失われた聖書
マンツェリー解放軍を退けてから、10日。
この日、執政室で魔法の爆発音が響く。外は既に騒ぎになりつつあった。
そして、執政室では・・・・
「ほう。そうですかそうですか私のためを思って。」
「は、はひぃぃぃぃ・・・・」
私はその言葉を聞くと、迫撃魔弾の小さいのを右の床にぶっ放した。
爆音、衝撃。出力は微量だが床には衝撃の痕がくっきりと残り、へこむ。
「ひっ・・・ひいいぃぃぃッ!!」
「あはははは・・・いやそれはどうもご心配をお掛けして。」
私の前で腰を抜かしているこの初老の男は、我が領地の第6執政である。
普段、都市振興の政策を担当してくれているが・・・・。
今回という今回は、余計なことをしてくれた。
「だからって、私に無断でこんな企画をするのはどうかな?と。私にも好みがあります。選ばれた人を私が拒絶したらその人に失礼ですし、第一私の人格と意見は完全無視ですかそうですか。今日はエイプリルフールじゃないけど知ってるよね?」
「あ、あひぇぇええぇぇぇ・・・・」
ずるりと後ろに尻を引きずったその男のズボンは濡れていた。
漏らしたものが、床に水溜りを作っている。
その時だった。
「なに!?今の爆発音!!」
「シアン卿!無事ですかい!!」
ラキとオドアケルが血相を変えて、執政室に入ってきた。
私は無言で、机の上にあったビラを2人に投げてよこす。
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『美人コンテスト 〜優勝者はシアンの嫁♪〜』
ウェルステラ枢機卿領一の美女を決めるため、此月の17日、美人コンテストを行う。
我こそはと思う美女はぜひ参加してほしい。
日時:此月17日 午前9時より
場所:城門前広場
参加資格:17〜25歳の女 身分は問わない
なお、優勝者はシアンルドール=ウェルステラ枢機卿との婚姻が認められる。
結婚式は御使いラキエル様が直々に祝福してくださるので、各員奮って応募のこと。
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「・・・・このビラを、その男が作ったのね。オドアケル、ちょっとどいて。」
天使様の言われたとおりオレがどくと、天使様はかわいそうなことになっとる第6執政の前に出た。
次の瞬間、第6執政の目の前を光の矢がかすめた。
「ヒィッ!!」
「・・・・いいもの作ってくれたわね。」
「ごごごご、ごめんなさい!イベントさえ作ってしまえば女に全く興味持たないシアン卿も嫁貰うと思いまして!!」
今度は第6執政の首筋を狙撃魔弾がかすめた。シアン卿のものだ。ありゃあ完全にキレとるわ。
第6執政、いい奴だったぜ・・・・。後で骨拾っておいてやるからな・・・・。
「あああ、あうあぅあぅぁぅ・・・・」
「勝手な独断で、私が恐れ入るほどいらないことしてくれましたねぇ。そんなこと貴方の心配することではないですよね?」
つーか第6執政、おもらししとるが・・・まあ、ありゃしょうがない。
しかし天使様までブチギレしておるが、そんなにシアン卿の結婚式を祝福するのが嫌だったんだろーか。
その時、オレの後ろから駆け足の音が聞こえた。
「執政!言われたとおり、このビラを街中に貼っておきました!!」
「剥がせ。殺す。」
「え、枢機卿・・・は、はいぃぃッ!!」
あーあー、アレが街中に・・・。今頃大騒ぎだろうがな。
ん、シアン卿、こっち来・・・・。
「オドアケル、その鎧貸せ。」
「は、ハイ・・・。」
オレの持っていた革の鎧を受け取ると、シアン卿は第6執政にそれを被せる。
懐から何枚かの金銀貨を第6執政の足元に投げた・・・傭兵の前払い金と同じ・・・まさか。
「ウェルステラ聖槌軍に入隊おめでとう・・・・第6執政・・・いえ、カルディア=トリボルタ伍長。」
「あひゃひゃひゃ・・・ひょ、ひょれひゃけひゃ・・・・」
「しかも貴方は運がいい。突撃隊の小隊長です。一番先頭に立って魔軍に突っ込めますからね。」
「あひぃ・・いひひひひひひ・・・・」
シアン卿ががしっと、第6執政の両肩を掴んどる。怖ぇ。
あとろれつ回ってねーぞ第6執政・・・・いや、今は伍長かい。それもとびっきりの外れクジのなあ。
「て、てんひひゃま、おたふけを・・・・」
「カルディア=トリボルタ伍長。貴方が聖軍の先頭に立って兵達を鼓舞し、魔軍から罪無き民を守るのです。期待してますよ・・・・」
何でさっきから天使様までキレとるのかね。
第6執政がいなくなると目下の催し物が困るんだが、こりゃ止められる奴いないだろうなあ。
オレは黙って、兵舎まで引っ立てられていく哀れな初老男を見送った。冥福を祈ろう、アーメン。
「執政官達の言う事も、理解できなくもない。」
例によってラキとオドアケルの3人で私の部屋に集まっているが、今日は仕事が少ないのも相まって愚痴大会だ。
ちなみに、私はこのメンツの前ではラキに敬語を使わなくなった。ラキがそれだけ顔なじみになったからである。
「一般的に他のエロ枢機卿どもは16〜17歳で1人目の妻を娶り、そこから愛人の嵐だ。枢機卿の地位を継ぐ時には孫が30人いることも珍しくない。むしろ、私のように21歳で枢機卿やっているという事例がレアというわけ。」
「くはは!お陰でオレにとっちゃシアン卿は息子みたいなもんですわい!」
「お陰で他からは若造というレッテルを貼られ、外交面で色々な支障が出る。更に私に妻がいないとなると尚更だ。」
ひとつ大きな溜息をつき、私は盛大にこぼした。
「だからって、私に無断で無理矢理妻を仕立て上げようというのは乱暴だな。」
「おろ、シアン卿は領内一の美女はお嫌いですかい?」
「嫌い。」
ぷいっとそっぽを向く私に、ラキも盛大にこぼした。
「それで、シアンとどこぞの泥棒ネコとの結婚式をわたしに執り行えですって。エンジェルを何だと思っているのかしら。」
「およよ、ラキ様。そう言や、ラキ様まで何であんなキレ方してたんですかい。」
「それは、どこぞの小娘にシアンを取られたくないからよ。」
・・・・おい馬鹿やめろ。
オドアケルはその手の話の理解が早いんだ。
「くははははは!いやぁー、オレは改めて卿を見直しましたわい!!まさか天使様とデキてるとは!!くははははは!!」
「ラキ・・・・人前では自重してくれ。」
「そ、そんな、わたしはそういうつもりで言ったんじゃ・・・・」
「くはははは!いやいや合点がいった!お互い茨の相思相愛なら、無理矢理の結婚話にあんなキレ方をするわけだわい!」
いずれはこの男には気付かれると思っていた。
だが、いざ気付かれてみると気恥ずかしいものがある。
「しかしシアン卿、若いツバメも大概にしとかんといけませんぜ。ラキ様もおてんと様が昇っているうちは逢瀬を忍ばねば遊女心中・・・」
「オドアケル・・・・そろそろ私はキレるぞ。」
「ええ、わたしも。」
私とラキに集まる魔力の渦を見て、オドアケルもようやく鎮まった。
まだ喉が震えているのが気に入らない。
「しかし、第6執政へのお仕置きが過ぎたかな。明日呼び出してまた叱って赦しておこうと思うんだけど。」
「シアンがそれでいいなら、わたしもそれでいいわ。」
今頃、兵舎でガタガタ震えているだろうなと考える。しばらくは私に縁談を持ち出す輩もいなくなるだろう。
身を固めているほうが社交上有利だが、今回ばかりは私も譲れない。
「でも、シアン卿とラキ様がめでたくゴールインっつーのも、障害が多すぎやしませんかい?」
「いつからゴールする事になったんだ、オドアケル。」
「いやほら、領内一の美女よりラキ様を選」
「それ以上言うと怒るわよ?」
ラキがオドアケルの首を絞めている。怒ると言ってたが、既に怒っているんじゃないか。
オドアケルの助けを呼ぶ呻き声を無視し、私は呟いた。
「枢機卿とエンジェルが付き合うなんて前代未聞だ、そもそも天使は禁欲的と教義にはある。普通に考えればまず認められないことだろう。」
もちろん、その教義・・・聖書すら都合のいいように書き換えられたものなのだが。
・・・・聖書?
「まてよ・・・?」
今の聖書が書き換えられたものとすれば、元々の聖書の記述次第では、教義と親魔派を両立できるかも知れない。
私も本物の聖書の内容は、伝承や噂程度でしか聞いたことがないが・・・
少なくとも、共存ができるかつての敵を排斥せよと、昔の聖人が説くとは思えない。
人間とエンジェルの恋が成就したという物語さえあったという。
「・・・聖書、か。ふふふ・・・・利用させてもらおうか。」
「おおっ!シアン卿が何か悪巧み思いつきましたな!!」
ラキから逃れ、オドアケルがこちらに来る。
ラキも粗方制裁は終えたようで、私の方を見ている。
「なぜ悪巧みしているってわかった?オドアケル。」
「卿がそういう顔をしてる時は、大抵何か思いついた時っつー相場がありますわい。」
2人でニヤリと笑い合う中、ラキが入ってきた。
この計画は・・・・正直、時間がかかるがやってみる価値はある。
「まず、『本物の』聖書を手に入れる。そこには今の綺麗な教団の姿は描かれていないし、教義も教団に都合の悪いものが混ざっているだろう。正直、私も噂でしか聞いた事がないけどね。」
「つーことは、今の聖書はニセモノですかい。」
「つまり、本物の聖書には魔物を根絶せよと書かれていないかも知れない。少なくとも、共存を望むかつての敵を排斥せよとは昔の聖人も説くまい。」
そう。今の聖書は、教団の都合のいいように書き換えられたものなのだ。
内容は伝承程度でしかわからないが、魔物排斥の項は少なくとも後世に付け足されたものだろう。
(当時、魔物は今のような姿ではなく人類の脅威として存在していたので、魔物に関する記述を書き換えた当時の指導者を一概には責められないが)
古代より残っている本物の聖書。それが何とか手に入らないものか。
「古文書になりそうっすなあ。それ手に入れて、どうするんっすかい?」
「秘密裏に写本を我が領内で広めてやるのさ。我が領民は『教え』には忠実だ、教団との狭間で揺れるだろう。しかし、その写本の教えが本物かどうかを証明する手段が無い。」
「あっ!それならわたしが・・・」
ラキが気付いたような声を上げたので、私はラキににやりと笑いかける。
「そう、ラキだ。私の手元に送りつけられただの何だのこじつけて、私がその原本を持っていることを公表する。その原本が本物であることをラキが証明するんだ。言っておくけどラキ、本物の聖書の判別はつくよね?」
「失礼ね、これでもエンジェルよ。」
「そう、天使様に太鼓判を押してもらったのだから、それは本物の聖書だ。当然、教団中央部は教義が手前勝手なものだということを知っているから、そこで私は教団と手を切ることになるだろう。」
本当の事を言えば怖い。暗殺される可能性すら十二分にあるからだ。
だが、それよりもこの背徳的な興奮と、そして何だかわからない炎が私の中で燃えている。あれ、私は確か枢機卿だったような?
「私は本物の聖書を公認する。親魔派にとっても現行のものより自分たちに都合のいい聖書の登場は願ったり叶ったりだろう、そこで私の腕の見せ所だろうな。」
「シアン卿の外交戦術は神業っすからなあ・・・。」
「教義が許しても、我が領民が魔物を受け入れるには多くの障害があるだろう。しかし、このまま何もせず共存を望む相手を拒み続けるのには飽きた。」
親魔派を肯定する聖書が登場しても、我が領民は生まれたときから魔物を拒むよう教えられている。
そう簡単に共存ができるとは私も思っていない。
しかし、非常に大きな第一歩となるのは確かだ。
窓から夜空を見上げる。
夜というものは待っていれば夜明けが来る。しかし、人の世の夜明けは待っていては来ない。
「世界情勢は反魔派にまだまだ分がある、しかし時代の流れは親魔派だ。」
事実、親魔派勢力は少しずつ伸び続けている。教団がダレた戦いを繰り返している間に。
教団中央部はそれに怯え、手段を選ばなくなってきた。
・・・・そう。手段を選ばないことで身内では有名な私ですら、手段を選ばないと言えるほどに。
「我が領地を変えていくには、皆の協力が不可欠だ。協力してくれるな?」
と、顔を戻した私は、違和感に気付く。
オドアケルが泣いていたのだ。
「・・・・うぐっ・・・・ううっ・・・・」
「え!?お、おい、どうしたオドアケル!?」
「シアン卿ぉ・・・・オレは今日ほど感動したこたぁありませんでしたわい・・・・」
ラキもきょとんとしている。そりゃそうだ、鬼のような軍人がめそめそと泣いているのだから。
「卿ぉ、遂に覇道に目覚めてくれましたかい!オレは卿が覇道を歩むと宣言するこの日をどんなに待ちわびたことか!!」
「おい待て、覇道は違う気がするぞ!!」
「オレは卿がこのまま教団上層部の中で腐っていくんじゃねえかと心配で心配で・・・」
「馬鹿、あんな連中になるか。」
いい部下だ。こいつとラキだけは私を裏切らないだろうな。
「わたしも協力させてもらうわ。教団内部のエンジェル達も協力してくれるはずよ。」
「そうか、お互いの目的のためによろしくな。」
正直なところ、私は親魔派がこだわる『魔物との共存』にそこまで興味はないし、執着もない。
ただ、彼らが主流になりそうだから彼らの主張に合わせるだけだ。
それは私が今まで教団の主張に合わせていたのと、何ら変わりはない。
勝ちそうな方につくコウモリでいい。
敗戦の末に領土を蹂躙されたり、領土がテロの温床となるよりは。
「まずは、本物の聖書が必要なんだけど・・・・ラキ、教団中央部にあると思うか?」
「いいえ、多分残っていないと思うわ。」
「そうか・・・。この計画は聖書の記述が鍵だ、例え手に入れてもその内容が反魔物一色だったらアウトだからな。できるだけ早く見ておきたい。」
ラキのつてで入るか、あるいはラキが内容暗記しているか・・・・。
期待はしていたが、事はそううまく運ばないようだ。
「弟に頼んでみるか。それじゃ、早速手紙を書かないと。」
「前から気になっていたんだけど、弟さんってどんな人?」
「ん。奴は私が枢機卿の地位を継ぐ前に、暗殺されたと見せかけ放浪の旅に出たんだ。この閉鎖的な土地で、私が世界情勢を知る貴重な窓だよ。今は義父母元のファルローゼンにいたと思う。」
数年前より、ファルローゼンは弟の義理の母が治めている。だからこそ、ここまで親魔物領とのパイプを太くすることができたと言える。
もちろん教団には、弟の存在を含め公になっていない。
「あいつも手紙でそろそろ旅に出たいと言ってたから、好都合だ。私の計画を打ち明ければ、早速聖書を探す旅に出てくれると思う。」
「その間、私も他のエンジェルのつてを探ってみるわね。」
「くはははは!これは面白いことになりましたわい!」
その日の私の手紙は、久しぶりに分厚いものになった。
私はそれを厳重に封した後、弟のもとに飛ばす。
さいは投げられた。本物の聖書で語られる教義が、魔物を受け入れるという解釈ができるか疑問だが、やってみる価値は十分にある。
最終的には・・・我が民が自発的に魔物を受け入れるか否かである。
私はその環境を作り出すことしかできない。
ただ、このまま反魔派についていても、やがて淘汰される。
親魔派がやがて主流になり、人魔が協力して生きていく世界が来るだろう。
・・・私と弟を助けてくれた、あのヴァンパイアの少女は今でも覚えている。
邪魔という理由だけで私達を殺そうとした人間の権力者と、死に掛かっているという理由だけで私達を助けてくれた吸血鬼の少女。
魔物は今や、人間以上に人間らしいと思った瞬間。
弟の手紙からは、かなり迷惑な魔物もいるものの、魔物達からは悪意を感じられないとのこと。
彼女達は(性的な意味を含めて)人間を求め、共存を望むのは確かだ。
親魔派の台頭から見るに、その想いは本物だろう。
『わ、私は、共存ができると、信じる!』
数日前、私がこの手で狙撃して殺したバーナードの言葉が蘇る。
あの言葉が偽りの啖呵か、本心かは今となってはわからない。
しかし、私も信じよう。
いつか魔物達を我が領民が受け入れる日が来るよう、私も手を尽くそう。
我が領民を新しい時代に導くのは、私の役目だ。
願わくば、我が領民と・・・・教団が救われんことを。
11/05/20 13:54更新 / 見習い教団魔導士
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