連載小説
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後編
16

 僕は実に間抜けな顔を晒していた。現実を受け止めきれていないせいで、もう笑うくらいしかできなくなっている。
 その昔、ある恋愛映画のCMを目にしたことがあった。死んでしまった恋人が、未だ死を引きずっている相手に対して自分はここにいると必死にうったえかける内容だった、はずだ。あまり確実には言えないのは、その映画を見たわけではなく、あくまでCMから断片的に受け取った情報だからだ。実際に中身を見てみれば、実に広告の編集は秀逸なのかと感心するのは映画を見る上での日常茶飯事なので、断言ができない。
 けれど、少なくとも今僕が置かれている状況はそれに値すると思うのだ。

「どうしたの?浅原君。ハトが豆鉄砲食らったような顔をして」

 僕の目の前には、狐火美雪がいた。ふわふわと宙に浮きながら、まさに彼女の声音で、彼女の姿で喋る狐火美雪が。
 本当に本人なのか?
 自問するも、答えは出るはずもなかった。ドッペルゲンガーの彼女のことだってある。これもひょっとすると、妖怪だとか魔物だとか、怪異の類かもしれないのだ。
 猜疑心は本来マイナスの部分が多いが、この時に限ってはそうではなかった。疑い深くなっても、損はない。もう落胆したり、それでも許すしかないような複雑な気持ちになるのはたくさんだ。あんな気持ちは、何度も体験したいものじゃない。
 なにせ、僕の中のイメージとはまるで違うのだ。姿も声も狐火美雪と寸分違わぬものだが、僕が知っている彼女ではない。いや、僕が彼女の何を知っているのかという話になってしまうが。

「あはははは、変な顔!」
「そ、そうかな」

 たとえば林檎を目の前に差し出されて、「これは実はバナナなんです。今まで林檎と言っていたのは全員がグルになってあなたを騙そうとしていたんです」と言われると、誰だってまさかとは思いつつ、本当かと疑う。信じたい気持ちと疑う気持ちは絶妙にブレンドされ、僕を混乱させる。
 だが、これが彼女の知られざる内面だとしたら、僕はただイメージと違うというだけで拒絶するのだろうか。お目当てのものではないと知ったら、急に冷たくするのか?僕の中で確かに胎動していた熱は、そこまで頼りないものだったろうか。

「もうしょぼくれた顔してるなあ。好きな人が目の前にいるんだから、もっと照れたりしてくれてもいいのに」
「いや、好きな人って……」

 自分で言うのは、自意識過剰ではないだろうか。

「違うの?」
「……あってるけど」

 だが否定はできない僕だった。
 僕を惑わすのはあのライアと名乗ったドッペルゲンガーだけで十分だと思ったのに、幽霊になった美雪さんはそれ以上に僕をかき乱すようだ。幽霊だというのに、どこか妖艶で艶っぽく、その瞳は喜色に染まっている。僕の記憶の中とはまるで違う彼女とのギャップにどうすればいいのか、最適解が見つからない。
 ありのままを受け止めるなんて、そんなことができるのは物語の主人公だけだと心底思う。何かが違えば狼狽えるのが人間だ。困惑するのが人間だ。
 そもそも、僕は今日、あることを決意していたはずだった。

「……ぁぅ」

 部屋の隅っこで子犬のように申し訳なさそうに縮こまっているライアは、どうぞご自分など気にせずお続けくださいと言いたげで、それがかえって気まずかった。
 そう、そもそも僕は今日、ケジメをつけるつもりだったのだ。違うのなら違うで、仕方が無いことだと。いきなり好きだと言われても、付き合うことなんてできやしない。未知は怖いのが人間だ。だから、せめて友達から始めるのはダメだろうかと、僕なりの結論を彼女に伝えるつもりだった。過去に縛られるのをやめて、踏ん切りをつけて歩こうと思った。
 まあ、過去は僕を逃がすつもりなど端からなかったらしい。
 踏み出した第一歩から足首を掴み、壮大に僕をずっこけさせた。その結果がこれだ。過去から脱却するための用意はわざわざ時間まで頂いてじっくり考え抜いたものの、まさか過去から別のアングルで切り口を求められるとは思ってもいなかった。

「ほらほら、そこでちっこくなってるライアもおいで。皆でお話しよ!」
「ぇ……どうして私の名前…………」
「幽霊だよ?盗み聞きとか便利なの」

 さらっととんでもないことを言ってのけた。要するに、あの時の会話から全て聞かれていたということだ。僕の悩みも部屋でこぼした一人愚痴も全部全部全部。好奇心旺盛と受け取るべきなのか、とんでもない悪女と受け取るべきなのか非常にシビアだ。

「ねえねえ、ライアは浅原君のどこが好きなの?」
「えっ、あっ、ふぇっ」
「先に抱いてもらえたんだよね?いいなあ。ねえどんな感じだったの?」
「あ、えっ、あ、あああぁぁううううぅぅう」

 目を輝かせながら質問を投げかける美雪さんに対して、ライアはもう涙目だった。当然だ。質問内容が際どいラインをすでに通り越している。どんな拷問なんだろうか。その質問に自棄になって答えられると、僕にまで飛び火がくるのだが。
 助けて、と視線でライアはうったえかけてくるが、僕にはどうしようもない。今現在、思い描いていた美雪さんのイメージはかなり修正されている。その書き換え作業で忙しかった。こんな現実よりも妄想の方がよっぽどリアルなようで、くらくらする。

「あのさ、ちょっといいかな」
「どうしたの浅原君」
「いや、色んな事が起きすぎてうまく処理しきれないっていうか」
「ああわかる!なんていうか怒涛の息もつかせぬ展開ってやつでしょ」

 その発端は確実に君のせいだ。

「でも私からすれば、結構今までじれったかったんだよ?」
「じれったい?」

 僕は聞き返した。

「なんていうのかな。ガラスケースの中にお目当てのものがあるんだけど、ガラスはどうやっても壊せないの。だから目の前でおあずけをされてる状態かな?ああいつになったらあのガラスは壊れるんだろうなあ、ひょっとして壊れないのかな?なんて思ったりしてさ。だから今私はとっても嬉しいの。まあよくある恋のジレンマだよね、こういうの。告白したいけど臆病な自分に勝てなくて、うじうじしている間に失恋しちゃうみたいな」
「ああ」

 理解できた。それは僕のことだ。
 どんな示唆的な内容が含まれていようとも、それは僕の事だ。
 美雪さんはくすくすと笑みをこぼしながら、嬉しそうに回っていた。ちょっぴり詩的なことを言いながら。
 寡黙というか、ミステリアスだった美雪さんはもういなかったがこれが本当の彼女なのかと考えると、少しだけ嬉しかった。やっと本当の彼女に会うことができたのだ。
 けれどこれはこれで複雑だった。ライアの立場はいったいどうなってしまうのか。

「あ、あぅ」

 奥手な彼女は涙を浮かばせながらどうしようかと表情でうったえてくる。しかし正直なところ僕も困っている。勇気を出してリセットボタンを押したら予定していなかったものまでリセットされた気分だ。いや状況的にはむしろ逆だが。
 美雪さんはわかっていながらこうして場をかき回しているのだろうか?もしそうならばマリー・アントワネットが優しく見える悪女だ。なんにせよ、このままでは場はおさまらない。何より一対一で会話が行えないと状況は上手く整理できないだろう。
 僕は思い切ってみることにした。

「美雪さん」
「どうしたの?」
「二人きりで話ができないかな」

17

 ライアには悪いが一人別部屋で待機してもらい、僕は美雪さんと二人きりになった。これでやっとじっくり話ができる。聞きたいことはたくさんあったが、まずは確認したい事があった。

「美雪さん、死んじゃったんだね」
「そうだよ」

 即答だった。別に死んだことにいちいち構っていられない、といった様子だった。これが本当に初めて対面する「狐火美雪」という人物なんだろうか。未だ実感が湧かず、僕はそっかとしか答えられなかった。
 その反応が不思議だったのか、彼女は首を傾げた。永遠に理解できない疑問を提示された子どもみたいな顔だった。……そんな仕草でも様になるのは、ちょっとずるい。

「それじゃあ次は私が聞いていい?」
「いいよ。聞きっぱなしっていうのはフェアじゃない」

 ありがとうと一言お礼を言ってから、彼女は聞いてきた。

「浅原君は私のこと、好き?」

 空気の塊が喉に詰まった。ぐしゃぐしゃに絡まってしまった感情に、明快な答えがそう簡単に出るはずもない。なぜここまで答えが出ないのだろう、と思う。おそらく他人のせいにしようとしても結局のところは、原因は僕にあるからなのだろう。現状を把握するだの突然の状況に整理ができないだのと理由をつけて、結論を先延ばしにしたいと心のどこかで願っていた僕のせいだろう。だけどせめて一言だけ言い訳をさせてほしい。
 僕はそこまで強くないのだ。

「どうかな?」
「……さあ」

 美雪さんはちょっと不満そうに頬を膨らませた。

「なにそれ」
「ごめん」

 不愉快になるのは当たり前なのだろう。誰だっておあずけはされたくないし、結論を有耶無耶にされてはたまったものではない。でもならば少しだけ考えてほしい。
 告白は、人の人生を変えるのだ。
 比喩ではなく、本当に。
 告白は人の人生を大なり小なり規模の差はあれど変えてしまう。それは僕にとっては重すぎた。こんな考え方自体が僕自身のエゴかもしれない。だがたとえエゴであれど僕はそんな重大なことを一人で背負いたくはなかった。
 背負わせたかったのだ。
 そう、告白しよう。
 告白は、人の人生を変えるのだ。
 僕は誰もが思っているよりもよっぽど矮小で小汚い人間だ。僕は好きになったことこそあれど、愛情を感じたことこそあれど。打算的に動くこともあれど、他人を背負うことは一切なかった。他人を背負わずに、他人に背負われようとしていたのだ。これは本音だ。
 誰だって辛いのは嫌だろう。
 だから、そんな僕にこそこんな事態が天罰として下ったのだろう。僕を苦しめるにはもってこいの板挟み。嫌でも結論を出さないと、どちらかの人生を変えないと逃れられない呪縛めいたもの。
 僕はただ小さく息を吐いた。
 天罰だというのならそれも甘んじて受けよう。いくら下衆であってもそれくらいの心構えというか、そこまで堕落はしていない。しかしいくらなんでも、この二人じゃなくてもいいじゃないか。
 どう足掻けばいい?どう結論を出せばいい?
 結局、どっちつかずはこうして終わっていくのがお似合いなのだろうか。笑うしかない。笑うくらいしかやることがない。
 でもそれすらできなかったので、僕は苦虫を噛み潰したような顔になった。不快感の対象は、僕そのものだ。自分も愛せない人間が誰か一人を愛することなんて出来るのか。いやできまい。
 考えすぎた頭は沸騰しはじめると、嫌な熱を頭に注ぎ込んだ。じっくりと思考を停滞させる堕落の熱。一瞬でもそれを感じ取れば思考放棄にも等しい蛮行だ。蛮行では、あるけれど。

「どうしろっていうんだ」

 僕はなにもしていない。
 文字通り、だ。
 いつの間にか恋が叶ったと思っていたらそれは偽物だった。それを受け止めたと思ったら本物が現れていた。季節が流れるよりも早いスピードで僕の周囲は変わっていて、それは真綿で首を絞める緩慢さで苦しめてくる。限界だった。
 複数の物事には対処しきれないのが人間だ。それらを全部受け止めようとすれば、解決しようとすれば容量はいずれ限界を超えてしまう。容器に入りきる水の量には限度があるのと同じで、しかも人間に表面張力なんて便利な法則は適用されない。パンクするのは一瞬だ。

「別にどうこうしなくてもいいんじゃない?」
「はい?」

 全てを見透かしたように、透けた彼女は言った。

「浅原君はさ、色々難しく考えすぎなんだと思うよ」
「考えすぎって、どういうこと?」
「なんだか思いつめたような顔をしてるけど、けっこう物事って単純だし」
「……複雑だと思うけど」
「そうかな。要はハッピーエンドになればいいだけでしょ?私も彼女も浅原君が好きなんだから、三人で暮らせば万事解決だよ。もう文句のつけようのないくらいの大団円。これなら悩む必要もないでしょ?」
「いや、それは……」

 いくらなんでも無茶だ。

「無茶かな?」

 また、見透かされた。

「そりゃ見透かせるよ。好きな人なんだもん。ずっと、ずっとずっと好きだった人だから」

 少女漫画でしか聞けないような台詞を、彼女は恥ずかしげもなく躊躇いなく言った。幽霊だから言えるのだろうか。それとも一回死ねばそこまでの覚悟ができるのか。
 幽霊。
 死。
 見透かされた。恋心。
 わからない。
 純粋。瞳。
 好き。

「……」

 単語が浮かんでは消え、走馬灯のような儚さと美しさを見せた。はっ、と我にかえって彼女を見ると、こちらを見て笑っていた。慈しむような笑みで、目を合わせたとたんに恥ずかしくなって慌てて視線を逸らす。行き場を失った羞恥心が顔を染めるのがわかり、唇がわなわなと震えた。
 なんで、そんなに笑えるんだ。普通はショックじゃないんだろうか。別の人と寝ていたことが、自分が死んだことがショックではないのだろうか。

「内緒」
「その言い方は、ずるいよ」
「女子ってずるいもんだよ」
「今はもうお互い大人だけど……」
「心はいつまでたってもあのままなの」
「あのまま……」
「あの頃のまま、かな?ねえ、浅原君は?」
「僕は」

 どうだろう。いつからか視界に入る色彩は全て色褪せてしまって、笑顔に嬉しい感情以外も込められることを知ってしまった。大人になった、とは言えるかもしれないがそれは果たして喜ぶことなのかどうか。問われた場合、僕は答えに窮するだろう。
 そもそも、枯れ葉が瑞々しい色合いを取り戻したことで蘇ったような恋だ。
 僕にはもったいないほどに、眩しくて辛い。それなら大人になることを放棄しておけばよかった。ピーターパンだって、僕を歓迎してくれたはずだ。大人になることが嫌な子どものための国へ、ネバーランドへ連れて行ってくれたはずだ。だめな大人というのはこうして出来上がっていくのだろうか。ふと思ったが、口にはしなかった。

「色々と、知ったからね。いつまでも馬鹿学生じゃないよ」

 傷つかない手段も知った。本当に色々なことを知ってしまった。
 ――まったく。
 内心ため息をついて、僕は憂鬱になった。心が吹きさらしにでもされたように乾燥してしまった。傷つくことにも疲れてしまったのだろう。ものすごくわざとらしく顔を隠し、考え込む。もう呆れるほど考えているというのに、どうやら僕はまだ足りないらしい。

「美雪さんって、少女漫画とか読む?」
「読むよ」
「だとしたら、影響を受け過ぎだよ。物事はそんなに綺麗に片づけられるものじゃない。子どもが遊んだ後片付けみたいに、ぐしゃぐしゃに入れられて無理矢理蓋をされるくらいにしか、解決しないんだ」
「浅原君こそ、昭和文学作品の影響の受け過ぎだよ」
「いや読んでないよそんなもの」
「頑張らないのは既に諦めちゃってるからだよ」

 頑張る。それはもう死刑宣告に近い言葉だ。それは誰だって簡単に人を追い詰めることができる。誰も頑張れの一言が欲しいわけじゃない。それは、無理に身体を動かしていても、たとえ関節が悲鳴をあげていようとさらに佳境へと追い込む悪魔の言葉だ。

「誰もが勘違いしてるけどね、案外頑張れるものだよ」

 気楽に彼女は手を差し出した。僕にその手を握れというのだろうか。幽霊の透けた手を。
 ――あのさ、僕は美雪さんが思っているような好青年でもなければ、それなりに芯のある人物じゃないんだよ。もっと人間の見せられない汚い部分を凝縮したような、ヘドロみたいなやつなんだ。誰だってヘドロは嫌いだろう?普段気にしないのは視界に入らないからってだけで、一度その存在に気づいてしまえば嫌悪せずにはいられないし除去せずにはいられない。僕はそんなやつなんだ。内面を覗いてみれば、汚らしくて千年の恋すら冷めてしまう。織姫さまだってそうなるよ。だからさ、美雪さん、もうやめてくれ。

「そうだね。誰も想像した人物像と違って狼狽えたりするのは当たり前のことだし、嫌いにもなる。でも浅原君、どうしてそんなに自分を卑下するの?」

 いやな目だった。

「ねえ浅原君、自分を卑下するのって、自分を守るため?」

 ――心臓が、跳ねた。

「ちがうよ」

 声が震えた。

「ううん。違わない。大好きな人だから全部わかるよ。あらかじめ傷ついておけば、そのぶん傷は浅いもんね」
「……」
「でもね、必要以上に傷つける必要なんて、ないんじゃないかな」
「まいったな」

 僕は改めて、とんでもない人を好きになっていたんだと思った。楊貴妃よりも扱いづらい、下手すればこちらが呑み込まれてしまいそうだ。依存してしまいそうだ。
 僕は本当に瑕疵が多い、ダメ人間だ。

「ライアはどうするの?」
「彼女もいっしょに決まってるでしょ。ハーレムって男の夢なんでしょ?」
「それは偏見だよ」
「そうかな。浅原君、嬉しそうだけど」

 それはたぶん、君のおかげだよ。

18

 思ったよりもずいぶん長く話していたらしく、戻った頃にはライアはすやすやと寝息をたてていた。待たせていたことを申し訳なく思うと同時に、隅っこで小さくなりながら寝ているのを見ると憐憫の情も湧いてきた。起こさないように細心の注意を払いながら小さな身体を抱きかかえ、僕の部屋のベッドに寝かした。

「寝ているところを襲うなんて、いい趣味」
「そこまで獣じゃないよ。女の子を床で寝させるわけにはいかないし」
「あれ?私はどうなるの?」
「幽霊なんだからどこでも寝られるってことで」

 口を尖らせてぶーぶー言う美雪さんを放置して、僕はシャワーでも浴びることにした。いくら幽霊になったからといって、さすがにシャワーまで覗き見してくることはないだろうと高を括り、脱衣所へ。
 蛇口をひねるまで懸念はあったが、周囲を確認してその心配も杞憂だとわかると、途端に力が抜けた。顔面に冷たいシャワーを勢いよく浴びながら、色んなことを考えた。これから僕は二人に対してどう接していけばいいのか。
 美雪さんはああ言っていたが、それは簡単なことじゃない。きっと予想もしていない苦労があって、挫折があるに違いない。それでもハーレムのような状況を強いる美雪さんはドSなのだろう。
 忙しくなるだろうことを想像すると、なかなかぞっとしなかったがそれも一興かと考えることにした。前向きでなければ、これからはやってはいけないのだ。
 そこまで考えて、全て美雪さんのいいように事が進んでいるのに気付いた。ポジティブな思考のままどうにかしようと考えているあたり、すでに手中におさめられている。

「……尻に敷かれそうだな」

 そう遠くはない未来、美雪さんが女王のように君臨しつつそれに僕とライアがあたふたする様がはっきりと浮かび、思わず苦笑いを零した。どうも否定ができそうにない。ライアも僕も、実際内向的だから反論しようにもいいように言いくるめられてしまうだろう。
 本当に、末恐ろしい。
 それでいて、悪くはないと思えるのだから、これはハッピーエンドなのだろう。事実上一夫多妻が実現しているのは、男としては本望だ。こう考えることすら計算内にあるように感じ、少し身震いした。

「……あ」

 そういえば、折角幽霊になってまで出会ったというのに、学生時代にはぐらかされた件の質問を問いただすのを忘れていた。すっきりしたら、聞かなきゃならないだろう。
 美雪さんの秘密とはいったいぜんたい、なんなのか?
 まあ、実際はそれよりもライアに説明したり、自分の気持ちに整理をつけたりしなければならないが。
 ハッピーエンドに思えない?そう聞かれた気がして、

「そうだね。というより、ハッピーエンドに近づけていくんだろうね」

 僕は一人シャワーを浴びながら呟いた。
 いつか絶対に逆襲してやろう。告白で僕をここまで狂わせた――実際は勝手に狂った――仕返しを、ベッドの中でなり日常生活でなり、考えられる場面で。
 秘密を暴いてやろう。
 ライアの擬態だって看破してしまった僕だ、できないことはない。
 そうして決意を固めた今現在、彼女の秘密は僕もライアも知らない。でもその秘密はとても浪漫に溢れるものだと思うのだ。

「ライアも美雪さんも……今度は僕の番だ」

 愛嬌のある復讐心を胸に抱く。やたらと暖かいそれは僕を変えていく。少しだけ前向きになった自分を引っ提げて、僕は二人のもとへと向かった。
14/10/09 20:31更新 /
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■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
この話に裏なんてありません。

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