に柔らかく、少し力を入れると掌が沈んでしまうほどだ。
桜色の乳首をくりくりと指で摘まむと、サラの華奢な体がびくんと跳ねた。
「んゅぅうううっ!?」
しかし、俺にはそんな彼女に遠慮する余裕もなかった。
片手で彼女の乳首を苛めつつ、もう一方はフリルスカートから股へと手を伸ばす。
「んっ、ふぅっ、んっ、んんん!?」
「ちゅっ、れる……ぇろ、んっ」
口腔に舌を這わせ、乳首を人差し指と親指で転がし、下着越に濡れた秘部を撫で上げる。
びくびくと快感に震えるも逃げようとしないサラに、俺はにちゃりと湿ったパンツを膝まで脱がせる。
露わになった膣口に再度手を伸ばすと、これにはさすがに抵抗があるらしく彼女は太腿をキュッと閉じ、スカートの上から手で秘部を隠そうとする。
「ん、ぁん、ぅぁんんんっ!」
無論、そんなささやかな抵抗が通るはずもない。
しっとりと汗の滲んだ太腿を撫で、感度のいい上口腔を舌でなぞり、乳首をきゅっと摘まむ。
快感に頑なに閉じていた太腿が緩み、すかさずそこに手を捻じ込む。
勢いが強すぎたせいか、中指が第一関節まで暖かいぬかるみのような蜜壺に沈む。
途端にびくっと、再び彼女の体が跳ねて秘部に差し込んだ手を太腿が挟む。
「ん、ぷは……」
「っぷぁ、んぁ、ひゃ、うぅ……っ!?」
耳まで羞恥に赤く染めて、サラは桃色の嬌声を堪えきれていない。
ぐちゅぐちゅと柔らかい膣肉を掻き乱し、俺は我慢の限界を迎えかけていた。
ギンギンに滾った陰部は熱く、今すぐにも彼女の小さな秘部に捻じ込みたかった。
「は、ぁ、ぅぅぅ……」
荒い息を吐く彼女は、幼い顔を快感に蕩けさせていた。
そんな脱力しきったサラの両足を広げ、俺は彼女の愛液に濡れた割れ目に大きく滾った肉棒を当てる。
くちゃ……、とぬめりけの強い愛液に敏感な陰茎が触れ、ゾクゾクと背筋に快感が走る。
「そ、そこはきたないからぁ……!」
恥部を晒された挙句、そこに男性器を押し当てられたサラは真っ赤になって顔を覆う。
しかし、彼女の涙に濡れた碧眼は、俺には蠱惑的に誘っているように見えた。
そんな彼女に我慢など利くはずもなく、俺はサラのヒクつく陰唇に亀頭を当てて、一気に押し込んだ。
「ひぁぁああああっ♥」
「ぐ、うぅ……!」
食いしばった歯から、獣のような唸り声が漏れる。
幼いサラの膣は、明らかに容量ギリギリの肉棒を甘く締め付ける。
みっちりと温かい柔肉が食いつく感触に、理性の外れた獣欲を更にけしかける。
破瓜の痛みと快楽に目を見開き、サラは小さな手足をバタバタと振ってもがく。
「あっ、ぅんっ、ん、えぅっ♥」
足をばたつかせる動きは、次第に蜜壺で肉棒にむしゃぶりつくように俺の腰に先ほど触れた柔らかな太腿でしがみつき、狭い膣肉で陰茎を締め付ける。
そんな彼女の矮躯を、俺も両手を回して抱きしめる。
「にゃにこれぇ、りっちゃぁん、にゃにこれぇ……♥」
ぐりぐりと亀頭を子宮口で苛み、甘い声で耳朶を犯すサラ。
緩やかに射精を促す彼女に奥歯を噛みしめて、俺も陰茎を押し込みながら答える。
「知らねェけど……ッ、すっげぇ気持ちいィ……!」
「わたしもぉ、ぁんっ、にゃんか、ぁうっ♥」
性行に関して碌に知識を持たない俺らは、互いに貪りあうように腰を押し付けあう。
しかしそれだけでも、俺は堰き止めていた衝動を抑えきれなかった。
びゅぐっ、びゅるるっ、びゅるるるる!
「うっあぁ……!」
「ふわぁぁぁぅ♥」
ドクドクと、脈打つ陰茎。
接合部から白濁が溢れ、なんだか体から力が抜ける。
まるでサラに吸い取られているかのように、少し眠たくなった俺とは対照的にサラは口の端から涎を垂らして恍惚に打ち震えていた。
「うわ……っ!」
脱力した俺にしなだれかかり、サラは抵抗する余力もない俺を押し倒す。
ソファの肘掛けで頭を強かに打ち、しかしそれどころではなくチカチカする視界でサラを見上げる。
小学生が浮かべるようなあどけなさの崩れた、赤く染まった淫靡な微笑。
口端をニヒルに引き上げるその笑みは、明らかに俺の真似事だった。
「これはりっちゃんの負けだねぇ……♥」
「……はぁ……うく……」
上手く重心を押さえられ、力の抜けた体では彼女を押しのけられない。
それ以前にそもそも、サラを押しのけようとする意思すら湧いてこない。
……おい、俺はロリコンだったのか?
「負けた方には、ばっつげーむっ♥」
そう言ったサラは、俺に跨ったまま大きくグラインドをかける。
狭い肉洞にシェイクされ、余りの快感にびくりと体が跳ねる。
「うぐぁ……ッ!」
「えへへぇ、今度はちゃんと勝つんだからぁ……♥」
嗜虐心に染まった笑みに見下ろされ、恥辱に顔が熱くなる。
そんな俺の反応を楽しむかのように、サラは子供らしからぬ笑みで淫らに舌を垂らして上下に腰を振る。
誰もいない、懐中電灯の明かりだけが頼りの薄暗い廃墟に、淫猥な水音が途切れず響く。
「あ、ひっ、ふぇっ、ぅん、りっ、ちゃんぅ♥」
絶頂仕立てのところを激しく責められ、本能的にサラに抵抗を試みる。
しかし、バタバタと手足ばかりが動くだけで、体は起こそうとしても力が入らない。
それどころかもがけばもがくほどに、彼女の蜜壺に嬲られて酷い快感に犯される。
「ぅぅあっ、ぐっ、ぁぁ……!」
「りっ、ちゃん、かわっ、ぃぃっ♥」
ピタリと、熱い頬をひんやりとした手が挟む。
あまりの快感に滲む視界に、にんまりと口角を持ち上げるサラ。
肉食獣が得物を見るような、意地悪く歪んだ碧眼から逃れるように顔をそむけようとするが、強引に彼女と視線を合わせられる。
「逃げちゃダメ〜♪」
「や、めぇ……!」
「だめぇ♥」
有無を言わさずに、サラは柔らかい唇を強引に押し付ける。
むりゅむりゅと唇が潰れて形を変え、歯茎にちろりと舌が這う。
ひどく、恥ずかしい。
「んっ、んぁ……!」
「ぇる、んむっ、にぢゅ、づる、くちゅ♥」
体に力が入らない。
自分の舌に、躊躇いなくサラの舌が絡みつくのが分かる。
逃げようと引っ込めても、逃がさないとばかりに容赦なく苛められる。
円を描くような腰の動きや、切なげに甘く締め付ける感触にペニスは今にも白旗を上げそうだ。
「んっ、ふん、んぅぅあ!?」
舌を差し込まれている手前、歯を食いしばって堪えるわけにもいかない。
羞恥、恍惚、快感が体の底から競り上がり、視界が朦朧と滲む。
チロチロと口腔をこそばかす細い舌先。
にぢゅにぢゅと激しい水音を立てて擦れあう下腹部。
暴力的なまでに扱かれる敏感な陰部は狂いそうなほどに気持ちいい。
「れるっ、ぅん、んちゅ、ぢゅるっ♥」
「んっ、んっ、ぁ、んふぅぅ!」
貪るように、サラの舌の動きが活発になる。
敏感な先端は子宮口にぐりぐりとにじられ、それが止めとなった。
どぶっ、ぶびゅるるっ、どぶぶぶ!
「んんん―――――!!」
「んふぅぅぅぅぅぅ♥」
激しく脈打つ陰茎を、キュウッと締め付けるキツいサラの膣。
まるで食らいつくように、最後の一滴まで文字通り搾り取らんと甘く締め付ける。
腰が抜けるほどの激しい脱力感に、声が出そうになるも唇は彼女に塞がれたままだ。
「んちゅぅぅぅ♥」
「むっ!?」
舌を引っ張り込まれるほどに、激しく口内を吸われる。
無邪気に俺を嬲る彼女に、体の力はどんどん抜けていく。
瞼すら重たくなり、まるで泥沼に沈み込むように、俺の意識さえ彼女に吸い取られていった。
◆ ◆ ◆
「ん……、ん?」
胸に重さを、瞼越しに眩しさを覚えて意識が緩やかに覚醒する。
差し込む日に手をかざし、自分の胸に視線を下げると胸板に頬を押し付けて眠るサラの姿。
フラッシュバックのように、昨日の情事がよみがえる。
「……っ!?」
すわ夢か、疑って彼女を見下ろすと普段と何ら変わりない姿だった。
しかしまるで夜更かしでもしたかのように体が重い。
すぅすぅと穏やかな寝息を漏らす彼女を起こさないように、俺は上体だけを起こした。
そして、絶句した。
煌びやか。
灰色のコンクリートハウスは、まるでお伽話のお城にありそうな煌びやかな一室に変貌を遂げていた。
見上げるとシャンデリア、壁を見るとなびくシルクのカーテン。
よく見てみると、俺とサラは大きなベッドの上に転がっていた。
「……………どこだ、ここ?」
寝惚けているのか、ぐしぐしと乱暴に目を擦る。
しかし改めて見直しても、そこは変わらずさながらお姫様の部屋だ。
呆ける俺に、すぐ隣から声がした。
「起きたかしら?」
「っ!?」
凛と澄んだ、サラとは違い大人びた女性の声。
慌てて首を巡らすと、そこにはフッと微笑む女性が椅子に座っていた。
どこか慈愛を帯びたその表情に、警戒心が抜かれる。
「……サラと同じ、角……」
禍々しさこそサラとは段違いなものの、真っ黒な角に白い髪。
アルビノを想起させるような、まるで恐竜のような質感の翼と尻尾。
「……アンタが、サラの言ってた姉か?」
「察しがいいわね、それに冷静ね」
「……いや、驚いてっけど……」
主にこの豪華な部屋と、やたら綺麗なサラの姉貴に。
無邪気に子供らしく振舞うサラと違い、彼女は上品な雰囲気を醸し出している。
少し肌の露出が多いドレスを着ているため、俺はそっと視線を逸らした。
「あら、意外と初心なのね♪」
「まだガキなんで……」
もごもごと言い訳を呟き、ふいと俯く。
サラは、未だに穏やかに寝息をたてる彼女に口端が吊り上がった。
「かわいいでしょ♪」
「……っ、はい……」
ニヤけていた所にそう言われ、否定することが出来ずに頷く。
少し頬が熱い。
そんな俺を見て、サラの姉は口元を手で隠して笑った。
「ふふっ、貴方も連れてきて間違いはなかったようね♪」
「……そういや、ここって何処なんだ?」
窓の外に広がる景色は、さながら中世の街並みである。
狭苦しく立ち並ぶビル街も、コンクリートを灼く日差しもない。
ひどく高いらしく、さながら城下町の如く広がる景色は外国のそれだった。
「ここは、貴方のいた世界とは違う世界よ」
「へぇ……」
意外と、ストンと信じられた。
まだ幼いために理解できなかったわけではない。
薄々、非日常とサラのような変わった娘のおかげで、そんなものがあるのではないかと思っていた。
超能力があるくらいなのだ、別に世界があっても不思議ではない。
「サラを迎えに行ったら驚いたわ。気を失ってる貴方を犯してるんだもの」
「あぁ……やっぱ、夢じゃなかったのか……」
そしてそれをお姉さんに見られてたのか……、何それ死ねる……。
俯いて顔を覆う俺に、彼女はクスクスとおかしそうに笑う。
「いいじゃない夢じゃなくて、気持ち良かったんでしょ?」
「………………」
生々しい話を突っ込んで聞いてくるお姉さんに耳まで赤くなる。
「ま、苛めるのはこれくらいにしとこうかしらね」
そう言って、彼女は手と手の皺を合わせるようにポンと手を合わせた。
意地悪さを引っ込めて、彼女は再び慈しむように微笑む。
「それよりも、お礼を言わなくちゃね、ありがと」
「……べっつに、お礼言われるようなことしてねェけど」
「うぅん。この娘の姉として、貴方にはお礼を言わせてもらうわ」
そう言って、彼女は深々と頭を下げる。
いいとこの貴婦人のような佇まいの女性に頭を下げられ、さすがに動揺する。
慌てる俺に構わず、彼女は申し訳なさそうに微笑んでいた。
「サラは気が付いたら不意に迷子になっちゃう妹だから、すごく心配だったの」
「は、はぁ……」
「貴方みたいなしっかりした子がサラと一緒にいてくれるなら、私も安心するし、助かるわ」
しっかりした子、という評価に頬を掻く。
果たして、そうなのだろうか。
あんな勢いに任せて、まだ幼いサラにあんなことを……、思い出したらまた顔が熱くなってきた。
「アレは貴方のちょーのうりょく?と似たようなものよ。私たちは男を誘惑する術に長けているから」
「……そんな力も、世の中にはあるのか」
細かいことはおいおい説明してあげるわ、納得のいかない俺にお姉さんはそう告げた。
「貴方はそれなりに腕もたつみたいだし、これからもサラの面倒見てくれる?」
「腕もたつって……、俺、そんな強くねェし……」
「守らないと、悪い虫が自然と寄っちゃう娘よ、あの子?」
「………………」
「知らず知らずの内に男を魅了しちゃう……一種の天然タラシかしら?」
言われてみれば、分からなくもないが……。
それを彼女を襲った言い訳にしたくないのも事実だった。
彼女の無垢な言葉に救われて、無邪気な態度に好意を抱いたのは嘘ではない。
「ふふっ、貴方がサラを愛してるのは見れば分かるわよ」
「え?」
「だって、寝やすいように膝貸してあげてるし」
言われて見下ろすと、愛らしい寝顔を浮かべてサラは俺の膝の上に頭を転がしていた。
ご満悦な寝顔を晒す彼女に、再び顔が熱くなった。
「あら、無意識?」
「……………っ!」
抗議の声をあげようにも、声が大きくなりそうになって慌てて塞ぐ。
そんな俺の様子をケラケラと笑い、お姉さんは立ち上がった。
「とにかく、サラをよろしくね。後で経緯とか、教えてくれると嬉しいわ」
「……どこ行くんだ、アンタ」
「これで忙しくてね、私。ゆっくり寛いでて構わないわよ」
そう言ってひらひらと手を振り、彼女は部屋から出ていった。
残された俺は、しばらく彼女の出ていった荘厳な扉を見つめていた。
穏やかな寝息をたてるサラのブロンドの髪を梳り、あどけない寝顔を見下ろす。
「……可愛いなァ、畜生」
迷子にならないよう、俺はサラの小さな手を握って、赤い顔で天井を仰いだ。
悪い虫を払う、というよりも、愛おしい彼女と、いつまでも一緒にいたい。
そんな風に、俺は彼女が起きるまでドキドキと落ち着かない思考に悶えていた。
ちなみに、サラが昨晩のことを憶えていなくてびびったのはまた別の話。
穴の開いた天井から差し込む日差しに溜め息を吐いて、ボロボロのソファでだれていた。
所どころ剥がれたタイルからは雑草が生え、日差しに艶やかな緑が映える。
しかし、武骨どころか崩落しかかっているコンクリートハウスには少しそぐわない。
「……やってらんねェ」
日陰に入っているとはいえ、初夏の少し蒸れた熱気が鬱陶しい。
家と違って冷蔵庫と麦茶もなく、家と違って扇風機やクーラーもなく、家と違って開く窓もない。
鉄筋がむき出しに、錆びかけた鉄パイプが無造作に積まれ、鼠色の壁と天井には大きな穴。
そんな灰色一面の瓦礫の廃墟。
「金ならあんのにねェ……」
そんな荒んだ部屋の隅に、場違いにも小奇麗で小さな金庫。
中には、数えたこともないが札束がギッシリと詰まっている。
一日に一万円も使うことがないため、恐らくは当分あの金庫が尽きることはないだろう。
「……ん?」
不意に、大きく崩れた壁の向こうの、高く突き出た街頭スクリーンに目が行く。
遠目にも分かる、スクリーンに映った白髪の少年と白い文字は見覚えがある。
目付きの悪い、ボサボサと雑草のように伸ばした、生意気そうな面。
スクリーンに刻まれた文字は、『超能力少年A』。
というか、俺だった。
「まーだ騒いでんのかよ……」
切り替わった画面には、赤い文字で『イカサマ師』。
誹謗中傷という、生々しい悪意が滲む画面に苛立ちが募る。
さすがにここまで音声は届かないが、流している内容は恐らく超能力の検証と批判だろう。
飽きずによくもまぁと言うよりも、一時は超能力者と囃し立てていた分だけその身勝手さに呆れる。
「くそ……」
朝っぱらから嫌なものを見た。
無視すればいいものを、どうにも俺はそんな戯言を聞き流せない性格らしい。
これも遺伝かと思えるが、自分で言うのもなんだがきっとあの両親よりはマシな筈だ。
『超能力者』から『ペテン師』へとブームが流れた途端に、実家からは勘当を食らった。
「手前勝手に金だけは貰っといて、叩かれた瞬間に捨てやがって……」
薄情極まりない両親を呪いながら、分かり易く毒々しい悪意から逃げるように家を出た。
ショックを受ける前に殺意が湧いた、あの日のことはそう簡単に忘れられない。
頭の中に流れかけた両親の一方的な罵倒をシャットダウンして立ち上がる。
そう言えば、朝起きてからまだ水も飲んでない。
「気分転換に、公園でも行くか……」
水道もない廃墟を抜けて、迷路のような路地へ入る。
塀を渡る野良猫に見下ろされ、不機嫌そうにみゃあと鳴かれる。
「へっ……」
何となく、鼻で笑ってそのまま雑草やゴミで足場の悪い路地を歩きながらフードを目深に被る。
悪い意味で有名人だが、適当に顔さえ隠せば存外バレない。
廃墟生活が始まった時はビクビクしていたが、意外と他人は他人を見ない。
路地を抜けて、人通りの多い大通りに紛れ込む。
何かのドラマのように歩みを止めて注目することなく、雑踏は流れ続ける。
「………………」
友人と語らいながら、或いは手をつないで歩む人々を一瞥して俯く。
そんな相手が今も先もいないことだけは、強がりたいが辛い。
まともに人と話すときは、適当な売店で飲食物を買う時だけだ。
こんな現状を愚痴る相手も、バカなことを言って笑いあう相手もいない。
「けっ…………」
心の底から羨ましい人通りが、少しだけ眩しい。
逃げるように大通りを抜けて、遠回りになるが人気のない小道へと曲がった。
そこで、小柄な誰かとぶつかった。
「っと」
「ひゃっ!?」
全くの死角からお互いにぶつかってしまい、相手方は尻餅をついてしまった。
少女特有のハイトーンな悲鳴に、反射的に様子を窺ってしまう。
「大丈夫ですか?」
フードを目深に被り直し、女の子に手を差し出す。
……まるで悪魔のような禍々しい角を生やす、あどけない少女に。
コスプレにしてはやけにリアルだと思っていたら、背中には熟れたリンゴのように赤い蝙蝠のような翼と、腰から伸びる蜥蜴のような尻尾の先はハートを象っていた。
小悪魔のような格好に似合わず、フリフリと少女趣味なエプロンドレス。
そんなアンバランスな姿をした少女は、目尻に涙を溜めながらお尻を押さえていた。
「いててて……」
まるで青空のようにクリアな碧眼を潤ませる少女。
幼さの残る、どころか自分よりも明らかに年下の彼女に慌てた。
小学生高学年か、中学生低学年ほどの彼女に再度声をかける。
「……大丈夫ですか?」
それで漸く、彼女はこちらの存在に気付いた。
薄っすらと涙を滲ませた瞳をこちらに向けて、彼女は可愛らしく小首を傾げた。
視線は合わせまいと、故意に俯く。
「………………」
「………………」
じーっと。
吸い込まれそうなほどに無垢な瞳に覗き込まれる。
視線を外すことも、瞬きすることもなく凝視する少女。
チクチクと刺さる視線に居心地の悪さを覚え、彼女から顔を逸らして立ち上がる。
ひょっとして……、バレたか?
「大丈夫そうですね、では……」
顔を見られないよう注意を払って、フードの縁を引っ張って立ち上がる。
実際、彼女はちょっと腰を打った程度だ。
イチャモンこそつけられるかもしれないが、追いかけるまでのことはしないだろうと見切りをつけて踵を返そうたした。
が、グッと何かにパーカーの裾を引っ張られてつんのめる。
「ま、待ってぇ……」
縋るような声に振り向くと、少女が瞳を涙に濡らして裾を摘まんでいた。
先ほどよりも明らかに泣きそうになっている少女にぎょっとする。
それこそ、子供のような見た目のせいか今にもおいおいと泣きそうだ。
「何だよ……」
それを振り払って泣かれることを懸念し、再び彼女の視線に合わせて屈む。
グスッとべそをかきながらも、しかし彼女はしっかりと服の裾を摘まんだままである。
どうも、別にバレたわけではないらしい。
なら、多少は踏み込んでもいいかもしれない。
「親御さんとはぐれたのか?」
さすがに泣いている女の子を捨て置けるほど、良心は捨てきれない。
年甲斐のない少女が一人、こんな街中で親と離れたら心細いのも分かる。
もしそうだったら自分にもその辛さが分かるからこそ、力になってあげたい。
そう思ったが、しかし彼女は首を振った。
「ちがう……」
「じゃあ、落し物か? それとも迷子か?」
重ねて問うも、彼女は首を振る。
そして彼女が零した言葉は、どちらかと言えば『迷子』に近かった。
「ここ、どこ……?」
◆ ◆ ◆
彼女の手前、公園で水を飲むことは躊躇われ、コンビニで水を買った。
少女にもオレンジジュースを買ってあげたが、未だに不安げに俯いている。
兎にも角にも、なにぶん目を引いてしまう外見の彼女だ。
未だ日は高く差し込んでいるため蒸し暑い廃墟に、彼女を招き入れた。
「ここに住んでる……?」
ずっと黙っていた少女が、ボロボロに崩れたコンクリートハウスを見上げて問う。
TVの世界のお嬢様のようなエプロンドレスを纏う彼女からすれば、これは家にも見えないだろう。
「汚くて悪ィが……、まぁ上がれや」
それだけ言って、日の差し込まない陰に置いたボロボロのソファに座る。
ペットボトルのキャップを開けて口に含むと、まだ冷たいミネラルが口内に広がる。
それにしても、だ。
目の前のそわそわと落ち着かない様子の少女に、俺は首を傾げた。
『ここ、どこ……?』
泣きそうな声で吐かれた言葉は、しっかりと耳に残っている。
まるで全く知らない世界に怯えるように、彼女は忙しなく周囲を見ては瞳を潤ませていた。
最初はやっぱり迷子なのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。
「えぇーっと……アンタ」
「は、ひゃいっ!」
オレンジジュースの入ったペットボトルをもの珍しそうに見ていた彼女は、唐突に呼ばれてビクッと身を竦める。
その様子にやや呆れながら続ける。
「アンタ、名前は何つーの?」
言葉こそ流暢なものの、その外見は完全に外国人である。
いや、あの角やら尻尾やらのコスプレから考えると同郷の可能性もなくもない。
しかし、震えた声で彼女が言った名前は、明らかに外人の名前だった。
「さ、サラクルーシュ……」
どこの国か、さっぱりと見当もつかない名前だった。
「オッケー、じゃあサラクルーシュ。お前、どこから来たんだ?」
「えと……、その……」
「…………分かんねェか、じゃあ母ちゃんとかは?」
「おねぃちゃんがいるけど……こっちにはたぶんいないかも……」
口ごもる彼女に、眉をしかめて穴の開いた天井を仰ぐ。
身元不明、未成年、外国人、保護者もおらず。
詳しいことは分からないが、これじゃ警察もアテにはなるまい。
「あのぅ……」
と、そこでサラクルーシュがおずおずと小さな手を上げた。
それに首を傾げて先を促すと、彼女はびくびくしながら尋ねる。
「これ、どうやって開けるの……?」
そう言って、オレンジジュースのペットボトルを差し出す少女。
外国にはペットボトルもないのだろうか?
そんな疑問を抱きながら受け取り、キャップを捻って彼女に渡した。
「ほれ」
「わっ……」
半ば押し付けるように渡したせいか、中身が零れそうになってサラクルーシュが慌てる。
チャプン、と水滴を跳ねながらも零すことなく、彼女はマジマジとオレンジ色の液体を覗き込む。
じーっと、ペットボトルの口からジュースを覗き続ける彼女にまどろっこしさを覚える。
「ただのオレンジジュースだっつの」
「オレンジ……みかん?」
「そうそう、みかん」
それだけ言って、俺も六甲山の美味しい水を呷る。
喉を通る冷たい流れに溜め息を漏らし、サラクルーシュに視線を移す。
俺を見て意を決したのか、彼女もおっかなびっくりペットボトルに口をつける。
恐る恐る傾けて、ほんの少しだけ口に含み、こくんと喉が上下する。
「……甘くておいしい!」
ここにきて、初めての明るい声。
無邪気にはしゃぐような声に少し呆気にとられ、その間に彼女もペットボトルを呷る。
勢いよくごくごくと飲み、ぷはぁっと大きく息を吐くサラクルーシュ。
どこかのお嬢様のように見えて、小悪魔のようでいて、普通に子供だった。
「……そりゃ良かったな」
何の変哲もない、むしろ安物のオレンジジュースなんだがな。
文句しか垂れない最近の小僧よりかは何とも素直な彼女にニヤリと笑い、俺は立ち上がった。
コクコクと喉を鳴らしてオレンジジュースを嚥下していたサラクルーシュがそんな俺を見て首を傾げる。
「んくっ……そう言えば……、おにぃちゃんのお名前は?」
「ん? 俺か?」
フードの裾を摘まみ、少しだけ悩む。
が、何となく彼女には別に本名を明かしても問題がなさそうなのは明らかだ。
むしろ久しぶりに……、そう思いフードを脱いだ。
「……秋庭璃空だ。好きに呼んでいいぞ」
「りく、りくりく? りっくん? ……りっちゃん!」
「………………」
「わたしも、サラでいいよ!」
「………へいへい」
……ゴリゴリ距離つめてきたなぁ、こいつ。
キラキラと眼を輝かせて微笑むサラに肩をすくめて、俺はペットボトルを手でくるくると弄ぶ。
「………………」
「んっく……んくっ!」
喉を鳴らして満面の笑みでオレンジジュースをラッパ飲みするサラ。
恐らく、彼女はいま自分がどういう状況に置かれてるかも把握できていない。
行くアテもなく、庇護者もおらず、俺とさして変わらない現状。
「ぷはぁ!」
……寝覚めが悪いもん拾ったな、くそ。
「おい、サラ」
「んぅ?」
空のペットボトルをベコベコと凹まして遊ぶサラを見ながら俺は頭を掻いた。
純粋無垢な笑みを口元に浮かべる彼女に、小さな溜め息を漏らす。
「…………嫌いな食いもんとか、ねェよな?」
「うん、わたしは何でも食べるよ!」
今日は、珍しく一万円札を丸々使い切った。
久しぶりに誰かと食う飯の味は、存外に美味かった。
◆ ◆ ◆
本日は晴天なり、やや風が強い模様。
あれから三日が経ったものの、サラは変わらず元気である。
斯くいう俺も、まぁ精神的に健康になったと言えなくもない。
やたらと俺と遊びたがるサラのおかげか、誰かを妬んだり呪うような気分になれない。
「りっちゃんりっちゃん! 遊ぼ遊ぼ!」
「へいへい……、んじゃ、今日は『達磨さんが転んだ』ってやつだ」
妹がいたらこんな感じか。
碌でもないと思っていた家族も、本当はこういうものなのだろう。
エネルギーだけはやけに有り余ってるくせに、遊びを知らないサラに丁寧に遊びを教える。
『鬼ごっこ』『隠れんぼ』『あっちむいてホイ』。
二人でやるにはどうも面白味に欠けると思っていたが、全力ではしゃぐ彼女に振り回されて、何となく俺もそんな幼稚な遊びを楽しんでいる。
「……ってなルールでな、分かったか?」
「うんっ! じゃあ、どっちが鬼になる?」
「そうさなァ……、じゃあサラがやってみるか?」
何せ、俺は性格が悪すぎる。
あまりに遊びにムキになりすぎて、サラ相手に既に三回は騙し討ちをしている。
となれば、イカサマのしようがない方が俺はいいだろう。
「分かった! 今日こそはりっちゃんに勝つもんね!」
「はン……。なら、今日は負けた方が罰ゲームでもすっか?」
「ばつげーむ?」
「あァ。負けた方は勝った方の言うことを一つだけ聞く、でどうだ?」
三戦三敗のサラのモチベーションを上げるために、そんなことを言ってみる。
ポクポクと、サラはそんな俺の言葉を咀嚼する。
そして、意味を理解したのかパッと花が咲いたような笑顔になる。
彼女に合わせて、俺もニヤッと笑って見せる。
「やるっ!」
「オーケー。じゃあ、俺が勝ったら肩でも揉んでもらうぜ」
「じゃあ、わたしが勝ったら一緒に寝てもらうっ!」
こういう時、お互いに面倒なことを言わない性分で助かる。
もっとも、こんな些細なことでも全力を出す辺り、俺はかなり大人げないのだろうが。
「じゃ、俺はここ。サラはあっちな」
妥当な距離を見繕い、サラに部屋の隅の壁際を指差す。
それに倣ってサラも壁際を指差して、素直に尻尾を振りながら小走りで向かう。
くるりと振り返って微笑む彼女に手を振ると、すぐに彼女は壁に寄りかかって顔を伏せる。
「もういいー?」
「あァ、いつでもこいや」
少しくぐもった声に応じて、彼女の方へこっそり歩けるよう構える。
インパクトでも与えるために走ろうかとも悩んだが、ずるいのでやめた。
「だーるーまーさーんーがぁー……」
忍び足で彼女に、なるべく雰囲気を楽しめるようゆっくりと近づく。
何ともスリリングな感覚に胸を躍らせているも、彼女の声のテンポは変わることがない。
間延びした調子で言いきり、彼女はくるりと振り返る。
「こーろーんーだ?」
ピタリ。
彼女の声に合わせて、歩こうと足を上げた状態で止まる。
そんな俺を見て、彼女はにんまりと口角を釣り上げて再度伏せる。
(……何か企んでるな、ありゃ)
彼女が再び声を出すのに合わせて、今度は二歩だけ進んで様子を見てみる。
そして、予感は的中した。
「だるまさんがー……、ころだっ!」
唐突に噛むほどに勢いよくいい、サラはしてやったりと振り返る。
が、腕を組んでニヤニヤと意地汚く笑う俺に、彼女は唇を尖らせた。
「りっちゃんめぇ〜……!」
「ンな子供騙しに引っ掛かっかよ」
挑発する俺に頬を膨らませて、彼女はべぇっと小さな舌を出す。
拗ねたように伏せる彼女に苦笑し、再び注意して忍び足で近づく。
「だぁーるまーさんっがぁーこぉろー……」
今度は妙にタイミングが難しく、変なリズムで区切るサラ。
投げ出そうとせずに更に小細工を練る辺りが、実に可愛げがある。
少しだけ欲を出し、彼女の策に免じて挑戦することにした。
足を踏み出そうと、ズッと足を引きずった、その瞬間だった。
「んだっ!」
ピタリ。
……危なかった。
足音に合わせて掛け声を切った彼女に、ニヤリと笑って見せる。
彼女はそんな俺を見てニッと歯を剥き出しに子供っぽく笑った。
「こどもだましにはひっかからないんじゃなかったっけ〜?」
「……俺もまだまだガキってこった」
実際、俺だってまだ14だ。
成人には程遠い。
俺の台詞に、彼女は何故か頬を淡く染めて嬉しげに微笑んだ。
「えへへ……りっちゃんもわたしとおなじかぁ〜♪」
「…………?」
照れた顔を隠すように彼女は再び伏せる。
何が嬉しかったのか、それが分からないが俺も忍び足で彼女に近づく。
「だーるーまーさーんがぁー……」
どこか嬉しげに弾んだ声を妨げるように、廃墟の中に風が吹く。
蒸し暑いコンクリートハウスに吹き込んだ風が、汗の滲んだ肌に涼しい。
カラン。
「ん?」
聞き覚えのない、耳に残る金属音が響いた。
何か空洞的な金属が、転がるようなそんな音が上から聞こえた。
不意に見上げて、あっと声が漏れた。
天井に大きく開いた穴から、錆びた長い鉄パイプが、今にも転がり落ちそうになっていた。
「こぉーろーんだっ!」
「サラッ!!」
無邪気に振り返るサラに、我を忘れて足が動いていた。
ぐらりと傾ぐ鉄パイプに舌打ちし、運動不足の体を懸命に動かす。
「ふぇ?」
鉄パイプの音に今更に気付いたサラが、今にも落ちてきそうな鉄パイプを見上げる。
間に合わない、そう直感したとき、無意識に彼女に手を伸ばしていた。
「……………ッ!」
奥歯を痛いほどに噛みしめて、彼女に念じた。
一心に、こっちへ、と。
ドッ、と。
胸に少し重たい衝撃。
同時にガランガランと、派手な音をたてて鉄パイプが剥き出しのコンクリートに落ちた。
そこにいたはずのサラは、俺の腕の中でぽかんと口を開けていた。
「…………っ」
「…………ふぇ?」
無意識のうちに、テレキネシスを発動してしまったらしい。
壁際にいたサラを引っ張り、何が起きたか分からない彼女は目を白黒させるばかりだ。
ただ、怪我をすることもなく無垢に自分を見上げるサラに、俺は安堵の息を漏らした。
「はァ……。サラ、大丈夫かよ?」
「え? う、うん……」
あァ……ったく。
か細く華奢なサラの体を放し、俺はガリガリと頭を掻いた。
未だにきょとんと惚けている彼女を一瞥し、大きく溜め息を零す。
そして、彼女に見えるように部屋の隅に転がったペットボトルを指差す。
「サラ……、あのペットボトル見ろ」
「えっと……、あれ?」
「そう、アレだ」
しっかりとペットボトルを注視する彼女を確認して、俺は念じた。
こっちへ来い、と。
瞬間に、ペットボトルはふわりと浮いたかと思うと、物理法則を無視した軌道でこちらへ飛んでくる。
それを掌で受け取り、サラに俺のテレキネシスを見せた。
「…………どうよ」
端的に、それだけ言ってサラをちらりと見る。
すると、驚いたことに彼女の反応は俺の予想とは全く違う反応だった。
「ほわぁ〜…………!」
「………………………」
感嘆の吐息に、呆れが先走った。
しかし、そう言えば彼女は俺のことを知らなかったのだと思い出した。
侮蔑と猜疑の反応に慣れ過ぎたせいか、サラの無邪気な反応にどうにも捻くれてしまっていたことを自覚させられる。
「すごぉい! りっちゃん魔法使いだったのぉ!?」
魔法使いて。
無邪気にはしゃぐ彼女に生温い視線を送り、悟られないよう曖昧に苦笑する。
「……まぁ、そんなところさ」
「すごいすごい! りっちゃんすごぉい!」
……いや、まぁ、確かにすごい自覚はあるけど。
こうもはしゃがれると……、照れる。
超能力少年だった当時は、こうやって喜んでくれる奴がいたってことを、思い出さされる。
そして、それが悪い気がしないのが、悔しい。
「べっつに……、そんな凄くねぇよ」
口をついて出てきた憎まれ口に、サラは尚もキャッキャとはしゃぐ。
そんな彼女にむくれて、俺はそっぽを向いた。
「えへへ……、助けてくれてありがと、りっちゃん♪」
追い打ちに、そんなことを言うサラに俺は赤い顔を隠すように背を向けた
そして、ふと思った。
この場合、達磨さんが転んだはどちらが勝ったのだろうか……?
◆ ◆ ◆
結論として、俺の負けということで落ち着いた。
サラはどうにも納得していない様子だったが、実際彼女の宣言以降も動いていたんだ。
理由はなんにせよ、負けは負けだ。
勝敗を決めんがために議論したせいか、既に日は傾いているどころか沈んでいる。
「よっ、と」
天井の錆びついたフックに蛍光灯代わりの懐中電灯をぶら下げる。
サラの要望で買ったどこかピンクっぽく真新しい懐中電灯が、薄暗いボロボロのコンクリートハウスを白い光が照らす。
「………………」
そんな俺をじーっと見上げるサラは、普段と何も変わらない。
あいつのことだから、俺のことを『超能力少年A』とも『ペテン師』とも見ていない。
恐らくは以前と大した差はなく、ただの『りっちゃん』なのだろう。
それがたまたま、彼女には魔法使いに見えただけの話だ。
「いや……俺もお前とさして変わんねェか……」
「………………?」
足台代わりに使う椅子から小首を傾げるサラを見下ろして、ぽつりと呟く。
懐中電灯の艶やかな光を放つ蝙蝠のような翼と、愛らしい尻尾。
女の子らしく可愛らしい蝶結びのついた鋼色の悪魔の角は、アンバランスに禍々しい。
正直に言えば半信半疑なのだが、サラはひょっとすると人間じゃないのかもしれない。
「ど、どうしたの、りっちゃん?」
「何でもねェよ」
俺の視線に頬を薄っすらと染めるサラに、椅子から飛び降りる。
さすがに三日も一緒に暮らしてみれば、あの角も尻尾も翼も飾りではないことが分かる。
でも、本当に彼女が悪魔だったとしても、俺には彼女が『サラクルーシュ』にしか見えない。
それがたまたま、悪魔に見えただけの話なのだから。
未だにまじまじと見る俺の視線に、居心地悪そうにもじもじとするサラの頭に、ポンと手を置いた。
「ふぇっ?」
さらさらとした柔らかい髪を、くしゃくしゃと乱すように撫でる。
唐突に頭を撫でられ、サラは何ゆえに撫でられているのか分からずに戸惑う。
しかし気持ちよさそうに目を細める彼女に、俺は頭を撫で続けた。
「ったく、可愛い奴だよテメェ……」
本人に言うには照れくさく、聞こえないようにボソッと呟く。
まともに人と付き合うことのなかった俺は、サラに心の中で感謝した。
「さって、もうとっとと寝るか? お前、暗いの苦手だろ?」
「え!? なんでりっちゃん知ってるの!?」
「いっつもソファでびくついてりゃ分かるわ。ったく……、普通に頼みゃ罰ゲーム抜きで一緒に寝るくらい構わねェっつーのに……」
「だ、だって恥ずかしいもん……」
お年頃だねェ……。
赤くなって俯く愛らしいサラに笑いが零れ、それに彼女はますます赤くなった。
「……りっちゃんは何ともないの?」
「別に? たかが添い寝だろ?」
これは、ちょっと嘘だ。
サラは幼くはあるものの、身内贔屓を除いてもかなり可愛い。
しかし、サラは俺から見て妹みたいなもんだ。
時たまにサラの無邪気さにドキリとさせられることはあるが、そういう目で見たことは無いつもりだ。
だがつもりは積り、サラを異性としてまるで意識していないと言えば嘘になる。
「もぅ……、ほらりっちゃん! こっち、こっちのソファ来て!」
「ハイハイ……」
俺の台詞に何故か拗ねたように頬を膨らませ、彼女はボンボンとボロボロのソファを叩く。
やれやれと肩をすくめて、ソファに転がるサラの隣に座る。
そんな俺を、やや怪訝そうにサラが見上げる。
「寝ないの……?」
「お前にソファ使わせてるからな、座って寝るのに慣れた」
なんなら膝枕でもするか?
首を巡らして碧い瞳で俺を見上げる彼女に、瞼を薄く持ち上げて尋ねる。
「添い寝じゃなくない……?」
「付き添って寝る、添い寝だろ」
ぶぅ……、と頬を膨らませるサラにそれだけ言って瞼を閉じる。
袖をくいくいと引っ張られるが、申し訳ないがシカトすることにする。
さすがに……、サラの言う通りの添い寝は照れる。
幾ら幼いとはいえど、俺とサラはそう歳に差があるわけではない。
まして思春期真っ盛りの俺には、そんな状況に一片の疚しさもなく彼女と添い寝できるほど悟ってない。
「りっちゃ〜ん……」
「……………………」
甘えるような声をあげながら、彼女はくいくいと袖を引っ張り続ける。
ここで乗ったら、末代まで照れくさい。
もはや半分は意地で、俺は寝たふりを続行していた。
「……えいっ!」
「うぉわっ!?」
不意打ちに、グイッとサラの引っ張る力が強くなった。
まさかサラが強硬手段に及ぶとまでは思わず、踏ん張りがきかずに俺もソファに倒れ込んでしまう。
すかさずに俺を起き上がらせまいと、サラは俺の頭を力一杯抱え込む。
「むぐゅ!?」
「へっへー、離さないも〜ん♪」
誰に似たのか意地の悪い笑い声で、サラはぎゅっと俺の頭を自身の胸に押し付ける。
柔らかい感触に、どこか甘い匂いに頭が沸騰した。
甘い、甘い匂いに、頭の中が犯されたのかもしれない。
俺はサラにそこまで意識していたつもりはなかったのに、自分でも分かり易いほどに心臓が跳ねた。
「ぎゅ〜っ!」
「んーっ! むーっ!?」
やばい、やばい、やばい!
何がやばいかも分からないが、腹の底から妙な衝動が競り上がってくるのがやばい。
頭の中を呑みこみそうなほどに激しい欲望。
語彙能力の乏しい俺は具体的に何がしたいのか分からないけど、サラに何かしたくて狂いそうだ。
好きで、好きで、後戻りできないかもしれないけど、無茶苦茶にしたい。
「む……ぅん!」
「きゃっ!?」
少し乱暴に彼女を放し、ソファにサラを横たわらせる。
驚いたように瞳孔を全開にして俺を見上げるサラに動悸が激しくなる。
もう、止まれなかった。
「んむ」
「んっ!?」
強引に唇を押し付けると、瞬間にサラの体が強張る。
そんな彼女のエプロンドレスの正面を引っ張り、強引にボタンを外して胸元を開かせる。
「んっ、んぅ、ぇる、るぢゅっ」
「んんっ!?」
サラの小さな口の中に自分の舌を差し込み、細っこい彼女の舌を絡め取る。
ディープキスと服を脱がされたことに吃驚し、彼女の目は更に丸くなる。
そんな彼女のまだ成長途中と思しき胸部に手を這わせる。
ささやかな胸部は思った以上に柔らかく、少し力を入れると掌が沈んでしまうほどだ。
桜色の乳首をくりくりと指で摘まむと、サラの華奢な体がびくんと跳ねた。
「んゅぅうううっ!?」
しかし、俺にはそんな彼女に遠慮する余裕もなかった。
片手で彼女の乳首を苛めつつ、もう一方はフリルスカートから股へと手を伸ばす。
「んっ、ふぅっ、んっ、んんん!?」
「ちゅっ、れる……ぇろ、んっ」
口腔に舌を這わせ、乳首を人差し指と親指で転がし、下着越に濡れた秘部を撫で上げる。
びくびくと快感に震えるも逃げようとしないサラに、俺はにちゃりと湿ったパンツを膝まで脱がせる。
露わになった膣口に再度手を伸ばすと、これにはさすがに抵抗があるらしく彼女は太腿をキュッと閉じ、スカートの上から手で秘部を隠そうとする。
「ん、ぁん、ぅぁんんんっ!」
無論、そんなささやかな抵抗が通るはずもない。
しっとりと汗の滲んだ太腿を撫で、感度のいい上口腔を舌でなぞり、乳首をきゅっと摘まむ。
快感に頑なに閉じていた太腿が緩み、すかさずそこに手を捻じ込む。
勢いが強すぎたせいか、中指が第一関節まで暖かいぬかるみのような蜜壺に沈む。
途端にびくっと、再び彼女の体が跳ねて秘部に差し込んだ手を太腿が挟む。
「ん、ぷは……」
「っぷぁ、んぁ、ひゃ、うぅ……っ!?」
耳まで羞恥に赤く染めて、サラは桃色の嬌声を堪えきれていない。
ぐちゅぐちゅと柔らかい膣肉を掻き乱し、俺は我慢の限界を迎えかけていた。
ギンギンに滾った陰部は熱く、今すぐにも彼女の小さな秘部に捻じ込みたかった。
「は、ぁ、ぅぅぅ……」
荒い息を吐く彼女は、幼い顔を快感に蕩けさせていた。
そんな脱力しきったサラの両足を広げ、俺は彼女の愛液に濡れた割れ目に大きく滾った肉棒を当てる。
くちゃ……、とぬめりけの強い愛液に敏感な陰茎が触れ、ゾクゾクと背筋に快感が走る。
「そ、そこはきたないからぁ……!」
恥部を晒された挙句、そこに男性器を押し当てられたサラは真っ赤になって顔を覆う。
しかし、彼女の涙に濡れた碧眼は、俺には蠱惑的に誘っているように見えた。
そんな彼女に我慢など利くはずもなく、俺はサラのヒクつく陰唇に亀頭を当てて、一気に押し込んだ。
「ひぁぁああああっ♥」
「ぐ、うぅ……!」
食いしばった歯から、獣のような唸り声が漏れる。
幼いサラの膣は、明らかに容量ギリギリの肉棒を甘く締め付ける。
みっちりと温かい柔肉が食いつく感触に、理性の外れた獣欲を更にけしかける。
破瓜の痛みと快楽に目を見開き、サラは小さな手足をバタバタと振ってもがく。
「あっ、ぅんっ、ん、えぅっ♥」
足をばたつかせる動きは、次第に蜜壺で肉棒にむしゃぶりつくように俺の腰に先ほど触れた柔らかな太腿でしがみつき、狭い膣肉で陰茎を締め付ける。
そんな彼女の矮躯を、俺も両手を回して抱きしめる。
「にゃにこれぇ、りっちゃぁん、にゃにこれぇ……♥」
ぐりぐりと亀頭を子宮口で苛み、甘い声で耳朶を犯すサラ。
緩やかに射精を促す彼女に奥歯を噛みしめて、俺も陰茎を押し込みながら答える。
「知らねェけど……ッ、すっげぇ気持ちいィ……!」
「わたしもぉ、ぁんっ、にゃんか、ぁうっ♥」
性行に関して碌に知識を持たない俺らは、互いに貪りあうように腰を押し付けあう。
しかしそれだけでも、俺は堰き止めていた衝動を抑えきれなかった。
びゅぐっ、びゅるるっ、びゅるるるる!
「うっあぁ……!」
「ふわぁぁぁぅ♥」
ドクドクと、脈打つ陰茎。
接合部から白濁が溢れ、なんだか体から力が抜ける。
まるでサラに吸い取られているかのように、少し眠たくなった俺とは対照的にサラは口の端から涎を垂らして恍惚に打ち震えていた。
「うわ……っ!」
脱力した俺にしなだれかかり、サラは抵抗する余力もない俺を押し倒す。
ソファの肘掛けで頭を強かに打ち、しかしそれどころではなくチカチカする視界でサラを見上げる。
小学生が浮かべるようなあどけなさの崩れた、赤く染まった淫靡な微笑。
口端をニヒルに引き上げるその笑みは、明らかに俺の真似事だった。
「これはりっちゃんの負けだねぇ……♥」
「……はぁ……うく……」
上手く重心を押さえられ、力の抜けた体では彼女を押しのけられない。
それ以前にそもそも、サラを押しのけようとする意思すら湧いてこない。
……おい、俺はロリコンだったのか?
「負けた方には、ばっつげーむっ♥」
そう言ったサラは、俺に跨ったまま大きくグラインドをかける。
狭い肉洞にシェイクされ、余りの快感にびくりと体が跳ねる。
「うぐぁ……ッ!」
「えへへぇ、今度はちゃんと勝つんだからぁ……♥」
嗜虐心に染まった笑みに見下ろされ、恥辱に顔が熱くなる。
そんな俺の反応を楽しむかのように、サラは子供らしからぬ笑みで淫らに舌を垂らして上下に腰を振る。
誰もいない、懐中電灯の明かりだけが頼りの薄暗い廃墟に、淫猥な水音が途切れず響く。
「あ、ひっ、ふぇっ、ぅん、りっ、ちゃんぅ♥」
絶頂仕立てのところを激しく責められ、本能的にサラに抵抗を試みる。
しかし、バタバタと手足ばかりが動くだけで、体は起こそうとしても力が入らない。
それどころかもがけばもがくほどに、彼女の蜜壺に嬲られて酷い快感に犯される。
「ぅぅあっ、ぐっ、ぁぁ……!」
「りっ、ちゃん、かわっ、ぃぃっ♥」
ピタリと、熱い頬をひんやりとした手が挟む。
あまりの快感に滲む視界に、にんまりと口角を持ち上げるサラ。
肉食獣が得物を見るような、意地悪く歪んだ碧眼から逃れるように顔をそむけようとするが、強引に彼女と視線を合わせられる。
「逃げちゃダメ〜♪」
「や、めぇ……!」
「だめぇ♥」
有無を言わさずに、サラは柔らかい唇を強引に押し付ける。
むりゅむりゅと唇が潰れて形を変え、歯茎にちろりと舌が這う。
ひどく、恥ずかしい。
「んっ、んぁ……!」
「ぇる、んむっ、にぢゅ、づる、くちゅ♥」
体に力が入らない。
自分の舌に、躊躇いなくサラの舌が絡みつくのが分かる。
逃げようと引っ込めても、逃がさないとばかりに容赦なく苛められる。
円を描くような腰の動きや、切なげに甘く締め付ける感触にペニスは今にも白旗を上げそうだ。
「んっ、ふん、んぅぅあ!?」
舌を差し込まれている手前、歯を食いしばって堪えるわけにもいかない。
羞恥、恍惚、快感が体の底から競り上がり、視界が朦朧と滲む。
チロチロと口腔をこそばかす細い舌先。
にぢゅにぢゅと激しい水音を立てて擦れあう下腹部。
暴力的なまでに扱かれる敏感な陰部は狂いそうなほどに気持ちいい。
「れるっ、ぅん、んちゅ、ぢゅるっ♥」
「んっ、んっ、ぁ、んふぅぅ!」
貪るように、サラの舌の動きが活発になる。
敏感な先端は子宮口にぐりぐりとにじられ、それが止めとなった。
どぶっ、ぶびゅるるっ、どぶぶぶ!
「んんん―――――!!」
「んふぅぅぅぅぅぅ♥」
激しく脈打つ陰茎を、キュウッと締め付けるキツいサラの膣。
まるで食らいつくように、最後の一滴まで文字通り搾り取らんと甘く締め付ける。
腰が抜けるほどの激しい脱力感に、声が出そうになるも唇は彼女に塞がれたままだ。
「んちゅぅぅぅ♥」
「むっ!?」
舌を引っ張り込まれるほどに、激しく口内を吸われる。
無邪気に俺を嬲る彼女に、体の力はどんどん抜けていく。
瞼すら重たくなり、まるで泥沼に沈み込むように、俺の意識さえ彼女に吸い取られていった。
◆ ◆ ◆
「ん……、ん?」
胸に重さを、瞼越しに眩しさを覚えて意識が緩やかに覚醒する。
差し込む日に手をかざし、自分の胸に視線を下げると胸板に頬を押し付けて眠るサラの姿。
フラッシュバックのように、昨日の情事がよみがえる。
「……っ!?」
すわ夢か、疑って彼女を見下ろすと普段と何ら変わりない姿だった。
しかしまるで夜更かしでもしたかのように体が重い。
すぅすぅと穏やかな寝息を漏らす彼女を起こさないように、俺は上体だけを起こした。
そして、絶句した。
煌びやか。
灰色のコンクリートハウスは、まるでお伽話のお城にありそうな煌びやかな一室に変貌を遂げていた。
見上げるとシャンデリア、壁を見るとなびくシルクのカーテン。
よく見てみると、俺とサラは大きなベッドの上に転がっていた。
「……………どこだ、ここ?」
寝惚けているのか、ぐしぐしと乱暴に目を擦る。
しかし改めて見直しても、そこは変わらずさながらお姫様の部屋だ。
呆ける俺に、すぐ隣から声がした。
「起きたかしら?」
「っ!?」
凛と澄んだ、サラとは違い大人びた女性の声。
慌てて首を巡らすと、そこにはフッと微笑む女性が椅子に座っていた。
どこか慈愛を帯びたその表情に、警戒心が抜かれる。
「……サラと同じ、角……」
禍々しさこそサラとは段違いなものの、真っ黒な角に白い髪。
アルビノを想起させるような、まるで恐竜のような質感の翼と尻尾。
「……アンタが、サラの言ってた姉か?」
「察しがいいわね、それに冷静ね」
「……いや、驚いてっけど……」
主にこの豪華な部屋と、やたら綺麗なサラの姉貴に。
無邪気に子供らしく振舞うサラと違い、彼女は上品な雰囲気を醸し出している。
少し肌の露出が多いドレスを着ているため、俺はそっと視線を逸らした。
「あら、意外と初心なのね♪」
「まだガキなんで……」
もごもごと言い訳を呟き、ふいと俯く。
サラは、未だに穏やかに寝息をたてる彼女に口端が吊り上がった。
「かわいいでしょ♪」
「……っ、はい……」
ニヤけていた所にそう言われ、否定することが出来ずに頷く。
少し頬が熱い。
そんな俺を見て、サラの姉は口元を手で隠して笑った。
「ふふっ、貴方も連れてきて間違いはなかったようね♪」
「……そういや、ここって何処なんだ?」
窓の外に広がる景色は、さながら中世の街並みである。
狭苦しく立ち並ぶビル街も、コンクリートを灼く日差しもない。
ひどく高いらしく、さながら城下町の如く広がる景色は外国のそれだった。
「ここは、貴方のいた世界とは違う世界よ」
「へぇ……」
意外と、ストンと信じられた。
まだ幼いために理解できなかったわけではない。
薄々、非日常とサラのような変わった娘のおかげで、そんなものがあるのではないかと思っていた。
超能力があるくらいなのだ、別に世界があっても不思議ではない。
「サラを迎えに行ったら驚いたわ。気を失ってる貴方を犯してるんだもの」
「あぁ……やっぱ、夢じゃなかったのか……」
そしてそれをお姉さんに見られてたのか……、何それ死ねる……。
俯いて顔を覆う俺に、彼女はクスクスとおかしそうに笑う。
「いいじゃない夢じゃなくて、気持ち良かったんでしょ?」
「………………」
生々しい話を突っ込んで聞いてくるお姉さんに耳まで赤くなる。
「ま、苛めるのはこれくらいにしとこうかしらね」
そう言って、彼女は手と手の皺を合わせるようにポンと手を合わせた。
意地悪さを引っ込めて、彼女は再び慈しむように微笑む。
「それよりも、お礼を言わなくちゃね、ありがと」
「……べっつに、お礼言われるようなことしてねェけど」
「うぅん。この娘の姉として、貴方にはお礼を言わせてもらうわ」
そう言って、彼女は深々と頭を下げる。
いいとこの貴婦人のような佇まいの女性に頭を下げられ、さすがに動揺する。
慌てる俺に構わず、彼女は申し訳なさそうに微笑んでいた。
「サラは気が付いたら不意に迷子になっちゃう妹だから、すごく心配だったの」
「は、はぁ……」
「貴方みたいなしっかりした子がサラと一緒にいてくれるなら、私も安心するし、助かるわ」
しっかりした子、という評価に頬を掻く。
果たして、そうなのだろうか。
あんな勢いに任せて、まだ幼いサラにあんなことを……、思い出したらまた顔が熱くなってきた。
「アレは貴方のちょーのうりょく?と似たようなものよ。私たちは男を誘惑する術に長けているから」
「……そんな力も、世の中にはあるのか」
細かいことはおいおい説明してあげるわ、納得のいかない俺にお姉さんはそう告げた。
「貴方はそれなりに腕もたつみたいだし、これからもサラの面倒見てくれる?」
「腕もたつって……、俺、そんな強くねェし……」
「守らないと、悪い虫が自然と寄っちゃう娘よ、あの子?」
「………………」
「知らず知らずの内に男を魅了しちゃう……一種の天然タラシかしら?」
言われてみれば、分からなくもないが……。
それを彼女を襲った言い訳にしたくないのも事実だった。
彼女の無垢な言葉に救われて、無邪気な態度に好意を抱いたのは嘘ではない。
「ふふっ、貴方がサラを愛してるのは見れば分かるわよ」
「え?」
「だって、寝やすいように膝貸してあげてるし」
言われて見下ろすと、愛らしい寝顔を浮かべてサラは俺の膝の上に頭を転がしていた。
ご満悦な寝顔を晒す彼女に、再び顔が熱くなった。
「あら、無意識?」
「……………っ!」
抗議の声をあげようにも、声が大きくなりそうになって慌てて塞ぐ。
そんな俺の様子をケラケラと笑い、お姉さんは立ち上がった。
「とにかく、サラをよろしくね。後で経緯とか、教えてくれると嬉しいわ」
「……どこ行くんだ、アンタ」
「これで忙しくてね、私。ゆっくり寛いでて構わないわよ」
そう言ってひらひらと手を振り、彼女は部屋から出ていった。
残された俺は、しばらく彼女の出ていった荘厳な扉を見つめていた。
穏やかな寝息をたてるサラのブロンドの髪を梳り、あどけない寝顔を見下ろす。
「……可愛いなァ、畜生」
迷子にならないよう、俺はサラの小さな手を握って、赤い顔で天井を仰いだ。
悪い虫を払う、というよりも、愛おしい彼女と、いつまでも一緒にいたい。
そんな風に、俺は彼女が起きるまでドキドキと落ち着かない思考に悶えていた。
ちなみに、サラが昨晩のことを憶えていなくてびびったのはまた別の話。
13/05/29 22:07更新 / みかん右大臣