連載小説
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001:ホルスタウロス (Ver1.0)
『俺たちの正義はこれなんだよ!』

堕落神の一柱を信仰するパイオーツ教団の一大派閥、『巨乳派』の長プルン・プルーン司教が、黒ミサの席で貧乳派の論客と舌戦を繰り広げた際の言葉である。
宗教者としては似つかわしくない非常にストレートな物言いだが、派閥を同じくする同胞たちの心境を的確に表した名言であり、その情熱は今なお魔界各地で高い評価を受けている。

現在この台詞は乳房のサイズに拘らず、魔界の住人が己の性癖を開陳する時の常套句として頻繁に用いられている。また、プルン・プルーン司教の正室がJカップのたわわな巨乳を有するホルスタウロス族の少女であった事から、以後パイオーツ教団内においてJカップのおっぱいは別名『正義(Justice)の乳』と呼ばれるようになったのだとか。

……ふむ。
さすがおっぱいだ。実に奥が深い。

さて。
何故このような故事をこの場で紹介したのかというと、我が記念すべき第1回目の観察対象が、ダイスの導きに従った結果ホルスタウロスに決まったからである。
ホルスタウロスといえば巨乳。巨乳といえばホルスタウロス。
この2つは、もはや切り離して考える事などできない魔界の共通認識と言っても良いだろう。
特に豊かな胸を持つ種としてこの他にホブゴブリン等が存在する。だが、やはり巨乳の代名詞といえばホルスタウロスを置いて他には居るまい。その知名度と極上の巨乳は、ほかの魔物娘を隔絶して、なお燦然と魔界史に刻まれている。

自宅の庭に紅茶と筆記用具を並べた私は、遠隔視の魔術が込められた水晶球を覗き込んだ。
この水晶球、どんなに遠く離れていても、持ち主が望む相手の姿を映し出す事が出来るという素晴らしい魔術具である。さすがに軍事的価値が高すぎて反魔物国家には輸出できないが、私の故郷である不思議の国においては【全自動こけし】程度の認識だ。価格も【お値段以上】とたいへんリーズナブルなので、機会があれば購入を検討してみては如何だろうか。

ん? こんな便利な道具があるのに、なぜ魔物娘の研究は遅々として進んでいないのか?
………ははははは。
みんな、もっと他にヤリたい事とか、あったりするからじゃないかなぁ。
詳細はぼかすが……例えば【ずっこんばっ婚】とか、【こ・づ・く・り・しま・しょ】とか? あるいは【それなんてエロゲ】の可能性もあったりなかったりラジバンダリー。
あ! 勿論、だからと言ってこの記事を書いている私が暇人だとか、相手がいない喪女だとか、そういう事実は一切ないので誤解のないように願いたい。
うん。いや、本当だよ? 何なら処女かけても良いくらいだよ?

……なんだか急に遣る瀬無くなってきた。気を取り直して、観察に戻るとしよう。
今回、水晶球が映写したのは、草原に住む独身のホルスタウロスだった。
気質が温和で献身的な彼女らは、そのたわわな胸から生産されるミルクが高い商業的価値を持っていることもあるせいか、比較的容易に伴侶を見付ける事が可能な種族である。
獣人系の魔物娘の中では未婚率がやや低めの彼女達だが、逆に独身個体の生態については未だ知られていない部分が多い。
これは初回から期待が持てそうだ。この記録が、貴重な資料になると良いのだが……。

ホルスタウロスは大きな岩を背に、うとうとと船を漕いでいた。
ミノタウロスの亜種である彼女たちは、原種と同じく一日の大半を眠って過ごす。このあたりの性質は、先達が残した図鑑の記述とも一致していた。幸せそうな寝顔だ、いったいどんな淫夢を見ているのだろうか。同時に、毎日こうして昼寝ばかりしているホルスタウロス種がどのように男性と出会うのか、実に気になるところである。

彼女の眠るすぐ傍には、踏み固められた行商路が走っている。
もしかすると、ここを通る旅人や商人を待ち伏せるのが、彼女らの夫探しなのかもしれない。

さて。どうやら暫らく、ホルスタウロスに動きはないようだ。
ただ待ち続けるというのも暇なので、ここで彼女の容姿について少し紙面を割く事にする。

やや銀色がかった白い短髪。太く短く、それでいて鋭い双角。その下からは、びっしりと体毛を帯びたかわいらしい獣耳がぴょこんとふたつ生えている。
だぶだぶのオーバーオールは腰の位置までしかなく、全身を覆う作業着という本来の用途からかけ離れたデザインだ。本来なら肩紐にあたる部分はハーフトップに繋がっていた。

特筆すべきポイントは、やはり衣服の下からでもその威容を誇示する巨乳であろう。

一般的にハーフトップとは、動き易さに重点を置いたスポーツウェアまたは下着を指す。
激しい運動によってクーパー靭帯を痛めることがないよう伸縮性や安定性に秀でており、また吸湿性、速乾性に優れる事から大きな胸を持つ女性のインナーとしても需要が高い。
男性諸氏にはあまりピンとこないかもしれないが、ブラというのはとにかく蒸れるのだ。世の女性が持つ「巨乳」の概念を超越した爆乳と、破壊力満点の谷間を持つホルスタウロス種にとって、汗による蒸れは死活問題に違いない。
反面、ハーフトップ類はブラジャーが持つ、「乳房の形を美しく整える」という機能において他の後塵を拝していると評せざるを得ない。運動時に蒸れない、擦れないというその一点を追求した結果であり、それは仕方のない話だろう。

にも関わらず、彼女の爆乳は、まるで美の女神が具現化したかの如く均整の取れた素晴らしい造形をも維持していた。
分類するなら、「お椀型」と呼ばれる丸みを帯びたディティール。
衣類を押し上げ、その存在感を主張するツンと立った乳首。
かなりの質量にも関わらず、型崩れすることのないトップから下乳までの優美なライン。
そして揉みしだけば逆に掌が埋もれてしまうのではないかと思えるほどの圧倒的な重量感。
実に素晴らしい。そしてうらやまけしからん。

個人的には、男性の視線を釘付けにしてやまないそれらの特徴を敢えて露出せず、すっぽりと覆い隠してしまっているところが実に心憎い演出だと思う。エロスとは、なにも露出が多ければ良いという単純なものではない。

敢えて言おう、見えないからこそ興奮するのだ!

もし私の股間に【エクスカリバー】が生えていたなら、あの【メロン】を覆い隠す邪魔な布きれを乱暴に破り去り、そそり立つ【ガンランス】を谷間に【サンドイッチ】した挙句、欲望の赴くままに【オゥケーイ! フォー!】する妄想で頭がいっぱいになっている事だろう。
と言うか、既に妄想している。おかげ様で私の下着はすっかり【つゆだく】だ。
魔物である私にさえ妄想を強いるとは、なんと罪作りな【にくまん】であろうか。

……おや?
気付けば道の向こうから、人影がひとつ近付いてきていた。
これは幸先が良い。
もしもこれが男なら、ホルスタウロスの誘惑シーンを拝む事ができるかもしれない。
もっとも当のホルスタウロスが、未だすやすやと眠り込んでいるという点が問題だが。

まぁ、一旦そちらは置いておこう。
私は水晶球を操り、徐々に近づいてくる人影へ画面をズームさせた。どうやら若い男のようだ。年齢は……15、6といったところだろうか? 栄養状態が悪いのか体付きは細く、落ち窪んだ瞳がギラギラと異様な輝きを放っている。随分と古ぼけた衣服の上には、サイズの合っていないなめし皮の鎧を纏っていた。手には太い木の枝を束ねて作った粗末な棍棒を握り締めている。

……どうやら野盗化した逃亡奴隷のようだ。
奴隷制を敷いている国では、時折り労役に耐え切れず逃げ出す者が居ると聞く。恐らく彼もまたその類の人間なのであろう。徒党を組んでいないところを見ると、分け前を巡って仲間割れでも起こしたか、はたまた抜け駆けを狙ってアジトを飛び出したか……。

その男はきょろきょろと周囲に忙しなく視線を走らせながら、街道沿いを進んでいた。挙動不審極まりないが、単独で獲物を探す以上こればかりは仕方がない。

程なくして、彼は岩場の陰で眠りこけるホルスタウロスを発見するに至った。
まさか魔物が、街道のすぐ傍で、かくも無防備な寝顔を晒しているとは思いもしていなかったに違いない。予想外の事態に男は暫く固まったまま、大きく両目を開いて彼女を見詰める。
……そして次の瞬間、汚れた顔ににやりと下卑な笑いを浮かべた。

人間社会において魔物娘は、しばしば被差別対象どころか害獣の扱いを受けている。
発見されれば即座に追い立てられ、住処を離れざるを得ない者も数多い。
しかし、その魔物がホルスタウロスであれば話は少々違ってくる。
私は水晶球を睨み付けながら、心中にひとつの懸念を宿していた。

前述したが、ホルスタウロスは非常に栄養価が高く、良質な母乳を生産することができる。その美味たるや、反魔物国でさえ高価で流通しているほどだ。
それゆえ主神教団の教えが根深い地域であっても、他の魔物と違いホルスタウロスは「家畜」として一定の市民権を有している。
彼女らを上手く使役し、絞り取った母乳を販売すれば、逃亡奴隷の人生から一転して自作農に成り上がるのも決して不可能ではないだろう。

勿論、魔界の住人側としては、あまり面白いとは言えない話だ。
それが恋人、あるいは夫婦として互いを受け入れた帰結であるならば、外野の我々に掣肘する権利などありはしない。むしろ祝福するべきだろう。
しかし上記のケースでは、魔物は人格ある個人ではなく、経済動物として扱われている。種族こそ違えど同じ魔物娘、決して受け入れられる話ではなかった。

このホルスタウロスが、男に捕まり札束を生む機械にされてしまうのではないか。
つまるところ、私の抱いた懸念とはそれである。
……成り行きによっては、魔王軍に保護を依頼するべきかもしれない。

暫く逡巡したのち、男は周囲に誰も居ない事を確認してから、おそるおそるホルスタウロスへと近付いていった。
手にした棍棒で、体毛に覆われた足を小突いてみる。よほど熟睡しているらしく、一向に起きる様子はない。男は更に彼女との距離を縮めた。
今度は手ずからホルスタウロスの肩を掴み、軽く揺すってみせる。ここまでしても、彼女は目を覚まさなかった。
寝過ぎにも程がある。もうちょっと危機感を持ってもらいたい。

男は取り敢えずの危険が消えた事に安堵したのか、今度はホルスタウロスを間近でしげしげと観察し始めた。より正確に表現するならば、規則正しい呼吸とともに上下を繰り返す爆乳を凝視し始めたのである。

うん、その気持ちはよく解る。私だってガン見する自信がある。

逃亡奴隷の身の上では、決して真っ当な村落には近付くことができない。すぐに領主が周辺に手配をかけるからだ。野盗と化したならばなおのことである。
そのうえ彼は、恐らく独りで活動している。仲間が居なければ略奪の成功率は下がるだろうし、女っ気も少なくなるだろう。色々と持て余していたはずだ。
警戒心が薄れると同時に、それまで抑圧していた性欲が表面化しても不自然ではなかった。

そっと指先で乳房に触れ、形の良いラインに沿って、ゆっくりと移動させていく。水晶の画面越しでも解るその柔らかな手応えに、男はだらしなく表情を緩めた。
味を占めた男は、今度は大胆にも掌でおっぱいを押し上げ……かと思ったら、さっと手を放してしまった。途端、支えを失った巨乳は自らの重みで落下してぷるん、と震える。
……この若者、見た目のみすぼらしさに反して通である。たわわに実った果実の楽しみ方をよく心得ているようだ。

すっかり箍の外れた男は、そもそも自分が何をしようとしていたのかも忘れ、ホルスタウロスの美巨乳を思うさま味わい始めた。
棍棒を投げ捨て、眠り姫の乳房を両手で揉み、摘み、撫で擦る。時には顔を近付け、その甘い匂いを鼻腔で玩味した。服の上から指先の間隔で乳首の位置を探り当て、つま先でこりこりと刺激を与えて勃起させるところなど、職人芸すら感じる程だ。

ううむ、非常に勉強になる。この若者、一体どこでこんな技術を体得したのだ。

いつの間にか、私は紅茶をテーブルに置き、右手でペンを走らせながら左手で彼のテクニックをトレースしていた。
もちろん教材は自前の【薄味】である。ホルスタウロスの【戦闘力53万】には遠く及ばないものの、感度や肌触りは負けていない……と思いたい。
水晶球の向こう側に見える若者に胸をまさぐられる妄想を迸らせながら、私は2重の意味での観察に没頭した。

異変が起こったのは、男がたっぷり小一時間ほど巨乳の感触を楽しんだ頃のことだった。
好き勝手に乳房を弄り回されていたホルスタウロスが、とうとう目覚めてしまったのである。
男がそれに気付くより早く、ホルスタウロスはにこりと微笑むと、男の頭に両手を回して顔面に胸を押し付けた。
突然の事態に男は驚愕していた。なんとか拘束から逃れようともがくものの、魔物娘の怪力がそれを許さない。男の頭をホールドしたまま、更に体重をかけて自分ごと押し倒してしまう。

圧し掛かられ、呼吸すらままならなくなった男の抵抗は、やがて弱々しく萎んでいった。
彼の動きが鈍ったのを見て取ると、ホルスタウロスは微妙に体の位置を変えて彼を開放する。
ようやく胸の谷間から逃れた男は、軽い酸欠状態と魔物特有の甘い体臭とで、軽い酩酊感に陥っていた。焦点の定まらない淀んだ瞳が、ホルスタウロスの視線と交錯する。

ホルスタウロスは、可愛らしい顔に浮かんだ笑みをより深めると、男の唇にそっと自身のそれを重ね合わせた。その所作には、愛欲や情欲といった粘質の感情は欠片ほどにも感じられない。まるで家族や友人に親愛の情を表すような、いやらしさのない爽やかな口付けだった。

垂れた髪を指先で払いながら顔を離すホルスタウロスを見上げる男は、混乱した表情のまま、逃げるのも忘れて硬直していた。
さもありなん。魔物とはいえ熟睡する女性に対して痴漢行為を働いていたはずなのに、相手は嫌がる素振りひとつ見せようとはせず、それどころか情熱的なハグと啄むようなバード・キスが返ってきたのである。

ホルスタウロスは男の困惑など気付いていないかのように、微笑みを浮かべたまま彼の黒髪に指を這わせた。ろくに体を清めることもせず、フケと垢にまみれて脂ぎった不潔なそれを、まるで母親が我が子にそうするかの如く、彼女はひたすら優しく愛撫する。

……どれほどの時間、そうしていただろうか。
いつしか日は沈み、草原は橙色の夕日に照らされていた。
男は安堵の表情を浮かべ、自分に覆い被さるホルスタウロスの背中に手を回している。彼女の体をぎゅっと抱き締め、首筋に顔を埋めながら……男は、小刻みに肩を震わせていた。
ホルスタウロスは何も言わず、ただひたすら、彼の頭をよしよしと撫で続けている。

他に頼るものはなく、安心して眠れる住処もなく。
略奪者に身をやつして山野を行く日々は、彼にどれほどの孤独感をもたらしたのだろうか。
愚かな私には、想像することさえ叶わない。
ホルスタウロスもまた、彼の事情など知る由もなかった筈だ。それどころか、私の観察した限り言葉のひとつも交わしてはいないのである。
にも関わらず、彼女は男の苦悶を淡雪のように溶かしてしまった。
これを見事と言わずに何と言うべきだろう。貧弱に尽きる私の語彙では、この事実を指して他に言葉を添えることなど、とてもではないが出来そうにない。

夕闇に塗り潰された草原は、もはや彼ら2人だけの世界と化していた。
望む結果は得る事ができた。これ以上の覗き見は、野暮を通り越して無粋に過ぎる。
何より男の涙など、傍観者でしかない私が軽々に眺めて良い筈もなかった。

魔物娘の研究という観点から見ても、今回の事例は見るべきものが多いと言える。
彼女らの持つ本来の魅力とは決して視覚的な特徴……すなわち巨乳などではなかったのだ。あくまでそれは舞台装置にしか過ぎない事を、私は今の今まで気付かなかった。
ホルスタウロスの本質とは、男性の心をどこまでも暖かく包み込む包容力の極致……『母性』にこそあったのである。

愛情の萌芽に、時間など意味を成すものではない。
幾万遍の恋歌に語られ、手垢のついたフレーズは、しかし今ここで現実の絆へと昇華していた。
私はその姿に大きく頷き、そっと水晶のチャンネルを切断する。

願わくば、2人の行く末に幸多からんことを。
研究者として、また魔界に住む1人の女として切に願いながら、私はそっとペンを置いた。
14/01/13 00:45更新 / ヤマカガシ
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■作者メッセージ
マッドハッターの情報が更新されたとき、私はこう思ったんです。

「残念クールがすごく似合いそう……」

そんな訳でして、作中の彼女はいろいろ残念です。

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