連載小説
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オーパーツ
 永年の月日を経てぼろぼろに風化した石造りの壁を橙色の松明の灯りがぼうっと照らす。
鼻につんとくるホコリとカビの匂いは、近隣の集落の住人に「見捨てられた遺跡」と呼ばれた場所の地下に隠されていたこの施設が永らく使われていない証拠だ。
壁は現在使われている文字とは似ても似つかない古代文字と、人間とも魔物とも似てもにつかない存在が描かれた理解に苦しむような壁画でびっしり埋め尽くされ、一層不気味さを増している。
この階層はおそらく他の冒険者は未踏の領域だろう、盗掘の形跡がないし、なによりここまで到達するには魔導機械に精通するラクランにしか解けないような難解な仕掛けを攻略する必要があった。
「なんだ、これ……?」
ラクランは呆気にとられていた。
遺跡の最奥部の小部屋に隠されていた遺物は、ラクランの期待に対してあまりに突拍子もないものだった。
「へい旦那ァ、なに腑抜けた顔して突っ立ってんでさァ?」
「あ、ああ……これを見てくれ」
国でも有数の機械工と称されるラクランがわざわざ遺跡なんかに足を運んだのは他でもない、現代の機械工が全員束になった所で辿り着けそうにないほどに進歩した先史文明の超技術の手掛かりを掴んだからだ。どうせ見つけるのなら祖国のために役立ちそうなもの、できれば兵器や動力源、欲を言えば理論書や設計図が理想だった。
だが、これは、どう見たって――――――
「どデカい機械人形ですかい?気味が悪ィ、なんでこんなもん…」
「待て、気安く手を触れるのはよしてくれ」
ぱしと手をはたきおとすと、連れの男はへいへいと不服そうに身を引いた。素手でべたべたと触ろうとしたのかと思うとぞっとする。
連れの男の名はドレスデン、ラクランがギルドで護衛用に雇った用心棒だ。
筋肉質で大柄、肌寒い地方の地下遺跡の攻略に鎖帷子1枚に大斧を担いで来るという、がさつを絵に描いたような、あらくれ同然の男だった。
短く刈り上げた頭と特徴的な泥棒ヒゲの風貌はいかにも荒事に向いていそうなタイプで、確かに護衛系の依頼の実績は十分だった。
ただ、雇ったはいいがドレスデンはこの性格なので、繊細な職業のラクランとは全く馬が合わないのだった。
「旦那が見てくれって言ったんじゃねェかよォ」
「だからって触ってくれとは言ってない、やっぱり落ち着かないからそこで休んでいてくれないか」
「へェ」
言って地べたにどっかと座り、退屈そうにたっぷり蓄えた泥棒ヒゲをじょりじょりといじり出す。
(やはり護衛で金なんてケチるべきじゃなかったかな……)
ラクランは護衛に大枚はたく余裕なんてなかったにしろそう思った。
さて、とごそごそ雑嚢をまさぐるとラクランは中から一組の綿手袋を取り出し、ぎゅっと手にはめ込む。
やっと見つけた先史文明の遺産だ、功を焦ってはいけない、慎重に、この機械人形が一体なんのために、どんな技術で作られたのか、探り出さなくては。
努めて冷静になろうとするも、超技術の結晶を目前にしているという事実に、ラクランの鼓動はばくばくと高鳴っていた。







 その機械人形は、不思議なことに年頃の少女を象って造られたようだった。
手を胸の前でクロスさせる神秘的な佇まいはまるでおとぎ話に出てくる眠り姫のようだ。
深窓の令嬢を思わせる儚げで端麗な顔立ちは、人形趣味などないラクランでさえもが息を呑んでしまうほどに美しい。
つややかなセミロングの銀髪にはシルクのような透明感があり、まるでこの機械人形の周りだけ、ボロボロに風化した古代遺跡から切り取られたかのようだ。
だが、その少女らしい美しさと相反して、肘や膝などの関節には軸と回転機構による可動部があり、やはりこれが一種の機械人形であることに間違いはなさそうだ。
額に美しく青い宝玉がはめ込まれていたり、分厚い金属のスカートらしきものを身につけていたり、耳のような尖った装甲が生えていたり、ところどころに歯車が露出していたりと不可解な点が見れば見るほどにたくさんある。
(なんで古代人はこんなもの…?)
どれ、とその雪のように白い身体に手を触れる。
「……………!?」
見た目から陶磁のような感触を予想していたら、表面は想像以上にきめ細かい、しっとりしているとすら感じる。
少女に触れたことなんて一度もないが胴のくびれはまるで本物の少女のように華奢かつ繊細だ、指を這わせながらラクランは思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。
ラクランはいかがわかしいことをしているわけじゃない、と自分に言い聞かせながらも、なにかに目覚めてしまいそうな自分を否定できそうになかった。
「…っ……集中、集中だ…!」
ラクランはごしごしと目をこすり気を取り直す。
見た目、表面は素肌そっくりでも材質は硬い、やはり白磁か石膏かなにかを加工して作られているのだろうか、いや魔界産の素材の可能性も捨てきれない。
ラクランは職業柄錬金術や冶金術を修めていたがついに思い当たることはなかった、なにしろその素材を生成する技術はこの世界から失われて久しいのだから。
ふと、ラクランの目に人形の控えめに膨らんだ乳房が衣服状の装甲からくり抜かれ露出しているのが飛び込んだ。
なんとはなしに手をのばすと―――――
「プっハハハハッ!!!いい趣味してらァ、機械にゾッコンの旦那らしい!」
ラクランは野太い笑い声に背筋をびくりとさせて振り返る、すぐ後ろからドレスデンが覗いていたらしい。
ラクランの姿をゲラゲラと腹を抱えて嘲笑っている、それだけでも鬱陶しいのにもう一方の手では酒瓶を握っていた、退屈に耐えかねたのか酒を空けてしまったようだ。
「お、俺は、素材を調べていただけだ…!」
「ククっ…素材ねェ…わかったら旦那用にもう一個お人形さんをこさえようってワケだァ!ぶぁはははは!!」
ラクランは羞恥で顔がぼっと赤くなった、依頼人になんつう態度だ、だからコイツは苦手なんだ。
「残念だが俺に人形趣味なんかない」
一通り分析を終えるとラクランはぱん、と膝の土埃を払って立ち上がる。ここでできそうなことはもうあらかた済んだ。
「どこか安全な場所に持ち帰って調べたい…装甲ならちょっとやそっとじゃ壊れそうにないから、運び出すのを手伝ってくれないか」
「任せときなァ……ふんんヌッ!!」
がぶり、と酒を煽ってから肩の装甲部を掴むと、ドレスデンは渾身の力で人形を壁から引っこ抜こうとした。しかしギギギ、と鈍い音が鳴るだけで機械人形はビクともしない。想像以上に頑丈なようだ。
「ハァ、ハァ…だァクソぉ、参ったな旦那、こりゃあぶち壊して持ち帰るしかないんじゃねェですかい?」
「いちいち考えることが短絡すぎるんだよお前は…」
ラクランはため息をついた、どうしてそうすぐに破壊という結論に至れるのか。
さて、もしこの人形が壁に固定されているのだとしたら、それを解く仕掛けがどこかにあるはずだ、壁に書かれた古代文字はヒントなのかもしれない。遺跡攻略で頭を使うのはラクランの仕事だ。
ぐるぐるとそこらを歩き回りながら思案する、考え事をするときに意味もなくその場をうろうろするのはラクランの癖だった。
「んーむむむ………ん?」
ふと気づく。
「なぁ、今あの人形、こっち見てなかったか?」
「おっかねェこと言うなあ旦那ァ、このドレスデンをビビらせようたってそうはいかねェ」
「お前をビビらせて俺になんの得があるんだ」
見直すと、人形は何事もなかったかのように瞳を閉じている、気のせいだろうか?
「おかしいな…」
ラクランは訝しく思い、人形に歩み寄ってそのやたら端正な顔を覗き込む。
ぱちり
目が、合った。
深海のように深く、吸い込まれるような紺碧の瞳。
まるで作り物とは思えない、もしかしたら潤んでたりするんじゃないか、一体どんな技術を使えばこんなに美しい輝きが出せるのだろう。
ラクランは釘付けになっていた、なので、人形の手が知らず知らずの内にラクランの顔に延びていることに気づかなかった。
「下がってろ旦那ァ!!」
「んなッ――――!」
気づいたドレスデンはラクランの首根っこを掴むと、ぶぅんと豪快に後ろに投げ飛ばした、ラクランの方は受け身を取れずに固い石床に身を打ち付けてしまう。
腐っても幾つもの戦場を切り抜けてきただけあるらしく、こと荒事の気配となるとドレスデンの判断は早い、というか早すぎるし雑すぎる。
「ゴホ、ゴホッ…!………少しは、加減を、覚えろっての――!」
ラクランは悪態をつきながら床に手をつき体勢を直す、今ので思い切り埃を吸い込んでしまった。
「……………」
「な………!」
みれば例の機械人形が立ち上がっているではないか、いやよく目を凝らせば立っていない、つま先は地についていない、ぷかぷかと宙に浮遊している。
それに人形の肘や身体のそこここにある歯車は等速でくるくる回転を始めている、信じられないことだが、起動してしまった、ということに違いなかった。
「……………」
なにを考えているかわからない紺碧の瞳がじっとラクランを射抜く。それからドレスデンを一瞥し、ラクランに再び視線を戻した。
ラクランは2つの最悪の展開を思い浮かべていた。
ひとつはこの人形が戦闘を目的に作られていた場合。基本的にラクラン達は遺跡の侵入者である以上排除対象に当たると考えるべきだろう。
こちらに戦闘要員はドレスデンしかいない。だから相手が古代技術の粋を尽くして出来た兵器だとすれば絶対に歯が立たない、撤退を余儀なくされる。
もうひとつは……
「旦那ァ…!」
ドレスデンの顔にニヤリと野蛮な笑みが浮かぶ、それとともにラクランの額にはじわじわと冷たい汗が吹き出してくる。
「やっぱし大冒険の締めくくりってェのはよォ…こうでなくっちゃあよォ…!」
もうひとつの最悪の事態は、考えるより先に手が出るタイプのこの用心棒が、先史文明の残した遺産であるところの機械人形をばらばらに粉砕してしまうことだ。
ドレスデンはぱきぱきと指を鳴らすと、背中から柄が背丈ほどもある戦斧をずる、と取り出し、前傾姿勢をとって筋骨隆々の両腕にどっしり構える。
「待て待て待て、俺がなんとかする、なんとかするから待ってくれお願いだから!!」
「おいおい旦那ァ、女型の人外はみんな人食いだからぶっ殺せって習わなかったのかよォ…!?」
「コイツは例外だ!この機械人形を持ち帰るのがこの冒険の目当てなんだ、黙って退いてくれ!」
「ああもうごちゃごちゃうっせェ依頼人だな…まずぶっ壊す、それから持って帰る、それが一番簡単だろうがよォ…!」
目を赤く充血させたドレスデンはふしゅうと鼻息を鳴らした。
ドレスデンの戦闘スタイルは戦士というより狂戦士に近い、一旦戦闘の気配を察したら最後、「攻撃」以外の選択肢がなくなってしまう。
「おぅるァアアアアアァァァアアアア!!!」
ドレスデンは遺跡中に響き渡るような野太いウォークライを上げ、大斧で機械人形の胴体を大振りに一薙ぎしようとした。
機械人形はそれをふわりと水面を滑るように躱すと、空振りした大斧がずん、と石床を砕き破片が舞い、衝撃に遺跡がびりびりと揺れた。
ちゃんと避けてくれてラクランはほっとした、どんなにあの機械人形の装甲が頑丈だったとしても、あんな隕石みたいな一撃が当たってしまえばなかの魔導カラクリはひとたまりもないだろう。
「…………………」
こんな事態だというのに機械人形の方は随分落ち着いて見える、表情が変わらないし、攻撃も仕掛けてこない、全く感情が読み取れない。
「なんだ…?あいつ、反撃しないのか…?」
スカートのような構造体をふわりと翻しドレスデンと十分に距離を開け、こちらをじっと見ている様子。
身の危険を感じても反撃しないなら、この人形に排除されるということはないだろう。なら次にラクランが考えるべきはいかにドレスデンの蛮行を止めるかということだ、あの人形がいつまでも大斧を避け続けられるとは限らない。
「ッらァ!だらァ!ごぉおおらぁああ!!!」
ドレスデンの怒声とともに大きな地響きがなり天井からぱらぱらとごみが降ってくる。
ラクランは冷や汗が止まらない、とにかく時間が足りない、このままでは目当ての古代技術がスクラップと化してしまう、なにか、なにか行動を起こさなくては。
「おいそこの人形!!!俺の後ろに隠れてろ!」
「……………!」
ラクランは人形の少女を守ってドレスデンの前に仁王立ちしたのは咄嗟の判断だった、訳がわからなかったがそうしなくては、と思った。
大斧が巻き起こした風がぶおう、とラクランを顔面を撫で、大斧はラクランの眉間をかち割る寸前で動きを止める。
「酔っぱらい……こいつをぶち壊すつもりならまず俺からにしろよ…!」
「あァン……?んだと旦那ァ…!」
ラクランの歯は震えてガチガチと鳴っていた、凶器を振りかざした大男に対してラクランは丸腰の非戦闘員だ。もちろん戦闘経験などないに等しい。
「コイツをやらせるわけにはいかない、お、お前と、戦うことになってもな…!」
「残念だけどよォ…そこをどいてくれねェと旦那ごとぶっ飛ばすことになるんだがよォ…!」
ドレスデンはずい、と斧を持ち上げると眼をギラリと光らせ凄む。
「ああやれ、好きにしろよ、そうなったら誰がお前に金を払うんだ…!?」
ラクランは震える声で啖呵を切った、ここまで来たらもうどうにでもなれだ。
「……なんとか言えよ脳筋野郎」
「…………………だーーーッハッハッハッハッハ!!!!」
ドレスデンは急に殺気を引っ込めると耳が痛くなるほど馬鹿でかい笑い声を上げた、唾が顔にかかったラクランはぎゅっと眉を潜めしかめっ面をする。
「おいおいおいおいおい旦那ァ!俺ァ旦那がそんな根性ある野郎だなんて知らなかったぜェ、惚れ直したぜ旦那ァ、そんなにそいつが大事だっつーんならよ、先に言ってくれよ、なァ?」
「この遺跡に来る前に再三言ったはずだぞ、俺は!!」
ドレスデンはバンバンとラクランの背中を叩く。
ドレスデンは単純に身体を張る男が好きだった。だからラクランの気持ちは差し置いてこの一件はドレスデンにとってラクランの株を大きく上げた。
一方のラクランは後日背中にもみじのような跡を見つける羽目になるのだが、今のラクランには痛みよりも機械人形が無事で安心する気持ちが勝っていたので気づかなかった。
「…このことはギルドに報告するからな、お前の報酬は全力で割り引かせてもらう」
「観念してくれよ旦那ァ!?俺は旦那を守ろうとしただけなんだぜェ!?」
「どの口が言うか戦闘狂が!」
「…もし」
「「……!?」」
男同士のやかましい言い争いの中に鈴のように透き通った声が割り込み、二人はハッとして振り返った。
「お……お前…喋るのか……!?」
「ええ、マスター」
「マ、マスター…?」
抑揚がない事務的な口調でラクランに話しかける、当のラクランはいきなり発見したばかりの機械人形にマスター呼ばわりされて困惑せざるを得ない。
「おめェ、旦那のことをマスターたァどういうことだ?」
代わりにドレスデンがずいっと身を乗り出し人形に凄んでみせるが、人形の少女はまるで興味がないのか、つーんとそっぽを向いてドレスデンには一瞥もくれなかった。
「どうか、私のマスターになって頂けませんか?」
機械人形の少女はキュイ、キュイと関節から駆動音を立て機械仕掛けの身体を低くするとラクランの手を取り、恭しくもぎこちなく一礼した。
「な…なぜ俺がそんなこと?」
「私は目覚めたばかりでなにも分かりませんが……あなたに奉仕したい、それだけははっきりわかるのです」
奉仕したい、と言われラクランは勘づいた、この機械人形が兵器だったにしろなんにしろ、きっと人と対になって使われる存在なのだろう。
「あなたのお役に立ちたいのです」
「仕える……ってことは……俺がこれから祖国に帰るから付いて来いって言えばそうするのか…?」
「ええ、マスターの仰せのままに」
この人形の少女を運び出すのには苦労しそうだと思っていたラクランにとっては願ってもないことだった。
「…よし、許可する」
「……………!」
機械人形の目が一瞬ぱっと見開いた、が、目元意外表情は微動だにしなかったのでラクランはそれが意味することがわからない。
「ではマスター、お手続きを」
「…お手続きだ?」
手続きだなんてこの人形は書類にサインでもさせるつもりなんだろうか。
手続きとか言われると、ラクランはギルドを介してドレスデンと契約してしまった出来事を思い出す、なぜか自然と肩に強張った。
「まずはこの私にご命名くださいませんか?」
「…命名」
「ええ、命名です、私はマスターの従者ですから」
言われてラクランはうーんと唸って考え込む、家畜も持たず機械一筋なラクランは命名などあまり経験がない。
変な名前をつけて後ろに控える酔っぱらいに絡まれたりしても困る、ここは安全策でいこう。
「……セリア」
「…セリア、セリア………セリアですね、私はマスターにお仕えするセリアです」
セリアと名付けられた人形は何度か繰り返すが、やはり声に抑揚はない、無表情なままでラクランには一体なにを意図して話しているのかちっともわからない。
「ひねりがなくて面白くねェぜ旦那ァ」
「お前は黙ってろ」
どちらにしろ酔っぱらいは絡んでくるのだった、ちなみにセリアはラクランの初恋の人の名前だ。
「では、続けて」
「…まだあるのか」
「認証登録がございます」
「拇印と署名がいるなんて言い出すんじゃないだろうな」
「似たようなものです、こちらに」
言うと、セリアはぱか、と口を開いた。
「……は……?」
松明の灯りを照らして覗き込むと、口の中には綺麗にそろった歯とピンク色の舌があるだけだ、しかしこんな見られにくい所まで人間と見紛うほどよく出来ているものだ。
「…口の中に、拇印を?」
「そのようなものです、指を口に入れて頂ければ…親指じゃなくても構いませんし、署名は必要ありません」
オーバーテクノロジーを詰め込まれて作られた機械人形のご利用の際には、口の中に拇印が必要となります。
ふざけているのか、ラクランはこの人形を作った古代人がどこかで見ていて笑いものにされているんじゃないかと思った。
「……食いちぎられるかもしれませんぜ旦那ァ…!」
「食いちぎりません、マスター」
「ああ、もう知るか!いいよやってやるよ!」
ラクランの本日二度目のヤケクソであった、この人形もこの用心棒も理解しようとするから理解できないんだ、噛みつかれる素振りがあったら引き抜けばいい、最悪指の一本くらいくれてやればいい!
「……うらぁっ!」
ラクランが意を決して人差し指を口腔に突っ込むと、セリアの口は成り立ての主の指先をぱくん、と咥え込む。
ラクランはぎゅっと目を閉じる、用心棒が言うように食いちぎられるなんてことこそないとは思うが、一体なにが起きるか……。
ぬりゅっ
(え……なんで濡れて……え……!?)
これは機械人形の口内はずだ、なのに生暖かいし、濡れている。見た目だけじゃなく、感触や温度まで人間の口内が完全再現したというのか。
「どうしたんでさァ旦那」
「いや……」
つむった目をゆっくり開くラクラン。
目の前には年頃の美少女が仮面が張り付いたような無表情で自分の指をしゃぶる冗談のような光景が広がってはいるものの、これ以上おかしなことは起きないようだ。
その少女といえば、ラクランの目を青い瞳でじいっと見つめている。
「…どうした、これで終わりなのか?」
「………」
人形の少女は指を咥えたままふるふると首を横に振って否定する。
「…参ったな、どうすればいい?あ、舌に拇印を押せってこと……な!?」
無茶振りに慣れてきたラクランが自嘲気味に言おうとした所で、指先の違和感に気づいた。
(な、これ、舐められてるのか…!?)
ぬるぬるした柔らかい舌が指の腹を刺激したり、くるくると指先の周囲を回転してくすぐったりしてくる。
「ん……ぷぁ……まふたぁ……」
そしてきらきらの銀髪を手でかき上げると、今度はきゅっと柔らかな唇をすぼめ、可動部をキュイキュイ鳴らして顔全体を使ったストロークを開始した。
「……ぢゅ、ぢゅ、ぢゅ、ぢゅぱ、ぢゅぱ!ぢゅぅるるるるるれるるるる!」
「おいおいこいつァ…まるで商売女みてえじゃねェか…」
ドレスデンが呆気にとられている間もその視線は変わらずじっとラクランの顔を凝視したままだ、まるでラクランの反応を逐一見逃さないようにしているかのように。
ラクランはドレスデンが商売女などと言うものだからつい目の前の美少女が自分の股間に跪いて奉仕する姿を想像してしまう。
ぢゅっ! ぢゅっ! ぢゅっ!
(やばい、このままじゃ下半身がやばい…!)
「や…やめろ、もうやめだ!おい、とまれ!」
「…ぷぁ」
やっとかラクランを認証登録から解放したセリアの口からは、ラクランの指へてら、と銀色の糸が引いていた。
ラクランはつい奉仕を受けた指先の匂いを嗅いだ、無臭だ、この唾液っぽい粘液は一体全体なんなんだ?
「…いかがでしたか、マスター」
「いかがもなにも、お前は俺に恥をかかせようとしてるんだな?そうに違いないな?」
「いえ、セリアはマスターのお役に立ちたいのです」
「じゃあ今やったことの目的はなんだ?」
「マスターのお身体の一部を採取し、情報を登録しました」
「情報を…登録…」
「なァ…今の俺にもしてくれよォ…頼むぜオイ…!」
色々とこの人形に問い詰めてやりたいところだったが、今度はドレスデンが欲望に満ちた目つきで割り込んで来た。
「おい、だから黙っててくれって!」
「いやさズルイぜ旦那ァ、旦那だけいい思いしてよォ…!」
「…………」
ドレスデンが歩み寄ろうとすると、人形の少女はぷい、とラクランを盾にして隠れてしまう。
「おいおう無視と来るんかい人形の嬢ちゃん…いいぜェ、大人をコケにするってのがどういうことか、教えてやらァ!!」
ドレスデンは間にラクランがいるのにも構わず無理やり人形少女の口に何度も人差し指を突き出そうとする。
「おいだからやめろ!!そんなことしたら……ぶぇえ!!」
ラクランの口にぞっとするような野性味溢れる味が飛び込んできた。
「ゴェ、ゲェッホ、ゴホ!!お、お前、こ、コロス…いつか絶対コロス………!!」
「だーっハッハッハッハッ!!こりゃいい、今度は俺が旦那のマスターとやらになるってわけですかい!!」
「………………」
やかましい笑い声が遺跡にわんわん反響する中、ラクランはドレスデンを雇ったギルドの依頼評価欄に「劣」より低いものがないことを恨みがましく思った。
17/07/30 14:03更新 / 些細
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