俺は拉致されたわけで彼女は魔物だったわけで
『やったぞ!息子が勇者に選ばれた。私たちの家系からついに主神様の加護を得たものが!』
『今夜はごちそうね』
『いいや、そんなものを作る金があったら息子のための武具防具、鍛練機材を買うぞ』
『でも、こんな時くらい、ねえ、あなた』
『主神様の教えを忘れたのか、禁欲的であれ、だ。今や息子は勇者、主神様の代わりに神罰を下す者。豪華な食事など食べさせるべきではない。食『欲』と言うからな。私は息子を教義に沿った完璧な勇者に仕上げるためにこれから一切の娯楽に触れさせないつもりだ。これも勇者の親の義務であり宿命だと私は思う。悪く思うな』
『でも・・・!』
『そうだな、まずは息子のために買ったおもちゃを親戚に譲ろうか、たしかそろそろ向こうの子どもの誕生日だ』
『あなた!!』
『なんだ?止めろ、というのは受け付けんぞ』
『・・・あの子が起きてこちらを見てるわ』
―――――――
―――――
―――
―
「うう・・・」
気がついて薄く目を開けると、どうやら昼のようだった。窓から高い位置に登った太陽が見えた。俺は目をこする。それでかすむ視界をクリアにしようとしたが、ぼやけた視界はまだ起きたくない、と駄々をこねる。
仕方ないので、目を閉じて眠気をとる回復魔法を使った。
「魔法で自然に感じる眠気を取り除くのは下策中の下策だよ」
なんとなく聞き覚えのある声が俺の行動を良くない、と言う。俺はその声を聞いて現状を理解した。ついさっき、いや昨日か、に出会った魔物を思い出したからだ。
俺はすっきりとした目であたりを見渡した。
汚れひとつない壁。殺風景な内装。大きな窓。ぽつんとある俺の寝ていたベッド。
部屋の中は白一色で清潔な印象を受けるが、完璧すぎて不気味だ。
薄々ここはどこだ、と思い始めたところだし、ちょうどよかった。あいつがいるお陰で、ある程度いる場所は分かった。と俺は一人で納得する。どうやら俺は親魔領に連れ去られたようだ。
「おまえがいる、となると俺は虜囚ってわけか」
俺は俺が寝ているベッドのすぐ横にいる顔色の悪いそいつに言った。それに反応して彼女は首を横に振る。
「どうしてだ?俺はあんたに負けて、多分だがおまえの国にでも連れ去られたんだろ。虜囚以外の何があるんだ」
「私の生涯のパートナー、ね」
恥じらうことなく、さも当たり前のように言い放った彼女。
俺はどう答えればいいか分からず、頭が痛くなる。とりあえず、ジョークを言うなら真顔は止めろ。
「おまえに聞いた俺がバカだった」
「おまえじゃない、私はアルティツィオーネ」
俺が刺々しく言い返すと、むこうは、じとっと俺を睨みながら名乗った。
「は?」
俺はその『これからは名前で呼んでね』的な展開に思わず間抜けな声をあげた。
その間も彼女は俺が名前で呼ぶのを待つかのように睨んでいる。しかしよく見ると、あいつは顔色は悪いが、頬はほんのり染まっていて可愛いような・・・
いやいやいやいや何考えてんだ。
と俺はいったん彼女から視線を外した。
それでも彼女はもともと眠たげで八割くらいしか開いていない目をさらに閉じてこちらを見つめ続ける。
・・・。
じとー。
・・・。
じとー。
「じとー。じとー。じとぉー」
俺はだんだん近づいてくるあいつを手で押し返す。抱きついてきそうな勢いなので右手で額を押さえていたのだが、それでも近づこうとする姿には軽く焦りを感じた。
「うっさい!呼べばいいんだろ、フルだと長いから『アルティ』な、それで十分だ!」
我慢の限界でそう叫んでベッドから飛び降りた。俺に額を押さえられていた彼女はいきなり押さえがなくなったため俺と入れ替わりにベッドにダイブした。
「うぴゅ!」
なんとも表現しがたい声をあげるアルティ。顔面から突っ込んだが、ベッドなので問題はないだろう。大丈夫か、と助け起こそうとしたが、そいつが魔物だったことを思い出して止まる。
『魔物は巧妙に人を騙して食う』
司祭の声が頭に響いた気がした。
だからというわけではないが、俺は改めて彼女を魔物として見る。が、血色悪い以外の何も人間と変わりなさそうだった。しかし、気は抜けない。あの間の抜けた感じは芝居、という可能性が捨てられないからな。とおそらく俺は相手を探るような冷たい目で彼女を睨んだ。
あと、同時に彼女と面と向かってこんな顔はしたくないなと思った。
・・・何でかはわからないが、まあ、彼女のお気に入りでいる内は死なないだろうから、と本能で感じたからと解釈しておこう。
それと、あいつに構うのは疲れるからしばらくあのままほっといていいよな。
「んふふ、思ったよりいいにおい・・・」
前言撤回。全力でひっぺがす。
「おら、そんなところに勢いよく倒れて大丈夫かよ、今起こすからそこから離れろぉぉぉ!!」
「やだ」
アルティはべた〜んとベッドに張り付いて、しがみついて離れない。顔は未だに俺が被っていた毛布に埋まっている。なんか、ぐりぐりしてる。
俺はそれを見て顔から火が出たかと思った。とにかくがむしゃらにあいつをそこからどかそうとベッドをゆらす。
「いいからいつまでもそうやってんじゃねぇ!」
らちが明かないと思った俺はつかむ場所を変えることにした。
抵抗が少し・・・あるが、俺は彼女の腹のあたりを抱きつくようにつかんでベッドから引き剥がした。
だが、やった、と思ったのはつかの間だった。
勢い余って床に後頭部をしこたま打ちつけ、追い討ちに彼女の背負う十字架が顔面にめり込む。
「痛ったぁ!」
つい大声を出してしまう。それにビクッとしてアルティが俺の上から転がり落ちた。
「大丈夫?ここ病院だからすぐに怪我直せるよ」
俺の顔を心配そうに覗きこむアルティ。そして俺はここが病院だと始めて知った。
続けて嫌なイメージか浮かんだ。
教団の病院はおちこぼれ勇者である俺だからこそ聞いているのだが、洗脳や、人体実験、その他もろもろの黒い話がある。まあ、あの時は嘘だ、と軽く聞き流していたが、今になって俺にまとわりつきはじめた。
自らを神聖とうたう教団でさえあんな噂があった。邪悪とされる魔物たちなら実際にあるのではないか。
俺の中で、虚勢をはり、今まで無理やり押し込めていた不安と恐怖がうごめき出す。
そして、それがせきを切ったように流れ出した。
「『病院』か。なるほど。つまり俺は魔物の手による人体実験や洗脳をされるわけだ。どうりで食われないと思った、いい捨て駒にできる勇者をむざむざ殺さないよな」
くくくっと体の奥から笑いが込み上げてきた。これで、今まで敬虔な主神の信者だった勇者が簡単に魔物の手先になった事の辻褄が合う。
こんな落ちこぼれ通告をされる俺でも必要とされる場所があったのだ。
それも敵地で、だ。
・・・ふふ、ははは。
俺は口を歪めた。俺を心配そうに見つめるアルティが何かを言っている。気にするか、そんなもの、どうせその態度も俺を抵抗させずモルモットにする餌であり虚構であり・・・相手にするだけ無駄だ。
どうして笑わずにいられよう。全くこんな馬鹿馬鹿し―――
めきっ。
「がっ!?」
「そんな腐った笑い声なんて聞きたくない」
どうやら俺は彼女に殴られたようだ。
それから強引に引き起こされる。
「ねえ、窓の外を見て。・・・それでも、まだあなたが絶望を抱いたのなら、思う存分壊れていい。だけど、真実を知らないうちに狂ってしまうのはあまりにもったいないし、救われない」
彼女は病室の窓を指さした。
今までの無表情と同じようで違う、真剣だとはっきりわかる顔で。
俺は逆らう理由が無いので、窓際まで移動した。
別に、ただ外を見ただけで価値観なんて変わるわけがない、と薄ら笑いを浮かべながら
窓を、
開けた。
「・・・。」
窓の向こうには太陽に照らされ、生き生きとした光景を作り出す街並みが広がっていた。
俺はその体勢で固まる。震えが止まらない。
もちろん、体が震えたのは、寒いからではなかった。
「なあ、アルティ」
「なに?」
俺はそっと窓を閉めてからアルティに声をかけた。
「みんな、幸せそうだな」
「でしょ」
アルティはそう言った後、最高の笑顔を見せてくれた。
なんかもう、不安とか恐怖なんてどこかに行ってしまった気がした。
魔物が食うはずの人間と仲良く暮らしている。それは実際に見てしまうと恐ろしい破壊力だった。
―――俺が見たものは、街を元気に駆ける子どもたち。親に手を引かれながら楽しそうに歩いていく少女。ゆっくりとお互いを確かめるように手を繋ぐ恋人。
人魔問わず誰もが混ざりあって作り出した一つの芸術。
俺の住んでいた町と同じくらい、いや、それ以上のいくつもの幸せの形。
洗脳や強制なんかじゃこんな風景は作れない。俺は心の底から、ここの人たちの姿に自由さとある種の神聖さを感じた。俺の町ではあそこまで自由に生き生きとした姿は見れないだろうから。
俺は自分のあの町での生活を思い出す。何をするにも厳しい戒律、理不尽な法律。拘束具のような親の命令。決して先程見た子どもたちのように輝く顔はしていなかったはずだ。
・・・ああ、そうか。
俺は納得した。
魔物側に寝返った勇者たちは教団の作った神聖な檻より、むき出しの自由を求めたんだ。
まだ、魔物に対する警戒はあるが、なんとなくあの風景を見て、よく分からなくなった。今まで教団から教わって積み上がった物にひびが入る音がした。
「ははは、情けないな。本物を見もしないで勝手に怖がってたなんてな。あんたたちに失礼な事をした」
「・・・?別にあなたは間違っていないよ。時代が違えば私たちは本当にあなたたちにとっての害悪だし、あなたの予備知識から考えて非常に当たり前な行動をとったと思う。それに未知の物に対する恐怖はあった方がいい。好奇心猫を殺す、と言うから」
「そうか」
「ただ、あなたが今見たものが今の魔物の全てとも限らないから『知ろう』とすることをやめないように」
無口な彼女が一気に論文のようなものを言葉としてぶちまけた。どうやら、自分の中でしっかり形作られているものはすらすらと出せるらしい。無感情なごく短い演説だったが、少しまた救われた気がした。
一拍間をおいて俺は改めてアルティを見る。今度こそ偏見無しで仲良くなれそうな気がした。
しただけだが。
まあ、まだ魔物に慣れたわけではないからアルティ以外は難しいかも、だけどな。
自分はとことん情けないやつだな、と俺は苦笑した。
「で、今日はローブの下に服、着てるんだな」
と話題を作るために言うと彼女は少し赤くなった。
しまった、恥ずかしがるとは思っていなかった。露出癖でもあるのかと思っていたのだが。俺はあいつを怒らせてしまったか?と冷や汗をかいたが、どうも怒る様子はなかった。よかった、と俺は胸をなで下ろした。
どうも教団領にいた時に近くにいた女性が
1勇者
2敬虔なシスター
3勇者候補、祝福待ち
4母親
5俺の事を落ちこぼれ、ださい、と裏でこそこそ言う連中
だったので、まず話せるわけがなく、こういう時に振る話題が見つからない。
つい男同士で話しているようなノリが出てしまう、反省しないと。
と俺は今の事を心に刻んだ。
そう自分の言動でダメージをうけているところで、彼女はぼそっと言った。
「服は昨日も着てた」
・・・・・。
ダウトォォォ!!!
「嘘つけ!」
俺はすぐにつっこんだ。昨日あんなに大変な目に遭ったんだぞ。と言いながら。
すると、彼女は自分の言い分を聞いてもらえない子どものように頬を膨らませた。
「着てた。実験途中の『相性のいい異性には見えない服』を」
む〜。と言い終わるなり再び頬を膨らませるアルティ。そんな服、絵本の中じゃあるまいし無いだろ。と思いながら俺は見つめる。
しかし、おまえがそうやって頬を膨らませてると・・・
なんか両側から押さえたくなるな。となんとなく俺は彼女の両頬を手のひらでプレスした。
「それ」
「ぺほっ」
アルティは『びっくり!』というのがびったりな表情になる。
彼女は両腕をぱたぱたさせてやめろ、と抗議するが、今のアルティは非常に可愛いので止めない。
魔物も人とそんな変わらない、と知った俺はアルティに対する遠慮がなくなりかけている気がした。
「なんだその間抜け顔」
俺は笑いながらあいつの頬をうりうりと押す。
思った以上に柔らかいのと、今まで散々向こうから仕掛けてきた分の仕返し。
ということで多めにこねくりまわ―――あいたぁ!
俺の頭にアルティの十字架がぶちこまれる。
「ふう、ふう、ご、ごめん。つい」
煙が出る!くらい強打したあとアルティは謝る。こんな可愛らしいのに自分と同じくらいの大きさの十字架を振り回すんだから驚きだ。俺はこれが人と魔物の違いか、としみじみと思った。
そう思う間もアルティは頭を下げ続けている。塩らしくなるアルティを見て、調子に乗ってたのは俺の方だから謝らなくていいのに、と俺は思った。
・・・まあ、あいつは頑固っぽいから押し問答になりそうだし言わなかったが。
で、アルティは下げていた頭を上げた後、何かを思い出したようににやり、と笑った。
不穏な空気を感じて俺は一歩下がった。
「そういえばさっきから言いたい放題だけど」
アルティがじりじりと近づく。
「昨日あなたはさぁ」
俺の背中が壁にぶつかる。
「裸だったよね」
俺の体内時計が凍った。
一瞬をさらに分割したくらいの一瞬のうちに走馬灯のように昨日の記憶が鮮明に流れる。
司祭殴った
↓
川に落ちた
↓
服干した
↓
アルティに会った
↓
拉致
↓
イマココ
・・・。
・・・・・。
今の自分の服装を確認した。明らかに前に着ていた服と違う。
俺は頭を抱えた。
「そうだった!服濡れたから乾くまで幻影でカバーを―――って」
俺は震えながらアルティを見た。
ああ、嫌な予感がする。
Q、どれくらい嫌な予感か?
A、やばい。
アルティが意地悪く笑った。
「見えてたのか、ほ、本体の方が」
「私を誰だと思ってる?あれくらいお手軽な幻、三秒で見破れる」
俺の頭はフリーズした。見られた、と書かれた何かが無数にポップアップして思考を圧迫する。
「う」
「う?」
「うーーーーー!うーーーーーーーー!!!」
・・・。
俺はあの後軽く錯乱状態になったらしい。あの程度で暴走するとは情けない、とため息をつくがなったものは仕方ない。
俺は空を見上げた。
教団領での暮らしでいろいろ押し込められていた分精神が不安定なのだろう。と医者から精神安定剤を処方された。
冗談だろ、と軽く言ったら真剣な顔をされたので受け取っておいた。
後、それだけ元気ならいいよね、と病院から追い出された。誰のせいだ、と隣にいるアルティを睨んだ。
「私のせいではない」
「ちょっ、アルティ、何も言ってないぞ」
「そんな目をしていた」
なぜかアルティという街案内が着いてきて、俺のここでの生活が始まった。
とりあえず、まずは自衛団に顔を出すらしい。俺は末席でも勇者ということで自衛団で働けということらしい。
自衛団の人たちは馬鹿みたいに強い人が揃っているらしく。万一俺が教団員として殺戮を始めようとしても瞬間でぼこぼこだそうだ。
ま、とにかくなるようになるか。と俺はてふてふと俺の横を歩くアルティを見ながらそう思った。
親魔領、『約束の街』オリキュレール
俺はついさっき聞いたこの街の名前を心の中で繰り返した。
『今夜はごちそうね』
『いいや、そんなものを作る金があったら息子のための武具防具、鍛練機材を買うぞ』
『でも、こんな時くらい、ねえ、あなた』
『主神様の教えを忘れたのか、禁欲的であれ、だ。今や息子は勇者、主神様の代わりに神罰を下す者。豪華な食事など食べさせるべきではない。食『欲』と言うからな。私は息子を教義に沿った完璧な勇者に仕上げるためにこれから一切の娯楽に触れさせないつもりだ。これも勇者の親の義務であり宿命だと私は思う。悪く思うな』
『でも・・・!』
『そうだな、まずは息子のために買ったおもちゃを親戚に譲ろうか、たしかそろそろ向こうの子どもの誕生日だ』
『あなた!!』
『なんだ?止めろ、というのは受け付けんぞ』
『・・・あの子が起きてこちらを見てるわ』
―――――――
―――――
―――
―
「うう・・・」
気がついて薄く目を開けると、どうやら昼のようだった。窓から高い位置に登った太陽が見えた。俺は目をこする。それでかすむ視界をクリアにしようとしたが、ぼやけた視界はまだ起きたくない、と駄々をこねる。
仕方ないので、目を閉じて眠気をとる回復魔法を使った。
「魔法で自然に感じる眠気を取り除くのは下策中の下策だよ」
なんとなく聞き覚えのある声が俺の行動を良くない、と言う。俺はその声を聞いて現状を理解した。ついさっき、いや昨日か、に出会った魔物を思い出したからだ。
俺はすっきりとした目であたりを見渡した。
汚れひとつない壁。殺風景な内装。大きな窓。ぽつんとある俺の寝ていたベッド。
部屋の中は白一色で清潔な印象を受けるが、完璧すぎて不気味だ。
薄々ここはどこだ、と思い始めたところだし、ちょうどよかった。あいつがいるお陰で、ある程度いる場所は分かった。と俺は一人で納得する。どうやら俺は親魔領に連れ去られたようだ。
「おまえがいる、となると俺は虜囚ってわけか」
俺は俺が寝ているベッドのすぐ横にいる顔色の悪いそいつに言った。それに反応して彼女は首を横に振る。
「どうしてだ?俺はあんたに負けて、多分だがおまえの国にでも連れ去られたんだろ。虜囚以外の何があるんだ」
「私の生涯のパートナー、ね」
恥じらうことなく、さも当たり前のように言い放った彼女。
俺はどう答えればいいか分からず、頭が痛くなる。とりあえず、ジョークを言うなら真顔は止めろ。
「おまえに聞いた俺がバカだった」
「おまえじゃない、私はアルティツィオーネ」
俺が刺々しく言い返すと、むこうは、じとっと俺を睨みながら名乗った。
「は?」
俺はその『これからは名前で呼んでね』的な展開に思わず間抜けな声をあげた。
その間も彼女は俺が名前で呼ぶのを待つかのように睨んでいる。しかしよく見ると、あいつは顔色は悪いが、頬はほんのり染まっていて可愛いような・・・
いやいやいやいや何考えてんだ。
と俺はいったん彼女から視線を外した。
それでも彼女はもともと眠たげで八割くらいしか開いていない目をさらに閉じてこちらを見つめ続ける。
・・・。
じとー。
・・・。
じとー。
「じとー。じとー。じとぉー」
俺はだんだん近づいてくるあいつを手で押し返す。抱きついてきそうな勢いなので右手で額を押さえていたのだが、それでも近づこうとする姿には軽く焦りを感じた。
「うっさい!呼べばいいんだろ、フルだと長いから『アルティ』な、それで十分だ!」
我慢の限界でそう叫んでベッドから飛び降りた。俺に額を押さえられていた彼女はいきなり押さえがなくなったため俺と入れ替わりにベッドにダイブした。
「うぴゅ!」
なんとも表現しがたい声をあげるアルティ。顔面から突っ込んだが、ベッドなので問題はないだろう。大丈夫か、と助け起こそうとしたが、そいつが魔物だったことを思い出して止まる。
『魔物は巧妙に人を騙して食う』
司祭の声が頭に響いた気がした。
だからというわけではないが、俺は改めて彼女を魔物として見る。が、血色悪い以外の何も人間と変わりなさそうだった。しかし、気は抜けない。あの間の抜けた感じは芝居、という可能性が捨てられないからな。とおそらく俺は相手を探るような冷たい目で彼女を睨んだ。
あと、同時に彼女と面と向かってこんな顔はしたくないなと思った。
・・・何でかはわからないが、まあ、彼女のお気に入りでいる内は死なないだろうから、と本能で感じたからと解釈しておこう。
それと、あいつに構うのは疲れるからしばらくあのままほっといていいよな。
「んふふ、思ったよりいいにおい・・・」
前言撤回。全力でひっぺがす。
「おら、そんなところに勢いよく倒れて大丈夫かよ、今起こすからそこから離れろぉぉぉ!!」
「やだ」
アルティはべた〜んとベッドに張り付いて、しがみついて離れない。顔は未だに俺が被っていた毛布に埋まっている。なんか、ぐりぐりしてる。
俺はそれを見て顔から火が出たかと思った。とにかくがむしゃらにあいつをそこからどかそうとベッドをゆらす。
「いいからいつまでもそうやってんじゃねぇ!」
らちが明かないと思った俺はつかむ場所を変えることにした。
抵抗が少し・・・あるが、俺は彼女の腹のあたりを抱きつくようにつかんでベッドから引き剥がした。
だが、やった、と思ったのはつかの間だった。
勢い余って床に後頭部をしこたま打ちつけ、追い討ちに彼女の背負う十字架が顔面にめり込む。
「痛ったぁ!」
つい大声を出してしまう。それにビクッとしてアルティが俺の上から転がり落ちた。
「大丈夫?ここ病院だからすぐに怪我直せるよ」
俺の顔を心配そうに覗きこむアルティ。そして俺はここが病院だと始めて知った。
続けて嫌なイメージか浮かんだ。
教団の病院はおちこぼれ勇者である俺だからこそ聞いているのだが、洗脳や、人体実験、その他もろもろの黒い話がある。まあ、あの時は嘘だ、と軽く聞き流していたが、今になって俺にまとわりつきはじめた。
自らを神聖とうたう教団でさえあんな噂があった。邪悪とされる魔物たちなら実際にあるのではないか。
俺の中で、虚勢をはり、今まで無理やり押し込めていた不安と恐怖がうごめき出す。
そして、それがせきを切ったように流れ出した。
「『病院』か。なるほど。つまり俺は魔物の手による人体実験や洗脳をされるわけだ。どうりで食われないと思った、いい捨て駒にできる勇者をむざむざ殺さないよな」
くくくっと体の奥から笑いが込み上げてきた。これで、今まで敬虔な主神の信者だった勇者が簡単に魔物の手先になった事の辻褄が合う。
こんな落ちこぼれ通告をされる俺でも必要とされる場所があったのだ。
それも敵地で、だ。
・・・ふふ、ははは。
俺は口を歪めた。俺を心配そうに見つめるアルティが何かを言っている。気にするか、そんなもの、どうせその態度も俺を抵抗させずモルモットにする餌であり虚構であり・・・相手にするだけ無駄だ。
どうして笑わずにいられよう。全くこんな馬鹿馬鹿し―――
めきっ。
「がっ!?」
「そんな腐った笑い声なんて聞きたくない」
どうやら俺は彼女に殴られたようだ。
それから強引に引き起こされる。
「ねえ、窓の外を見て。・・・それでも、まだあなたが絶望を抱いたのなら、思う存分壊れていい。だけど、真実を知らないうちに狂ってしまうのはあまりにもったいないし、救われない」
彼女は病室の窓を指さした。
今までの無表情と同じようで違う、真剣だとはっきりわかる顔で。
俺は逆らう理由が無いので、窓際まで移動した。
別に、ただ外を見ただけで価値観なんて変わるわけがない、と薄ら笑いを浮かべながら
窓を、
開けた。
「・・・。」
窓の向こうには太陽に照らされ、生き生きとした光景を作り出す街並みが広がっていた。
俺はその体勢で固まる。震えが止まらない。
もちろん、体が震えたのは、寒いからではなかった。
「なあ、アルティ」
「なに?」
俺はそっと窓を閉めてからアルティに声をかけた。
「みんな、幸せそうだな」
「でしょ」
アルティはそう言った後、最高の笑顔を見せてくれた。
なんかもう、不安とか恐怖なんてどこかに行ってしまった気がした。
魔物が食うはずの人間と仲良く暮らしている。それは実際に見てしまうと恐ろしい破壊力だった。
―――俺が見たものは、街を元気に駆ける子どもたち。親に手を引かれながら楽しそうに歩いていく少女。ゆっくりとお互いを確かめるように手を繋ぐ恋人。
人魔問わず誰もが混ざりあって作り出した一つの芸術。
俺の住んでいた町と同じくらい、いや、それ以上のいくつもの幸せの形。
洗脳や強制なんかじゃこんな風景は作れない。俺は心の底から、ここの人たちの姿に自由さとある種の神聖さを感じた。俺の町ではあそこまで自由に生き生きとした姿は見れないだろうから。
俺は自分のあの町での生活を思い出す。何をするにも厳しい戒律、理不尽な法律。拘束具のような親の命令。決して先程見た子どもたちのように輝く顔はしていなかったはずだ。
・・・ああ、そうか。
俺は納得した。
魔物側に寝返った勇者たちは教団の作った神聖な檻より、むき出しの自由を求めたんだ。
まだ、魔物に対する警戒はあるが、なんとなくあの風景を見て、よく分からなくなった。今まで教団から教わって積み上がった物にひびが入る音がした。
「ははは、情けないな。本物を見もしないで勝手に怖がってたなんてな。あんたたちに失礼な事をした」
「・・・?別にあなたは間違っていないよ。時代が違えば私たちは本当にあなたたちにとっての害悪だし、あなたの予備知識から考えて非常に当たり前な行動をとったと思う。それに未知の物に対する恐怖はあった方がいい。好奇心猫を殺す、と言うから」
「そうか」
「ただ、あなたが今見たものが今の魔物の全てとも限らないから『知ろう』とすることをやめないように」
無口な彼女が一気に論文のようなものを言葉としてぶちまけた。どうやら、自分の中でしっかり形作られているものはすらすらと出せるらしい。無感情なごく短い演説だったが、少しまた救われた気がした。
一拍間をおいて俺は改めてアルティを見る。今度こそ偏見無しで仲良くなれそうな気がした。
しただけだが。
まあ、まだ魔物に慣れたわけではないからアルティ以外は難しいかも、だけどな。
自分はとことん情けないやつだな、と俺は苦笑した。
「で、今日はローブの下に服、着てるんだな」
と話題を作るために言うと彼女は少し赤くなった。
しまった、恥ずかしがるとは思っていなかった。露出癖でもあるのかと思っていたのだが。俺はあいつを怒らせてしまったか?と冷や汗をかいたが、どうも怒る様子はなかった。よかった、と俺は胸をなで下ろした。
どうも教団領にいた時に近くにいた女性が
1勇者
2敬虔なシスター
3勇者候補、祝福待ち
4母親
5俺の事を落ちこぼれ、ださい、と裏でこそこそ言う連中
だったので、まず話せるわけがなく、こういう時に振る話題が見つからない。
つい男同士で話しているようなノリが出てしまう、反省しないと。
と俺は今の事を心に刻んだ。
そう自分の言動でダメージをうけているところで、彼女はぼそっと言った。
「服は昨日も着てた」
・・・・・。
ダウトォォォ!!!
「嘘つけ!」
俺はすぐにつっこんだ。昨日あんなに大変な目に遭ったんだぞ。と言いながら。
すると、彼女は自分の言い分を聞いてもらえない子どものように頬を膨らませた。
「着てた。実験途中の『相性のいい異性には見えない服』を」
む〜。と言い終わるなり再び頬を膨らませるアルティ。そんな服、絵本の中じゃあるまいし無いだろ。と思いながら俺は見つめる。
しかし、おまえがそうやって頬を膨らませてると・・・
なんか両側から押さえたくなるな。となんとなく俺は彼女の両頬を手のひらでプレスした。
「それ」
「ぺほっ」
アルティは『びっくり!』というのがびったりな表情になる。
彼女は両腕をぱたぱたさせてやめろ、と抗議するが、今のアルティは非常に可愛いので止めない。
魔物も人とそんな変わらない、と知った俺はアルティに対する遠慮がなくなりかけている気がした。
「なんだその間抜け顔」
俺は笑いながらあいつの頬をうりうりと押す。
思った以上に柔らかいのと、今まで散々向こうから仕掛けてきた分の仕返し。
ということで多めにこねくりまわ―――あいたぁ!
俺の頭にアルティの十字架がぶちこまれる。
「ふう、ふう、ご、ごめん。つい」
煙が出る!くらい強打したあとアルティは謝る。こんな可愛らしいのに自分と同じくらいの大きさの十字架を振り回すんだから驚きだ。俺はこれが人と魔物の違いか、としみじみと思った。
そう思う間もアルティは頭を下げ続けている。塩らしくなるアルティを見て、調子に乗ってたのは俺の方だから謝らなくていいのに、と俺は思った。
・・・まあ、あいつは頑固っぽいから押し問答になりそうだし言わなかったが。
で、アルティは下げていた頭を上げた後、何かを思い出したようににやり、と笑った。
不穏な空気を感じて俺は一歩下がった。
「そういえばさっきから言いたい放題だけど」
アルティがじりじりと近づく。
「昨日あなたはさぁ」
俺の背中が壁にぶつかる。
「裸だったよね」
俺の体内時計が凍った。
一瞬をさらに分割したくらいの一瞬のうちに走馬灯のように昨日の記憶が鮮明に流れる。
司祭殴った
↓
川に落ちた
↓
服干した
↓
アルティに会った
↓
拉致
↓
イマココ
・・・。
・・・・・。
今の自分の服装を確認した。明らかに前に着ていた服と違う。
俺は頭を抱えた。
「そうだった!服濡れたから乾くまで幻影でカバーを―――って」
俺は震えながらアルティを見た。
ああ、嫌な予感がする。
Q、どれくらい嫌な予感か?
A、やばい。
アルティが意地悪く笑った。
「見えてたのか、ほ、本体の方が」
「私を誰だと思ってる?あれくらいお手軽な幻、三秒で見破れる」
俺の頭はフリーズした。見られた、と書かれた何かが無数にポップアップして思考を圧迫する。
「う」
「う?」
「うーーーーー!うーーーーーーーー!!!」
・・・。
俺はあの後軽く錯乱状態になったらしい。あの程度で暴走するとは情けない、とため息をつくがなったものは仕方ない。
俺は空を見上げた。
教団領での暮らしでいろいろ押し込められていた分精神が不安定なのだろう。と医者から精神安定剤を処方された。
冗談だろ、と軽く言ったら真剣な顔をされたので受け取っておいた。
後、それだけ元気ならいいよね、と病院から追い出された。誰のせいだ、と隣にいるアルティを睨んだ。
「私のせいではない」
「ちょっ、アルティ、何も言ってないぞ」
「そんな目をしていた」
なぜかアルティという街案内が着いてきて、俺のここでの生活が始まった。
とりあえず、まずは自衛団に顔を出すらしい。俺は末席でも勇者ということで自衛団で働けということらしい。
自衛団の人たちは馬鹿みたいに強い人が揃っているらしく。万一俺が教団員として殺戮を始めようとしても瞬間でぼこぼこだそうだ。
ま、とにかくなるようになるか。と俺はてふてふと俺の横を歩くアルティを見ながらそう思った。
親魔領、『約束の街』オリキュレール
俺はついさっき聞いたこの街の名前を心の中で繰り返した。
13/07/13 00:27更新 / 夜想剣
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