連載小説
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雷雨の夜に
 日が傾きかけ、黄金色のぎらぎらした日差しが三角屋根の煉瓦で覆われた木造の家屋群をまばゆく照らす。
「忘れられた遺跡」から最も近いその宿場町は、辺境なだけあって規模が小さくのどかで、地元住民はおおらかな性質の人が多い。
しかし、傭兵や行商人たちが集まる酒場はというと話は別だ、やれ今日はワーウルフを討伐しただの(追い払っただけだが)、胡椒が高く売れただの騒々しいったらない。
だが、ここにその中でも一際騒がしい二人組があった、というか、一人が一方的に声がでかいだけだが。
「でよぉ旦那ァ、一体これからどうするんでさァ!!!」
「うっさい、目立つだろうが…!」
酒が入ったせいでさらに一段階やかましくなったドレスデンに、ラクランが声を潜めて応じる。
ドレスデンはラクランからの依頼が達成されたことでいい気になり、がぶがぶとビールを流し込んで上機嫌、どこまでもマイペースだ。
「俺はここで悪目立ちするわけにはいかないんだ、わかるな…!?」
「折角一仕事終わって気持ちよく飲んでるってぇときになんで俺が旦那にんなこと言われなきゃなんねェ!?あァわかったぞォ、人形の嬢ちゃんのことだなァ!?」
言うとドレスデンは酒場の床に転がった一抱えほどある麻袋を指差した。中には人形の少女が体育座りの格好をして収納されている。
ラクランは盛大なため息をつく、ここは反魔物領なのだから、うっかりあの機械人形の少女が見つかり魔物と勘違いされてしまったら一大事だというのに、この原始人のような男には全くもって危機感がない。
すぐさま討伐隊が編成され、主犯のラクランも共犯のドレスデンも言い訳する間もなく身ぐるみ剥がされ投獄されてしまう。反魔物領に住まう者にとって常識中の常識だ。
「おうおうそれでまずはよォ、その嬢ちゃんよォ…もがっ…!」
「その話をする時はボリュームを落とせ!…魔物なのかどうかって話だな?」
「あぁそれでさァ」
ラクランは周囲を見回した、ドレスデンは背丈が大きくて目立つが、かきいれ時の酒場なら声を抑えさえすれば「人形」というだけで内容までは勘ぐられまい。
「………たぶん、魔物じゃ、ない」
「ほう、そりゃまたどうして」
「……魔物のようにも見える…だが旅路で何度かわざと背中を見せたが、襲ってこなかった……これはただ指示に従うだけの機械人形だ、不可解なところは山ほどあるけどな」
「旦那ァ、いくら旦那が人形趣味だからって流石に油断しすぎな気がしますぜェ?」
「人形趣味は否定するとしてもだ、こいつのカラクリにはリスクに見合うだけの価値がある」
ドレスデンはへェ、と言って全く理解の伴わない相槌を打つと、またがぶりと酒を飲む。
「俺はこいつを祖国に持って帰る、それで分解したい」
「おォう、せっかく生け捕りにしたのにぶっ壊しちまうってのかよォ!!」
ドン、とジョッキをテーブルに叩きつけると酒が溢れてびしゃりとテーブルを濡らしたが、いつものことなのでラクランは無視した。
「まだ壊すと決まったわけじゃない、俺が信用できる機械工を集めてこいつを分析するんだ」
「俺は旦那みてぇな頭のいい人が考えることはよくわからねェけどよォ、そいつはちと可哀想なんじゃねェか?」
「お前がそれを言うか…!」
ラクランが小声で怒鳴るが、ドレスデンはでへへ、と反省の感じられない笑みを浮かべるだけだ、都合の悪いことは耳に入らない性質らしい。
ぐび、とまた酒を煽ろうとするもジョッキが空だったので、ドレスデンは店員を呼びつけ追加の酒を注文した、この店に入ってからもう2桁を突破していた。浴びるように飲むというのはこういうことだろうな、とラクランは思った。
今日は奢りだから好きなだけ飲ませてやるといったらこの始末、この会合の記憶も残るかどうか怪しいというところだろう、頃合いだ。
「だからお前との契約もこれで終わりだな」
「んなァにィ!!?」
「いやめでたいなもっと飲め、旨いぞ!」
「んぐゥ!?」
ラクランは反論を聞く前に、このときのために事前に注文しておいたこの店で一番度数の高い酒を素早くドレスデンの口に流し込んだ。
「……んがァ…!」
ドレスデンは酩酊してどずん、と木製のテーブルに突っ伏すと、んごぉぉ、と地響きのような寝息を立てて眠ってしまう。
あとはそれとなく支払いを済ませてしまえばようやっとこの野蛮人から解放される。
(ギルドのブラックリストにはちゃんとのせとかないとな…!)
ラクランは人形の少女が詰まった麻袋を肩に担ぐと、足取りも軽く宿探しに向かった。







 木造の階段は随分年季が入っているらしく、踏む度にみしりと踏み抜くこと心配でならない音を上げ軋んだ。
ほの暗い廊下を半ば手探りで進み、なんとかあてがわれた部屋にたどり着いたラクランがドアを開けると、そこは木目ばりの床とベッドがあるだけの質素な部屋だった。
予想通りといえば予想通り、壁はそこら中にカビやシミがあって薄汚れているし、薄ら寒い隙間風だって吹き込んでいる。
(ボロ宿……)
優雅な血筋と魔力に恵まれた勇者でもない限りは、実際の冒険というのは夢もかけらもないものだ。
ほとんどが資金と人間関係のやりくりにつきるし、価値のある宝物に巡り会えるなんて滅多にない。素人、いやプロにさえリスクが大きすぎる博打だ。それでもこうやって目的を果たして宿に無事帰って来れたことをラクランは有難く思った。
丁重に麻袋を床に下ろしてラクランがするりと口ひもを解くと、中からきらきらの銀髪が覗く。
…さて、やかましい男がいなくなった今、この機械人形には聞いておきたいことがたくさんあった。
「…おい、もう出て来ていいぞ」
言いつけると、機械人形は体育座りの姿勢からそのまま直立に浮かび上がり、両手両足を広げて分厚いスカート状の金属装甲をふわりと展開した。
「お呼びでしょうか、マスター」
考えてみればこの人形の少女に詰まっている技術は凄まじい。自律動作・会話が可能で、浮遊して移動し、さらに古代から永い年月を経てもなお動く耐久性。
だが木造のぼろ宿の一室に、宙に浮かぶ得体の知れない古代文明の機械人形とは、ミスマッチも甚だしい。
「質問がある」
「なんなりと、マスター」
「まず、お前を作ったのは誰だ?」
「わかりません、マスター」
「む……じゃあ、お前はどういう仕組みで動いてるんだ?」







 製造者は誰なのか、いつ頃造られたのか、どうやって動いているのか、動力源はなにか、エトセトラ…。その類の質問は聞けども聞けどもこの人形の少女はわかりませんマスターの一辺倒だ。
さらに言えば自分の過去や生い立ちに関する記憶は一切持っていないらしい、ラクランに出会ってからのことだけを記憶しているのだと言う。
「………………」
「…はぁ〜……」
ラクランは無表情な人形を前にぐったり頭を垂れて盛大なため息をついた。
「セリアではお役に立てませんでしたか?」
人形少女はくいっと身体を傾けて主の目を覗き込む。
「…いい、お前が気にすることじゃない」
落胆を隠せない、折角会話できるというのに、ラクランは会話から超技術のブラックボックスの中身に迫れるような手がかりを一切得られなかった。
「じゃあ……じゃあお前にはなにができるんだ?」
「セリアは…マスターのお役に立つことができます」
「具体的には?」
「マスターにご奉仕するためなら、なんでも」
「なんでも、ねぇ…」
この機械人形から会話でラクランが知りたい情報を引き出すことはできそうもないことは思い知った。やはり分解してひとつひとつの機能を洗い出すしかないのだろうか。それはそれで機械工が本職のラクランには腕が鳴るところではあったが。
「…もう十分だ、俺は寝る」
堂々巡りなので、ラクランは今日のところは諦めることにした。冒険を終えたばかりで疲れている、きっと明日になればいい考えが浮かぶ。
仄かに灯っていたランプから火を消し、上着を脱ぐとラクランはさっさと床についた。
ゆっくり休もう、目的のものが手に入ったとはいえまだこの旅は長い。
この宿場町はラクランの祖国から遠い、この人形の少女を持ち帰るには何日にも渡る長距離馬車をチャーターしなくてはならない。
そのためには、この町で仕事を見つけて早く金を貯めなくては。
「勝手にうろうろするんじゃないぞ」
「はい、お休みなさいませ、マスター」
「…ああ、お休み」







 なんだかいい匂いがする。石鹸みたいな、でももっと心地よくて華やかな……きっと、女の匂い。
質素な十字の木枠がはめ込まれた窓から降り注ぐ日差しでラクランは目を覚ました。
ふわりとシーツに広がるセミロングの銀色の髪は朝日を反射して……銀色の髪?
そこでラクランは気がついた、隣で誰かが自分を見ている、変わらぬ無表情、どこまでも深く青い瞳。
(なんだこの美少女…自分が誘ったのか、いや違う……まさか、俺は例の人形と同衾してる!?)
「…は!?なんだお前そこでなにをしてる!?」
ラクランはベッドからがばりと飛び起きてそのセリアから距離をとった。
「はい、セリアはマスターの従者です、マスターのために添い寝を」
「そっ…添い寝…!?」
セリアはあたかもそれが当然のことであるかのように顔色一つ変えずに答える。
「いかがでしたか?」
「いかがでしたか、じゃないだろ…!…どうしてそんなことを?」
もちろんラクランは昨夜この人形を抱いて寝ようだなんて考えなかった、そうなるとこの人形が勝手にベッドに侵入してきたということになる。
「マスターがいい気分でお眠りになれるようにと」
「子守の機能でもついてるのか?俺はどう見ても大人だし、どうしたらそれで一緒に寝ていいってことになるんだよ…」
ラクランは困惑した、この怪しい人形、命令を聞いてその通りに動くだけと思いきや自発的な行動も取るらしい。あの大男が言うように自分は油断しすぎなのかもしれない。
しかしこの人形の、主に造形の出来が良すぎるために、見た目は完全に朝起きたら見知らぬ女と寝ていた形になるので、滅茶苦茶心臓にかった。
「……っていうか…なんかいい匂いがするんだが…?」
匂いをたどるとセリアの銀髪にたどり着く、いやでも人形からこんな女っぽい匂いがするはずが…。
「マスターにリラックス頂けるよう、セリアは香を噴出することができます」
「…お前は人形なのにびっくり箱みたいな奴だな」
「褒めて頂き光栄です、マスター」
「…褒めてないんだけどな」
ふと違和感を感じた。この人形、昨日よりも幾分か身軽に見える。シーツをめくり人形の身体を見ると、昨日まであったはずの分厚いスカート状の装甲や歯車がない。シーツの中にあるのは素体だけのようだ。
「お前……装甲はどこへやった?」
「はい、マスターのお眠りを妨げないよう、取り外しました」
「取り外せたのかあれ…」
セリアはベッドの脇を指差すと、確かに木目の床にベッドに入るのに邪魔そうな装甲や歯車が丁寧に並んでいる。
「マスター、昨晩は素敵でした」
「…なんだと?」
「寝顔が素敵でした」
「……なにが言いたい?」
「そのままの意味です、マスター」
この人形は無表情な癖に、容赦なく人の心をかき乱そうとする。
でも、少なくともこの人形の行動のおかげで昨晩の会話よりもずっと情報が得られていることにラクランは気がついた。
(もしかしたら、直接問い詰めるよりもなにかやらせてた方が、こいつが何ができるかわかるかもな…)
危険さえないのであれば、人形の少女が考える「役に立つ行動」を取らせることで新機能を発見できる可能性がある。
少なくとも今朝は装甲を取り外す、香を出す昨日が見つかった。行動原理さえわかれば、ともすればこの機械人形がなんのために作られたのか推測できるかもしれない。
「……よく眠れたよ、たぶんな」
言ってラクランは手帳を取り出すと、せっせと今朝の出来事を記録し出した。







 小さな皿の上に乗ったか細い蝋燭だけがこの宿備え付けの照明だ。
薄暗いとよりほぼ真っ暗なボロ宿の階段を上る太ももがピリピリと痛み、ラクランは顔をしかめた。冒険開けの身体に体力仕事はなかなか堪える。
ラクランの職業は機械工、本来であれば工房に篭って機械設計したりたまに水門の整備をしたりするのが仕事だ。
だがこんな田舎町ではそんな専門性が問われる仕事の需要などないに等しい。
自然と宿代を支払いながら故郷への馬車賃を貯めるため実入りのいい仕事を選べば、ラクランは貿易商の荷運びの手伝いなど肉体労働に身をやつすことになった。
ボロ宿とはいえ毎日となると宿代は嵩むし肉体労働では休息日なしに働けない、つまり金はほんの少しずつしか貯まらない。
「この調子だと故郷に帰るまで何ヶ月かかることやら…おい、帰ったぞ」
「お帰りまさいませ、マスター」
ラクランがボロ宿の一室に戻ると、麻袋の中から美しい機械人形の少女がひょっこりと顔を出した。袋から無表情美少女の首だけが出ている光景はだいぶシュールだ。
「寸法測るぞ」
「はいマスター、仰せのままに」
言うとセリアは装甲を外し、真っ白い素体だけの姿になった。
詳しく調べるには祖国の工房に置いてきた設備が必要だ、もちろん大荷物になるので冒険には持ってこれなかった。でも紙とペンさえあれば今でも十分できる仕事はある。
「じゃあ、そのまま腕をぐるぐる回して見てくれ」
「わかりました、マスター」
パーツの長さの測定。関節の可動域、素材強度の確認。精巧で複雑なこの機械人形相手では、仕事の合間だけでは何日もかかりそうだった。ラクランは得られた情報を素早く手帳に書き込んでいく。
「板金の形状、これどうやって加工してるんだろう、興味深いな…」
ラクランは肘の関節を覗き込む。
「マスター、くすぐったいです」
「すぐ済む、我慢しててくれ」
「恥ずかしいです」
「……本当か?」
言ってラクランはセリアの顔色を見るが、恥ずかしいといいつつこの人形の少女は眉一つ動かさない。
超技術を持つ古代文明とはいえ、きっと人間の感情は再現できなかったのだろう。なのにどうしてくすぐったいとか恥ずかしいとか、本物の少女みたいなことを言わせる必要があるのか、これもそのうち検証していく必要があるように思えた。
指を曲げたり伸ばしたりして一本一本動かす。器用なものでセリアの指は第一関節までしかないのに命ずればペンを持てたし教えれば簡単な書き物もできそうだった。精巧なことこの上ない。
「そのままグーパーしてみてくれ」
言われてセリアは指示通りやってみせる。見事な可動だ、一職人としてラクランは唸らざるを得ない。
「……あ、ちょっと待ってろ」
言うとラクランは雑嚢をごそごそと漁ると、潤滑油を取り出す。
「ほら、関節に挿してやる、こっち来てくれ」
「………っ!マスター、その、お気持ちはありがたいのですが…」
「ん?どうした?」
ラクランの手元を見るにつけ、手をぱたぱた振り珍しく否定的な態度を取るセリア。
「わがままを言って申し訳ありませんマスター、鉱物油は匂いが……なるべく植物油にして頂ければ」
「まあ、植物油もあるけどな…どうして?」
「マスターに、嫌われてしまいます…」
「匂いに、こだわりがあるのか…?」
「はい…夜、マスターのお眠りを妨げませんか…?」
別に鉱物油の鼻につんとくる匂いなんてラクランには日常だったが、確かに考えてみると、この人形少女は「マスターのお眠りのために」と毎日ベッドに潜り込んでくる。
むしろ見目麗しい人形少女が傍らにいる方がどきどきしてよく眠れなかったりするのだが、ベッドが鉱物油臭くなって不快に感じることを想定しているのかもしれない。
「わかったよ植物油にしてやるから…ほら腕上げろ」
ラクランは木の棒にぐるぐると布を巻きつけると、ポンポンと丁寧に摩耗が激しそうな可動部に植物油を塗りたくっていく。
「マスターはお優しいです」
「はいはい」
「セリアは、マスターのお役に立ちたいです」
そう言われたところで、宿の主人や客に見つかっても困るからラクランはセリアにラクランが帰るまでは麻袋の中に隠れて絶対に出てこないよう指示している。
セリアを作った何者かは、一体全体なんのために感情のない人形に人と話す機能なんかつけたんだろうか。先史文明は、機械を話し相手にせざるを得ないほど寂しがりが多かったんだろうか?
奇妙に思いながらも、ラクランは仏頂面の人形少女にちょっとした可愛げを感じてしまった。
「こうやってよく見せてくれてるだけでいい……十分お前は俺の役に立ってるよ」
「もっともっとお役に立ちたいのです」







 「マスター…」
鈴のように澄んだ、それでいて抑揚のない声。人形少女の声。
「セリアは…マスターのお役に立ちたいのです…」
何度も繰り返し聞いた台詞だ、今晩も布団に潜り込もうとしているのだろう。
「いつもマスターは働いてお疲れのご様子…いつもお辛そうです…ですから……」
人形少女は四つん這いでラクランの股ぐらの間からシーツに潜り込んだ。
「マスター…今宵は夜伽に参りました」
「なに…」
ラクランは寝ぼけていてよく聞き取れなかった、とにかく今は肉体労働で疲れていて、ゆっくりと寝させて欲しかった。
「マスターのお疲れは、セリアが癒やします…」
ラクランが惚れ込む精巧な作りの指で器用にラクランのズボンを下ろすと、その陰茎に指をかけた。
「マスター…マスター…マスター…」
うわ言のように繰り返しながらしゅに、しゅに、と擦るとみるみる内にラクランの陰茎はびぃん、天を突くように勃起した。
セリアも自覚はないが、結局のところセリアは魔物の一種だった。
魔物が人を食う、人を食わないからセリアは魔物ではない、というラクランの仮説は、そもそも「魔物が人を食らう」という部分が反魔物主義国家の情報統制に騙されたものなので間違いだ。
現魔王の魔力の影響を受けると、無機物さえ淫らな思考と技を持つ魔物娘と化す。
未知の古代文明が築いた魔導機械「オートマタ」であるセリアもまた例外ではない。奉仕の魔物「オートマタ」の手淫は、意識がはっきりしないラクランでも容易く勃起させてしまう。
「れりゅ…」
セリアが口を開けると、だらだらと液体が流れてラクランの剛直をてらてらまぶしていく。
セリアの口内から分泌される液体はまるで唾液そっくりだが、セリアの体内機関で生成された「ご奉仕液」だ。それはひたすらに口内奉仕で主の陰茎に快楽を与え、精を搾り取るためだけに存在していた。
「準備できましたよ、マスター…」
「…ん……」
下半身の冷えにだんだんと目が冴えてきたラクラン。だがもう気づくには遅かった。
「はァむ…!」
「うっうぉ……!」
股間に生暖かいようなくすぐったいような刺激を感じてびくんと腰が浮いてしまう。しかし、それは人外の快楽のほんの始まりにすぎない。
ぢゅっ……ぢゅうぅ!ぢゅっ!ぢゅっ!ぢゅっ!
「のぉぉおおおおおおお!!」
性的奉仕のために洗練された、男性快楽のツボを決して外さない究極のストロークが無防備なラクランの陰茎を襲った。
「なんだ……なんだこれはぁあ…!!!」
熱と痺れで感覚が飽和してしまい陰茎がビリビリと麻痺している、快楽が行き過ぎて射精できない、股間が張り詰めて苦しい。
「ま、待って…待ってくれ…!離してくれ頼む…!!」
「……………♡」
セリアはラクランの命令を聞かなかった、というより聞けなかった。口内に広がるのは、一番愛しい主の、一番欲しかった、一番美味しい昂ぶりだ。
それに主はあんなに、息もできないくらい、喜んでくれている。
「……………♪」
そろそろだ、そろそろ緩めてあげよう、たぶんこのくらい我慢させてあげれば、一番気持ちいい、気持ちよく射精してもらえる。
セリアはストロークを止め、ぷにぷにの唇をゆるく前後させて雁首をくすぐりながら精道をマグマが登ってくるのを待った。
「ああっ!!ああっ!!あぐああっ!!」
どくっ どくっ どくっ どくっ どくっ 
ラクランの下半身から白濁とともに極限の快楽が解き放たれた。
感覚がなくなるほど刺激され、直前で止めらていたせいで、射精したあとも止めどころがわからないし雁首の刺激が射精を止めさせてくれない。
どくっ どくっ どくっ 
ラクランは冒険に仕事にセリアの世話にで満足に性処理できていなかった、止まりそうにない射精感はラクランにとって幸福であり不幸でもあった。
防御する間もなく、寝起きの身体で人生最大級の快楽をモロに食らってしまいラクランの意識はぷっつりと途絶えた。







 ラクランが目を覚ますと、無表情な人形の少女の美貌がラクランを見ていた。
目覚めと同時に目に入ったその薄ピンクの唇に、ラクランは得体の知れない恐怖感を感じた。
ラクランが意識を取り戻したのを見計らい、人形少女が口を開く。
「いかがでしたか、マスター?」
いかがってなにが……と、ここで昨晩の出来事を思い出したラクランはベッドから飛び跳ねるように起き、ガサガサと四つん這いで壁際まで逃げた。
「セリアはマスターのお役に立てましたか?」
「お役に立ったか…だと…!?」
何事もなかったかのように問いかける仮面が張り付いたかのような表情の人形の少女が、ラクランにはひどく恐ろしい。
この人形は、満たして欲しいと言ってもいないラクランの性的欲求を満たそうとした、そして確か、止まれと言っても止まらなかった。
性的奉仕……機械に人間の下の世話までさせようなんて、技術はあるにせよ古代人のその思考は、禁欲を尊ぶ教団領出身のラクランにとっておぞましいにも程があった。
それにいくら魔物でないにしろ、人外に誘惑され欲情してしまうなど反魔物領では刑罰に値する。強制的に搾り取られてしまったとはいえ、ラクランは重い罪の意識に苛まれる。
「…お前なんか、ちっとも役に立たなかったとも…!」
「……………っ!」
「誰があんなことをしろと言った、俺に人形趣味はない!!!」
ラクランは人形の少女を前に声を荒げて怒鳴り散らした。
「セリアは、マスターのお役に……」
「もういい!金輪際俺に近づくな!」
「……わかりました、マスター」







 雨脚はだんだん強まり、ごうごうと窓を打ち付けぼろい窓枠ががたがたと揺れた。外れたら部屋もこの本も水浸しになってしまう、どうにか持ってくれよ、とラクランは強く祈った。
今日は雨で仕事が休みになったので、読書灯をつけてラクランはぱらぱらと何度も読み直した専門書を読んでいた。
(言い過ぎただろうか…いや、所詮は機械人形で、俺の従者だ、言い過ぎるもなにもない…)
人形の少女の淫行を叱りつけてからもう数日が経過していた、当のセリアは言いつけ通りにラクランには決して近寄らず、反対側の部屋の片隅にぺたんと座っている。ときどきちら、と視線を感じるが、多少不憫に見えても自分の身の安全のためには仕方がない。
セリアに話しかけるのも、ラクランから測定などの用件があるときだけだ。
いきなり「奉仕」と称して性的処理を始めるなど、一体どこの世界の常識なのか。この人形はもはや信用ならない、ラクランはあるべき距離を保てたのだと痛感した。
部屋が一瞬だけ白昼のように眩しく染まると、数秒あとからぴしゃ、と重く鋭い雷鳴が響いた。
ゴト
なにやら部屋の隅から物音が聞こえたのでラクランが振り向くと、人形の少女がぶるぶる震えて仔犬のように縮こまっていた。
「どうしたんだお前?」
「いえ、マスター、なんでもありません」
本人はなんでもないというものの、ぶるぶる震えうずくまるその姿はどう見ても尋常ではない。
「なんだお前…もしかして…雷、恐いのか?」
「セリアはマスターに決してご迷惑はおかけしません」
無表情だが否定はしない…ということは恐いということか。ラクランは思わずくすっと笑ってしまう、この人形はおかしなことだらけだ、どこの世界に雷を怖がって震える人形があるというのか。
「…こっちに来い」
「セリアからマスターに近寄ることは禁じられています」
「いいから、許可する」
さっき距離を取って良かったと思ったばかりなのに、部屋の片隅で震える人形の少女があまりに哀れに感じたラクランはついセリアを呼び寄せる。
セリアはふわ、と浮かび上がりおずおずとラクランに距離を詰めた。
「なんで機械人形のお前が、雷なんて怖がるんだ?」
「…雷は、オートマタの故障の原因です」
「……ただごとじゃない!」
「あと、大きい音と、強い光も苦手です」
「苦手なもの、揃いも揃ってるな…」
聴きながらラクラン呆れ果ててしまう。
「じゃ、収まるまで、手、握っててやるから、ほら」
「は、はい…」
セリアの手を取ると、想像以上に震えている。相変わらず能面のような表情からは何も読み取れないが、ラクランには相当な恐怖感を感じている、ように見えた。表情がないから感情がない、という仮説はあながち真実ではないかもしれない。
仕方がないので、机を立ち上がってベッドに移動し、セリアを座らせて隣に腰掛ける。
「その様子なら、こないだみたいに俺を襲ったりできないだろうな」
元気づけようと軽く冗談を言ったつもりだったが、逆に少女は耳から生えた装甲をしんなりさせて俯いてしまう。
「本当に、申し訳ございませんでした、マスター…」
「反省しているなら別に構わない」
「………………」
束の間の沈黙が主従の間に満ち、ざあざあと雨が窓を叩きつける音だけがボロ宿の一室に響く。
「セリアはダメな従者です」
「…別に今は、気にしないでいい」
人形の少女は、どうやら猛省しているらしかった。ここ数日言いつけはきっちり守っているし、無表情でも、青い瞳の奥には反省の色が浮かんでいるような気がした。
「マスターはお優しいです」
「…俺も昔、雷が苦手でな…よくお袋にこうやってなだめられたもんだったっけ」
そのときはこうして、機械人形をなだめることになるだなんて思いもしなかったが。
「セリアにお袋はいません…マスターはセリアの全てです」
「はは、そりゃそうか、責任重大だな」
よく考えてみればその通りだ、この人形少女に過去の記憶はない、この人形少女にとっての人間とは、ラクランとドレスデン二人だけ。
もし、もしもこの無表情な人形少女の中に心が秘められていると仮定したら、彼女にとってラクランは親代わりのような存在かもしれない。
カッ、とまた雷雲の中に稲妻が光り、握りしめた機械の指にぎゅう、と力が篭もる。
「よし、よし……大丈夫、俺がついてる」
ラクランは人形少女の肩ををそっと抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩いた。
「マスター、セリアはマスターのお手を煩わせるわけには…」
「お前は俺にとって拾い物のようなものだし、迷惑さえ掛けなければそんなに気負ってくれなくてもいい」
「セリアはマスターの従者なのに」
「なら、従者をいたわるのもマスターの仕事だろう」
瞬間、閃光と同時に耳をつんざくようなズドン、という爆発音にも似た雷鳴が轟いた。
「うお、だいぶ近くに落ちたな…よし、大丈夫、大丈夫だ、なんでもない、雷なんてすぐ止む…」
その雷はラクランとセリアの泊まるボロ宿の庭先の枯れ木を直撃し、木肌をじゅう、と赤く焦がした。
「マスター…」
空は禍々しくどす黒い雷雲にすっぽり覆われている、稲妻が消えれば部屋の中は本当に真っ闇だ。
だが部屋が闇に覆われるまでの間にラクランは見た気がした。仮面のように白く無表情なセリアの瞳から、はら、と涙がこぼれたのを。
「セリアはマスターをお慕いしております」







 落雷は、積乱雲の中で蓄積された雷の魔力が放出される自然現象である。
その威力は並の魔法使いの使う雷魔法より遥かに大きく、命中すれば只の人間であればよっぽど幸運でもない限り即死は免れない。
そうでなくたって、特に先進的な雷魔法で発展した古代技術の結晶ともなれば、雷が近くに落ちただけで十分、致命的な故障の原因となりうるのだ。
そう、不運にも。
この夜そのまさかが起きてしまった、分散した雷の魔力は静電気となり、濡れた大地と宿屋の床を伝ってセリアの精密な魔力結線を焦がしショートさせた。
栄華を誇った究極の魔導工学技術の叡智の結晶さえ、大自然の猛威を前にすれば時に脆く崩れ去ることがある。
これはただ、それだけの話にすぎない。
17/08/02 22:52更新 / 些細
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