連載小説
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俺は探すわけで、彼女の姿を探すわけで(中篇)
魔法科の建物目掛けて走っている俺だが、無駄に息が切れる。今日は何故か調子が悪い。
空気が熱く感じられた。肺が苦しく、呼吸の度にぴりぴりと変な感じがする。
普段より数倍動悸が激しい。心臓が焼き切れそうだ。それもこれもアルティがいないからか?……分からない。

ほんの数キロが、無限に思えて、諦めたくなる。ヴィルトゥノーラという人に探すのを任せたくなる。神様にでもなんにでもすがって惨めに願いたくなる。会わせてくれ、と。

……。

馬鹿か、俺は。

俺がアルティに会いたいんだ。俺が、だ。
だから、他人に任せられるか。
俺は自分に発破をかけて道を駆ける。
ゆったりと赤レンガの道を歩く人が多い中、俺の時間だけが忙しなく過ぎて行く。そんな気がして少し複雑な気分になった。嫉妬というかなんというか、何事もなく過ごせる人たちがひどく羨ましく感じる。

あまりうじうじ考えても不毛か。
そう判断した俺は一旦思考を止めた。

そうこうするうちに街の中央部近く、領主館より少し離れた魔法科の建物がとうとう間近に迫った。
入ったらどう行動しよう、またはどうすべきか。
ついまた優柔不断な物が溢れ出てくる。
……そんなことをしているといい加減日が暮れてしまう。
だから俺は、あれこれ考えるのを止める事にした。

そして、俺は後先を考えず魔法課の入り口に突っ込んだ。
ロビーにいた人や魔物は怪訝な顔をして俺を見る。だが俺は変なモノを見る目で見られるのには慣れている。
まあ、それに悪意が無い分、教団領にいたときよりマシだ。
というか、俺が半ば待っている人たちを蹴散らすような形で突っ込んだのが原因だろうから何も言えない。

「アルティ、アルティが、アルティはどこにいるか分かりますか」

ぜいぜいと息を切らしながら俺は旧世代のゾンビのような挙動で受付の人に迫った。
カウンターの向こうで魔女が若干引きながらはいはいと返事を返してくる。そしてこの建物の中のデータを見ているのか水晶を覗き始めた。

違う、そうじゃない。待っていられないんだ。探してみている、いないじゃなく、今すぐ分かる、分からないで答えて欲しい。
そう思ったが無策に探すのでは時間がいくらあっても足りないので待つしかない。
じわじわと体が痺れていくような嫌な感覚が身体中でする。頭では分かっているがこの焼け切れそうな焦れったさは辛い。
そう思いながら、俺はとりあえず息を整える。

「アルティツィオーネさんでしたら研究室にいますよ」

瞬間息が詰まった。一瞬、心臓が握りしめられたかのように感じる。折角息を整えたが、ものの数秒で台無しになった。
目を見開いているだろう俺を尻目に丁寧に地図を魔法で投影する魔女。
しかし、その映像は俺の目に入るはずもなく―――

「ありがとうございました!」

つまり、とっくに俺は駆け出していた。
後ろから呆れたような事情がうまく飲み込めないようなそんな間の抜けた声がしたが、気にしている暇はない。

外見の暖かな赤レンガの色と打って変わって無機質な白い内装の廊下を走る。


「確かっ、個人の研究室はっ、どこだっ!」

すぐに他人の好意を蔑ろにしたツケが回ってくる。魔法科に入ってあまり経っていないのだ。
完全にここの構造を把握しているわけがない。
……おとなしくさっきの魔女に道を教えてもらえばよかった。
せっかちな自分に嫌気がさす。
まさに後悔先に立たず。



……ただ、何かしらのフラグは立っていたらしい。



「あ〜リヴェル君だ〜」

突然がしり、と肩を掴まれる。
振り向いて確認すると、俺を掴んでいたのは綿の塊のようなものを頭に乗せたモスマンだった。見た目からは想像もつかない強烈な腕力で俺は強制的に止まらされる。
ああ、トゥーモか。
物凄くふわふわしたガウンを身に纏ったモスマンは間違いなく顔見知りだった。
以前魔法科結界系の仕事で会ってから何かと出会う機会が多い気がする。

「リヴェル君がここにいるということは―――

―――アルティを探しに来た、で合ってる?」

にへらと笑っていたかと思うと唐突にぎらりと彼女の瞳が光った。
ああ見えてトゥーモは時折鋭い。
そして、一瞬で重くなった空気に合わせてトゥーモの頭の上の塊から顔が出る。

「あはー図星〜梅干し〜天日干し〜」

「烏帽子〜煮干し〜空の星〜」

突然能天気な語調ではやしたてる二人を呆然と見つめて数秒。
無言になったトゥーモと極めてにこやかなケサランパサランのコットンと目が合う。

「あはは、ごめんついやりたくなっちゃってさ」

「ごめ〜んなんとなくそれに乗っちゃった」

同じタイミング同じ動作で頭をかく二人。
姉妹らしいと聞いていたが、確かにそれっぽい。
そう思った俺だったが、勢いよく顔を振る。そういうことをしてる場合ではない、と。

「悪い、その通りアルティを探してるからまた後で」

俺はトゥーモの手を振り払って駆け出し―――

「『グラビティ』」

―――容赦ない攻撃魔法を食らった。
とてつもない力が上から襲いかかり、俺は地面に倒れる。

「ちょっとしっかり話を聞いていってよ」

コットンが笑いながら俺に言った。
目が笑ってはいないが笑っている。

「うーん、この話、した方がいいよね」

トゥーモが頭上のコットンにそう言った。
何か向こうでこの姉妹にしか分からないであろう目線のやり取りをしている。
この数秒の間に探しに―――
と思ったが、残念ながらコットンの重力魔法の間合いから逃げられそうにない。

「もちろん、しないと」

そうこう考えている間にコットンとトゥーモが何かについての答えを出す。

「じゃあ―――

―――こほっこほっ」

そして、トゥーモが深呼吸をし、頭上の姉の胞子を吸って盛大にむせた。

「あ…あははは―じゃあ私が言うよ〜」

未だに咳き込む妹に苦笑いしながらコットンが言う。ケサランパサランに特有なふわふわした感じは消え、真剣な顔がそこにあった。

「以前もアルティが研究室に籠った事があるの。
『研究の骨組みは頭の中で仕上がった』って言ってたらしくてさ。何年後に出てきたと思う?」

「そりゃあ、骨組みが出来上がっているなら数ヶ月―――」

「50年」

「は?」

「正確には私が研究室の使用記録を確認した限りでは52年と3ヶ月、加えて15日と3分29秒だよ」

咳き込むんでいたトゥーモが回復し、そう言った。

50年。

途端に心臓が早鐘を打つ。
そうと決まったわけではないのに喪失感と虚脱感が混ざった何かが込み上げてくる。

「こら、リヴェル君」

トゥーモがぐいっと俯く俺の顔を上げた。

「思考停止するにはまだ早いよ」

トゥーモがにいっと無邪気に見える笑みを浮かべ俺の手を引く。
確かにそうだ。今はまだ無駄に陰気になる必要はない。

「さて」

「いこ〜」

陽気な2人に手を引かれ、すっと壁を抜けた先は『禁書の海』。
広い空間と無造作に無尽蔵に乱立する書架の森、知識の海だった。
俺は無闇に走り回った結果、ここの前に着いていたようだ。
俺は研究室!と大きく書かれた扉がどこかにあるかと思っていたので、なるほどこれでは見つからないはずだ。

「アルティの研究室だけでなく、大抵の人の研究室は『禁書の海』の奥にあるから覚えといて。………う〜ん、あれをある、と言っていいのかどうかは分からないけど」

モコモコした姉妹はそう言いながら俺を先導した。
何かの祭壇の如く並んだ本の山と本棚。
行けども行けども同じような景色。

急ぎの用事があるのか慌てて辺りを行き交う魔女を筆頭とする魔法科に所属するメンバー。

「おい、大丈夫なのか?着くのか?」

俺は不安になり、ふわもこな姉妹に聞いた。

「大丈夫大丈夫〜」

予想通りふわふわした返事が帰ってくる。
振り返りもせず彼女はそう答えたが、俺はそれでは納得出来ない。
なにより、軽く『大丈夫』なんて言われるから全くアルティの安否を気にしていないようで腹がたった。

「大丈夫なんだな!?」

それで思わず語気を荒げて聞くが特に返事は返ってこない。
代わりに、少しトゥーモたちが早足になる。少し2人の顔が見えた。いつもの笑みは消えていないが、その目からはいつにない真剣さが感じられた。
俺はそこでふと気付く。
彼女たちは俺よりもアルティと一緒にいたんだ。心配する気持ちが無いわけではないだろう。
むしろ、お節介な魔物のことだ、心配しないはずがない。

「……悪い、つい感情的になってた」

「あはは、別に〜?大丈夫だよ」

コットンがふわりと飛んで俺の頭の上に着地した。
大丈夫、もしくは落ち着け、と言わんばかりに俺の額をペチペチと叩く。
普段ならば鬱陶しく感じるのかもしれないが、今は特に気にはならなかった。

しばらく歩き、少し開けたところに出たところでトゥーモは止まる。
開けた、と言うより雰囲気が図書館の貸し出し口に近い場所と言った方が正しい。申し訳程度にできたスペースがあり、その中心に円形のカウンターがある。その内側に一際幅の広い本棚があり、それには扉が付いていた。
そして、見覚えのある魔物がその横で本を読んでいた。
ついでに、まじまじと見ていたらそいつと目が合う。

「すみません、な、何か用でしょうか?
――ぁ。はい、分かりました。研究室の方に行きたいのですね。今、今開けま、す」

内気な少女は俺を見て即座に何かを察したのかカウンターの一部を開けた。

「ありがとローチェ!」

コットンがそう声をかけると彼女は顔を赤らめて俯く。
それからデビルバグらしくないデビルバグは手に持つ本を一旦置いた。

「うん。で、では、いってらっしゃい」

彼女は空中に魔法陣を描き、それを本棚の扉に飛ばす。
すると、いかにもといった音と共に扉が開いた。
さっきのローチェの言葉からこの先がアルティのいる研究室なのだろう。冷や汗が止まらない。
緊張しすぎだろうか。
そう思いながら俺はトゥーモたちに連れられていく。

研究室への道は分かりやすく下り階段だった。魔力にてつくランプ、いわば魔力灯による明かりはある。しかし、完全にこの場を照らしているわけではなく、所々に陰りができていた。加えて先程と違う少しひんやりした空気が体を包む。それはさっきまてでかいた汗が蒸発しているからか、張り詰めた緊張がそう感じさせるのか。

全く分からない。少し怖くもある。

だが、退くという選択肢は存在しない。

アルティ……!

◆◇◆◇◆◇

こぉん。

俺の足が今までと違う感触の床を踏んだ。
材質が違うのか、全然違う音がした。まるで、空井戸の底に向けて石を投げ、帰ってきた音のような、音響の良い音楽ホールで何か硬いものを叩いたような。そんな不思議な音が辺りに広がる。
まるで1歩ごとに深みに落ちて行くような、そんな感じがした。
踏まれ、重さが加わった部分が淡く光り、まるで水面を叩いたように波紋が広がる。
辺りは一面真っ黒だった。暗いわけではない。ただ、黒い。
行ったことはないが、深海のようだとふと俺は思った。
透明な黒、クリアーな闇。
漆黒の空間に時折光の粒や帯が辺りに散らばり、幻想的な風景を作り上げていた。
まるで、何もない空間、海の底、または夜空にそのまま立っているような錯覚をしてしまう。

「『禁書の海』最深部、研究施設『禁智の淵』
なかなか綺麗なとこでしょ」

ゆっくりとトゥーモが言った。確かに綺麗だ。おどろおどろしい名前と裏腹にどこか厳かで神聖な雰囲気すら感じる。

「確かに。だが、アルティはどこにいるんだ?ここには何もないし誰もいないように見えるぞ」

俺は率直に意見を言った。その言葉の通り、ここには何もないように見える。果ての無い空間が広がっているだけだ。

「ちょっと待って〜」

コットンは俺の頭上から離れてペンのような物を取り出した。

「ええっと、『入室』と」

そう彼女が呟き、1単語分程度の何かと自分の名前を空中に書き込んだ瞬間、辺りが変わった。
木製、鉄製、様々な見た目の無数の扉が出現したのだ。

「な!?」

「『アルティツィオーネ、研究室』と」

続けてコットンはさらさらと空中に文字と不可解な数式と記号を連ねる。
彼女が式の最後の一画が書き終わると同時にほとんどの扉が消えた。

ただ1つ、重々しい古びた鉄の扉を残して。

「おお、驚いてる驚いてる」

俺は分かりやすく驚いてたのか、トゥーモに笑いながらつつかれた。

「ここは魔力が濃い空間でさ、この中に限りだけど大抵の器具とかが作れるんだよね。うーん、ニュートラルな空間?……な〜んか違うなぁ。ううん、ユウ君はデバッグルームみたいだとか言っていたけれど。

デバッグルームって何?」

そう言いながらじゃらりと工具を手品のように出すトゥーモ。

「まあ、とにかくほら、こんな感じで想像したら簡単に出るんだよ」

なるほど、ここでは物質の実体化が容易になるのか―――と言われてもだ。
初歩的な魔術知識しかない俺にそんな事を言われても困る。

「あ〜〜そんなわけで部屋を作るのも自由自在なわけで、それでここに大抵の魔法科の研究室があるの」

まあ、一部例外はあるけど。そう笑いながら彼女は言った。ここまで聞いてようやく俺は現状を把握した。
一瞬、心臓が跳ね上がった気がする。

「と言うとあの扉の先がアルティの研究室か」

「ま、そうだね」

コットンが答えた。

……そうと分かれば入る他はないだろう。
俺は扉に手を伸ばし、2人に止められた。
ばたばたと足音が空虚な空間に響く。

「離せ。俺は行くんだ!」

「や〜ちょっと待った」

まるで崖から飛び降りんとする血迷った人間を止めるかのように慌てた様子の2人が俺を扉から引き離す。

「もう、待ってってば、えいっ!」

必死になって拘束から抜け出して扉に向かおうとする俺にコットンは指を振った。
彼女の十八番の重力魔法が俺の行動を縛った。
その間にトゥーモは服からメモ紙のようなものを1枚取り出し、くしゃりと丸め扉に投げた。

真っ白な紙玉は弧を描いて飛んでいき、扉に当たると同時に燃えて消えた。

「ほら〜こうなるんだよ」

「何がほらだよ!説明してくれ」

俺はわけが解らずトゥーモに怒鳴った。
それにトゥーモは頭を掻く。言葉を慎重に選んでいるようで、唸りながら彼女は言った。

「う〜ん。アルティは今、全力でひきこもってるの」

トゥーモはそう言うと光の玉を扉にぶつけた。
ばちぃん、と何かが爆ぜたような音と共に扉に荊のように絡み付く術式が可視化する。
赤、黄色、青、緑。四元素を思わせる色の文字や記号や線がそれぞれ複雑に組合わさっていた。
そして、それをさらに真っ白な術式が全体的に補強して、より幾何学的で複雑で堅牢なものになっているのが魔法の術式理論に疎い俺でも分かる。

「今の時代、旧い時代のものを混ぜたような強力な術式でロックされててね、開けるのが難しいんだ」

いつものごとく、にへらと彼女は笑ったがいつになく目が真剣だった。

「私もアルティが心配なんだよ〜いつも何研究してるか教えてくれないし。というわけで、開けるの手伝ってくれる?」

珍しく真剣そうな彼女たちからは、俺にとってはイエスとしか返せない提案が飛んできた。
14/07/10 21:32更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
1体のドラゴンが紫色の服を着こなした人物の前に舞い降りた。

「アウシェ様!」

「ん、な〜に?
……様付けはやめてって何回も言ったはずだよ」

「癖がついていますので」

「そう。じゃあ私が旧い世代、貴方にしたことを―――」

「忘れてません。そんなことより、大変なことが分かりました」

「ああ、今この街に教団の工作員が結構まぎれていることについてだね」

「そうです、彼らの目的が分かりました」

「なるほど、リヴェル君かな」

「流石、お見通しですか」

「そうでもないよ〜私もついさっき聞きだしたところ
だからそっちの持ってる情報も欲しんだけれど、いい?」

「では、
とある教団の国がそう遠くないうちにここを攻めてくるようで、その騒乱で居場所がうやむやになる前に彼、リヴェル・フィルドをさらう、だそうです。
彼にはご存知のとおり旧い時代の教団の失われた魔術刻印の再現途中のものが実験的に施されています。そのため『生きているのであれば』失いたくないのだと思われます」

「ん、了解。だいたいこっちが仕入れたのと同じだね
ところで今、リヴェル君がどこにいるか分かる?」

「すみません、あちこちを高速で移動していたようで現在どこにいるか
というか人をストーカーみたいに言わないでください
で、彼の保護はどうしますか?」

「あははははははは。ごめんごめん。そんなに膨れないで





さて、私が行こう。連中の好きにはさせない。『面白く』ないからね
あ、ついでにノーラさんが来てるそうだから挨拶しておいて」




「あの、え?
……行ってしまわれた。ぬぬぬぬ、あの、私はヴィルトゥノーラ様とお話しするのは苦手なのですが―――

はぁ。仕方ありません」





◆◇◆◇◆◇


ええと、おはようございます、夜想剣です
書きかけのデータが2回くらい飛んでいったので非常に短かったのですがこれで上げさせていただきました。

丁度、狙ったようにきりも良かったですしね

そして、次回!私がこの作中で2番目くらいに書きたかったシーンですの!
というべきか、次回に出るのシーンともう1つのシーンをを思い浮かべてこれを連載し始めたんですよね!

では、ここまで見ていただき、ありがとうございました!

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