俺は落ちこぼれで彼女は・・・だれだ?
俺は勇者。とある町で生まれ、物心がついた頃にはすでに親に剣を握らされていた。
しかし、特に珍しい能力が発現するわけでもなく剣技の習得具合もよくなかった俺は勇者としては落ちこぼれ扱い。
本来だったら今、魔界への遠征に参加する予定だったが
『国が誇る勇者が簡単にやられたら我々の威信に関わるのだよ落ちこぼれ君』
と司祭様に言われ許可されなかった。
俺は感情を押し殺し、はいそうですか、なんて言えるたちではない。ついでにその時はたまたま後輩から無能勇者と言われ機嫌が悪かった。だからつい―――
―――殴り飛ばしてしまった。司祭様を。
そんなわけであの町にいればいろんな罪を着せられてしまいそうだったので逃げ出した。特殊な能力があるわけでもないが俺も勇者の端くれ。無駄に高い基礎能力と有り余る体力で追っ手から逃れたのだ。あと、運が良かったのか、俺を無能勇者、と甘く見ていてくれたおかげでこうして五体満足だ。
なぜ、こうして今までを振り返っているか?
ははは、色々とあってさ、今までの行いを悔いているところだ。
その後、追っ手から逃れたはいいものの、ワーウルフの群れに突っ込んでしまう。司祭様や他の勇者から散々落ちこぼれと言われてきた俺だ。まともに戦っても歯が立たない、とまた逃げる。くそう、あれが魔物か、可愛い。司祭様からあいつらが人を食うなんて聞いてなければ幸せだったんだろうな。と思っていると川に落ち、そして今に至る。
日はとっくに沈んだようでくすんだような夜の闇が辺りを包んでいた。
「『ファイア』」
軽い爆発音と共に火が現れる。
俺は寒くて仕方がないのでとりあえず火を起こすことにしたのだ。
「う〜寒いな」
気がついたら河原に打ち上げられていた俺は全身ずぶ濡れでくしゃみが止まらない。
あと寒い理由は濡れているだけでない。
服を乾かすためにそこら辺の木に全部引っかけたため全裸だからだ。
へっくし。
さて、さっき出した火で暖まるか。
炎に近づいて地面に座ろうとしたときにふと気づく。
・・・さすがに見た目、まずいな。
怪力を発揮するわけでもないが無駄に引き締まって筋肉質に見える体を見下ろした。
川が近くにあるため、水浴びをしていた、と言えばごまかせるかもしれないが、俺にも羞恥心はある。
はあ、とため息をついて魔力を集中させる。俺は魔法の霧を纏ってごまかすことにした。
「『ミスト』」
ぶわっと俺を中心にして霧が立ち込める。拡散してしまうとまた魔物に見つかるきっかけになるので自分の体の近くのみに発生するよう制御。そして濃い霧がオレを包み込んだところでもうひとつ。
「『ミラージュ』」
霧が光ったかと思うと俺が服を着ているような幻影を霧に映す。別に『ミラージュ』だけでこういうことはできるが、この方法の方が思ったより低燃費なのである。立体の幻影を映し出すより、霧のスクリーンに平面の幻影を映し出した方が楽、というわけだ。
とりあえず俺はこの嘘服を自分で見て破綻がないか確認する。
それから火の近くに適当な石があったため、その石に腰をおろした。
空には数えきれないほどの星がきらめく。教団領にいたならば早寝早起きを強要されてなかなかゆっくり見ることがなかった星空。
さっきまで気絶していたせいか、全く眠くないので余計鮮明に見える。
もっと早くこうして逃げ出していれば、こう、自由になってもいろいろやることが思いついたのかもな。まったくもってこれからどこに行くか、とかのプランがない。
俺は空を眺めながら思った。少し眉間にしわをよせて考えたところで、ま、今はまだ何も考えないでのんびりするか。と投げ出す。ほんとこんなだから落ちこぼれなんだ、と自分をやる気なくしかりながら、そうだな、服が乾くまでは楽にしてようか。と俺は脱力した。
―――ただ服が乾くのを待つのは暇だ。
さっきからそう時間が経たないうちにどうしても退屈になってきた。
本当に俺は勇者らしくないな、と思いつつ、火に手を近づける。
「それっ」
少し遊ぶか。俺は人差し指を火に向ける。すると、火は少し震えたかと思うと俺の動きに応えるように動き出した。
「回れっ!」
俺が号令を出す。
火が地面から離れると、俺が指で描いた軌跡を空中にトレースする。
単なる円運動から幾何学模様を描かせたり、また規則的な動きに戻したり。
夜空を赤色の軌跡が星たちを押し退けて主役に躍り出た。
町でちょっとした大道芸として披露すれば昼飯分くらいのおひねりが貰えるかもな。
俺は特殊な能力には目覚めなかったが、こういう小手先の作業は得意だった。
・・・火の玉を増やすか。
空に向けて火の玉を指揮している右手をそのままに、空いている左手を前に出した。
「『ファイア』」
魔法を発動させ、掌の上にまた火の玉を発生させた。
「飛べっ!」
さっき産み出した火の玉を右手の指揮の支配下に入れ、より複雑な運動をさせる。
しかし、まだまだ俺は余裕だ。
「『ファイア』『ファイア』『ファイア』」
打ち上げ花火のように火の玉が舞い上がる様子は本当に好きだ。落ちこぼれ、と言われる前はよくこうやって遊んでいた。
右手で火の玉指揮しながら思わず笑ってしまった。そしてどんどんと追加を打ち上げていく。
これだけ派手にすれば魔物に見つかるということもすっかり忘れ、俺はこの遊びに没頭していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「・・・驚いた。こんなに精密な魔法制御ができる人間がいたなんて」
いつの間にか全力で暇潰しに没頭していた俺の背後で感情の薄い声がした。感情が薄いがしっかりとその声には感動、興奮が乗っていた。気づかない間に近くに誰かが来ていたようだ。
「お嬢さんもこういった魔法を使うクチかい?」
火の玉の制御に精一杯になっている俺は後ろを振り向かず、軽く答えた。
俺がお嬢さんと言ったのはかかってきた声が静かで可愛らしかったたからだ。うん可愛らしい声だった。異論は認めん。
しかし、後ろにいるお嬢さんは独り言のつもりだったらしくわたわたしているような感じが背後でする。ああ、いきなり話しかけられても怖いよな。と思ったが、怖がっているような様子は感じられなかった。不思議な人だな、とつい笑いながら返事を待った。
「もちろん使えるとも」
待っていたかいがあったのか、いくばくかの沈黙を突き破ったのはお嬢さんの声だった。自信ありげだが冷静な声。
お嬢さんは無口なんだろう、となんとなく想像した。それと彼女の冷静な言葉の裏にこもった熱を思うと、相当魔法が好きみたいだ。ますます不思議な人だ。
だんだん顔を合わせて話したい気分になってきた俺はそろそろこれを終わらせることにした。
「そろそろフィニッシュといこうか!見逃すなよ、お嬢さん」
「・・・」
俺は大きく振っていた右手を次第に小さく、速く回し空中の火の玉をどんどん一点に集める。夜空の中で火の玉は互いを吸収しあい、燦然と赤く輝く大玉となっていく。
「『バースト』」
素早く掌を返し、ぐっ、と握るような動作と同時に火の玉が炸裂する。昔、一度だけ勇者の訓練をさぼった時見た花火のように色とりどりの炎の欠片が飛び散る。
後ろでお嬢さんが小さく歓声をあげたのがなんとなく嬉しかった。しかし、その後彼女が放った言葉が俺を固めた。
「凄い・・・間違いなく私が生きていた頃よりずっと上手い」
俺は一瞬、意味が理解できなかった。ただ、何か良くない単語を彼女の言葉から見つけた俺は。反射で身構えながら後ろを振り向いた。
そこには
病的、いや死人のように真っ白で
漆黒のローブを身に纏った
きれいな人が浮いていた・・・
・・・。
「おい、お前空気読めよ!もっとおどろおどろしい何かを想像したじゃないか!」
「ん?じゃあ腐りかけの姿で現れれば良かった?」
「おいおいおいまてまて!なんでそうなる」
「ふふふ、そんなに慌てるなんて可愛い。安心して、冗談だよ」
にいっ、と彼女が口の端をつり上げた。彼女は不気味に笑ったつもりなのだろうが、日常でそんなに感情を表に出さないのだろう。無理に笑おうとしてぴくぴくひきつる口元がまた、なんというか、可愛らしかった―――
―――じゃない。あれは・・・魔物か?
俺は近くに置いておいた剣を鞘から引き抜いた。俺の視線の向く先にいる彼女は明らかに怪しい本を持ち、銀色に輝く十字架を背負っていた。そしてさっきの言動も加えて考えて・・・魔物、だろうな。
「あ、ひどい。あんなに優しく話しかけてくれたのに」
剣を構えると彼女は少し悲しそうな顔をしたが、騙されるな俺。あいつは魔物だ。いくらきれいでもだ。
俺は自分の育った国で聞いた、『魔物は人を巧妙に騙して食う』を頭の中で反芻した。
「ああ、これで魔物でなければドタイプだったのにな」
「・・・そ、それ、プロポーズって受け取っていい?」
「ああもう、調子狂うな。俺は勇者、お嬢さんは魔物。あんたと俺は敵同士、だ!」
問答無用で俺は剣を振り上げ―――止まった。剣を鞘に戻す俺を見て、身構えていた向こうは不思議そうに首を傾げた。
「ん?なんで斬りかからないの?私に惚れた?」
相変わらずゆっくりと静かにローテンションに言う彼女。それなのに臆面もなく『惚れる』とか言う彼女の気が知れない。
「なあ、頼むからそのローブの下に服を着てくれ。見える」
そう、ついさっき気づいたのだ。
こいつ、ローブ以外何も服らしきものを着ていない。今まで雰囲気でなんとなくお嬢さんなんて呼んでいたが痴女、と呼んだ方がいいのでは、と俺は思った。
思い立つやいなや、口からその言葉が出そうになるが、ぐっと押さえた。
と、とりあえず、だ。
そんな姿で戦われるのは本当にごめんだ。今のところ大事なところは本やらローブでぎりぎり隠されているが、激しく動くとアウトだろう。まずい、頭のどこかであいつを魔物というより一人の女性として見ている俺がいる。
・・・その、なんだ、魔物と戦っている気がしなくなってきた。なんて情けない言葉なんて吐く気はないが。すこし、いやかなり心が。折れそう。
「・・・ぷふっ、うぶだね」
できるだけ彼女の顔だけを見ようとする俺を見てあいつはくすっ、と笑った。
俺はつい、うっさい!と叫ぼうとして慌てて口を閉じた。危ない危ない。ここで怒ってしまったら相手のペースに巻き込まれるところだっ・・・あれ?
なんか、もう巻き込まれているような気もする。
「ええい!なんでもいい!とにかく服を着てくれ!」
やけくそになって俺は叫んだ。
ああ、間違いなくいま、俺の顔は赤い。
「・・・わかった」
俺は思ったより素直に彼女がその提案を飲んでくれてほっとする。
すぐさま彼女はどこからともなくスーツケースを取り出し地面に置いた。
「どの服がいい?選んで」
スーツケースを空けながら彼女が言う。スーツケースの中はどうなっているのか彼女は肩まで突っ込んで中をまさぐっている。
「そうだな〜清楚に見え―――っておい!誰が選ぶかっ!適当に着ろ」
俺は呆れながら言った。俺には女の服を選ぶセンスはないからだ。なんで俺に選ばせるのか。
しかし、彼女は不満なようですこしふくれてから言う。
「むぅ・・・着替えるから目、つぶってて」
はあ、と俺は言われるままに目を閉じた。それを見てかくすくす笑う彼女。
「さっきまで剣を向けてた相手の前で目をつむるなんて無防備」
「うっさい」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「もういい」
と彼女が目を開けろと催促する。ずいぶん早いな。まともな服を着たんだろうな、と思いながら俺は目を開けた。そして何かが俺の中で爆裂する音が聞こえた。
俺は首が折れる勢いで彼女から視線を外した。
「ば、ばばばば」
「?」
「ばっっっっかじゃねーの!?おまえちょっ、ばっっっっかじゃねーのぉ!?」
俺の口から思わず何かが飛び出したかのように叫んだ。
なぜなら、なぜなら。
あいつ、
全裸。
「ばっっっっかじゃねーの!?」
俺は必死に顔を背けながら地団駄を踏んだ。本当に俺はうぶなようで疑問もなく裸身をさらす彼女を見つめることは出来なかった。
「だって、あなた、何も、選んで、くれなかったから。」
こういうときに限ってどもる彼女。きっと真っ赤になりなが―――いやいや、俺が選ばなかったからって服を着ない免罪符にはならないから。
「あ、あれって素の君が一番綺麗だってことだよ、ね?」
なんか変な誤解、というか脳内変換をされているもよう。ふざけるな、と言いたいところだが疲れてきてそれどころではない。気を抜くと彼女に違う意味で襲いかかるかもしれない自分を押さえるのはそろそろ限界だ。
「それは化粧してるやつに言う言葉だっ!・・・いいから服を来てくれ、頼むから」
「は、はい」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どう?」
黒魔導師っぽい服にさっきのローブを着たん彼女はくるっと俺の前で回る。
「俺に聞くな、悪くないとだけいっておく」
俺は剣を杖にして寄りかかりながら気だるげに返答をした。
「ねえ、あなた勇者って言ってたけど魔物に問答無用で斬りかからないよね」
「ああ」
「思想教育に失敗した落ちこぼれの勇者?」
「ああん!?」
俺は『落ちこぼれ』 に反応して剣を地面から抜いた。
「落ちこぼれ?そんなこと言ったら人間の前でそいつを食うでもなく初対面にほいほい裸見せるなんておまえも魔物として落ちこぼれなんじゃないか!?」
つい口をついて出たセリフに彼女はぴくりと反応した。
・・・もしかして似た者同士なのか?
「あなたに何が分かるって言うのへたれ勇者!!」
怒っているわりに彼女の声は静かだ。しかし、その言葉はどんなに赤くなった石炭より俺の怒りに火をつけた。
「なんだと!?このネクラマンサー!!」
「ネクっ!?」
・・・空気が変わった。お互いにお互いの地雷を踏み抜いたようだ。
俺は剣を再び構える。
彼女は背中に手を運び十字架を外した。
あれは魔力増幅系の装身具だと思ってたのだが、どうやら違ったようだ。
彼女は十字架をハンマーのように持ち、俺に向かって突進してきた。
ズダン!
俺はかわそうと身構えたが、彼女は俺のかなり手前の地面を叩いた。外したのか?なにをやってんだ、と思ったがどうも狙ってやったようだ。地面が盛り上がってきた。
「ネクロマンサーの、リッチの凄さを見せる。出てこいゾンビ、あいつを襲え!
・・・あ」
ぼごっと割れた地面を除いてリッチと自称した彼女は固まった。
こちらをちらっと見てから何かを呟いて両手を耳に当てた。
本当に何がしたいのやら。と思ったところで耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
頭の中が真っ白になり、俺は何かに飛びかかろうと跳躍する。それを何かに撃ち落とされ俺の意識は暗転した。
「なんか、予定とちがうけど結果オーライ。さて、『開け』」
リッチと自称した彼女は気絶した勇者を掴んでどこかに転移した。
「ちょっ、ちょっと?魔力をこめて叫んだけど誰も来ないよ?ねえ、ねえ!」
しかし、特に珍しい能力が発現するわけでもなく剣技の習得具合もよくなかった俺は勇者としては落ちこぼれ扱い。
本来だったら今、魔界への遠征に参加する予定だったが
『国が誇る勇者が簡単にやられたら我々の威信に関わるのだよ落ちこぼれ君』
と司祭様に言われ許可されなかった。
俺は感情を押し殺し、はいそうですか、なんて言えるたちではない。ついでにその時はたまたま後輩から無能勇者と言われ機嫌が悪かった。だからつい―――
―――殴り飛ばしてしまった。司祭様を。
そんなわけであの町にいればいろんな罪を着せられてしまいそうだったので逃げ出した。特殊な能力があるわけでもないが俺も勇者の端くれ。無駄に高い基礎能力と有り余る体力で追っ手から逃れたのだ。あと、運が良かったのか、俺を無能勇者、と甘く見ていてくれたおかげでこうして五体満足だ。
なぜ、こうして今までを振り返っているか?
ははは、色々とあってさ、今までの行いを悔いているところだ。
その後、追っ手から逃れたはいいものの、ワーウルフの群れに突っ込んでしまう。司祭様や他の勇者から散々落ちこぼれと言われてきた俺だ。まともに戦っても歯が立たない、とまた逃げる。くそう、あれが魔物か、可愛い。司祭様からあいつらが人を食うなんて聞いてなければ幸せだったんだろうな。と思っていると川に落ち、そして今に至る。
日はとっくに沈んだようでくすんだような夜の闇が辺りを包んでいた。
「『ファイア』」
軽い爆発音と共に火が現れる。
俺は寒くて仕方がないのでとりあえず火を起こすことにしたのだ。
「う〜寒いな」
気がついたら河原に打ち上げられていた俺は全身ずぶ濡れでくしゃみが止まらない。
あと寒い理由は濡れているだけでない。
服を乾かすためにそこら辺の木に全部引っかけたため全裸だからだ。
へっくし。
さて、さっき出した火で暖まるか。
炎に近づいて地面に座ろうとしたときにふと気づく。
・・・さすがに見た目、まずいな。
怪力を発揮するわけでもないが無駄に引き締まって筋肉質に見える体を見下ろした。
川が近くにあるため、水浴びをしていた、と言えばごまかせるかもしれないが、俺にも羞恥心はある。
はあ、とため息をついて魔力を集中させる。俺は魔法の霧を纏ってごまかすことにした。
「『ミスト』」
ぶわっと俺を中心にして霧が立ち込める。拡散してしまうとまた魔物に見つかるきっかけになるので自分の体の近くのみに発生するよう制御。そして濃い霧がオレを包み込んだところでもうひとつ。
「『ミラージュ』」
霧が光ったかと思うと俺が服を着ているような幻影を霧に映す。別に『ミラージュ』だけでこういうことはできるが、この方法の方が思ったより低燃費なのである。立体の幻影を映し出すより、霧のスクリーンに平面の幻影を映し出した方が楽、というわけだ。
とりあえず俺はこの嘘服を自分で見て破綻がないか確認する。
それから火の近くに適当な石があったため、その石に腰をおろした。
空には数えきれないほどの星がきらめく。教団領にいたならば早寝早起きを強要されてなかなかゆっくり見ることがなかった星空。
さっきまで気絶していたせいか、全く眠くないので余計鮮明に見える。
もっと早くこうして逃げ出していれば、こう、自由になってもいろいろやることが思いついたのかもな。まったくもってこれからどこに行くか、とかのプランがない。
俺は空を眺めながら思った。少し眉間にしわをよせて考えたところで、ま、今はまだ何も考えないでのんびりするか。と投げ出す。ほんとこんなだから落ちこぼれなんだ、と自分をやる気なくしかりながら、そうだな、服が乾くまでは楽にしてようか。と俺は脱力した。
―――ただ服が乾くのを待つのは暇だ。
さっきからそう時間が経たないうちにどうしても退屈になってきた。
本当に俺は勇者らしくないな、と思いつつ、火に手を近づける。
「それっ」
少し遊ぶか。俺は人差し指を火に向ける。すると、火は少し震えたかと思うと俺の動きに応えるように動き出した。
「回れっ!」
俺が号令を出す。
火が地面から離れると、俺が指で描いた軌跡を空中にトレースする。
単なる円運動から幾何学模様を描かせたり、また規則的な動きに戻したり。
夜空を赤色の軌跡が星たちを押し退けて主役に躍り出た。
町でちょっとした大道芸として披露すれば昼飯分くらいのおひねりが貰えるかもな。
俺は特殊な能力には目覚めなかったが、こういう小手先の作業は得意だった。
・・・火の玉を増やすか。
空に向けて火の玉を指揮している右手をそのままに、空いている左手を前に出した。
「『ファイア』」
魔法を発動させ、掌の上にまた火の玉を発生させた。
「飛べっ!」
さっき産み出した火の玉を右手の指揮の支配下に入れ、より複雑な運動をさせる。
しかし、まだまだ俺は余裕だ。
「『ファイア』『ファイア』『ファイア』」
打ち上げ花火のように火の玉が舞い上がる様子は本当に好きだ。落ちこぼれ、と言われる前はよくこうやって遊んでいた。
右手で火の玉指揮しながら思わず笑ってしまった。そしてどんどんと追加を打ち上げていく。
これだけ派手にすれば魔物に見つかるということもすっかり忘れ、俺はこの遊びに没頭していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「・・・驚いた。こんなに精密な魔法制御ができる人間がいたなんて」
いつの間にか全力で暇潰しに没頭していた俺の背後で感情の薄い声がした。感情が薄いがしっかりとその声には感動、興奮が乗っていた。気づかない間に近くに誰かが来ていたようだ。
「お嬢さんもこういった魔法を使うクチかい?」
火の玉の制御に精一杯になっている俺は後ろを振り向かず、軽く答えた。
俺がお嬢さんと言ったのはかかってきた声が静かで可愛らしかったたからだ。うん可愛らしい声だった。異論は認めん。
しかし、後ろにいるお嬢さんは独り言のつもりだったらしくわたわたしているような感じが背後でする。ああ、いきなり話しかけられても怖いよな。と思ったが、怖がっているような様子は感じられなかった。不思議な人だな、とつい笑いながら返事を待った。
「もちろん使えるとも」
待っていたかいがあったのか、いくばくかの沈黙を突き破ったのはお嬢さんの声だった。自信ありげだが冷静な声。
お嬢さんは無口なんだろう、となんとなく想像した。それと彼女の冷静な言葉の裏にこもった熱を思うと、相当魔法が好きみたいだ。ますます不思議な人だ。
だんだん顔を合わせて話したい気分になってきた俺はそろそろこれを終わらせることにした。
「そろそろフィニッシュといこうか!見逃すなよ、お嬢さん」
「・・・」
俺は大きく振っていた右手を次第に小さく、速く回し空中の火の玉をどんどん一点に集める。夜空の中で火の玉は互いを吸収しあい、燦然と赤く輝く大玉となっていく。
「『バースト』」
素早く掌を返し、ぐっ、と握るような動作と同時に火の玉が炸裂する。昔、一度だけ勇者の訓練をさぼった時見た花火のように色とりどりの炎の欠片が飛び散る。
後ろでお嬢さんが小さく歓声をあげたのがなんとなく嬉しかった。しかし、その後彼女が放った言葉が俺を固めた。
「凄い・・・間違いなく私が生きていた頃よりずっと上手い」
俺は一瞬、意味が理解できなかった。ただ、何か良くない単語を彼女の言葉から見つけた俺は。反射で身構えながら後ろを振り向いた。
そこには
病的、いや死人のように真っ白で
漆黒のローブを身に纏った
きれいな人が浮いていた・・・
・・・。
「おい、お前空気読めよ!もっとおどろおどろしい何かを想像したじゃないか!」
「ん?じゃあ腐りかけの姿で現れれば良かった?」
「おいおいおいまてまて!なんでそうなる」
「ふふふ、そんなに慌てるなんて可愛い。安心して、冗談だよ」
にいっ、と彼女が口の端をつり上げた。彼女は不気味に笑ったつもりなのだろうが、日常でそんなに感情を表に出さないのだろう。無理に笑おうとしてぴくぴくひきつる口元がまた、なんというか、可愛らしかった―――
―――じゃない。あれは・・・魔物か?
俺は近くに置いておいた剣を鞘から引き抜いた。俺の視線の向く先にいる彼女は明らかに怪しい本を持ち、銀色に輝く十字架を背負っていた。そしてさっきの言動も加えて考えて・・・魔物、だろうな。
「あ、ひどい。あんなに優しく話しかけてくれたのに」
剣を構えると彼女は少し悲しそうな顔をしたが、騙されるな俺。あいつは魔物だ。いくらきれいでもだ。
俺は自分の育った国で聞いた、『魔物は人を巧妙に騙して食う』を頭の中で反芻した。
「ああ、これで魔物でなければドタイプだったのにな」
「・・・そ、それ、プロポーズって受け取っていい?」
「ああもう、調子狂うな。俺は勇者、お嬢さんは魔物。あんたと俺は敵同士、だ!」
問答無用で俺は剣を振り上げ―――止まった。剣を鞘に戻す俺を見て、身構えていた向こうは不思議そうに首を傾げた。
「ん?なんで斬りかからないの?私に惚れた?」
相変わらずゆっくりと静かにローテンションに言う彼女。それなのに臆面もなく『惚れる』とか言う彼女の気が知れない。
「なあ、頼むからそのローブの下に服を着てくれ。見える」
そう、ついさっき気づいたのだ。
こいつ、ローブ以外何も服らしきものを着ていない。今まで雰囲気でなんとなくお嬢さんなんて呼んでいたが痴女、と呼んだ方がいいのでは、と俺は思った。
思い立つやいなや、口からその言葉が出そうになるが、ぐっと押さえた。
と、とりあえず、だ。
そんな姿で戦われるのは本当にごめんだ。今のところ大事なところは本やらローブでぎりぎり隠されているが、激しく動くとアウトだろう。まずい、頭のどこかであいつを魔物というより一人の女性として見ている俺がいる。
・・・その、なんだ、魔物と戦っている気がしなくなってきた。なんて情けない言葉なんて吐く気はないが。すこし、いやかなり心が。折れそう。
「・・・ぷふっ、うぶだね」
できるだけ彼女の顔だけを見ようとする俺を見てあいつはくすっ、と笑った。
俺はつい、うっさい!と叫ぼうとして慌てて口を閉じた。危ない危ない。ここで怒ってしまったら相手のペースに巻き込まれるところだっ・・・あれ?
なんか、もう巻き込まれているような気もする。
「ええい!なんでもいい!とにかく服を着てくれ!」
やけくそになって俺は叫んだ。
ああ、間違いなくいま、俺の顔は赤い。
「・・・わかった」
俺は思ったより素直に彼女がその提案を飲んでくれてほっとする。
すぐさま彼女はどこからともなくスーツケースを取り出し地面に置いた。
「どの服がいい?選んで」
スーツケースを空けながら彼女が言う。スーツケースの中はどうなっているのか彼女は肩まで突っ込んで中をまさぐっている。
「そうだな〜清楚に見え―――っておい!誰が選ぶかっ!適当に着ろ」
俺は呆れながら言った。俺には女の服を選ぶセンスはないからだ。なんで俺に選ばせるのか。
しかし、彼女は不満なようですこしふくれてから言う。
「むぅ・・・着替えるから目、つぶってて」
はあ、と俺は言われるままに目を閉じた。それを見てかくすくす笑う彼女。
「さっきまで剣を向けてた相手の前で目をつむるなんて無防備」
「うっさい」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「もういい」
と彼女が目を開けろと催促する。ずいぶん早いな。まともな服を着たんだろうな、と思いながら俺は目を開けた。そして何かが俺の中で爆裂する音が聞こえた。
俺は首が折れる勢いで彼女から視線を外した。
「ば、ばばばば」
「?」
「ばっっっっかじゃねーの!?おまえちょっ、ばっっっっかじゃねーのぉ!?」
俺の口から思わず何かが飛び出したかのように叫んだ。
なぜなら、なぜなら。
あいつ、
全裸。
「ばっっっっかじゃねーの!?」
俺は必死に顔を背けながら地団駄を踏んだ。本当に俺はうぶなようで疑問もなく裸身をさらす彼女を見つめることは出来なかった。
「だって、あなた、何も、選んで、くれなかったから。」
こういうときに限ってどもる彼女。きっと真っ赤になりなが―――いやいや、俺が選ばなかったからって服を着ない免罪符にはならないから。
「あ、あれって素の君が一番綺麗だってことだよ、ね?」
なんか変な誤解、というか脳内変換をされているもよう。ふざけるな、と言いたいところだが疲れてきてそれどころではない。気を抜くと彼女に違う意味で襲いかかるかもしれない自分を押さえるのはそろそろ限界だ。
「それは化粧してるやつに言う言葉だっ!・・・いいから服を来てくれ、頼むから」
「は、はい」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どう?」
黒魔導師っぽい服にさっきのローブを着たん彼女はくるっと俺の前で回る。
「俺に聞くな、悪くないとだけいっておく」
俺は剣を杖にして寄りかかりながら気だるげに返答をした。
「ねえ、あなた勇者って言ってたけど魔物に問答無用で斬りかからないよね」
「ああ」
「思想教育に失敗した落ちこぼれの勇者?」
「ああん!?」
俺は『落ちこぼれ』 に反応して剣を地面から抜いた。
「落ちこぼれ?そんなこと言ったら人間の前でそいつを食うでもなく初対面にほいほい裸見せるなんておまえも魔物として落ちこぼれなんじゃないか!?」
つい口をついて出たセリフに彼女はぴくりと反応した。
・・・もしかして似た者同士なのか?
「あなたに何が分かるって言うのへたれ勇者!!」
怒っているわりに彼女の声は静かだ。しかし、その言葉はどんなに赤くなった石炭より俺の怒りに火をつけた。
「なんだと!?このネクラマンサー!!」
「ネクっ!?」
・・・空気が変わった。お互いにお互いの地雷を踏み抜いたようだ。
俺は剣を再び構える。
彼女は背中に手を運び十字架を外した。
あれは魔力増幅系の装身具だと思ってたのだが、どうやら違ったようだ。
彼女は十字架をハンマーのように持ち、俺に向かって突進してきた。
ズダン!
俺はかわそうと身構えたが、彼女は俺のかなり手前の地面を叩いた。外したのか?なにをやってんだ、と思ったがどうも狙ってやったようだ。地面が盛り上がってきた。
「ネクロマンサーの、リッチの凄さを見せる。出てこいゾンビ、あいつを襲え!
・・・あ」
ぼごっと割れた地面を除いてリッチと自称した彼女は固まった。
こちらをちらっと見てから何かを呟いて両手を耳に当てた。
本当に何がしたいのやら。と思ったところで耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
頭の中が真っ白になり、俺は何かに飛びかかろうと跳躍する。それを何かに撃ち落とされ俺の意識は暗転した。
「なんか、予定とちがうけど結果オーライ。さて、『開け』」
リッチと自称した彼女は気絶した勇者を掴んでどこかに転移した。
「ちょっ、ちょっと?魔力をこめて叫んだけど誰も来ないよ?ねえ、ねえ!」
13/07/07 23:24更新 / 夜想剣
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