連載小説
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俺は彼女に問いたいわけで、彼女らは何回俺を気絶させれば気が済むのかと
「わぁ〜!すごい。銀ピカの剣だ!本物!?」

「本物だとも」

「振っていい?」

「危ないからここではよしなさい」

「はいっ!」

◆◇◆◇◆◇

「ごめんなさい、おとうさん」

「お前は何をしたのか分かっているのか!?それは武器だ。おもちゃではない。魔を滅ぼすための刃だ。いたずら半分に振り回すな!いいなっ!」

「あなた、言い過ぎよ」

「いや、足りないくらいだ!全く」

「でも、おとうさんが初めてぼくにくれた誕生日プレゼントだから嬉し…」

「うるさい!言い訳はいらん。お前は勇者だ。いずれは国を背負う聖者になるんだ。いかなる時も真面目であれ、と言っていたのに」

「ごめん……なさい」

「分かればいいんだ。

だが!この剣は取り上げだ。来月返す」

「あ、明日試合が…」

「これは罰だ。罪人が刑を選べるわけ無いよな。それと同じだ。都合の良いときだけ許すならそれは罰とは呼ばん」

「あなた、やり過ぎよ」

「おかあさん、いいよ……わかりました。おとうさん」

◆◇◆◇◆◇

「おい、お前そんなボロボロの剣で序列を決める試合に出てさ、舐めてんの?俺らみたいなガキでも勇者なんだぜ?」

「…」

「今俺らは『ナイフ』。剣はおろか柄の付いていない単なる刃にも劣る勇者の面汚し。オマエさ、俺と同い年っぽいから余計腹立つんだよな〜」

「…」

◆◇◆◇◆◇

「さっすが!パパが上質鋼製で筋力強化のエンチャントを付けてあるって言ってたけど最高だね。ふふん、オマエみたいなぼろっちい貧民は主神様が間違えて力を授けたオチコボレなんだよ」

「主は……主は絶対。間違わない……はず」

「へっ、な〜まいき言ってさ。まあいいや、パパに戦勝報告だ」

◆◇◆◇◆◇

「ただい…」

「勝ったのか?」

「…」

「戦場で負ければ次はないんだぞ」

◆◇◆◇◆◇

◇◆◇◆

◆◇







「―――っ!はぁっはぁっ」

俺は跳ね起きた。肩までかかっていた毛布が軽い音をたて俺の膝の上で二つ折りになる。夜霧のように視界を曖昧にする眠気はすぐに覚醒した意識の下に溶けていった。
どうやら夢を見ていたようだ。俺は瞬きをして徐々にぼやけた焦点を合わせていく。
灰色の天井は所々黒い染みが見受けられ、少し汚ならしく感じる。ただ、病的な潔癖さはなく、少し居やすいかもしれない。
そう思いながら俺は拳を振り上げる。

がずん!

木屑が舞い散る。俺の体や俺にかかっている毛布にぱらぱらと落ちるが知ったことではない。ただ、拳を思い切り振り下ろしたら隣に置いてある机が大破しただけだ。
無意識のうちに衝撃魔法で威力の上乗せをしていたようだが、別に問題は無い。

息が切れる。身体中の筋肉が俺の一挙手一投足に対して痛みを提供する。

そんな状態が、こんな無様が、俺みたいな無能に、腐りきった価値の無い自分に。





無性に腹が立つ。





壁に向けて拳を突き出した。凶悪な感情を込めた一撃は壁を粉砕、せずに手で受け止められた。

始めはアルティかと思ったが見ると、紫竜アウシェがそこにいた。

「おはよ、って夜だけど。お?意外そうな顔してるね。私も領民が苦しんでいるときは仕事するもんだよ。ま、実際アルティに頼まれたから診に来た〜」

にしし、と無邪気そうに笑いながら俺の拳を掴んでいた手を離した。
どうやらその口ぶりからして俺はこの街の住民になることが確定のようだ。
アウシェは白衣のような雰囲気の紫色に染められたコートを羽織っている。
そして、細かい作業がしやすいように二の腕より先は部分的に人化していた。
袖まくりのような感覚なのだろうか。まあ、俺はドラゴンではないのでよく分からないが。

明るい彼女がこの場にいるだけで灰色のこの部屋が幾分かライトアップされたような気がしないでもない。
だが、俺の気持ちはそこには向かなかった。
ドラゴン、まさに選ばれし者の典型。その威は天を突き、その力は地を裂く。生まれながらにして力を約束された選ばれし者。
むくむくと湧く嫉妬が身を焦がす。

「ほら、顔を上げないと?折角のイイ男が台無しだよ」

俺はアウシェの俺の顔をむりやり上げようとする手を払い退けた。
本当に自分でも分からないくらい黒い感情が湧いてくる。わけが分からなくなりそうだ。
そう思いながら今度はアウシェに拳を向けた。

ずだん。

勝負は一瞬だった。というか勝負にすらならなかった。気がついたら、俺の腹に凶悪な一撃がめり込んでいた。

「『溶かし出す毒の矛』」

ずだん。

アウシェの空いていたもう片方の腕も紫の光を纏って俺の腹にめり込む。
体に衝撃が加わるが、もう他人事のように痛みを感じない。
その後、虚脱感を感じ、膝をついた。

「なかなか上質だね。全く、教団はどうしてこう、負担がかかる物を平気で人に背負わせるのか」

今まで聞いたことのないトーンのアウシェの声が聞こえた。それは怒っているように聞こえなくもなかった。
一方、俺の方は不思議と気分は晴れていた。毒気を抜かれるなんてのがぴったりなくらいに。
思考を狂わせるほどの莫大な感情がなくなり、現状が頭に入り始めた。

俺は体をなんとか起こし、アウシェの方を向く。そして絶句した。

そこには、目を引く黒々と禍々しい物体を手の上に浮かべたアウシェが立っていた。
その物体の大きさは俺の三分の一くらいの大きさで球体だった。
それは真水のような砂のような氷のような油のような、それでいて人の顔のような刃のような限りのない穴のような、呪いのような恨みのような妬みのような、そんな物だった。

俺は一瞬、生理的な嫌悪感と既視感の狭間で吐き気を催した。
アウシェはそんな俺を気にすることなく、それを黒い小瓶に詰めていく。
質量、体積を考えると間違いなく入りそうもないそれはするすると溢れることなく小瓶に納まった。

「こんなに溜まるなんて久々」

瓶を揺らしながらアウシェが呟く。それからその瓶は彼女が羽織っているコートの内側に入れた。
それに俺は我慢できなくなり、言う。

「あれは、何だったんだ?」

それにアウシェは少し躊躇ってから言った。

「君の中の『毒』だよ」

「毒?」

わけが分からず聞き返す俺にアウシェは微笑んだ。

「嫉妬、憤怒。色々あるけど、そんな感じの身を滅ぼしかねない黒い感情だね。私はそういうのを扱うのが得意なんだ。ま、私の能力のごく一部ってとこ」

それを聞いて俺は固まった。あのおぞましい物は俺の一部だったのかと。
しかし、同時に納得もしていた。確かにあれは俺かもしれない、と。

「あ、やっぱりそんな顔した〜」

にこにことしながら彼女は言う。気のせいか、少し顔が陰ったように感じた。

「この力のお蔭でひとまず君を助けられたから悪趣味だけど悪くない能力だよね」

「何者なんだあんた?」

俺はアウシェの菫色をした瞳から目をそらさず聞く。そんな能力や魔法、聞いたことがない。言いようもない危機感を感じて知らずにはいられなかった。
もしかして目の前にいるこの竜はとんでもない奴なのではないか、と。

「魔物だけど?」

しかし、こう、笑いながら流されるだけだった。
そして、最後に、アウシェは俺の左腕を掴んだ。

「で、この『砂時計』どうしたい?このままだと一定時間ごとに更新しないとまた発狂だよ。」

俺は苦笑いをした。
真顔に近くなったアウシェの顔は真剣に俺を見つめていた。なら、俺も真面目に答えなければいけないだろう。
俺は今までこれの効果は『身体強化』という部分しか知らなかった。
だが、あの暴走により『狂化』の効果があると分かった。ならば、言うことは決まっている。

「じゃあ、この烙印から感情の暴走、増幅の部分の式だけ消してくれ他の部分はいずれ使うかもしれない」

「贅沢なこと言うね〜」

からからと笑いながらアウシェは烙印の上を服ごしにぐっ、と掴んだ。

「解析、展開、上書きっと」

アウシェが手を離すと俺の左腕の上に二重、三重、四重、と魔法陣が現れる。それらが火花を散らしながら回転、そのまま俺の腕に吸い込まれていった。司祭様が数時間かけて俺に刻んだ刻印が数秒で改編されてしまうというのは、中々に滑稽に思える。

ばちぃん。と音と光が飛び散り、部屋に薄暗さが戻ってきた。
服ごしでよく分からないが、解決されたのか?そう思っているとアウシェは疲れた、と言わんばかりに伸びをした。

「んじゃ、帰るわ〜」

「おいおい待てよ成功してんのか?」

相変わらずの軽さに心配になり声をかけた。
しかし、俺に言葉を返すかわりにアウシェの真下に転移陣が出現する。
おい、何か言ってくれよ。
自我の存亡が関わるので俺は慌てて止めようとするが、さっき文字通り毒気を抜かれたせいか体がうまく動かない。
出来の悪いダンスみたいに体がよろめく。

「あ、新作の麻痺毒上手く効いてる効いてる」

違った。どうやらあの瞬間に毒を打たれたようだった。

「こらふざけんな!」

痺れる体を無理矢理動かしながらアウシェに迫る。それを微笑みを崩さず見つめるアウシェ。

「その感じなら十分暴走の呪縛は解けてるよ。それと」

アウシェは笑いながら言う。
どこがだ、どこで分かるんだっ!

「その麻痺毒は罰。そんな爆弾抱えてたら一言言ってくれれば良かったのにさ。発動すると感情の暴走だなんて下手したら大量虐殺に発展するじゃん」

「俺もこれの詳しい効果知らなかったんだよ!しかたないだろ」

俺は声を荒げて言い返す。この烙印による副作用はこれの作用をよくよく考えれば分かる。
しかし、感情の暴走なんて隠し効果かなりひねくれた考えをしなければ出てこないだろう。
そして、俺は司祭様からそのマイナス効果について知らされていなかった。
当然知るはずがない、と俺は視線で抗議する。
しかし、アウシェは知っていたかのように適当にそれを聞き流した。

「アルティには終わったって伝えとくから」

ばしゅん。

最後まで軽い感じだったなぁ、あのドラゴン。もしかしてドラゴンってみんなああなのか?
アウシェは光に包まれて消えた。どこかに転移したのだろう。俺は力が抜けてベッドに落ちるように腰かけた。
長時間変な姿勢でいた時の痺れが全身に来ているような感覚だ。
下手に体を伸ばしたり力を入れたり圧力をかけたら物凄くじんじんくる。
こんな時に何かあったら大変だな。多分逃げられ……

「リヴェル!」

突然扉ががたんと開き、何かが突進してくる。
がっ、がっ、と両肩をガッチリ掴まれた。視界が衝撃で明滅して見た目では誰か分からないが、この声は…アルティだ。

嫌な予感がした。

「…」

「あ、アルティ?」

「…よかった!」

アルティは俺を揺さぶる。いろんな感情が言葉にできないで彼女の中で渦巻いているのだろうか。

……すごく揺らし方が激しい。

俺の体の中で痺れが乱反射して、光が炸裂する。頭の中で焼けた石が弾けるような音がした。あまりのダメージに声門がストライキ。言葉にならない空気が口から漏れる。

アルティはというと、俺の肩を揺すりまくり、何かを早口に喋っている。きっと俺の状態になんて気がついてない。

俺はというと、だんだん意識レベルが下がってきたのか、視界の端から黒いもやがかかってきた。アルティが何を考えているかなんて気づけるはずがない。

俺は否応なく、これで3度目になる気絶をするはめになった。


◆◇◆◇◆◇


明るい光が目をつつく。
目が覚めた。

回らない頭でここはどこだ、と辺りを見渡す。すぐ横にアルティがいた。
思ったより可愛らしい寝息をたてて寝ている。あまりに気持ち良さそうに寝ているので、こっちまで眠くなってくる。さて、二度寝をしようか…。

俺は再びベッドに寝転がる。そして瞬時に跳ね起きた。

「――!――!?」

なんでアルティが俺の真横で寝てんだ!?
反射的に転がるようにベッドから抜け出る。
がつんと体を打ち付けた床の感触が夢ではないと告げた。
変な事されてないだろうな。
立ち上がり、自分の体をぱんぱんと叩きながら確認する。表面上、感触上は変化はない。
しかし、油断するな、俺。あいつはリッチだ。この種族ほどマッドサイエンティストな魔物はない。
気がついていないだけで改造人間にされてるかもしれないんだぞ!?

………。

はあ。何考えてんだろ、俺。

頬をつねって空回りする思考を巻き戻す。
痛い。夢じゃない。
辺りを改めて見渡す。特徴は少し埃が目立つくらいか。わりと普通の部屋だ。というわけでここがあの病院ではないことが分かった。あそこは病的なまでに清潔だったからな。

そこまで確認し、俺はアルティの方に振り向く。
……なんか小動物みたいで可愛かった。

きっとあの時俺が気絶したから俺を寝かせたついでに自分も寝たんだろうな。
で、自分も死ぬほど眠たかったのだろう。そうに違いない。他意はないだろう。
他意はないだろう。
他意はないだろう。
他意はないだろう。
他意はないだろう。
タイハナイダロウタイハナイダロウ……
混乱した俺は自分に言い聞かせるように呟く。多分、誰かが聞いていたら呪詛か何かに聞こえたかもしれない。

教団領にいた時は教義に従い禁欲的に生き、落ちこぼれだったために勇者といえど周りの女性から見向きもされなかった俺には精神的なダメージがとても大きかった。


なんとなく見つめたアルティは起きている時より表情が柔らかかった。

ような気がする。

俺は頭を思いっきり振って俺を混乱に陥れている雑感を弾き飛ばした。

……こいつが初めて会った時みたいな格好し続けてなくて良かった。あの格好だったら俺、死んでる。

ふう、と息を吐いて体を伸ばした。ややひんやりした空気が心地いい。
パニックになるようなドッキリが寝起きからなければそれなりにいい寝起きだっただろうな。
俺は苦笑いをしながら上げていた両腕を下げた。少しは力が抜けて自然体に戻れた気がする。
いつまでもさっきのことを意識して緊張していたらかっこ悪いからな。

とりあえず俺はアルティに布団をかけ直して近くの椅子に座る。
俺一人で街をぶらぶら歩けるが、仕事の件もあるのでアルティが起きるのを待とうか。
そう思いながら椅子の背もたれに寄りかかる。

なかなか悪くない気分だった。もともと待たされる事に慣れているので今のような状況は苦に感じない。しかし、それにしても少しは不満を感じるはずだが全くなかった。
なぜだろうか。そう考えたところで答えが出てこないので適当に解釈した。

あまりにもいろいろありすぎて感覚が麻痺している、と。

自分の感情がよく分からないというのはもどかしい。だが、知るために頑張るのもアホ臭いのでこの事について考えるのは止めた。
そして、俺の心に一時の平静が訪れる。
引力か何かに引かれるよう再び寝ているアルティに視線を移し………。

「(ねえねえ、いついちゃつくと思う?)」

「(う〜ん、分かんない)」

「(賭けない?賭けない?ねえ、賭けない?)』

俺はこの部屋の入り口らしき扉の向こう側から声を聞いた。

「(でもアルティ寝てるししないんじゃない」)

「(甘い、なんか呪詛みたいなものを呟いてたし、あれが睡眠系の呪詛なら寝ている間に襲うってのも可能性的にはあるかも)」

「(おおお)」

「(とうとうアルティにも男が出来たのかぁ。悔しいな〜先越された〜)」

………。筒抜けだ、ふざけんな。
さらば、数秒の安寧。

興奮でか知らないが、ゆっくりとボリュームアップかつヒートアップしていく声に少し、むっときた。

俺は気取られないよう感知結界を展開する。扉の向こうに相手がいるのが丸分かりなのでこの部屋内部のみで。それだけでも分かることはたくさんある。

起点設定‐範囲決定‐基点設定‐性質決定‐感知感応‐展開!

ぐぐっ、と知覚領域が俺を中心にして広がる。そして、俺はその中から情報を探り出す。

結果、

【盗聴系】×1
【透視系】×2
【感知妨害系】×1

以上の魔法がこの部屋に対してかかってましたとさ。










黒だ。

許さん。

俺は扉に飛びつき、乱暴に開いた。
ずばん、と木製の扉は暴力的な音をたてた。
一枚の壁を隔てて向こうにいたのは

・色違いのとんがり帽子をかぶった瓜二つなちびっこ二人。

・一つ目でなんか目玉付きの触手みたいなものをわさわささせている奴。

だった。

ちなみにちびっこは俺が扉をぶち開けた瞬間に脱兎のごとくどこかへ走って行った。
さっきまで間違いなく怒っていたが、その様子を見て呆れた。思った以上に犯人がちんちくりんだったからだ。これでは怒りに任せて怒鳴り付けるなんてできやしない。
それでもうどうでもよくなってきた。

「もうこんなことすんなよ?」

子どもの悪戯として流そうと俺は一つ目にそう言ってため息をついた。こんなちびっこまで色恋沙汰にご執心か。
もう十分に経験したのだがそれでも育った文化の違いに頭が痛くなる。

疲れたので相手をせず扉を閉めようとしたが、腕を掴まれた。

何に?

決まっている。ああ、また面倒な。

「なんでアタシの透視がバレた?」

一つ目が不満げな顔をしながら俺に言う。

「あからさますぎだったからだ」

「ふぅん」

一つ目は俺を品定めするように見つめた後、あ、まだ手がついてないと言うと深く息を吸った。
またまた、だから分かりやすいんだって。
俺は魔法を展開する。

「『アタシを好きに――』」

生成、圧縮、伸展…

「『水鏡』」

「『――なれっ!』」

カメラのフラッシュのように彼女の後ろが一瞬深紅に染まった。
俺と彼女の間に生成した鏡がおそらく彼女の視線を弾き返したのだろう。直感で視覚経由の催眠だと判断してよかった。そう安堵の息を吐く。
危なかった。あの言葉の感じだと無理矢理つがいにさせられる類いだったんだろうな。
俺の価値観からして初対面の異性とその場の雰囲気でくっつくのは何か違う気がするので助かった。

「……あれ?アタシ、自分のことがそれほど嫌いじゃないかも。むしろ好き?うん、そうだ。単眼最高!アタシ最高!」

自分の催眠を食らってぶつぶつと呪文を詠唱し始めた一つ目。
言い表せないほどハイになりつつあるな、あの人。
もし食らっていたら、とぞっとしながらそれを見た。
あ〜確か、種族はゲイザー、催眠術が得意な一つ目。なるほど、自分でも催眠を避けられない威力の催眠眼光か。気を付けよう。

俺は視線が宙に浮いている彼女をもうこちらに絡んでこないと判断した。
そして、水の鏡を消して今度こそ部屋に戻ろうとした。が、また彼女に腕を掴まれる。
というか、目玉付きの触手で腕を搦め捕られる。
ほんのりと上気した顔になっていたゲイザーを見て少し引いた。
アルティから魔物が魔王の代替わりで好色になったが、まさかその気になっていないだろうな。初対面だぞ。俺の教団領育ちの道徳心がはっきりノーと叫んでいる。

じりじりとにまりとした笑みを浮かべた彼女が寄ってくる。俺の心中なんて知ったこっちゃないっていう顔だな。あれは。

顔と顔が近づく。額と額がぶつかり、間に鏡を出せないような距離まで接近するとゲイザーの単眼が妖しく光を放ち始める。避けなければやられる。そう思ったが、金縛りにあったように体が動かない。

やばい。

「『今度こそアタシを―――』へぶっ!」

もうこれまでか、と俺は諦めた。
しかしゲイザーは誰かからヘッドロックをくらい催眠術を強制キャンセルをさせられる。
同時に腕も解放され俺は地面に倒れ込んだ。

「すみません、ヒュプがご迷惑をおかけしました」

深々と救い主が頭を下げた。かちゃりとその人の身につけていた鎧が鳴る。

「あ、私はナイトメアのトメアと申します。これからよろしくお願いしますね」

騎士然とした紫基調の甲冑をかちゃつかせながら彼女が挨拶をしてきた。
突然の展開で出す言葉が見当たらないでいると、トメアは少し後ろに下がった。

「あ、う、ええと、私は貴方の彼女との良い時間を邪魔するほど無粋ではないのでそろそろおいとまします」

そう言ってゲイザーのヒュプを引きずりながら去っていく。

なんで、どいつもこいつもアルティと俺がデキてるって勘違いしてんだ?と首をかしげていると肩を叩かれた。

何気なく振り向くと、そこには、寝起き100%不機嫌さ当社比較120%のリッチがそこにいた。

「うるさい」

目を擦りながらアルティはそう一言俺に言った。


◆◇◆◇◆◇


貸し切り状態のバーのような所で二人の魔物が話をしていた。

「――でアウシェ、その砂時計の烙印、本当に効果が消せたのか?」

グラキエスのシェウィルが隣で酒を呷っているドラゴンに向けて言った。

「リヴェル君の烙印の事?う〜ん、そうだねぇ。ムリ、フィルターをかけるので精一杯だよ。……ああそうそう。殺してアンデットにしてもいいなら解けるけど?」

それを聞いてグラキエスはドラゴンの頭を軽く叩いた。

「冗談でも殺すだなんていうな。それと、その事についてあいつに言ったのか?」

シェウィルは独特のオーラを放つ紫竜に言う。アウシェはからからと笑った。

「目につく瘡蓋は剥がしたくなるもんだよ。だから言ってない。それに、あれは封印も上手く効かない厄介なやつだよ。普通に使ってたりしたら多分しばらくすると私の施したフィルターとか封印とか抑制の式がリセットされると思う。【巻き戻し】これがあの魔法陣の魔術的概念の一つだしね」

「千の魔法を操る邪竜をしてそう言わせるか。そうならなおさらリヴェルを監視しないといけないだろう。なぜ置いてきた」

アウシェはシェウィルのこの発言を聞いてジョッキを持つ手を止めた。

「増幅される感情はなにも嫉妬心だけではない。愛情だって増幅される。私たちが不自然に干渉すればするほど彼は不信感を持つ。その不信感があの陣で増幅されたら間違いなく虐殺の幕開けだよ。それでもいいの?」

シェウィルは首を振る。
それが嫌だ、という表明か、やれやれまたかという呆れかはよく分からない。

「私はリヴェル君の持つであろうプラスの感情に賭けるよ。いいよね」

「はあ、新しい魔王が即位してから人が変わったな。まるでお人好しだ」

グラキエスはそう呟くと一気に青色のカクテルを飲み干した。

「私がお人好し、ねぇ。昔の私が聞いたらきっと国三つは滅んでるかなぁ。

そうそうシェウィル。あの烙印、消す方法実はあるんだけどさ、簡単だよ。


リヴェル君がくそ長い詠唱文を唱えてあれの出力を全開にすれば3分後に無くなるって寸法さ」

「やっぱり消せるんじゃないかこの毒竜め」

シェウィルは長く息を吐きながら言った。

「私の魔法知識をなめないでほしいな〜。ま、でもさ、もしリヴェル君が暴走したとしたら私が全力で止めるからまだ手出ししないで」

「ああ、分かった。約束しよう。アウシェ」

「でさ、話が変わるけど、久し振りに戦の臭いがしない?」

アウシェはそう言うと大ジョッキに黄金色の液体をなみなみと注いだ。シェウィルはそれを黙って見ていた。
まだ話が続きそうな余韻を残し、ジョッキの中身がまた飲み干される。

「あ、アウシェ、シェウィル、もう飲んでたの?」

「クロネ、遅い13分オーバー」

シェウィルは笑いながら黒っぽい少女にそう言った。
13/10/29 02:16更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
夜想剣です。ここまで読んでくださりありがとうございます。
シリアス一本道ですね、これから。

しかし、伏線を全て回収出来ない気がしますね。
他のお話と噛むように意図的に撒いたものはともかく、この小説用に撒いた旗を回収出来ないのはやばいですね。

キャラも、もう出したいから出す状態で今後たくさん絡むかも未定なこのありさま。まだまだ勉強が足りないなと痛感しています。

よし、次を書いてきます!
ちなみに私は最近中二病が加速度的に悪化してます。
寒くなってきてそろそろ風邪が流行る頃なので皆さんも体に気をつけてください!
では。

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