連載小説
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化物小僧の分かれ道
「このおバカー!! アタシなんかいいからさっさと逃げろー!!」

ちらりと、アイリを見てみる。
俯せに倒された彼女は後ろ手に縛られているような格好をとらされている。
恐らくは、魔法か何かで拘束されているのだろう。

「……………」
(なぜ子供が魔物を庇う……? いや、何にせよ敵に変わりはあるまい)

視線を戻し、シオンと呼ばれた女戦士を見やる。
剣を正眼に構え、ギラギラと眼光を放つ彼女は、一目で自分が敵う相手ではないと分かる。
でも、関係ない。このまま逃げたら、アイリが殺されてしまう。

「ふぅぅ……、ふぅぅ……ッ!」

それに何よりこいつは、アイリを害獣と言った。
怒りに食いしばった歯が砕けてしまいそうだ。
例え敵わなかったとしても、せめてもの一矢を報いなければ煮え切らない。

「小僧、いま逃げるなら見逃してもいい。疾くと去れ」
「ふぅぅ……ッ、うっさいバーカ!! 友達おいて一人で逃げれるか!!」
「ふん、魔物にほだされるとは……情けない男だ」

あぁ、もう、こいつは嫌いだ。
一つ一つの言が、いちいち癪に障る。
何よりも、そんなにムカつくやつなのに震えて手が出ない自分が憎い。

「せめてもの慈悲だ。痛みを感じる間もなく意識を絶ってやる」

そう言い、シオンは異常な瞬発力で一気に詰め寄る。
無言の気合を浴びせかけ、そのまま眼前に剣の柄が迫りくる。
自分が行った不意打ちとはレベルが違う、話にもならない一撃だ。
もっとも、当たればの話だが。

「ッ……!」
「なにッ!?」

どこを狙うか、どう攻めるか、どう戦うか。
その全てが彼女から聞こえるため、カウンター狙いの回避も不可能ではない。
特に、気絶狙いなんて手加減した攻撃なら、尚更だ。

「へたくそ!」

こっそりとかき集めておいた雪玉を、顔に狙いを定めて投げつける。
攻撃が外れ体勢を崩していた彼女は、なす術もなくべしゃっと雪玉を頬で受け止める。
当然、雪合戦じゃないから全然効いてない。

「……貴様、舐めているのか?」

メラメラと怒りの揺れる眼が僕を捉える。
まぁ、向こうとしてはそりゃ苛立つだろうなぁとは思ってた。

「ガキ相手に刃物振るうおばさん程度に、本気出す必要ない……!」
言ったなクソガキ!!

興奮しているせいか舌を噛みそうになったが、なんとかまともに挑発できた。
予想通りシオンも沸点が低いのか、すぐにブチ切れてくれる。

「アンタ何やってんの!?」
(バカなのアホなの死ぬ気なの!?)

アイリが悲鳴をあげるが、今は無視だ。
ただでさえミスが許されない相手が敵だ。
全神経を研ぎ澄まして、心の一言一句を聞き逃さないように集中する。

「破ッ!!」
「……ッ!?」

突き。
その考えは読めていた。
だが、生半可ではない速度で突き出された剣先は、避けきることができずに頬を掠めた。
あとコンマ一秒でも反応が遅れていたら、額から真っ直ぐ突き刺されていただろう。
これは、怒らせるには早かったかもしれない……。

「ぐ、またしても避けるか……!」

額に青筋を浮かべ、怒り任せの一閃。
頭の上を風切り音が通り抜け、背筋に嫌な汗が垂れる。
だが、こうなったらもう最後までやり通すしかない。

「や!」
「ぶむッ!?」

地面に積もっていた雪を掬い上げ、またしてもシオンの顔にぶちまける。
口の中にまで入ったのか、ペッペッと吐き出す姿がなかなか滑稽だ。
が、そんな様を観察している暇はない。

「馬鹿! 愚図! 年増!」

置き土産にそんな暴言を残し、顔から雪を払うシオンからダッシュで逃げる。
もちろん、見たまんま短気な彼女がそれを見逃すはずがない。

「貴ッ様ァ……、逃すかぁぁぁああ!!」

いったいどれが逆鱗に触れたのか、アイリの存在も忘れて僕を追いかけるシオン。
これで、心置きなく逃げられる。

「うわ、そんな速く追っかけんな!!」

リアル鬼ごっこ、スタート。

☆ ★ ☆ ★ ☆

「て、テルミのヤツ……いったい何する気なの……?」

情けない悲鳴をあげながら逃げていった彼に思わず疑念がよぎる。
意味もなく挑発するような、考えなしの子供じゃないのはよく知っている。

「というか……的確に抉ってくるわね……」

自分に向けられた暴言ではないが、女相手に容赦ない罵倒だった。
おかげでちょっとこっちも落ち込みそうだ……。
だが、せっかく監視の目がなくなったのならそんな暇はない。
急いで拘束を解いて、アイツを追いかけないと……!

「……ぐっ、どんだけ強引にかけてんのよ……!」

ただの脳筋かと侮っていたら、意外に魔法にも長けていたらしい。
力任せに施された魔法は、落ちついて解呪しようにも少し時間がかかりそうだ。

「ごめん、アタシが行くまで持ちこたえてよ……テルミ……!」

雪原の向こうから響く、わざとらしいほどの悲鳴にそう頼んだ。

☆ ★ ☆ ★ ☆

「やばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ!!」

キャラ崩壊も程ほどに、せいぜい情けなく命が惜しくなった子供の体で喚き散らす。
断じて、決して断じて怖くはない。
投げられる石が鋭い刃に変わっただけの話だ。
遅かれ早かれ、こうなるかもとは予感していたんだ。だから、怖くない。

「ぐ……無駄にすばしっこい小僧だ……!」

背後からは積雪をものともせずにシオンが駆けてくる。
慣れていない足場だというのに、すばしっこいのはどちらかというとお前だろう。

「こっちくんな鬼婆!」

挑発代わりに雪を足で巻き上げる。
しかし、腐っても兵士。そんな小細工はものともせず、雪煙を突っ切る。

「誰が鬼婆だクソガキ!!」

一足飛びに間合いを詰め、鋭い突きが放たれる。
ギリギリのタイミングで横っ飛びでかわし、ごろごろと雪の上を転がる。
そして慌ててシオンに視線を戻すと、目に見えて苛立ちながら剣を構えていた。

「追いかけっこは終わりか……? さんざん虚仮にしてくれた借りを返してやろう……ッ!!」

ギラリと、形振り構わず殺気を放つシオン。
冷静さを欠くまで挑発するつもりだったが、ちょっとやりすぎたかもしれない。

「斬ッ!!」
「…………ッ」

疲労など微塵も感じさせない、目にもとまらぬ速度の横一文字。
ほぼ反射的に攻撃を繰り出しているせいか、思考と攻撃のラグがなさすぎる。
避けれないこともないが、もういつ当たってもおかしくない。

「この……ちょこまかと……!」
(すばしっこい上に小さいせいか……、やりづらい……ッ!)

苛々とした感情が伝わり、シオンの攻撃が段々と小さくまとまる。
大振りでは当たらないと思ったのか、さっきよりも早く、何よりも手数が多い。
袈裟斬に左右への二閃、かと思えば飛びかかり垂直斬。
まともに当たることこそないものの、何本も腕や服に赤い筋が滲んだ。
本当に、紙一重というヤツだ。

「……ッ、そこだ!!」
「が……ッ!」

横っ飛びでかわした刃が裏返り、すさまじい勢いで斜めに打ちあがる。
ほぼ反射的に跳ね上がった刃をかわす余裕などなく、肩を深く斬りつけられた。
バランスを崩し、ごろごろと転がりながら雪原を赤く染める。

「これで止めだ!!」

そんな隙を見逃すはずなど無く、シオンは地面を蹴って飛びかかる。
真っ直ぐに振り下ろされた刃を勢い任せに転がって凌ぎ、グラグラと立ち眩みに倒れそうになりながらも無理矢理に起きあがる。
焼きごてでも押しつけられたかのように熱い左肩を押さえ、何とか倒れないよう踏ん張った。

「往生際の悪い……ッ! これだから魔物に染められた人間は!!」

苛立たしげに剣を構え直すシオン。
肩に走る鋭い痛みのせいか、その発言がやけに癪に障った。

「……今ッ更、そんなこと言ってんなバカ女!!」

魔物に染められたから、お前はだから何だと言いたいんだ。
アイリのおかげで今を楽しく生きていられる僕を否定して、何を肯定したいんだ。

「僕を化物と呼んだ人間が、アイリに助けられた僕をバカにすんな!!」
「魔物なんぞに関わるから疎まれるのだ!!」
その前からだよ、僕が化物なのは!!!

八つ当たり気味の癇癪に、シオンが怯む。
思い返すだけでも腹立たしい。哀しみなんかよりも、苛立ちが先走る。
僕がいったい何をした。何が悪いから石を投げつけられた。

そして、何でそれを当たり前と諦めた。

「で、何だ!? 化物で悪かったな、アイリと一緒で悪かったな!! って、謝ればいいのかよ!?」
「………………ッ!」
「やなこった!! 今更そんな説教、真面目に受け取れるかバカ女!!」

何だ、ちゃんと言い返せるじゃないか、僕。
生まれついての鬱憤をぶちまけて、頭こそ冷静に悦に浸っていた。
どうにも性格が悪くなったようだが、気分は意外に悪くない。

「うるさい……!」

これ以上ききたくない、そう言わんばかりにシオンが突撃する。
突き出された白刃は口に狙いをつけ、直撃すれば間違いなく死ぬだろう。
しかし、残念なことに、僕には避けるだけの気力も、当たるだけの体力がない。

「な……ッ!?」

かくん、と。
踏ん張りがきかなくなった膝が崩れ、ドスッと雪原に尻餅をつく。
髪の毛を掠め、刃の切っ先は空を貫く。
怒り任せの突撃がかわされ、シオンは体勢を崩していた。

「お前なんか風邪引いちまえ」

上手い具合に誘導してやった。
彼女が突撃した先は、雪が積もって雪原に見える、僕が転げ落ちた崖だった。
敵に背を向けるまいと踏ん張ったシオンの足が、一気に雪に沈む。

「んぶむ……ッ!?」

バランスを崩し、豪快に頭から彼女は雪原に沈んだ。
雪原に大きな人型の穴が開き、中からはベシャベシャと暴れる音が聞こえる。
きめ細かい雪ならまだしも、多分に湿気を含んだ牡丹雪だ。
間違っても彼女は、崖から一人で這い上がることはできないだろう。

「この……!! ひ、卑怯者……うぶ!?」
「生憎と、勝ち目がない相手と戦うほど、無鉄砲じゃなくて……ふぅ」

未だ興奮に強張る体が、ため息と共に緊張が抜ける。
背後では雪がボロボロと崩れ落ち、雪に隠された崖が段々と露わになっていく。
化物万事塞翁が馬。まさか、アイリと出会った崖でこうなるとは思わなかった。

「あぁ、死ぬかと、思ったぁ……」

というか、現在進行形で死にかけているが。
肩に刻まれた傷から、ドクドクと血が流れ体温が下がっていくのが如実に分かる。
止血なりなんなりしないと、このままじゃ凍死か出血死してしまう。

「ったく、これじゃアイリに怒られる……」

ローブの裾を千切って、肩口をキツく縛って止血する。
出会ったときは頭にタンコブ。続きましては肩がパックリ切り裂かれてる。
はてさて今度はどうなることか。

「というわけで、できれば穏便に」

そう、木陰に隠れ忍び笑いを零す勇者バトラに告げた。
さっきからこの人は、何がしたいのか理解できない。

☆ ★ ☆ ★ ☆

「この足跡だから……こっちか」

小さな足跡を踏みつぶすような、一回り大きい乱暴な足跡。
できれば、本当にそうなっていないことを祈りつつテルミの後を追う。
出来ることなら今すぐにでも全力で向かいたいところだが、生憎とそういうわけにもいかない。

「あの足跡はこの辺にはないみたいね」

枷を外した最初こそ慌てて足跡を辿ったが、途中で妙な違和感を覚えてしまった。
『もう一人いるから気をつけて』という、テルミの発言だ。
その先ほどは様子を見るだけだった勇者は今どこにいるのか。
単純なことに、その答えは足跡が教えてくれた。

「でも、確実にアイツらを追いかけてるはず……」

時おり見かける勇者のものと思しき足跡は、吃驚するほどテルミたちの足跡と進行方向が被る。
まるで、監視しながら追いかけているかのように。
……何が目的かは知らないけど、あのバカ女より厄介そうね。

「……ん? ここ、かなり荒っぽく潰されてるわね」

足跡は不規則に続いているが、そこだけまるで何かが転がったかのような跡が残っていた。
体型から考えるに、恐らくはテルミだろう。
となると、ここで少し争ったわけだ。
近い……と、いいのだけれど……。

「というわけで、できれば穏便に」

心臓が、止まるかと思った。
そう遠くないところから、とりわけ弱っている風にも聞こえないテルミの声が響いた。
良かった……! アイツ、ちゃんと生きてた……!
だが、この安堵はそう長くは続かせてくれないらしい。

「強かだなぁ、少年。どうせ、全部わかってるんでしょ?」

そんな、聞き覚えのない穏やかな声。
慌てて木陰に隠れて、声のした方向を見ると、そこには二人いた。
一人は間違いなくテルミだ。右肩が血と雪でかなり汚れていて、肝が冷えた。
そして、もう一人は皮鎧に身を包む男。背中には物々しい大剣を背負っている。
その外見だけでも手強そうだというのに、あの男はテルミのテレパシーまで見抜いているような言動だ。間違いなく、あの男が勇者だろう。

「まぁ、殺す気がないのは。でも、アンタの考えはなんか読みにくい」

そんな恐ろしい外見に怯えることもなく、テルミは気丈に身構えていた。
殺す気がない、という言葉に安心こそしたものの、考えが読みにくいというのは安心できない。
彼の絶対的アドバンテージが防がれたら、ただの少し賢い子供だ。
こうなれば後ろをとっているうちに不意打ちで組み伏せるべきか。

「まぁ、心を覗かれるのは気持ちいいとは言い難いから、ちょっとジャミングさせてもらってるんだ。でも、君に危害を加えるつもりがないのは本心だよ」
「……信用できない。だから、これ以上近づいたらダメだから」
「分かったよ。神と名誉に誓って近づかない」

にこり、と敵意をまるで感じさせない胡散臭くも安らかな微笑み。
過分に信用するのも危険だが、よくよく考えると無理に組み伏せるのも危険だ。
背中の大剣を見れば、いかに細身であろうと怪力の持ち主である可能性が否めない。

「とりあえず、話を聞いてくれると嬉しいんだけど、いい?」
「……聞くだけなら」

緊張に全身を強張らせるテルミは、油断なく身構えている。
対して勇者は警戒されてるなぁ、と困ったように笑いながらかなりフランクだ。
あのバカ女の仲間とは思えないほどに穏やかなせいか、逆に不安を感じさせられる。
そして、それはどうやらテルミも同じように考えているようだった。

「でも、その前に質問。何で僕がテレパシーだって分かってる?」
「……そりゃ、風の噂に聞いたからね。この村には心を読む化物がいるって」

冗談めかして言って、テルミに睨みつけられる。
それに観念したかのように肩をすくめ、彼は続けた。

「本当さ。もっとも疑ってはいたんだけど、あのシオンを一人で退けたのならそれも信憑性がある。ただの子供が、オーガも物ともしない戦士を倒せる術なんてないからね」

そう言って、勇者は話を続けていいかな、と首を傾げた。
テルミも、納得し切れていない、奥歯に何かが挟まっているかのような複雑な表情で頷いた。
それよりも、本当にあのバカ女を一人でやっつけたのかテルミは。
だが、それを聞くわけにもいかず黙っていると、テルミが口を開いた。

「……魔法とか、僕知らないから変なこと言ったら逃げるから」
「えぇぇ……、今から言うことはたぶん君にとったら凄く変なことなんだけどなぁ」
「……あぁ、もう。訂正、聞き覚えのない言葉が聞こえたら逃げる」

慎重に、しかし緊張を隠せないようでテルミはわずかに疲れているようだった。
読心を妨げる魔法が初めてなせいか、それとも勇者の人柄のせいか。
まぁ、恐らくは後者なのでしょうね……。

「じゃあ、分かり易く言った方がいいよね。うん、じゃあ提案だ」
「……………」

一言一句を耳に集中し、テルミがごくりと生唾を呑みこむ。
かくいうアタシも、あの男が何を言うつもりなのか少し気になっていた。
きっと碌でもないことだろう、そう思っていた。
だが、勇者の言葉はアタシ個人から見れば微妙な判断をつけかねる提案だった。


「俺と契約して、勇者になってくれないかな?」


爽やかな笑顔で放たれた言葉の弾丸。
いつぞや、アタシがテルミにいった言葉を思い出さされた。
『場が場なら英雄だったかもね』なんて、うろ覚えの言葉が脳裏によみがえる。
この提案を受け入れれば、テルミもそれは嬉しいはずだろう。

「………………」
「君のその能力は実に勇者に向いている。上には俺から掛けあうからさ、どうだい?」

まるで握手でも求めるように、スッと右手を差し出す勇者。
その様に、葛藤を覚えさせられる。
テルミがその手を取れば、彼は化物と呼ばれることは無いがアタシの敵となってしまう。
だが、その手を取らなければ彼は理不尽な世界に再び戻されてしまう。
できればアタシはアイツを支えてやりたいけど……、それをテルミが望んでいるだろうか?

だが、そんな葛藤は無意味だと言わんばかりに、テルミははっきりと勇者に告げた。

「無理」

ドクン、と心音が跳ねた。
端的な一言に、一瞬そうすると答えたのかと耳を疑ってしまった。
だが、間違いなくテルミは無理と言っていた。
何で、どうして? そんな疑問は湧くが、テルミの返答を喜ぶ自分もいる。

「まぁ、君ならそう言うと思ってたよ。一応、理由を聞いてもいいかな?」
「分かってるくせに」

ジト目で勇者をねめつけるテルミ。
小さくため息を零しながら、彼は仕方なさそうに理由を続けた。

「僕に優しい魔物に剣を振れるほど、僕は強くない」

アンタがどうなのかは知らないけど……、と拗ねたようにテルミは付け加えた。
まぁ、そりゃそうか。
何故かは知らないががっくりした自分が恥ずかしくなった。
だが、テルミが続けた言葉はアタシを更に恥ずかしくさせた。


「それに、僕はアイリが大好きだから」


だからその道は選べない。
暗に示したその道に、名指しで理由にされ、頬が熱くなった。
今ここでテルミに見つかったら、舌を噛んで死にたいほど恥ずかしい。
何て恥ずかしい台詞を臆面もなく、嬉しそうに照れながら言ってくれるのか。
穴があったらこっそり埋まってしまいたい……!

「ほほう、具体的にはどの辺りが?」

そんなこといま聞くなバカ勇者!!

「うーんと……、まぁ、優しくて、カッコよくて、綺麗で、時々おっちょこちょいで、可愛くて、強くて、助けてくれて、あと、気が合うから」

うっぐ……!
べた褒めに顔が蒸発してしまいそうだ……!!
冬の肌寒さなんて気にならないほどに恥ずかしい、いまアイツに心を読まれたら死にそう……!
悶えるアタシを知ってか知らずか、勇者はそんな惚気にくすりと笑う。

「聞いといてなんだけど素直だなぁ君、ふふ」
「嘘ついても得しないし」

スパッと開き直るかのように言うテルミも、少しは照れているのかほんの少し頬が赤い。
それを聞いて満足したのか、勇者は彼に背を向けてざくざくと歩き始めた。

「どこ行く?」
「いやぁ、俺って情に脆いから仲間を見捨てれないんだよね。それこそ、例え目の前に倒さないといけない敵がいたとしても、気が動転して仲間を優先しちゃうくらい」
「……要するに、あのバカ女を助けてくるからその間に逃げろって?」
「そんなことは一言も言ってないけど、そう解釈するのは君の自由だよ?」

ひらひらと手を振りながら、勇者は足を止めずに雪原を歩んでいく。
随分と有情というか、お人好しな勇者なのは結構だが……。
最初から逃がすつもりだったんだったらあのバカ女の手綱くらい握っててくれないかな!?

「…………建前もいるってことでしょ、アイリ」
「ひゃっ!?」

心臓が、口から飛び出すかと思った。
木陰に隠れているにも関わらず、正確にこっちに向けて放たれた言葉には疲労が滲んでいる。

「あああ、アンタいつから気付いてたの!?」
「ついさっき。アイツがどっか行って、ジャミングが切れたのかアイリの声が聞こえた。逆に聞き返したいんだけど、アイリはいつからここに?」

う゛……。
表情に出たか、それとも心を読まれたか、テルミは悟ったような顔つきになる。
そして困ったような笑顔を浮かべ、ふらりとその体が傾いだ。

「ちょ、テルミ!?」

慌ててその小さな体を抱きとめると、まるで凍えているかのように冷たい。
きっと、肩口の傷から血を失いすぎたのだろう。

「あはは……、ちょっと頑張りすぎた」

力なく零れる声に、ホッと安心する。
縁起でもなく死にそうとか、急を要するわけではないようだ。
脱力しきったテルミの冷たい体に、体温を分け与えるように抱きしめる。

「ったく、また治療したげるから、それまで休んでなさい……」
「あはは……、お願い……」

あれだけ立派に勇者に宣言したテルミは、それだけ言ってアタシに身を預けて瞼を閉じる。
しっかりと、傷一つ残らないよう治してあげよう。
そう心に決めて、アタシは彼の傷に響かないよう、しかし急いで住処へと戻った……。
13/10/15 17:24更新 / カタパルト
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■作者メッセージ
というわけで、粗削りながらも仕上げました、カタパルトです。
新しい魔物娘も増えまして、何かネタに使えないかとふらふらしてます。
この話も勝手に暴走しながら、勝手に佳境へと参りました。
次回も、引きつづき見てくださると嬉しい限りです、それでは。





もうバトルなんて書かないぞ……。

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