私に仕事をください
カーテン越しの柔らかい日差しが顔に当たる。
……朝?
私はもぞもぞとベッドから体を起こした。
そして、ふと昨日何があったかを思い出す。
……。
…………。
ふ、ふふふふふ!
やってやりましたよ!
私はベッドから飛び出して勢いよくカーテンを開けた。
ああ、朝日が気持ちいい!
私は全身で柔らかな日光を味わう。
にやけと尻尾の暴走が止まらない。
ばたばたと忙しなく羽箒のような尻尾が揺れているのが分かる。
それは、もちろん嬉しいから揺れているに決まっている。
ふふ、居候とはいえ、あの人と一つ屋根の下!
迂闊ですね、リュオさん!
びしり、とポーズをとりながら私は声を殺して笑う。
お節介の化身。メイドの鏡。家政婦マスター。そんなキキーモラがただ居候だけをするはずないじゃないですか。
感極まり、ベッドをぼすぼすと叩く。そのまま毛布に顔を埋めて擦り付ける。そして笑う。
きっとこの光景を誰かが見ていたならば一歩引かれているだろう。
自覚はしている。自重はしない。でも、時々自嘲ならするかも。
ふ、ふふふ。
私は唐突にがばりと毛布から顔を上げる。
燃えてきました。
……焼いてやります。
派手にやろうじゃないですか。
さぁ、世話を、焼いてやります。
ふふ、これから毎日世話を焼こうぜぇ、と本能が疼いてやがるのです!
どぅんどぅんやってやろうじゃないですかっ!
にゃはははははっ!
私はいてもたってもいられず部屋を飛び出して厨房に向かった。
まずはリュオさんのために朝ごはんを作りましょうか!私は一陣の風になりながらそう画策していた。
もし咎められても『居候させていただいているので……』とでも言えば問題ないでしょう。どんどん世話を焼いて生活を楽にしてやりますっ!
私は頭に指を当てて厨房の場所を思い出す。昨日あれだけ走り回ったのだ。一応場所は把握している。
ついでに向かいがてら懐中時計で時間を確かめた。
現在、五時。
よし、余程仕事熱心でなければリュオさんは起きていないだろう。
さて、さっさと作って株を上げましょうか。
私は厨房のドアを開けた。
じゅぅ、とんとんとんとん。
フライパンで炒める音と包丁でテンポよく刻む音が小気味良く響く。私は鼻をひくつかせた。いい匂いが厨房に溢れている。
ウルフ属の魔物である私の鼻は美味しい料理になること間違いなし!とその匂いをしっかりと知覚した。
ああ、どんな美味しい料理ができるのでしょう。そう私はわくわくしながらすっとんきょうな声を上げた。
「リュオさんっ、なんで厨房に立ってるんですかっ!」
私が厨房に入った瞬間、目にしたのは料理をしているリュオさんの姿だった。
かなり手際がいい。私でもああはなかなかできないかもしれない。
……私は勢いよくかぶりを振った。それではいけない。それでは私が活躍できないじゃないですかっ!
「なんでって、自炊しないと朝食とれないだろう?今まで独り暮しだったしな」
作業をしながらちらりと一瞬こちらをみるリュオさん。言っていることは正しいのですが……。
「うぅっ。手伝います」
「ああ、いい。いらん。もう出来上がる」
「な!なななんでそんな早いんですか?」
「慣れてるからだな。それに、キキーモラの性質上早起きして世話を焼きそうだったからだ。居候とはいえ、客に押し付けるわけにはいかないしな」
私は床にへたり込んだ。
リュオさん、いくら使用人が嫌いだからって……。
「そして、なんでこんなに料理がうまくなってるんですかぁっ!?」
負け犬の如くそんな捨て台詞を吐きながら食器の準備をしようとした。
だが、残念ながらすでに盛り付け待ちの皿がリュオさんの近くに置いてある。
私はしょぼくれながらダイニングルームに向かった。厨房から直接行けるようになっているとリュオさんが指を差してくれた方に足を向ける。
せめて、テーブルだけでも拭こうと私は考えたが……
あいにく既にテーブルも拭かれていた。
「ちくしょおおぉぉぉぉぅ゛」
私はテーブルに突っ伏し、情けない声を上げた。
◆◇◆◇◆◇
「……美味しいデス、リュオさん」
「なぜ片言なんだ?」
「あはは、ナンデデショウ?ゴチソウサマ、食器、片付けてオキマス」
「いや、いいぞ。丁度俺も食べ終わったし、俺が片付けておく」
「ぎ、」
「ぎ?」
「ぎぶみーわぁーくすっ!!?」
私は泣きたい。まさか、料理スキルが同等だったとは。わざわざジパングや大陸のいたるところに修行しに行った私の立つ瀬がない。
私は悔しくてダイニングを飛び出す。
……でも、オムレツ、本当に美味しかったです。リュオ=サン、とてもとても見事なワザマエ、タツジン。
そう頭の中で呟き、私はぴしゃりと自分の頬を叩いた。いけない、焦りと動揺で思考が壊滅的になってる。
しかし、しかしです。
何か仕事をしないとこの煮えたぎったキキーモラの奉仕精神が変な方向に暴走してしまいそうなのです。
……そうです!
「掃除っ!掃除ならできますっ!」
私は昨日壁に立て掛けて放置して忘れていた箒を持った。
「さぁ、片っ端からお掃除してあげます」
私は箒を構える。
さて、隅から隅まで―――埃が全くない!?
無駄に広い廊下だが、毎日きちんと手入れしてあるのか、綺麗だった。
使用人の必要なんて微塵も感じさせないほど彼はいつも完璧な仕事をしているように見える。
まさか、まさかまさか。リュオさん、料理だけでなく掃除のスキルも……!
……。
…………。
く、ふ、はははははははははははははははははははははははは……
酷いっ酷いですリュオさん。うわぁぁぁあん。
焼ける世話なんてありゃしないですよぉぉ。
お義母様ぁ、こんな時どうすればいいんですかぁぁぁ。
幼児退行したかのように床を叩きながら呻く。
間違いなくリュオさんは立派な人になっていた。
元は一介の貴族で鼻ったれで背も私とあまり変わらなかったと言うのにっ!
まあ、それが、嬉しい。嬉しいのだが、嬉しくない。むしろもどかしい。
私は床を叩いていた体勢から立ち上がる。胸に手を置いて肺の中身をゆっくりと吐き出す。そして慌てふためく自分を押さえるために頭の中で呟いた。
落ち着け、私。落ち着け、私。
瀟洒なメイドになるのだ私。
さあ大きく深呼吸、ゆっくり深呼吸、次にじっくり過呼吸になって波○の呼吸でヘイ!ファッキュ〜!
って違ぁぁぁぁう
私は自分の顔を容赦なくグーで殴った。
どうやら、私はここに居候させてもらえたことでテンションが壊れているのかもしれない。
じんじんと痛む頬を擦りながら唸る。
もう、リュオさんのせいです。
リュオさんがしっかりしすぎているのが悪いんです、もう。
もう少しリュオさんが不器用で何をやるにも頼りないって状態が理想だったのに!
私は理不尽な八つ当たりをしながら床を掃く。
埃はいくらピカピカに見えてもうっすらあるものですし、一応掃除しておかないと。
私は頬を膨らませながら掃除をする。そこそこ大きな屋敷だが、生活スペース以外には絨毯などが敷かれていない。
豪華なのは家そのものだけで基本的には質素な生活を営んでいるように見える。
床には絨毯が敷かれていないが防護の魔法がかかっているのか傷は全く無い。
絨毯が無いお陰で非常に掃除が楽だ。
そのせいもあり、廊下の掃除は早くに終った。
私は風魔法で空気の塊の中に集めた塵や埃を閉じ込めて外に持って出る。
どれだけ集めたところで、集まったのはただの塵や埃しかない。だから外にとりあえず捨てておくことにした。
それにしても……。
私は空を見上げた。
相変わらず空は透き通るように晴れていて雲ひとつ無い。豊かな自然に囲まれた中から見上げたそれは、まるで緑の額縁に飾った水色の絵画のようだった。
私は獣人型の魔物であるからなのか、自然は好きだ。
よってリュオさんのこの家のように人里離れてぽつんとある、という立地は好みだ。
ざわり、と木が風にそよぐ。
私は目を閉じてその涼風を楽しんだ。
涼やかで森の香りがして、とても心地好い。
……なぜリュオさんがこんな不便な立地にある家に住んでいるのか。
ここは最寄りの街とも村とも少し離れた場所だ。
いくら大自然の中でも自給自足というのはなかなかに難しい。だから定期的に買い物に行かなければならない。
現に、リュオさんが料理使っていた調味料は有名どころのメーカー物だ。
間違いなく買い物に行っているのだろう。
なら、なぜ、家がここなのだろうか。
まあ、何となくわかりますが。
私は苦笑いをした。
「お義母様……」
私はふと呟く。貴女がいればこんな時どうしたでしょう。
数十年という歳月は長い。そうこうしているうちにお互いに変わってしまった。
リュオさんは居候する私に対して普通に接しようとしていてる。
が、やはり無意識に避けているように感じられた。
やはり、この格好が、でしょうね。
私は身に着けているメイド服をぐっと掴んだ。
もし、このままリュオさんがメイド、使用人の格好を忌避し続けるならば……。
私は、私の、キキーモラとしてのアイデンティティーを捨てる覚悟はあります。
より強く私は自分の胸ぐらを掴んだ。
元々、メイドとは己を殺してでも主人に尽くすもの。別に問題は何もない。
そう思ったところではっ、と気付いて私はしわがつく前に握っていた服を離す。
一応服に替えはあるが、枚数は少なかったのだ。
「リュオさん。
……リュオ」
私は呟く。
手は届くが手の届かない人の名前を。
私はゆっくりと深呼吸をして目を閉じ、開いた。
ひゅう、と風が吹く。
先程のものとは違うものを運んで。
悪寒がした。
私はリュオさんの家を背にして目の前の森を見つめる。
「おや、誰かね君は」
男の声がはっきりと響いた。
それと同時にその声の主と思える人物が森から姿を現す。
その人物は私を見て軽く驚いた素振りを見せ、それからにやりと笑った。
「……私はここの留守を任されている者です。今、主人はおりませんのでお引き取りください。」
「ほう」
男はぎらりと目を光らせた。こちらの言葉の真偽を探るように。
私はきっ、と男を睨んだ。そして神経を尖らせながら彼の動向を探る。
「どうしてそう、素っ気ないのだ?」
男は笑いながら私に尋ねた。
両腕を広げながら。
妙に演技臭く、こちらをからかうように。
おそらく、嘘がばれた。
「では、質問を返すようで悪いのですが、貴方は教団の神父か何かですか?」
私は聞いた。
彼の知りたい事、私が素っ気ない理由というのはこの質問で分かってくれるはずだ。
それを聞いて彼はくっくっと笑う。
「もしもの話だが、私が『そうだ』と言ったらどうする?
それと、その家の主人に用がある、いくらでも玄関先で待っていい。
……もしくは、そのドアを蹴り抜いてでも会わなければならない、と言ったらどうする?」
風にコートのような黒い服をはためかながら男は言う。
あれは間違いなく神父の格好だ。
一際強い風が吹いた瞬間、金色に光る何かが男のコートの内側に見える。
「そうですね」
私はそんな彼をより強く睨み付けながら構えた。
「たとえ私が死のうともこの先には行かせません。最悪の場合、刺し違えてでも、魔物の性に逆らって貴方を殺してでも……
リュオさんには、触れさせません」
「ふむ、面白い。そう、実に」
男はそう言うと手で自らの額を押さえる。その仕草は自分の熱を計っているようにも、にやけをこちらに見られないようにしているようにも見えた。
私は、どうにも感情に身を任せるタイプらしい。
相手の実力がどうとか、構えから戦い方を予想、などをする前に――
「おぉぉぉぉっ!」
――男に突っ込んでいた。
ぶぅん、と大袈裟な音をたてて箒が空を裂く。私が思い切り振りかぶり男の目の前で降り下ろした。それは私の風魔法適性により凄まじい風を起こす。
強烈な旋風は至近距離ではかわしようがない、はずだった。
それをあの男は恐ろしい速さで避けて私の横に回り込む。
地面が割れるような音の踏み込みと共に彼の肘が飛んできた。
当たっては不味い。
何となくそう感じた私は箒を使って受け流す。
受け流したことにより相手はバランスを崩――さなかった。
むしろ、あれくらいいなして当然、と言わんばかりにまた強く踏み込む。
しかし、その踏み込み方だと彼は私に背を向けることになるため私は油断した。
その瞬間、強烈な衝撃が私に加わる。
彼が背中と肩を使った体当たりに近い打撃をしたのだと気付くのはそれをくらい吹き飛ばされてからだった。
私は空中で体勢を整え上手く着地をする。
あれは洒落にならない。強すぎる。
私は平然と立つ神父を見た。
今まで何回か教団や山賊にでくわしているが、あいつは破格だ。
身体中の獣の血が、本能が、怯える。
しかし、私が追い払わなければ、リュオさんはまた……!
……まさに最悪の場合、ですね。
私は箒を握りしめた。
左手で中程そして右手で端を持ち、捻る。
がちり、と何かがはまるような音がした。
久々に使いますが、錆びていなければいいですね。
低く腰を落として先程の握り方のまま箒を腰の横に動かした。
彼が私の間合いに入った一瞬に、けりをつける。
そう意気込んで構えると同時にあの男が突進してきた。
「おい、うるさいぞ。静かにしてくれないと今日は来客があるんだから――」
タイミング悪くリュオさんが玄関の扉を開き、現れた。
私は青ざめる。
なぜなら、私はあの男に飛ばされたせいでリュオさんに近いのは今、あの男の方だったからだ。
「リュオさん!!」
私は絶望とも恐怖ともとれる声で叫んだ。
あの神父は元より彼が狙いだったのだろう。私に向けての突進の向きを変えてリュオさんの方へ向かった。
そして懐から何かを取り出し、リュオさんの顔の前に突き付ける。
私は必死に走った。絶対に間に合わないが、走った。
気付けば私は涙ぐんでいた。
まだ、あの神父はリュオさんに危害を加えていない。あるいは、まだ、間に合うかもしれない。
そうした私の心を砕くように神父が笑った。
「リュオ、この前海底で珍しい酒を貰ってきた。折角なのでお裾分けしようと思ったのだが、いかんせんあのメイドに嫌われてね」
くっくっと笑いながらリュオさんに渡していたのはワインボトルだった。
え?
え!?
「ちょっ!貴方教団の神父じゃないんですか!?」
私は慌ててリュオさんと神父の横に立つ。
リュオは状況が読めたのか苦笑いをした。
神父はさも愉快そうに笑っている。
「私は『もしそうだと言ったらどうする』と言ったのだ。そうだ、とは言っていない。話を聞かず突っ込んできたのは君だろう?」
昏い色の瞳が私を見据える。
「残念ながら私は今、堕落神教の神父でね。今日ここに遊びに来る予定だったのだが、予想以上に手厚い歓迎を受けたな。久々にいい運動ができた」
……え、うう?あ!
ということは私はお客さんに暴力を!?
「うみみゃあぁぁぁっ!」
私の頭の中が瞬時にオーバーワークで沸騰する。そして壁に向けて頭突き、頭突き、頭突き。
「お、おい!ストップ!ストップだヘスティ!
レグリル、何したか知らないけど毎回冗談なのか本気なのか分からない事は止めてくれよ」
「すまない、性分なのでね」
がつんがつんがつん。
「ほら、止まれ、止まれって。ヘスティ!」
「ああああっ!ううううっ!」
がんがんがんがん!
「すまぬ、愚僧準備に手間取り遅れた。
……ところで、これはどういう事なのだ?」
「うわぁぁぁぁん!」
ごつんごつん。
「マル、丁度いいところに来たな。少しからかってやったらああなった。どうにかしてくれないか?」
「……馬鹿者」
……朝?
私はもぞもぞとベッドから体を起こした。
そして、ふと昨日何があったかを思い出す。
……。
…………。
ふ、ふふふふふ!
やってやりましたよ!
私はベッドから飛び出して勢いよくカーテンを開けた。
ああ、朝日が気持ちいい!
私は全身で柔らかな日光を味わう。
にやけと尻尾の暴走が止まらない。
ばたばたと忙しなく羽箒のような尻尾が揺れているのが分かる。
それは、もちろん嬉しいから揺れているに決まっている。
ふふ、居候とはいえ、あの人と一つ屋根の下!
迂闊ですね、リュオさん!
びしり、とポーズをとりながら私は声を殺して笑う。
お節介の化身。メイドの鏡。家政婦マスター。そんなキキーモラがただ居候だけをするはずないじゃないですか。
感極まり、ベッドをぼすぼすと叩く。そのまま毛布に顔を埋めて擦り付ける。そして笑う。
きっとこの光景を誰かが見ていたならば一歩引かれているだろう。
自覚はしている。自重はしない。でも、時々自嘲ならするかも。
ふ、ふふふ。
私は唐突にがばりと毛布から顔を上げる。
燃えてきました。
……焼いてやります。
派手にやろうじゃないですか。
さぁ、世話を、焼いてやります。
ふふ、これから毎日世話を焼こうぜぇ、と本能が疼いてやがるのです!
どぅんどぅんやってやろうじゃないですかっ!
にゃはははははっ!
私はいてもたってもいられず部屋を飛び出して厨房に向かった。
まずはリュオさんのために朝ごはんを作りましょうか!私は一陣の風になりながらそう画策していた。
もし咎められても『居候させていただいているので……』とでも言えば問題ないでしょう。どんどん世話を焼いて生活を楽にしてやりますっ!
私は頭に指を当てて厨房の場所を思い出す。昨日あれだけ走り回ったのだ。一応場所は把握している。
ついでに向かいがてら懐中時計で時間を確かめた。
現在、五時。
よし、余程仕事熱心でなければリュオさんは起きていないだろう。
さて、さっさと作って株を上げましょうか。
私は厨房のドアを開けた。
じゅぅ、とんとんとんとん。
フライパンで炒める音と包丁でテンポよく刻む音が小気味良く響く。私は鼻をひくつかせた。いい匂いが厨房に溢れている。
ウルフ属の魔物である私の鼻は美味しい料理になること間違いなし!とその匂いをしっかりと知覚した。
ああ、どんな美味しい料理ができるのでしょう。そう私はわくわくしながらすっとんきょうな声を上げた。
「リュオさんっ、なんで厨房に立ってるんですかっ!」
私が厨房に入った瞬間、目にしたのは料理をしているリュオさんの姿だった。
かなり手際がいい。私でもああはなかなかできないかもしれない。
……私は勢いよくかぶりを振った。それではいけない。それでは私が活躍できないじゃないですかっ!
「なんでって、自炊しないと朝食とれないだろう?今まで独り暮しだったしな」
作業をしながらちらりと一瞬こちらをみるリュオさん。言っていることは正しいのですが……。
「うぅっ。手伝います」
「ああ、いい。いらん。もう出来上がる」
「な!なななんでそんな早いんですか?」
「慣れてるからだな。それに、キキーモラの性質上早起きして世話を焼きそうだったからだ。居候とはいえ、客に押し付けるわけにはいかないしな」
私は床にへたり込んだ。
リュオさん、いくら使用人が嫌いだからって……。
「そして、なんでこんなに料理がうまくなってるんですかぁっ!?」
負け犬の如くそんな捨て台詞を吐きながら食器の準備をしようとした。
だが、残念ながらすでに盛り付け待ちの皿がリュオさんの近くに置いてある。
私はしょぼくれながらダイニングルームに向かった。厨房から直接行けるようになっているとリュオさんが指を差してくれた方に足を向ける。
せめて、テーブルだけでも拭こうと私は考えたが……
あいにく既にテーブルも拭かれていた。
「ちくしょおおぉぉぉぉぅ゛」
私はテーブルに突っ伏し、情けない声を上げた。
◆◇◆◇◆◇
「……美味しいデス、リュオさん」
「なぜ片言なんだ?」
「あはは、ナンデデショウ?ゴチソウサマ、食器、片付けてオキマス」
「いや、いいぞ。丁度俺も食べ終わったし、俺が片付けておく」
「ぎ、」
「ぎ?」
「ぎぶみーわぁーくすっ!!?」
私は泣きたい。まさか、料理スキルが同等だったとは。わざわざジパングや大陸のいたるところに修行しに行った私の立つ瀬がない。
私は悔しくてダイニングを飛び出す。
……でも、オムレツ、本当に美味しかったです。リュオ=サン、とてもとても見事なワザマエ、タツジン。
そう頭の中で呟き、私はぴしゃりと自分の頬を叩いた。いけない、焦りと動揺で思考が壊滅的になってる。
しかし、しかしです。
何か仕事をしないとこの煮えたぎったキキーモラの奉仕精神が変な方向に暴走してしまいそうなのです。
……そうです!
「掃除っ!掃除ならできますっ!」
私は昨日壁に立て掛けて放置して忘れていた箒を持った。
「さぁ、片っ端からお掃除してあげます」
私は箒を構える。
さて、隅から隅まで―――埃が全くない!?
無駄に広い廊下だが、毎日きちんと手入れしてあるのか、綺麗だった。
使用人の必要なんて微塵も感じさせないほど彼はいつも完璧な仕事をしているように見える。
まさか、まさかまさか。リュオさん、料理だけでなく掃除のスキルも……!
……。
…………。
く、ふ、はははははははははははははははははははははははは……
酷いっ酷いですリュオさん。うわぁぁぁあん。
焼ける世話なんてありゃしないですよぉぉ。
お義母様ぁ、こんな時どうすればいいんですかぁぁぁ。
幼児退行したかのように床を叩きながら呻く。
間違いなくリュオさんは立派な人になっていた。
元は一介の貴族で鼻ったれで背も私とあまり変わらなかったと言うのにっ!
まあ、それが、嬉しい。嬉しいのだが、嬉しくない。むしろもどかしい。
私は床を叩いていた体勢から立ち上がる。胸に手を置いて肺の中身をゆっくりと吐き出す。そして慌てふためく自分を押さえるために頭の中で呟いた。
落ち着け、私。落ち着け、私。
瀟洒なメイドになるのだ私。
さあ大きく深呼吸、ゆっくり深呼吸、次にじっくり過呼吸になって波○の呼吸でヘイ!ファッキュ〜!
って違ぁぁぁぁう
私は自分の顔を容赦なくグーで殴った。
どうやら、私はここに居候させてもらえたことでテンションが壊れているのかもしれない。
じんじんと痛む頬を擦りながら唸る。
もう、リュオさんのせいです。
リュオさんがしっかりしすぎているのが悪いんです、もう。
もう少しリュオさんが不器用で何をやるにも頼りないって状態が理想だったのに!
私は理不尽な八つ当たりをしながら床を掃く。
埃はいくらピカピカに見えてもうっすらあるものですし、一応掃除しておかないと。
私は頬を膨らませながら掃除をする。そこそこ大きな屋敷だが、生活スペース以外には絨毯などが敷かれていない。
豪華なのは家そのものだけで基本的には質素な生活を営んでいるように見える。
床には絨毯が敷かれていないが防護の魔法がかかっているのか傷は全く無い。
絨毯が無いお陰で非常に掃除が楽だ。
そのせいもあり、廊下の掃除は早くに終った。
私は風魔法で空気の塊の中に集めた塵や埃を閉じ込めて外に持って出る。
どれだけ集めたところで、集まったのはただの塵や埃しかない。だから外にとりあえず捨てておくことにした。
それにしても……。
私は空を見上げた。
相変わらず空は透き通るように晴れていて雲ひとつ無い。豊かな自然に囲まれた中から見上げたそれは、まるで緑の額縁に飾った水色の絵画のようだった。
私は獣人型の魔物であるからなのか、自然は好きだ。
よってリュオさんのこの家のように人里離れてぽつんとある、という立地は好みだ。
ざわり、と木が風にそよぐ。
私は目を閉じてその涼風を楽しんだ。
涼やかで森の香りがして、とても心地好い。
……なぜリュオさんがこんな不便な立地にある家に住んでいるのか。
ここは最寄りの街とも村とも少し離れた場所だ。
いくら大自然の中でも自給自足というのはなかなかに難しい。だから定期的に買い物に行かなければならない。
現に、リュオさんが料理使っていた調味料は有名どころのメーカー物だ。
間違いなく買い物に行っているのだろう。
なら、なぜ、家がここなのだろうか。
まあ、何となくわかりますが。
私は苦笑いをした。
「お義母様……」
私はふと呟く。貴女がいればこんな時どうしたでしょう。
数十年という歳月は長い。そうこうしているうちにお互いに変わってしまった。
リュオさんは居候する私に対して普通に接しようとしていてる。
が、やはり無意識に避けているように感じられた。
やはり、この格好が、でしょうね。
私は身に着けているメイド服をぐっと掴んだ。
もし、このままリュオさんがメイド、使用人の格好を忌避し続けるならば……。
私は、私の、キキーモラとしてのアイデンティティーを捨てる覚悟はあります。
より強く私は自分の胸ぐらを掴んだ。
元々、メイドとは己を殺してでも主人に尽くすもの。別に問題は何もない。
そう思ったところではっ、と気付いて私はしわがつく前に握っていた服を離す。
一応服に替えはあるが、枚数は少なかったのだ。
「リュオさん。
……リュオ」
私は呟く。
手は届くが手の届かない人の名前を。
私はゆっくりと深呼吸をして目を閉じ、開いた。
ひゅう、と風が吹く。
先程のものとは違うものを運んで。
悪寒がした。
私はリュオさんの家を背にして目の前の森を見つめる。
「おや、誰かね君は」
男の声がはっきりと響いた。
それと同時にその声の主と思える人物が森から姿を現す。
その人物は私を見て軽く驚いた素振りを見せ、それからにやりと笑った。
「……私はここの留守を任されている者です。今、主人はおりませんのでお引き取りください。」
「ほう」
男はぎらりと目を光らせた。こちらの言葉の真偽を探るように。
私はきっ、と男を睨んだ。そして神経を尖らせながら彼の動向を探る。
「どうしてそう、素っ気ないのだ?」
男は笑いながら私に尋ねた。
両腕を広げながら。
妙に演技臭く、こちらをからかうように。
おそらく、嘘がばれた。
「では、質問を返すようで悪いのですが、貴方は教団の神父か何かですか?」
私は聞いた。
彼の知りたい事、私が素っ気ない理由というのはこの質問で分かってくれるはずだ。
それを聞いて彼はくっくっと笑う。
「もしもの話だが、私が『そうだ』と言ったらどうする?
それと、その家の主人に用がある、いくらでも玄関先で待っていい。
……もしくは、そのドアを蹴り抜いてでも会わなければならない、と言ったらどうする?」
風にコートのような黒い服をはためかながら男は言う。
あれは間違いなく神父の格好だ。
一際強い風が吹いた瞬間、金色に光る何かが男のコートの内側に見える。
「そうですね」
私はそんな彼をより強く睨み付けながら構えた。
「たとえ私が死のうともこの先には行かせません。最悪の場合、刺し違えてでも、魔物の性に逆らって貴方を殺してでも……
リュオさんには、触れさせません」
「ふむ、面白い。そう、実に」
男はそう言うと手で自らの額を押さえる。その仕草は自分の熱を計っているようにも、にやけをこちらに見られないようにしているようにも見えた。
私は、どうにも感情に身を任せるタイプらしい。
相手の実力がどうとか、構えから戦い方を予想、などをする前に――
「おぉぉぉぉっ!」
――男に突っ込んでいた。
ぶぅん、と大袈裟な音をたてて箒が空を裂く。私が思い切り振りかぶり男の目の前で降り下ろした。それは私の風魔法適性により凄まじい風を起こす。
強烈な旋風は至近距離ではかわしようがない、はずだった。
それをあの男は恐ろしい速さで避けて私の横に回り込む。
地面が割れるような音の踏み込みと共に彼の肘が飛んできた。
当たっては不味い。
何となくそう感じた私は箒を使って受け流す。
受け流したことにより相手はバランスを崩――さなかった。
むしろ、あれくらいいなして当然、と言わんばかりにまた強く踏み込む。
しかし、その踏み込み方だと彼は私に背を向けることになるため私は油断した。
その瞬間、強烈な衝撃が私に加わる。
彼が背中と肩を使った体当たりに近い打撃をしたのだと気付くのはそれをくらい吹き飛ばされてからだった。
私は空中で体勢を整え上手く着地をする。
あれは洒落にならない。強すぎる。
私は平然と立つ神父を見た。
今まで何回か教団や山賊にでくわしているが、あいつは破格だ。
身体中の獣の血が、本能が、怯える。
しかし、私が追い払わなければ、リュオさんはまた……!
……まさに最悪の場合、ですね。
私は箒を握りしめた。
左手で中程そして右手で端を持ち、捻る。
がちり、と何かがはまるような音がした。
久々に使いますが、錆びていなければいいですね。
低く腰を落として先程の握り方のまま箒を腰の横に動かした。
彼が私の間合いに入った一瞬に、けりをつける。
そう意気込んで構えると同時にあの男が突進してきた。
「おい、うるさいぞ。静かにしてくれないと今日は来客があるんだから――」
タイミング悪くリュオさんが玄関の扉を開き、現れた。
私は青ざめる。
なぜなら、私はあの男に飛ばされたせいでリュオさんに近いのは今、あの男の方だったからだ。
「リュオさん!!」
私は絶望とも恐怖ともとれる声で叫んだ。
あの神父は元より彼が狙いだったのだろう。私に向けての突進の向きを変えてリュオさんの方へ向かった。
そして懐から何かを取り出し、リュオさんの顔の前に突き付ける。
私は必死に走った。絶対に間に合わないが、走った。
気付けば私は涙ぐんでいた。
まだ、あの神父はリュオさんに危害を加えていない。あるいは、まだ、間に合うかもしれない。
そうした私の心を砕くように神父が笑った。
「リュオ、この前海底で珍しい酒を貰ってきた。折角なのでお裾分けしようと思ったのだが、いかんせんあのメイドに嫌われてね」
くっくっと笑いながらリュオさんに渡していたのはワインボトルだった。
え?
え!?
「ちょっ!貴方教団の神父じゃないんですか!?」
私は慌ててリュオさんと神父の横に立つ。
リュオは状況が読めたのか苦笑いをした。
神父はさも愉快そうに笑っている。
「私は『もしそうだと言ったらどうする』と言ったのだ。そうだ、とは言っていない。話を聞かず突っ込んできたのは君だろう?」
昏い色の瞳が私を見据える。
「残念ながら私は今、堕落神教の神父でね。今日ここに遊びに来る予定だったのだが、予想以上に手厚い歓迎を受けたな。久々にいい運動ができた」
……え、うう?あ!
ということは私はお客さんに暴力を!?
「うみみゃあぁぁぁっ!」
私の頭の中が瞬時にオーバーワークで沸騰する。そして壁に向けて頭突き、頭突き、頭突き。
「お、おい!ストップ!ストップだヘスティ!
レグリル、何したか知らないけど毎回冗談なのか本気なのか分からない事は止めてくれよ」
「すまない、性分なのでね」
がつんがつんがつん。
「ほら、止まれ、止まれって。ヘスティ!」
「ああああっ!ううううっ!」
がんがんがんがん!
「すまぬ、愚僧準備に手間取り遅れた。
……ところで、これはどういう事なのだ?」
「うわぁぁぁぁん!」
ごつんごつん。
「マル、丁度いいところに来たな。少しからかってやったらああなった。どうにかしてくれないか?」
「……馬鹿者」
14/01/13 19:35更新 / 夜想剣
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