俺は探すわけで、彼女の姿を探すわけで(前編)
『おい、落ちこぼれ。俺はとうとう『ナイフ』から『ブレイド』に上がったぜ』
『……』
『お前は相変わらず、って訳だな。ははっ』
『……』
『おい、聞いているのか?
……馬鹿にされてるんだぞ』
『ああ、殴りかかったところで『ナイフ』のどん底が勝てるはずがないしな。リュファス』
『……。
おい、
ふざけるんじゃねぇっ!!』
『待て、何でお前がキレるんだ?』
『勇者の肩書きはお飾りか!?金持ちのボンボンで偶然勇者になれたような奴に置いてかれてるんだぜ。親が三流騎士なら子供も三流勇者か。はっ、お似合いだな』
◆◇◆◇◆◇
『勇者リヴェル・フィルド、勇者リュファス・ティネール・カツァロキーナ。私闘をしたそうだな』
『すみません』
『申し訳ありません』
『お主たちの敵は魔物と分かりきっておるのだ。無駄な行動は慎むように。勇者同士争うなどとは不毛だとは思わんか?』
『『承知しました』』
『後、勇者リヴェル。少し残りなさい。ミィソス、旧い時代の身体改造法を再現したそうだな。丁度良い。これに刻印の準備を』
◆◇◆◇◆◇
『――以上が『砂漏陣』の効果だ。危機が訪れたらそれを使えばよい。なに、デメリットはないぞ、心配はいらん。遠慮なく使え。お前に才能がこれっぽっちもなくとも、だ。しっかり使えるように感情が極限まで高ぶっても発動するようにもしてある。
そうだな、例えるならばいざというときに辺りを発破できる爆弾が手に入ったようなものだ、喜べ』
『……はい』
◆◇◆◇◆◇
『父さん』
『何だ?』
『左手に―――
なんでもない』
『……そうか、では、まず姿勢が悪い。歩き方も立ち方もなっていない。そこに立て。矯正してやる』
『……』
『どうせ勇者教育の連中はお前をまともに見ないのだろう?丁度良い。次は剣を持て。誰よりも辛辣に酷評してやろう』
◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆
◆◇
◇
◆
◇
目が覚めた。
非常に懐かしい夢を見た気がする。
……。
俺はベッドから出て着替える。
オリキュレールは寒冷な気候だが、部屋には魔力で動く空調装置があるためさほど不便は感じない。
最近アウシェの余計なお節介があり、やっと衣服が手に入った。
が、どれもこれも必然的に暗めの紺や紫系のコーディネートになる。
くれるのはいいが色が彼女の趣味丸出しだ。俺はやれやれと首を振りながらタンスから中身を出す。
まあ、毒々しい色でない分感謝すべきか。
いや、そう上から言える立場にないな、俺。
色々と振り回されているが、結局は助けられている。
特に『落ちこぼれ勇者』としてでなく一人の『人間』や『隣人』として見てくれる。これが一番救われた。
俺は最後に濃紫のコートに袖を通した。
タンスから出したばかりの衣服たちはひんやりとしていて目が冴える。
本当に肌触りがいいせいか何割か増しで冷たい。
俺はその後すぐに洗面所に行って顔を洗い歯を磨く。
朝食は――今日はいい。
食欲がない。それに今食べたら戻しそうだ。
からん、と歯ブラシをガラスのコップの中に戻す。
そしてそのまま俺はベッドに戻り、腰かけた。
一人の朝は教団領にいた時から変わらないいつも通りの朝のはずだ。
だが、何かが足りない。
何故だ?
俺は窓の外を眺めながらその足りない何かを探す。
が、このパズルの残り数ピースが足りないような感覚は埋まらない。
何か――いや、誰か?
俺は毛布を軽く叩いた。
―――そうか。
アルティ、か。
俺はため息を吐いた。
アルティ、魔物であり、上位アンデッドのリッチ。俺がこの街に住むことになった原因の一つ。
そいつは毎朝気がついたら俺の近くにいたのだが、今日はいない。
金縛りの霊の如く俺の上に座っていたり、俺の真横で無防備に寝ていたり。
今まで面倒だ、としか思っていなかったが、いなかったらいなかったで何か物足りない気がした。
一体何なんだ。
低血圧気味で回らない頭をかきむしる。
答えは出ない。何も、言葉にできそうな物は見つからない。
……。
一人でいると気が滅入りそうになってきた俺は外の空気を吸おうと玄関に向かった。
瞬間、ドアがノックされる。
玄関に向かっていただけあり、俺の反応は早かった。
飛ぶようにドアに駆け寄り、開く。
どうしてそんなに慌てたのか、自分でもよく分からない。ただ、アルティかと思って開けた、のかも知れない。
だとすれば、俺は失念していた。
今俺が寝床として使わせて貰っているのは魔法科の建物の一室。
つまり魔法科に所属する者のための寮のような物だ。
よってアルティ以外も俺の部屋を訪れうる。
というか、アルティは俺の住み処に上がるのにノックなんてしない。
そんなわけで俺はドアを開いて固まっていた。
「あ、あのぅ」
「あ、え?すまん」
声をかけられて我に帰る。
目の前にいたのは、
「この前は酷いこと言ってすみません」
以前、酔っ払いリリムの襲撃以来しばらく姿をくらましていたらしいローチェだった。
前と同様に魔術師然とした格好でフードをこれでもか、と深く被っている。
そしていきなり謝罪と共に思いっきり頭を下げた。
風で舞い上がりかけたフードを忙しなく押さえてまた頭を下げる。
酷いことって―――
ああ、あれか。酔いどれ襲来の時のあれだな。
「いや、気にしてないぞ。誰にも触れてほしくないものってあるしな」
何故か落胆している自分を無理に動かして返事をした。
その言葉にローチェは顔を上げてすぐにまたフードで隠す。
「あ、はは。そう、そうでしたね。そういえばあの時そう言ってましたね。
それで、あ、あの、すみません。用件は別にあるんです。つい最近気付いた事なんですけれど。
この街を守る結界、内側から出ることは可能で外側からは何でも弾き返す構造になってますが。大きな欠点があってですね。
技量のある魔術師が少し術式に干渉すれば内側から脱出不可能、しかし外側からの攻撃は通過なんて地獄絵図になりうるんですよ。
……以上です。
あのメンバーにも他の結界に関わるメンバーにもアウシェさんにも一応伝えに回っているので貴方にも、と思って来ました。今から私は直しに行くので問題ないと思いますけれど……。で、では、また今度」
最後にそう早口に言って彼女は去っていった。俺は苦笑いをしながら手を振って見送る。
こんなことを言われるなんてのは、信用されているからだろうか。
俺みたいなどこから来たのか分からないようなぽっと出が結界なんて街の安全に関わる物を扱うなんてのもだ。
この寛容さは一体なんなんだろうな。
そこまで思考を巡らせると俺の脳裏にここの領主、アウシェの顔が浮かんだ。
どことなくさっきまで湿っぽかった自分が馬鹿らしくなってくる。
「はぁ、アルティがいないなら探すか。自分がどう思ってるかは、会ってみたら分かるかもしれないしな」
俺は鍵を取りに部屋に戻った。
◇◆◇◆◇◆
街に出るとすぐに件のドラゴンと出くわす。
いつも通り紫に統一された服装。今日は濃い紫のスーツを着崩していた。あのスーツが例えフォーマルな物だったとしても、その着方のせいで嫌でもカジュアルな感じになっている。
彼女は人化していたが服装が凄く目立つ。そのためつい見ていると目が合った。
アウシェは俺を確認するとにこりと笑いながら近づいて来る。
「おーリヴェル君やほー!」
あの竜は近くに寄るなり俺の肩をポンと押した。やはり、ドラゴンのイメージを覆す立ち振る舞い。いつか他のドラゴンたちに怒られるのではと思ってしまう。
無駄に明るく、気楽な感じなのは先天的にだろうか、後天的なのだろうか。
「あ、ああ。おはよう。で、なんだそれ?」
挨拶を返しながらアウシェの引きずっているモノを見て聞いた。
俺は朝っぱらから冷や汗をかく。
「あ、これ?ちょっと街中でテロいコトしようとしてた人いたから没収って感じ」
からからと笑いながら俺の目の前に重量感のある袋を突き出した。やはり、と俺は額を押さえた。
中身は、魔力の感じでわかるが、火属性の付いた何かの塊だろうか。
「これは聖性込み、火属性の金属塊。ついでに、魔術的に不安定な状態で魔力爆発しやすい危険物〜。なんと、巻き込まれればアンデッドも死んじゃう高威力!爆発すれば大体視認できる範囲まで爆風が及ぶ物で、聖性を含んだ金属粉末が飛散するためしばらく魔物が住めなくなるオマケ付き。中々聖気が強いから多分高位の聖職者が数年かけて祝福したんだろうな〜。年代物の葡萄酒みたくさ」
危機感の無い口調で滅茶苦茶危険な物質の紹介をする紫のドラゴン。
俺は慌ててもっと丁重に扱え、と言うが紫竜は朗らかに笑うばかり。
「いや〜この程度大丈夫大丈夫」
「いや、危ないだろ!」
「『フリーズ』
……これで問題ないだろう。平和ボケがひどいぞアウシェ、いくら腕に自信があるからと言って住民の不安を煽るようなことは良くないだろう」
俺が慌てたところでふと通りすがったシェウィルさんが袋に凍結魔法をかけた。
「お前には爆発を止めるだけの力があるのだから早めに止めるに越したことはないだろう、アウシェ。こら、あからさまに残念そうな顔をするな」
そう言うと淡々とそう語ってガチガチに凍った爆発物入りの袋をアウシェからぶん取る。
なおも笑い続けるドラゴンとむすっとしたグラキエス。
喧嘩になるかと思いきや、案外そうでもない。
タッチ交代、と言わんばかりに手を合わせて視線を合わせただけでシェウィルさんはそのまま立ち去ろうとする。
前々から思っていたが、何気にこの二人は仲が良い。
何でだろう、とシェウィルさんの後ろ姿を見ていると振り向かれた。
目が合う。
気まずい。
普段通り不機嫌そうな顔のまま、くるりと踵を返してこちらに向かってくる。
文句でも言われるのだろうか、と身構えていると彼女が口を開いた。
「リヴェル、以前から気になっていたのだが―――
―――なぜ私と夫のアウレーグだけはさん付けなのだっ!
これからは私とアウレーグも敬称を除いて呼ぶように」
は?
「ぷふっ」
「笑うなアウシェ!」
腹と口を押さえていかにも笑いを我慢していますなアウシェと頭から湯気が出そうなシェウィル。
捨て台詞のようなものを言いながら今度こそ去っていくシェウィルを見ながら俺は呆然としていた。
シェウィルさん、今まで、恐ろしい人とばかり思ってましたよ。
人って先入観で判断してはいけませんね。けれど、すみません、シェウィルさんはやっぱりシェウィル『さん』だと思ってしまうのですぐには無理だと思います。あと、アウレーグさんも同上。
お二方、なんか『雰囲気が恐ろしい』ので。
なんて思考が読めているのか、俺を見た瞬間アウシェは爆笑した。
「あっはははは、ひっさしぶりにあんなシェウィル見たっ!さん付けが嫌でも今まであまり指摘してなかったのに!」
「はぁ」
対して俺はため息しか出なかったが。
「良かったじゃんリヴェル、中々歓迎されてるようで。そろそろここに来てから一ヶ月?よく溶け込めてるよ感心感心!」
アウシェはバシバシと俺の背中を叩く。
手加減しているようで痛みは少ないが、それでも強烈だ。
「ところでなんでアウシェは人化してるんだ?ここは親魔領だろ」
俺は視界がチカチカする程の打撃を止めるために適当に質問をする。運が良かったのか、質問が良かったのか、すぐに手は止まった。
「あはは……あーそれはドラゴンって格好してるとバレるからかな」
「何に?」
返された言葉がつい気になって質問を重ねる。すると愚痴を聞いてと言わんばかりにアウシェが喋った。
「私の眷属にだね。やれ他の国から要人が来たりするから会え〜だとかさ。やれ魔王サマの使者が来たから会え〜だとかさ。うるさいんだよ〜も〜」
勉強しろと言われる子どもの愚痴のような軽いノリで言うアウシェ。しかし、眷属ってそんなのがいるのか?ヴァンパイアでもあるまいし。っていうか会えよ、あんた領主だろ。
と思っていればひゅごっと黒い影。
隕石でも降ってきたかと思えばそれはドラゴンだった。
真っ青な鱗を持つそのドラゴンは彼女を見つけるときりっとした目で睨む。
「アウシェ様、見つけましたよ。さあ、屋敷に戻って下さい!今日は過激――じゃなくて急進派の方々からの使者が来ているんですからでももだっても言わないで下さいよ」
「え〜だってあの人たち毎回同じ事しか言わないしさ〜
無理無理。この街には平和なままでいて欲しいし。参戦なんかしたくな〜いの。
後、あの子たちさ、悪魔に相応な対価無しにモノを頼むってありえないでしょ。
私がこの地域から出れば下手すりゃ魔王軍とドンパチなんだからさぁ、それなりなモノが無きゃ、ね?」
「あーー。それでもこの街のトップは貴方なんですから会談にはいてもらわないと困ります!毎度の事ですが魔王様から言われている事を伝えて下さい」
不貞腐れた態度のアウシェをあの手この手で引っ張って行こうとするドラゴン。
アウシェの眷属とはあれか。
人化していると分かっているとはいえ、普通の人間に見えるものをドラゴンが顔を真っ赤にして引っ張る構図は中々にシュールだった。
「はっはっは、誰にも私は止められないのだぁっ!クロネにでも外交を頼んでおけばいいんだよっ、せぇい!」
手を引くドラゴンを軽く空中に放り投げ、アウシェは凄まじい速さで人混みに紛れる。
黒いドラゴンは強烈な風魔法を使う事により空中で受け身を取り上空から追いかける。
俺はぽかんとしながらその一瞬の出来事を眺めていた。
朝から元気な人たちだ、と俺は呆れる。
そして、関わらない方が楽だな、と判断するとその場を離れた。
俺はアルティを探しながら当てもなく彷徨う。オリキュレールの街並みは綺麗だ。
そのままぶらぶらと街を歩いていると、詰所に着く。特に何も考えてはいなかったが実際着いてしまうと何か運命じみた物を感じた。
俺は着いた時と同じく特に考えず扉を開ける。
「おっ。リュオ。くくっ、アルティはどうしたんだい?フられたの―――あははっ!そんな怖い顔すんなって」
俺を出迎えたのはサンダーバードのカラドフォレア。ぎらぎらと稲妻の如き眼光を放つ目をこちらに向けながら彼女はにやりと笑った。
そんな彼女は普段通り人化させた左腕に包帯を巻き、机に腰掛け、足をぶらつかせながらギターを弄っている。
「俺そんな怖い顔したか?」
「ああ、したした。デスメタルのボーカル並みにシャウトしそうな顔だった」
きひひ、と悪戯っぽくフォレアが笑う。
ならば冗談だな。俺はそう判断した。
「冗談はやめてくれ、で、アルティを見たか?」
「見てない。ここに来てもないし。
おっと、さっさと出て行こうとすんなよ〜ツ・マ・ラ・ナ・イじゃないか」
俺はフォレアが非常に苦手なのでいないと分かると詰所を出ようとしたが、ミントの香りのする手に掴まれた。
「アンタちょいと今、焦り過ぎに見えるぜ。いくら破天荒な曲でも丁度良いテンポを超えると不様になるみたいにさ。焦り過ぎると良くない良くない。ちっとは冷静に考えてから行動しないか?」
これからも特に考え無くアルティを探すつもりだったのを見透かされた。
今まで彼女はただ、ふざけて俺をからかっているだけと思っていたがどうやら違うようだ。だが、
「別に焦っているわけじゃないぞ」
俺は正直に答えた。
別に今のところ草の根を分けてでも見つけたいわけではないのだし。
それに、俺がここから離脱したいと思う原因は貴女が苦手だからです、はい。
「どうだかね。アンタからどうも同じニオイをかんじるからさ。こんな姿になる前のアタシと。
ま、しっかり考えなよ」
俺に興味を無くしたのか逃がしてくれたのか、フォレアはまた机に乗ってギターを弄る。ちっ、セイレーンになりたかったのを思い出しちまった、とかぶつくさと呟きながら。
俺はというと、その辺のソファーに適当に座った。
折角忠告を受けたんだしな、有り難〜く受け取るとしよう。
当て付けがましくそう思いながら背もたれに背中を沈めた。
探すならアルティが行きそうな所、か。
オリキュレールは国と言っても差し支えないほど広い。
無策に探そうとしても無謀なだけだ。
あいつが現れそうな所と言えば、魔法科の建物といつも特製パフェを食べる喫茶店だな。何でこう簡単な事に気づかなかったのか。
この街に来て出会って数週間、基本的にあいつはほぼ同じ所にしか顔を出さない。
……決まりか、なら、まず喫茶店からだな。近いし。
「お、その感じだと考え纏まったみたいじゃん」
フォレアはギターとにらめっこをしながら笑った。今日はこれ以上俺には構わないと決めたようだ。
彼女はびょーん、びょーんと一本ずつ弦を弾いては上の方にあるネジみたいな物を捻ってまた弾く。
「今度こそ出るぞ、止めんなよ」
俺は念を入れて言ったが、鼻で笑われた。
「止めたのはアンタが忙しなかったからさ。しっかり策を練ったなら邪魔しないよ。恨まれたくないからね。
ジパングに大体こういう感じの言葉があるんだ『人の恋路を邪魔する奴はケンタウロスに轢かれてどことは言わないが潰されてしまえ』ってさ。
ありゃ?なんか違う―――ってチューニング狂ったっ!全音一つと半音も高いっ!回し過ぎっ!」
珍しく慌てふためくフォレアを尻目に俺は詰所を後にした。
ピッシャァン!と音がしたのは俺が勢いよく扉を閉めたからかフォレアが漏電したからか。
もう、どっちでもいいや。
そう切り捨てて俺はアルティ行きつけの喫茶店に向かった。
◆◇◆◇◆◇
清潔な店内に太陽の光が優しく差し込む。
あいつはアンデッドのくせに日光が好きだ。なので、窓際やテラス席によくいる。
目を細めながら硝子越しに空を見上げては顔を緩ませているのを以前俺は見た。
しかし、やはりここにもあいつはいない。
今日はいつもと比べ目に見えて客が少ないからすぐにそう判断できた。
俺としてはすぐに出ていって探したいのだが―――
―――店に入り何もせずに出ていくのは気まずいのでパフェを注文している。
しかも、何を血迷ったかいつもアルティが食べている特盛。
前回たっぷりと後悔したはずなのに俺はそれを注文していた。
甘い。
甘い。
甘い!
このっ!食べても食べても無くならないっ!ああもう!
特盛なること山の如しなソフトクリームに噴火した火山のようにチョコソース。それに惜しげもなくクッキー類を突き刺したそれはデラックスで甘々な針山地獄と化している。
食べ進めると、練乳が純白の山嶺に凶悪なアクセントとして鎮座していた。
煉獄ならぬ練獄。
あまりの濃厚な甘さに喉が焼け胸も焼ける。
朝食の代わりに『これ』はあまりに重たい。恐らく昼食は必要無くなる可能性が特盛。
思わずついたため息まで多分甘い。
甘い。
おいしいのだが。
あまりにも甘い。
残り三分の一となるまで奮闘したか、だめだ。手が止まる。
我ながら難儀な物を頼んだ、と自分を恨むがどうにもならないものはどうにもならない。
仕方ないな。
俺は目を閉じ、魔力を集中させた。
邪道この上ないが、急ぐならば、しかたない。
使う魔法は体を活性化させる類い。
それをもってカロリー消費や消化速度をこの上なく高めて一気に食べきる!
下級の強化呪文を無言で紡ぎ、頭に浮かべた魔術式に魔力を織り込む。
さて、限りなくナンセンスな暴食を今―――
「少年、色々物騒に魔法を展開しているがもしかして強盗か」
意気込んでいると、ぽむ、と肩に手を置かれた。
俺が焦って弁明しようとしてむせるとその声の主は笑う。
誰かと思い、振り向いたが全く知らない人であった。
銀髪で長身な女性で簡素な鎧を身に付けている。
ただの女性ではなく、その身に纏う魔力からして何らかの魔物だと分かった。そして、圧力というか何というか、厳粛な雰囲気も纏っているので身が竦む。
「冗談冗談。君のように思い詰めたような表情をしている人を見ると放っておけなくてな。まあ、それは置くとして甘味は幸せな顔で食べるべきだ。そうだろう?
さて、相席よろしいか」
さらさらと言い、俺の返事を待たずに俺の向かい側に座る。
ここに来て知ったことだが、大抵の魔物はわりと他人に対して過干渉気味だ。
「ふむ、少年。そのパフェはどれだ?」
そのままの流れで女性はばさりと喫茶店のメニューを広げ俺に聞いてきた。
今の気分的に一人にして欲しかったが、邪険には出来ない。基本的に善意で来られるのだからどうも出来ない。
「これです」
「ああ、それか。その見た目にしては安いな」
彼女は俺が指した先を見てから躊躇いなくベルを掴んで鳴らした。
「これを一つお願いします」
素早く現れた店員にメニューを見せ、極甘地獄への入獄届けを出す。
注文を受けた店員は頭を下げてから厨房に帰っていった。
躊躇いなく注文できるということは極度の甘党か。
俺はなんとなくそう思いながらスプーンを口元へと動かす。
とにかく生返事を繰り返してさっさと食べてアルティを探そう。そう思っていると不意に向こうが放った言葉に俺は固まった。
「ところで少年。私は今会いたい人物がいる。
アルティツィオーネという名のリッチで―――ここの領主の紫竜より貴殿とよくいると聞いた。リヴェル殿、騙し討ちのようで申し訳ないがアルティツィオーネ殿は今どちらにいるか分かるだろうか。昨日の夕方にこの街に着いてから探して回っているのだが、見つからないのだ」
「……。
はあ、こっちも探しているところですよ」
少し溜めてそう言ったとたん、相手の表情が曇る。
狙いのアルティと会えなかったからだろう、と推察していると心配そうな顔がこちらを向いた。
「大丈夫なのか?もしかして彼女と喧嘩別れでもしたのか―――」
などなど、俺を心配するようなアドバイスするようなそんな言葉が飛んできた。
正直斜め上だった。
いらない世話を大量に焼くためにフライパンが余熱されるの図が脳内に浮かぶ。
……いやいや、世話を焼くためのフライパンってなんだよ
ともかく、そういや魔物や魔物と関わってる人たち、基本的に世話焼きだった。ここに来て俺はかなり焼かれた。世話は向こうがダース単位で焼いてくるイメージだった。焼きすぎてその人の夫または妻に妬かれそうな―――それはないか。
それで同時になぜか、最近俺とアルティが恋仲だという根も葉も無い噂を流されたのを思い出す。
ああ。これが原因か。
「いや、ただ朝起きたらアルティがいないので探そうかな、と思っただけです。勘違いしているようですが、アルティと俺は恋人同士とかじゃないですよ」
誤解を解くために文を考えるが、どうも納得がいかないまま口にした。この台詞のどこかに俺はもやもやとしたものを感じるが、向こうは誤解が解けたのか頭を下げる。
非常に気まずいので俺は最後に残ったしぶとい練乳を器を傾けて口にかきこんだ。
「……そうか、いらない世話だったか。いきなり声をかけてすまなかった。そうだな、迷惑料として次にもし、こちらと君に何かあったときに便宜をはかろう」
彼女のパフェが来るのと入れ代わりで俺が食べて空になった器が持っていかれる。
「遅れたが私はヴィルトゥノーラ・イェン・ツァン・クー・ロワと言う。私の名前には大それた意味が込められているらしいが略して構わん。ヴィル、では男らしいな。ではルトゥとでも呼んでくれ。これから貴殿に武神の――ううむ、魔王様の加護があらんことを祈る。アルティ殿と仲良くな」
食べ終わった食器を持ち、ウェイトレスの人に渡し終え、お金を払ったところで彼女が言う。
ひゅん、と何かを投げられたと思えば名刺だ。
俺は応援ととれる言葉に一礼してから喫茶店を出た。
始めはアルティに会いに行こう、程度だったが、次第に気持ちが変わっていくのを感じる。まあ、俺の語彙ではどう表現もできないが。
……これは、どういう事だろうか。
日常の一部、隣にいて当たり前、こわばって下手な笑顔。
ただ、分かるのは欠けて欲しくない何かが欠けている。
漠然として答えが出ないことが苦しくて、俺は走っていた。
残るあいつがいそうな場所は『魔法科本部』。
『禁書の海』があり、魔術的施設があり、丁度俺が寮を借りて生活している場所。
灯台下暗しとはよく言った物だが、自分が体験すると地味に笑えない。
徐々に動いていく太陽が『時間などないぞ』と嘲笑うように見えるのは末期か。
特に制限時間などないはずなのに、何かが俺を焦らせる。
俺はそこそこ目立つその建物目掛けて走っていた。
『……』
『お前は相変わらず、って訳だな。ははっ』
『……』
『おい、聞いているのか?
……馬鹿にされてるんだぞ』
『ああ、殴りかかったところで『ナイフ』のどん底が勝てるはずがないしな。リュファス』
『……。
おい、
ふざけるんじゃねぇっ!!』
『待て、何でお前がキレるんだ?』
『勇者の肩書きはお飾りか!?金持ちのボンボンで偶然勇者になれたような奴に置いてかれてるんだぜ。親が三流騎士なら子供も三流勇者か。はっ、お似合いだな』
◆◇◆◇◆◇
『勇者リヴェル・フィルド、勇者リュファス・ティネール・カツァロキーナ。私闘をしたそうだな』
『すみません』
『申し訳ありません』
『お主たちの敵は魔物と分かりきっておるのだ。無駄な行動は慎むように。勇者同士争うなどとは不毛だとは思わんか?』
『『承知しました』』
『後、勇者リヴェル。少し残りなさい。ミィソス、旧い時代の身体改造法を再現したそうだな。丁度良い。これに刻印の準備を』
◆◇◆◇◆◇
『――以上が『砂漏陣』の効果だ。危機が訪れたらそれを使えばよい。なに、デメリットはないぞ、心配はいらん。遠慮なく使え。お前に才能がこれっぽっちもなくとも、だ。しっかり使えるように感情が極限まで高ぶっても発動するようにもしてある。
そうだな、例えるならばいざというときに辺りを発破できる爆弾が手に入ったようなものだ、喜べ』
『……はい』
◆◇◆◇◆◇
『父さん』
『何だ?』
『左手に―――
なんでもない』
『……そうか、では、まず姿勢が悪い。歩き方も立ち方もなっていない。そこに立て。矯正してやる』
『……』
『どうせ勇者教育の連中はお前をまともに見ないのだろう?丁度良い。次は剣を持て。誰よりも辛辣に酷評してやろう』
◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆
◆◇
◇
◆
◇
目が覚めた。
非常に懐かしい夢を見た気がする。
……。
俺はベッドから出て着替える。
オリキュレールは寒冷な気候だが、部屋には魔力で動く空調装置があるためさほど不便は感じない。
最近アウシェの余計なお節介があり、やっと衣服が手に入った。
が、どれもこれも必然的に暗めの紺や紫系のコーディネートになる。
くれるのはいいが色が彼女の趣味丸出しだ。俺はやれやれと首を振りながらタンスから中身を出す。
まあ、毒々しい色でない分感謝すべきか。
いや、そう上から言える立場にないな、俺。
色々と振り回されているが、結局は助けられている。
特に『落ちこぼれ勇者』としてでなく一人の『人間』や『隣人』として見てくれる。これが一番救われた。
俺は最後に濃紫のコートに袖を通した。
タンスから出したばかりの衣服たちはひんやりとしていて目が冴える。
本当に肌触りがいいせいか何割か増しで冷たい。
俺はその後すぐに洗面所に行って顔を洗い歯を磨く。
朝食は――今日はいい。
食欲がない。それに今食べたら戻しそうだ。
からん、と歯ブラシをガラスのコップの中に戻す。
そしてそのまま俺はベッドに戻り、腰かけた。
一人の朝は教団領にいた時から変わらないいつも通りの朝のはずだ。
だが、何かが足りない。
何故だ?
俺は窓の外を眺めながらその足りない何かを探す。
が、このパズルの残り数ピースが足りないような感覚は埋まらない。
何か――いや、誰か?
俺は毛布を軽く叩いた。
―――そうか。
アルティ、か。
俺はため息を吐いた。
アルティ、魔物であり、上位アンデッドのリッチ。俺がこの街に住むことになった原因の一つ。
そいつは毎朝気がついたら俺の近くにいたのだが、今日はいない。
金縛りの霊の如く俺の上に座っていたり、俺の真横で無防備に寝ていたり。
今まで面倒だ、としか思っていなかったが、いなかったらいなかったで何か物足りない気がした。
一体何なんだ。
低血圧気味で回らない頭をかきむしる。
答えは出ない。何も、言葉にできそうな物は見つからない。
……。
一人でいると気が滅入りそうになってきた俺は外の空気を吸おうと玄関に向かった。
瞬間、ドアがノックされる。
玄関に向かっていただけあり、俺の反応は早かった。
飛ぶようにドアに駆け寄り、開く。
どうしてそんなに慌てたのか、自分でもよく分からない。ただ、アルティかと思って開けた、のかも知れない。
だとすれば、俺は失念していた。
今俺が寝床として使わせて貰っているのは魔法科の建物の一室。
つまり魔法科に所属する者のための寮のような物だ。
よってアルティ以外も俺の部屋を訪れうる。
というか、アルティは俺の住み処に上がるのにノックなんてしない。
そんなわけで俺はドアを開いて固まっていた。
「あ、あのぅ」
「あ、え?すまん」
声をかけられて我に帰る。
目の前にいたのは、
「この前は酷いこと言ってすみません」
以前、酔っ払いリリムの襲撃以来しばらく姿をくらましていたらしいローチェだった。
前と同様に魔術師然とした格好でフードをこれでもか、と深く被っている。
そしていきなり謝罪と共に思いっきり頭を下げた。
風で舞い上がりかけたフードを忙しなく押さえてまた頭を下げる。
酷いことって―――
ああ、あれか。酔いどれ襲来の時のあれだな。
「いや、気にしてないぞ。誰にも触れてほしくないものってあるしな」
何故か落胆している自分を無理に動かして返事をした。
その言葉にローチェは顔を上げてすぐにまたフードで隠す。
「あ、はは。そう、そうでしたね。そういえばあの時そう言ってましたね。
それで、あ、あの、すみません。用件は別にあるんです。つい最近気付いた事なんですけれど。
この街を守る結界、内側から出ることは可能で外側からは何でも弾き返す構造になってますが。大きな欠点があってですね。
技量のある魔術師が少し術式に干渉すれば内側から脱出不可能、しかし外側からの攻撃は通過なんて地獄絵図になりうるんですよ。
……以上です。
あのメンバーにも他の結界に関わるメンバーにもアウシェさんにも一応伝えに回っているので貴方にも、と思って来ました。今から私は直しに行くので問題ないと思いますけれど……。で、では、また今度」
最後にそう早口に言って彼女は去っていった。俺は苦笑いをしながら手を振って見送る。
こんなことを言われるなんてのは、信用されているからだろうか。
俺みたいなどこから来たのか分からないようなぽっと出が結界なんて街の安全に関わる物を扱うなんてのもだ。
この寛容さは一体なんなんだろうな。
そこまで思考を巡らせると俺の脳裏にここの領主、アウシェの顔が浮かんだ。
どことなくさっきまで湿っぽかった自分が馬鹿らしくなってくる。
「はぁ、アルティがいないなら探すか。自分がどう思ってるかは、会ってみたら分かるかもしれないしな」
俺は鍵を取りに部屋に戻った。
◇◆◇◆◇◆
街に出るとすぐに件のドラゴンと出くわす。
いつも通り紫に統一された服装。今日は濃い紫のスーツを着崩していた。あのスーツが例えフォーマルな物だったとしても、その着方のせいで嫌でもカジュアルな感じになっている。
彼女は人化していたが服装が凄く目立つ。そのためつい見ていると目が合った。
アウシェは俺を確認するとにこりと笑いながら近づいて来る。
「おーリヴェル君やほー!」
あの竜は近くに寄るなり俺の肩をポンと押した。やはり、ドラゴンのイメージを覆す立ち振る舞い。いつか他のドラゴンたちに怒られるのではと思ってしまう。
無駄に明るく、気楽な感じなのは先天的にだろうか、後天的なのだろうか。
「あ、ああ。おはよう。で、なんだそれ?」
挨拶を返しながらアウシェの引きずっているモノを見て聞いた。
俺は朝っぱらから冷や汗をかく。
「あ、これ?ちょっと街中でテロいコトしようとしてた人いたから没収って感じ」
からからと笑いながら俺の目の前に重量感のある袋を突き出した。やはり、と俺は額を押さえた。
中身は、魔力の感じでわかるが、火属性の付いた何かの塊だろうか。
「これは聖性込み、火属性の金属塊。ついでに、魔術的に不安定な状態で魔力爆発しやすい危険物〜。なんと、巻き込まれればアンデッドも死んじゃう高威力!爆発すれば大体視認できる範囲まで爆風が及ぶ物で、聖性を含んだ金属粉末が飛散するためしばらく魔物が住めなくなるオマケ付き。中々聖気が強いから多分高位の聖職者が数年かけて祝福したんだろうな〜。年代物の葡萄酒みたくさ」
危機感の無い口調で滅茶苦茶危険な物質の紹介をする紫のドラゴン。
俺は慌ててもっと丁重に扱え、と言うが紫竜は朗らかに笑うばかり。
「いや〜この程度大丈夫大丈夫」
「いや、危ないだろ!」
「『フリーズ』
……これで問題ないだろう。平和ボケがひどいぞアウシェ、いくら腕に自信があるからと言って住民の不安を煽るようなことは良くないだろう」
俺が慌てたところでふと通りすがったシェウィルさんが袋に凍結魔法をかけた。
「お前には爆発を止めるだけの力があるのだから早めに止めるに越したことはないだろう、アウシェ。こら、あからさまに残念そうな顔をするな」
そう言うと淡々とそう語ってガチガチに凍った爆発物入りの袋をアウシェからぶん取る。
なおも笑い続けるドラゴンとむすっとしたグラキエス。
喧嘩になるかと思いきや、案外そうでもない。
タッチ交代、と言わんばかりに手を合わせて視線を合わせただけでシェウィルさんはそのまま立ち去ろうとする。
前々から思っていたが、何気にこの二人は仲が良い。
何でだろう、とシェウィルさんの後ろ姿を見ていると振り向かれた。
目が合う。
気まずい。
普段通り不機嫌そうな顔のまま、くるりと踵を返してこちらに向かってくる。
文句でも言われるのだろうか、と身構えていると彼女が口を開いた。
「リヴェル、以前から気になっていたのだが―――
―――なぜ私と夫のアウレーグだけはさん付けなのだっ!
これからは私とアウレーグも敬称を除いて呼ぶように」
は?
「ぷふっ」
「笑うなアウシェ!」
腹と口を押さえていかにも笑いを我慢していますなアウシェと頭から湯気が出そうなシェウィル。
捨て台詞のようなものを言いながら今度こそ去っていくシェウィルを見ながら俺は呆然としていた。
シェウィルさん、今まで、恐ろしい人とばかり思ってましたよ。
人って先入観で判断してはいけませんね。けれど、すみません、シェウィルさんはやっぱりシェウィル『さん』だと思ってしまうのですぐには無理だと思います。あと、アウレーグさんも同上。
お二方、なんか『雰囲気が恐ろしい』ので。
なんて思考が読めているのか、俺を見た瞬間アウシェは爆笑した。
「あっはははは、ひっさしぶりにあんなシェウィル見たっ!さん付けが嫌でも今まであまり指摘してなかったのに!」
「はぁ」
対して俺はため息しか出なかったが。
「良かったじゃんリヴェル、中々歓迎されてるようで。そろそろここに来てから一ヶ月?よく溶け込めてるよ感心感心!」
アウシェはバシバシと俺の背中を叩く。
手加減しているようで痛みは少ないが、それでも強烈だ。
「ところでなんでアウシェは人化してるんだ?ここは親魔領だろ」
俺は視界がチカチカする程の打撃を止めるために適当に質問をする。運が良かったのか、質問が良かったのか、すぐに手は止まった。
「あはは……あーそれはドラゴンって格好してるとバレるからかな」
「何に?」
返された言葉がつい気になって質問を重ねる。すると愚痴を聞いてと言わんばかりにアウシェが喋った。
「私の眷属にだね。やれ他の国から要人が来たりするから会え〜だとかさ。やれ魔王サマの使者が来たから会え〜だとかさ。うるさいんだよ〜も〜」
勉強しろと言われる子どもの愚痴のような軽いノリで言うアウシェ。しかし、眷属ってそんなのがいるのか?ヴァンパイアでもあるまいし。っていうか会えよ、あんた領主だろ。
と思っていればひゅごっと黒い影。
隕石でも降ってきたかと思えばそれはドラゴンだった。
真っ青な鱗を持つそのドラゴンは彼女を見つけるときりっとした目で睨む。
「アウシェ様、見つけましたよ。さあ、屋敷に戻って下さい!今日は過激――じゃなくて急進派の方々からの使者が来ているんですからでももだっても言わないで下さいよ」
「え〜だってあの人たち毎回同じ事しか言わないしさ〜
無理無理。この街には平和なままでいて欲しいし。参戦なんかしたくな〜いの。
後、あの子たちさ、悪魔に相応な対価無しにモノを頼むってありえないでしょ。
私がこの地域から出れば下手すりゃ魔王軍とドンパチなんだからさぁ、それなりなモノが無きゃ、ね?」
「あーー。それでもこの街のトップは貴方なんですから会談にはいてもらわないと困ります!毎度の事ですが魔王様から言われている事を伝えて下さい」
不貞腐れた態度のアウシェをあの手この手で引っ張って行こうとするドラゴン。
アウシェの眷属とはあれか。
人化していると分かっているとはいえ、普通の人間に見えるものをドラゴンが顔を真っ赤にして引っ張る構図は中々にシュールだった。
「はっはっは、誰にも私は止められないのだぁっ!クロネにでも外交を頼んでおけばいいんだよっ、せぇい!」
手を引くドラゴンを軽く空中に放り投げ、アウシェは凄まじい速さで人混みに紛れる。
黒いドラゴンは強烈な風魔法を使う事により空中で受け身を取り上空から追いかける。
俺はぽかんとしながらその一瞬の出来事を眺めていた。
朝から元気な人たちだ、と俺は呆れる。
そして、関わらない方が楽だな、と判断するとその場を離れた。
俺はアルティを探しながら当てもなく彷徨う。オリキュレールの街並みは綺麗だ。
そのままぶらぶらと街を歩いていると、詰所に着く。特に何も考えてはいなかったが実際着いてしまうと何か運命じみた物を感じた。
俺は着いた時と同じく特に考えず扉を開ける。
「おっ。リュオ。くくっ、アルティはどうしたんだい?フられたの―――あははっ!そんな怖い顔すんなって」
俺を出迎えたのはサンダーバードのカラドフォレア。ぎらぎらと稲妻の如き眼光を放つ目をこちらに向けながら彼女はにやりと笑った。
そんな彼女は普段通り人化させた左腕に包帯を巻き、机に腰掛け、足をぶらつかせながらギターを弄っている。
「俺そんな怖い顔したか?」
「ああ、したした。デスメタルのボーカル並みにシャウトしそうな顔だった」
きひひ、と悪戯っぽくフォレアが笑う。
ならば冗談だな。俺はそう判断した。
「冗談はやめてくれ、で、アルティを見たか?」
「見てない。ここに来てもないし。
おっと、さっさと出て行こうとすんなよ〜ツ・マ・ラ・ナ・イじゃないか」
俺はフォレアが非常に苦手なのでいないと分かると詰所を出ようとしたが、ミントの香りのする手に掴まれた。
「アンタちょいと今、焦り過ぎに見えるぜ。いくら破天荒な曲でも丁度良いテンポを超えると不様になるみたいにさ。焦り過ぎると良くない良くない。ちっとは冷静に考えてから行動しないか?」
これからも特に考え無くアルティを探すつもりだったのを見透かされた。
今まで彼女はただ、ふざけて俺をからかっているだけと思っていたがどうやら違うようだ。だが、
「別に焦っているわけじゃないぞ」
俺は正直に答えた。
別に今のところ草の根を分けてでも見つけたいわけではないのだし。
それに、俺がここから離脱したいと思う原因は貴女が苦手だからです、はい。
「どうだかね。アンタからどうも同じニオイをかんじるからさ。こんな姿になる前のアタシと。
ま、しっかり考えなよ」
俺に興味を無くしたのか逃がしてくれたのか、フォレアはまた机に乗ってギターを弄る。ちっ、セイレーンになりたかったのを思い出しちまった、とかぶつくさと呟きながら。
俺はというと、その辺のソファーに適当に座った。
折角忠告を受けたんだしな、有り難〜く受け取るとしよう。
当て付けがましくそう思いながら背もたれに背中を沈めた。
探すならアルティが行きそうな所、か。
オリキュレールは国と言っても差し支えないほど広い。
無策に探そうとしても無謀なだけだ。
あいつが現れそうな所と言えば、魔法科の建物といつも特製パフェを食べる喫茶店だな。何でこう簡単な事に気づかなかったのか。
この街に来て出会って数週間、基本的にあいつはほぼ同じ所にしか顔を出さない。
……決まりか、なら、まず喫茶店からだな。近いし。
「お、その感じだと考え纏まったみたいじゃん」
フォレアはギターとにらめっこをしながら笑った。今日はこれ以上俺には構わないと決めたようだ。
彼女はびょーん、びょーんと一本ずつ弦を弾いては上の方にあるネジみたいな物を捻ってまた弾く。
「今度こそ出るぞ、止めんなよ」
俺は念を入れて言ったが、鼻で笑われた。
「止めたのはアンタが忙しなかったからさ。しっかり策を練ったなら邪魔しないよ。恨まれたくないからね。
ジパングに大体こういう感じの言葉があるんだ『人の恋路を邪魔する奴はケンタウロスに轢かれてどことは言わないが潰されてしまえ』ってさ。
ありゃ?なんか違う―――ってチューニング狂ったっ!全音一つと半音も高いっ!回し過ぎっ!」
珍しく慌てふためくフォレアを尻目に俺は詰所を後にした。
ピッシャァン!と音がしたのは俺が勢いよく扉を閉めたからかフォレアが漏電したからか。
もう、どっちでもいいや。
そう切り捨てて俺はアルティ行きつけの喫茶店に向かった。
◆◇◆◇◆◇
清潔な店内に太陽の光が優しく差し込む。
あいつはアンデッドのくせに日光が好きだ。なので、窓際やテラス席によくいる。
目を細めながら硝子越しに空を見上げては顔を緩ませているのを以前俺は見た。
しかし、やはりここにもあいつはいない。
今日はいつもと比べ目に見えて客が少ないからすぐにそう判断できた。
俺としてはすぐに出ていって探したいのだが―――
―――店に入り何もせずに出ていくのは気まずいのでパフェを注文している。
しかも、何を血迷ったかいつもアルティが食べている特盛。
前回たっぷりと後悔したはずなのに俺はそれを注文していた。
甘い。
甘い。
甘い!
このっ!食べても食べても無くならないっ!ああもう!
特盛なること山の如しなソフトクリームに噴火した火山のようにチョコソース。それに惜しげもなくクッキー類を突き刺したそれはデラックスで甘々な針山地獄と化している。
食べ進めると、練乳が純白の山嶺に凶悪なアクセントとして鎮座していた。
煉獄ならぬ練獄。
あまりの濃厚な甘さに喉が焼け胸も焼ける。
朝食の代わりに『これ』はあまりに重たい。恐らく昼食は必要無くなる可能性が特盛。
思わずついたため息まで多分甘い。
甘い。
おいしいのだが。
あまりにも甘い。
残り三分の一となるまで奮闘したか、だめだ。手が止まる。
我ながら難儀な物を頼んだ、と自分を恨むがどうにもならないものはどうにもならない。
仕方ないな。
俺は目を閉じ、魔力を集中させた。
邪道この上ないが、急ぐならば、しかたない。
使う魔法は体を活性化させる類い。
それをもってカロリー消費や消化速度をこの上なく高めて一気に食べきる!
下級の強化呪文を無言で紡ぎ、頭に浮かべた魔術式に魔力を織り込む。
さて、限りなくナンセンスな暴食を今―――
「少年、色々物騒に魔法を展開しているがもしかして強盗か」
意気込んでいると、ぽむ、と肩に手を置かれた。
俺が焦って弁明しようとしてむせるとその声の主は笑う。
誰かと思い、振り向いたが全く知らない人であった。
銀髪で長身な女性で簡素な鎧を身に付けている。
ただの女性ではなく、その身に纏う魔力からして何らかの魔物だと分かった。そして、圧力というか何というか、厳粛な雰囲気も纏っているので身が竦む。
「冗談冗談。君のように思い詰めたような表情をしている人を見ると放っておけなくてな。まあ、それは置くとして甘味は幸せな顔で食べるべきだ。そうだろう?
さて、相席よろしいか」
さらさらと言い、俺の返事を待たずに俺の向かい側に座る。
ここに来て知ったことだが、大抵の魔物はわりと他人に対して過干渉気味だ。
「ふむ、少年。そのパフェはどれだ?」
そのままの流れで女性はばさりと喫茶店のメニューを広げ俺に聞いてきた。
今の気分的に一人にして欲しかったが、邪険には出来ない。基本的に善意で来られるのだからどうも出来ない。
「これです」
「ああ、それか。その見た目にしては安いな」
彼女は俺が指した先を見てから躊躇いなくベルを掴んで鳴らした。
「これを一つお願いします」
素早く現れた店員にメニューを見せ、極甘地獄への入獄届けを出す。
注文を受けた店員は頭を下げてから厨房に帰っていった。
躊躇いなく注文できるということは極度の甘党か。
俺はなんとなくそう思いながらスプーンを口元へと動かす。
とにかく生返事を繰り返してさっさと食べてアルティを探そう。そう思っていると不意に向こうが放った言葉に俺は固まった。
「ところで少年。私は今会いたい人物がいる。
アルティツィオーネという名のリッチで―――ここの領主の紫竜より貴殿とよくいると聞いた。リヴェル殿、騙し討ちのようで申し訳ないがアルティツィオーネ殿は今どちらにいるか分かるだろうか。昨日の夕方にこの街に着いてから探して回っているのだが、見つからないのだ」
「……。
はあ、こっちも探しているところですよ」
少し溜めてそう言ったとたん、相手の表情が曇る。
狙いのアルティと会えなかったからだろう、と推察していると心配そうな顔がこちらを向いた。
「大丈夫なのか?もしかして彼女と喧嘩別れでもしたのか―――」
などなど、俺を心配するようなアドバイスするようなそんな言葉が飛んできた。
正直斜め上だった。
いらない世話を大量に焼くためにフライパンが余熱されるの図が脳内に浮かぶ。
……いやいや、世話を焼くためのフライパンってなんだよ
ともかく、そういや魔物や魔物と関わってる人たち、基本的に世話焼きだった。ここに来て俺はかなり焼かれた。世話は向こうがダース単位で焼いてくるイメージだった。焼きすぎてその人の夫または妻に妬かれそうな―――それはないか。
それで同時になぜか、最近俺とアルティが恋仲だという根も葉も無い噂を流されたのを思い出す。
ああ。これが原因か。
「いや、ただ朝起きたらアルティがいないので探そうかな、と思っただけです。勘違いしているようですが、アルティと俺は恋人同士とかじゃないですよ」
誤解を解くために文を考えるが、どうも納得がいかないまま口にした。この台詞のどこかに俺はもやもやとしたものを感じるが、向こうは誤解が解けたのか頭を下げる。
非常に気まずいので俺は最後に残ったしぶとい練乳を器を傾けて口にかきこんだ。
「……そうか、いらない世話だったか。いきなり声をかけてすまなかった。そうだな、迷惑料として次にもし、こちらと君に何かあったときに便宜をはかろう」
彼女のパフェが来るのと入れ代わりで俺が食べて空になった器が持っていかれる。
「遅れたが私はヴィルトゥノーラ・イェン・ツァン・クー・ロワと言う。私の名前には大それた意味が込められているらしいが略して構わん。ヴィル、では男らしいな。ではルトゥとでも呼んでくれ。これから貴殿に武神の――ううむ、魔王様の加護があらんことを祈る。アルティ殿と仲良くな」
食べ終わった食器を持ち、ウェイトレスの人に渡し終え、お金を払ったところで彼女が言う。
ひゅん、と何かを投げられたと思えば名刺だ。
俺は応援ととれる言葉に一礼してから喫茶店を出た。
始めはアルティに会いに行こう、程度だったが、次第に気持ちが変わっていくのを感じる。まあ、俺の語彙ではどう表現もできないが。
……これは、どういう事だろうか。
日常の一部、隣にいて当たり前、こわばって下手な笑顔。
ただ、分かるのは欠けて欲しくない何かが欠けている。
漠然として答えが出ないことが苦しくて、俺は走っていた。
残るあいつがいそうな場所は『魔法科本部』。
『禁書の海』があり、魔術的施設があり、丁度俺が寮を借りて生活している場所。
灯台下暗しとはよく言った物だが、自分が体験すると地味に笑えない。
徐々に動いていく太陽が『時間などないぞ』と嘲笑うように見えるのは末期か。
特に制限時間などないはずなのに、何かが俺を焦らせる。
俺はそこそこ目立つその建物目掛けて走っていた。
14/03/17 23:14更新 / 夜想剣
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