灰鼠色の英雄(後編)
「・・・ぺトラの指輪は呪いの指輪でね。これをはめた者は石になってしまう。しかも人型の石像ではなく、そこら辺に転がっていればまず見分けがつかない岩にね。」
「なんで・・・なんで、そんなこと・・・・」
同じエンジェルとして到底理解できないのだろう。
オチを聞いたラキはふるふると震えている。完全に感情移入しているようだ。
・・・察しの通り、今我々がいるウェルステラ城の薄暗い地下室・・・その一角に転がっているこの一見何の変哲も無い岩こそが、古代の英雄の成れの果てだ。
彼は当時のウェルステラ枢機卿、そして愛した天使に裏切られ、気の遠くなるような年月の間、ただの岩として過ごしてきた。ここまで不憫だと言葉も無い。
「そのバフォメットは、当時のウェルステラ枢機卿が推薦した勇者に討伐されるはずだった。どんな勇者かは知らないけど、恐らく将軍の家系だとは思う。彼らは彼らが選んだ勇者を英雄のように祭り上げ、人心を惹き、名誉とお布施をたんまり回収していた。・・・・脱走奴隷がバフォメットの目玉を持って戻ってきたのは、そんな最中さ。」
「・・・・!!まさか、そんな事のために!」
「そう、連中の面目は丸つぶれさ。これから人々の希望の光が大悪魔を倒しますとパレードやってた時に、脱走奴隷がその大悪魔を倒した・・・幸い、脱走奴隷はすぐ拘束したから、街の人には気付かれていない。なら始末して、正式な勇者とやらを何食わぬ顔で遠足に行かせ、そいつが討伐したことにすればいい、とね。」
涙目でラキがその岩に頬を当てている。
ラキのこういう優しいところも、私は大好きだ。
「・・・そのファラエルってエンジェルは、このことを知って指輪を渡したの?」
「もちろん。彼女は教団のプロパガンダの中心にいたから、彼の存在は彼女にとって邪魔者でしかなかった。彼の存在が明るみに出れば、象徴としての威信が失墜するのは彼女だからね。なんだ、この勇者がきっとやってくれるって大げさに言っておいて、剣奴でも倒せたじゃないかってね。」
「ぐずっ・・・どこの神のエンジェルよ・・・・それ・・・・」
そう言えば、神族もエンジェルも人間よりはるかに長命と聞く。
当時存在したエンジェルの神は、今も現存しているだろう。・・・まあ、だからと言って私はとやかく言う気は無いけど。
「言っておくが、石化させた後野ざらしになっていたこの岩を、数十年後にウェルステラ城の地下室に運んだのもファラエルだ。彼女はその数日後に魔王軍のハーピー部隊と交戦し、無残に引き裂かれた姿で発見されている。」
「え・・・それって・・・・・?」
「・・・何故かは私にもわからん。」
彼女が何を思って、岩と化した彼をここに引き揚げたのか。
今となっては推測するしかない。
「・・・シアン。この子、戻してあげられないの?」
「人間の解呪技術では無理だな。強力な呪いの類でもあるし、何より対象物を元は生物と認識させない性質が解呪の上で大きな障害となっているようだ。」
解呪したところで、その古代の戦士が生きようと思うかどうかはまた別だ。
岩になっても自我があった場合・・・悠久の年月の中でとうに発狂しているだろう。
私とラキはしばらく無言でその岩を見つめた後、魔導書を持って地下室をあとにした。
次の日、ラキが落ち着かない様子で私の袖を引っ張りに来た。
目の前の仕事をひと段落させ、私は地下室へと降りて行った。
「シアン、早く早く!」
「おいおい、どうしたんだ、ラキ。」
手を引かれて降りた地下室には、例の岩と・・・・
「遅かったのぅ、シアン卿。待ってる間、妾の方でも調べさせてもらった。」
「お待ちしておりました、枢機卿。」
バフォメットと魔女というやばい来客に、私はずっこけた。
言うまでもないが、ここは教団固有領の、しかも枢機卿が統治する城である。彼女達には極秘裏に領内への滞在許可を出しているとはいえ、無断で城を訪問していいとは言っていない。
「・・・ミュスカデ殿、不法侵入はやめてください!」
「まあそう言うな、御主らと妾らの仲ではないか。」
このバフォメットはミュスカデと言い、何を思ったのか教団固有領でサバトの教えを広めたいと無謀なことを考えている困った奴だ。
しかも魔力は無駄に高く、今回のように誰にも気付かれる事もなく城内に潜入して来たりは序の口である。
「どうやら伝承通りのようじゃな。巧妙に隠されてはおるが、この岩は元々は人だったものじゃ。」
「・・・呼んだの、ラキ?」
「はい・・・その、ごめんなさい。」
どうやら、ラキには昨日の話がよほどこたえたらしい。
ヒソヒソ話の私達2人を尻目に、バフォメットと魔女が話を続ける。
「ぺトラの指輪は元々古き魔族が作り出したものでな、何らかの拍子に人の手に渡ることも多かったのじゃろう。強力な呪いじゃ、人の手で解呪できんのも頷ける。」
「魔族が作り出したものですので、もちろん解呪法も魔族に伝わっています。」
「まあ、ちーとばかし手間じゃがの。妾の手にかかれば造作もない。」
ふふんとバフォメットが鼻を鳴らす。
ラキの方は嬉しそうだが・・・ちょっと待て。
「呪いを解くって事は、彼を人に戻せる・・・ということで合ってますよね?」
「ええ、その意味であってます。」
「彼を人に戻して、我々は彼にどう話しかけるのですか?」
ふーむ、とバフォメットと魔女が考え込む・・・と言うか考えていなかったのか。
「ふむ・・・そうじゃのぅ。妾はどちらかと言うと細マッチョ系の男子が好みじゃが・・・実力の方は伝承通りなら問題あるまい。」
「ミュスカデ様・・・私もそろそろ兄上が欲しいと・・・・」
「予想に反してショタっ子が出てきたらどうするかの?」
「それはそれで、ロリショタやおねショタという新しい信仰の形ができあがるかと・・・」
私もラキも、これには盛大にずっこけた。
危惧される問題はそこではない。魔物がまだ恐ろしい姿だった時代の人間が、いきなり今の世界に飛べば、カルチャーギャップは計り知れない。
「ここにいるのは、彼を陥れたのと同じ地位にいる私、彼を裏切った者と同族のエンジェル、そして姿は変わったが、かつての仇敵のバフォメットとその眷属。」
「・・・元に戻しても友好的な対応は期待できないってこと?」
「その通りだ、ラキ。解呪の方法がわかった以上は元に戻してやりたいが、対応によく考える必要があるな。」
難しい顔で考え込み始めた私とラキを見て、バフォメットと魔女がわざとらしく溜息をついて見せる。
「まったく・・・教団の連中はすぐにこれじゃ・・・。」
「難しいこと考えすぎです・・・・ミュスカデ様、解呪、始めてしまいましょうか?」
「分かり合うのに思考はいらんと思うがの。・・・彼が倒したバフォメットは妾の祖先だったりするのじゃが、妾はそう複雑な感情は抱いておらん。」
そう言いながらバフォメットと魔女は岩に描かれた魔法陣に手をかざし・・・・待て、いつの間にあんなものを描いたんだ。
一瞬止めようとしたラキを手で制する。発動を始めた魔法陣を止めるのは危険だ。
岩が緑色に光り始め、魔法陣が輝き、そして岩が少しずつ溶けて行く。
「ラキ、目を閉じろ!」
閃光がくる予感がした私は咄嗟にラキに警告し、自分も目をつむる。
次の瞬間、まぶたを閉じていても視界が輝くほどの光が、その場にいる全員を包み込んだ。
「・・・・・ふむ。成功じゃな。」
光が収まって目を開けると、そこには無表情な若者が1人、しゃがみ込んでいる。
体躯はどちらかと言うと小柄だが身体は引き締まっていて、ところどころに戦いの傷跡があるが、それを除けば器量はいい方だろう。
光を失ったその瞳がゆっくりと、辺りを見回した。
「僕は・・・石になったはずでは・・・・」
「その様子じゃと、石になっている間は意識は無かったようじゃの。御主、ここで目覚める前のことは覚えておるか?」
「確か、ファラエル様から貰った指輪をはめた部分からどんどん石になっていって、指輪を外す事もできず・・・・」
ラキの眉間にシワが寄っている。
やはり、彼女は同じエンジェルとしてファラエルを赦すことができないのだろう。
そして、バフォメットの傍の魔女がどこか夢心地のような顔をしている。魔力の使いすぎだと思ったが、何故か魔女の頬が赤い。
「ところで、貴方たちは?」
「これは失礼。妾はミュスカデ=ペルクシヤーム。しがないサバトの長をやっておる。・・・・おい、ライム!しっかりせんか!」
「え、あ、はいっ!わ、わたしは、ミュスカデ様の従者でライム=レライエです!そ、その、よろしくお願いします・・・・」
クールだったサバトNo.2がうろたえている。・・・我々の知らない弱点でもあるのだろうか?
とりあえず、私達も挨拶しなければなるまい。
「わたくしはラキエル、見ての通りエンジェルです。」
「シアンルドール=ウェルステラです。さて、そちらのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
不思議なものを見る目で我々・・・・特にバフォメットと魔女を見てから、その男は名乗った。
「・・・ガナン。ガナン=ウォーマートです。ここはどこですか?僕は石にされたはずなのに、どうやって・・・」
「まあそう慌てるな、一から説明してやろう。」
ここが数百年後の世界であること、魔物が全員女性化したこと。
世界の基本概念はバフォメットと魔女が、教団と魔物の複雑な事情は私とラキが、それぞれ話した。
「・・・そう、ですか・・・。」
「人対魔の単純構造が壊されたお陰で、今も様々なイデオロギー衝突があります。私としては貴方の力は是非とも欲しいところですが・・・」
私は口ごもりながら、ちらりとバフォメットと魔女の方を見る。
バフォメットは苦笑いしているが、ライムと名乗った魔女の方は凄い剣幕だ。
「・・・昔のこととは言え、手酷い裏切りをした陣営に戻れと言うのもふざけた話でしょう。魔物がどのように変わったか見るためにも、ひとまずミュスカデ殿のサバトにお世話になった方がよろしいでしょう。」
「御主さえ良ければ、妾らは大歓迎じゃ。家族が増えるでのぅ。」
ぽんぽんとガナンの腰をバフォメットが叩いている。
ラキが魔女を見て何かわかったような顔をしているが、何だろう?
「・・・・・・。僕は・・・僕は、戦うことしかできません。この手は色々な物を壊してきて、何ひとつ生み出せなかった・・・・。」
「では、御主にできることをこれから増やせばよかろう。とりあえずサバトに滞在し、御主ができそうなことをゆっくり探してみるが良かろう。」
「ミュスカデ様。その・・・ガナン様の部屋の手配はわたしが・・・」
「いや、妾がやるから心配は・・・ははん、なるほど。よしライム、御主に任せた。」
その後、誰か降りてこないかちらちら気になっている私を尻目に、サバト談義に花を咲かせてからバフォメット達は移動魔法で消えていった。
あのガナンという青年も一緒だ。
戦力的には欲しい逸材だが、彼が教団陣営で人としての心を取り戻すことは、恐らく不可能に近いだろう。
「・・・まあ、めでたしめでたし・・・かな?」
「良かった、彼が無事人間に戻れて・・・」
ラキはほっとしたような顔をしているが、私としては城内に易々と侵入されたことが納得行かない。
あんな移動魔法があったら、戦闘状態になった時に城内に侵入され放題ではないか。
「・・・魔物の常套手段だったな、精鋭部隊で城内に切り込むのは・・・」
「シアン、どうしたの?」
「ああ。城の警備と防衛も見直さなければと思ってね・・・・。」
頭を抱えつつ、私は早速軍事部門に案件を持って行くことにした。
「なんで・・・なんで、そんなこと・・・・」
同じエンジェルとして到底理解できないのだろう。
オチを聞いたラキはふるふると震えている。完全に感情移入しているようだ。
・・・察しの通り、今我々がいるウェルステラ城の薄暗い地下室・・・その一角に転がっているこの一見何の変哲も無い岩こそが、古代の英雄の成れの果てだ。
彼は当時のウェルステラ枢機卿、そして愛した天使に裏切られ、気の遠くなるような年月の間、ただの岩として過ごしてきた。ここまで不憫だと言葉も無い。
「そのバフォメットは、当時のウェルステラ枢機卿が推薦した勇者に討伐されるはずだった。どんな勇者かは知らないけど、恐らく将軍の家系だとは思う。彼らは彼らが選んだ勇者を英雄のように祭り上げ、人心を惹き、名誉とお布施をたんまり回収していた。・・・・脱走奴隷がバフォメットの目玉を持って戻ってきたのは、そんな最中さ。」
「・・・・!!まさか、そんな事のために!」
「そう、連中の面目は丸つぶれさ。これから人々の希望の光が大悪魔を倒しますとパレードやってた時に、脱走奴隷がその大悪魔を倒した・・・幸い、脱走奴隷はすぐ拘束したから、街の人には気付かれていない。なら始末して、正式な勇者とやらを何食わぬ顔で遠足に行かせ、そいつが討伐したことにすればいい、とね。」
涙目でラキがその岩に頬を当てている。
ラキのこういう優しいところも、私は大好きだ。
「・・・そのファラエルってエンジェルは、このことを知って指輪を渡したの?」
「もちろん。彼女は教団のプロパガンダの中心にいたから、彼の存在は彼女にとって邪魔者でしかなかった。彼の存在が明るみに出れば、象徴としての威信が失墜するのは彼女だからね。なんだ、この勇者がきっとやってくれるって大げさに言っておいて、剣奴でも倒せたじゃないかってね。」
「ぐずっ・・・どこの神のエンジェルよ・・・・それ・・・・」
そう言えば、神族もエンジェルも人間よりはるかに長命と聞く。
当時存在したエンジェルの神は、今も現存しているだろう。・・・まあ、だからと言って私はとやかく言う気は無いけど。
「言っておくが、石化させた後野ざらしになっていたこの岩を、数十年後にウェルステラ城の地下室に運んだのもファラエルだ。彼女はその数日後に魔王軍のハーピー部隊と交戦し、無残に引き裂かれた姿で発見されている。」
「え・・・それって・・・・・?」
「・・・何故かは私にもわからん。」
彼女が何を思って、岩と化した彼をここに引き揚げたのか。
今となっては推測するしかない。
「・・・シアン。この子、戻してあげられないの?」
「人間の解呪技術では無理だな。強力な呪いの類でもあるし、何より対象物を元は生物と認識させない性質が解呪の上で大きな障害となっているようだ。」
解呪したところで、その古代の戦士が生きようと思うかどうかはまた別だ。
岩になっても自我があった場合・・・悠久の年月の中でとうに発狂しているだろう。
私とラキはしばらく無言でその岩を見つめた後、魔導書を持って地下室をあとにした。
次の日、ラキが落ち着かない様子で私の袖を引っ張りに来た。
目の前の仕事をひと段落させ、私は地下室へと降りて行った。
「シアン、早く早く!」
「おいおい、どうしたんだ、ラキ。」
手を引かれて降りた地下室には、例の岩と・・・・
「遅かったのぅ、シアン卿。待ってる間、妾の方でも調べさせてもらった。」
「お待ちしておりました、枢機卿。」
バフォメットと魔女というやばい来客に、私はずっこけた。
言うまでもないが、ここは教団固有領の、しかも枢機卿が統治する城である。彼女達には極秘裏に領内への滞在許可を出しているとはいえ、無断で城を訪問していいとは言っていない。
「・・・ミュスカデ殿、不法侵入はやめてください!」
「まあそう言うな、御主らと妾らの仲ではないか。」
このバフォメットはミュスカデと言い、何を思ったのか教団固有領でサバトの教えを広めたいと無謀なことを考えている困った奴だ。
しかも魔力は無駄に高く、今回のように誰にも気付かれる事もなく城内に潜入して来たりは序の口である。
「どうやら伝承通りのようじゃな。巧妙に隠されてはおるが、この岩は元々は人だったものじゃ。」
「・・・呼んだの、ラキ?」
「はい・・・その、ごめんなさい。」
どうやら、ラキには昨日の話がよほどこたえたらしい。
ヒソヒソ話の私達2人を尻目に、バフォメットと魔女が話を続ける。
「ぺトラの指輪は元々古き魔族が作り出したものでな、何らかの拍子に人の手に渡ることも多かったのじゃろう。強力な呪いじゃ、人の手で解呪できんのも頷ける。」
「魔族が作り出したものですので、もちろん解呪法も魔族に伝わっています。」
「まあ、ちーとばかし手間じゃがの。妾の手にかかれば造作もない。」
ふふんとバフォメットが鼻を鳴らす。
ラキの方は嬉しそうだが・・・ちょっと待て。
「呪いを解くって事は、彼を人に戻せる・・・ということで合ってますよね?」
「ええ、その意味であってます。」
「彼を人に戻して、我々は彼にどう話しかけるのですか?」
ふーむ、とバフォメットと魔女が考え込む・・・と言うか考えていなかったのか。
「ふむ・・・そうじゃのぅ。妾はどちらかと言うと細マッチョ系の男子が好みじゃが・・・実力の方は伝承通りなら問題あるまい。」
「ミュスカデ様・・・私もそろそろ兄上が欲しいと・・・・」
「予想に反してショタっ子が出てきたらどうするかの?」
「それはそれで、ロリショタやおねショタという新しい信仰の形ができあがるかと・・・」
私もラキも、これには盛大にずっこけた。
危惧される問題はそこではない。魔物がまだ恐ろしい姿だった時代の人間が、いきなり今の世界に飛べば、カルチャーギャップは計り知れない。
「ここにいるのは、彼を陥れたのと同じ地位にいる私、彼を裏切った者と同族のエンジェル、そして姿は変わったが、かつての仇敵のバフォメットとその眷属。」
「・・・元に戻しても友好的な対応は期待できないってこと?」
「その通りだ、ラキ。解呪の方法がわかった以上は元に戻してやりたいが、対応によく考える必要があるな。」
難しい顔で考え込み始めた私とラキを見て、バフォメットと魔女がわざとらしく溜息をついて見せる。
「まったく・・・教団の連中はすぐにこれじゃ・・・。」
「難しいこと考えすぎです・・・・ミュスカデ様、解呪、始めてしまいましょうか?」
「分かり合うのに思考はいらんと思うがの。・・・彼が倒したバフォメットは妾の祖先だったりするのじゃが、妾はそう複雑な感情は抱いておらん。」
そう言いながらバフォメットと魔女は岩に描かれた魔法陣に手をかざし・・・・待て、いつの間にあんなものを描いたんだ。
一瞬止めようとしたラキを手で制する。発動を始めた魔法陣を止めるのは危険だ。
岩が緑色に光り始め、魔法陣が輝き、そして岩が少しずつ溶けて行く。
「ラキ、目を閉じろ!」
閃光がくる予感がした私は咄嗟にラキに警告し、自分も目をつむる。
次の瞬間、まぶたを閉じていても視界が輝くほどの光が、その場にいる全員を包み込んだ。
「・・・・・ふむ。成功じゃな。」
光が収まって目を開けると、そこには無表情な若者が1人、しゃがみ込んでいる。
体躯はどちらかと言うと小柄だが身体は引き締まっていて、ところどころに戦いの傷跡があるが、それを除けば器量はいい方だろう。
光を失ったその瞳がゆっくりと、辺りを見回した。
「僕は・・・石になったはずでは・・・・」
「その様子じゃと、石になっている間は意識は無かったようじゃの。御主、ここで目覚める前のことは覚えておるか?」
「確か、ファラエル様から貰った指輪をはめた部分からどんどん石になっていって、指輪を外す事もできず・・・・」
ラキの眉間にシワが寄っている。
やはり、彼女は同じエンジェルとしてファラエルを赦すことができないのだろう。
そして、バフォメットの傍の魔女がどこか夢心地のような顔をしている。魔力の使いすぎだと思ったが、何故か魔女の頬が赤い。
「ところで、貴方たちは?」
「これは失礼。妾はミュスカデ=ペルクシヤーム。しがないサバトの長をやっておる。・・・・おい、ライム!しっかりせんか!」
「え、あ、はいっ!わ、わたしは、ミュスカデ様の従者でライム=レライエです!そ、その、よろしくお願いします・・・・」
クールだったサバトNo.2がうろたえている。・・・我々の知らない弱点でもあるのだろうか?
とりあえず、私達も挨拶しなければなるまい。
「わたくしはラキエル、見ての通りエンジェルです。」
「シアンルドール=ウェルステラです。さて、そちらのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
不思議なものを見る目で我々・・・・特にバフォメットと魔女を見てから、その男は名乗った。
「・・・ガナン。ガナン=ウォーマートです。ここはどこですか?僕は石にされたはずなのに、どうやって・・・」
「まあそう慌てるな、一から説明してやろう。」
ここが数百年後の世界であること、魔物が全員女性化したこと。
世界の基本概念はバフォメットと魔女が、教団と魔物の複雑な事情は私とラキが、それぞれ話した。
「・・・そう、ですか・・・。」
「人対魔の単純構造が壊されたお陰で、今も様々なイデオロギー衝突があります。私としては貴方の力は是非とも欲しいところですが・・・」
私は口ごもりながら、ちらりとバフォメットと魔女の方を見る。
バフォメットは苦笑いしているが、ライムと名乗った魔女の方は凄い剣幕だ。
「・・・昔のこととは言え、手酷い裏切りをした陣営に戻れと言うのもふざけた話でしょう。魔物がどのように変わったか見るためにも、ひとまずミュスカデ殿のサバトにお世話になった方がよろしいでしょう。」
「御主さえ良ければ、妾らは大歓迎じゃ。家族が増えるでのぅ。」
ぽんぽんとガナンの腰をバフォメットが叩いている。
ラキが魔女を見て何かわかったような顔をしているが、何だろう?
「・・・・・・。僕は・・・僕は、戦うことしかできません。この手は色々な物を壊してきて、何ひとつ生み出せなかった・・・・。」
「では、御主にできることをこれから増やせばよかろう。とりあえずサバトに滞在し、御主ができそうなことをゆっくり探してみるが良かろう。」
「ミュスカデ様。その・・・ガナン様の部屋の手配はわたしが・・・」
「いや、妾がやるから心配は・・・ははん、なるほど。よしライム、御主に任せた。」
その後、誰か降りてこないかちらちら気になっている私を尻目に、サバト談義に花を咲かせてからバフォメット達は移動魔法で消えていった。
あのガナンという青年も一緒だ。
戦力的には欲しい逸材だが、彼が教団陣営で人としての心を取り戻すことは、恐らく不可能に近いだろう。
「・・・まあ、めでたしめでたし・・・かな?」
「良かった、彼が無事人間に戻れて・・・」
ラキはほっとしたような顔をしているが、私としては城内に易々と侵入されたことが納得行かない。
あんな移動魔法があったら、戦闘状態になった時に城内に侵入され放題ではないか。
「・・・魔物の常套手段だったな、精鋭部隊で城内に切り込むのは・・・」
「シアン、どうしたの?」
「ああ。城の警備と防衛も見直さなければと思ってね・・・・。」
頭を抱えつつ、私は早速軍事部門に案件を持って行くことにした。
11/11/11 23:00更新 / 見習い教団魔導士
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